PandoraPartyProject

特設イベント

淡雪粧うスノードーム

●オープニング

 硝子張りの天空蓋の向こう側に穏やかな宵の彩が広がっている。
『練達』の街を歩けばコンピュータにより管理された穏やかな空気が流れている。長閑な春を思わせる空気感に身を包みながら、見上げた先には電子的な光が幾重にも灯っていた。
 約束は、何となく果たされた。
 あの仮装と魔法の夜に――いたく特異運命座標(イレギュラーズ)を気に入った『彼』は表情と所作の全てから(彼なりの)好意を全開に表したご機嫌で一同を出迎えたのだった。
「ご機嫌麗しゅう。特異運命座標(アリス)をこの地に招けた事が私にとっての何よりも幸運だ。
 橙色のお茶会はご満足頂けたかい? 宵の魔法は君たちを個性的に彩っていた事だから――仮面舞踏会でのことはヴェールに包んで知らない振りをされてしまうかもしれないがね!」
「……相変わらず雄弁だな、ドクター」
 奇天烈な言葉を続けるDr.マッドハッターの傍らで肩を竦めた女は特異運命座標達にとっての初見だった。
 彼等へと向き直り「ようこそ、練達へ」と言葉を続けた女は掌を天に向けた。
「『実践』の塔主。佐伯操という」
 そう名乗った女――操は白い指先に触れた白を人工的な雪と呼んだ。彼女は触れても冷たくない雪は新鮮だろうと淡く微笑む。
 シャイネン・ナハトの夜だけ練達では特別にイルミネーションイベントを開催しているのだそうだ。
 フィールドワークと魔法道具(ハロウィンイベント)の参加に甚く感動したのだというDr.マッドハッターが特異運命座標に彼の自慢の国家を見て欲しいと招待状を寄越したのが切っ掛けだった。
 普段であれば事務的な光を灯し続ける三塔が今宵だけ、違う光を帯び続ける。人工雪を降らせる天蓋の向こうにはびろうどの星が煌き続けている。『探求の塔主』は世俗的イベントに難色を示したらしいが、厳格な彼に妥協を与え、開催の許可さえ引き出すのが、まさにシャイネン・ナハトの魔力の為す技という訳だ。
「この様子、私は毎年見ていて思うことがあってね。硝子張りの空に人工雪。この様子は大きなスノードームのようではないかい?」
 操は持ち上げればその重さを軽く感じる人工雪で小さな雪玉を作りながら穏やかに色味を変えていく塔を眺めて息を吐く。
 彼女がこの場にいるのは客人へのもてなしに過ぎないのだろう。『練達』に座する三人の塔主達の内、二人が揃い踏むのは練達でも珍しい出来事なのだろう。よくよく周囲を見てみれば、オーディエンスの数は増え続ける。
「アリス、今、三人の塔主ならばもう一人は? と疑問に思ったのではないかね。
 その疑問は正しいさ。私とミサオ、そしてもう一人がこの練達が円滑に活動するためにちょっとした活動をしていてね。ああ、ちょっとしたといっても統治とまではいかないさ。何故って? 私にそれができると思うかね?」
 饒舌なマッドハッターは自身の言葉を面白がるようにけらけらと笑い始める。僅かに片眉上げた操は小さく咳払いをひとつ、未だに唇を閉ざすことない男の言葉を待っている。
「塔のラプンツェルは白雪降る光の海に溺れるよりも知識の海に溺れて居る事が楽しいのさ! 嗚呼、けれど私は君たちと活動(あそぶ)事に興味がある!
 実に、実に、楽しい夜にしようではないか。聖女の伝説は聞いたかね? 我等は混沌世界の伝説に善悪を問わぬが知識欲としては興味がある。その学びに浸るのも楽しいだろうが、それよりも輝かんばかりの夜を楽しみたくなるのも性というものではなかろうか」
 はらはら、と。春の桜の如く、夏の蛍の如く、秋の陽光の如く、冬の雪は降り注ぐ。
 温度の感じることのない雪、けれど、それは水のように溶けてゆく。頬に触れるのは穏やかな空気。空調管理された球状のドームの中で電子的な光が客人を歓迎するように朱に、蒼に、翠に色を変えてゆく。
 マグカップの中で揺れた紅はホットワイン。この夜を祝うがために用意されたそれは操お気に入りの品なのだそうだ。
「私の故郷ではね――私は日本と呼ばれるところから来たのだが、同郷の者も何人かいるかもしれないな――クリスマスにはチキンを食べたのだよ。
 本当はターキーを食べるそうなのだけれど、どうしたことかクリスマスはチキンとケーキで楽しもうという趣が強くてね」
 クリスマス、と呼んだ操の唇はシャイネン・ナハトとなれない様に形作られる。バベルの効果はこの世界において絶対だ。文化の違いは彼女と同郷の者以外には珍しいと感じるのだろうが。
「君たちのクリスマスを私に教えていただけるとうれしい。
 ホットワインのおいしい店を紹介しよう。デートにもお誂え向きだ。……未成年(こども)は酒は飲んでくれるなよ?」
 唇に指先当てて操は困ったようにひとつ笑った。
 シャイネン・ナハトの夜は長い。
 この輝かんばかりの夜に、練達の光に包まれて思い出を一つ残してみてはどうだろうか――?


●菖蒲より

 菖蒲(あやめ)と申します。どうぞ、よろしくお願いいたします。
 シャイネン・ナハトの開催おめでとうございます。素敵なクリスマスになりますよう。

 ★練達
 混沌に存在する国家。旅人で大部分が構成されております。巨大なドームの中に都市が形成されています。
 非常に近代的な建築物が多く、タワーマンションやビルが並んでいるというのがしっくりくる表現かもしれません。
 練達には3つの塔が存在し、それぞれに塔主が存在しています。そのうちの二人がDr.マッドハッターと佐伯操です。

 今宵はシャイネン・ナハトのためにイルミネーションが行われ、巨大なスノードームを思わせる練達を自由に散歩することができます。
 人工雪ははらはらと降り、見上げればイルミネーションの向こうに星が煌いています。

 ★できること。
 折角のクリスマス。皆様は誰と過ごされますでしょうか? ご友人と、ギルドの仲間と、恋人と……それともお一人ででしょうか?
 大変恐れ入りますが、プレイング冒頭に【1】【2】と同行者(ID)をご記入ください。

 【1】練達の街でショッピングを楽しむ。
  シャイネン・ナハトの夜に様々な夜店や食事を楽しむことができます。クリスマスマーケットには旅人たちの持ち込んだ異文化な商品が並んでいます。
  シンプルなクリスマスケーキやシュトーレン、ホットワインにホットミルク、シナモンロールやチャイが並ぶ屋台通りなども。
  キャンドルを灯してあるレストランでのディナーを楽しむことができます。窓から覗く練達の光の海はDr.マッドハッターもお気に入りのものです。
  ※旅人が多いため、様々な商品が存在しております。ご希望のものがありましたらご指定ください。

 【2】イルミネーションを楽しむ
  特別なイルミネーションイベントが開催されます。巨大なドームの中に降る人工雪とクリスマスイルミネーションを楽しめます。
  ファン曰く、事務的な明かりを灯し続ける練達の様子とはまた違うためにこれを見に観光客が訪れることもあるのだとか……。

 ★NPC
 練達の関連NPCではファン、Dr.マッドハッター、佐伯操。
 その他のNPCはステータスシートが存在するNPCのみ登場可となります。お気軽にお名前をお呼びくださいませ。
 喜んでご一緒させていただきます。

 どうぞ、よろしくお願いいたします。

<オープニング:菖蒲/YAMIDEITEI>
<リプレイ執筆:菖蒲>

リプレイ


 硝子張りの天空蓋は外界を遮断するように暖かな空気を齎した。宵の彩は何処までも深く、コンピュータの管理が整った国内に春の陽気を纏わせる。
 は、と小さく息を吐いたファレナはオーシャンフレアより召喚されて未だ日も浅い。その両脚がしかと地面を踏み締める感覚さえも彼女は僅かな違和感と溢れ出さんとする好奇心を抱いていた。
「……?」
 空から降る物は雪と呼ぶらしい。この練達は巨大なスノードームを思わせる。今、こうしていることに実感すら湧かぬファレナの指先にひらりと白が舞い降りた。
「雪……か。生まれた村では、飢えと寒さの冬を――死を象徴するものだった」
 線の細い印象を抱くマルクは僅かにその肩を竦める。幻想の辺境、鉄帝との国境近くの寒村。貧困を感じさせるのは華やかな幻想社会から少し離れた土地ならばどこも同じ――なのだろう。
(こんな風に綺麗なだけの雪だったなら……)
 どれ程良かっただろう、とマルクは静かに息を吐く。冬だと言うのに吐き出した息は白く曇る事無く、穏やかささえも感じさせていた。
 舞う雪を受け止め乍ら緑の肢体を惜し気もなく披露していたロザリエルはその妖花としての美しさを誇る様にシャイネン・ナハトの夜を飾る。つまりは、クリスマスツリーなのだ。
 その様子にぱちりと瞬いたマッドはロザリエルの背後に広がるヒュッテ――クリスマスマーケット――を眺める。流石は旅人を中心として構成された一つの街だ。物珍しいものばかりが周囲に広がっている。
「ふむ、なるほど。俺の世界では見た事もないものが多いな」
 家畜の腸詰めを使用したアレンジ料理は店主の居た世界では冬の風物詩であったそうだ。「これを一つ」とマッドが指したのは持ち運びが容易にできるホットドックの形態をとったものであった。
 ホットワインとシナモンロールを手にしたジルは食べれることが幸せだと頬を緩ませる。降る雪が髪先に僅かに触れて擽るようだと僅かに目を細めて。
「これって雪見酒って言う筈っす。……確か、そうっすね」
 この世界に呼ばれたときに泡沫の如く消えた記憶をかき集める様にジルは意識を集中させた。シャイネン・ナハトのイルミネーションを受けてきらりと輝く白髪は数ある宝石のように輝きを帯びてゆく。
「美味しいっす」
 はらぺこ。その記憶も咀嚼するように口にしてゆっくりと胸を撫で下した。ジルはゆっくりと目を伏せる。
 ヒュッテに並んだ小振りなケーキを眺めながらアクアは瞳をきらりと輝かせる。シャイネン・ナハトの夜にケーキを食べる文化があると旅人たる彼女は耳にしてその文化に肖りたいとヒュッテを眺めていた。
「今日はケーキ! 小さめで食べ歩きが出来るものと……ホットミルクティーがあればそれでいいわ」
 折角の練達だ。何かお土産になるものを探せれば――瞳をきら、と輝かせるアクアの指先がゆるゆると動き続ける。
 クッキーに砂糖などでデコレーションを施したお菓子は袋に詰められ並んでいる。練達を思わせる機械的なモチーフのクッキーはその見た目からも甘さを感じさせる。
(こんな不思議な雪景色を見るのは初めてだよ……)
 は、と息を吐いたディガーは招待してくれた練達の塔主、佐伯操の前で一礼する。混沌世界の聖夜は旅人である操の知り存じる12/24とは大いに違うのだろう。
「根っこの部分は操のいた『日本』と変わらないと思うよ。神様を口実に羽目を外す日さ」
「そうだね。君が言う通り私の知っているクリスマスとシャイネン・ナハトは変わらないのかもしれない。
 だが――……私の居た『日本』とこの場に存在する旅人の皆が居た日本が同じ場所とは限らない。文化とは細分化され拙く『ずれるもの』かもしれないね」
 眼鏡の奥で理知的な瞳を細める操にディガーはそんなものか、と小さく頷く。成程、幾重にも重なる世界構造は実の所、細かく分岐しているのかもしれない。
「塔主……塔主さんのお仕事って大変そうだけど、二人ともぱーっと楽しんでね! って客が言うセリフじゃないかー」
「いや、気づかいに感謝しよう。特異運命座標(アリス)」
 恭しくも頭を下げたDr.マッドハッターにディガーは柔らかに笑みを浮かべる。「帽子屋はんやん」と大きな瞳を輝かせた凍花はひらりと手を振って炯花と共にマッドハッターの前へと歩を進めた。
「丁度良かったわぁ。あんなぁ、これとこれどっちがいいと思います?」
 炯花と凍花が迷っていたのは硬質的な氷を思わせる冬をモチーフとした花飾りと淡い春を思わせる桜の小振りな髪飾りであった。
 愉しいことが最優先な双子は意見を聞きたいと瞳をきらりと輝かせる。凍花と炯花を視線で追ってマッドハッターはどちらも似合うが、と前置きした。
「シャイネン・ナハトだ。ここは冬を思わせる髪飾りを購入し――春になればまた、新たなものを買うのは如何かな? その際は是非、私にもお声掛けいただこう。アリスのショッピングに僭越ながら私もご一緒させていただきたい」
「へえ、塔主っていうのは結構気安いんだな」
「勿論。我々は王ではないし、あくまで統治を行っているだけに過ぎないからね」
 柔らかに笑った操にプリーモはゆっくりとうなづく。孤児に与えられるのは少しのパンとミルクだけだった。黴の香を感じさせるそれを想像しプリーモの表情は僅かに曇る。
(シャイネン・ナハトの日では、少しだけ豪華なディナーとケーキ。年に一度の楽しみだったよ、ガキの頃はな)
 思い出す様に語るプリーモに操の表情は曇る。彼女は『ありふれた家庭で育ち』『ありふれた幸福の中にいた』のだろう。
「……私にはその苦労は計り知れないな」
 呟く操の声にプリーモは僅かに笑みを乗せた。酒の席の心得はあるんだぜ、と賑わう酒場を教えてくれと乞うたプリーモに操はゆっくりと頷いた。
「のう、何ぞか妾に似合う物はあろうか?」
 しゃらりと腕輪を鳴らしたフランは短いスカートを揺らしヒュッテを眺めている。もこもことしたミニコートは暖かく、練達の街ではその身を優しく包んでくれる。月と花をモチーフとした綺麗なものが良いというフランの言に従ってマッドハッターは「これ等は如何かな?」と柔らかに目を細める。
「これか……うむ、美しいのう。似合うかえ?」
「ああ。私は正直者な性質でね。早々嘘などつかないさ、特異運命座標(アリス)」
 助言を感謝すると肩を僅かに上げたフランにマッドハッターは人好きする笑みを浮かべて見せた。
 ぐるりと周囲を見回した一悟はバッテリーと充電ケーブルを探してシャイネン・ナハトで華やぐ街を見て回る。彼の世界で言う処の『クリスマスプレゼント』だ。ケーブルが手に入れば充電させてくれるところがあるだろうかと、簡単に言えばコンセントを探し求めるだけだ。
「コンセント? ふむ、懐かしい響きだな」
 小さく頷く操に一悟は意外だと声を上げた。此処まで発達した技術力を持っているのだ現代社会の様な科学技術であれば当然用意されているであろうと一悟は想定していた。
「混沌は全てを一定に保ってしまうからね。理論上叶えど、実の所、そうは上手くいかないんだ」
「……そんなもの、なのか」
 練達にあるのは懐かしい物も存在している。クリスマスマーケットには様々な物が並んでいるからとSuviaの気持ちも華やいだ。
 幻想で見ることのできない茶葉を探して、素敵なティータイムの為にヒュッテを抜けてゆく。薔薇の香を纏わせた紅茶に苺のフレーバーを重ねたショートケーキを思わせた甘い茶葉。その薫りが鼻孔を擽ればクリスマスキャロルさえも聞こえてきそうだとSuviaは目を細める。
 何時も通りのメイド服に裸足。その恰好ははたから見れば寒く、とてもいいものだとは言えないが、ショッピングを楽しんでいれば寒さを感じる事もないと彼女は頬を緩めた。
「いやぁ、魔法の夜の体験に続き、実際に練達に来ることまで出来るなんてね。旅人の品は、見るだけでも楽しいよねぇ……おっと、冷やかしは善くないね」
 チキンとケーキで簡単なシャイネン・ナハトの晩餐を味わうという操の言に従ってリョウブは彼女の識る『クリスマス』に興味があるのだと目を細める。旅人である操が輝く夜に興味を持つのと同様、純種たるリョウブにとって彼女のクリスマスに興味がある。
「よければ体験してみたいんだ」
「興味があるならばレクチャーさせていただこう」
 目を細める操の傍らでカシャはきらりと瞳を輝かせた。幻想以外の国に訪れるのは初めてだというカシャは「特異点は……い、いろんな場所、行くことに、なりそうだけど……」とゆるゆると声を震わせる。
「まだ、不安……。で、でも……カイカが一緒なら……だ、大丈夫……」
 ぼそぼそと呟いたカシャに操は小さく笑みを浮かべる。おすすめのレストランから眺めることのできる光の海。淡雪粧う練達の様子をその眼に映してほしいと告げれば、楽しみだとカシャは小さく頷いた。
 ホットミルクを飲みながらはあ、と小さく息を吐き出した祝は道行く人々を眺め、物思いに耽っていた。この世界に来て暫くの時が経つが――幻想よりも旅人の比率の多い、練達の街並みは何処か不思議に思える――自身は何をしているのだろうと考えずにはいられない。
(……あ、ミルクおかわりしてぶらぶらして帰ろうか。……シャイネン・ナハト)
 輝かんばかりの、この夜に。浸りたい気持ちではあるが先ずは店の用を済ませてからだとオフェリアはゆっくりと周囲を見回した。復職に関するような店・商品を見て回ればどこか心は踊りだす。
「幻想では珍しい物があれば……」
 きょろりと周囲を見回すオフェリアにとって、素材は吟味する物であり値切るものではないのだろう。折角の日なのだから互いに気分の良い商売を楽しむ事が出来れば一番だ。
「ろうそく屋のおしごとは、全て終わって店じまい。……こんな風に、使って頂けるのですね」
 すばらしい、と唇に浮かんだ笑みは深いものだ。チャンドラは瞳をきらりと輝かせてこういう時にお仕事をしていてよかったと小さく息を吐いた。
 幻想的な風景は冷たさを感じる事ない雪も相俟って素晴らしいものに感じられる。ろうそくの焔はゆらゆらと静かに揺れていた。
「イルミネーション、か」
 こうした大規模な催し物には重要なイベントフラグが設定されているのではないのかとカインは静かに考えていた。もしもこれがゲームであったならば今後のルート分岐にも関わる筈――というのが彼の言である。
(重要情報はないか……いや、イルミネーションの裏に隠しアイテムは……窓の外にあったりはしないか)
 さあ、この世界はまるでゲームのようだ。鮮やかなる星屑を飾った夜空の下、包み込む天蓋の向こうの空気はどれ程住んでいる事だろうか。


「ここが練達……中々面白そうな所だね」
 きょろりと周囲を見回してヨゾラは買い物をしようと街の中を歩き始める。現代社会を思わせるテイストの街並みは幻想国とは大きく違い、固いアスファルトを踏み締めて服や小物もいいけれど、と屋台を眺める。
「シュトーレン……へぇ、これは……素敵な味わいじゃないか」
 此処での買い物が練達の人々や特異運命座標の糧になればと願いつつヨゾラはゆっくりと息を吐き出した。
 ヒュッテの一角で腰を下ろしていたミーシャはトランプは如何ですか、と首を傾げる。
「引いてみませんか?」
「……いいですか?」
 ぱちりと瞬くユリーカにミーシャは大きく頷く。カードはハートの2。ミーシャはどんなカードかわからないと僅かに困った様に首を傾ぎ、トランプをふるふると振るった。
「わっ」
 トランプを揺らせば零れ落ちてゆくハート型のチョコレイト。二つのチョコレイトをその掌に乗せてユリーカはぱちりと瞬いて見せる。
「メリークリスマス」
「わあ、輝かんばかりの、この夜に!」
 楽し気なユリーカを手招いて亮は「何か好きなものはある?」と柔らかに微笑んで見せた。練達には物珍しいものも多い。何か気に入るものがあるはずだと笑みを浮かべる亮にユリーカの深緑の色の瞳がきらりと煌めく。
「エウレカ・ユリカってどんな情報屋だったのかな?」
「お父さんはとっても凄い情報屋さんだったのですよ。今のローレットがあるのもお父さんのおかげ、なのです!」
 瞳を輝かせるユリーカに亮は成程、と頷く。古くはレオンの友人であったというエウレカ。彼の武勇伝を語りたいと楽し気に笑ったユリーカに亮は沢山聞きたいことがあるんだ、と秘密事の様に付け加えた。
「えっと、喫茶店の方は人数分のタオルとコップで、もう一つの所はお菓子とか……かなぁ……?」
 ギルド用のクリスマスプレゼントの購入にとふらふらと歩む葉月は折角のシャイネン・ナハトを存分に謳歌するのだと心を躍らせる。
 シャイネン・ナハトの夜を全力で謳歌しよう。まずは何処から見て回ろうか。
 折角の練達だ。何か珍しい物を買わなければ損だと黒羽は露店を回る。
「お、イカしたゴーグルじゃねぇか。何か変な機能でも付いてんのか?」
 無骨なゴーグルの感触を確かめて、黒羽はそれを店主に手渡さんとし――ぐん、と袖を引く物がいる。
 ウォンバットを思わせるずんぐりとしたフォルムのペットは何か欲しいと主人へとアピールをして見せた。
「しょうがねぇなぁ。今日は、クリスマスだ。奮発してやらぁ」
 練達の技術が見たいと周囲を見回すタマモは興味深い商品があればすぐにそれを手に取って見せる。流石は旅人たちで作られた街だ。何もかもが真新しく見えるもので、心は自然と踊り出した。
「みんな一人じゃないし、楽しそう。私も知り合いが出来たら楽しく過ごせるかな?」
 ホットミルクを注文したリディアはゆるりと唇に笑みを浮かべる。ひだまりのかおりは暖かにその胸へと春の陽気を齎してくる。
 興味深いと瞬くチャロロに「何か買い物なの?」とリディアはこてりと首を傾げた。瞬くチャロロは人の姿から武装形態になっても破けることのないコートを探しているのだと店舗をふらりと歩き続ける。
「ちょっとまけて貰えないかな?」
 何て、小さく呟くチャロロに店主は小さく笑う。シャイネン・ナハトのお客様は皆個性的な人物ばかりだ。チャロロが降る雪に違和感を感じ驚きを口にしたそれを聞き店主は面白いと言うように両手を打ち合わせた。
 異文化。異文化コミュニケーション。その言葉だけでも胸は騒ぐ。ぐるりと並んだ露店を見て回りながらレイヴンは噂に聞く練達お得意の携帯端末なんかを購入できないかとゆるりと家電量販店を思わせる店舗へと足を進めた。
「空調機なんかも売買されているとは、中々に面白い物ばかり」
 ホットワインとチキン。操と同じ課は解らないけれど千波にとってもそれは定番のメニューだ。
「ちなみさんのいた日本でもクリスマスはチキンだったわー。全国チェーンのお手軽価格チキン!
 川に投げ込まれる方の白髭のおじ様のとこで! 33-4! 関係……無くはないわよね。微妙にね!」
 何の話だったかと千波は首を傾げる。日本でまことしやかに告げられる33-4。さあ、それって何でしょう――?
 仇やかな和装に漆黒のブーケ。手にした和菓子は何処か不思議なもので。折角だからと無銘堂へと手土産に購入しようと葵は一つ一つを手に取った。
 生もしも等しく聖なる夜を楽しめばいい。全て一夜の夢なのだから。ああ、ほら――シャイネン・ナハトの祝福よ、どうか。
 周囲をきょろりと見回した大地は小さく息を吐き出した。肺いっぱいに吸い込んだ春の陽気の如き空気は冷え切った冬の体をどこか温めるかのようで。
「……これが、練達のイルミネーションか……」
 そのイルミネーションを受け止め乍らゆるりと宙を舞う雪は光という光を無表情で見つめていた。己の名と同じ『雪』をあまり好ましく思わないからだろうか、人工雪の少ない所を探す様にゆっくりと雪は移動を続けていた。
 人工雪の中を歩きながらメフィリアは兎の耳をぴょこりと揺らす。人工的な明りの中に冷たくない雪がメフィリアの指先に落ちる。
 その美しさと裏腹に感じる淋しさ複雑な感情を抱いてメフィリアは無銘堂へと足を向けた。誰かいないだろうか、誰かいれば今日は一つお話をしよう。
「きらき、ら、き、らきら、すっごーい!」
 白に交わらぬ赤い花びらを回せ舞香は楽し気にゆるりと歩く。イルミネーションに目をやって、は、と息を吐いたと同時、べしゃりと転んだのは仕方がない事なのかもしれない。
 ふわりと紅が舞い続ける。血だろうかと大地は『独り言のように話しながら』舞香の許へと近寄った。
「大丈夫。血じゃなくて、花弁だから。あっげ、るー!!」
 心配してくれたからとお礼に手渡したのは幸せ味の飴。心までポカポカしてくるはずだからと舞香は幸せそうに頬を緩める。
「偶にハ、本じゃなくって外に目を向けんのモ、良いモンだナ」
「……本当に、事実は小説より奇なり、だな」
「この世界に来てかラ、色々吃驚してばかりだよナ、俺達っテ」
 ――独り言のように語りながら大地は小さく息を吐いた。この世界は不思議に満ち溢れている。
「いやはや、此れは一体どういう絡繰りだ?」
 叡知の欠片の蒐集家。嘗ての世界には人工雪というものが無かったシエロにとって人工的に作られた雪はシャイネン・ナハトの輝かんばかりの光の海よりも興味がそそられる。その叡知、果たして誰に問えばよいのか。
「素晴らしい、叡知の欠片だな」
 ふわりと微笑むシエロに特異運命座標たちを出迎えていた操は柔らかに笑みを浮かべて見せた。勿論だ、ここは叡知の都――練達なのだから。
 旅人たちの料理に種類は沢山あるが、クルシェンヌにとっては『お肉』であることが重要だ。
「お肉はどれもおいしーね!」
 ウォリアの背に乗りながらはしゃぐクルシェンヌにメニアはゆっくりと頷いた。ホットワインだけでは味気ないかと手にしたタコス。
「珍しいサンドイッチだな」
「そうだな。……ブリトーというあの細長いのも気になるが」
 味覚がないという事と食物から栄養を得ないというウォリアにとってこうしてメニアやクルシェンヌと共にシャイネン・ナハトを過ごせるのは不思議な感覚だ。誰かと過ごすシャイネン・ナハトの尊さを感じるウォリアにクルシェンヌは楽し気に笑った。
「メニアも何か食べるー?」
 ポテト、美味しいよ、と微笑んだクルシェンヌは降る白雪にゆっくりと手を伸ばした。
「へいへい、カフェのメニューに追加できそうなもんがあったら言えよな」
 喫茶店経営を行っているキコを引き連れてアラクは楽し気に歩き続ける。本音は甘いものが食べたいだけだが『喫茶店経営者』を連れて歩くのは新規メニューの為になるだろうという言い訳を添えている。
「ねえねえ、次はあのクッキーなんてどうかな」
「おっ、いいじゃねえか。レシピ聞いてみるか」
 アラクに手を引かれキコはそれに従う様に歩き出す。新たなメニューは心も豊かにしてくれるはずだ。繋いで指先の温かさにじわりと指先を温めながら。
「パパ!」
 肩車で高い所まで見えるとノーラは瞳を煌めかせる。リゲルの肩車でいつも以上に開けた視界はノーラにとっても喜びで満ち溢れて。
「ポテト、寒くないか? きれいな雪景色だな」
「大丈夫だ。練達はあったかいから大丈夫だけど、しっかりと……」
 手を繋いでおこうかとリゲルと逸れぬようにぎゅ、と手を繋いで。理想の家族をこれほど早く迎えることができるとは思わなかったとリゲルは小さく笑う。
 寒い冬でも三人ならばとても暖かい。確りとつないだ指先を絡めるように確かめて。ゆっくりとその肩口へと寄り添った。
「ママ、パパ、とっても楽しい!」
 これからも三人で――楽しんでずっとずっと、過ごそうと約束するように告げた言葉へとノーラは大きく頷いた。


「何か祭事なのでしょうか?」
 煌びやかに装飾された街をきょろりと見まわしたサブリナはシャイネン・ナハトの輝きに驚いたように何度も瞬きを繰り替えす。
「雪も本物ではない……寂しい気もしますが、ここでは仕方ないのでしょう」
 空を眺めるサブリナは何か土産を買っていかないとと眼窩に広がるクリスマスマーケットを眺めた。
 娯楽的な本と、日用品、それからペンギンのぬいぐるみ。並んだそれを見遣ってサブリナはは、としたように「お宿のみんなにも」と手を打ち合わせた。
「『クリスマス』……? 有名なようですし、何かしらの知識を得られればいいんですけどね……」
 セレスタイトはシャイネン・ナハトの知識がないのだと不安げに周囲を見回した。
 勿論、混沌世界では有名なイベントだ。伝承だって、この時期なればどこかで目にすることもできるだろう。
「本屋、図書館、どっちがいいでしょうかあ……。
 ……む?大義名分を背負って本を読みたいだけでしょう、って? あはは~……私、本を読むの大好きなんですよ……」
 雑踏を歩みながらハイドは口元を緩める。降る雪の感覚も新しいが異文化の商品が並んでいるのも興味深い。
「そうですね……占いやおまじない、魔術に通ずるものがあれば……」
 食品だって勿論忘れない。この時期のみの限定品を見つけるのだって楽しみだ。ハイドは周囲を見回しながらクリスマスマーケットを悠々と歩きゆく。
(二人の友人に向けて、魔導書とライターを送りたい……)
 何かいいものはあるでしょうか、と口にしたマリアは並ぶ商品を手にしてみては首をかしげる。
 軽食を口にしつつ、形に残る贈物がやはり大切だ。形に残るものは、心を込めて贈りやすいし何よりも友人たちの冒険をより確かなものにしてくれるはずだ。
「ふふ、喜んでくれるといいですのー♪」
 イベントがあると聞いて訪れたテテスにとって練達の空気は興味深いものであった。雪はテテスの世界にもあったし、自分で作ったこともあった――だが、これほどまでの量を人工的に作れるとなると技術革新も素晴らしい。
 早速と進みだすテテスはぐん、とつんのめる。冷たくない雪はクッション代わりになり頬にふわりとあたった。
「さ、さすがにこれだけ積もると動き辛いな……」
「異界の文化、か。
 あのやたらと光る装飾も、鉄の塊みたいな建物も、まるで見たことがない。元の世界じゃ見れそうもない光景だ、いい機会だし、眺めていこう。」
 現代的な意匠が施された街並みは高層ビルを中心にし、近代的な様相を思わせる。シェンシーにとって見慣れぬ世界はぱちぱちと光を弾かせた。
(……だけど、眩しいな)
 弾けるようなイルミネーションはその両眼にしっかりと映される。まるで電光石火のようなそれに眩しいと息を吐いたシェンシーは小さく首を振った。
「この光は悪いものじゃないけど、おれには少し明るすぎる……喜ぶやつが、見るべきだ」
「異文化の商品がたくさんと聞きました! すなわち未知!」
 マーケットに到着したアルーシャのテンションはMAX状態だった。心の底から楽しいのだと胸躍らせて、アルーシャは「サンドウィッチの飯より未知!」と両掌に力を籠める。
「――ということで未知を探しますよ!!」
 どこかの書物で読んだ間違った言葉もアルーシャには気にはならない。サンドウィッチの飯より未知がいつ様なのだ。
 シャイネン・ナハトであってもその好奇心は止まらない。それは業と呼ぶのが相応しいのかもしれない――
「…………」
『せっかくきたのだ見給えよ契約者殿』
 オルクスはちら、と視線を上げ輝かんばかりの空を見上げる。契約者たるオルクスは同胞達の様子を見やる。寒さを感じさせぬスノードームの如き空間を楽しむように顔を上げたストマクスは「綺麗ですね」と周囲を見回した。
『幻想とはまるで違う世界にも見えるな』
「異世界もこんなところだったりするの?」
 ストマクスにとっては聞くことしかできない世界の話だが、興味はそそられる。それはどんな場所なのだろう――?
『科学という別の理で構成されているからな』
 ぱちりと瞬くブラキウムは「異世界はこういうもので溢れてたわけか」と小さく息を吐く。【七曜堂】のメンバーは各々に自由にその世界を謳歌していた。
「あら、アワリティアはこっちに来てたのですね。見るだけで満足なのですか?」
「ふん、そういうグラも珍しい食べ物を探しに行かなくていいのかよ?」
 ストマクスの言葉にブラキウムは鼻を鳴らして答える。たまには自分の性格と違うことをしてみるのだっていいではないかと告げるストマクスにブラキウムはゆるゆると頷いた。
「私も……寝よう」
『起こすという選択肢はないのか……』
 こてりと首を傾げたコルはここに来たことだけで満足だと眠たげに目を細めた。
「……メランも寝ていますよ」
 この景色の下、緩やかに眠ったコルにオルクスははあ、と大きく欠伸を一つ漏らして。
 食後のホットワインとクリームブリュレはゲオルグの心を満たす様に味わい深い。ふわふわ羊のジークと窓から眺めた練達の街並みはどこか煌びやかだ。
(元居た世界のみんなは元気にしているだろうか……)
 帰れないほど遠くの世界に来ると、どうしても寂寞の念が胸を締め付ける。帰ることができたならば、きっと何も気にせずに笑っていることだろう。こうして恋しくなるのもまた、この輝かんばかりの夜を深くしていくのかもしれない。
 瀬川商業(株)にとって、必要なのは観察眼と商業知識だ。都市国家の形式をとっている練達の農作や輸送、貿易形態の累積は必要情報だろう。
(弊社は店の視察を行う)
 無論、御社にとって重要なキーパーソンになる可能性のある情報は低いが何事も知識だ。接客態度もどこか『旅人然』としているものも多く、練達の人材レベルを測るにも相応しかった。
(これらは弊社の今後の商業活動にも役に立つだろう――)
 はあ、と息を吐きだしてアレックスは「綺麗やなぁ」と小さく呟いた。どこを見たってカップルだらけ――正直、目の毒だとアレックスは小さくつぶやく。
「あぁ、堪忍なぁ、僕の絵は基本売り物やないから、あげられへんのや。
 思い出は心の中に閉まっとくのが一番ええと思うでー。ほな、僕はこの辺で。メリークリスマス」
 キキキ、とどこからか声が聞こえる。嗚呼、それはリズミカルにも感じさせた。キ・キ。
 ミミは恋人たちが告げる言葉をあちこちで身を隠して風潮するのだと新たな楽しみを見出していた。来いよ芽生えよ、勘違いだっていい――それはさらに深く愛になるかもしれないのだから!
「聞コえる聴こエル! アナタもお隣サンと仲良くしマショ?」
 その声を聴きながらナインはくあ、と小さく欠伸を噛み殺した。折角の誘いだからと訪れたはいいが、既にその身は気怠さを感じ始めている。
(いや、イルミネーションとかきれいだし、すごいところなんだけどね……)
 点滅するイルミネーションの美しさは確かなものだ。だが、それだけではナインの気持ちを盛り上げるものはなかった。
「そろそろ気持ち、切り替えないとなー。何時までも腐ってても仕方ないし……」
 胸中に湧き上がった八つ当たりを飲み込んで、ナインは深く深く息を吐きだした。
 輝く夜に、輝くものを探して。煌くイルミネーションに瞳と体の鉱石を一層輝かせて藤は周囲を見回した。
 シャイネン・ナハトは元居た世界では全く馴染みのない文化であった。
 人工雪を眺めれば、この時期になれば雪深い故郷が脳裏に過る。嗚呼、懐かしの我が故郷――雪と光の海の中、ゆっくりとホットワインを飲み干して。
「えへへー。すごくお店がいっぱいなの! リリィもお買い物を楽しむの!」
 瞳を煌かせてリリィは雑踏の中を楽し気に歩みゆく。練達は楽しいものばかりだ、つい、心だって踊ってしまう。
 最近、体操服も少しくたびれた気がするとナコは小さく首をかしげる。護衛焼くとして歩くココを振り仰いだナコは「セーラー服もよさそうです」とつぶやいた。
「……まぁ、年頃の女子?なのだから、家長も許すだろう。構わないぞ、ほかの兄弟の土産も選ぶんだぞ」
 手持が心もとないと不安がっていたナコの表情がぱあと華やいだ。折角のシャイネン・ナハトだ。年頃の少女たちもおしゃれに心を躍らせたっていいだろう。


「僕を口説こうなんて本当にばかだな君は」
 冗句めかして笑ったノワにヴィノは小さく笑う。黒のイブニングドレスに身を包んだノワがつい微笑んでしまったのは周りの煌めく空気がそうさせたのかもしれない。テーブルに揺れた蝋燭の焔を指先で追って、ノワは今日ぐらいはいいだろうと肩を竦めてヴィノを見る。
「美しきお姫様に乾杯と」
 ――ああ、その口は何時だってそういう言葉を口にするのだから。柔和な笑みを浮かべ、ワインレッドのスーツに身を包んだヴィノは楽し気に小さく笑って見せた。
「まろうさん。ほい、あーん」
 出店に並んでいたフライドポテトを手にしたクィニーは祭りが珍しいと楽し気に周囲を見回すまろうに柔らかに笑みを浮かべる。
 どこか心も弾み、共に過ごすだけで胸の奥から仄かに熱い感情が湧きあがる。憧憬にも似たその感情を何と名付けるべきかわからぬままにまろうはクィニーの瞳を覗き込んだ。
「どう、かな。わくわくとか……どきどきとか、してもらえてるかな」
「はい! ……ああ、こんなに街が綺麗で、楽しくて。こんな素敵な一時をQZさまと過ごせて、とてもうれしいです」
 きらりと煌めきを帯びた光を追い掛けて、ティミははぁ、と息を吐き出した。「リュグナーさん、見てください。あっちには鳥や馬が居ます!」とその言葉は常よりも幸福を感じさせる。
「ティミ、前方不注意だ」
 ぐい、と腕を引っ張りリュグナーは心騒ぐことを止められないといった風のティミを引き寄せる。三人の塔主に興味がありながらもシャイネン・ナハトのこの日は今は依頼主の安全第一だ。
「はしゃぐのは良いが、離れてくれるなよ……ティミ」
 その言葉に顔を上げる。――嗚呼、彼の後ろで瞬く星がイルミネーションの光と混ざり合う。きれいだ、と感じ唇はゆるりと震えた。
 ジェイクが幻に告白してから数か月。今日こそその返事を聞きたいと誘ったのはシャイネン・ナハトの光の海の中。神秘的なものが好きな幻を思ったからこそ練達のこの空はどこまでも美しい。
(――僕は己の狂おしい感情の正体を、知ってしまったのです)
 そう、口にすることなく幻は繰り返す。そっと、幻の手を取って、煌びやかなイルミネーションの中でジェイクは彼女の名を呼んだ。
「愛してる。今日こそ幻のすべてが欲しい」
 嗚呼、それは酷く拙い告白に聞こえるのに。それでも尚も幻の心を締め付ける。もう恋の奴隷だというのに――酷い、ひどい人だ。
 好きという形の雪の塊を目の前にちらつかせて。雪は落ちて言葉は一瞬。ねえ、見えましたかというようにゆっくりと瞼を震わせた。
「幻」
 手を伸ばし『幻』のような答えを抱きしめるようにゆっくりとその体を抱きしめた。そのぬくもりは冬空の中、何よりも尊く感じさせて。
「この燭台……食堂に合いそう?」
 ふと見つけた綺麗な燭台を見下ろして、エンヴィは頬を緩める。普段の『嫉妬』癖は今はない。
 教会の食堂にあったら綺麗かしら、とエンヴィが呟けばクラリーチェはゆっくりとうなづいた。
「きっと、食堂が華やかになりますわ」
 教会のかわいい住民との買い物を楽しむクラリーチェは、様々な商品を手にとっては悩まし気に眉根を寄せるエンヴィの姿がほほえましくて小さく笑みをこぼす。
「素敵な装飾は、食事を美味しくしてくれるから……此処は色々あって目移りしてしまうけれど」
「迷うのもうれしいこと。また買い物に来ましょう。……冷えてきました。暖かいものは如何?」
 はぐれないように手をつないでヒィロはフルールの掌の冷たさに目を細める。
「ヒィロおねーさん、手を繋ぎましょう? ふふ、わざと忘れてきたんですよ。あなたのぬくもりを直接感じたくて」
 指を絡めるよう――繋いだ手を離さないように。フルールの掌のぬくもりにヒィロは異世界の文明の光の暖かさを感じながら幸福そうに感じていた。
「また来年もその次の年もずっと、ルルちゃんと空を見てたいな」
「はい……イルミネーション、すごくきれい……あ、おねーさんのほうがきれいです」
 その言葉に小さく笑って。また来年も――ずっと、一緒に見に来たいと約束するように指先にもう一度力を込めて。
「とても……とても綺麗ですね」
「……っと、お前さんは髪も肌も白いから、うっかり見失っちまいそうだな」
 小さく笑い、縁はマナの指先を包むように掴む。収穫祭のころのように逸れてしまわない様に手を繋いでおこうかとゆったりと浮かべた笑みにマナの頬がかあと赤らんだ。
「寒けりゃおっさんの羽織を貸してやるよ。ちっと海の香りがするかもしれねぇが……ま、そこは我慢してくれや」
 羽織まで借りてしまってはと縁を見上げてマナはぱちりと瞬いた。ゆっくりとその腕に寄り添ってマナはゆっくりと顔を上げる。
「そ、その……よろしければ、羽織に入れるよう……傍に寄っても……よろしいでしょうか」


「きれいですね。素直にそう思います」
 前を行くなずなの背中を追いかけてノインは頬を緩める。シャイネン・ナハトの光の海の中、幸福そうに笑ったなずなは人工雪に指先触れてはぁと息を吐きだした。
「元の世界よりも本格的かも……すごく、ロマンチックで……」」
 綺麗、だと心逸るなずなへとノインは「風邪をひかぬようにしてくださいね」と窘めるように告げた。
「は、はい……風邪は引かない様に気を付けます。ノインさん、もっと近くで……明かり、見てもいいですか?」
 ちら、と見上げたなずなにノインは小さく笑みを零す。差し出す掌の暖かさになずなの頬は緩んでゆく。
「さあ、どうぞ、お手を」
 シャイネン・ナハトというようなイベントは初めてなのだとセレンは嬉しいとくるりと振り返る。
「さて、何から食べるか。シャイネン・ナハト……クリスマスはケーキやチキンを食べるのが定番なんだが」
「なんだか、私が食い意地張っているように思ってないですか……?」
 む、と唇を尖らせるセレンに侠はしまったというように表情を固める。美しい景色を見て回りたいという乙女の心を『食欲』で見てしまったのかと慌てる侠は「セレン」と彼女を呼んだ。
「甘いものとか好きなんだろうと思ってたからさ。こ、この通り」
 悪い、と手を合わせ頭を下げた侠は「俺のおごりでいいからさ」と彼女をちらりと見遣る。
 ――それだって悪くはない。まあ、悪くはないですけれど、とセレンはどこかおかしそうに小さくつぶやいた。
(綺麗な雪、と……イルミネーション……)
 見に行きたいのだと夢唯はノアに見たいと告げた。迷子にならない様にと握りしめた手のひらの暖かさを感じながらノアは小さく息を吐く。
 杖の『冥おにーさん』も今日は一緒だ。ノアと手を繋いだ夢唯は楽し気にくるりと振り仰ぎ「ノアおねーさん」と頬を緩めた。
「みてみて、とってもきれーだよ!」
 晧月に腕を引かれながらクラヴィスはゆっくりと歩み続ける。「もっと見て回ろう」と手を引く晧月にクラヴィスはちょっと待って、とぴたりと立ち止まった。
「ちょっと待ってて」
 そう言い残して、店内に入っていくクラヴィスを見送って晧月は首傾ぐ。
「お帰り。いいものでもあっ……え?」
 差し出されたのはシンプルな箱。中に入っているのはフクロウの翼の羽ペンだ。
「――君の羽と似ていて綺麗だったから……」
 そう呟いたクラヴィスに晧月は君ってやつは、と小さく呟いた。嗚呼、そのプレゼントは心の底から嬉しく感じるから。
 せっかく人の世に慣れぬ神様を案内するというのに珈琲屋巡りというのも野暮な話だとJ・Dは傍らのラクタに視線を送る。
「わたしは珈琲の店を見てみたい。珈琲についてわたしに教えたのはJD、汝ではないか?」
 ラクタに希望がないのならば、せめて雰囲気のいい場所にとJ・Dはのんびりと歩き出した。
「さ、お嬢様。人の多さに逸れるとの事だ。お手を拝借しても?」
「――わたしは邪神、本来ならお嬢様ではないが、小さきものの慣例に習おう。
 新たな街、新たな発見。さらなる教授を期待するぞ」
 気障な仕草で告げたJ・Dにラクタは小さく頷く。新たな世界は神様にとってもまだまだ未知が溢れている。「まるで、星みたいに……いっぱい、きらきら」
 瞳を煌かせるウィリアはイルミネーションやツリーに目を輝かせる。ウィリアの傍らで周囲を見回すアルファードは飾り付けられたツリーを見上げぱちりと瞬いた。
「ライセル様、あれはなんと呼ぶのですか?」
「あれはね、クリスマスツリー。生命力の常緑に導きの星を飾るんだよ」
 ぱちりと瞬いたアルファードの傍らでウィリアは嬉しそうに頬を緩める。逸れない様にとウィリアの手を繋いだライセルは大丈夫だよ、と微笑んだ。
「人工の……空、雪、光。こんな世界が、あるなんて……すごいですよね」
「そうだね。二人にはいっぱい楽しい夜を過ごして欲しいんだ」
 歩むライセルとウィリア。その二人を振り返りアルファードはこの景色を共に見れたことに感謝を抱いて。
「クリスマスか……。向こうにいたときはただの年中行事だったが、君といるとハッピーだな!」
 そう告げたリオンにちらりと見上げたララは頬を緩める。普段ならば絶対に寄り付かない場所だけれどと告げたララにリオンは小さく笑う。
 手に持ったカップの暖かさに――普段より甘く感じたそれに小さく息を吐きだして。
 何より、心が温かい。こんな眩しい場所も彼となら、たまには悪くはない。そんな気がしてララはリオンをゆっくりと見上げた。
「さあ、こっちに」
 幸福を与える様に、ゆっくりと手を差し伸べて。握りしめた手のひらのぬくもりは――
 レストランにディナーを食べに行こうとエリザベートは心をときめかせる。予約制のちょっと敷居が高いところだとエリザベートはユーリエをちらりと見遣った。
「えりちゃん練達へは何しに……? あうう、ど、どうしよう、服装とかは……」
 迷うユーリエにエリザベートは準備はしっかりしてあると、まずはドレスアップをひとつ。
「ドレス着せてくれるの……? 嬉しい……私、この日のことは忘れないよ」
 頬を緩めるユーリエにエリザベートは柔らかに微笑んだ。お腹いっぱいに食べようねと微笑んだユーリエにエリザベートは大きく頷いて。
 聖夜といえばクリスマスケーキとチキンを家族と食べるのが定番だという冥利に葵は「ふむ」と小さく呟いた。
「確か、灰塚さんには恋人がいるとか。つまりは元の世界では一緒に過ごされてたんですかねーほうほう。
 私はこの時期が近づくとシャイネン・ナハト用の服を作っていますね。特にサンタという肩を模した服が人気なんですよ」
 冥利を見つめた葵は柔らかに微笑みを浮かべる。良ければ着てみませんか、と葵は楽し気に提案した。
 ウィンドウショッピングといえば承認にとって商法を学ぶいい機会だ。ほしいものを聞かれればないと答えてしまう晴明にリチャードはどこか困ったように肩を竦める。
「ハル、あっちに行ってみねェか」
 外に明かりがともるころに値段も味もそこそこの店があればと手招くリチャードに晴明は頷いた。料理を精一杯がっつく様子に「おお」と声を漏らした晴明は小さく笑う。
「店に出すのか?」
「ああ。これはいいな」
 口の周りの汚れをナプキンで拭いた晴明にリチャードは大きく頷いた。
「なんつー街並みだ……! 街灯から建物まで……こんな煌びやかな街、初めてだ!」
 驚愕に瞳を煌かせたアランに対してルミは新鮮な反応だと小さく笑う。あちらこちらと歩みまわるアランに連れられて、ルミは何か技術的なものが見れるかしらと小さく首を傾いだ。
「おい、アレはなんだ!?」
 驚嘆の声音にルミは顔を会える。折角のデートなのだから楽しもうと笑い、ゆっくりと彼の指し示すショーウィンドウに近づいた。
「あー、なんだ。デートって奴らしい」
 イルミネーションに行こうとめかしこんできたのだからと。前を行くイシリアを追いかけた。
 髪もお団子にして、首は寒いけれど――世流救に褒めて貰う為のおしゃれだ。
(そして、今日の目標は手繋ぎデートっす! ……世間には恋人繋ぎってのがあるんすよね……?) 
 無理しやがって、と頬を掻いた世流救はマフラーを彼女に巻き、手袋を片方彼女へと手渡した。
「空いた手は握っておけば冷えることもねぇだろ」
 お姉ちゃんとらぶらぶでーと。心の底から幸福そうに葵は頬を緩めた。この国は元の世界に戻る方法を探しているものだ。住みやすいかもしれないけれど、と告げる葵に茜は幸福そうに小さく笑った。
「こっちに来て日は浅いから、どんな料理が出るか楽しみー」
 フォークで一切れ救って、あーんと葵に差し出す茜はうちでも作れるかなぁ、と嬉しそうに首を傾いだ。
「えへへ、まだまだ終わらないよ」
「ホテルかぁ……豪華な部屋とか、ふかふかのベッドとか楽しみやねー」
 きらきらと街は光があふれている。眩い世界に幸福の色を感じながらシェーラは傍らを見遣る。
 大判のストールは寒さが苦手な愛しい人のため。顔を合わせて見遣って笑いあう、それだけで幸福で。
 寒がりも贈物も、お揃いなんて――嗚呼、それは嬉しくて。
「くすぐったいわ」
 でも、やはり、心のどこかが温かくなるほどに嬉しいから。
「雪でどういうことをするかって?」
 首を傾げたはぐるま姫にペーションは手近な雪を包み「こうやって二つの雪を重ねて雪だるまって人形を作るんだよ」と笑みを零した。
「ふしぎな感覚。……雪だるま、ね。これで私たちとお揃いね」
 ペーションの作成した雪だるまの肩口にはぐるま姫は自身が作り上げた雪だるまをちょこりと乗せる。
「お揃い。それは嬉しいなあ」
 お揃い――それは嬉しいことね、と頬を緩めた人形少女にペーションはゆっくりと頷いた。並び立つ『大きな』友人は『小さな』人形に本当に嬉しいのだと柔らかに告げて。
「……私は元の世界で見覚えのあるものが少なくありませんね。時代の差こそあれど」
 アリシスは小さく息を吐きだした。
 これが『練達』という国。『旅人』が主構成員ということだということがこの光景を見れば納得できる。
「人工雪か……」
 掌に落ちるそれを興味深げに見下ろしたアレフはアリシスの言葉に「私の世界は所謂魔法や神秘が極端に発達した世界だったが、興味深いな」と静かに呟く。
 夜に輝く光に目を細め、アレフは「夜の輝く人の営みの輝きは星々のように美しいな」と指先に落ちた雪をゆっくりと掌で包み込む。
 その静寂を受け止めてアリシスはゆっくりと瞳を細めて。
「人の在り方は、どの世界でも同じようなものなのかもしれませんね……」



「これより、巨大雪だるま作戦を開始する! 我が悪の秘密結社『×××』の威厳にかけて成功せよ!」
 ダークネスの言葉に『×××』の面々は承知したように雪玉を転がし続ける。
「クリスマス……今、バベル的な翻訳じゃないよね!? 同郷ってこと!? ねえ、あの、アタシ鈴木みや――」
 みや子の言葉を遮るように秘密結社の面々の声がこだまする。シャイネン・ナハトを精一杯楽しむが故なのだろうが、同郷である存在を探すみや子にとっては今は「あいつらっ」と毒吐きたい所である。
 ころころと雪玉を真面目に転がし続けるエルは「寒い」と小さくつぶやいた。小さめのスコップで地道に雪玉を固めていくエルにとって、慣れない作業であるのかもしれない。
「初任務……! 『巨大雪だるま作戦』を決行して見せますよ!」
 やる気十分なラクリマは総統たるダークネスの言葉や姿、そして、仲間たちの集める雪だるまを披露するように「素晴らしい」と瞳を煌かせる。練達でも悪の秘密結社の宣伝は怠らない。必要不可欠な情報だ。
 その様子を見つめていた一振は雪玉を作る――のではなく、その様子をスケッチしていた。作業も必要だが、風景をスケッチし記憶をしっかりと残しておくのも必要だ。
「あとは存在アピールならこれも必須だよね」
 広報活動も怠らぬ。総統を模した雪だるまの頭をすぽりと被り周囲の民衆たちへとアピールするように立ち回った。
「ほぉ~~、すごいですねえ。きれいで素敵ですねえ」
 周囲をくるりと見回したレーグラは見たことのない景色に瞳を煌かせる。ここまで技術が発達しているのだ火などの器具の使い方だって変わっているだろう――例えるに瓦斯、そして、定期配達などの配達面だ。
「お金も、余裕はないからな……丈夫で長持ちしそうな質のいいガスコンロを探そうか」
 様々な店舗が立ち並ぶ通りを歩みながら零はどこか不思議そうに首を傾ぐ。なるほど、幻想とはかなり文化レベルが違うようだ。
「ハウザーはポーションか……前の世界では見ないやつだな……」
「ああ。店主よ、このポーションは相場より随分と高いようだが、クリスマス価格などというのではあるまいな?」
 ガスコンロが欲しいという零の後ろを歩みながらハウザーは眉根を寄せる。もちろん、クリスマス価格ではないのだろうが、様々な物品の相場が違っているのは――なるほど、『練達価格』なのだろう。
 そんな様子に小さく笑いレーグラは「さぁ、お買い物続きですよぉ」と頬を緩めた。
「せっかくですしぃ、パンをパン粉にする器具をプレゼントしましょぉか」
 ファンの元へと歩み寄ったティシェとランディスは混沌に元から存在しているアイテムを探しているのだと告げる。
「アイテム……ですか?」
「そう。この世界に元から存在しているものを売買している場所はないかと思って」
「冒険譚とか噂でしか聞かないものとかっ! アイテムを売ってる穴場的なところってない!?」
 研究のために回収されてしまっているのなら残念だけど、と肩を竦めるティシェの傍らでランディスは瞳をきらりと輝かせる。
 一応、と店舗の場所を地図に示したファンは己もフィールドワーカーである以上、そういった物品には目がないのだと小さく笑った。
「糸目のにーちゃん、教えてくれてありがとーな! あんがとファンファンッ!」
「帽子屋の相手も、お疲れ様ね。また今度、お茶でもしましょう?」
 ことん、と首を傾げたティシェにファンは大きく頷く。古い書物などでも手にすることができればとひらりと手を振ったファンへとランディスは零れん程の笑みを見せた。
 商売人としての市場調査も大切な任務の一つ。ショップで鶫に似合いそうなものをと銀の指輪を購入したセリスは「鶫」と手招いた。
「はい……?」
「これ、いつも傍に居てくれて、支えて貰っているから……これはそのお礼だよ」
 口元に笑みを湛えて告げたセリスの言葉に鶫の頬がかあと赤くなってゆく。その赤みが登ってゆくことを感じて僅かに俯いた鶫は「え」と小さく呟いた。
「……宜しいの、ですか?」
 小さく頷く、セリスに鶫は頬を緩める。その左の薬指にシルバーをひとつ、飾って。
「イルミネーションなの! キラキラなの! 雪なのー!」
 跳ねる鳴は楽し気にヴェッラを振り返る。「きっとこれはヴェッラさんとの『でーと』なのっ!」と頬を緩めた彼女にヴェッラは小さく首を傾げた。
「ん? デートというのは大切な男に使うものじゃぞ」
「んー?」
 首を傾げる鳴に、まあいいかと言うようにヴェッラは小さく頷く。人工雪を見上げ、煌く海を眺める鳴の背中を追いかけたヴェッラに鳴はくるりと振り返った。
「はぐれないように手繋ごっ?」
「ああ、はしゃぎすぎてこけぬよう……はぐれぬように手を繋ぐのもありじゃな」
 頷くヴェッラに鳴は幸福をその両眼に湛える。最後にプレゼントだと差し出したのは菓子を詰めた小さな袋。まだまだ、鳴の好みの把握に至っていない――だから、今度は共に作ろうと一つ約束をして。
 特に誰かと過ごす予定もないけれど――一人気晴らしに街角を歩いてみてはクロバはウィンドウショッピングを楽しんでいる。
 ふと、手にしたのは女性もののアクセサリ。渡す相手もなければ、居た記憶もないけれど。
 嗚呼、けれど霞掛かった向こう側に何かあるのかもしれないとクロバは包みをゆっくりと手にして。
 眼窩に広がる景色は何処までも美しい――しゃお・りと幾度もその言葉を繰り返す。
 ラーシアやDr.マッドハッターはその記憶の治療は現在では困難ではないかと口にした。暁蕾にとって『しゃお・り』が己の名前であるのかもわからない。
 手にしていた黒のツーポイント眼鏡の入ったケースを撫でながら、思い馳せる。
 ああ、自分はいったい何者なのだろうか――?
 天空蓋に近いテラスに座れば、その手は届いてしまいそうだとシーヴァは笑う。
 聖夜を作ったのが人ならば、冷たい冬に晒されずともこの輝かんばかりの夜を存分に謳歌できる。人に作られたおだやかな雪も、この輝きの海を賑やかす一つなのだから。
 肌に触れれば消える煌めきは愛おしい。触れた雪は切なささえも感じさせるようで――「とても、綺麗ね」
 祈りの満ちた夜に、祝福を湛えてグラスを傾ける。だから、言うのだ。
「――輝かんばかりの、この夜に」

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