ギルドスレッド 文化保存ギルド 【SS依頼】フラーゴラ・トラモント(p3p008825)より 【流星の少女】 イーリン・ジョーンズ (p3p000854) [2021-03-04 12:52:44] ●2021年雪山の旅「ねぇ、星を見に行きましょう」 イーリン・ジョーンズ(p3p000854)の言葉に、フラーゴラ・トラモント(p3p008825)はため息のような生返事を返したが、すぐに背筋を正した。「ごめんなさい、お師匠先生。どういうコト」「見せたい景色がある、じゃだめかしら」 煮え切らない返事に、フラーゴラは眉をひそめたが、師と敬う相手が隠すなら意味がある。幸いにして予定も空いている。了承すればイーリンは頷き、準備をするわと言った。 そのやり取りがあったのは、冬の終わりのことだった。●夜は短し山を進め 冬の登山は命懸けだ。 服にわずかに隙間があれば、戒めとして腕を殴りつけてくるような冷気が体温を奪う。目を覆うゴーグルは霜が降り、首から口元を覆うマフラーは吐いた息が凍りつき、時折手で叩いて霜を落とさねばならない。 足元の雪は冬の間積もり続け、踏みしめるためには脛近くまで足が埋めねばならない。 幸い風は強くなく、降雪もほぼ無い。それでも夜に登るのは例外だ。登山ルートは規定の物を選んでいるとはいえ、昼間と比べて危険の察知が遅れやすく、ルートからも逸れやすい。 とはいえ。 必要な時以外喋るなと厳命したイーリンは、フラーゴラの前を進み続ける。紫の髪が魔力によって発光し、灯りになっている。先に踏みしめた足跡をたどれば、体格的にほとんど差のないフラーゴラは歩きやすい。 懐の焼石の位置を直しながら進む。自分たちの周囲は真っ白な雪と、真っ暗な空。冷たい空気によって絶えず研ぎ澄まされる感覚のせいで、少し離れたところにある山壁の存在さえ感じ取れる。 一歩、一歩。 フラーゴラは前を見る。イーリンの動きを見逃さないように。ペースを乱さないように。二人で一つの生き物のように、山を進んでいく。それでも、息がわずかに上がる。 ふと、頭の中によぎる。初めてローレットに来た時に、何もわからなかったこと。その時、妙に世話を焼く女が一人いた事。その近くに居た一人に、自分が心奪われたこと。その二人の背中に、煮える想いを抱いた自分がいた事。 走り出した自分は、足元の雪のように真っ白な舞台の上に居たこと。その上にあった足跡を辿ったこと。そして今。「少し、休みましょう」 自分の歩幅や足跡は、どんなに辿ったとしても同じにならないこと。そう思い、フラーゴラは頷いた。●臙脂紫 登山者が中継地として整備した洞穴で火をおこし、熱い紅茶にたっぷりと蜂蜜を溶かして飲む。冷えた焼石を温め直し、体をほぐす。お互い怪我は無く、時間がないからとイーリンは口数少なく作業をすすめる。その表情を見れば、フラーゴラも理由を問うのをやめた。 イーリンは3杯、フラーゴラは2杯、ナッツが練り込まれた甘すぎるクッキーと一緒に飲み下した。 登山を再開ししばらく。わずかに白んだ空は、雪をよく映した。 時計盤が見えるほど明るい。確認すれば、夜明けまであと1時間。 フラーゴラの髪が、イーリンの髪よりも明るく見える。進む毎に、その色は夜明けを含んで強くなる。 気をつけて、と不意に振り返ったイーリンの髪が強くなびいている。少し先が開けているらしい。ブーツの中で足の指を動かし、しっかり踏みしめられることを確認したフラーゴラはその後に続く。「わ、あ」 風の強さに、フラーゴラはわずかによろめく。その手首をイーリンがしっかりと掴む。 お礼を言おうとしたが、それよりもというように顎でイーリンが示した。 眩しさ。 息を呑む。自分たちの後ろに広がる仄暗い空と、目の前に広がる空。ひときわ輝く明けの明星。火花のようにきらめき、舞い上がる雪。 朝と夜の境目に、私達は居る。「悪いわね、付き合わせちゃって」 掴んでいた手首を離し、イーリンは言った。「ううん、大丈夫だよ。お師匠先生、でも」 どうしてここに、という疑問をイーリンは少し表情を崩して遮った。「貴方が、頑張っていたから」「うん、いつ」「あの遺跡、魔種二人相手に」 フラーゴラは目を丸くする。砂漠の遺跡で二人はある魔種に挑み、一度は敗れた。その再戦の時、イーリンは居なかった。その魔種の片割れは、フラーゴラの父親だったそうだ。 そうだ、というのはフラーゴラにその父親の記憶はなく。討ち取ったときもそこまで感慨がなかったからだ。 あの戦いの中で、フラーゴラは死力を尽くした。山道を歩く時のように、人の足跡に続いたわけでも、食事ができるのを待っていたわけでもない。打てる限りの手を打ち、切れるだけの札を切った。 師と共に成せなかったことを、フラーゴラは仲間たちと成した。 イーリンの隣に、フラーゴラは立つ。夜は遠くへ行き、太陽が登る。 二人の髪は朝の風の中、同じように靡く。 イーリンは遠く過ぎる夜に振り向き、言った。 「次は、貴方の番よ」 何を、とはフラーゴラは聞かなかった。代わりに一歩だけ、太陽の方へと歩を進めた。この山で初めて、自分からつけた足跡だ。「うん、でも。ううん、だから。もっといっぱい教えてね。お師匠先生」 太陽を背に、白の髪をなびかせて。イーリンに振り向いた。 紫の髪から、ちり、と燐光が雪に混ざって散った。 二人が山から降りたのは、その日の夕方だった。<了> →詳細検索 キーワード キャラクターID 検索する キャラクターを選択してください。 « first ‹ prev 1 next › last » 戻る
「ねぇ、星を見に行きましょう」
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)の言葉に、フラーゴラ・トラモント(p3p008825)はため息のような生返事を返したが、すぐに背筋を正した。
「ごめんなさい、お師匠先生。どういうコト」
「見せたい景色がある、じゃだめかしら」
煮え切らない返事に、フラーゴラは眉をひそめたが、師と敬う相手が隠すなら意味がある。幸いにして予定も空いている。了承すればイーリンは頷き、準備をするわと言った。
そのやり取りがあったのは、冬の終わりのことだった。
●夜は短し山を進め
冬の登山は命懸けだ。
服にわずかに隙間があれば、戒めとして腕を殴りつけてくるような冷気が体温を奪う。目を覆うゴーグルは霜が降り、首から口元を覆うマフラーは吐いた息が凍りつき、時折手で叩いて霜を落とさねばならない。
足元の雪は冬の間積もり続け、踏みしめるためには脛近くまで足が埋めねばならない。
幸い風は強くなく、降雪もほぼ無い。それでも夜に登るのは例外だ。登山ルートは規定の物を選んでいるとはいえ、昼間と比べて危険の察知が遅れやすく、ルートからも逸れやすい。
とはいえ。
必要な時以外喋るなと厳命したイーリンは、フラーゴラの前を進み続ける。紫の髪が魔力によって発光し、灯りになっている。先に踏みしめた足跡をたどれば、体格的にほとんど差のないフラーゴラは歩きやすい。
懐の焼石の位置を直しながら進む。自分たちの周囲は真っ白な雪と、真っ暗な空。冷たい空気によって絶えず研ぎ澄まされる感覚のせいで、少し離れたところにある山壁の存在さえ感じ取れる。
一歩、一歩。
フラーゴラは前を見る。イーリンの動きを見逃さないように。ペースを乱さないように。二人で一つの生き物のように、山を進んでいく。それでも、息がわずかに上がる。
ふと、頭の中によぎる。初めてローレットに来た時に、何もわからなかったこと。その時、妙に世話を焼く女が一人いた事。その近くに居た一人に、自分が心奪われたこと。その二人の背中に、煮える想いを抱いた自分がいた事。
走り出した自分は、足元の雪のように真っ白な舞台の上に居たこと。その上にあった足跡を辿ったこと。そして今。
「少し、休みましょう」
自分の歩幅や足跡は、どんなに辿ったとしても同じにならないこと。そう思い、フラーゴラは頷いた。
●臙脂紫
登山者が中継地として整備した洞穴で火をおこし、熱い紅茶にたっぷりと蜂蜜を溶かして飲む。冷えた焼石を温め直し、体をほぐす。お互い怪我は無く、時間がないからとイーリンは口数少なく作業をすすめる。その表情を見れば、フラーゴラも理由を問うのをやめた。
イーリンは3杯、フラーゴラは2杯、ナッツが練り込まれた甘すぎるクッキーと一緒に飲み下した。
登山を再開ししばらく。わずかに白んだ空は、雪をよく映した。
時計盤が見えるほど明るい。確認すれば、夜明けまであと1時間。
フラーゴラの髪が、イーリンの髪よりも明るく見える。進む毎に、その色は夜明けを含んで強くなる。
気をつけて、と不意に振り返ったイーリンの髪が強くなびいている。少し先が開けているらしい。ブーツの中で足の指を動かし、しっかり踏みしめられることを確認したフラーゴラはその後に続く。
「わ、あ」
風の強さに、フラーゴラはわずかによろめく。その手首をイーリンがしっかりと掴む。
お礼を言おうとしたが、それよりもというように顎でイーリンが示した。
眩しさ。
息を呑む。自分たちの後ろに広がる仄暗い空と、目の前に広がる空。ひときわ輝く明けの明星。火花のようにきらめき、舞い上がる雪。
朝と夜の境目に、私達は居る。
「悪いわね、付き合わせちゃって」
掴んでいた手首を離し、イーリンは言った。
「ううん、大丈夫だよ。お師匠先生、でも」
どうしてここに、という疑問をイーリンは少し表情を崩して遮った。
「貴方が、頑張っていたから」
「うん、いつ」
「あの遺跡、魔種二人相手に」
フラーゴラは目を丸くする。砂漠の遺跡で二人はある魔種に挑み、一度は敗れた。その再戦の時、イーリンは居なかった。その魔種の片割れは、フラーゴラの父親だったそうだ。
そうだ、というのはフラーゴラにその父親の記憶はなく。討ち取ったときもそこまで感慨がなかったからだ。
あの戦いの中で、フラーゴラは死力を尽くした。山道を歩く時のように、人の足跡に続いたわけでも、食事ができるのを待っていたわけでもない。打てる限りの手を打ち、切れるだけの札を切った。
師と共に成せなかったことを、フラーゴラは仲間たちと成した。
イーリンの隣に、フラーゴラは立つ。夜は遠くへ行き、太陽が登る。
二人の髪は朝の風の中、同じように靡く。
イーリンは遠く過ぎる夜に振り向き、言った。
「次は、貴方の番よ」
何を、とはフラーゴラは聞かなかった。代わりに一歩だけ、太陽の方へと歩を進めた。この山で初めて、自分からつけた足跡だ。
「うん、でも。ううん、だから。もっといっぱい教えてね。お師匠先生」
太陽を背に、白の髪をなびかせて。イーリンに振り向いた。
紫の髪から、ちり、と燐光が雪に混ざって散った。
二人が山から降りたのは、その日の夕方だった。
<了>