大規模召喚の日、混沌世界に召喚されてから……もうじき４年。

「月日が経つのは早いねぇ…楽しんでいればなおの事、かな」
　幻想国の自領地にある（正確には混沌召喚以前から無人状態で存在していた、今は多分公式に自身の）館で猫を撫でながら、ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペンはそう思う。

　思えばおおよそ３年前…いやもう４年前になるのか。
　召喚前で元居た世界にいた頃はこういった生活を、というより『自由に行動できる』生活など想像もできなかった。
　魔術紋（正確にはヨゾラはそのうちの１種だが）……魂が抜けた肉体に魂を無理矢理連れ戻し入れ直すまでの間、生命維持を行う為に憑依されられる、実質的には魔法生物。……いや、魔法『道具』という扱いに近かった。
　憑依先の肉体に万一の事があってはいけないから、衣食住はある程度保障されていて。五感はあったし意思もあったし、憑依先の肉体が習得さえしていれば言葉も喋れたけれど。
　どこかへ遊びに行く、新しい何かを学ぶ……そういった『魔術紋自身の自由』等許されていなくて。

　体に無理矢理魂を戻されたら、使用後の包帯等を外して洗って使いなおすように、魔術紋から『以前の記憶を殆ど消して』再利用。それがあの世界の普通だった。
　ヨゾラ自身も、今の肉体に憑依する以前の記憶はなく、誰かの体をトータル何人分維持したことがあるかすらわからない。
　混沌世界へきて数年経てば酒を飲むようになったが、これは『肉体年齢が大体２０歳になったから』である。
　飲み始めのころは年齢計算合ってたっけ？　と不安になる事も多々あったのだが、ＲＯＯのアバター作成初期時に自身のデータを参照された年齢が２０歳だったのでほっとした…のはついこの間の話。

　まぁ、そういう訳で…ヨゾラは召喚前に自由などなかった。
　自身に自由を認めてくれたのは、話したこともないただ一人……自身にこっそり手紙を残した『この肉体の元の持ち主』だけ。
　その辺りの話は後日、語られることもあるかもしれないから今は置いといて。

（空中庭園で、沢山の人とざんげさんの説明を聞いて。混沌世界に降り立って。幻想のとある無人の館に勝手に住み始めて……）
　イレギュラーズとして気ままに過ごしたり、時々ローレット・トレーニングに参加したり。猫愛でたり。
「本格的に動き始めたのは……海洋の大号令の時だったなぁ」
　リヴァイアサンとの闘い、僅かにでも役に立てただろうか。

　８人で行く依頼の初めては豊穣の神逐の時、猫又依頼だった。
（成功は皆のおかげだよなぁと思う。まぁ、依頼から帰ってくるたび毎回そう思うんだけどね）
　果ての迷宮も２５層の攻略に参加できて。あの依頼は自分が何を得られたか・何を、どんな終わり方を望むかを考えるいい機会になった。

　領地を得られるようになってから、少し遅れて幻想の領地を取得し。少しずつ施設を立てて大きくして。今では領民沢山猫沢山、執政官の皆も気に入っていて、第四地区まである自慢の領地だ。執政官（猫）達のおかげで偽勇者への対処ができたのもいい思い出。
「召喚前は領地どころか自分の家を持つことすら考えられなかったから、思えば遠くへ……っていう言葉をどこかで見た気がするけどどこだっけ」
　まぁいいか、と館に入り込む可愛らしい猫達を愛でながらのんびりして。

「混沌世界での４年目は、どうなっていくのかな」
　最近はＲＯＯを気ままに調査しクエストをこなしながら猫を愛でる、という新しい楽しみ……もといお仕事ができたので、そちらも少しずつこなしていきたくはある。向こう（ＲＯＯ）にもＮＰＣな自分自身がいる事がわかったし。
　しかし、僕等が召喚された理由……混沌世界の滅びの信託だったか、魔種の暗躍も恐らく進んでいることだろう。混沌世界で暗躍と言えば旅人の中にも暗躍する存在はいるはずなので、そちらも気を付け……。

　……ヨゾラの脳裏に、少し嫌な考えが過ぎる。
　召喚直前に遭遇させられた、因縁があってほしくないし会いたくもない、禍々しい禁忌の存在の事。
「『禁呪紋』。固有の名前があるかどうかも知らないけど、さすがに混沌に召喚されてないといいなぁ……」

　嫌な考えを追い出すように、溜息一つついて。ヨゾラは猫の腹に顔をうずめる。
　なでなで、よしよし、もふもふすぅー。よし、懸念とか考えるのは終了！
　後で執政官の皆を呼んで、晩御飯の後ねこもふタイムにしよう。
　フローエさんにニアルさんにフウカ。そして…新しく第四地区の執政官になってもらったあの子にも。

　今はただ、楽しい事を考えていたい。色々楽しみ、頑張って。
　楽しいこと以外を考える事があっても、その時はその時だ。

　元の世界に未練はない、帰る気も理由もない。
　生も死も混沌世界で迎えるのだと、ヨゾラは決めたのだから。