PandoraPartyProject

特設イベント

白の世界で

●オープニング

●闘技場の乙女たち
 かのシャイネン・ナハトの聖女伝説は北の地が舞台なのだという。
 彼女の伝説の発祥地がより具体的にどの地域を指しているのかは失伝してはいるのだが……
 雪止まぬ、極北の大地。蒸気熱と鉄(クロガネ)に塗れた国――ゼシュテル鉄帝国に棲む乙女ならば、誰しも一度は『わたしの生まれた地に聖女がいたのでは?』と考えたことがあるのではないだろうか。
 大闘技場ラド・バウきってのアイドル闘士、パルス・パッションもそれに漏れない。寧ろ聖女の生まれ変わりがボクだったら位まで考えた事のある――些か欲張り気味な――少女である。
 シャイネン・ナハトの時分は特別だ。
 少なくとも聖夜の魔法は、少女の甘やかな『勘違い』、いや『妄想』いや……夢をいちいち否定して回る程狭量ではないのだし。
 なのに――……

「白、白、白! こンなんじゃパカダクラの毛を毟っただけの世界じゃない!
 ボクのバラ色のロマンスは? いつもは『パルスちゃんかわいいよ』って応援メッセージくれるけど、乙女なら……!」
 命短し恋せよ、乙女。
 この世に乙女と生まれついてしまったからには、恋色のロマンスに酔い痴れたいもの。
 大闘技場のアイドルもたまにはプライベートでスキャンダラスな恋心に溺れてみたい年頃なのだ。
「はしたないわヨォ」
「だって! ボクだって恋したいし、あわよくばそっと手位握られたい!」
 溜息零した同業者(せんゆう)のビッツは憤慨する乙女の様子を面白いというように笑みを堪えて話している。
 大闘技場ラド・バウは鉄帝国民衆の娯楽の象徴である。強き者と武を愛する国民達はこの場所を大いに特別視している。
 が、こんな舞台で恋物語が始まる――訳もなく。
 パルスも理解はしているのだ。
 理解しているが故に彼女は、好成績の褒美に特別イベント開催を皇帝に掛け合ったのだから。
「――パイ投げするわよ!」
 嗚呼、何と言うか……全てはそういう事である。
 ロマンスに憧れる乙女のその一言をもって、この場の趨勢はアレな方向に決定した。
 バベルの翻訳する所の『クリスマス』に持て余したHPを無駄に消費する会場はこちらになります。爆発しやがれ。
「アタシはやーよ」
「オカマだからって、少し淑女っぽい雰囲気みせてんじゃないわよ! やるったらやるの!」
 爆発しやがれ。

●ゆる募:投げるひと。
 大闘技場ラド・バウ。神聖なる闘技場は今は甘い雰囲気が漂っていた。語弊があるかもしれない。甘い空気が漂っていた。
 並ぶケーキにパイ。その中心で楽しげに「チャオ! みんな、待ってたわよ!」とアイドルらしさを失わずに微笑むパルスの姿。
 今夜の闘技場はパイ投げ大会会場に変貌していた。
 シャイネン・ナハトは混沌世界もお祭り騒ぎ。血腥いイベントが各国で起こる事無く誰も彼もが騒ぎ喧騒を楽しみ続けている。
 せやかて、何か腹が立つのも事実である。
 せやかて、人様に迷惑をかけるレベルで暴れては聖女も草葉の陰で泣いてしまう。
 だからこそ、パイ投げ。ケーキ投げ。リア充爆破を謳ったアイドルの先導の下で戦士たちも一時休息を取るのも悪くはない――そう思った人間が多かったかどうかはさて置いて、ラド・バウは今日も盛況なのだった。
「さあ、思う存分投げッ!」
 べしゃ。
 鈍い音たてパルスの顔面にぶち当たった赤。それは酸味をその鼻へと感じさせる。
「ビッツゥ……?」
「アラ、いけない。赤が似合うからつい投げちゃったわ。トマトよ、ト・マ・ト」
「白に赤。クリスマスカラーってヤツ? よーし、ボクもキミにパセリをかけちゃうぞ。このオカマ!」
 ぐしゃりと音立てて落ちたトマトを握りつぶしたパルスの表情が強張っていく。
 許可を与えた皇帝陛下は「勝手にすれば? 面白いじゃん」てなノリだった。観戦席も一般開放。戦闘行為を行わなければ戦士以外も闘技場に踏み入れることができる。パイやトマトが飛んできたってそれはご愛嬌だ。
 赤(トマト)と白(パイ)は無礼講だ。この際、楽しけりゃなんでもいい。
 折角のシャイネン・ナハト! 折角のシャイネン・ナハトなのだから!
 今、戦いの火蓋が切って落とされたのだ!


●夏あかねより

 冬ですが、夏と申します。
 シャイネン・ナハトで暴れる奴担当です。思う存分投げましょう。あ、出店もあります。

 ■ゼシュテル鉄帝国
 鉄騎種の皆様にはおなじみの鉄帝。力こそパワーです。闘技場で競い合っていろいろ。詳しくは世界観をご覧ください。
 今回の舞台は鉄帝といえば闘技場。そんな闘技場です。コロッセウムみたいなかんじの風貌をしています。
 混沌の北の地に位置するので死ぬほど寒いです。鉄騎種の皆さんは過酷耐性でへっちゃらですが獣種のパルスお嬢さんは毎冬を越せるか不安になるそうです。

 ■行動
 ・ご同行者がいらっしゃる場合はお名前とIDではぐれないようにご指定ください。グループの場合は【タグ】でOKです。
 ・パイとケーキとトマトを投げられます。スタッフがおいしくいただきます。
 ・闘技場の設備で売店などもあります。観戦御用達ですね。
 ・パカダクラというアルパカとラクダが混じったような奇妙な生物が荷運び係りでいます。乗れます。
 ・七面鳥は食べましょう。焼きましょう。投げると痛いです。
 ・リア充にも等しく投げましょう。滅ぼす? シャイネン・ナハトを一人きりで過ごす乙女(パルス)のやつあたりですよ!

 ★NPC
 パルス、ビッツ、その他NPCはご指定頂きましたら登場いたします。
 ※ざんげはごめんなさい。空中庭園です。

 それではよいシャイネン・ナハトを!


<オープニング:夏あかね/YAMIDEITEI>
<リプレイ執筆:夏あかね/YAMIDEITEI>

リプレイ

●世界は慈愛で満ちている
「シャイネン・ナハトの聖女コンテストがあるって神様からお告げで聞いて、聖女アイドルのピュティアちゃんの独断場と思って来たのに……」
 寒いし。
 寒いわ。
 寒い時。
 寒いなら。
 身も心も凍えるような冷たい熱気はとっても嫌気な本物だ。全くピュティアは『多分何かを間違えた』。
 シャイネン・ナハト――聖夜と言えば、幸福溢れる出来事で胸が満たされる事だろう。
 そんな甘い現実を想像するのは淑女として当たり前の、そう、何ら『可笑しな事もない』当たり前のことなのだ。
「『性』なる夜に!」
 エリザベスの言葉には一つ間違いがある。なんたってPandora Party Projectちゃんは全年齢対象ゲームなのだ。聖なる夜なのだ。
 そこに含まれ得る若干のイレギュラーは早速無かった事にして、そこかしこに目をやれば。
 当然ながら、そこには『この夜に相応しい』光景が広がっている筈だ。
「リア充爆発しろ! なイベントでございますか。大変よろしいですわね」
 唇に笑み乗せてエリザベスはテーブルにセットされていた熱々の七面鳥をゆっくりと構える。
 シャイネン・ナハトは幸福溢れる夜のはずだから。その幸福の一欠けらさえも享受し得ない者にとっては針のむしろだ。
 誰が企画者だったかはどうでも良い。何が始まりだったかも大きな意味を持たない。
 何処から来て、何処へ行くか等――問うだけ無駄の愚問と言えるだろうか?

 ――宜しい。ならばトマトである!

 今日ばかりはこの血潮溢れるコロセウム――ラド・バウも甘やかな香りと噎せ返る様なディナーの香りに包まれて熱狂が渦を巻いていた。
「血が見られんのは残念やな……まぁ、トマト(これ)でええか。赤いし」
 フルクオールの物騒な台詞は平等なる愛と祈りの夜に程遠い。
「折角や、戦場真っ赤に染めたろか。トマトやけど」
「ルイン・ルイナ……俺は滅びを滅ぼすもの。
 つまり、リア充を滅ぼす者もまた、滅ぼすべき対象ということだ」
 大真面目にトマトを山と抱えて佇むR.R.も含め、病棟なる哀と酷い夜とかなら大体合致するけれど。
 何故に、何が悲しくて――シャイネン・ナハトに大闘技場でパイを投げねばならぬのか、トマトを投げねばならぬのか。
 それはこの場にある者の多くが一度は考え、早々に諦めた聖夜の難問であろう。
 大人は時に答えない。
 都合が悪い真理を探求せねばならぬとしたら――茨の塔は練達の空さえも食い破ろう。
 良し、何かそれっぽい事言ったから問題ないね。
「それではお覚悟を」
 凛とした佇まいで両手にケーキを持ち、口笛が戦闘(?)体制に入る。
 当然ながら彼女の視線の先には悪友のノアルカイムが居て――
「クリスマスカラーって赤と白の他に、ツリーの緑も入ると思うんだ。
 パイやケーキの中に緑色あるかな? この三色で口笛くんを染めてやるぜ!」
 ――先制攻撃に出た彼女の一撃を口笛は軽くアクロバットなムーヴでかわす。
「うえ!?」
「隙だらけであります」
「ふふ、賑やかな聖夜になりそうねぇ……」
 勝負に瞳をギラりと煌めかせルーミニスはケーキを構え、一気にヨルムンガンドへ肉薄した。ご飯飛び交う楽しい祭りに瞳を輝かせていたヨルムンガンドからすると『突然の出来事』である。
「ルーミニス、これは勝負なんだね……!」
「そうよ。さあ、いくわよ、ヨル!」
 意気込むルーミニスの背後から顔を出したヨルムンガンド。べしゃと音を立てたパイが無残にも足元へ落ちていく――前に胃袋へと吸い込まれる。
「あ、美味しいねぇ……!」
「これだけ賑やかに過ごせば伝説の聖女ってのも笑って観てられるでしょっ」
 此処は鉄帝。混沌の北方に位置するこの場所はシャイネン・ナハトの聖女伝説があった場所だと噂される。そのお膝元(?)での大騒ぎなのだ。聖女だって腹を抱えて笑ってくれるだろうとルーミニスは唇で弧を描く。
「力こそパワー。パワーといえばそう、『美』だネ!
 つまるところ僕はこの『美』により鉄帝ナンバーワンになるのさHAHAHA!」
 バラエティ適性の異様に高いジャミーズな公麿が腕をぶし、
「よーし、わたしも頑張ってパイ投げするのよ」
 オーディナリー(ギフト)を、得手(スキル)を駆使せんとする攻防自在、技巧派なるあんずの一方で、
「パイ・ケーキ・トマト投げ! 大いに結構じゃねえか! 要するにどれだけ投げられようがマッチョでいられるか試す粋な祭りだろう!?」
 ストロガンは飛び交う七面鳥を受け止めて、筋肉をアピールし続ける。
 常にマッチョなストロガンが最高級のマッチョであることを誇示するように、まるで冬に燃える地上の太陽とでも言わんばかりに。
 嗚呼、寒いのに暑苦しい――

 ――シャイネン・ナハトが薄れている。
 希薄で、希薄で、希薄で――別の濃度が増している。
 悲しい位に、痛い位に。

 燃え上がる情熱の火球の如き熱気を放つ筋肉(ストロガン)の傍らでふるりと大きく震えたクロジンデは「ふっっっざけてる!」と首を竦める。
「ほんと、ふっっざけた寒さだねー。ラサ出身のボクには耐えるよー」
 観客席で縮こまり。飛び交う七面鳥やパイ、ケーキの中から知らぬギフトをその両眼に焼き付けんとクロジンデはじいと闘技場内を見つめる。
 ふざけた寒さではあるがふざけた祭りであるためか視界は気付けば白。観客席に居ても飛び交うクリームは無慈悲に襲い掛かってくるのだ。
 即ち安全地帯は無い。慈悲はない。何故ここに来たのかは――寒すぎてもう分からない。
「暖を取りたい方はこの指に止まるのです!」
「!!!」
 そんな時、クロジンデが見つけたのはクーアなるエルドラドである。
 発火能力で取り敢えず周囲を温めようという危険思想は置いといて、そこまで辿り着くのもまた試練ではあるのだが……
「うふふ……これぞ、シャイネン・ナハトよね! いちゃいちゃ? そんなのあるわけないじゃない!」
 にぃ、と唇を歪めたのは此度の元凶。鉄帝ラド・バウの華ことパルス・パッションその人である。
 尻尾をゆらりと揺らしたパルスが両手にパイをセットし虎視眈々と得物を探している。その背へとハイデマリーはそっと寄り小さく息をついた。
「貴殿は相変わらずでありますな」
「あら、あらあら、マリーちゃん! うふふ、次の得物はキミだ!」
 覚えていないかもしれない、と声をかけたハイデマリーの言葉を遮る様に明るい声音とパイが飛び掛かる。
「あぁーあ、せっかくの食事会が食べ物は大切にしろと親に言われなかったのですか?
 七面鳥を投げようものならその手ごと食べてやるのです」
 ミンが真っ当で――真っ当ではない言葉を投げる。
「食べ物の投げ合いをするとは……コレは、メイドとして捨て置くわけにはいかないであります!」
 破戒メイドのモルタとしては、投げるは投げるでもおもてなしの心を忘れてはならぬ――というもの。
 食べ物を無駄にするのは大変良くない事だ。しかし、人は時には悪徳を貪るもの。
 してはいけないと言われるからこそ、甘美なる禁断の遊戯。
 楽園の住人もそれが魅惑で無ければ蛇の誘いにも乗らなかったであろうに――
 食材の無駄遣いという真っ当な意見には今は蓋をしたい年頃なのだ。
「ッ――……ワタシも鉄騎種ではないので寒いと感じますね。寒いのであればこちらのコートをどうぞ」
「気が利くじゃない。それじゃ、借りようかしら? でもプレゼントは受け取れないの。だって、アイドルだから!」
 相も変わらずの徹底した『アイドル』ぶりにはハイデマリーも静かに息を吐くしかできない。
「ガハハ! こんな舞台で態々パイ投げとは! あの嬢ちゃん、中々笑いが分かっているな!」
 パイを大きく振りかぶったガドルの狙いはその傍らのビッツ。長身の彼――彼と呼べばビッツは酷く表情を歪めることだろう――の胴にべしゃりと音立てたクリームが覆いかぶさる。
「いやあね。髪についたら中々とれないのに」
 しろくて、べたべたしているから。
「あぁ、ビッツさんの綺麗な身体にクリームが!」
 大ファンを自認するルドルフが悲鳴めいた声を上げる。
「これ以上――リューちゃんも投げちゃダメだからね!」
「あ、しまっ……投げてしまい……」
 傍らのリュグナートのスローイングが皮肉に確実にビッツの顔面を捉えていた。
「やぁん」
 ……何とも低い呻き声だ。それにも腹抱え笑い始めるガドルの暴走は止まらない。
「おーっと、ビッツ選手に些か不本意な集中砲火! ガドル選手、いよいよ無軌道が止まりません!」
 何やら混沌の場には実況らしきアガルの姿も沸いて出て……
「クリスマスでケーキ食べ放題って聞いたのに……」
 心底「帰りたい」克己は夏服のセーラー服にべったりとクリームを貼り付けていた。
 何処でそう聞いたかは知れないが、もしそんな説明をした人間が居たとするならば清々しい程に悪意的だ。酷い詐欺もあったものである。
「パカダクラ、ねぇ……」
 変なものに興味を示したオーカーが視線をやり、ヤツはと言えば一際変な声を上げた。
 混沌に広く分布するパカダクラは気性が穏やかで扱いやすくもふもふしている上に力が強い為、運搬動物としても適しているらしい。
 若干顔立ちは間抜けだが、それも愛嬌と言えるだろう。
「これは随分と素敵な様相だ。茶に白に赤にこの会場全体が大きなパレットみたい!」
 そう言うステファンはパカダクラなる動物に興味津々といった所。
『パカラクダ! 彼も興味津々だわ』
「リュカにジェルと一緒で楽しそう」
 レオン、カルラがそれぞれそう言えば、
「パカラクダのふわふわサン、乗せてくれてありがとう」
 美味しい流れ弾に注意しながらも、本懐を果たしたリュカシスが笑う。
「二人とお出かけ、すごく楽しい!」
 厚着のジェルソミアは――パカダクラは可愛いし――自身と同じく楽しそうなレオン・カルラとリュカシスの様子に喜色満面である。
 つまり、今回の【架空園】の出張は大成功だという事だ。
「ほっほう、そうか、『ぱい』というのか……胸元に零れて凄くぞわわっとしたのじゃが。そうかそうか、そういう趣向なのじゃな?
 ――はっはっは、死にさらせェェェ!!!」
「……もう、しょうがないわね。投げた子には『オシオキ』してあげないとね?」
 たった今被弾した霧緒とキツネの猛反撃の流れ弾で、実況(?)のアガルが無遠慮な直撃を受けた。
 解説実況――居ないけど審判であろうと攻撃から逃れられぬルール無用(バーリ・トゥード)。
 きっと、男も女も年齢も種族も、ヒトもパカダクラも関係なく盛大にクリームに塗れるのがこの祭りの楽しみ方だ。
「まあ、まあ……大闘技場でも、こんなことをするのですね。季節もの……きせつもの?」
 首を傾げるミディーセラの思案を無慈悲に肯定するのは宙空に飛び交う白と赤の『弾丸』である。
「オレの国では年が変わる頃に縮みの祭というのがある。二十日ほど後の成長の祭りに備えたものだ。
 ざっくり言えば女神に女の心臓を捧げるならわしだが――」
「これは酷いな」とトラウィスが溜息を吐いた。
 厳粛なる闘技場も今夜ばかりは形無しに面白おかしい展開をバーゲンセールしている状態だ。
「いやっほうパイ投げ! ケーキ食べ放題でゴザル!」
 そんなクールな彼の顔面をスク水ぢから溢れるボディの持ち主――デスレインの放ったパイが撃ち抜く。どっとはらい。
「あこがれの闘技場、今日はパイ投げ大会か……」
 モモカの視線の先には――
「よくわからないけど、ここは戦場だわ……! それから、街を歩けばリア充ばかり。うん、今日はここで鬱憤晴らしていくのがよさそうね!!」
 ゆっくりとパイを構えるアリソンと、同盟を持ちかけられた孤独なる乙女・パルスに同盟が居た。
 うん、憧れ。でも、事態はこの場所で勝利を収めるに限る。
「同盟よ!」
 その声に「わかったわ!」とパルスがぐるりと首を回す。この場にあるのはパイだけではない。赤も、そう、トマトも存在しているのだ。
(僕のビューティーフェイスはアイドル闘士も魅了するかも――パルスのハートを射止めてお持ち帰り出来たらいいな~あははは~)
 そんなパルスを支援するコルマだが、当の彼女は戦う事(?)に必死である。だからフラグが生まれないんだ。
「なんかご馳走が出るらしいから来て見たけど……」
 ツバメはクリームを拭いながらゆっくりと息を付く。テーブルに並んだ七面鳥を美味しく頂いている最中の流れ弾には非常に困ったものである。
「実際、良くやるわよねぇ。この寒いのに元気と言うか何と言うかぁ」
 観客席でぐびりと一杯をやる琴音は呑んだくれてるおねーさんといった風情だが、時折気晴らしに何か投げたりしている辺り案外参加していたりもする。
「誰だー! 投げてきた奴は!」
 きょろりと周囲を見回したツバメの隣で、ひょこりと顔を出したセンキ。センキが感じ取るのは戦の気配である。
「パイとかケーキを投げればいい!?」
 センキは意気込みをそのままにぴょん、と飛び出した。周囲で寒さに震えるパカダクラの影から隙をついて飛び込んでゆく――刹那、
「ひくしゅっ!」
 体を震わせたトートはラクダとアルパカの混ざり合った生物、パカダクラをもふもふと触りながら暖を取る。
 出来れば鉄帝の皇帝と会いたかったトートだが、流石にシャイネン・ナハトの異種混合戦(笑)には登場しなかったようだ。
 敢えて言えばこれから先、もう少し後――トートの望みは今夜と同じこのラド・バウで叶う事になるのだが、それは余談。
「俺寒さが一番苦手なんだが……俺の分まで亘理……頑張ってくれないか?」
 パカダクラで何とか暖を取りながら冗句めいてクリーズが言う。
 水を向けられた義弘は「どんな祭りも祭りは祭りだ。言われんでも励むがね」といよいよ頼もしい。
【惑いの花酒亭】の男二人に紅一点のリノはと言えば。
「というかトマト凍ってるんじゃないの……?
 よし、メイン武器にしましょ。殺傷力重視よ、頭狙っていきましょ頭」
 華やかな外見とは裏腹に男以上に物騒な事を言う。
 肉食獣のようなしなやかさと、美しい女のしたたかさを併せ持っている。
 実に雰囲気たっぷりに笑む、そんな彼女が『被弾』でもした日には……
「クリーズ、ヨシヒロ! あっちに仕返しよ。無謀な大口にトマト詰め込んでやるわ!」
「スナイパーのコントロール力舐めてくれるなよ」
「さあて、眼光鋭く、トマトもパイもぶん投げろ――だ」
 ……戦争が始まるのは、当然の事ながら避けられまい。
「せっかく来たのに……なんだよー闘争の気配なーし! 闘技場なのに!」
 闘争に身を焦がし、闘技場にて力を奮う鉄帝といえば、其処には戦火が渦巻いているはずなのだがその様子がないことにマリスは僅かに頬を膨らませる。
 暇だから、と狙い定めたのはパルス。トマトの次は甘いものを投げるという優しさを込めてマリスは『りあじゅー』のように振る舞った。
(僕はこれでも癒し系なのさ。心を打たれたパルスは僕にメロメロ。
「さあいっぱいお食べー。蜂蜜たーっぷりのパンケーキ! は、ないのか……ちぇー」
 パイにトマトにケーキ。食べ物を投げるなんて飽食の極みだとメルトは小さく笑う。しかもこれは自分の財布が痛むことはない――なんて素敵な事だろうか。
「形状的にトマトが有利そうだけど……攻撃力はケーキかな?」
 とにかく容赦はしない。覚悟すべしだと投げつけたメルトの一撃にフルオライトは「おお!」と両手を打ち合わせた。
「こんばんはメリー! 受け取るがよい!」
 誰が誰でも同じだ。相手は誰でもいい。ぼっちでもリア充でも投げることに意義があるのだ。無礼講とは非常に良いものだとフルオライトのテンションは上がっていく。
 ケーキを投げつけるフルオライトの多段攻撃をひらりと避けながらいつも通り気侭な猫(だが大きい)は飛び散る生クリームをぺろりと舐め上げる。
「美味しい」
 ヴィクトリヤは流れ弾に当たらぬように彷徨い歩いては一面に飛び散った生クリームの回収係に徹しているのだ。
 その甘味を邪魔するように血走った目つきで辛子を練り込んだパイを顔面狙いで投げ続ける灰。つん、と鼻にまで届く殺意。
 ……誰がそこまで追い詰めたのだろうか。
 その一撃を避けながらヴィクトリヤは生クリームを確かめ触りゆっくりと尻尾を揺らした。
「今の私は生クリームをおいしくいただくためのスタッフだから、どうか決して構わないで頂戴」
「シャイネン・ナハトにボッチ……」
 ――その切なさが灰をここまで追い詰めたのだろうか。
 辛子の一撃に「びゃっ」と奏が声を上げる。ボッチといえば己なのだという様にケーキを食べ続ける奏。
 魂震わせる「ちくしょー」なるその声は、斬新さも何もあったものではないが――ラド・バウの中に唯虚しく木霊した。
「またざんげちゃんがいないなんて!」
 お空でサムズ・アップするざんげちゃんの目は相も変わらず死んでいた。
 乱れ飛ぶパイ。そしてその両手から雪合戦の要領で投げつけられていくトマト。
「八つ当たりしてやるもんね! パルスちゃんもそう思うっしょ!?」
 七面鳥に齧り付く奏の形相に思わず肩を竦めるパルス。闘技場の乙女も時にボッチの戦意には怯えを走らせるものでもある。
「そ、そうね……このまま戦場(このばしょ)で一花咲かせましょ!」
「イエッサー! ざんげちゃんのいない悲しみ……ボッチである悲しみをこのパイに籠めて!」
 嗚呼……
「ま、待て早まるな!? オレは、七面鳥じゃない!!
 丸焼きにしたって、ローストチキンになるだけだぜ? この意味分かるな? ……な?
 あああああ! あああああああああああ!?」
「……ただ飯の気配したのに……なんか違う……」
 戦場にロースト・チキンの悲鳴と絶望に塗れたあい・うえ男の声が響く……


●世界は駄目でも満ちている
「ってちょっとー、ナニ投げるやつ食ってんのよー!」
「んー…汚れるし疲れそうだし、僕は食べるだけで……へぶっ!?」
【olivinade】の二人――マリネとオリヴァーが汚れたお互いの顔を見てほとんど同時に噴き出した。
 宴もたけなわ。即ち混沌と熱狂溢れる暴走状態である。
 しかしながら、時に――ヒトはこんな場所にさえ恋の花を咲かせる事もある。
 鉄帝の永久凍土さえ、阻めない情熱もあるという事なのだろう。

 ――先にパイが当たった方が、相手の好きなところ告白する――

 そんな約束があったとして。「恥ずかしい」だなんて頬を赤らめてるとして。その約束を公言したとして。
 シャイネン・ナハトの夜は祝福される恋人同士も戦場では格好の的になるのだとして――!
「グレイシアス」
「わかってる。銀影。『約束』は絶対だ」
 視線を交差させたランベールとアルク。二人の間にあるのは恋人の甘いそれ。無論、この場所にはその甘やかな空気とは無縁なのだという猛者達が控えている。
(意地でもあたってやるものか……!)
 ツンデレと言われようが、負ければ約束を遂行しなくてはならない以上、意地でも当たらぬようにとアルクは身軽に避け続ける。
 いざとなれば己の手でランベールにパイを当ててやろうと考えるアルク。素知らぬランベールは盾にされながらも楽し気にアルクを振り仰ぎ。
「ッ――」
「散々周りを煽る為に惚気たんだ。これ以上惚気たら俺が死ぬ」
 べちゃ、と音立ててランベールへと当たるパイ。ぼそぼそと呟くアルクのそれに心がときめかぬ訳がない!
 勝者への一言は――「臆病だけど前を向いて歩くひたむきさ」。
 その甘やかな空気を受けながら景はクリームを泡立て続ける。しゃかしゃかと音鳴らし、腐る寸前で派手に飛び散りそうなトマトも厳選しながらパイ皿へとクリームを乗せてゆく。その機械のように一定のリズムを刻む正確かつ怨念めいた動作が只ならぬ鬼気を帯びているのは言うまでもない。
「ここが私の生まれ故郷と思われる鉄帝の――ひぎゃん!」
「リア充は敵、倒すべき敵っ!」
 実に分かりやすい主張を一撃と共に展開するコハク、恋人に故郷の説明等と考えてこれを喰らうのはココである。
 そんなココの一方で『何故か流れ弾すら避けて通る二人』も居る。
「おや、随分男前になったね?」
「え……? 僕の顔に何かついてるかい?」
「ほら其処についてる。しゃがんでごらん?」
 言われるがまま、姿勢を下げたシャロンに鼎の顔が近付く。
 シャロンの顔のクリームを拭き取ったのは鼎のハンカチだったが――
「ふふ、ぺろっと舐め取ったほうが良かったかい?」
「ミ、ミス・鼎……!」

 ――あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!
 うああああああああああああああえええええええええええええええええええええええええ!!!

 カップルかどうかは知らねーけど!
 断固として運命の寵愛を受けるのは以下の一団である!
「お二人とも参加するからには思いっきり楽しんでふざけていきましょうね~。リア充は爆発です。
 理由? イチャコラしやがってあの甘い空気が――砂糖吐いて炎上しろと。
 相談の結果私はトマトを投げまくります。唸れ剛速球トマティーノ!」
「あの、これ、どうするのでしょう……?
 誰かにぶつけるなんて、申し訳なくて……あの、ええと、でも、一回くらい、少しくらいなら?」
「図らずも両手に花だが、某はリア充ではござらん! 〆切直前まで誰も誘えなかった敗残者よ!」
 リア充を狙う一団――異様に早口な由貴、そのテンションに泡を食いながらも意外と流されている兎々、図らずも両手に花で悲しい宣言を堂々とキメる天満等――にそっと戦力を配布する景の唇がゆっくりと吊り上がる。
「俺は自分の手は極力汚さない主義ですが、なんとなーく妬ましいのも事実ですので……」

 しゃかしゃか
 しゃかしゃかしゃか……
 シャカシャカシャカシャカシャカシャカ!

 その笑みはやはりと言うべきか薄暗い……
 言葉にうんうんと大きく頷いたのはギギエッタ。恋人たちの甘いシャイネン・ナハトなんてギギエッタには存在していない。
「鉄帝って、思っていたよりユニークな国なのねぇ……でも何でトマトなのかしら」
「でも、何故トマトを投げるんでしょう。赤く染めたいなら――」
 抜刀は駄目!
「ジルさんは僕の後ろに隠れていて下さい。一つ残らずたいらげてみせますから」
 ジルーシャを庇うようにシキが胸を張る。
 いや、まぁ、カップル的なサムシングなのかどうかは雪深き鉄帝のミステリーって事で分からないのだけれども。
 きっと、そんなやり取りさえ、ある種の思想を持つ人々の闘志を掻き立てるには十分だった事だろう。
「こうなったらパイ投げチャンピオンを狙っちゃうわよー!!」
 飛び交うパイを見つめ、今日のギギエッタは輝いているわと両手を広げる。飛び交うクリームを拭い、地面を踏み締める。
「えっ? 真の勝ち組は練達で輝くイルミネーション眺めてるカップル?? ……あはは、そ、そんなわけないじゃない……」
 ギギエッタの声音が震え始める。イルミネーションを眺めて「綺麗だね」と視線を交えるカップル。そんなものが存在しているわけがない。現実であるわけがない。
 叫びたくなるその衝動をそのままにパイに籠めて思いきり力強く首を振る。
「虚しくなんかないもん! 勝者はアタシなんだからっ!」
「そうだ、虚しくなんてねえ! 最高じゃねーかー! ヒャッハー!」
 自身の作成した料理で物理的バトル。戦う料理人としての心が騒ぐとリチャードは飛び出した。ミートパイから溢れる肉汁に食欲をそそられる。クリームだらけのパイの冷たさとは違う『熱さ』がそこにはある。
「いくぜ! てめえの血肉が最高の調味料であり、食材だぜヒャッハー!」
「ミートパイ……!?」
 おいしそうだと顔を上げた葵。食べ物を投げるのはNG事項だと流れ弾を避け乍ら売店へとその足は向かっていく。
 食べ物で戦うのもいいが、しっかり味わうのだって悪くはない。シャイネン・ナハトらしい食べ物が打っていないかとその足はふらりと進み始める。
 そうでなくても甘い香りには胸が詰まる時分である。何処を見回しても甘さから逃げ難いのだから当然だ。
「肉とかケーキとか……『この世界独特』の物とかも欲しいっスね……。何かオススメあれば欲しいっス……」
「兎のシチューとかお勧めなのです!」
 発火すれば物理的に暖かいのです、と胸を張ったのはクーアである。
「リア充にはご退場いただくのじゃ♪」
 口元にをにぃと歪めた世界樹は『二刀流』と称してその両手にあまーいケーキを備えている。
「何だか楽しそうですねぇ……私も色々投げちゃいましょう♪」
「断固カップル倒すべし!」な世界樹とは対照的に『リア充がどうとか』には余り興味が無かったが、催し自体には興味を引かれたナハイベルが参戦する。
 そんな二人がたまたま邂逅して、たまたま最初の対戦相手になったのは何たる偶然の配剤か。
「……きゃっ! うう、ベタベタ……やられたらやり返すのですー!」
 投げ合いは盛り上がりを見せ、当初は「ヒトに投げるのはちょっと」と戸惑っていたルアミィも応戦を開始した。
 酷いには酷いのだが、イベントの熱気はどうにもこうにも伝染するものだ。
 後で振り返ればどうしてこんな事に――そう思う事があったとて、現場で冷静で居続けられる者はそう多くはない。
 つまる所、今が楽しければそれでいい。
 後悔先に立たず、或いは同じ馬鹿なら踊らなにゃ損――
「後で食べるならば投げてもいいですよね! 張り切っていきましょう!」
「この戦い空を制せる僕が有……ほぶっ!?」
「んーっ、美味しい!」
「違うです、わたしはあっち側なのです! だーかーらー! わたしじゃねーですー!」
 やる気十分のジオ。
 日頃は配達物を入れる鞄にトマトを詰め込み、御託を並べながらお約束に対空放火を受けるニーニア。
 飛行戦闘ルールに照らし合わせれば、中途半端な飛行は大抵の局面で死を招く。
 つまり、ニーニアの現状を一言で言い表せば「案山子ですな」。
 投げ合いそっちのけで呑気にパイをスプーンで掬って頬張る日和。
 ロウ店長――いや、立ち塞がる怪人・トマティーナから逃げ惑うクァレに限っては何だかハードモードを踏んだ感がある。
【LAW】の面々もそれぞれ楽しんで(?)いるようだ。
「わぁー! 楽しいお祭りだー! でもちょっと食べ物勿体ないからなるべく食べようっと!」
「ぶれいこーって、やつですね!」
 瞳をキラキラと輝かせたシエラやあずきに対して不敵に笑うのはセララである。
「ふっふっふ。ボクは修学旅行の枕投げ大会で優勝したことがあるんだ。パイ投げなんてかんたん……わぷっ!」
「いっとくけどこれ、じもとじゃさいきょーの投げ方のマネだから」
 そんなセララを秒殺したのはマジでガチ目な投球フォーム(つもり)でパイを放ったセティアだった。
「とびきりエモいのです!」。指をさす彼女の言は恐らく彼女にしか分かるまい。
 そして、これに黙っているようなセララではないのである。
「や、やったなー! ボクの本気を見せてあげるよ」
「あははっ、サポートは任せろ~」
 笑顔の復讐戦に挑むセララに面白がったシャルシェレットが加勢する。
 シャルシェレットの支援を受けて猛烈なスピードでパイを投げるセララに今度はセティアがすっ転ぶ。
「……むぐ?」
 ――その一方で専らアイリスは有り余るパイを頬張るに忙しい。
【聖剣騎士団】は本日も実に和気藹々に賑やかである。
 休日の過ごし方としてはやはりそれを求めての所はあるのだから……
 この際『シャイネン・ナハトらしいかどうか』は関係ない。遥か彼方に捨て置こう。
「どれだけ何ができるかいい運動ね」
『まぁ、確かにそうかもしれないな』
「……しかし、クリスマスってこんな行事なの?」
 首を傾げた少女――『スペルヴィア』に寄生したサングィスは「さて」と考えた。
 サングィス&スペルヴィアだけではなく、
「明らかに聖夜なイベントじゃないでしょうに」
『まぁ、どこの世界でも伝わるうちに変になるものだな』
「こんな時ぐらい家で大人しくしときなさいって思うわ」
 コルヌと『イーラ』も似たような感想を持ったようで。
「ああっ、あう、いいぃ!?」
『はっはっは、いやぁ、楽しそうで何よりだ』
 一方のカウダと『インヴィディア』は中々苦労しているようである。
【七曜堂】の三人も珍妙な時間に忙しなく動き回っている。
「鉄帝で軽く闘技場で鍛えようと思ったら、何気にこれか……」
 こうなった原因を考えるに多少なりとも遠い目をするのは我等が勇者ロイ・ベイロードだった。
 この混沌に他ならぬ【勇者ロイ一行】が身を沈める事になったのは、
「ちゅー、あちしは優勝するのでちー!」
「まず、こっちを喰らうでござるよ!」
「わしがギルバルド・ガイアグランデ・アルスレイドじゃあっ! 貴様らぁっ、ロストしやがれぇっ!」
 喜々として『コレ』に参加しにいったパティ、空牙、ギルバルド辺りが原因と言えるだろう。
「面白そうなイベントですけど。あたしは服を汚したくないですし――あの三人はさておき、あたし達はここでゆっくりしてますか」
「ぶひひぃん、ぶるるぅ……」
 そう言って餌を用意するレナにライトブリンガーが鬣を震わせた。
「とりあえず、七面鳥調達してきますね」
「……ああ」
 ダルタニアの言葉にロイは頷く。
 勇者のパーティもこうしてみれば実に個性的で様々である。
 いや、『勇者のパーティだから』当然のように個性的なのか。
 卵が先か鶏が先かの難題だが、特異運命座標なる連中が特殊なのは世の常である。
『特異点』だから特殊なのか、『特殊』だから特異点なのか……
 以下、繰り返し故に――閑話休題。
「覚悟しなさいよ――っ!」
 参戦する心算は無かったのに――流れ弾で服を赤く染めたレオガンドがトマトを握りしめて『敵』を追いかけている。
「オイコラ今投げた奴ァ誰だ! 生クリームでおぼれて死ね!」
 稚気じみた騒ぎ、と達観していたダレンも見事にこの場のペースに嵌っているし、
「……俺に食い物を投げるとはな。余程腕が必要ないとみた、折られても文句は言えないだろう?」
 凄むスレイルはどうにも物騒だ。
「ガッハッハ! 盛りあがっとるのう!」
「オオ、コレハヒジョウニタノシいイベントですネ!」
 クレイスの豪腕が唸りを上げ、パイを撃ち出す。
「うお!? 祭りというのはこうでなけりゃ。それっ!」
 無闇やたらに過剰な威力のパイに驚いたアンタレスが同様に超過威力のトマトを投げ返した。
「我を呼ぶはこの熱気か! 良いだろう!」
 更にそこにガーグムドまで加われば、超人超獣大決戦の様相で、ギフトの効果もあって暖を取るにもいい感じ。
 どっかんぐっちゃんヤケクソめいた大騒ぎである。
「おお……」
 大迫力の戦いは多少なりともBrigaを燃やすものがあったのか。
「ンだよ戦いって聞いたのになァ……ま、たまにはこういうのも悪くねェか……」
「ハッピーホリデー!」
「つーか酒はねェのか?」と辺りを見回すBrigaの向こうで、紳士的かつ科学的にジェームズがこの馬鹿馬鹿しい空間を満喫している。
 ジェームズの頭部は汚れを落としやすい形に『最適化』されているとも言える。
 科学の徒がこのしょうもない局面で中々侮れないダークホースになるのだから、人生は分からないものであった。
「レモン・ドーナツ……ん? あれ? まあいいやオーナー! 一緒にパイでも投げていかないかい?」
「マジかよ。俺も巻き込まれるのな――」
 ロルフィソールに捕まったレオンが頭を掻く。だが案外満更でも無さそうだ。
「万が一、怪我等なさいましたら……うふふ、こちらへ」
「……まったく、祭りの勢いというのはこれだから」
 気付けば端の方では救護班――瑠璃篭が手招きをしていた。
 ケミストリーと医療知識を持ち合わせても薬学には覚えなし……瑠璃篭の若干の不安は、医者(ジュネッサ)がカバー出来る部分か。
 まぁ、どっちみち【薬学】は活性化されていないのだが医者だからヘーキだって。
「まあ、催しものだし、怪我をするってことはないだろうけど……もう。皆元気だねぇ」
 ヒーラーのキュアノスもいれば体制は万全と言えるだろう。
 傍から見れば酷い光景としか表現しようがなくとも、やっている人間は案外楽しみ始めていた。
「上にご注意?」
 高位置からトマトを山と盛ったパイを落としたリカナを見上げたのは識だ。
 直撃を受けた彼は丁度一休みして七面鳥をもぐもぐやっていた所だった。喰らうも今更の惨状ではあったのだが……
「パイ投げ、この世界にもあるんだ……って、しみじみ……」
 少なくともこの場にいると『寂しい』感じはほぼ、しない。
「たとえ柔らかな菓子を投げるとしても、きっと怪我人は出ることでしょう。
 私は聖職者らしく、怪我人の救護にあたりま……」
 べちゃ。
「よーし良い度胸だ!まずは殴って黙らせてから治してやるぞ悪ガキども!」
 腕をまくったコーネリアの様相を見ての通り、見なくても大体それは確かな所だろう。
 狂乱(バーサーク)に入ったコーネリアは掃いて捨てる程いる的を相手に無双めいて――投げまくっている。
「メリークリスマスなのじゃー……ありゃ、そんなに痛かったかの?」
「どして、こんなことするの……?」
「え?」
「ふ、ふえぇええ……」
「な、泣くでない! えっと……申し訳ないのじゃ……!!」
 結乃のそんな反応には慌てるしかない華鈴である。
 この華鈴と結乃のような『これから』を思わせる出会いもあるにはあったが……
「なんということでしょう。こんな祭りが開かれているとは」
「弟と、その友とのお出かけ……だというのに、この有様。私、堪忍袋の緒が切れました」
 一方で【ゴリキュアギャラクシーハート】――シルバーホワイト、サラテリのやり取りの先に始まるのは、怒りのサラテリのドラミング!
 ……幻想のシャイネン・ナハトが何故ジャングルの縄張り争いのようになっているのだろうか?
 森のヒトは解し得ても、凡百たる我には届かず。
 もう何が何だか分からない。誰だよこのオープニング作ったの、と頭痛が痛い展開は俺が嘆かんでも、全く無軌道そのものだ。
 概ね!
 ほとんど!!
 絶対的に!!!
 感動もドラマも目的も落ちもへったくれも無く――シャイネン・ナハトの夜は過ぎ行く。
 鉄帝の氷土の何処かに眠る――かも知れない――聖女は、この夜をどう思っただろう?
 賑やかで喜んだか、草葉の陰で泣いているか。
 この世界が、少なくとも刹那の一時が平和である事に安心したかも知れない。
 彼女の想いも、人となりも遠い伝承の霧の向こうだ。
 それを『今』を生きる誰も知る事は出来なかったが、確かにこの夜は愉快であった。



 ――大半が、後で風邪を引いたけど。


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