PandoraPartyProject

特設イベント

先行者パートⅣ


 ――クリック? クラック!

 アリスは坂を転げ落ち、赤ずきんは狼の腹の中。
 塔の上でラプンツェルは歌謡い、眠り姫が起きる頃。
 世界は流転し、絶えず激動を与え踊り続ける。
 故に『混沌』。全てを飲み込み、自身の一部にせんとする暴食家。そして、これから終わりゆく世界の名前だ。神の観測を運命と呼ぶならば、物語の終わりはとうの昔に決まっているのだが――
「決まってねー方が面白いに決まってますよ。決まってたら困りますし」
 否、だと。少女は告げた。
 在り来たりな物語を終わらせて、『可能性』を蒐集しようと云う。
「可能性(パンドラ)による、混沌(パーティー)って呼べば愉快な感じじゃねーですか?」
 カミサマがいるならば、そんな言葉を掛けたに違いないと少女は言った。
 適当だ、と詰る者がいれば、そうだと納得するものもいた事だろう。
「……マジか」
 そう呟くクラウンは外注先(おとくいさま)の『お嬢』が文句を言う事を考えて酷い頭痛に襲われていた。こうもなれば、今まで通りの仕事は受けることは出来ない――惨酷な令嬢だ、使えぬ駒だと嘲笑うに違いないと彼は頭を抱える。
「おー……なんか変な奴らがワサワサ出てくるな」
 大規模召喚の様子を眺めていたヨハンは首を傾ぎ周囲を見回す。
 共に働くことになる仲間達だ。どの様な相手であれど楽しく過ごせることが一番だと尻尾を揺らす。
「上手く付き合えるといいがなー」
 Jはヨハンの言葉を聞きながら壮観だなとシケモクに火をつける。
(あれ全部特異運命座標かよ。そのうち何割かが旅人か……)
 商売相手が増えるという点ではJにとってもありがたい話だが――予兆の様に何かを感じる。
「さて、鬼が出るかね、それとも蛇が出るかね……」
 先行者達の動きも様々だ。この大規模召喚を察知して空中庭園に訪れている者も多いが――大規模召喚の始まりに召喚され、どうしたものかと迷う者も多い。
(さて、どうしたものか……)
 特異運命座標として召喚されたはいいが非力なメアリにとって一商人で出来ることはたかが知れていると妙な実感があった。
 今まではギルド『ローレット』と関わる機会があったわけではない。
(分からないことが多すぎるな……)
 転がる小石を蹴り飛ばしたメアリは小さく溜息を吐く。
「キタキタ、来たワ☆ 大規模召喚ッ!
 嬉しくてキャスト☆オフしそうになったワ!」
 瞳をキラキラと輝かせ、モモは「キャァ☆」と万歳する。
 戸惑う旅人たち、純種達をギルド『ローレット』へと案内する役割を担うと楽し気に微笑むダイナマイトボディの彼女は幸せそうに手を振る。



 この物語には今この瞬間に召喚された者は出てこない。
 混沌世界が連綿と続けてきた召喚なる出来事に巻き込まれつつも、それが『今』ではない――大規模召喚なる世界のトピックスをその外側から眺める『主人公達』の時間を描いたものである。
 大いなる大召喚がやがて来るという神託の破滅の日の前触れか、はたまた混沌世界の与えたもうた福音なのかはこの世界に先住し、運命の根を張った彼等にも分からない不明だが、少なくとも彼等はこの世界を知っている。
 言ってしまえば、この世界に住んでいる、この世界の一員たるのだから――見える風景も多かれ少なかれ違うのだ。

 ぽかりと浮かぶ煙を見上げてイスカイアは大規模召喚の気配を察知する。
「……っと、なるほどな。いよいよ始まるってことか。俺が運命に選ばれたって話は、眉唾でもなかったらしい」
 世界を救うなんてガラじゃない。只、世界を買い出た居てやるだけだとイスカイアはソファにだらりと凭れ掛かる。
 特異運命座標と呼ばれる彼らにある『可能性』。実感伴わぬままに『神託の少女』の元へと召喚されたのは何時の話だったか――彼女は言っていた。

『このままでは世界は終焉を迎えます』――と。

 もう覚えてないけれど、その言葉は「面白かった何かの話」としてもこの頭の中を巡る。
 マスコット姿で果物を齧っては寝るだけ。見慣れぬ生き物が増える世界にもこの心はサーカスを見ているように華やいで。
(何か面白いことが始まるのかな?)
 ふらり、と雑踏を目指せば歌謡いが楽し気にショーを繰り広げる。
 金に成りそうな話を探して『ラブソング』を謳うルコは「やあ、お嬢さん」と民衆へと語り掛けた。
 ビューティーフェイスと美声を持って女性を虜にすると歌う彼の視界の端に空中庭園。
 カミサマの意図が何かは分からない――けれど、何かが起こることは確かに実感として存在していて。
 記憶の片に『不思議な世界に落ちた』という事しかなくて。大規模召喚の話に桶を引っ繰り返したように言葉が奔流として流れる様子と永久は横目で見遣る。
 噂、噂、伝播するそれを聞きながら関係ないことだと首を振る。
 明日の飯と過去の記憶。先と過去。それが日々のすべてになるから。
 さ、と手を伸ばし林檎を一つ奪い取る。弾みで転がったもう一つは気にせぬままに雑踏へと姿を消した。
 落ちた果実を拾い上げブランシュは周囲を見渡した。
「あ……沢山の……人が、来たの……ですね?」
 人がいない時間じゃないと、とフードを目深に被り、不安げな様子のブランシュは人々が口々に話し続ける大規模召喚に怯えた様に「リンゴ、」とゆっくりと差し出した。
「あの……リ、ンゴ……く、くださ……い!」
「ん、あめか、って」
 くるり、と舞香はターンをし飴玉を一つ掌に乗せている。その視線の先で肩を竦めるラーシアは「お買い出しをしたらローレット、ですよ」と笑い掛ける。
「おおー、きょうは、いにしゃーる、ぜーーっとがいっ、てた。だいき、ぼ、しょーかんの、ひだねー」
 先輩として頑張らないとと笑いながらも飴をせがむ舞香は幼い子供のようで……。
 イニシャルZ。ざんげ。ざんげちゃん。
 彼女の言っていた『世界の破滅』。幼い子供が好きな『おとぎばなし』が其処にはあった筈だ――アリシスは今は何をするにも情報収集が大事だと雑踏を行く。
 食料の買い付けと一緒にギルドを回れば様々な情報が耳にも入った。
「世界の運命が廻り始める……と。そう言う事ですか」
 ゆっくりと見上げた先には動乱の『空中庭園』――ローレットへ行こうと口々に言う冒険者に背を押される様にアリシスはゆっくりと歩み出す。
 未知に触れて未知を知り既知と成す。今日も今日とていつもの暮らし。
 Amonetに掛けられたのは八百屋の「何時もより量が多いな」という何気ない一言。
「そりゃアレだよ、君。しばらくは混むだろうから、買いだめを、だね」
 清楚さを広めてもらおうかなと林檎を齧るAmonetは勿論、世界からのプレゼントを使用してと小さく笑う。
「む、これは―――」
 違和感を感じノーラは首を傾げる。帽子を揺らして店を渡り歩けば、周囲で起こるは混乱。
 人が増えるだとか、買い溜めをしなくてはだとか、ローレットへだとか、空中庭園へ行ってみよう――そんな話題が交じり合う。
「つまらんのう、何か面白い事でもおきんのかー!」
 ――今から、起こるかもしれないとノーラの足取りは軽く。
 茶葉を手にしていた朱音は暫くは新たな『可能性』達で込み合う事を理解して、何となく肩を竦める。
(……そうねぇ、先にお茶っ葉も買い込んだ方がいいですか)
 これから街も賑わいを増す事だろう。こんなにも大きな召喚なのだから。



「ふふ、ふふふふ! 始まるのね! 始まるんですね! 物語が!!」
 屋根の上、手を広げ四音は楽し気に謳うように朗々語る。
「楽しみ、楽しみだわ。どんな物語になるのかしら。悲劇? 喜劇? 恋愛? 冒険? 活劇?
 くふ、くふふふふ、見たい、見たい、見たい、みーたーいー!」
 全部全部が楽しみだと四音は興味の儘にくるくる踊る。
 それは伝染(うた)う者とて同じだった。リュートの中年男は物語を喰らうが為に心を躍らせる。
「食べ応えのある物語が訪れそうだ」
 期待に胸を膨らませ、物語の序章を謳う――終焉を回避する物語だと。善悪に問わず、只、可能性を集めるのだと。
「賑やかだなぁ。今日は戦勝パレードなんかあったか?」
 ドイツ軍人の誇りを胸に、祖国に帰る為に傭兵を生業として生きて来たエルンストにとって、この喧騒は期待に胸を膨らむ他にない。
 戦勝パレードと称すのは彼の『軍人』としての感性なのだろう。誰もが見上げた空中庭園――それは創も同じこと。
 紙飛行機を投げ込めば、強く吹いた風に飛ばされていく。
「ああ、どうもこんにちは」
 風に乗る様にふわりと舞って居たアルエットは創に柔らかく会釈を返し「かみひこうき?」と問い掛けた。
「ん? ああ、紙飛行機を折って飛ばしてたんだ。まあ、日課のようなものさ」
 紙飛行機を見上げたデイジーは「そこのお主!」と近くにいた民衆に声をかけるが……。
「この騒ぎは一体何じゃ? 妾に説明することを許すぞ」
 逃げられた。
 むう、と唇を尖らせて『あざとい少女』の様に「おにいちゃん」と声かけた彼女は首をこてりと傾げて見せる。
「ディーに教えて欲しいな♪」
 大規模召喚です、と告げる民衆に「面白くなってきたのう♪」と『あざとい少女』モードと取り払う。
「え、えーと」
「ああ、お主はもう用済みじゃ。帰って良いぞ」

 ぱちり、と目を覚ましたシャルロットは「ふあ」と小さく欠伸を噛み締める。
 アーベントロート領。里帰りで趣味以外は惰眠を貪り続けていたと彼女はころりと転がった。
(明日から本気だそう……)
 だから、今は――ぐう……。

 ところ変わっても『お寝坊さん』は沢山居る様で。世間が騒がしくとも眠たい時は眠るのが人間の欲求に従った結果なのだから仕方がない。
「ん、……ぁふ」
 ぐぐ、と伸びをしたよろずはギルド『ローレット』の片隅で「おなかへりとねむけがかさなるとなんだかよくわからなくなります」と切なげな腹の音を鳴らす。
「ん、しょーかんするんですか? ごはんが、いっぱい……」
 よろずさんが『おにいさん』に見られる可能性、とふにゃりと笑った彼は又も眠りの縁に。
 普段ならば寝ているはずのリオンは体を起こし「召喚……」と瞬く。
「そうだな、もっと騒がしくなるだろう……けれど」
 もう一度ごろりと椅子の上に転がれば目蓋はゆっくりと閉じられていく。
「……もう少し寝かせて欲しい。騒がしくなる前に」
 何処だって寝てしまう。もしもし、とラーシアに起こされるまであと少し。
 鍵師としての仕事の最中であったナタルは召喚されたばかりの面々との挨拶を交わしていた。
 足や尾羽が有れど、彼が口にしなければ誰もダチョウと気づくことはない。
 取り敢えずは交わした挨拶。さて、仕事に行くかとおろおろと周囲を見回すユリーカの元へと彼は向かう。
「おう、貸してみな」
 喧騒の中でも変わらぬ日常もあれば、変わることを実感するものだっていて。
 つい一週間前に召喚されたばかりのヘイゼルにとって『半端な時期に召喚された自分』というレッテルが何となくむず痒い。
(一緒に召喚されていれば旅人を騙っているなどとあらぬ嫌疑をかけられずに済んだのに……)
 気苦労は多いものでローレットの片隅でがくりと肩を落としたヘイゼルはそれでも忙しくなるのならと気合を一つ入れ直す。
 賑わいに目を回しているユリーカの手伝いを買って出た和生は如何したものかと肩を竦める。食事を提供する場所も『可能性』達で混雑している。近場のコルクボードの前で談笑する者たちに「何かどうですか~?」と聞いたユリーカの『ばつぐんのきおくりょく』が炸裂していたのだ。
(美人にサービスはいいけど、まあ、野郎は知らん)
 そんなことを言いつつも、帰り際に余った食材を大量に戴いて妹が全て平らげる未来が見えている和生は何となく肩を落とさずにはいられないのだ。
 ギルドに並んだ顔は何れも見た事がないものばかり。リゲルにとって『異形』だと認識できたのはどれくらいの人数だろうか。眼前に広がる存在は何れも『パンドラの箱』と呼ぶに相応しい顔ぶれか。
 世界が歪な均衡の上に成り立っているのなら、壊れてしまえばいいと胸の内に湧き上がる思いをリゲルは抑えることが出来ない――だが。
 マジックを使用し呼び込みを続けるビアンカに掛けられた言葉で彼は笑顔へと戻る。
 空から降った花弁が彼女の周りと包み込む。花弁と共に降り注いだチラシはリゲルの元へと届けられた。
「よかったらあたしがやってるギルドに来てみない? まだ何もないけど、ラブ&ピースがあればなんだって出来るわ♪」


 黒檀のベッドに寝そべってモルフェウスはだらりと宙を見遣る。
 紅茶の用意をしたレイチェルが乱雑にソファに座れば、モルフェウスは片手で軽く礼を言う。
「これからどーする? 面白いことになるなら俺は乗ろうと思うんだが」
 ドクターレイチェルの言葉にモルフェウスは「わたしは肉体労働は専門外だが、」と続けた。
「ギルドとしては動きやすい状態だな……? なぁ、店主よ?」
「なるほど、機は熟しつつある……か」
 相手のいないチェス盤。一つ駒を進めたギルバートはレイチェルとモルフェウスの視線を受けて、喉をくつくつと鳴らした。
「この機に乗じて我等も動く。邪魔する者は倒して進み、必要であれば奪い取る。
 目的の達成には血の誓いを。梟の瞳――――活動開始じゃ」

 豪奢な屋敷の一室から浮かび上がるは灰の煙。
 ティータイムを楽しむ様子を仰ぎ見たリチャードは眩しい物を見るが如く僅かに眉を潜めた。
「リーンの菓子は美味じゃからのう」
 幸福そうに頬いっぱいに菓子を詰め込んだナナルカにクランベルは「お嬢は沢山食べるもんね」と大きく頷いた。
「そういえば、買い出しの途中で『大規模召喚』がどうとか?」
「ふむ……血の騒ぐ日々が来る気配じゃ! りっちーにも何か持って行ってやるかの」
 りっちー――リチャードが目を離した隙に菓子の入ったバスケットを抱えるナナルカ。
「まって、お嬢、今、おじ……ご主人様は入室禁止だ……嗚呼、追い掛けなきゃ!」

 高台から見つめていたラノールは「中々いい顔つきの者がいるな……」と呟いた。
 新たにイレギュラーズとなった者たちが街に降り立って様子を眺めるのもまた一興だ。
「見たまえラノール君! 人がゴミのようだぁ!」
 ばしり、と遠慮なくラノールの肩を叩いたクルィーロは興奮した様子で周囲を見回した。
 その一方、路銀はピンチだが特異運命座標となった事は善き伴侶を探せるチャンスだと意気込むアイナが早速『出会った』のは、
「騒がしい方ですね。マロンちゃんのように冷静クールを見習っ……あいたっ!?」
 ――クルィーロの声に顔を上げていたマロン。
「わっ、も、申し訳ありませんの……この無礼は働いて返しますわ……!」
 顔を上げ、慌てて頭を下げたアイナにマロンは首を振る。大丈夫だと新たな友情が芽生えている最中にも興奮冷めやらぬクルィーロは「やはりこの世界はいいねぇ!」と大仰に空を仰いだ。
「……同じブルーブラッドの者か。共に依頼を熟す機会もあるだろう」
 一つ挨拶でも、と高台から声をかけたラノールの言葉に重なったのは最高だァッと叫んだクルィーロだった。

 アイオンの瞳の地下、円卓の座へと踏み込んだアレフは一冊の本を手に取った。
「……成程、此処が俺を呼んだのか……」
 ゆっくりと手に取った本は薄汚れていた。埃を払い落したアレフの肩口からひょこりと顔を出したのは黒髪の女だった。
「呼ばれた――じゃ、我が家の護ってきた物は、アンタの物って訳だ」
 昏き深海で獲得した翡翠の碑文。手渡す姫喬は「あたしは猫鮫姫。協力する立場になるんだって」と己を指さす。
「退屈だからそれでもいいけど、どうせなら」
 指鳴らし、歯を見せ彼女は嗤う――「第一席で」
「第一席も君を選んだ。俺はアレフ。アイオンの瞳が第十三席。よろしく頼もう」

 いつもと変わらぬまったりとした薬屋ドクダミのリリ。
「商機だ」と叫ぶ声を聞きつつも、お客さんって来るのかなとぼやく他にやる事もない。
 いつも通りの開店準備を熟していたレンジーがくるりと振り返る。
「今日は何時もより忙しくなるかもしれないね」
「はい、たまに賑やかなのもよいではないでしょうか?」
 にんまりと笑ったシアンの言葉に平和一番、平穏一番、のんびり一番のリリがふるりと首を振る――が、鈍い音立て机をたたいたレンジーは「マウ!」と声を荒げる。
「君の言いたいことはよ・お・く分かるけどね! シアンの言うように『たまに』ある、お金を稼げる機会なんだよ! ……うん、『たまに』しかないんだけよね……」
 自分の言葉に肩を落としたレンジーを見て、力になるかなとリリはゆっくりと軒先へと顔を出す。
「この世界で長生きしたきゃ、まずは薬屋にくるのがおススメだよー」

 変わりない日常は尊いもので。紅蓮兄さんと呼んだ碧月は喧騒包まれる外をちらりと見やる。
「……おや、大規模召喚ですか」
 独り言ちた紅蓮の言葉に頷いて、碧月の脳裏に過ったのは幼き頃に家を抜け出し二人揃ってイレギュラーズになった時。右も左もわからぬ子供だったあの頃と比べ物にならない程の大規模な商館。
 湯呑を口にしながら、「今日は騒がしくなりますね」と微笑みかける紅蓮に碧月は窓の外へと視線をやって、首を傾いだ。
「……今回はどんな方が喚ばれたのでしょうね」

 とても暑い日だった。フジコにとっては耐えきれないような熱量を感じさせる一日。
 潮溜まりを眺め乍らぐーたんと体育座り。大規模召喚って東京オリンピックよりもすごいのかしら? ――なんて。
「うちら、ジモティはオモテナシせなあかんのちゃう?」
 ぐーたんの言葉にフジコは首を傾ぐ。
「うちら、ぼーっとしてる間にも、世界は変わっていくのね。取り残されてる感、ハンパないわー」
 とりあえずお餅食べて落ち着こう。話はそれからだ。


「大規模召喚? へえ……」
 食事の礼を告げ乍ら雷は曖昧に返事を濁す。大規模召喚が発生したと告げる人々は熱に浮かされたが如く、楽し気な様子だ。街にオリンピックの金メダリストでも来たかのような具合なのだから雷は『素知らぬ顔』で肩を竦める他にない。
(他人の心配してる暇はないんだって……)
 自分もまだまだ新米だ。大家に食事の礼を告げて扉を閉めればずるずると座り込む。
 ――これから、どうなるのだろう?

 惑いながら、座り込む。アルクスにとって枷のない人生など『なかった』筈のものなのだ。
 憧れた空、憧れた大地、憧れた――自由。
(何処に……帰ったらいい……。俺は、どうすれば……)
 誰も指図しない、誰も『指図してくれない』世界にアルクスは唇を震わせた。
 自由を得たのだ。『あの人』のおかげで。そうだ、とアルクスは自分自身に枷を架す――『あの人』のようになるために。
「それでは」
 頭を下げたリコリスはゆっくりと歩き出す。それが旅たちの第一歩。
 異変の起きた日、世界が変わった日、或いは、リコリス自身の変化の日か。
(なぜ私だけが生きているのか――どうして、私だけ)
 それが運命だと受け入れることが出来た日は晴れ晴れしくも変化を連れてきて。
「私に何ができるのかは判りませんが、それでも何か出来る事から始めてみます」
 愛した人の分までも――贖罪の代わりと言えるのかは分からないけれど。
 罪は、だれがそう呼ぶのかは分からない。
「へぇ……大規模召喚かぁ」
 面白くなりそうだとアウィンは澄んだ空色の瞳を細める。
 人懐こい笑みを浮かべ、くるりと振り返ったアウィンの背後ではあんぐりと口を開けた女の姿。
「――何をするかって? だって、君はもういらないかなーって」
 何故と聞いても『何となく』以上の感慨はわかなくてアウィンは小さく首を傾いだ。
「運が無かったと思って諦めて。さよなら――……あれ? 名前、なんだっけ?」

「なあ、フレッド」
 知り合いと呼ぶには親しいが、友人と呼ぶには距離のある。それが月都とフレデリックの関係だった。
「大規模召喚だってさ。見知らぬ世界の旅人がわんさか来るぞ」
「そうだね、月都。きっと賑やかになると思うよ。……キミ、なんだかすごく楽しそうだね」
 まさに混沌。まさに、闇鍋パーティーだ。
 楽し気に心を躍らせる月都は休憩中のフレデリックを振り仰ぎ「愉しくならないわけないって」と歯を見せ笑う。
「……くれぐれも彼らやギルドの迷惑にならないように。キミの尻拭いなんて俺はごめんだからね」

 何か厄介ごとが起こるのだろうかと考えると憂鬱になるのも致し方ない事か。突然の変化にジルは大きく溜息を吐き出した。
 此処にきてから必死だったこともあり、話の内容すらほぼ飛んで行ってしまったとルナマリアは小さく笑う。
「私、弱いから難しい事できないんですよねぇ、どうしたらいいと思います~?」
 ルナマリアの悩みに頬を掻き、ジルは「あー」と長い思考期間を経て、小さく咳ばらいを漏らした。
「僕は飯食って元気出せばどうにかなると思いたいっす。あ、おかわりで」

 生きる意味さえも希薄な自分に押し付けられたのは残酷な運命だとアンナは苦悩した。
 ああ、どうして。
 そう思っていたけれど――世界と一緒に『苦悩する自分』さえも変わっていく気がして止まらない。
「雰囲気に当てられているだけ、というところでしょうね……けれど、少し真剣に考えてみましょうか」
 記憶がないなりにのんびりと過ごしてきたつもりだった。面倒臭いと頭をがりがりと掻いた。
 ああ、くそ、と月光へと語り掛けた黒羽は「やらなきゃいけねぇならやってやるよ」とゆっくりと只、立ち上がる。
 そして、彼は堂々たる言葉を口にするのだ。
「ようこそ、この不条理で道理の通ったクソッタレな世界へ」
 ああ、でもそんな世界だからこそ愛おしい――!
 悠久を生きる事は忌子としての烙印であった。Erikaにとって生き延びて来た不幸を幸運と流転させたのは『この日』なのだから。
 女の肢体を、尖った耳を、顔を隠し、彼女は『奇跡を起こせる者』となれたのだから。
 だから、始めよう。
 世界の希望になる日を――!





 リプレイ:夏あかね
 監修:YAMIDEITEI

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