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Blood's castle

【PPP First Anniversary企画】気ままな猫の一日

●さんさんたいよう
 吸血鬼という種は太陽が苦手なのだという。そんなことを初めて知ったのは、この混沌に来てからだろうか。
「…………眩しい」
 屋根の上でそっと、手を顔に翳した。
 眩い光。暖かな、ヒカリ。
 これは世界に無くてはならないもの。でも、あり過ぎると困るもの。
 誰が作ったか、この世界では。太陽は昇るとまた、地の彼方へと沈んでいく。
 浮いては沈み、昇って堕ちる。
 ただ一生を呆気なく、そして幾度となく繰り返す。泡のような、ユメ。
「なぁ~ん」「にゃぁぁあん」
「……どうしたの、あなたたち」
 交互に頭を擦り付けてくる二匹のふわふわがいる。
 シロとクロ。もとい、白猫と黒猫。
 私の何が気に入ったのだろう。にゃんにゃんすりすりと懐く彼らをよそに、ぼんやりと色を見据えた。
 形が褪せ、輪郭が曖昧になる。ただそこにある存在を色として認識する。
 もぞもぞと動くシロと、クロ。
 ――嗚呼、まるで昼と夜のよう。
 
 色、というのは。不思議なものだ。
 赤い風船は危険と恐怖の象徴で、
 青い風船は森と暖かさを覚える、と。
 誰かがそう言っていた。
 ニホンとかいうところから来た旅人だったかな。

「……時間ね」

 ふぁ、と小さく欠伸をすると、そっと屋根から身体を起こす。
 ぽかぽかと眠気を誘う太陽の光が、私の耳元で悪意を囁く。
 はぁいソフィー? 寝ていかない? カフェイン摂ってる?
 …………寝ません、眠たいけれど。私には約束があるの。

 今から歩いてちょうどいい時間だ。この眠気に誘われてしまえば、ちょっと……いや、かなり面倒なことに――。
 
 頬をぺちぺち、ぐぐぐ、と伸び。
 目覚めろ私。プリンはすぐそこなのだ。
 とろとろふわふわ。ちょっぴり甘く、ちょっぴり苦い。
 一口で口の中に甘さが広がり、二口で幸せが広がる。
 何かを食べるという行為は最大の娯楽なのだと嫌でも理解させられる、そんな料理。

 さあ、幸せを食べに行こう。
 私はそっと、幸せに向けて一歩を踏み出すのだ。

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●記憶に止まらない金色ト
 何かどうでもいいものに意識を奪われたことはないだろうか。
 
 ……無いの?
 ………残念な人。

 ただ地を這う蟻の行列。
 羽を持ち生れ落ちる夏の蝉。
 皮を剥ぎ成長する、蛇の脱皮。

 どれも自分とはまったく無関係な場所で繰り広げられる、小さな小さな命の神秘。
 私もそういうものにたまに、目を奪われてしまうのだ。
 ……たとえば、視線の先の人間、とか。

「…………」
「…………」

 互いに何も会話があるわけでも無く、
 むしろ存在を感知しているのは、私だけ。
 ただこっくりこっくりと、膝に置いた本を広げたまま舟を漕ぐ金髪の女性から、
 何となく目を離すことができなかったのだ。

「…………」
「…………」

 ゆったりとした時間。
 穏やかで、何か夢でも見ていそうな彼女を何だか、忘れてしまう気がして。
 なかなかプリンへの一歩を踏み出せないでいる。

 見たものを忘れてしまう。それはもともと「記憶」というものを持つ生き物に備わった、ジレンマのようなものなのだ。
 それはきっと……。いや、よそう。
 話しても誰も得をしないもの。

 顔を小さく振って、そっとその場を離れるのだ。

 
 しかし数秒後には、その女性どころか、

 彼女を見ていたことさえ、私は忘れてしまうのだった。
 記憶というのはとっても、曖昧なものね。

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