PandoraPartyProject

特設イベント

急募:サンタクロースになれるひと

オープニング

●世界がサンタクロースを求めている
 『サンタクロースを募集』
 そんな依頼が――国王フォルデルマン三世、『黄金双竜』レイガルテ・フォン・フィッツバルディ元老院議長、『暗殺令嬢』リーゼロッテ・アーベントロート嬢、『遊楽伯爵』ガブリエル・ロウ・バルツァーレクの四つから同時に、ギルド・ローレットへ寄せられた。

 ……全く、これだけ見れば意味不明としか言いようのない依頼である。
 しかし、特異運命座標の少なくない者は彼等の求むる言葉に合点はいくかもしれない。
 合点はいっても『何故そうなったか』は全く別問題で、幻想(レガド・イルシオン)のパワーバランスを担う各勢力から一斉に同様の依頼が寄せられたのは、悪い冗談のようなものには違いないのだが。
 さて、なぜこのような依頼が寄せられたのか。その経緯から語ることにしよう。

●遊楽伯爵の仕掛け
 真相は要するにこんな感じである。
 幻想(レガド・イルシオン)はきわめて不安定なバランスの上に成り立っている。
 享楽にひたる国王。三つの大派閥に割れる貴族連合。覇権の争いは日々絶えること無く、民草を省みる事は無い。
 混沌の平和の祭典とも言える――シャイネン・ナハト前日にあってもなお政治闘争の火花は散っていたのだから性質は悪い。
「フォルデルマン陛下、今日もお変わりなく。お招き頂誠に――」
「はっはっは、他人行儀だな、ガブリエル! 気にするなよ、パーティーなんて昨日もしただろう?」
 金と光と水晶玉。顔が映るほどよく磨いた石のタイルと宝石をシャワーにしたような巨大シャンデリアにはさまれたここは、王宮のパーティーホールである。
 国民の人生が何度か買える値段で集められた品の数々を彩るは白服の楽団たち。
 シャンパングラスを片手に笑う『放蕩王』フォンデルマン三世の姿に、『遊楽伯爵』ガブリエル・ロウ・バルツァーレクは苦笑と愛想笑いの中間ほどの表情を浮かべた。
 ふと目をやれば、『花の騎士』シャルロッテ・ド・ロレーヌが直立不動で天井を眺めている。この光景が見慣れたのを通り越して呆れているのだ。
「今日はシャイネン・ナハト・イヴイヴ。昨日はイヴイヴイヴ、その前はイヴイヴ――まあいい。
 そういうものだから、是非楽しんでいってくれたまえよ。まぁ、毎日だと少し飽きた気もしないでもないが――」
 笑う王。天井画に意識を飛ばす従者。
 ガブリエルも天井画の鑑賞にひたってしまおうかと仰ぎ見たところで、ふと妙案が浮かんだ。
「陛下、もうすぐシャイネン・ナハト――聖夜になりますね」
「ああ、そうだとも。待ちに焦がれた聖夜だとも」
「聖夜来たる朝、イレーヌ大司教がお言葉を述べると思うのですが……ここで陛下も伝説になってみる、というのはいかがでしょう」
「伝説(レジェンド)?」
 フォンデルマンの声がわずかにうわずった。
 分かり易い男である。面白い事、珍しい事には本当に目が無いのだ。
「ある旅人(ウォーカー)が面白い話を聞かせてくれました。
 彼がもたらした伝承をなぞり、新たな聖夜の物語を演出するのです。方法は簡単。聖夜前夜に王都の子供たちに玩具や菓子をプレゼントするだけ」
「プレゼント……?」
「はい。その聖人は赤い衣を纏い、白い髭を生やした老人だそうで。大層、人気があるそうですよ。
 何せ王都中を一晩で、です。簡単に出来るものではありません。間違いなく、大盛り上がりです」
「ほう……」
 興味を引いたとみるや、ガブリエルは目をぎらりと光らせた。その向こうではシャルロッテが小さく拍手をしている。こんな無意味な贅沢に浪費をさせる位ならば、多少なりとも荒んだ人々に目を向けて貰った方がいい。千里の道も一歩から……本当に、一歩から。
「人々も王の慈悲深さにきっと感銘を覚える事でしょう。その名も――『サンタクロース計画』」

●薔薇乙女の溜息
 そんなやり取りの暫く後、アーベントロート領。リーゼロッテの屋敷の出来事。
 整った広い芝生と並ぶ木々。屋敷の明かりに照らされて、夜の庭には虫の声。
 白いカフェテーブルにティーカップを置いて、『暗殺令嬢』リーゼロッテ・アーベントロートは爪やすりを振った。
「本当に奇特な御方だこと」
 半ば独白めいた言葉はアンニュイな溜息の色を帯びていた。
 上等なビスク・ドールのような出で立ちの彼女は美しく、それ以上の凄味を感じさせる鮮やか過ぎる毒の花だ。
「奇特……私の口から言葉を挟むのは憚られますが」
「ここだけの話ですもの。それに『悪い』とは言ってませんわよ」
 テーブルの傍らに直立不動で控える従者にリーゼロッテは続ける。
「バルツァーレク伯爵に乗せられて『サンタクロース』ですって。
 放っておいても構わないけれど、それも面白くない事態を招くやも。
 ……ええ、あの御老公は思ってもいないおべっかを使うのは上手ですものね」
 自分の事は見事に棚に上げて政敵に物申す彼女は、白磁のカップをつと撫でた指先を宙に遊ばせた。
 要約すれば、フォルデルマンの歓心は買っておくに越した事はない。ライバル『だけ』がそうするのは問題だ、という事である。
「動きはどうなっているの?」
「……読めませんが、恐らくはこの情報はフィッツバルディ領にも伝わっているかと」
「そう。じゃあ……此方も動かないと、かしら」
「『サンタクロース計画』に乗るのですか? 御身の領内でも?」
 リーゼロッテの表情から暖かみが消え、赤い瞳が些か物騒な揺らぎを見せた。
「陛下が盛大に遊ぼうと言うの。
 きっと陛下は無邪気な――無邪気過ぎるあの笑顔で、大層盛り上がっていらっしゃる事でしょう。
 そこで、私だけやりませんなんて、そんな無粋な。薔薇十字の紋章にかけて、言えると思って?」
「い、いえ……そのようなことは……しかし……」
「分かっているわ。他は知らないけれど、うちの領内で『こっそりプレゼントを配って回る』なんてことをすれば、ね。
 変に目立てば盗賊にたかられるだろうし、自衛に慣れてる領民たちが剣を持って飛び出してくるかもしれないわ。けれど」
 リーゼロッテは爪やすりにフッと息を吹きかけた。
 薄い唇が気付けば三日月の形を作っている。
「警戒心の強い一般人程度易々とかいくぐるだけの猛者こそが……『サンタクロース』たりえる、と。
 第一、その方が『面白い』とは思わなくて?」

●黄金双竜の憂鬱
 所変わってフィッツバルディ領、荘厳たる居城『ゲーメスト』。
 居並ぶ銀色の甲冑達と赤い絨毯。黒光りする大理石の壁と柱。
 足音を広く反響させながら歩くは、『黄金双竜』レイガルテ・フォン・フィッツバルディその人である。
 激務に疲れたのか、歩きながら眉間をゆっくりと指でもむ。
 その斜め後ろにぴったりとついて歩く『黄金守護竜』ザーズウォルカ・バルトルトが、地鳴りのごとく低い声で呟いた。
「レイガルテ様、お聞きになりましたでしょうか。あのバルツァーレク伯の『サンタクロース計画』を」
「くだらん」
 返答より先に感情を述べるレイガルテ。
「どんな者とはいえ、仮にも王に金を出させ都の子供に贈り物をして回るなど。享楽にも程がある。
 全く名は体を表すというもの。遊楽めの酔狂はほとほと理解しかねるものだ」
「それだけではございません。この偉業をイレーヌ大司教が翌朝の祭典にて称えるという噂がございます」
 かつん、と足音が止まった。
 全く同時に足を止めるザーズウォルカ。小さく振り返ったレイガルテの横顔に、深く頷いて見せた。
「あの王のこと、大きな『点数』になるでしょう。勿論それを推進したバルツァーレク伯にはそれ相応の……」
「いちいち皆まで言うな」
 再び眉間をもむレイガルテ。
 強い制止では無かったが、主の一言を受けたザーズウォルカは雷撃を受けたように頭を垂れた。
 彼にとってレイガルテは神そのものである。僅かでも不快を与えたとするならば、彼にとってそれは痛恨の後悔であり、信仰への唾である。
(……面倒な。しかし、あの小娘のこと。黙ってバルツァーレクの好きにはさせまい。
 何よりアーベントロートに遅れを取るのは癪に障る。
 全く忌々しい。いや、違うな。酔狂ついでに一儲けという側面も無くはあるまい。あの小僧めも、なかなかどうして)
 ガブリエルが盛大なプレゼントイベントに乗ったということは、彼のバルツァーレク領に住まう、或いは彼が強いコネクションを持つ盛んな商売人たちが猛威を振るうということだ。
 経済活動を活発にした商人ほど恐ろしいものはない。時として商人は騎士の座をも脅かすのだ。
「決めた」
「は」
「伝令を出せ。不本意だが、その計画とやらに乗るしか無かろう」
「つまり――御身の領内に……プレゼントを配る、と?」
 神の発した彼らしからぬ命令は、敬虔な信徒たるザーズウォルカさえも驚かせた。
 全く――有り得ない事に有り得ない事が重ならない限りは、まずこんな事はあるまい。
 ある意味でそれが特異運命座標のもたらした奇跡だとするならば、彼等は実際大したものである。
「我々もその『サンタクロース計画』に乗るぞ。抜け駆けなど揺るさん」
「は。しかし、領内の各家庭にものを届けるとなれば兵を大量にさくほかなく、規律と守りが――」
「配達ならばあのローレットに任せればよい。元より連中の持ち込んだ話なのだろう。
 まさかこのレイガルテ・フォン・フィッツバルディの下命より、若輩や小娘如きを優先するような者は多くあるまい!」
 勿論、ザーズウォルカは心からそれを信じている。
 それはどうだろう、とは言わなかった。

●俺たちがサンタクロース
「よう、来て貰って悪いな。今から説明を始めるところだ。適当な所に座ってくれ」
【蒼剣】 レオン・ドナーツ・バルトロメイ (p3n000002)は左右非対称な苦笑いを浮かべながら、ギルドに所属するイレギュラーズ――つまりあなたを出迎えた。
「ざっくり言うと今回の依頼は、『サンタクロースの募集』だ」
 レオンの言葉にあなたは首を傾げた。
「パーティの予定もあったろうに、ほんと悪いな。まぁ、仕事だ。
 今回の依頼は王と三貴族のそれぞれからだ。
 彼らは名誉や手柄を競うように『サンタクロース計画』なる珍妙な作戦を実行予定だ。
 計画の内容は簡単だ。王や領主たちがそれぞれ自腹で大量のプレゼントを用意して、それを領内都内の子供たちへと配る。
 それも、一夜の間に、できる限りこっそりと。
 広さや治安や交通といったそれぞれの問題はあるんだが、とにかく人員がいる。
 できるだけ優秀でなんでもやれる奴が、沢山だ。
 そこで、俺たちに依頼が来たってわけだな」
「それでは規模の都合上A~Dブロックに分けて解説していこう」。そう言ったレオンは机に大きな地図を広げて説明を始めた。

「『Aブロック』は王都。つまり、ここ。
 ここは簡単だ。道は整ってるし明かりも多い。貧しい家が多いがそれだけだ。
 とにかくプレゼントを袋に詰めて、一軒一軒回っていけばいい。普通にやりたいってんなら、ココの担当をお勧めしとくな」

「『Bブロック』フィッツバルディ領。
 ここはとにかく広い。子供のいる家庭も多いから、出来るだけ沢山プレゼントを積んで、とにかく効率的に回らなきゃならん。
 大きなコミュニティを持ってるなら、仲間と連れ立って動けるなら、連携する甲斐はあるぞ。
 公爵は気難しいクライアントでもあるが、気に入られるチャンスでもある。
 何せ事実上、国一番の権力者で大富豪だし。彼は自分にとって有益な特異運命座標(イレギュラーズ)を品定めしているみたいだから」

「『Cブロック』アーベントロート領。
 ここは治安があまり良くない。スリや泥棒なんて日常茶飯事だろうしプレゼントを抱えて歩いていれば強盗に囲まれるなんてこともあるだろう。
 まぁ、ここだけの話アウトローな連中とアーベントロート家がある程度結びついてるなんて噂も絶えない。俺の知る限り半分位は事実だし。
 つまり、官憲がどうこうは役に立たないかも知れないし、実際、お嬢様のオーダーは勝手にやれ、だ。
 有難くない環境を難なく切り抜け、そしてセキュリティ意識抜群の住民の家にプレゼントをこっそり置いて帰れる奴を求めてる。
 そうしたら、極上の令嬢のスマイルが頂けるかも知れないね」

「『Dブロック』バルツァーレク領。
 シャイネン・ナハト前ということで商人たちが殆どの大通りで出店を出し始める。だから陸路での運搬がかなり難しい。しかしこの土地は広く海に面してる上に大小の港も多い。そこで船を上手に扱える奴や海に適正の高い奴が大活躍できるだろう。さしずめ海のサンタクロースって所だな。
 住民は皆、優しくて粋な伯爵が好きだ。彼の治世に満足しているし、総じて協力的。オマエ達も歓迎されるだろうね。
 ほのぼのと楽しくやりたいなら、ここが断然オススメだわ」

 四箇所全てを解説し終え、最後にレオンはこんな風に締めた。
「彼らは王のご機嫌をとるため、祭典で称えられるためにこの計画を始めた。
 実際問題、民衆の為なんて思っているのは伯爵位だろうが、この際動機はどうでもいい。
 連中がどういう心算であれ、オマエ達の手で『パンドラ』は蓄積される。
 ざんげの話は覚えてるよな。大きな依頼だから、ローレットにとっても有意義な話って事だ。
 計画は――俺たちの手によって本当の奇跡になり、伝説になるだろう。本当のサンタクロースは誰なのかってことを、教えてやりなよ」



●黒筆墨汁より


輝かんばかりの夜に(メリー・クリスマス)、イレギュラーズ!
この聖なる夜に、サンタクロースになりませんか?
王様や貴族がプレゼントやお菓子を沢山買って待っています。
子供たちにプレゼントを配って回る、一夜限りの奇跡の起こし人、サンタクロースを。

プレイングの書き方はカンタン。
A~Dブロックのどこへ行くのかを書いて、どんなサンタクロースになるかを書くだけです。
けれどチョットだけ注意事項や補足があるので、少しだけ読んでいってくださいませ。

・A:王都(普通のサンタクロースさん)
・B:フィッツバルディ領(大勢で陸路を行くサンタクロースキャラバン)
・C:アーベントロート領(治安の悪い町で大活躍)
・D:バルツァーレク領(海のサンタクロースさん)
行けるのはA~Dのうちひとつだけ。きっと、自分にあった舞台があるはずです。

・お友達と一緒に行く場合は『レオン・ドナーツ・バルトロメイ (p3n000002)』のようにフルネームとIDを書いてください。
 ギルドの皆と行く時や、何人かのお友達と一緒に行きたいときは『【ギルド○○】で参加します』といったようにタグで統合しても大丈夫です。もし書いていなくても頑張って一緒になれるようにしますけれど、万が一はぐれてしまうなんてこともありますので、充分にお気をつけくださいませ。

補足は以上です。
それでは、よいシャイネン・ナハトを!



<オープニング:黒筆墨汁/YAMIDEITEI>
<リプレイ執筆:黒筆墨汁>

リプレイ

●王都の夜に鈴が鳴る
「ジングルベル!」
「ジングルベルー!」
 リトル・リリーと竜胆・シオンが幻想(レガド・イルシオン)の東、王都メフ・メフィートの大通りを進んでいく。
 その後ろで機叢 雪希が荷車を引いていた。シャイネン・ナハトの夜を彩るように、表通りはキラキラとしている。その光景に、彼らはとてもよく似合っているように見えた。
「シャイネンナハトの詳細は不明ですが祝事であることは理解しました。当機は協力を継続します」
「おう、助かってるよ。しかしまあこの仕事はどちらかと言うとトナカイの仕事じゃねえか?」
 同じく荷車を引いていたバクルド・アルティア・ホルスウィングが苦笑した。
「ここでいいかなっ? メリークリスマスっ」
 地図を開いて子供のいる家に向かっては、リリーたちが扉を叩いてプレゼントを配る。その習慣を理解できない子供でも、プレゼントを素直に喜んだ。
「シオンくん、寒くないですか? 僕のマフラー使っていいですよ」
 ふかふかした枕を配って歩くシオンに、ヨハン=レームがマフラーを巻いてやる。
「ありがとー。輝かんばかりの夜に(メリークリスマス)……むにゃむにゃ」
「お仕事の最中に寝たらだめですー!」
 ヨハンたちの様子に小さく笑いながら、暁・ツバメもあれやこれやを手に持って家々を回っていく。
 『メリー』『クリスマス』のメモをひらひらとやっていると、朝比奈 愛莉が別のメモをひらりとやった。
 『いい子にしてたら来年も来るよ!』というメモだ。
「サンタリリアン参上! 地球のサンタを知る者として、その神髄を見せてあげましょう……!」
 愛莉は大きい靴下にプレゼントを詰め込むと、子供の家へと配っていく。
 一方で、イミル・ヨトゥン・ギンヌンガが噂を聞きつけて集まった子供たちに大きな白袋を掲げて見せた。
「シャイネン・ナハト……。プレゼントは……沢山あるから……みんな、並んで……ね」
 なんだかでこぼこなイレギュラーズたち。
 けれど、彼らの目的はただ一つ。
 子供たちにプレゼントを配って回って、素敵な気持ちにさせること。
 その証明だといわんばかりに、彼らはおそろいの赤帽子を被っていた。
 今宵はシャイネン・ナハト。
 祝福された夜。
 鈴の音が連なり、赤い行列が大通りを進んでいく。

 賑やかな大通りから一本外れた路地を、パーセル・ポストマンとサーシャ・O・エンフィールドが白い袋を担いで歩く。
「久々に大口の運びができると思えば……変わった依頼だな、全く」
「けど素敵なことなのです! 手編みのマフラーや手袋をいっぱい持ってきたので、皆に暖かくなってもらうのですよ!」
 元気なサーシャに、パーセルはシニカルな笑みを浮かべた。
「ま、危険な運びよりはマシか。ところで依夜の嬢ちゃんたちはどうした」
「ここだよー」
 月見里・依夜が上空から手を振りながら応えた。
 いくつかのプレゼントボックスを引き連れるように周囲に浮かせて、二回の窓をノックしては子供の部屋に直接プレゼントを入れていく。
「なんだ、張り切ってるな」
「サンタさんがお化けっていうのは変かもしれないけど、たまにはいいのかなぁって」
「同感」
 袋を担いでかたかた笑う骸骨、もといヘルマン。
「俺も大概だが、配り歩くのが骸骨ってのもまた洒落が利いてるじゃねぇか」
「骨もいいが、ゾンビのサンタさんなんて斬新だろう? ふふ……」
 暗闇に紛れるようにして現われた祝 呪が、真っ白い頬を指でつり上げて見せた。
「二人とも、あんまり子供を驚かすなよ?」
「そんないたずらはしないよ。けれど、そうだね、悪戯をする悪い子とでくわしたら……驚かせてしまうかもね」
 びゅん、と間を抜けるように飛び出して拳を突き上げるサーシャ。
「張り切って子供たちに夢と希望をプレゼントするのです!」
「うん、がんばろう!」
 おーっ、と言ってグーにした手を突き上げる依夜。
 パーセルは笑みを柔らかくして、彼女たちに続いた。より一層かたかたと笑うヘルマン。瞑目して浸るように微笑む呪。
 サンタクロース伝説にちなんだ赤い衣装を身に纏い、キャリー喫茶店の仲間たちはきらめきを配って歩くのだ。

 トゥエル=ナレッジ、花園 芽依、久遠・U・レイは仲良しの三人だ。
 名前の通りに髪に花をまとわせ、ふんわりと花のいい香りをさせる芽依。
「では、私は道案内でも致しますわ」
 彼女は地図を広げて、印をつけたいくつかの家々に指をさした。ちょっぴり頑張れば回れる数だ。
「はい! はりきって配っていきましょう!」
 翼をぱたぱたとやって浮き上がったトゥエルが、プレゼントボックスを頭上に掲げた。
「私はサンタさん役です。プレゼントをひっそりしっかり置いていきますよ! レイ君には……」
「私はここら辺の土地勘はないし、荷物持ちかな」
 斜めに切り込んだような髪型から、片目だけがのぞいている。その目を細くして、レイは肩をすくめて見せた。
「ではプレゼント選択も任せました!」
「任されたよ」
 もとは貴族の享楽。けれどトゥエルや芽依が楽しいんでいて、子供たちも喜んでいる。それなら……。
「こういう夜も、いいかな」
「さあ、まずはどこへ行きましょう!」
「そうですね、では……」
 あちらへ、と指さす芽依。三人組のサンタクロースとトナカイたちは、夜の町へと旅だった。

 いくつものグループが広い王都を巡っている。
 子供のいる家庭は沢山あって、その全部を回るのは大変なことだ。
 けれどローレットの依頼で集まった沢山のイレギュラーズがそれぞれの個性を活かしてプレゼントを配っていくことで、『一夜の奇跡』現実になりつつあった。
 中でも素敵にはたらいたのは、イレギュラーズどうしの結びつきだろう。

 暁 ひかると月読 ひかりもまた、おそろいのミニスカート姿で冷える石畳を歩いていた。サンタクロースのお話にちなんだ、ファーのついた衣装だ。
「プレゼントを詰めた袋を持つのはあたしの仕事」
「ナビゲートはわたしの仕事なのです」
 お互いに首をかくんと傾げ合って、くすぐったそうに笑いあう。
 ひかるの銀髪が、ひかりの金髪が、それぞれ冷たい風にふわりと揺れた。
「それにしてもひかる、そんなに足をだして寒くないのです?」
「うん? 大丈夫、平気だよ! ひかりも震えてないで、どんどん行くよー!」
「は、はい……」
 ひかりは自分の肩をだいて、ぷるぷると震えた。
「おそろいにしてみたけど、結構寒いのです……」

 月隠 三日月と月隠 新月が、裏通りの家をノックした。
「こんばんは。サンタクロースからのプレゼントです。寝ているお子さんの枕元に、置いてあげてください」
 現われた家族へそんな風に言って、三日月と新月はプレゼントボックスを配っていく。
 お礼を言って閉じた扉の前で、二人は小さく笑い合った。
「オトナの考えてることは難しくてよくわかんないけど、感謝されるしいい仕事かもな」
「考えてることなんて貴族のくだらない争いごとだ。俺たちはただ仕事をしよう」
 そんな三日月たちとすれ違う二人組。
 クロニア・ヴェイルと神宿 水卯。
「ねえ、サンタクロースってこういう服装でいいのかな。よく知らないんだけど……そもそも職業なの? 配達業者?」
 赤いファーのついたミニスカートルックという、ある意味間違ってない格好で水卯は腕を広げてみせた。
「さあ、異世界のことだからな。少なくとも今日依頼を受けて出回ってる連中と似た格好ではあるだろうよ。見られても、違和感は出なかったんだろう?」
「喜ばれはしたよ?」
「問題ないならそれでいい」
 本当なら男子垂涎の格好を見せられてなお、クロニアはクールな表情を崩さなかった。
「しかしサンタクロースか……とんだお人よりもいるものだ」
 ふと振り返ると、三日月と新月がプレゼントボックスを翳して『お子さんの枕元に』とお願いをして回っている。
「夜中に玄関をノックして、武装せずに家の者が出てくる……か。オレのいた場所に比べれば、天国みたいな場所だな」

「プレゼントか。俺的には、生きた獲物そのものが欲しいのだがな」
「ともかくとしてぇ、おいら達もぉ、サンタクロースやるんですよぅ」
「ともかくとしてか。ああ、やるとするか」
 街道をゆっくりと進む狼と熊。もといワーブ・シートンとロビ・シートン。
 彼らは消えゆく町明かりに目を細めた。
「ロビの兄貴もぉ、色々とやればいいと思うんですけどねぇ」
「いいんだよ。今はこれで。プレゼントを、まずはどうするんだ?」
「渡すんですよぅ。子供に」
 プレゼントボックスを口にくわえて掲げるワープの姿を、ロビはまじまじと眺めた。
「渡せばいいのか」
「そうですよぅ」
「よし」
 口にプレゼントをくわえ、ロビは開いた窓からプレゼントボックスを投げ入れた。
 メリークリスマス、とでもいうように。

「サンタクロースって、死んだ聖人にあやかってるらしいじゃない? 死神が死人の代わりって、洒落が効いてるのか効いてないのか……」
 二人並んで夜道を歩く、巡離 リンネと巡理 リイン。
「けど、幸せをプレゼントしてまわる計画はとっても素敵だよっ! サンタさんの格好もばっりっ!」
 リンネとリインはそれぞれサンタクロースに似た衣装を纏っていた。普段の衣装を隠して白いファーをつけたものだ。
「リンネもすっかりサンタクロースだね」
「そうだろうそうだろう……って、こんな小麦色の肌を晒したサンタがいるか!」
 うらーと言って帽子を地面に叩き付けるリンネ。
「だ、大丈夫だよ! 子供たちもプレゼントに喜ぶよ? ほら、明るく元気にっ!」
「しゃーない」
 帽子を拾って、リンネはにかっと笑った。
「張り切っていこーかね! メリークリスマス!」
 リンネたちとすれ違う、一匹の狼ヨキ。背に乗せたクー=リトルリトルがぼんやりと遠い目をしていた。
「見てみい、みんなうちと同じように赤い服着とるよ。ええねえ、足に映える」
 明かりの消えた家を見つけてドアをノック。
 家の人へ手短かに事情を話してから子供部屋に行くと、暗い部屋に眠りの声だけがあった。
 首元に人差し指を立てるクー。
 ヨキはプレゼントを手に取ったが、どう近づいていいものか迷っているようだった。
「ほら、もうちょい近くいってくれへんととどかへんて」
 ヨキは頷き、子供に近づいてそっと頭を撫でてやった。
 満足そうに頷くクー。プレゼントに『おまけ』と言って綺麗な貝殻を乗せると、二人は部屋を出て行った。
 寝返りをうつ子供。振り返ると、そこにはどこか暖かい空気があった。
 二人は一度顔を見合わせ、クーだけがにっこりと笑った。二人分まとめて、満面に。

「どいつもこいつも浮かれてやがるぜ、まるで貧困も戦争もまるで無いようによォー。ウケるな。ドーナッツの顔立てのためにも今回は問題行動は行わないようにしてやるぜ」
 街道を眺めて呟く逢魔ヶ時 狂介。すれ違うように、狼化したグレイル・テンペスタが街道をたかたかと進んでいく。
 くくりつけたソリにはプレゼントボックスが沢山詰まれていた。
 『この方が…素早く…渡せそうだしね…王都全体を…ぐるっと…周ろうかな』とは彼の弁である。
 そんな彼と即席のグループを組んでいたのが、ラスト・エヴァンスと古木・文だ。
「荷物を運んでくれて助かったよ。部屋まで配るのは任せてね」
 普段のスーツにコートを羽織り、文は穏やかに笑う
「僕のいた世界……というか、国にもクリスマスはあったんだ。まさか自分が貧しい家をまわるサンタクロースになれるとは思わなかったけど、うれしいなぁ」
「ホントね。さぁカワイ子ちゃん達! サンタちゃんが今行くわよ~!」
 音符マークが見えるくらいのテンションで、ラスト・エヴァンスがスキップをする。口には白い付け髭を、身体にはサンタクロースにちなんだコートとズボンを纏い、にこにこと笑っている。
「おっと、ここだね。赤い屋根の家だ」
 文のナビに応じてグレイルが家の前にとまると、ラストがソリからプレゼントボックスをひとつ取り上げる。
 ノックを三つ。家の人が出てくれば、ラストたちはにこやかに挨拶をしてプレゼントを翳した。

 オモチャや手袋を配るばかりがサンタクロースじゃない。
「清しこの宵、身体がぽかぽかあったまるお茶はいかが?」
 黒猫亭 平助はひとつひとつ家庭を回ってシナモンチャイを配っていた。
「クリスマスといえばケーキやローストチキンらしいッスね。けどそんな流れに負けず、サンタ計画に便乗してチャイを配って回るでにゃんス! ……ん?」
 ふと見るとアーラ・イリュティムが呪具と会話していた。
「アーラもこういうときには役に立ちますね」
『高いところには簡単に登れるな』
「私にもプレゼントくれる人がいればいいのですけど」
『諦めてちゃんと届けることだ』
「まぁ、王様が労ってくれる事を期待いたしましょうか……それにしても、同胞はどこかしらね」
『まぁ、逸れて。違う地域にでも行ったのだろうよ』
 そんなアーラとすれ違う、ネスト・フェステル。
 サンタクロースの格好をした植木鉢。もとい、首から上の植木鉢に小さな飾り木をはやしたネストは白い袋を担いで、道行く大人や夜更かし中の子供たちに手を振った。
「聖なる夜に奇跡の体現者となるか。いいな……この姿なら幻滅もされないだろう?」
 かたかたと笑う(?)ネスト。
 その隣ではホットケーキの王子様――パン・♂・ケーキが同じく袋を担いで歩いていた。
「オレの世界にはサンタクロースはいなかったが……どんな世界でも子供たちっていうのはスイーツが大好きなはずだろ? 店で焼いた菓子をつけて、オレからのプレゼントだ」
 クリスマスツリーとホットケーキがプレゼントを配る様は、はためからもなかなかファンタスティックだったが、シャイネンナハトの空気がそれをまとめてよしとした。
 そんな光景に混じってハンドベルを握るスギ。
「いいじゃないか。今宵は私がサンタクロースだ。輝かんばかりのこの夜に(メリークリスマス)!」
 夜更かしした子供たちが集まってくる。
 なんといっても見た目の激しいサンタクロースだ。集まるのも早いようだ。
 そして類は友を呼ぶと言うべきか、似たものは引き寄せ合うというべきか……。
「わーいたのしそー! きゅーあちゃんもサンタやるー!」
「ウィンもがんばります! 教えて貰ったのですよ、『サンタは飛ぶ』って!」
 30センチのサイズから人間サイズに大きくなった妖精さん、ウィンチェスター・G・ミストレスト。そしてテンションのすごい『Q.U.U.A.』。
 二人は即席タッグを組んで子供たちにプレゼントを配っていた。
「妖精さんこっちこっち、この子きっとクマのぬいぐるみを欲しがってるよ!」
 家の窓辺から見える子供の寝顔を覗き込み、きゅーあはつま先立ちでぴょんぴょん跳ねた。
「ま、待ってください。プレゼントが重くてうまく飛べないのです、わわわ」
 風に流されるみたいにふらふら飛びながらついていくウィンチェスター。
「けれど皆の笑顔のためならがんばれるのです! ところでなぜぬいぐるみを欲しがっていると?」
「なんとなくだよ!」
 マックスのキメ顔で振り返るきゅーあ。ウィンチェスターは頷いて、とりあえずぬいぐるみを引っ張り出した。

「行くゾ、ティアマット! プレゼントを届けるのだ!」
 その辺から借りてきたトナカイにソリをつなぎ、エスタ=リーナは明日を指さすポーズで叫んだ。
 ずざーっと人の家の前にとまり、子供部屋へとがしがし侵入していく。
「なになに、机が欲しい……? まかせるのだ!」
 腕まくりしてベッドの横で組み立て始めるリーナ。
 トンカンする音に子供が目を覚ますと、リーナは振り向きざまにニコッと笑いかけた。
「起きたのか? メリークリスマス!」
「さんたくろーすさん!」
「サンタリーナたんと呼ぶんだゾ☆」
「サンタリーナたん!」
 一方お向かいさんでは、祝・由良がメイファース=V=マイラスティと赤坂 忍をつれて家を回っていた。
「メリークリスマス」
 家をノックして、出てきた相手にほほえみかけ、手をしっかりと握ってプレゼントを配っていく。
 メイファースや忍も、それぞれできる限りのプレゼントを袋に詰めて、家々にプレゼントして回っていた。
「貧しい家が多いって聞いたから、お菓子を多めに詰めたんだ」
「あら、いいわね」
 けど何事もクールにね、なんて言いながらつんと顎を上げるメイファース。
 それでも無邪気にお礼を言う子供やその家族たちを見て頬をちょっぴり赤くしていた。
 二人の様子に微笑む由良。
「領主達の思惑もパンドラも領民達には預かり知らぬ事……彼らが幸福になれますよう」
 祈るように目を瞑り、そして次の家へ……。

 赤い帽子に赤いスカート。赤いコートを肩にかけ、ルトラカルテ=ジーンバイヤーはいっぱいの袋を肩に担いだ。
「えへへ、よいシャイネンナハトを」
 かたわらには寝入った子供。枕元にはプレゼントボックス。
 ルトラカルテはウィンクをして、そっと部屋を出て行った。
 『ありがとうございます。お茶でもいかが?』そんな風に言う家族に手を振って、次のお家へ……。
 そんな様子を横目に、セルウスは広場に集まった子供たちへプレゼントボックスやキャンディを配っていた。
「やあ、今年はいい子にしてたかな? 清い気持ちで聖夜を迎えられるといーね」
 セルウスにキャンディを渡された子供たちは、なんだか皆ほっとした顔をしていた。
 ギフトの力もあるのかもしれないが、それ以上にセルウスの穏やかな笑みと暖かい空気が、子供たちの気持ちを軽くしているのだろう。
 現に、まだプレゼントを貰っていない子供たちもセルウスの周りでほかほかした顔をしていた。
「お、やってるな」
 プレゼントを詰めた袋を担いで、ハーディア・ガルド・ヴァルハイムが通りかかる。
「見てくれ、噂に聞いたとおり煙突から入ったらすすでまっくろだ。けどそれを見た子供は喜んでくれたよ。やったかいがあったな」
 ニカッと笑うハーディア。セルウスは彼女にもキャンディを手渡すと、『がんばってね』と微笑んだ。
「ん。お互い頑張ってプレゼントを配って回ろうじゃないか。なんていうんだったか……そう、メリークリスマス!」

 ナイトキャップを被って眠る少女の頭をそっと撫でる。
「メリークリスマス。今年はいい子にしてたかな? 来年は、もっといい子になるんだよ」
 藤野 蛍はそう囁きかけて、枕元にプレゼントボックスを置いた。
 眼鏡の端を中指で押すようにして直すと、家族に頭を下げて部屋を出て行く。
 外は雪模様だ。蛍のいた世界とはだいぶ違うこの世だが、雪は冷たく子供は無邪気。サンタクロースも、ここにいる。
 なにもかわらないな……と思っていたら謎の音楽と共にマイキー・ウォーリーがムーンウォークしてきた。
「ポウッ! ボクが誰かって…? オウッ! ボクは、マイキーサンタさ!」
 まだ何も言ってないのに自己紹介を始めるマイキー。
 くるくるとスピンすると、軒先にプレゼントボックスをテンポ良く置いていく……とみせかけてターン。
「オウッ! 良い子の君へのプレゼントは、コレだ!」
 袋から取り出したオモチャや花を追加で添えて、子供たちにプレゼントしていく。
 別の家々からは、プレゼント袋を抱えた心野 真奈子や霧誘・E・ウィーラが出てくる。
 ふうと息をついて、おおきな目をつぶる真奈子。
「お子さんを起こさないようにプレゼントを置くのは、とっても大変なのですね」
「けれど、朝起きたときに枕元にプレゼントがあるのは……なんだかとっても素敵です」
 ウィーラはにっこり笑って、かたわらをふわふわと浮かぶぬいぐるみを見やった。
 クリスマスにちなんでか綺麗なリボンが巻かれたぬいぐるみが、ウィーラのまわりをくるりと飛んでいく。
「貰う側ばかりでしたけれど、あげる側になるのもいいですね」
 振り返ると、窓から子供たちの家族が手を振っている。
 彼女たちは手を振りかえして……。
「メリー・クリスマス。よいシャイネン・ナハトを」

 歌が聞こえる。
 空を飛ぶチック・シュテルが、プレゼントと一緒に歌を配っているのだ。
 彼の優しい歌声が、町行く人々にしみいっていく。
 ギフトやスキル以前に、彼の心がしみているのだ。
「こういう機会、滅多にない…から。嬉しい、かも」
 煙突をよけるようにジグザグに飛行して、チックは歌う。
 彼の歌がテンポを上げれば、サンタクロースの行列が笑い出す。
「フハッフハッハッハッ! 我はサンタクロースぞい! ひかえおろう! ひかえおろう! この福袋が目にはいらぬか!」
 よく通る声で家々を回るミツクニ・ミト・ダイショーグン。
「ほらじーさん、プレゼント出してやれプレゼント」
「ぷれぜんと……?」
「これだよこれ」
 エルディンが袋からプレゼントボックスを出してやると、うむよかろうと言ってミツクニは道行く子供にプレゼントを渡していった。
「あと笑い方は『ホッホッホー』だ。」
「ホッホッホー! ひかえおろう!」
「後半いらないんだよなあ」
 苦笑するエルディン。しかし子供たちは喜んでいるようで、その様子にもうひと苦笑。
「まあなんだ、おもしろそうなのはなんでも取り入れる街の姿勢、嫌いじゃないぜ」
 さて、夢を届けてやるかね。エルディンはそう言って、袋を担ぎ上げた。

 雪道を踏んで歩く黒杣・牛王。
 着物の上から巻いた風呂敷には、沢山のオモチャやお菓子が詰まっている。
 その横を、まるで雪にかすむように白いブランカが歩いていた。
「夜に一人で歩くのはこわいので、助かりました」
「いやいや、道行きが二人なら、私も心強いです」
 にこにことする牛王。
「元の世界では、月夜にしか人になれなかったので……さんたくろーす、ですか。もし元の世界に帰ったなら、またこうしてプレゼントを配り歩きたいですね」
「元の世界、ですか」
 ブランカは透明な息を吐いた。手に取ったプレゼントボックスが、まるで空気のように透明になっていく。
「なんと」
「枕元に突然プレゼントがあらわれたらびっくりして……喜んでもらえるかな、って」
 子供たちの驚きが笑顔に変わるのを想像して、二人はほっこりと笑った。
 そんな彼らが路地にさしかかると、フェスタ・カーニバルがぴょんと跳びだしてきた。
 お話に語られるサンタクロースそのままに赤い服に白いファー。綿で白髭も作って気合いばっちりだ。
「おつかれさまっ、じゃなくて……メリークリスマス! 路地の先は回り終えたよ!」
 フェスタはプレゼントボックスの上にドーナツを乗っけたものを翳してパッと笑った。
「次は隣の通りだね。この調子で、街中にハピネスを届けちゃうよ!」
 そしてフェスタは仲間たちをつれ、はじけるように走り出した。

 凍った水たまりを踏んでいく。
 鶫 四音の軽やかなステップが、ぱりんぱりりんと不思議な音を鳴らしていく。
「うんうん、いいですね、いいですねえ。こういう夢とか希望とかがある物語、大好きですよ、私」
 浸るように瞑目して歩いて行くと、気づけば貧困街へとやってきていた。
 さびたドラム缶でたき火をする広場に、子供たちが集まっている。
 その中心にはサンタクロースの格好をした老人がいた。
「やあ、メリークリスマス。大丈夫、プレゼントはまだあるよ」
 老人はアート・パンクアシャシュ。潔い顔の傷と、清らかな目をした男だ。
 もっとマシな未来を選択できるようにと、文房具や本を配っているのだ。
「おやおや……」
 四音が足を止めると、その光景を見ていた鬼童・都子もまた同じように足を止めた。
 まるでからくり仕掛けの玩具がサンタクロースの服を纏ったような姿だ。
 沢山プレゼントを配ってきたのか、袋は小さくなっている。
「いいねえ、ああいうの」
「……ええ」
 自然と交わされる言葉。都子の目がからりと空へ向いた。
「着慣れない服に、聞き慣れない習慣。初めて聞く物語。ここは、飽きることがないわ」
 今度は私が恩を返す番になったのね。都子はそう言ってほほえみかけると、小さく頭を下げて走り出した。次の家へゆくのだろう。

 闇夜に紛れ、忍び足でベッドに近づくブランシュ=ジョルジーヌ。
 すやすやと寝息を立てる子供。両親はわくわくした顔でその様子を眺めている。
 なんだか不思議な空間だ。ブランシュは子供の枕元にプレゼントボックスを置くと、その寝顔をしばし眺めた。
 目覚めた子供はきっと、枕元のプレゼントに目を輝かせるだろう。
 来年も同じことがあったらいいのにと、夢いっぱいで過ごすだろう。
 そんなことを考えながら家を出てみると、ロアン・カーディナーが小さく手を翳していた。
「よう、おつかれさん。もう殆ど回れたんじゃねえか?」
「そうみたいだな。情報、助かった」
 別の家から出てきた宗高・みつきが手をぱたぱたとやる。
「しかしこのイベント、遊楽伯爵の発案だって? あの方には王宮舞踏会でもお世話になったからな、国を憂う彼の気持ちが少しでも報われるよう、精一杯お務めするよ」
「キッカケがなににせよ、いいことだと思うぜ」
 ブラックコーヒーのような笑みを浮かべるロアン。
「豪華絢爛の影にもよ、温けェ光があってもいいと思うんだわ、俺は」
 それはみな同じ気持ちのようだ。
 家の人々に感謝されながら出てきた百目鬼 緋呂斗が、少し照れくさそうにしている。
 がっしりとした大きな身体にサンタクロースめいた服と付けひげをして、オモチャのたくさん入った服をかついでいる。
「この家は終わったよ。次はどこかな? まだまだ頑張るよ」
 子供たちを幸せな気持ちにできるなら、とどこか無邪気に笑う緋呂斗。
 彼らは頷きあって、歩き出す。次の夢を届けるために。

 魔女が飛んでいる、と誰かが言った。
 あれは魔女では無くサンタクロースだと、誰かが言った。
 スガラムルディ・ダンバース・ランダはそんな彼らの噂話を聞き流し、箒に跨がって飛んでいく。
「贈り物なんて、素敵な行事ねぇ~。うふふ、子供達が喜んでくれたら、おばあちゃんも嬉しいわ~」
 プレゼントとお気に入りのお菓子を袋に詰めて、とんでいく。
 そんな彼女の下。雪道でそりを引く小柄な青年がいた。ニグラ=エスメリアである。
「うう……もっと頑張って、トナカイ、借りてくれば、よかった、です……重いです……寒いです……」
 軽く心が折れそうになった所で、そりの綱をがしりと誰かが掴み上げた。
 オルトグラミア=フラムウォール。ニグラと変わらないほど小柄な女性だが、しかし不思議な力強さがあった。
「お困りかい? そら、ソリに乗りな! アタイが引っ張っていってやるよ!」
「でも雪があちこちに……」
「心配ないよ、アタイの熱い息で溶かしてやるからね!」
 笑うように息を吐くと、炎のような息が冷たい夜空に吹き上がった。
「その道行き、余も加わろう」
 サンタクロースそのものの格好をして路地から現われるエンヤス・ドゥルダーカ。
 ふぬうんと鼻息を荒くすると、担いだ袋とおおきな腹を揺らした。
「本来、体を動かすのは貴族の仕事ではないが、我が未来の臣民に恩を売る機会――見逃すエンヤスではないぞ! このドゥルダーカ家当主が手づから配って回ろうではないか!」
 ここぞとばかりに自己紹介を交えると、オルトグラミアと一緒にソリの綱を握る。
「どきな雪ども!」
「未来の家臣よ、今行くぞ!」
「わわっ……!?」
 ソリはとんでもないスピードで走り出した。
 夢と希望とプレゼントと、驚くニグラを乗せて。

 月と雪の夜。屋根の上。
「クックック……アーッハッハッハ!」
 ツインテールを振り乱し、ディエ=ディディエル=カルペが振り返る。
「神の血を浴びたかのような真紅の装束。よかろう、このボクが施しを与えてやろう!」
 プレゼントボックスを掴んで放り投げると、煙突にホールイン。
 子供が飛び起き、暖炉に落ちてきたプレゼントに大はしゃぎする。
 一方でミカエラ・M・モーテルセンがきわどさの先をゆく格好で屋根の上を飛んではプレゼントを配りまわり、窓越しに大人たちに笑顔て手を振った。大はしゃぎする独り身の男たち。
「むー、もっと余裕があれば『愉しみ』ながらできるのじゃが……。まぁ、今宵はシャイネンナハトに免じておとなしくするとするかの」
 なかなかハイテンションなクリスマス風景である。
 そんな光景を穏やかに笑いつつ、花房・てふは家を出た。
 窓から見えるのは静かに眠る子供とその両親。そして枕元に置かれたプレゼントボックス。
「この世にもクリスマスとサンタクロースがあるとはねぇ。しかしこうしてると……」
 何かを思い出すように手のひらを見つめるてふ。目を瞑り、遠い世界と記憶をまぶたの裏に描いた。
「孫にも、こういうことをしてやりたかったもんだね」

 鈴の音。はらはらと降る雪。
 赤いドレスを纏ったアリア・セレスティが空を飛んで行く。
 子供部屋の窓をそっと開くと、うっすらと目を覚ました子供にほほえみかけた。
「良い子には、サンタさんからプレゼントだよ!」
 駆け寄る子供にプレゼントを手渡し、手を振りながら飛び去っていく。
 王都の空を、サンタクロースが飛んで行く。
 この輝かんばかりの夜に。
 子供たちはきっと、今日の奇跡を忘れないだろう。

●フィッツバルディ領の奇跡
 広大なるフィッツバルディ領に奇跡が起きた。
 そんな噂が、ソリをひくイレギュラーズと共に広まった。
 おんぼろの廃墟から飛び出した五人のサンタクロースもまた、奇跡の体現者だ。
「ククク、悪人の俺が聖者の真似事か。愉快だ、こんな愉快な夜は無い!」
 レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタインが走るソリの上で立ち上がり、噂を聞きつけて集まった人々にキャンディをまいた。
 ソリに刺さった剣はシグ・ローデッドが変身した姿だ。
 集まった人々に向けてふわりと浮遊し、くるくる回ってみせた。
 ソリをひくのはケンタウロスタイプのジュアだ。背負った荷物もそのままに、ヒズメが雪道を蹴って進む。
 彼らは皆サンタクロース伝説にちなんだ赤い服を纏い、彼らのファンタスティックな様相は奇跡の体現者に相応しいものだったろう。
 頬に手を当ててプレゼントの山を見やるレスト・リゾート。
「まあまあ、こんなにたくさん! きっと子供達も喜ぶわね。たくさん配って、たくさん笑顔にしましょうね」
 んふふーと笑ってプレゼントを手に取る。
 そんな彼らのそばを走るぺリ子。プレゼントを家々の軒先に置いては、メッセージカードを添えて走り抜けていく。
「今日のボクらは、子供たちに夢を与えるサンタクロース!」
「そしてジュアはトナカイさ」
「んふふ、おばさんも張り切っちゃうわよ」
 輝きを照り返して浮き上がるシグの剣。レイチェルは明日を示すかのように指さした。
「さぁ、白銀を裂き闇夜を駆けるぞ。夜は我らが領域! いざ、先駆けとならん!」

 風にめくれる本のページ。
 片眼鏡の位置をなおすと、ギルバート・クロロックは皺の深い顔を上げた。
 空に紋様をきると、一羽のフクロウが現われた。螺旋を描くように飛び上がる。抜けた羽根がはらはらと舞い、それまで何かを背もたれにしていたモルフェウス・エベノスの鼻先に落ちた。
「おや、そろそろ目的の村に着いた頃かな?」
 身体を起こすと、長い街道の先に村の明かりが見えている。
 彼女が乗っていたのは一台の馬車。梟をかたどったエンブレムのついた――マジックギルド『梟の瞳』の馬車である。
 今向かっているのは、広大なフィッツバルディ領のひとつにあたる村である。
 モルフェウスのそばに積まれたプレゼントボックスには、どれもフィッツバルディからの贈り物だと書かれたクリスマスカードがくっついていた。
 ギルバートが気を利かせて差し込んだ者である。
 無口になったギルバードにかわって背伸びをしてみせるモルフェウス。
「出不精にはつらいが、卿に顔を売るにはいい機会だったな」
「利用するに越したことは無い、でしょうね」
 会話に入ってくるXIII。それまで人形のようにじっとしてたが、仕事の時間だとばかりに目を開き、すっくと立ち上がる。
「前日の内に村の役人には話を通して起きました。プレゼントが卿によるもの――ひいては民へのお心遣いであるという印象を、より深めることができるでしょう」
「以前には書庫をお見せ頂きましたし……張り切ってお手伝いしちゃいましょう」
 ドラマ・ゲツクがそれまで読んでいた本をぱたんと閉じると、馬車がとまった。
 赤いフードを脱いで、はらはらと落ちる雪を見上げる。
「とは言っても身体を動かすのは苦手ですから、肝心な所は頼みますね?」
「問題ない」
 まるで戦場に向かう兵士のように、ヘレンローザはプレゼントのつまった袋を担いだ。サンタクロースめいた帽子を被り、地図を懐へ入れる。
「俺は速度重視で回っておく。そっちは任せるぞ」
 あちこちの段差や凹凸を利用して民家の屋根へ登っていく。
 『そっち』と言われて袋を預けられたヘイゼル・ゴルトブーツが、はいはいと言って肩をすくめた。
「危険なエリアのスニークミッションは私の担当、ということですか。それでは、久方ぶりに参りませう」
 冗談のように言って、どこか物騒なエリアへと歩いて行く。
 プレゼントは一夜のうちに配られることだろう。

 急で申し訳ないが、時は作戦前夜に遡る。
 木造二階建て住居のリビング、もとい幻想郷チェインハートキングダム作戦会議室にて。
「シャイネンナハトを彩るために――集いたまえ、サンターズ!」
「招待、感謝する」
「人々の幸福のために尽くさせてもらう。勿論、そっちの二人もね」
「僕はそれでいいですよ。任務につきましょう」
「にゃっふー! がんばりますにー!」
「はいはーい、私もついていきますよっ!」
「あっ、大串と申します。よろしくお願いします」
「アニオタ(大串のコードーネーム)の付き添いだ、マッスル(コードネーム)と呼んでくれていいぞ! そしてお招きありがとう、変態ピンク!」
「へんたいぴんく!?」
 オホン、と咳払いをしてからテーブルを叩くは変態ピンク……間違えた、カタリナ・チェインハート。
「フィッツバルディ氏はシャイネンナハトにあわせてサンタクロース計画を発足したらしい。詳しくは分からないが、とにかくプレゼントを配って回るそうだ」
「プレゼントか」
「配ると言うことは」
「つまり?」
「そう――耐久キャラバンだ!」
 バッと両手を掲げるカタリナ。場面はそのまま転換しましてシャイネンナハト・イブ!
 走るソリの上から花をまいて大通りをゆくカタリナがいた。
「はっはっは! メリィクリスマース!!」
「あれっ、なんだか聞いてたのと違う気がする」
 ギルドで聞いた話にそってプレゼントを配って回っていたレイン・ラディア・クレイドルは、やけにキラキラしたカタリナの様子に驚いていた。バニーサンタの格好で驚いていた。
 一方で、ひっそりと子供たちの窓辺にプレゼントを置いては去って行く正統派サンタクロースとなっていたレイン・イリスムーン・クレイドルが路地からそっと顔を出す。
「レイン、パレードがあるとは聞いていませんが」
「多分勢いでああなったんだと思う」
「にゃふ?」
 別の路地からにゅっと顔を出すレイン・ハワード・ペインメイカー。
 『ごーとぅーへぶん!』とか言いながら子供の居る家の窓やら煙突やらにプレゼントをキックシュートしていた途中である。
 よく見ると、カタリナのソリを引いているのは月見ヶ原 積希だった。正確には積希の作ったトナカイさんに練達上位式を使ったものである。その上に跨がって、ベルをしゃんしゃん鳴らして走っていた。
「次の角を右にいったところに広場がありますから、そこで次のプレゼントを配りましょう!」
「了解! ところでマテリアは?」
「さっきプレゼントと間違われて運ばれていきましたけど」
「まてりあああああ!」
 一方、目的の広場では既にプレゼント配布会が始まっていた。
「この作戦は実質コミケ! コスプレと無料配布のテクニックでは俺たちに敗北はない、いくぞアニオタ(コードネーム)!」
「今年はコミケに行けないかわりに、リアルロリサンタが見られる筈。やりましょうぞマッスル(コードネーム)!」
 ガッと腕を合わせた吉川 千代子と大串 湊。
 集まる子供たちの列整理をしたり配ったりという耐久レースが始まった。その手際まさに熟達の戦士。
 そこへ……。
「ふふふっ、これがシャイネンナハト(クリスマス)なのですねっ!」
 突如現われた神巫 聖夜。
「さぁさぁ、お受け取りなさい。触手の絶技で!」
 ぶわっとわき出した十二本の触手。触手がたくみに動き、子供たちにプレゼントを手渡しまくる。なんて健全な触手。
「あっ、あれは……!?」
「まつのですマッスル(コードネーム)! あれは仲間で――」
「邪神ー!」
 きえーと言いながら飛び上がる千代子。カットされる変身バンク。
 そして……。
 触手とロリと即売会が合わさったカオスが広場に形成されていた。
 到着したカタリナたちはそれを見て。
「……え、なんだろう、これ」
「理解しないほうが脳のためかも」
 そっと隣に立ったレインが、そっと小さなプレゼントボックスをカタリナに手渡した。
「これは?」
「そっちは理解してもいいやつ。僕から、君への、プレゼント」

 広大なるフィッツバルディ領では、あちこちでイレギュラーズがサンタクロースとなって活躍していた。
 その様子をダイジェストでご覧頂こう。

「サンタクロースが赤いのは何故か? それは……」
「それはっ!?」
「赤方偏移さ!」
 説明しよう。赤方偏移とはなんかすごい早いやつが赤く見えるやつである。
 ソリの上で腕組みをするレオナ・レーベ・レウ。
 綱を握ってソリを引くケーナ・ククル・ケレヴ。
「思い出しますな。かの世界でサンタを追跡したあの夜を」
「ああ存分に思い出せ。そしてソリを引いて走るのだ」
 ケーナが引いて、レオナが配る。黄金のコンビネーションだ。
「了解であります! 赤鼻のガイドビーコン、アクティベート! GO、サンタマニューバ!」
 ケーナはおでこをぺかーっと光らせると、勢いよく走り出した。
 通りを駆け抜け、坂道を駆け抜け、カーブを強引に曲がり――。
「ケーナ君速すぎやしな――あっ」
 慣性の法則で宙に浮いたソリとレオナが、そのまま近くの馬小屋に突っ込んだいった。

「めりーくりすまーす! サプライズプレゼントだよ!」
 デフォルメ頭身のサンタクロースが夜空を突き抜けていく。
 プティ エ ミニョンだ。
 目に付いた煙突にぽんぽんとプレゼントボックスを放り込んで、気分良く飛んでいくのだ。
「領主様がお堅くて、サプライズには縁がなさそうだからね。今日はがんばるよ!」
 その一方で、プティとプレゼント配りの勝負をしていた雷霆は闘志をむんむんに吹き上げては街を駆け抜けていく。
 小脇に抱えたプレゼント袋が小さく見えるほどの巨躯から繰り出されるアンダースローはいい具合に家々の軒先にプレゼントを滑り込ませた。
「さて、後で領主達にもプレゼントを届けてみようか。裏があろうと善行。よい子にはプレゼントを、だ」
 それがサンタクロースというものだろう? ニッと口の端だけで笑う雷霆であった。

 プレゼントいっぱいの袋を抱えたアルズが、きをつけの姿勢で言った。
「この先は荒れた道が多いですから、自動車は使えそうにありませんね」
「日帰りのドライブで高い修理代を払うのもばからしいしね」
 終月は帽子を深く被って息を吐いた。
「徒歩で回るには広すぎる。どうしたものかな……」
「そうだ終月様、馬車を借りましょう。僕の運転技術はご存じでしょう?」
「馬車か、よし……」
 それから一時間弱。終月は馬車の荷台に沢山のプレゼントと一緒に乗り込んだ。
「ところでアルズ君。君が自動車の運転が達者なのは知っているけど、馬の扱いも上手だったかな?」
「……」
「……」
「……あっ」
「今『あっ』て言った!?」
「だだ大丈夫ですとも、馬車だって車輪がついているんですから、うまく扱える筈! さあ、行きましょう!」
 鞭の音と馬の声。蹄を鳴らし馬車はゆく。プレゼントと探偵と、一抹の不安を乗せて。

 数機のドローンを飛ばして歩くハイゼル=フォージ。ドローンたちがアームで掴んだプレゼントボックスを子供の枕元へ落とし、そのまま窓から外へと出てくる。
 ハイゼルはその様子を満足げに観察していた。
「『安息のための労働』、実に便利なギフトだ。この働きが領主殿の目にとまればいいけど……」
 ふと見ると、通りで星玲奈がシャイネンナハトの歌をうたっていた。
 彼女の歌に反応して、まだ起きていたちょっと大きめの子供たちが集まってくる。
「歌の作戦は大成功だな! いい歌だもんな!」
 ニッと笑う清水 洸汰。
 集まった子供たちと一緒に歌を歌ったり遊んだりすることで、既にこのあたりの子供たちに溶け込んでいたようだ。
 星玲奈と一緒にプレゼントを配り始める。
「良い子もやんちゃっ子達も、メリークリスマス! 洸汰サンタのプレゼント、受け取ってくれよなー!」
 プレゼントを受け取った子供たちはにこにこと笑って、星玲奈たちに次の歌をせがんだ。むしろこの歌がプレゼントであるかのように。
 そこへ、まだ聞いたことの無い歌が聞こえてきた。
 楽器を手にアシュが異国……いや異世界のクリスマスを歌いながら、現われたのだ。
 歌いながら、美しい目で子供たちを見やる。
 その目が『さあ一緒に』と言っているようで、子供たちも洸汰たちも、アシュと一緒に歌い始めた。
「へーえ、たいしたもんずら」
 すっかりパレードのようになったアシュ一行を横目に眺めつつ、オロディエン・フォレレは綺麗な石のアクセサリーを子供たちに配っていた。
「綺麗な石はお守りにもなるんだよ。次のシャイネンナハトまで息災でね!」
 お礼を言う子供たちに手を振って、ふと振り返る。
 そこには袋をカラにしたガレイン・レイゼンバーンが立っていた。
「このエリアは配り終えたようだ。次へ行こう」
 頷いて馬車へと走るオロディエン。ガレイン何かを想うように夜空を見上げた。
「レイガルテ卿も酔狂な事をなさる。しかしこれは卿に気に入られるチャンス。しっかりとこなさねばな」
 ぎゅっと袋を握り、ガレインは自らも馬車へと向かった。

 こうして、フィッツバルディ領に散った無数のサンタクロースキャラバンはその役目を全うし、一夜の奇跡を起こして見せた。
 領地の子供たちはその奇跡をいつまでも覚え、そして大人になったとき、同じように子供たちにプレゼントを配るようになるのかもしれない。
 今宵のサンタクロースたちのように。

●聖なるかな聖なるかな、影あるゆえに闇ゆえに
「え、えひひ……えひひ……このくらいすぐですから、くるっとしてかちゃんですから」
 エマがぷるぷるしながら引きつった笑みを浮かべていた。
 鍵穴に針金的なものを突っ込んで目を見開いて笑っていた。
 それだけなら家の鍵忘れた人にみえなくもなかったが、その後ろで腕組みして見てるキドーのせいで犯罪臭はマックスに高まっていた。
 どんなファンタジーものにもいそうな盗賊ゴブリン、キドーである。特技は鍵開けだがエマのほうが普通にウマいのでなんともいえない顔で虚空を見ていた。
 鍵を開けてそっと扉を開く。
 ここは天下のアーベントロート領貧困街。当たり前のように強盗が横行するこの土地で不法に家屋へ侵入しようものならルックアンドキルである。
 ゆえに慎重に鍵をあけ、慎重に忍び込む。
 ここはさすがに盗賊ゴブリン。中腰姿勢のまま音も無く屋内を抜けると、子供の懐にサッとプレゼントをスリ入れて音も無く家を出た。
 後ろ手に扉を閉める。
「忍び込んでおいて盗むどころかプレゼントしてくるなんて、えひひ……」
「なんでもいいぜ。俺は俺の仕事ぶりを見せつけるだけだ。あのお嬢様と、この街にな」
 そうこうしていると、屋根の上をひっそりと進んでいたラズワルドに出くわした。
「こっちは終わったよぉ。そっちの様子はどうかなぁ?」
 屋根の上から逆さに顔だけ出してくるラズワルドに今更驚く彼らでもない。
 『仕事完了』のハンドサインを出すと、すぐさま次の家へと向かった。
 屋根の上に引き返し、ラズワルドもまた次の家へと向かう。
 彼らが起こすはある種の奇跡。
 盗賊たちのサンタクロース大作戦である。

 ひっそりと移動する盗賊たちとは別に、いかにも目立つ格好で走る男が居た。
 ガンスキ・シット・ワンである。
「ひい、こっちにくンな! 誰か助けてくだせェ!」
 サンタクロースそのものの真っ赤な衣装とプレゼントたっぷりの袋。みっともなく逃げるガンスキの姿に街のアウトローたちは獲物を見つけた肉食獣よろしく追いかけ回した。
 袋小路へ追い詰められた所で、ぴたりと止まるガンスキ。
 丸めていた背を伸ばし、手でマネーサインを出した。
「表の連中は集めやしたぜ、存分にやってくンなせェ」
 剣を抜くガンスキ。その反対側から現われた水妖――艶蕗がぺろりと上唇を舐めた。彼らは追い詰められたのではない。誘導して、囲い込んだのだ。
「飛んで火に入るなんとやら。あんたらここでおしまいでやんすね、ギヒヒヒヒ!」
 艶蕗が呪術を発動させると、強盗たちがばたばたと倒れていく。

 貧困街を暗躍する盗賊サンタクロースたち。彼らは盗賊団でも地下組織でもなく、酒場『燃える石』の常連客たちだ。
 その一人であるゴリョウ・クートンは斧を肩にかついでプレゼント満載の馬車の前にあぐらをかいていた。
 軽く町娘を浚っていきそうな見た目をしたゴリョウである。大抵の者はその容姿故に近づかないが、そこは貧困街というべきか徒党を組んだゴロツキが集まってきた。
「プレゼントを配ってるんだって? 俺らにもプレゼントしてくれよ」
「一人一個だ。それも子供限定のな」
 よっこいしょと立ち上がるゴリョウ。
 彼の合図によって物陰から仲間たちが顔を出す。
 オークの合図で現われた鉄仮面の異端審問官とプロボクサーだ。何言ってるのかわかんないと思うが、この二人が同時に現われた。
「ハッピークリスマス! てめえら空気の読めないファッキンシットどもには、アイアンナックルをプレゼントだ!」
 素早く詰め寄りワンツーで瞬殺する郷田 貴道。
 かと思えば、ジョセフ・ハイマンがゴロツキをハンマーでたたき倒している。
「それ以上はやめておけ! 死ぬよりつらいぞ」
 ビッと指をさすジョセフの物言いに、ゴロツキたちはすくみ上がって降参した。
 その様子を見てゴリョウは……。
「立ち上がるまでもなかったか。フン」
 と、再びその場に座り込んだ。

 アウトローたちにとって酒場は結束の場だ。
 国東・桐子をはじめとした『フォボスの盃』という酒場の連中が、このサンタクロース騒ぎに乗じて貧困街へと繰り出していた。
 といっても、桐子が缶詰加工食品のつまった麻袋を担いでいるだけだ。
 この街で無防備に食料を持ち歩けば略奪の対象となる。
「おいお嬢ちゃん、そいつを置いていけば命までは――ギャッ!?」
 とりかこんだゴロツキたちが次々に倒れていく。
 遠くからの狙撃である。桐子は倒れた連中に近づくと、包丁をスッと取り出した。
「自業自得というやつだ。ちょっと切らせて貰うぞ、肉を」
 一方、スコープ越しに桐子のホラーショウを眺めるソフィーヤ・ノヴァ。屋根の上に陣取ってライフルを抱えていた。
 立っていたアホ毛がぺたんと下りるのを確認して、小さく息をつく。
「膝を撃って肉を切るだけカ……オイ、『残り』は貰っていいんだろうナ」
「お好きに」
 影から姿を見せたズルドに、ソフィーヤは表情も変えずに応えた。
「そうさせて貰ウゼ。身ぐるみ剥げば小銭の足しにはなりそうダナ」
 ズルドは『ケケッ』と笑うとゴロツキたちの元へと走り出した。

 祭りが民の気を緩め治安の低下を招くという学説があるように、シャイネンナハトに行なわれたサンタクロース計画は多くのアウトローをたきつけた。
 真っ赤な服装で袋を担いだ奴は略奪者にとってカモだと思われたのだ。
 だがそんな略奪者たちこそをカモにした者たちもいた。
「これは嬢に実力を認めさせるチャンスだね!」
 アト・サインはどこか嬉しそうにしながら、ゴロツキたちが仕掛けたサンタクロース捕獲用の罠をするすると解除していた。
「果ての迷宮のことを考えれば、こんなのチュートリアルみたいなものだよね」
「アト兄、ってことはここからもチュートリアル?」
 ナイフを手に取る闇魔 麗。
 そばで黙っていた斉藤 修一郎がローブの下からロングボウを取り出した。
 なぜなら罠が発動しないとみるや実力行使にでたゴロツキたちが姿を見せたからだ。棍棒を手に取り囲むゴロツキたち。
「プレゼントが欲しいなら僕らを倒してからね?」
「けどヤバくなったらスタコラサッサですぜ、ねえアトの旦那」
 アトは鍵開け、修一郎は忍び足、麗は用心棒。三人の力を合わせてサンタクロースをやっていたが、チームワークが活きるのはプレゼント配りばかりではない。
 三人は陣形を整えると、ゴロツキたちへ逆に襲いかかった。
「ヒャッハァー! シャイネン・ナハトだオラァ!」

 シャイネンナハトの夜空を美しく飛ぶスカイフェザーがひとり。
 力強く獰猛な、鷹や鷲のような翼と瞳。アクセル・ソート・エクシルはばさりと最小限の音と共に民家の屋根におりたつと、耳を澄ませて瞑目した。
「…………」
 暫くしてから玄関口にいる仲間たちにハンドサイン。
「キュッキュ」
 すると、玄関口に待機していたアザラシ(レーゲン・グリュック・フルフトバー)が鍵を素早くこじ開けた。
 ほとんど子供のゴマフアザラシである。どう見てもちっちゃいヒレをぱたぱたさせてるだけだが、不思議とハリガネを扱えていた。
「ここで待っていろ。プレゼントを置いてくる」
 プレゼントボックスを持ったウェール=ナイトボートが、静かに家の中へ侵入。侵入者用にはられた風船式の警報ブザーをめざとく見つけ、仕組みをたちどころに理解すると、そっと解除した。
 本気になったウェールにトラップなど無意味だ。彼は難なく子供の部屋へ忍び込むと、プレゼントを置いてサッと家を出た。
「ご苦労さん! 次の家へ行こうぜぇ!」
 外では見張り役のセイウチ……というかエリック=マグナムが腹を叩いて出迎えた。
「けど気をつけな。こういう場所は略奪にあいやすいもんだ。例えばこういう風になぁ……」
 拳をかため、身構えるエリック。
 物陰から現われたゴロツキに、彼はにやりと笑った。
「プレゼントとこいつら(レーゲン、グリュック、ウェール)には指一本触れさせねえぜぇ。かかってきなぁ!」
 襲いくるゴロツキの顔面を、エリックは力強く殴りつけた。

 シャイネンナハトの夜、紅月 アキオには悩みができた。
 変なやつにつきまとわれたのだ。
 とはいえサンタクロースになる依頼を引き受けたばっかりなので仕事はこなす。持ち前の解錠スキルと忍び足でうまいこと子供の家にプレゼントを置いて、痕跡も消して帰るという完璧な仕事っぷりだ。
 だがそれも、盗賊たちに目をつけられればこの通りである。
「参ったな……」
 周りを武装した連中にかこまれ、アキオは両手を挙げた。
 そんな彼の肩を叩く設楽 U里。ここは任せろという顔で前に出た。
 そして懐に手をいれるや否や――。
「取引だ、これあげるから見逃してくれ」
 袖の下と交渉術を駆使して盗賊たちになんとか帰ってもらったが……。
「次もこの方法でいくのか?」
「ダメな時は逃げよう。動けなくなったら担いでくれ」
「うーん……」
 悩みはどうやらつきないらしい。

 街を駆け抜ける一台のバイク(オイルエンジンで動く二輪自動車両。空を飛ばないものをさす)。名はアルプス・ローダー。
 そのシートに跨がるのはスウェン・アルバートというフルフェイスヘルメットの男だ。
「速度が足んないッス! そんなんじゃゴロツキ振り切って町中を回れないッスよ!?」
 プレゼントボックスを目的の家々に放り投げながら駆け抜けると、スウェンはスピードメーターに向かった話しかけた。
 本来バイクは話しかけても応えないものだが、アルプスはちがう。
 少女のような声で彼に応えた。
「狭い場所なもので。障害物にぶつかったら大けがをしますよ?」
「平気ッス」
「なら、うまく操ってくださいね」
 ギアを変えてスピードを上げるアルプス。斜めになった板をジャンプ台代わりにして飛ぶと、シルエットを月に重ねた。

 遠くなるエンジン音を聞きながら、陽陰・比がスキップ混じりに裏路地をゆく。
 サンタクロースにちなんだミニスカートルックで、彼もしくは彼女はプレゼントボックスをもてあそぶ。
「このあたりはなんとか配り終えたね!」
 両手を腰の後ろで組んでくるりと振り返れば、真っ赤なサンタ衣装を着たメル・ラーテが顔を左右非対称に歪めた。
「ったく、こんな派手な格好させやがって」
「けど、こういうものなんでしょ?」
「かもしんねーが、派手な格好してれば派手なやつらが集まってくるんだよ、ほら」
 後ろを指させば、略奪を目当てにしたゴロツキたちが姿を見せる。
 メルはグローブをした拳を固く握りしめるとファイティングポーズをとった。
「メリークリスマスだクソ野郎! アンタらにはオレの拳をくれてやるぜ!」

 どこもかしこも暴力だらけ。
 ゆえにこの街のサンタクロースは戦いからは逃れられない。
 ルアナ・テルフォードも例外ではなかった。
「ひゃあああああああ! 暴力はんたい暴力はんたーい! たすけておじさまー!」
 グレイシア=オルトバーンの腕に抱えられ、ルアナはわーんと叫んだ。
 なぜかって、ゴロツキたちが走って追いかけてくるからだ。
「ふむ、うまく一人ずつ誘導できたようだ」
 曲がり角で立ち止まるグレイシア。
 夜の町でゴロツキの集団に絡まれたとき、例え腕に自信があっても一旦逃げるべきとされているのはこのためだ。先走った奴を一人ずつ、各個撃破をしていくのだ。
「でもおじさま、腕がふさがってるよ? グレイシア、下りた方がいい?」
「倒したらすぐに逃げる。このままでいい」
 グレイシアはふうと息を吐き、突っ込んでくるゴロツキに後ろ回し蹴りを叩き込んだ。

 誰もがメルやグレイシアのように暴力で自衛できるわけではない。
 身体の小さい子供たちは大人による略奪に無力だ。
 例に違わず子供から金品を奪い取ろうとした大人たちを見つけ、ベルナルド=ヴァレンティーノは絵筆を取り出した。
「あのテの奴らは年中やる事が変わり映えしねぇな」
 遠距離術式を発動させて大人たちを追い払うベルナルド。
 その一方で、リエルラ=エル=ラエルリルラが転んだ子供に駆け寄って傷口を治療し始めた。
「や、怪我はない? 痛い所とかあればこの美少女すぎるサンタドクターが診てあげるよ」
 手際よく怪我を治療するリエルラ。
 そのかたわらで準備していたベルナルドは、治療を終えた子供にプレゼントボックスを手渡した。
「メリークリスマスだ。こいつは奪われないようにな。あと……暫くそこに隠れとけ」
 再び絵筆をとるベルナルド。
 彼らを取り囲むように、しっかりと武装した連中が現われた。カツアゲするチンピラではない。略奪を目的とした盗賊たちだ。
 いかにベルナルドたちといえど多勢に無勢か……と思われたその時。
「まてい! シャイネンナハトの夜に卑劣な行為は許さないぞ!」
 屋根の上から現われた、真っ赤なボディスーツの少年。
 名を小此木・絢斗……もとい。
「俺の名はサンタクロース! 今夜限定のヒーローだ!」
 とうっ、と言って飛び出すと、盗賊たちに殴りかかる。
 その一方で、近くを通りかかった女子が盗賊たちに狙いをつけられていた。
「そこのお嬢さん、あぶない!」
 群がる盗賊。しかし女子――もとい秋嶋 渓は華麗な格闘コンボで盗賊たちをノックアウト。派手なエフェクトを拳に纏わせて目をキラリと光らせた。
「お嬢さん、意外と強いんだな!」
「鍛えてるので……」
 こいつはやべえと不利をさとった盗賊たちが逃げ出していく。
 そこへ、ハンドポケットのジョゼ・マルドゥがやってきた。
「物騒なことになってんな。アンタら大丈夫か」
「大丈夫です。あなたは?」
「オイラはジョゼ。地元のダチコー連れて来てんだ。今辺りを回らせてるから、暫くは安全だぜ」
「おいジョゼ、連中が盗賊っぽいやつらを見かけたらしいぞ」
 後ろから現われるラデリ・マグノリア。
「見えるところに偽物のプレゼントを置いたらひっかかったみたいだ。潰すなら手伝うぞ」
「いや、いい。ダチコーたちにも手を出すなって言っといてくれ。ここいらは配り終えたからな」
「そうか? まだ残ってるみたいだぜ」
 顎で示すラデリ。ジョゼは笑って、ポケットから銀細工を取り出した。
 それを渓や絢斗に投げ渡す。
「そういやアンタらも子供だったな。メリークリスマスだ」
 ピッと二本指を立てると、ジョゼとラデリは再び夜の街に溶けるよに消えていった。

 こんな話がある。
 高い塔の上から腕組みをする怪人の話だ。
 ケイデンス=アップルシードという怪人のお話だ。
「まさか混沌でサンタクロースの名を聞くとはね。なれば、私も希望を配って回るとしようか」
 目を、いや心を澄ませばよくわかる。
 あちこちに燃え上がるトラブルの予兆が。
 彼の目を通し、ご覧頂こうか。この世の喧噪と輝きを。

「ふう、死ぬかと思ったよ」
 茂みを抜けて転がるエルヴィン・シュトラウス。
 アーベントロート領で最も死に近い場所へ忍び込み、オルゴールを置いて帰るというミッションを自らに課した結果である。
 むろん、領内で最もセキュリティが強いと思われる場所だ。接近を試みるだけでも悪夢みたいな目にあった。
「とはいえ、届きはしたみたいだね……プレゼントは」
 懐を開くとオルゴールはない。美しい筆跡で『よき耳の君へ、勇気を称えて』と書かれたカードにすり替えられていた。
 そんな彼が命からがら逃げ込んだ先は治安の悪いストリート。
 ラァト フランセーズ デュテがたき火にあたる子供たちにビスケットとミルクティーを配っていた。
 立ち振る舞いは浮き世のものとは思えない、紅茶を配って回る姿はさしずめ紅茶の妖精である。
「ん? おにーさんは逃げてきたのかな? お疲れ様。ビスケットはないけど、紅茶はいかが?」
 ポットからお茶を注いで差し出してくるラァト。
 それを受け取り、エルヴィンは苦笑した。

 貧困街に悲鳴があがった。
 子供の枕元に青いバラが置かれていたのだ。
 無邪気にバラを喜ぶ子供と裏腹に、バラから連想した意味に大人たちがおびえたのだ。
「あの人たちは何を騒いでるのかな」
「見えない悪夢におびえているのよ」
 ストリートの子供たちに食べ物を配って歩くシグルーンのかたわらで、リア・ライムが落ち着いた様子で水を飲んでいた。
「領内にも暗殺令嬢を快く思わない者もいて、それゆえに恐怖がいつもそばにあるのね」
「うん?」
 シグルーンはうまく理解できなかったが、それはそれでよしとした。

「この町は懐かしい感じがするな、それに……はぁはぁ」
 リドツキ・J・ウィルソンが控えめにいって犯罪者みたいな目をして子供の寝顔を覗き込んでいた。
 枕元にプレゼントを置き、触れるか触れないかで頭を撫でる。
「くく……この仕事、天職かもしれない」
 満ち足りた顔のまま家を出ると、狭い裏路地を軽やかに駆け抜けたヴェノム・カーネイジとはちあわせた。
「おっと、お仕事の最中っすか?」
 両手を挙げるヴェノム。
 そちらこそとリドツキが返すと、ヴェノムは余ったワームのような触腕をくぱりと開いた。
「仕事というか、『喧嘩』っすね。売られた喧嘩を買ったんすよ」
 歯を見せて笑うヴェノム。様子からして調子は上々らしい。
「できるものならやってみろっていうなら、やるだけっすからね」

 弾痕と剣の跡がしみた酒場。
 リアナル・マギサ・メーヴィンはグラスを掲げてみせた。
「今宵も独り身の男対よ、浮き世を忘れて呑めや歌え!」
「「応!」」
 一斉にグラスを掲げる男たち。
 個人的な情報収集と独り身連中の心の癒やしを兼ねて酒盛りを開いた次第である。
 そのなかで、こんな話を聞いた。
「そいつはあんたの師匠かい? そいつのことは知らないが、ブラックサンタの話なら知ってるぜ」
 男が語るには……。

 民家へこっそりと忍び込み、部屋にプレゼントを置いて出る。
 セルビア・ズィルバーはふうと息をついて通りへと歩み出た。
 しかし少し歩けば犯罪者にあたるスラム街。
 ニヤニヤとしながら危険そうな男たちが姿を現わした。
 荷物を置いていってもらおうかというおきまりの台詞は、しかし激しい銃声によってかき消された。
「フリーズ! 聖夜にサンタクロースを狙うなんて関心しないね」
 ルチアーノ・グレコの乱入だ。
 一部の男たちは逃げ出したが、それでもかまうものかと襲いかかる者には――。
 背後から忍び寄ったシュバルツ=リッケンハルトのマスケット銃が後頭部にあたることになった。
「なあ、ブラックサンタって知ってるか? 悪い子に鉛玉をくれるらしいぜ」
「いつのまに、後ろは壁だった筈じゃ」
「悪ぃな、俺には関係ねーんだ」
 銃声ふたつ。悲鳴を上げて逃げていく男たちを横目に、ルチアーノとシュバルツは目線で互いを称え合った。
「こんな夜に人助けか?」
「まあね。リーゼロッテ様から極上のスマイルが貰えるらしいし?」
 笑顔でいうルチアーノに、シュバルツもシニカルな笑みで応えた。
「あんたは?」
 不意に話をふられ、セルビアは肩をすくめる。
「なんと言いましょうか。こういう場所だから、子供たちには笑顔になって欲しいんです」
 その言葉にルチアーノもシュバルツも笑って、そして三人で夜の町に溶けていった。

 燃える闘志の男、プロミネンス・ガルヴァント。
 彼は一見、窮地にあった。
 刃物を持った野党の群れに囲まれ、今にも人生を終えてしまいそうな風景であった。
 だがしかし。
「不戦の記念日に強盗とはな。来るならば、容赦はせん!」
 ぬかせ。そう叫んで飛びかかる野党の群れ。
 槍の軌跡が赤くきらめき、二閃三閃。
 いくつもいくつも閃いたその後に、最後の野党は積み重なるように倒れ伏した。
「こんなところか」
 プロミネンスは地面に置いた袋をとり、プレゼント配りへと戻る。
 と、そこへ。
「ゴッドブレス、ユー!」
 後光のさした男……御堂・D・豪斗が、世にも堂々としたポーズで現われた。
 うっすらと目を開ける。
「聖なる祝日か。よかろう、ゴッドの輝きをもってチルドレンたちのフューチャーにゴッドブレスを与えよう! しかして溢れるゴッドマジェスティをインビジブルなどインポッシブル! 故にユー達に任せよう! ゆけ、サンタクロースたちよ!」
 大きくのけぞって叫ぶ豪斗。
 プロミネンスが光に真顔を貫いていると、そこらからジーク・N・ナヴラスと忍々 影丸がしゅばっと飛び出してきた。
 控えめに言って悪魔みたいな見た目をしたジークだが、今日はゴッドの仲間である。
「案ずるな。魂ある全てのものを避けて通ればよいのであろ。プレゼンターは任せて貰おう」
「フヒヒヒヒ、忍び足は忍者の十八番でござるよ」
 コミックでもついぞ見ない忍者オブ忍者、影丸が二本指を縦に組んだ姿勢で充血した目を見開いた。
「拙者の幼女たちよ、待っているでござるよ~! ニンニンサンタが素敵なプレゼントをお届けするでござるよォ~!」
 自己主張のヤバい悪魔(正確にはリッチー)と忍者がゴッドの光を背に飛びだしていく。
「…………」
 プロミネンスは、一連の流れをただただ沈黙と真顔でスルーした。

 悪意はどこにでも転がっている。
 二足歩行するトカゲ、ゲッカはノルマのプレゼント配りをあらかた終え、民家の壁をするりと通り抜けて外へ出た。もうじきこの仕事も終わると思ったその矢先、聞こえた喧噪に足を止め……物陰へと身を潜める。
 ここから語るのは、彼が目撃した『悪意を狩るものたち』の姿である。
「……ん」
 紫色の髪を垂れ下げ、黒いサンタクロースの衣装に身を包んだ少女、シャルロット・アドラステイア。
「悪い子の皆に素敵な素敵なプレゼント配り」
 ずるずると袋を引きずっていたが、その中身に野党の男は震え上がった。赤黒いあれやこれやが、見た者に拷問の二文字を連想させた。
「人の腕を使うと、いいの。冷たくて、重くて、苦しめるから」
 その一方では、空摘・骸が野党を袋小路に追い詰めていた。
「ヤア、血のプレぜんトをアゲニ来たワよ?」
 奇襲を受けて鼻から血を流す野党に、拳を固め詰め寄る。
「治安不良とは言イマすが……マァコッちも好キにヤレばイいッテ事ジャな?」
 慌てて反撃するも空をきるばかり。骸は相手の拳をかわし、再び顔面に拳を叩き込んだ。
 ここは悪意のうずまく街。犯罪の行き交う街。
 されど、ゆえに、暴力が意味をもつ。
「シャイネンナハトもサンタクロースも『俺達』にはマジでどーでもいい。暴れられるか、そうじゃねーかだ。で?」
 血に濡れた刀を振り上げる村裂まきり。
 野党が恐れを振り払うように襲いかかるも、強い踏み込みと前蹴りで腹を突き、ひるんだところを首へ横一文字斬り吹き上がる鮮血を浴びながら、まきりはにやりと笑った。

 粗末な木造小屋に身を寄せ合う家族のもとへ、サンタクロースがやってきた。
 野々宮 奈那子というサンタクロースである。
 彼女は家の子供に花を贈ると、その家族と暖かい握手を交わした。
 あなたにいいことがありますように。そう言って家を出て……奈那子はぷはあと大きな息をついた。
「夢いっぱいのイベントだと思って参加してみたけど、思ってたよりロケーションが過酷よね……?」
 来る場所を間違えただろうかと思う反面、こんな場所だからこそとも思えた。
「良かったわね、さっきの握手」
 突然の声に振り返ると、紅劔 命が壁に背をもたれさせて立っていた。笠を刀の柄で上げてこちらを見る。
「夢いっぱい、って感じの雰囲気だったわ。けどこの辺りは……」
 あちこちから現われる盗賊。刃物を抜いた彼らにお話し合いの雰囲気はない。
 命は刀に手をかけた。
「こういう連中がいっぱいみたいよ」
「そうみたいね」
 刀をすらりと抜く命。小さく構える奈那子。襲いかかる盗賊たちに二人は瞳を光らせた。
 生きるか死ぬかの戦いが始まる――かに思われたその時。
「いいのかなあ。暗殺令嬢がなんて言うか」
 屋根の上に腰掛け、足をぶらつかせた狩金・玖累がよく通る声で呼びかけた。
「ねえ、なんでこんなしてるの? 子供に向けたプレゼントなんて奪っても意味ないよね」
 議論をしようというわけじゃない。
 まるで穴だらけの、そう。
「ざれごとだよ。けど甲斐はあったみたいだ」
 えもいえぬ笑顔を浮かべ肩をすくめる玖累。
 どこからともなく――文字通りものの影から現われたユエナ・イミナイが盗賊の首筋にナイフを滑らせていた。
「プレゼント、だよ。わるいこにも」
 彼女の登場に驚いている隙に、状況は決してしまった。命や奈那子が盗賊たちを打ち倒していく。
 そんな光景を高見から眺め、玖累は呟いた。
「メリークリスマス。今夜はゆっくり眠れるといいね?」

 暗い部屋にするすると入り込む蛇。蛇は途中からロープに変わり、先端に結んだプレゼントボックスを器用に投げると眠る子供の枕元へ落とした。
 役目を終えたロープはくるくるとねじれ、花束になって窓から飛び降りていく。
 空を二度ほど回った花束はねじれ、小さくしぼみ、やがては善と悪を敷く 天鍵の 女王の指先へと吸い込まれていった。
「サンタクロースのプレゼント配りは地球の文化だったと思うけど?」
「おもしろいことやるんですねー、地球って」
 ハンドポケットで隣に立つレイナ・ペルソナール。
「あ、酒場で知り合ったダチ呼んだんで、軒先において回ってもらってますよ。殺されたりパクられたりしてないといいですけど」
 などと話していると、二人の頭上を綺麗な花束が飛んでいった。
 いや、あれは花束じゃない。リナリアという妖精だ。
「こうしてプレゼントを配って回れば、サンタクロースにスカウトされること間違いなしなのですよー」
 空をくるくると回りながら飛ぶリナリア。
「この世界にはなんでもあるのですね。新しい世界、まだまだ楽しみますよー」

 有栖川・マリア・風にとって、アーベントロート領のスラムにはかぎ慣れた空気が流れていた。
 生きるには酷すぎるが、死ぬにはばからしすぎる世界。口の中に血がたまるような感じがして、なんだかツバをはきたくなった。
 それ故……。
「奪うのは簡単でも、与えるってのは案外難しいな」
 得意の解錠技術と忍び足で進み、しかし金貨もパンも無視していく。
 そうやってプレゼントを配っていくと……。
「夜闇の寝顔に幸を齎す同胞の手を妨げてはいけマセン。幸せを運ぶ存在がいれば、民の心が緩み、貴方にも幸が転ぶ事でショウ!」
 ムドニスカ・アレーアがぐったりした野党に顔を近づけては真っ黒な聖書の内容を読み聞かせていた。いや、読み聞かせているのか?
 笑顔なのか威嚇なのか、その両方なのか。歯を見せて目を大きく開くムドニスカの様子に、風はスルーを決め込んだ。
 すると……。
「ボクからのプレゼントはこいつだああああああああああ!」
 ぐったりした野党にタルト・ティラミーがホールケーキをクリティカルフィニッシュしていた。
「お腹がすけば誰だって機嫌が悪くなるよね。甘い物を食べると気分がなおるよ! 甘くて美味し――くらえええええええええええ!」
 ふぉいやーと言いながら別の野党の顔面にクリームパイをマキシマムブレイク。
 悪い冗談みたいなその光景に、風は再びのスルーを決め込んだ。
 街はなじんだスラムの香りだが、どうやらフツウじゃないらしい。

 屋根から屋根へとぶミーシャ。
 ふああとあくびをして、眼下の仲間にハンドサインを送った。
 サインを受け取ったエンアート・データは細い路地を進んで行く。その間にミーシャは窓を開けて子供の部屋へプレゼントを届ける役目。
 一方のエンアートはサンタクロースの噂を聞きつけて略奪に出た野党を狩る役目。
 ばらばらに散った野党を各個に撃破していく。
 そうこうしている間にミーシャが仕事を終え、『次へ行こう』とハンドサインを送ってくる。
 エンアートは薄く笑い、それに続いた。

 町外れでせっけんの香りがした。
 安らかな鼻歌を歌いながら、ピュイ・ダムールが傷を負った男性の額を撫でてている。
 いたいのとんでけとでも言うような、暖かい治癒術だ。
 彼女は街の『あれやこれや』で傷ついた人々を治癒するボランティアをしていた。
「気がついたかな?」
 目を開けた男性に、キーリがかがみ込んでプレゼントボックスを指しだした。
「サンタクロース伝説はよい子にだけプレゼントを配るらしいけど、それってなんだか寂しいだろう? 悪い子にもメリークリスマス、ってさ」
 あまり良い人間が相手ではないにも関わらず、キーリとピュイの表情は穏やかだ。
 そこへプレゼントの配布を終えたランドウェラ=ロード=ロウスがやってきた。
 身体の半分をどこかへ置き忘れてきたような様子で、すとんと木箱に腰掛ける。
 調子はどうだった? と聞いてやれば……。
「難しい任務じゃなかったよ」
 そうとだけ言って、ランドウェラは顔半分で笑った。

「ここは宇宙警察忍者たる拙者の出番でありましょう!」
 夢見 ルル家は屋根から屋根へ飛び移ると、適当な煙突を見つけて飛び乗った。
「サンタクロースといえば煙突! ここから入れば楽々侵入できますぞ!」
 ドゥンドゥンドゥンとか効果音を自分で言いつつ土管に入っていくと……。
「ぎゃー!」
 暖炉の炭でお尻を焼いた。
 ――という光景をよそに、ノブマサ・サナダとバラード=バランシェ、そしてゲンリーの三人が大通りを堂々と進んでいた。
「今日はシャイネンナハト、そしてボクはサンタクロースさ! 赤い甲冑がぴったりだろう?」
 胸を張ってプレゼントを配るノブマサ。その一方でゲンリーも赤い服を着込んで、一緒になってプレゼントを配っている。
 そんなゲンリーの頭上にどっかりと立ち、バラードは……というかでっかいペンギンはくちばしを誇らしく上げた。
「今宵はオレもペンギン・ヒーロー……いや、ペンギン・ヒーロー・サンタクロースになろうではないか! 西に悪漢の叫声あらば、行ってこれらを撃退し! 東に凍える泣声あらば、行ってこれらを温める!」
 両手のひれをしゅばっと広げるバラード。
「オレたちサンタクロースは聖夜を駆けるのだ!」

 かつての騎士シギスムント=M=ヴァングックは鎧を脱いで、焼き菓子やオモチャを沢山袋に詰め込んだ。
 行き先はアーベントロート領の住宅街。犯罪率の高さからセキュリティが極めて高いこの土地に、彼は挑むことにした。
 生まれを選べなかった子供たちに、せめて希望を配るべく。
 そこで鉢合わせたのがエルメス・クロロティカ・エレフセリア。カンテラをさげた魔女である。
「あらあら、まぁ! 伝説をなぞるだなんて面白そうね! こんなのはどうかしら」
 エルメスはそう言って使い魔の動物を生み出すと、プレゼントをくくって飛ばした。
「これで、子供たちは幸せになれますかね」
「どうかしら。けれど、目覚めて一番に笑顔にはなれそうよ?」
 魔女と騎士。異なる二人は今宵、同じサンタクロースとなった。

 裏街道をひたはしる黒い影。名を徨影 彌夜。クノイチである。
「また追いかけっこでありますか!? もう何度目でありますー!?」
 ドラム缶に飛び込んでやり過ごし、すっと顔だけを覗かせる。
 そんな彼女を上から覗き込むクランベル・リーン。
「かくれんぼ? それともおいかっけこ?」
「……両方であります」
 クランベルの手を借りてのっそりと外へ出る彌夜。また追いかけられないかときょろきょろしている彌夜に、クランベルは首を傾げた。
「よかったら一緒に回らない? 鍵のかかった家がおおいから、鍵開けができる人がいると助かるんだけど……」
「鍵開け!? 解錠術は得意であります。罠だって防いでみせるでありますよ!」
 腕をびしっと掲げる彌夜。
 クランベルはなら早速、とばかりにどこからともなくプレゼントボックスを取り出した。
「鍵を開けるのはクノイチさんの役目。気配を消してプレゼントを置いてくるのはわたしの役目だね」
「消せるのでありますか……」
「メイドだもん、とーぜんだよっ」
 にっこりと笑う。
「さ、子供たちに夢と希望を配っちゃおうか!」

 シャイネンナハトの夜、アーベントロート領に奇跡が起きた。
 ……なんて言い方は大げさだろうか。
 しかしこの夜に暗躍したサンタクロースたちは確かに子供たちに夢を、一部の野党たちに恐怖を、そしてかの令嬢に関心を同時にもたらした。
 それはきっと、ひとつの奇跡といえるだろう。

●大いなる海に希望の船を
「海と言えば、ディープシー。ディープシーといえば……!」
 ぱっと空に掲げた手のひらに、防水バッグを背負ったシレーナ・イルマーレが拳を突き上げる。
「俺たち!」
 メリル・S・アステロイデアがヒトデハンドをにょいっと突き上げる。
「私たち!」
 Menda・Flap・Octopusがスカート状のタコ足を広げる。
「メンダたち」
 トドの北斗くんがおうおういいながら鼻を高く掲げる。
「おいらたちぃ」
 ココロ=Bliss=Solitudeが元気いっぱいにばんざいする。
「わたしたちっ」
 エルラがイカ足をうにょんとあげる。
「ぼくたち……」
 みんなの手を重ね、ノリア・ソーリアは気合いをいれた。
「Aquariumサンタ隊の、出番ですの!」
 『おーっ』と声を合わせ、一斉に船から海へと飛び込んだ。
 それぞれの装着した防水バッグにはとっておきのプレゼントが詰まっている。
「さあ、プレゼントが欲しい子はこっちだぜ。真珠と珊瑚で作ったアクセサリーだ!」
 勢いよく海を泳いで陸地へジャンプ。
 シレーナが港町の出店に集まっていた子供たちにプレゼント配り始めた。
 ひとり船に残ったノリアは歌を歌い、歌につられて海岸へ集まってきた子供たちにMendaがふよふよと泳いでいって、子供たちの目がキラキラになるようなプレゼントを配っていった。
 いくら出店の明かりがあるといっても夜の海はちょっぴり危険。けれど水中をくるくると泳ぐメリルのおかげで安心だった。海の中でフルパワーをだしたラッキースターが利いているのだ。
「たくさん配って、あとで皆でお祝いしようね!」
「おいらもぉ、海ならぁ、がんばれるんですよぅ」
 水上をざぶざぶ滑るようにして走る北斗。首にかけた防水鞄からプレゼントを出すと、子供たちへと投げていく。
 すこし遅れて陸地へたどり着いたエルラも、沢山とってきたお魚をプレゼントして回っている。
「おさかなのプレゼントだよ。えーと、ぼくはプレゼントじゃないよ……?」
 屋台の明かりに照らされた笑顔、笑顔、笑顔。
 ココロはそんな光景を眺めながら、心に何かをとじこめるみたいに胸へ手を当てた。
「プレゼントを配るばかりだと思ってたけど……こうして伝わるココロが、自分への一番おっきなプレゼントになるんだね」
 港の商人たちはシャイネンナハトのお祝いにとあちこちをキラキラに飾り付け、いつも賑やかな街がより一層に賑やかだ。
 特別な夜の空気に、うっとりと目を閉じるリノア。
 いつのまにか楽団が演奏をはじめ、集まった人々で一儲けしようと歩き屋台が寄ってくる。
 バルツァーレク領の港町。
 奇跡のような、一夜のこと。

 バルツァーレク領には沢山のイレギュラーズたちが海路を伝って乗り込んでいた。
 海賊に傭兵に殺人鬼。けれど彼らの目的はただひとつ。
「サンタクロースになることだ。かかっ――サンタ、知ってるだろう?」
 いまにも人をとって食いそうな海賊オクト・クラケーンは、そう言って少女を船に引っ張り上げた。
「しらない、けど……」
 少女、もといBlood・D・Killerは言われるままサンタクロースとバニーガールを足して真っ黒にしたような衣装を着込んで、それをケープで覆っていた。
「けど海賊がサンタクロースじゃミスマッチだからよ、可愛いサンタが要るのさ。お前さんならやれるだろ?」
「自分で……いい、なら」
「かかかっ! そうこなくっちゃあな!」
 オクトはたからかに笑い、船に帆を張った。

 無数の船が領地へ向かう。
 夜の黒海を照らす光が、いくつも、いくつも。
 貴族から借りた船に乗り、長月・秋葉は腕組みをした。
 背後には山と積まれたプレゼント入りの木箱。
 でもって、船とロープでつながった亀。もとい美面・水城。
 水城は根性でひたっすら泳ぎ、船をひっぱっているのだ! ひっぱれているのか!? ぱっと見わからないけれど……。
「亀さーん! 疲れてない? 休憩するー!?」
 船の先端からよびかける秋葉に、水城はひれをぱたぱたやることで応えた。
「あとでねぎらってあげなきゃね」
 秋葉は腕組みのまま、近づく港を眺めた。
 船に乗っているのは秋葉ばかりではない。
 カロン・カルセドニーと鳶島 津々流も同じ船に乗り合わせ、帆を張ったり舵を固定したりという手伝いをしていた。
 賑やかな場所にはびくついてしまうカロンだが、夜の海は静かだ。祭りの光もまだ遠い。
 カロンは祭りの明かりを見つめ、胸に手を当てた。
「一人でも、おおく、沢山……届くといいな」
 手伝いを一通り終えた津々流がそっと横に並ぶ。
「僕、クリスマスのお祝いをするのは初めてなんだよねえ。港につくのが楽しみだなあ」
 カロンはなにも応えなかった。静かに横に立つだけで、充分だったのだ。
 ざざん、ざざんと、波の音がする。

 漁師の息子、カイト・シャルラハ。彼は自前の船で海へ出ると、得意の操船技術で港町へと進路をとった。
 風を読んで進む彼の船は、まるで巨大な生き物のように海をぐいぐいと進んでいった。
「今夜はこっそり港に近づけて、子供たちにプレゼントを届けるんだったよな」
 カイトの船が狙うのは祭りが行なわれている港とはまた別の、住宅がならぶひっそりしたエリアだ。
 船に乗り合わせたのは李 密使とデイジー・リトルリトル・クラーク、そして高い位置に座ったルーティエ・ルリム。
「サンタクロースに興味は無いけど、ちやほやされるのは大好きだぞ! ついでに偉い人にいい顔してあたしは神になるんだ!」
 上機嫌そうなルーティエ。
 その一方で密使はデイジーから口調を教わっていた。
「サンタクロースの格好はこれでいいとして、語尾を『じゃよ』にしたいのです……じゃよ?」
「そこは『したいのじゃよ』じゃよ」
「じゃよじゃよ?」
「じゃよじゃよじゃなくじゃよだけでいいのじゃ!」
「のじゃ!?」
「のじゃー!」
 途中から魂で会話し始めた二人。
 デイジーはひゅうと息を吐ききると、袋いっぱいに詰めたお菓子へ振り返った。
「しかし、思ったより貢ぎ物を沢山もらえたのぅ」
「サンタクロースになりたがるのは領主だけじゃないのかもしれませんね……じゃなくて、しれないのじゃね? じゃの?」
「じゃの。というわけでこれは妾のぶん、こっちはお裾分けじゃ」
「かたじけないのじゃよー」
 やがて船は静かに港へと入っていく。
 シャイネンナハトの夜に、サンタクロースが、解き放たれた。

 小舟をひいて街へつけるヴェレロゥト=シュティンメィア。
 プレゼントがいっぱい詰まった袋を肩に担ぐと、彼はそっと上陸した。
 朝起きてプレゼントを見つけた子供たちがどんなに素敵な顔をするか。想像しただけで気持ちが温かくなってくる。
 鼻歌交じりに町をゆくヴェレロゥト。
 潮の香りが混じった空気に、美しい歌がとけてゆく。
 そんな彼の歌に乗せるように、空を飛ぶ姫雛 みつるが高らかに述べた。
「メリークリスマス、よいシャイネンナハトになりますように」
 外を歩いていた大人たちは一様にみつるを見上げた。
 視線を浴びながら空をすべり、プレゼントを配るべく家々をまわってゆくみつる。
「伯爵様には会えるでしょうか。伯爵様にも、プレゼントをお送りしたいですね……あとでお伺いしてみましょう」
 同じく街におりたニクセは、任されたプレゼントの袋を手に町へと入っていった。
「ボクが、サンタクロース? なんで、ボクが……」
 悪態をついていたニクセだが、人に見えない所で寂しげに微笑んでいた。
 本当は誰かを喜ばせたい。喜ぶ姿を見たい。そんな風に呟いて。
 ……一方、防水バッグで陸地まで泳いできたフロウ・リバーが人魚形態を解いて街を見渡した。
 夜釣りをしていた男を見つけて声をかける。
「どうも、領主様よりお届け物です。お子さんのいるお家をご存じですか?」
 快く教えてくれた男に礼を言って、それから……。
「後で、釣りもご一緒していいですか? 私、好きなんですよ。それでは」

 潮風に乗ってイレギュラーズがやってくる。
「うう、やっぱこの冷たさは慣れないッスねぇ」
 シクリッド・プレコは海にうっかり落ちてしまったプレゼントのコンテナを引っ張って小舟へとあげた。
「俺の故郷、暖かいところだもんなあ」
 なんて言いながら、その場に集まった仲間たちにコンテナを開いてみせる。
「サポートサンタの役割はここまで。後は任せるッスよ! サンタさん!」
「応、ポチや一緒についておいで」
 屈強なサメのディープシー、海音寺 潮。彼は空を泳ぐ小さなサメにため泣きをすると、サンタクロースの帽子をかぶせてやった。
「さんた……ふむ、福の神のようなものでござるな? 拙者が協力できることであれば、力はおしまぬでござるよ」
 カエルのディープシー、河津 下呂左衛門が顎を撫でてにんまり笑った。
 二人はシグリッドからプレゼント袋を受け取り、ざぶんと海へと飛び込んでいく。
 下呂左衛門は頭に袋を乗っけて、潮はポチに袋をくわえて飛ばし、穏やかな明かりのある街へと泳いでいく。海を泳ぐサンタクロースたちだ。
 あの場所には沢山の子供たちがすやすやと眠っているはずだ。
 彼らはサンタクロースからプレゼントをもらって、素敵な朝を迎えることだろう。
 こうして、一夜にしてバルツァーレク領にプレゼントが配られた。

 王都、フィッツバルディ領、アーベントロート領、バルツァーレク領。そのすべてでおきたサンタクロースの奇跡は、翌日のシャイネンナハトで称えられることだろう。
 王と領主たちの名と、そして夜に紛れて活躍したサンタクロースたちの物語として。

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