PandoraPartyProject

冒険

闘技場設定は『練習場』から!


Night and Knight

●魔法使いの招待状
 千変怪異を友とせよ。
 日常と非日常はいつだって一瞬で入れ替わる。イレギュラーズなら、なお更だ。サクラは招待状を手に思うのだ。

 『サクラ殿
  夢物語より夢見がちな夜光魚たちが遊ぶ今宵
  蛍火のように身を寄せて幻想仕掛けの夜会と洒落込みませんか
  まんまる月を映しとるゴブレットをわすれずに
  ――薄荷緑の魔法使いより』

 ――にゃあ。
 招待状をくわえて来た黒猫がまんまるの眼でサクラ を見上げ、愛らしい鳴き声で誘いかける。


●図書館の若き騎士
 こじんまりとした図書館に、若き騎士がいる。
 手に取るのは、幼い日に夢中になった絵本の一冊。
 思い出すのは、過去のこと。父母。邪教。友。お嬢様。

「きみは、悪い奴を倒すんだ」
 声が何度も蘇る。斬りつけた感覚。血の飛沫く視界。
「――よくやった」
 その笑顔が忘れられない棘となり、彼の良心を苛むのだ。


 胸に渦巻く様々な感情を持て余しながら、騎士は絵本を棚に戻して図書館を後にした。

 『はらぺこウサギと秋の空』
 『ひとりで、できるもん』
 『きしとおひめさま』
 『ほしのゆめをさがしに』

 本棚に並ぶ絵本の数々。わくわくして、きらきらしていた時間。
 そんな少年時代に、背を向けて。


 シナリオ:透明空気

参加者一覧
サクラ(p3p005004)
聖奠聖騎士
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
花榮・しきみ(p3p008719)
お姉様の鮫
マルク・シリング(p3p001309)
軍師

探索記録

●魔法使いの招待状
 ――招待状を猫が持ってきた。
 冒険は、そこから始まる。

 日常と非日常はいつだって一瞬で入れ替わる。特異運命座標(イレギュラーズ)なら、なお更だ。サクラは招待状を読み上げた。

 『サクラ殿
  夢物語より夢見がちな夜光魚たちが遊ぶ今宵
  蛍火のように身を寄せて幻想仕掛けの夜会と洒落込みませんか
  まんまる月を映しとるゴブレットをわすれずに
  ――薄荷緑の魔法使いより』

 ――にゃあ。
 招待状をくわえて来た黒猫がまんまるの眼でサクラ を見上げ、愛らしい鳴き声で誘いかける。
「今……?」
「みゃぅん」
 草木も眠ろうという深夜である。招待状には、紛れもない自分の名が書いてある――サクラ はすこし悩んでから、黒猫の後をついていくことにした。

●『サクラのチーム』
 街灯りがふと明滅し、刹那、太古の昏さをふいに連想させる暗闇が訪れ。美しくも、儚く、夜闇を舞う蛍火のようにちいさな妖精が雅やかに舞い、先導する。
「よく来たのだわ。よく来たのだわ」
 妖精が高く囀るように哂っている。その翅の燐光を目印に進むうち、夜は徐々に明るさを増したように感じられてくる。
「いつもだわ。いつも明るいのだわ」
 妖精がくすくすと楽し気だ。
「サクラ、周りを見てごらんなさいな。お友達がいっしょなのだわ」
 よく晴れた夜。深い藍のベルベットに絢爛の宝石粉を振りまいたかのような星月夜だ。
 ふくろうの鳴き声がホロホロと鳴いている。
 天を突くような杉の森――気付けば、『サクラのチーム』が揃い踏み。


●サクラ
 辿り着いた先には、平らかな湖水が広がっていた。
「逆さ星を月長石に宿してごらん、猫の尾は何本ある?」
「いーち、にーい」
 揃いのとんがり帽子をかぶった二人の魔法使いがなにかやりとりをした後、とぷりと湖に沈んでいく。
「さあ、次はあなたの番」
「にゃぁ」
 黒猫が湖にダイブして、妖精が誘うように弧を描いてから飛び込んだ。

「ゴブレットは持ってきた?」
 サクラにおっとりと声をかけてくる聲。見れば、中世的な幼い子どもが蕩ける微笑みを浮かべ、立っている。指揮杖めいてリズミカルに振るのは、花と蔦の絡むスプーン。かけられた魔法は、水中への招待状。
「あなたが水中活動に困ることのないように」
 砂糖菓子のきらめきめいた笑み。脳を蕩かすような、ゆったりした声。
 サクラはその姿を見て呟いた――「ま、ほ、う、つ、か、い」。
「そしてあなたはサクラ 」
 幼い手がサクラをトン、と突く。
 ぐらり、傾いた体は湖の底に引かれるように水面に落ちて飛沫をあげ、とぷりと聴覚が水に沈む音を感じ取り、全身が水をやわやわ掻き分け沈んでいく。
 沈んで――、

 沈んで……、

 気付けば、水の底。


●茶会
「千変怪異を友とせよ」
 剣のように鋭い誰かの言葉が脳を揺さぶる。
「あれ?」
 サクラ は地上にいるときと大差なく立ち、歩き、呼吸と会話ができる自身に気が付いた。周囲は篝火より輝かしいミモザ色の魔法光と菫色の精霊光、そして紫黒に渦巻く妖光が春の草原に舞う綿毛めいてふわふわゆらゆら揺蕩い、夜会風景を照らし上げている。初めての光景。だが、既視感もあるような、ないような。夢の中にいるような奇妙な感覚。

「サクラ 様、ようこそ」
 招待状を見せれば、仮面をつけたウサギが恭しく一礼をして席に案内してくれた。
 卓上に並ぶのは、分厚い魔導書、どこかの歴史書、植物図鑑に鉱石図鑑、星の絵本。そして、ギルド・ローレットの報告書を誰かが誇張して面白おかしく書いた冒険小説。
 お供にどうぞと添えられたお菓子は大鍋詰めの蛍光ケーキ。ブラッディチャップス・キャンディ。石鹸風味のバブル・ガム。猫とネズミが口の中で追いかけっこするヤンチャなグミ。女王陛下のお気に入りを自称する自惚れやトランプ兵のジンジャークッキー。星葡萄が舌先で太陽を呼ぶミラクルファッジ。
 濃藍の硝子の花瓶は放埓な夜湖の泡をぽこぽこさせながらブバルディアを咲かせている。


●ぅにゃっ?
「ほほう、ギルド・ローレットのサクラ 氏! 存じておりますぞ」
 長い髭の魔法使いが握手を求めて。
「ふうむ、ふむ。有名な方がここに?」
「サクラ 殿、わたくしとも握手を」
 魔法使いたちが入れ替わり立ち代わりやってきて、挨拶をする。
「ぅにゃ~あ!」
 そんなサクラ のテーブルに黒猫がひょこりと飛び乗り、にゃあにゃあみゃーみゃーと何事かを話しかけてくる。


 そこで、目が覚めた。
 サクラはガバッと跳ね起きる。周囲を見れば、そこは自分の部屋で、自分はベッドで寝ていたのだった。

 夢をみていた。
 そう思う。けれど、会話の内容が思い出せるような気がする。思い出してみようか。
 例えば、猫の事。……会話した内容は――、

●記憶
 そうだ。
 わかったのだ。
 あの夢の中、話しかけてきたのは猫だけではなかった。正確には、猫が話しかけてきたところに横からいろいろな者が口を挟んで会話に加わったのだ。
 サクラは記憶の断片を繋いでいく。パズルのピースをひとつひとつ填めて、一枚の絵を完成させるように。

 『騎士が盗賊団にやられてしまいそうだよ』
 『それはだめだね』
 『騎士は迷っているのさ』
 『悩んでいるんだね』


●依頼
 数日後。
 ギルド・ローレットに依頼が届いた。天義の聖騎士小隊が盗賊団の根城を攻略中だが、思いがけず敵が強いのかどうにも攻めあぐねており、手を貸してほしいというのだ。
 サクラ はそれを聞いた瞬間、背筋にひやりとした何かが奔るのを感じた。

 ――騎士。
 ――盗賊。

 あの夢が、関係していたりするだろうか?
 と、そんな思いが頭の中をもやもやと渦巻いて――仲間を見れば、どうも仲間も同じような顔をしている。まさか、と思って問いかけてみれば、『サクラのチーム』全員があの日あの夜、同じ夢を見ていたことがわかった。

 それでは、あれは夢ではないのだろうか……?

 『サクラのチーム』は騎士を助けるため、現地へと向かった。
 森林地帯を抜けて、緑草が揺れる草原を通り、林に入り。
 目印と地図を標に進むうち、稼働済の設置罠や傷ついた敵味方が散見されるようになる。
「う……」
 呻く声。
 ――生きている。
 傷つき倒れた恰幅の良い騎士を抱き起し、手当をすると恰幅の良い騎士はうっすらと目を開けた。
「え、援軍……?」
 サクラ はしっかりと頷いた。恰幅の良い騎士はなんとか身を起こして周囲を確認し、「治療はもう結構です」と首を振った。
「この先で、まだ戦ってる同輩が……」

 『サクラのチーム』は未稼働の罠に気を付けながら先を急いだ。
「俺は後から行きます。ご武運を」
 恰幅の良い騎士は温厚そうな笑顔でサクラ を見送った。


●盗賊と騎士
 青年は、子どものころから「騎士」に憧れていた。
 強く優しく、無辜の民を守り、悪を討ち、洗練された所作、礼儀作法で――騎士道を心得ていて、どんな時でも勇敢で。迷わない。
 正義を脅かす悪を決して許さない。
 悪に屈することは、ない。どんな理不尽にも逆境にも胸を張って堂々と向かっていき、己が身をもって正しき道を示すのだ。

 現実は。

(迷いしかない!)
 遠くから集団の気配が迫っている。敵か、味方か。
(どうすればいい!)
「ぬるいな? アンタ、覚悟が足りねえよ」
 せせら嗤う声は敵が発したもの。俊敏な猫のように身を屈めて長剣の軌道から逃れ、そのまま右横に跳ぶ盗賊。一瞬間近で嗤う表情は軽侮の色を見せていた。
「そんなことは、ない!」
(そんなことはない――はずだ)
 心に本音を秘め、青臭く叫ぶ青年は若き騎士エンヴラ・ルード。清廉な白銀鎧が陽光に輝いて、後退する踵が雨後の柔らかな土に深い痕を残す。空を斬った剣。対して盗賊からは騎士のバンブレースに短剣が打ち込まれ、甲高い金属音を鳴らしている。
「騎士の名にかけて、お前を討つ!」
(けれど、自分の言葉がこんなにも軽く響いて、寒々しい)

 剣戟の応酬が続き――けれど、長剣の繰り出される鋭さは鈍る一方。盗賊はやがて揶揄うように。
「なんだ。人を殺すのが嫌なのか? 血を見るのが怖いでぇすってか? これだから貴族のお坊ちゃんは」
「そんなことは」
 騎士エンヴラはかぶりを振る。
「私とて、人を斬ったことはあるとも」
「生真面目に反論する。――お坊ちゃんなんだよ。あんたに俺は殺せないね」
 距離を取るように後ろに跳び、猫のように背を丸めて短剣を構える盗賊。其の姿を見て騎士は思うのだ。
 ああ、生身の人だ。この者は「物語に出てくる悪」と違うのだ。
 自分もまた生身の人でしかあらず、「物語に出てくる正義」とは違うのだ。
「殺せるとも」
 騎士は自嘲気味に笑った。
「私は罪のない友を手に駆けて騎士になったのだ。罪があるお前を殺すのに、なんの抵抗があろうか」


 そこに、『サクラのチーム 』サクラ が駆け付けた。
 戦っていた騎士たちがその存在を知り、士気を上げる。
「援軍が来た!」
「ギルド・ローレットのサクラ 殿だ!」

「ちっ」
 舌打ちする盗賊。
「真打ち登場ってかァ!?」
(援軍――心強い!)
 ――まるで、■■の■■■のようだ。
 若き騎士エンヴラは高揚する一方で、どこか気落ちする自分自身の心の在り様にも気づいていた。
(私は嫉妬しているのか)
 ――まるで、物語の主人公のようだ。
 そう思ったのだ。
 そして、いよいよ自己嫌悪に陥るのだった。

●勝利
 『サクラ』が颯爽と戦場を駆け抜け、実戦経験に裏付けされた連携と個人の技量の高さを見せて盗賊を倒していく。

「助かりました」
 エンヴラが息を整え、滴る汗を拭って頭を下げる。
「貴殿の助力なければ敗北を喫していた事でしょう」

 騎士たちが歓声をあげている。天地の間に直立するように高く剣を掲げて。
 サクラはそんな彼らに声をかけ、負傷者の救援活動に移行した。

 来た道を戻ると、剣を杖代わりにしてこちらに向かう恰幅の良い騎士と再会した。どうやらこの男、本当に参戦するつもりで戦場に向かっていたらしかった。
「戦いは、終わりましたか。さすがのお手並みですね。いやはや、間に合いませんでしたなあ……」
 笑い、倒れ込む彼を抱き留める。意識を失っているが、命に別状はなさそうだ。

 ……サクラのチームは依頼を遂行して盗賊団を退治した!


●ちいさな図書館
 依頼が終わり、次の依頼がまだ決まらない昼下がり。
 再び黒猫が現れた。
「にゃっ」
 黒猫は誘うようにひょこりすたりと道を往き、サクラを図書館に導いた。こじんまりとした図書館は、人が少なく静寂に包まれていて、自然と足音を立てないように気を付けてしまうほど。
 読書用に置かれた席も閑散としている。
 サクラは読書コーナーをぶらりと巡った。たくさんの絵本が並ぶ背の低い棚の前で、子供が2人座り込んで絵本をいくつも開き、見比べるようにしていた。
 『はらぺこウサギと秋の空』
 『ひとりで、できるもん』
 『きしとおひめさま』
 『ほしのゆめをさがしに』

 窓の外を蝶々がひらりと飛ぶのが視えた。サクラはなんとなくその姿を目で追った。蝶々は可憐な花にとまり、蜜を吸っている。
「サクラ殿?」
 声がかけられて、視線をやれば先日の騎士エンヴラがそこにいた。今日は鎧ではなく、私服姿で――手に持っているのは魔導書だろうか?
「失礼しました。まさかと思ってつい声をかけてしまったのです」
 エンヴラはそう言って頭を下げた。
「本は、お好きですか? 私は幼い頃から本が好きで、よく図書館を利用していました」
 エンヴラは優しい目で棚の絵本を見る。
「一冊一冊、読んでいる時――私はここにいながらにしてその本の世界で旅をして、美しい風景や見知らぬ文化や人生に触れ、喜び、ワクワクし、時には怒り、悲しみ。友と感想を語り合ったのです」

 それから数日、サクラは図書館に行く習慣ができた。

●雨の日、図書館
 しとしとと雨が降っている。
 空気が湿っていて、ここに来るまでに濡れた服が肌にまとわりついてくる。

「今日も、会いましたね」
 ハンカチが差し出された。エンヴラだ。
 サクラはハンカチを受けとった。

 騎士物語を手に取って、読書スペースで鑑賞する。
 この物語は――?


 亡国のお姫様が正体を隠し、男装して騎士になりすます物語だ。



「隠し事を抱えて生きるのは、つらいことです。女性が男性のふりをして騎士をするというのは、私には想像に絶する過酷な人生ですね」
 エンヴラは共に本を読み、呟いた。
「私も、実は隠し事があるのです」

 エンヴラは控えめな声で語りだす。
 自身の過去を。



「私は、養子なのです。幼い頃は騎士に憧れていて、けれど誰にも言えない夢物語でした。なぜなら、私の実母と実父が邪教徒だったからです」

 人を供物に捧げ、奇跡を請い、怪しげな儀式めいたことをしては嘘だらけの信託を語り、何の効力もない水を奇跡の水と称して売る。母と父はエンヴラが次の誕生日を迎えた暁には供物として捧げようと目の前で語り合い、次の誕生日までの命なのだ、己の身は神にささげる身なのだ、と思いながら絵本の中でこころを無限の空想世界で遊ばせた。

「けれど、友人はいいました」
 友人は、この図書館で出会ったのだ。同じ年で、本の趣味はあまり合わなかったけれど本を読むという趣味自体は合致した、そんな友人だ。

 そのふたりはおかしいね。
 いたん審問会にみつかったら、その教団は「いちもうだじん」だよ。

 エンヴラはたくさんの本を読んでいた。そして、違和感を持っていた。だって、まるで、本の中に登場する悪い教団と、その信者だ、うちの親とその教団は。
 ……じゃあ、ぼくは本の中で騎士に助けられるかわいそうな子どもなのかな?

「サクラ 殿、もしよければですが、お時間があれば――私の訓練に付き合っていただけませんか」
 エンヴラは話を途中で止めて、剣を示した。
「訓練場にまいりましょう」


 エンヴラが訓練場の地面に転がり、荒い息を繰り返して悔しそうな顔をした。
「……負けました」



「もう隠し通せるものではございませんでしょう。私の腕前は、御覧の通りです」
 エンヴラは笑った。
「貴族の養子になって、半分コネと金で騎士団に入ったんです」
 不思議と、すっきりしたような顔だった。

「物語に出てきた騎士に私は憧れていましたが、あんなふうにはなれなかったんですよ」


●タイム・トゥ・タイム
「訓練、楽しかったです。サクラ 殿と一緒にいると、昔の自分に戻ったような錯覚をしますね。思い出すのです。憧れていたものや目指していたもの、そのために努力する楽しさを。努力している自分を誇りに思ったり、好きだと思える感覚を」

 サクラ はエンヴラや仲間と共に訓練場のベンチに座った。
「どうぞ」
 差し出してくれるのは、簡素な水筒とバスケットに入ったサンドイッチだ。
「その、いつも一度ランチを一緒にと思っていたのです」
 ランチに誘うはずが訓練に誘ってしまった。そう笑うエンヴラは、ベンチの近くで風にそよぐ薄紫の花を見て再び語りだした。

「友人の話をしたでしょう? 友人は、言ったんです。『親が処刑されたら、きみはどうなるかな』」
 ――どうなるかな。処刑はいやだな。
 ――おかあさんも、おとうさんも?
 ――うん。
 ――ふうん。おかあさんやおとうさんが処刑されるのはいやなんだね。
 「『おかあさんやおとうさんが処刑されず、きみが次の誕生日までに死なずに家から解放されて、騎士になる方法はあるよ』」

「彼は、そう言いました」
 サンドイッチのパンはふっくらとやわらかで、素朴な美味さが口の中に広がる。しゃくりとした感触はヘルシーな緑葉のもの。チーズも入っているだろうか。
「私たちは、計画しました。と、いうよりは友人がほとんど提案して、私は良い案だとおもって飛びついたんですよ」

 足元では花が揺れている。
 誰が種を植えたわけでもなく、風で飛んできた種がそのまま根付いて芽吹いたのだろう。見る者はその可憐さに癒されるが、見る者がおらずとも花はそこで同じように咲いて、揺れているに違いなかった。


「この町に、悪い奴がいるとしよう。きみのおとうさんやおかあさんではない、別の悪い奴だよ」
 彼は、そう言った。

 その時、騎士に憧れる少年はわくわくと頷いた。物語の中で、主人公たちがこんな風に作戦会議をしていた。そう思って。

 彼はそんな心を見透かしたような目でにっこりと笑った。
「きみは、悪い奴を倒すんだ。子どもなのに、勇敢に知恵と――こっそりいつも練習してる、その剣の腕で」

 エンヴラは頬を紅潮させた。ぼくが、悪い奴を倒す! なんて心ときめく話だろう。そんな自分に憧れていたんだ。それになにより、剣を練習していたのを知られているなんて。
「知ってたの」
「うん」
 当たり前のように彼が頷く。その顔を見ながらエンヴラは思った。
(そういえば、彼のことをあまり知らない)
 彼がはしゃぐように言う声が無邪気で、冒険物語の始まりを語るようだった。
「ぼくのともだちは、努力家で将来立派な騎士になるんだ」
 彼はそう言ってまっすぐエンヴラを見た。その色を見ていると、自分が特別な存在に思えてならなかった。とても、とても。

「なるよ」
「約束だね」

 2人は楽しく未来を夢見て――

「それじゃあ、やろう」
「うん!」

 現実がその後についてくる。



「彼に言われた通り、貴族のお屋敷の近くで待機していたら騒ぎが起きました。馬車に乗り込もうとしていたお嬢様が、襲われたんです」
 悲鳴がして、安物の小剣を手に駆け出した。友人がくれたのだ。

「きゃあああ!!」
『――ほら、悪い奴がいるよ』
 友人の声が聞こえた気がした。
(ほんとに、いる)
 同じ年ごろのお嬢様を襲っているのは、黒いもやもやした霧みたいなものに全身を覆われた『悪い奴』。同じような何かに動きを阻害された貴族の護衛が藻掻いている。
『チャンスだ。そうだろ?』
 ――チャンス?
 その一瞬、何かが違うような気が少しした。けれどすぐに違和感をどこかに追いやって、エンヴラの足が地面をちからいっぱい蹴り、跳んで。
 ――セリフを言う。
 考えてきたセリフ。物語みたいなセリフ。
「お嬢様、ごあんしんください。 未来の騎士エンヴラがおたすけします!」
 ――まるで、演劇だ。
(なんだか、『見た目を真似しただけ』だ)
 その時感じた違和感は、とても大きかった。
 一刀を勇ましく振り下ろし、鮮やかな赤い血が飛沫をあげ――手に伝わったのは、本物の人のからだを斬った手応え。生暖かくぬるりとした液体の湿り気。鼻についたのは、血の臭い。本からは、こんな感触やにおいはしなかった。間近に敵の顔が視えて一瞬、エンヴラは目を見開いた。見慣れた顔を見たから。

「あ……」

 彼は、一瞬で煙幕を張り、お嬢様を置いて姿を晦まし、逃げた。
「え……?」



「……友人は笑っていました」
 煙幕の中で彼の声が聞こえた気がした。

『――よくやった』

 そんな声だった。

「その事件がきっかけで、私はお嬢様にたいそう気に入られました。そして、その家の養子になり、養父とお嬢様に「騎士になる」という夢を後押ししてもらえたのです。実母も実父も、貴族から金がもらえるとなれば大喜びで私を家から出しました。元々愛情もなかったのでしょう……」
 エンヴラは俯いた。
「友人は、その日を境に姿を消しました。かなりたくさん血が出ていましたから、生きているかどうかもわかりません。時間が経つにつれ、私は理解しました。彼が魔法を使える子だったこと。真実を知るのが私だけで、黙っていればおそらく永遠に誰も知らないでいること」
 その瞳が歪む。
「真実を打ち明ければ、自分は家から追い出され、騎士にもなれないかもしれない。そんな思いが沸きました。そして、私は真実を誰にも打ち明けることができないまま、実の父母が信仰する邪教についてもすっかり忘れ、後ろ暗い記憶から目を逸らして、騎士になったのです」
 騎士になってから思い出して調べてみれば、邪教はいつの間にか消えていて、実の父母はいつの間にか引っ越し、国を出たという噂だった。


 サクラ は仲間たちを見た。そして、考えた――、
 ここまでの道のり。記憶。そして、自分と仲間の能力……、さて?

●Yes, We Can.
 エンヴラは少しだけすっきりした顔でサクラを見た。
「話を聞いてくださり、ありがとうございます。これから養父と上官に過去を打ち明けることにします」
 青年は決意の表情で言い切り、颯爽と礼をして背を向ける。しかし、サクラはその背を引き留めた。
 ――彼らには、それができるのだ。
「え? 彼に会える、と仰ったのですか?」
 サクラ は頷いた。
「……」
 エンヴラが息を呑む。
「でき、るんですか? 生きてると仰るのですか? 会えるんですか?」
 サクラは首を縦に振る。
 ――ギルド・ローレットのサクラの名に懸けて。



 数日の時間、『サクラのチーム』は方々を駆け巡った。
 調査し、スキルを活用し、辿り着いた。
 運命を引き寄せた者に森がさやさやと歓声を送り、動物たちが見守る細い道。精霊や霊魂がふわりと舞い――、

『彼』の黒猫に導かれ、今度はエンヴラを連れて。

挑戦結果

●千変怪異を友として
「やあ。お客様」
 幼い子どもが椅子から立ち、軽快に一礼してみせた。
 薄荷緑の魔法使い。
 あなたが探し当て、辿り着いた『彼』が、蕩けそうな微笑みを咲かせて友を見上げる。

「ああ――ああ、」
 エンヴラが膝をついた。
「君だ。懐かしい、私は、ぼくは、覚えている。
 あの頃とまったく変わらない姿の――『サタナヤ』。君だ」

 名を呼ばれた魔法使いはちょっぴり驚いた顔をした。
「おぼえていたんだ」
 その顔は、嬉しそうだった。
「エンヴラ。ぼくの友だちは立派な騎士になったかい」
 その声は、友人を誇るようだった。
「さあさ立ち上がり、椅子に座って笑ってくれたまえ。
 ぼくを友達と呼んでくれるとうれしいよ――そうだ。盗賊を退治したのだろ?」
 その手が友の肩に触れ、手を取り、立ち上がらせて席に導く。頬は薔薇色で、瞳はきらきらと煌めいて――嗚呼その嬉しそうな瞳といったら、貴婦人が愛してやまない宝石の数々が負けを認めて湖の底に引き篭もってしまうくらい、活き活きとした感情の色を讃えて、見ているほうまで嬉しくならずにはいられないような輝きを放っているのだった。

「噂は聞いているともさ。ぜひぜひ、冒険譚をきかせておくれ」
 サタナヤはそう言ってあなたにとって置きのお菓子をくれた。
「カラフルな包み紙のお菓子は、見ているだけで気分高揚、間違いなし。
 けれど開ける時は気を付けて――そぉっとやさしく取り扱わないと、中のチョコはとってもシャイだからお空に飛びあがって逃げてしまうのさ!」
 冗談めかして微笑んで、人差し指を唇に当てて片目を瞑る。
 そして、囁く声が言葉を密やかに紡いた。
「ありがとう」
 ――心からの感謝をあなたに。

 あたたかな色の木肌を幻想鉱石ランプに照らされて、木々が見守るその茶会。
 BGMは悪戯な風が奏でる緑葉のささやき。
 注意深くみてごらん、ほんとうは小さな花があちらこちらで咲いている。動物たちも、寄ってきた。
 煌めくお茶に花びら浮かべ、過去と現実を笑い合い、これからのことを話しながら明日の運勢を占おう。
「おっと、特別な運勢が出たよ」
 だから明日はきっと皆が夢見て羨ましがるような、面白おかしく楽しく刺激的な一日になるだろうね! May be!

戦績

攻略状況:攻略成功!

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