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ギルドスレッド

文化保存ギルド

【三周年記念SS】行く波、あるいは来る波


 クレマァダ=コン=モスカ(p3p008547)は律儀な少女である。
 そして彼女は心配性である。上に立つ者の立場として、己以外に対して察しが良い。
 イーチャンと噴水広場で再会したその夜。執務を終え、寝室でまどろむ中で脳裏をよぎる、あの紫髪の女、イーチャンのことが。己が片割れの残滓を宿した、あの温かい心臓の音色が。
「……いや待て! 波濤魔術を心臓に抱えておるじゃと!? しかも外法も外法で我流で身につけおった上に、その後何の訓練もしておらんとな!?」
 がばっと起き上がり、思わず大声を上げる。防音の行き届いた寝室でなければ侍女が飛んできただろう。
 掛け布団の上から膝を抱え、眉をしかめて唸る。
 波とは寄せては返すもの。それを操る波濤魔術の応用は広義に及び、姉のように歌声に乗せることもできれば、己のように拳に乗せることもできる。巨大な岸壁を打ち崩す波があるように、破壊の力も伴っている。
 幸いにして今は、あの力をイーチャンは使う気はないようであるが、かの海上での戦ぶりや姉からの手紙を見る限り「選択肢として候補に出れば迷いなく選ぶ」という危険な英雄気質を備えている。
 もし仮に、いや活動記録を見た限りイーチャンは間違いなく一週間に一回は戦闘を伴う依頼にでかけている。しかも手広くやっている。明日にも出て、明後日にも危機に陥り、その力を使うかもしれない。
 そう思うと居ても立っても居られない。だがしかし、と頭を抱えたクレマァダはベッドに今度は仰向けに倒れる。
「どうやって説明すれば良いんじゃ。一から説明していては明らかに時間が足りん、公務に差し支える。いやそれ以上に開口一番お主の心臓が爆発するぞとか端的に言っても絶対笑われるじゃろうし、逆に何も言わなければ我の気が収まらぬ。ああ……!」
 クレマァダはその夜、貴重な睡眠時間を一時間以上費やし、疲れた頭で考えることは良くないとあきらめて眠りについたのだった。


 イーリン・ジョーンズ(p3p000854)は苦労性な女である。
「ねぇ、祭司長。ああいえ、クレマァダ。貴方も慣れない土地での生活も大変でしょ。いちいち空中神殿に行くのも大変でしょうし、気晴らしでもどうかしら」
 その言葉はクレマァダの執務の量や性格にシンパシーを感じるからこそ出た提案であり、どうしようもなく重い負い目から出た言葉でもある。でなければわざわざ相手の居を訪ねたりはしない。
「藪から棒に顔を出したと思ったら、何じゃいきなり。我は自己管理くらいできておる」
 だからこそ、イーリンはクレマァダが気晴らしと自己管理を直結させる生真面目さを把握していた。
「この前話していたじゃない、本来は拳闘が本懐だって。イレギュラーズになってから力の作りが変わってしまったのなら、それを馴染ませていくのも気晴らしには良いんじゃないかしら」
 それに理があると律儀にティーカップを手にクレマァダは唸る。確か今のに己は波濤魔術の残滓をかき集め、再構築している最中である。演舞を繰り返し、型を馴染ませ続けている。しかし組み手をする相手が居なければささくれ一つ気づかぬこともあるだろう。
「確かに一理ある。であれば、我からも一つ条件をつけさせてもらおうか」
 故にこれは渡りに船であった。イーリンが首を傾げて興味を示せば、これは飲むだろうとクレマァダは確信する。
「お互い会える日で良い、朝方に波濤魔術の稽古に付き合ってもらうのじゃ。お主の心の臓に宿ったその力、眠らせておくにはお主も惜しかろう」
 イーリンは頷いた。クレマァダはティーカップで上手く口元の笑みを隠した。これにて合理的に、そして自然に波濤魔術を修めさせられるであろうと。


 故にカタラァナの月命日であるその日も、二人は朝方噴水通りで合流した。朝稽古をする時はこうしてお互い指定した時間通りに来れば稽古場へ移動する、来なければそのまま気ままに朝の散歩という流れである。お互いの良心もいたまない方法だった。
 合流した二人は文化保存ギルド、元は貴族の別荘も兼ねていたそこの屋上へと移動する。どういうわけか、そこの貴族は屋上が震脚をしようが戟を叩きつけようがびくともしない修練場として作り上げていたのだ。
 そうして二人はまずお互いの手のひらを合わせ、呼吸を合わせる。稽古の始まりである。
 心の臓が生み出す波濤。相手の掌からの脈動、熱。あらゆる物に波はある。この瞑想は最初は相手の掌だけしか感じられぬが、慣れれば指先、手首、その先へと相手の実体を掴んでいく。
 それは闘拳において、相手の肉や骨がどこにあるかを知るための術でもある。二の打ち要らずといかぬなら、弐撃決殺のために相手を知る為の技術。転じて活人拳とするならば、相手の不調を知る術でもある。
 ゆっくりと互いの呼吸を、脈を、熱を共有し。
「呼ッ!」
 クレマァダが喝を入れ、ちらりと片目で覗き見る。
「お主、随分慣れたのう。最初の数度は何秒後に喝を入れると言うても波が乱れておったのに」
「流石に何回もやれば慣れるわよ」
 イーリンはそうおどけてみせるが、まだこうして稽古を始めて半月しか経っていない。稽古した時間をすべて合わせても24時間にも届かないだろう。だというのに、少なくとも喝一つで波を乱さぬのは普段より戦場に居るからこその境地か、それとも意地の悪い姉が喝の瞬間だけイーリンの耳をふさいでいるのか。
 手を離したクレマァダとイーリンは、互いに五歩離れた場所で背筋を正す。
「ふん。ならよかろう。此度も存分に打ち込んで来るが良いのじゃ」
「ええ、私も存分にやらせてもらうわ。それじゃあクレマァダ。よろしくおねがいします」
「よろしくおねがいします、じゃ」
 一礼、クレマァダはゆるりと構える。重心はやや高めに前に出した手は指を揃え、天に向ける。対してイーリンは大きく脚を開き、重心を低くするる。同時に右手は開いて自分の顎の前に置き、左手は拳を軽く握り前に出す。
 曰く、イーリンの拳は我流である。
 しかし、とクレマァダはイーリンを見据える。顎を殴り抜かれぬように利き手でかばいつつ、間合いを悟らせぬように左手を前に出す。その構えからして実戦を意識している。加えて大きく開いた脚は震え一つ起こさない健脚であり、そう言うなれば。
「――シッ」
 唇から漏れた空気、紫の髪は躊躇なく加速する一歩、二歩。
 わずかにたわんだ左手から放たれる手甲による目打ち。読みの範囲だ、手首で捌く。
 そのまますり足で拳を振りかぶれぬ距離まで踏み込み、肘打ちを脇腹目掛け打ち込んでくるる。片足を軸に半身逸して避け、イーリンの背に回る。勢いそのままに背中に掌底を放つが、それを読んでいたのかイーリンも掌底の軸をずらして受け、大きく体を回し衝撃を逃した。そのまま再度向かい合う。
 健脚によるぶれない体幹、そして鮮やかな軸ずらし。蹴りは主体に非ず、あくまで拳闘が軸のそれは、確かに実戦系の我流拳闘術である。
「ふん、肘打ちであれば背なが折れておったぞ」
「まさか、そういう相手なら最初から狙わないわよ」
 減らず口は気に入らないが、とクレマァダは飲み込み、攻守交代である。
「打ッ!」
 構えの姿勢そのままに踏み込む。拳闘には拳闘で返す。波が押せば等しく返すように、一撃目は脇腹目掛けた貫手。イーリンはその手首を外から掴みかかるが、それは仕掛けた罠である。掴まれる寸前に手首を返し、イーリンの手首を掴み返す。そのまま二撃目は顎目掛けての掌底。互いの手首を掴んだままでは逃げられぬその一撃を察したイーリンは、とっさに膝の力を抜いて重心を落とした。
 崩れる一撃、掠めるのみ。互いに手首を掴んだまま、クレマァダの軸足をイーリンは蹴りにかかる。
(選択肢として候補に出れば迷いなく選ぶ、か)
 脚を安易に使わぬを信条とする拳闘であっても、こうして瞬時に使うことを選ぶ。それは武器でも道具でも、己の命でも変わるまい。この女はそうして生きてきたのだ。
 クレマァダは僅かな感傷とともに、軽く足首を上げてその蹴りを受け止め、掴んだ手首を捻り上げる。これで制圧と思ったがしかし、指先が上手く掴みきれていない、これでは極まらない。
 このささくれが。これがクレマァダを苛立たせる。案の定イーリンは指の間から腕を抜き、距離を半歩下げ、ラッシュをかけてくる。
 拳、払う。
 半歩踏み込み、これはブラフ。返しに拳、浅いが入った。イーリンは痛みを顔に出さない。
 加え更に一撃、掴みにかかられるが身を捩り外し、そのまま脛目掛け蹴りを放つ。力を抜いている、入り切らない。
 胴狙いの拳、肩を狙った掌底、それらも払う。
 それに返す、一撃、一撃。わざと決殺の二打目は放たぬ。これは稽古である。
 しかし
(しかし、なかなかどうして)
 真剣な表情で、まっすぐに拳を向けてくる。雑念など無いことは伝わる。純粋に波濤魔術の稽古を、このイーリンは受けている。そして己は技のささくれを、錆を落としていく。この時間は紛れもなく、一つのあるべき姿である。
 イーリンの手首を掴もうと手を伸ばす。それを上体を傾け回避される。そのまま放たれる蹴りは、体重が軽くとも十分に重い。脚を開き、両腕で受ける。返しの刃で蹴りを放てば、それみたことか、イーリンはアクロバットに胴をねじり、もう一撃蹴りを放ってくるではないか。
 互いの脚がかち合う。即座に引き、その勢いで――そうだ、掌底を放つだろう。

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 朝焼けの、遠く海の香を運ぶ南風の吹く季節。屋上に心地よい破裂音が響く。互いの掌底が掌底を捉えた音。
 紫の髪から燐光が漏れる。
 人の身を外れつつある、魔力を宿した宝石のような瞳の乙女。イーチャンはなるほど綺麗である。己にもこうして打ち合う相手が居ればよいのにと、何度姉を見て思っただろう。わずかばかりの感情が、穏やかな心持ちの中で思う、その刹那。
 二人の波濤が時計塔の鐘のように。夜闇を切り裂く灯台のように共鳴した。
 雲の波に乗り、雨粒を滑り、南風の海の先、深いその先に切り開かれた異郷の風に届く前に、その波濤は深淵へと飲み込まれた。
 意識が遠くへ、遠くへと引っ張られる。暗い海の中、星の灯りさえ届かぬそこに。かつて手を伸ばした女がいる。
 その歌声は伸ばした手のすべてが空を切り、天に昇ったはずの歌声。否、そんなはずはない。その姿は、その真紅にも感じる。そう、色を感じるほどの声は。
「誰――?」
 イーリンの当然の疑問を、波濤に乗せてはならぬ。
「イーチャン!!!」
 クレマァダは波を止めた。二人の意識が強引に今に、互いに掌底を打ち合ったまま動かぬ各々の中に戻っていた。
 心臓がはちきれんばかりに脈を打つ。イーリンも呆然としている。想定外の事態にも、祭司長は己の役割を、取り繕うを得意とする生来の役割は即座に言葉を紡いだ。
「イーチャンよ。言ったじゃろう。波濤魔術は力が増し、何かしらと共鳴する。時に予想外の事態を起こすと。であれば今のように、過去やあり得ざるものを見ることもあるのじゃ。お主は、特に目がいいからのう」
 つとめて冷静にそう語れば、イーリンも静かに息をする。
「じゃあ、あの海の中のものをクレマァダも見たの?」
「ああ、大方お主の記憶と、我の記憶が混ざったのじゃろう。それにあの海は、お互い縁遠からぬものよ。それが想起させた、無意味な造物、夢じゃ。だからの、今みたいな共鳴が戦場で起きたらどうする。一瞬の油断が命取りになる場所でああなってみよ、すぐに犬の餌じゃ。まだまだ精進が足らん」
 言葉を紡げ、あれを埋めるように。悟られぬように。あの知見に富む女は、でなければすぐにでも調べはじめてしまうだろう。
「――そうね、わかったわ。でも、あんなふうに共鳴、するなんて思わなくて」
 右目をイーリンは押さえる。夢を見る目、といつぞや言っていたかとクレマァダは思い出す。
「もう良い、今日の稽古はしまいじゃ。それと次は攻め手をもう少し考えて来るが良い。でなければ我も身が入らん」
「ああ、そうするわ。毎回綺麗に捌かれてなかなか悔しいし、と。それじゃあ」
「うむ、それでは」
 ありがとうございました。と向かい合った二人は頭を下げた。


 心配性な彼女は夢を見る。
 モスカは長らく使命を忘れていた。
 だが、忘れていたのは使命だけなのか。思い出したものとともに、なにか忘れていなかったか。夢の見方も忘れてしまった己が身の歯がゆさに苛立ちながら、夢の中でくらい、地団駄の一つも踏みたくなる。
 クレマァダ=コン=モスカは律儀な少女である。
 あれは本当にお互いの記憶が混濁した結果生み出した夢かもしれぬのに、こうして寝床で思いを馳せてしまうのだから。
 ええい、こうしてまた貴重な睡眠時間を削ってなるものか。でなければイーチャンの拳が、もしや自分のみぞおちを捉えでもしたら。
 イーチャンは、はてどんな顔をするのだろうか。そう考えながら、その日は眠りに落ちた――。

<了>
【登場人物】
イーリン・ジョーンズ
https://rev1.reversion.jp/character/detail/p3p000854
クレマァダ=コン=モスカ
https://rev1.reversion.jp/character/detail/p3p008547
???
https://rev1.reversion.jp/illust/illust/27253

どうか新しい物語が、新たな一年と共に紡がれますように。

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