PandoraPartyProject

特設イベント

先行者パートⅤ


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 アリスは坂を転げ落ち、赤ずきんは狼の腹の中。
 塔の上でラプンツェルは歌謡い、眠り姫が起きる頃。
 世界は流転し、絶えず激動を与え踊り続ける。
 故に『混沌』。全てを飲み込み、自身の一部にせんとする暴食家。そして、これから終わりゆく世界の名前だ。神の観測を運命と呼ぶならば、物語の終わりはとうの昔に決まっているのだが――
「決まってねー方が面白いに決まってますよ。決まってたら困りますし」
 否、だと。少女は告げた。
 在り来たりな物語を終わらせて、『可能性』を蒐集しようと云う。
「可能性(パンドラ)による、混沌(パーティー)って呼べば愉快な感じじゃねーですか?」
 カミサマがいるならば、そんな言葉を掛けたに違いないと少女は言った。
 適当だ、と詰る者がいれば、そうだと納得する者もいた事だろう。
 その人波を眺めながらもアミアは『大規模召喚』か、と咄嗟に判断を下した。
「パッと見ただけでも面白そうな奴がゴロゴロいるな」
 新しくイレギュラーズとなった者だけでなく、この大規模召喚に乗じて神殿へ集まってきた者たちもアミアにとっては好敵手だった。
「狐が全世界で一番強く、カッコいい生物だって知らしめる絶好の機会じゃねぇか!!」
「まあ、神様も結構いい加減やけどな」
 数だけ集めて、と批判的に述べながらもフルクオールの口元には笑みが浮かんでいる。
「せやけど……人が増えたら戦争も増えるんやろ? 戦う機会が増えるんは僕にとって好都合」 
 早く戦いたいと好敵手を歓迎する一方で九虚路の様に期待を込めて走る者もいる。
(もしかすると我が生き恥を晒さぬよう止めを刺してくれる人がいるかもしれない……!?)
 最大の好敵手『オーク』を放り出して走り出す九虚路の未来に暗雲立ち込めている可能性があるが……それはまだ知らなくて良い事だ。
「これは、チャンスだにゃ……混沌の時が来るにゃ! 出会いだにゃ! 新たな出会いが群れをなしてやってくるにゃ!」
 ぴょいん、と跳ね上がり。杏紗はガッツポーズをとったままに走り出す。
 そんな杏紗に「しっ」と唇に指先当て合図したのはポルニャレフ。
「何か悪いことが起きるかもしれないニャ!」
「にゃ、にゃんと……!」
 恐怖をその表情に浮かべた杏紗にポルニャレフはゆっくりと頷いた。
(これは悪の組織に襲われて逃げて来た『こーはい』が居るかもしれないニャ……!)
 正義のヒーロー、ポルニャレフは大規模召喚について理解はしていない。どうするにゃ、と慌てる杏紗に「大丈夫ニャ」と正義を満ち溢れさせ頷いた。
「困った『こーはい』は先輩が助けるニャ!」
 ヒーロースイッチの入ったポルニャレフが走り出す。その背中を見送った杏紗は「にゃ?」と小さく首を傾いだ。
「さてねぇ、大きな戦でも起きるといいのだけどねぇ」
 ローブで顔を隠した幸江はくつくつと喉を鳴らして笑う。神殿を見下ろすことが出来る高台で、見据えるは新たな『可能性』達。
 彼女の感じる期待は大きく膨らむばかり――戦いの気配は不安を持掻き立てる。
「……随分と異なる趣の者が増えたんじゃの……」
 ヴェッラは不安げに周囲を見回した。相まみえることが合えば一戦交えてみたいが――この珍妙な現象(たいりょうしょうかん)は『世界の終焉』を戯言と笑う事は出来なくなるという事だ。
「ふむ……どうやら、何か壮大な物語の『プロローグ』に立ち会ってしまったかの様だ」
 霧雨の降る廃墟が覗く大穴より空を見上げた莉兎は期待をその両眼に溢れさせる。
 脳裏に過るのは『神託の少女』の姿。
「じゃあ、この世界の物語をかたらせてもらおうじゃないか。
 きっと、それがオレがここに呼ばれた理由だから――」



 この物語には今この瞬間に召喚された者は出てこない。
 混沌世界が連綿と続けてきた召喚なる出来事に巻き込まれつつも、それが『今』ではない――大規模召喚なる世界のトピックスをその外側から眺める『主人公達』の時間を描いたものである。
 大いなる大召喚がやがて来るという神託の破滅の日の前触れか、はたまた混沌世界の与えたもうた福音なのかはこの世界に先住し、運命の根を張った彼等にも分からない不明だが、少なくとも彼等はこの世界を知っている。
 言ってしまえば、この世界に住んでいる、この世界の一員たるのだから――見える風景も多かれ少なかれ違うのだ。

「この世界はこれから、大きく変化しようとしている……」
「……そう、ですか」
 フェルディンの背に隠れていたまいちは不安げに周囲をきょろりと見回した。
 まいちにとって、幻想に居ること自体が不安の種なのだろう。早く帰りたいと願うのは家族や友人――自分の人生さえも置き去りにしてきてしまったからだ。
 特別な力もなく、普通の自分に何が出来るのかと不安げに見上げたまいちへとフェルディンは柔らかに微笑んだ。
「大丈夫。キミの事は必ず護るさ」
 騎士の誓いを口にした彼の袖を護られてばかりで良いのだろうかとまいちはゆっくり掴んだ。
 赤いアフロのマックに危機は迫っていたのかもしれない。
 かの暴虐の王――白服の髭が現れるかもしれないと!
 大規模召喚を察知した彼は不安に胸が押し潰されそうだと奇妙な踊りを踊って見せる。安寧の地を得られるのか……これは戦争だ。彼の中でだけの……。
 雑踏を見回してFiloはぱちりと瞬く。ギフトで作る霧を纏って「おかあさんはどこかな」と踏み出す一歩は軽く踊るが如く。
「つかまえたらいっぱいほめてね。おかあさん」
 まるで、遊んでいるかの如く。軽やかに踊ったFiloはこの日常が続くことを祈り乍ら。
「大規模召喚……。目標が増える可能性、あり……素直に喜べない」
 紫陰が探すは雑踏に舞うFiloの姿。「……と。捕まえる……待て、まてー」
 追いかける紫陰は暗殺者として召喚された人が目標となった事もあるので不安だと感じながらも今は楽しむ事だけを優先した。
 街角のベンチに腰掛けて人波を眺めていたアイリスは空中庭園で行われた大規模召喚を感じ取り目を細める。
「面白いことになりそうですね」
 呟きと共に、ゆっくりとベンチから立ち上がればその一歩から世界が変わる錯覚がアイリスを包み込む。
『民衆のフリ』をしながら御前は人々が口々に叫ぶ『大規模召喚』を楽し気に聞いていた。
(ちょうどいい……世界を救う物真似を始めてみようか)
 平々凡々とした物真似には飽きて来た。勇者か、正義のヒーローか、それとも悪の権化となるかは分からない。世界を救う可能性を集める『物真似』を楽しもうと唇は吊り上がる。
 木漏れ日の下、柔らかな草の上に絵本を広げていたさあやはぱちりと幾度も瞬く。集まったハチドリたちに読み聞かせをする穏やかな時間は『予感めいた』もので中断される。
「賑やかなのはとても良いことなのですよ」
 凪ぐ風に髪を抑えて目を細めるさあやは「お母さん、これからたくさん頑張っちゃいますからね」と拳に気合を込めてふんわりと微笑んで見せた。
 いつも通り。その言葉を使い古したいほどにシュライファは『いつも通り』を過ごしていた。
 家族全員で集まり朝食を食べ、幼い弟や妹の身支度をお手伝いさんと共に整え、父と共に家を出る。そんな当たり前を変えた仄かな予感。
「私も、立ち上がらなければいけない時が来たのでしょうか」
 唯の染物屋兼仕立て屋。自分をそう譬えるシュライファにとって何かを成すことが出来るのか、それは漠然とした不安として横たわっていた。
 パンを齧ったクルリアは1か月前に混沌世界の住民に拾われた自分のことを思い浮かべる。同様の境遇となった新たな『可能性』達。
(私ができることは受け入れてくれる場所を教えてあげる事と秩序の維持……)
 脳裏に浮かんだのは優しい花屋の姿。世話になっている相手に危機が及ぶことは何としても防ぎたい。
 幻想の街を包み込む喧騒に紛れながらナディヤは息を潜める。争いを終えた悪人か、それとも善人『だった』モノを見つめながらナディヤは仕事仲間を振り仰ぐ。
「戻りませんか?」
 大規模召喚、胸騒ぎがすると踏み出すナディヤは世界が変われば生活が変わるのだと良くよく理解していた。
「……楽しくなると良いんですけど」
 世界の変化は己にも及ぶことをロードはよく知っている。大規模召喚と燥ぐ心をそのままに、自宅の扉に鍵をかけてロードはゆっくりと振り仰いだ。
(私の世界の人は滅びてしまったけど、この世界には沢山の人がいるからとても嬉しい)
 大きく頷き、目指す場所は遥か空の空中庭園。楽しみだな、とスキップで街を駆け出すロードは止まらない。

 ――どさ。
 大きな音を立てて崩れ落ちた本の山。大欠伸を漏らしたジゼロはまったく、と嘆息した。
「何が起きるだか……。まあこれだけの人数を呼ぶんだ。それだけ必要な災(コト)でも起きるんだろう」
 皮肉気にぼやき、ぼさぼさ頭を掻いたジゼロは窓の外に視線をやる。
 広がる青空は何時も変わりない。
 幽にとって『青空』は災難と幸福を混ぜ込んだスープのようだった。
 いつも自分をぶつ父親は呆けた顔をして『青空』を眺め、自分を蹴る兄たちは慌てた様子で外へ飛び出した。溢れかえるバケモノの群れを見上げたその背景の青空を幽はよく覚えている――飛び散る赤の向こうから顔を出した見知らぬ人。
 運命の変わった日、一人の少年は可能性を手に入れた。



「あーまったく!」
 拗ねた様に唇を尖らせてカメリアはソファに深く沈む。「随分制限かかったわよね」と拗ねたのは致し方ない――元の世界と自身の能力には盛大な解離があったからだ。
「あたしよりはいいじゃない。親しくなるだけで支配能力ゼロ」
 拗ねたウィスタリアは「半日だけとか手品と変わらないわ」と毒吐いた。
「そうね、気晴らしでも――」
「リアがそうしたいならいいわ。『美味しそうなの』いっぱい増えたみたいだし」
 ウィスタリアとカメリア。二人の『リア』は顔を見合わせ『パパ』に笑みを溢す。
「『いつも通り』お留守番をお願いね、パパ」
 華やぐ街で歌謡い沙夜が奏でるのは美しい旋律。聞き入る人々を見つめた青の瞳はゆっくりと細められる。
「御静聴、ありがとうございました」
 ゆっくりと頭を下げた彼女が見上げる先には空中庭園――きっと、戸惑う人もいるだろう。少しでもお手伝いできればと、次に歌う場所を定め彼女はゆっくりと歩き出す。
(金も底を尽きそうだ……。どうやって生きるか……)
 悩まし気に頭を抱えたAdellheidはベンチに深く腰掛ける。
 元居た場所から離れ、旅をしたがいいが職がなく、『これから』を考えるたびに頭痛がする。
「……大規模召喚?」
 口にすればそこには僅かな希望があった――大規模召喚、そう、『新しい人が来た』のだ。
「そうだ! 戦闘経験がないものも異世界から来るだろう!
 私も訓練は在れど実戦経験はない! 『それに混じるべきだ』!」
 早速向かうはギルド『ローレット』。Adellheidは期待を胸に革袋を手に走り出す。
 作り上げた刀を手にユウヒは目を伏せる。
(――今まで多くの武具を用意してきたのは『今日』のため)
 鎚をふるうたびに弾けて消えた火花。何時か必要になると語っていたから、これから出会う伝説と武勇伝に心は弾む。
「さぁて、伝説の武器でも作りに行くとするか!」
 聞こえる音は伸びやかに。【喜動楽団】ヴィオレンツィア――Violenzaは演奏を終え、ゆっくりと顔を上げた。
「bruyant……、騒々しいわね。新しい旅人君たちが沢山来たのかしら?」
 喝采を受けるViolenzaの目指す先はギルド。『これから』の話をするために――
 からん。溶けた氷が音鳴らす。
 突発的なリサイタルと、騒ぐ人波を眺めながらスノウは空中庭園がやけに騒がしいと息を吐く。
「まぁ、あたしにゃ関係ない。生きるか、終わるかは流れに身を任せる」
 頑張る気が無いとスノウは頬杖をついた。頑張れどこかの誰かさん。
 その声を耳にしたかのように、モルトはゆっくりと顔を上げた。
「フッ……大規模召喚か……ついに運命が廻り始めるときが来たと言う訳か……」
 髑髏の仮面。モルトは天義に急ぎ戻らねばと古ぼけたローブを風に揺らす。
「わ」
 人波に押し流されそうになりながらチャンドラはキャリーカートを押さえた。
 日々の仕事をこなしながら、荷物と手紙を確認したチャンドラは街中に見知った顔がいないかと周囲をきょろりと見回した。
 鍛冶屋を営む茜にとって客足は重要だ。商売繁盛を見越し「一体何人なんだ?」空中庭園を振り仰ぐが正確な数は見た目ではわからない。
「総動員で地獄絵図、なんてのも面白いんじゃないか」
 店の軒先で、ぴりぴりとした気配を感じながら舞姫は馨しい花を手にする。
 花は心を穏やかにしてくれるから――花屋兼喫茶店『はなさき』の前で待つ彼女は変わりゆく世界の様相の中でも平穏に過ごさんと笑みを絶やさない。
「それにしても……何かが起こる予感がするわね」
 本能的に感じた胸騒ぎは確かな予感に変わる。ギリアスは大規模召喚と口の中でつぶやいた。
 カミサマは絶対的だ。混沌世界では明確な神格は定義されていないようだが――『神託の少女』と彼女が話を聞くことのできるカミサマの存在は明確に『ある』とされている。
 人の運命に否応なしに介入し、その運命に『自己中心的な意味』を持たせようとする。
「……気に入らねぇ」
 雑踏の中、ギリアスは唇を噛み締める。
「……俺は俺のやりたいことをやるだけだ」
 大規模召喚、特異運命座標。その言葉を脳裏に巡らせながらセレステは不安げに青空を仰ぎ見る。
(これから色々な事が起こり、大きな戦いに巻き込まれていくのでしょうね……)
 他人を傷つける力は入らないと、目を背けて来た眠れる力。それと向き合う時が来たのだとセレステは己の掌を見つめる。
 ――強く、ならないと。
 亡き師父を弔った墓に手を合わせガルバードは短く祈りを捧げる。
「行ってくるよ、爺さん」
 師父は『世界がお前を呼ぶだろう』と言っていた。
 漠然としか理解できなかった師父の言葉、それが今では予感としてその胸に確かにあった。その拳を、その脚を、誰かが呼んでいる気がして。
 住み慣れた家に背を向け、走り出した。さあ、見た事のない世界へ――



 剣を振るったシフォリィは青い瞳を細め、肉刺のできた掌を見つめる。
(世間知らずでは、いられない……!)
 名家の生まれとして蝶よ花よと育てられたシフォリィにとって特異運命座標となった事は人生の転機だった。こうして丸太を相手に剣を振るう、今まさに起こったばかりの大規模召喚で『共に戦う存在』の為に。
 聞こえた羽音に目を細めてミリセントは小さく伸びをする。虫たちが運んでくる話は多岐に渡る。好奇心の赴くままに旅をしていたミリセントにとって『ローレット』の存在は無視できるものではなかった。
「大規模召喚、沢山の変人……楽しくない筈がないもんネ!」
 大規模召喚に気づくことなく灰は汗を流す。普通の労働者であった彼が戦場に立つのは並大抵の努力では無理だ。だからこそ、彼は訓練場で劣等感を振り払うように刃を振るう。
 振り仰げば青い空――聞こえる声音で『事』を知った時、彼はもう一度誓うのだ。
(彼らに恥じぬ自分で居られるように……)
 窓の外は冴え渡るような青が広がっている。
 メニアは特異運命座標である己が旅立つ時が来たのだとゆっくりと窓の縁へと触れた。
(私も特異運命座標だ。いずれ世界を揺るがす時間が起こるとは思っていたが……)
 大規模召喚。幻想の腐敗した政治を傍観することを赦せない己の心をそのままにしておけるわけもない。
 自身が一歩、踏み出す時が来たのだと決意したメニアの表情は明るい。
 鳥のさえずりを聞きながらライラは旅支度を整える。
 特異運命座標であっても、実家から出ることを考えてはいなかった。しかし、大規模召喚だ。未だ見ぬ世界の人々が一斉に召喚され空中庭園に現れたのだという。
 世界の危機など何所吹く風、吹く風の如く彼女は広い世界へ踏み出した。
「わたくしはただ、自分の見たいもの、感じたいものを求めるだけですわ!」
 縁側で一つ伸びをしてみ猫は眠たげに瞬く。
「大規模召喚、なあ。……いよいよ、きな臭くなってはりますましたにゃあ」
 イ草の薫が鼻先を擽り、み猫は青空を仰ぐ。空の向こう、来たばかりの旅人たちは戸惑っているだろうか?
「……一先ずは新しく来はった旅人はんを歓迎せなにゃあ」
 それは口実――本当は、『自分が気になるから』だけれど。
 屋根の上、猫と戯れていた椿は体を起こし首を傾ぐ。何か感じ取った気がした、それが気のせいかともう一度転がればその頬に猫たちは擦り寄る。
「大規模召喚……?」
 首傾げ、青い空を見上げれば猫たちは相槌を打つように尻尾を揺らす。
「……何だかこれから大変な事でも起きそうな雰囲気だね」
 まるで明日の天気を気にするように、素知らぬ様子で椿は猫へと告げる。
「――来たか」
 吹き荒れた風に煙草の煙も攫われた。ラズェは岩の上にどしりと腰掛けたまま遠く空を見遣る。
 自身の時もそうだったのだろうか?
 大規模召喚された者たちが、この世界にとっての正しい道を進んでくれることを祈りながら彼はもう一度、煙を吐き出した。
 鉄帝の端、地下室で頬を紅潮させながら旅支度を整えるランヤはナイフを取り出した。
 磨かれた其れはランヤにとっての武器。
(英雄になりたいワケじゃない)
 神託は利用できる。覚悟を疑って見下げた同郷の人間に目に物見せることが出来る。
『自分の評価を上げる』。その転機にはなんだって利用して見せる。
 コロリョワ邸にてクラサフカは鍋を見つめていた。
 草木を利用し、成分を取り出したソレを瓶に詰めながら悩まし気に首を傾ぐ。
(――覚悟は、決めましたもの)
 薬とされるものを毒と使えば彼女を視る周囲の視線は変わることだろう。
 毒使いと呼ばれ忌避される。それでも進むと決めたならば。瓶に蓋をし鞄へと詰め込む。
(私の道、ですもの)
 何処とも知れぬ白の上、ちいさなピリカラはぼんやりと宙を眺める。
 風に乗って空を漂う自分を夢想して、何かの予感にぱちりと瞬いた。
「そうだ。客人を招こう」
 城が寂しくないように、ピリカラが楽しくなるように。そうと決めれば忙しくなる。
 城についての広告を作って新たな来訪者たちに渡さんといそいそと準備を始めるのだった。
 森の奥の屋敷でぼんやりと宙を見遣った『彼女』は、いつも通りの日々を過ごしていた。
 いつも通りに起床し、朝食を取り、何気なく開いた窓の向こう――吹く風に記憶がふわりと舞いあがる。
「……一度くらい覗きに行ってみるとしようか」
 そうして、彼女は刀弥となる――少し前の話。
「リヴ?」
 ソファにごろりと転がっていたマリネは顔を上げる。ふと顔を上げたオリヴァーも「リネ」と一つ呼んだが、何事もなかったように本へと視線を落とした。
 マリネとて同じだ。何事もなかったように読書を続け、普段通りの日常を謳歌する。
 そう、動かなくちゃいけないときは、待って居ても来る。だからこそ、『何時も通り』を楽しむのだ。
「はい、皆一列に並ぶですよ」
 孤児院の子供たちにパンを配るミミは啓示を受け取った。凪ぐ風と共に運ばれた気配に彼女は髪を抑え「そうですか」と小さく呟く。
「……ミミの助けが必要になる方もいらっしゃるのでしょうか」
 ぽそりと呟き、見上げた空中庭園は今も多数の『可能性』達が召喚されているのだろう。
「争いの激化か……凄ぇ楽しみだ」
 人斬り――桐子は酒を仰ぎくつくつと喉を鳴らし笑う。
 ローレットの活動もこれから広がる事だろうと桐子は酒場のマスターにグラスを揺らした。
「大規模召喚(これ)を機に色々珍しいものを斬れそうじゃねぇか」
 楽しみだ、と笑った声に返されたのはグラスに注がれた酒の水音。
「へぇ、大規模召喚――……」
 避けられぬ流れなのでしょうね、とコロンは口元に笑みを浮かべる。
(ずっと重い腰を上げずにいたけれど……わたくしも力をつけねばならぬ時が来たようだわ)
 何かの為に動くなんてガラじゃないけれど。
 コロンは嗤う。もう、とっくの昔に巻き込まれた事なんて知っていたのだから。
 世界は無慈悲で惨酷だ。それは今も昔も変わりなく――可もなく不可もなく続いていくルーティンだ。
『自分の世界』ではみ出し者になったシグルーンにとって、この世界の有様は『幸運』の塊だった。だからこそ、小さな嘘をついて見せるのだ。
「こんにちは。シグは『カオスシード』のシグルーンって言うんだ。ようこそ。
 この世界は――下は地獄、上は神殿。針の上へ踊る世界へ」



 リプレイ:夏あかね
 監修:YAMIDEITEI

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