PandoraPartyProject

特設イベント

先行者パートⅡ


 ――クリック? クラック!

 アリスは坂を転げ落ち、赤ずきんは狼の腹の中。
 塔の上でラプンツェルは歌謡い、眠り姫が起きる頃。
 世界は流転し、絶えず激動を与え踊り続ける。
 故に『混沌』。全てを飲み込み、自身の一部にせんとする暴食家。そして、これから終わりゆく世界の名前だ。神の観測を運命と呼ぶならば、物語の終わりはとうの昔に決まっているのだが――
「決まってねー方が面白いに決まってますよ。決まってたら困りますし」
 否、だと。少女は告げた。
 在り来たりな物語を終わらせて、『可能性』を蒐集しようと云う。
「可能性(パンドラ)による、混沌(パーティー)って呼べば愉快な感じじゃねーですか?」
 カミサマがいるならば、そんな言葉を掛けたに違いないと少女は言った。
 適当だ、と詰る者がいれば、そうだと納得するものもいた事だろう。
 鼎にとって混沌世界で一番最初に体験したことは落下だった。
 アリスの様に転げ落ちていく奇妙な感覚は不思議な世界の入口を開くかの如く。
「―――」
 落ちる、と口にする前に、誰ぞの腕に飛び込んだことが理解される。「わあああ」と聞こえた声から随分と驚きながら受け止めてくれた事が理解された。
「……おや? おかげで助かったよ。いい人だね? 君は」
 淡々とした態度で姫抱きの儘、礼を言う鼎と対照的に顔を青くしたシャロンはこくこくと小さく頷く。
「や、やぁ……。これは可愛いお嬢さんだ。天からの贈り物かい?」
 どこかで、大規模召喚が始まったと耳にした。もしかして、と感じる手前でシャロンは腕の中で周囲を見回す鼎を見下ろした。
「歓迎ついでに教えて欲しいことがあるのだけれど」
「あ、ああ……」
 ――その儘、同居人だなんて。大丈夫だろうかと鼎が心配するのもシャロンは大丈夫だと笑った。
「はっはっはー! こりゃすげぇや、いったいこれから何が起こるんだろうな!?」
 周囲を見回してライゼは大声を上げる。ざわめきと共に何が起こったか慌て、口々に叫ぶ人々がいる。
「こりゃーーすげえ!」
 誰に言うでもなく、叫ぶライゼの声は周囲の特異運命座標たちに確かに聞こえていただろう……。
「むむっ!?」
 耳をひくつかせ、ビビビと反応するそれに従うままにトィンは神殿へと向き直る。
 大規模召喚が始まった事を感じ取り、周囲を見回せば、そこに現れるのは『新たな可能性』達だ。
「ふむ、皆いい面構えじゃな! これから面白くなりそうじゃ!」



 この物語には今この瞬間に召喚された者は出てこない。
 混沌世界が連綿と続けてきた召喚なる出来事に巻き込まれつつも、それが『今』ではない――大規模召喚なる世界のトピックスをその外側から眺める『主人公達』の時間を描いたものである。
 大いなる大召喚がやがて来るという神託の破滅の日の前触れか、はたまた混沌世界の与えたもうた福音なのかはこの世界に先住し、運命の根を張った彼等にも分からない不明だが、少なくとも彼等はこの世界を知っている。
 言ってしまえば、この世界に住んでいる、この世界の一員たるのだから――見える風景も多かれ少なかれ違うのだ。

 夢を見ていた。どんな夢だったのかは覚えていない。
 予知夢と言うものが起こったのだろうか――ぱちり、と目を覚まし、扉を開けばそこは『新しい世界』なのかもしれないとリュフトは期待を胸にいつも通りを過ごしたはずだった。
 まるでアリスが新しい世界に迷い込んだかのように、彼は空の上に居た。
 その夢の『味』を知るソムニアはくぅ、と腹を空かせて空中庭園をぼんやりと眺めている。
「あらあらぁ、ご飯が沢山来たわぁ」と笑みを溢し、『おいしそうな夢』をきょろりと探す。
 
 ――トキガキタ。

 そういわれた気がしてジェルソミアは顔を上げた。
 一度目は、空中庭園に行った時だった。召喚され両親に自慢げに話したジェルソミアは「どんな妬みを買うか分からないから時が来るまで秘密になさい」と告げていた。
 絶対に何もないとは言い切れなかった――幼い自分を守る方法だった。
 けれど、時が来た。踏み出す時が、今。
 森の中で座っていたノアは「いっぱい……イレギュラーズが増えたんだって……」と首を傾ぐ。
「あなたは、どう思う……?」
 墓に向かい話しかける彼女は「うん……パンドラを……早く集めろって事……だよね……」と呟いた。
 彼女にしか聞こえない声――彼女の能力を使用した会話。
 ノアはゆっくりと立ち上がり、ローレットへ向かい歩き出す。
 微かな予感を感じながらキーリェは周囲を見回す。特異運命座標達がこの世界に『かつてない程の勢いで召喚された』のだ。
 自身が特異運命座標に選ばれた日から停滞しているように感じた時間が動き出す。
 澱んだ時間の動きを感じ取りながらキーリェは己の中で推奨されるプランを遂行するために動き出した。
 推奨:対象との接触、及び情報収集の為の交流。
 先ずは『対象』の集まるローレットへ向かうべきだ。無機質な表情の下、制御不能な熱量を抱えキーリェは動き出す。
 リウハは元の居場所からの放浪の中で、大規模召喚を知ることとなった。
(同じ境遇の人間がいる……)
 それは好機だ。放浪の末、仕事を手にする機会を得ることは難しかった。銃を担ぎ、己に仕事を斡旋してくれるであろう『ローレット』に向かうが為に緩やかに歩き出す。
 特異運命座標となって久しいが、目的のある旅を今、始める事となったのだ。

 ガンッ―――

 鈍い音と共に落とされたのたのは首。見下ろすパティはゆっくりと目を伏せる。
 裏組織の内部粛清とはよくあることだ。仕事の後片付けをしているパティの耳に入ったのは大規模召喚の一報。
(私めもローレットに所属して、職務に励むときが来たようです)
 捧げたい祈りと、誰も聞くことのなかった彼女の言葉。振り下ろした斧は赤黒く濡れていた。



 穏やかな午後の日にカフェのテラスに座っていたライムは『暗殺依頼』の遂行のためにターゲットを見つめていた。同行者が民衆の語る『大規模召喚』について問い掛ければふるりと首を振り「興味ないわ」と小さく告げる。
「この先何が起ころうと、私は私のまま。剣と銃で己の道を切り開いていくだけ。
 結果、世界が救われるというなら――……」
 がたん、と馬車が動き出す。机の上に銭を幾つか置いたライムは立ち上がり「行くわよ」と告げた。
 ランチタイムは優雅に確り、楽しくと。
「ねえ、どうする!? いっぱい来たら私達のレアリティの危機だよ!」
 ダナンディールが身を乗り出しベルナへと向き直る。「ダナちゃん」と笑った彼女は『いっぱい来たら』の言葉に悩まし気に貝をフォークで突いた。
「これでいよいよギルドが本格的に動いて……わたしたちももっと成長できるかもしれないわ。
 それに、旅人のみんなはきっと特に不安よね。力になってあげたいわ」
 オムライスに旗をぷすりと刺したダナンディールは「ベルナちゃん、私も確かに不安だった……わけじゃなかったけど、色々あるもんね」と大きく頷いた。
「先輩風を吹かすなら今だよ!」
 尻尾はばしりばりしと床を叩いていた。
 日課はギフトを使っての演算。Lugriaはレモンティーを飲みながら日課に勤しんでいた――が周囲が口々に話し出した大規模召喚を感じ取り演算が狂いそうなほどの強烈な『何か』を感じ取る。
「……なるほどなのです~。面白いことがおきそう。……すごく……面白い何かが……」
 コップに残ったレモンティーを飲み干してゆっくりと立ち上がる。その目は空中庭園を見つめていた。
(ふむ……)
 風の噂で耳にした大規模召喚。ハイドは肩を並べるかもしれない『仲間』が増えるのはいいことだとカフェの一角で息をつく。
 善人ばかりではないかもしれないが――それもまた一興、楽しいことだ。
「それにしても、今日の紅茶はおいしいですねぇ。良いお告げの予感でしょうか」
 テーブルの上に置いたアフタヌーンティーのセット。ポットを手にし、紅茶を注いだ花は周囲をきょろりと見回した。
「……そうね、何かが起こるのね」
 穏やかな午後を過ごす彼女にとって『大規模召喚の気配』は痛烈な出来事だ。
 ゆっくりと息を吐きながら飲み干した紅茶は仄かに甘い香りがした。
「大規模召喚が起こったようですね」
 各地を回る通商人、レーゲンは街行く人々との情報交換を欠かさない。
 レーゲンの言葉に「はぁん」と揺は頷いた。護衛の仕事を行う上で欠かせない情報収集に通商人たるレーゲンの言葉は揺にとって重要だ。
「ま。うちとしては飯の種が増えそうで何よりやわ」
「そうですね。幻想の街も大盛り上がりになりそうです」
 ギルド『ローレット』のある幻想も盛り上がる事だろうと揺は予測し、後で向かうのもありだろうかと思案する。
 無論、幻想の街中でも商売を営むレーゲンにとって、潜在的に客が増えるのは良い事ではあるのだが……この大規模召喚は経済の動きが気になるところだ。
「これから装備や食料品の取引が多くなりそうですねぇ……」
「まあ! 大変!」
 スマイリーは常の通りの笑顔を浮かべ「大規模召喚ですって!」とレーゲンの客たちと談笑を始める。
「私の出番でしょうか! 笑顔は精神を落ち着かせますし、きっと安心を伝えられますよね!」
 突然の召喚に戸惑う者もいるはずだ。旅人たちに笑顔を分け与えて見せると客たちに手を振ってスマイリーが目指すのは宙に浮かんだ空中庭園。
 まだまだ混沌での生活に不慣れなブレンペトリにとって、街の探索も重大だ。
 何所かふらりと訪れればアルエットと出会えるかもしれない――若しくは、新たな人脈の開拓が出来るかもしれない。
 静かな場所を探す様にのんびりと。ステップは心なしかにぎやかに進みながら。
 普通に生活し、買い物をし、只、のんびりと過ごしていたヴァイスは顔を上げる。
「……あぁ、大規模召喚かぁ……」
 生活の変化を感じ取ったヴァイスがぼんやりと呟けば、その声に誰かが「大規模召喚」と告げた事だろう。
「……これから、きっと大変だわ」
 忙しなくローレットに向かう冒険者たちを見つめてぼんやりと、そう呟いた。

 ――騒がしい。

 耳を動かしながらヨナタンは周囲を行きかう人々を眺める。
 自身は元からこの世界にいる為か召喚についてはよく知っていた。今まで経験したことないような『お祭り騒ぎ』にはヨナタンとて驚いたものだ。
 獣耳を揺らしながら未来の予兆を感じ取り、紅茶へと口を付けた。
「リィ、楽しそうだわ」
 シェーラは慌ただしくなった周囲を見渡しセレイリィアを振り仰ぐ。
「大規模召喚……」
 成程、とうなづいたセレイリィアは「旅人さん達大変そうだねぇ」とおっとりと笑う。
 旅人と名付けられた彼らは好き好んで旅をしてきたわけではないだろう――けれど、特異運命座標であることには変わりないのだとシェーラはセレイリィアに瞬いた。
「わたしたちも同じ筈。けれど、リィはこわくないのね」
 首を傾ぐシェーラに「忙しくなるよ」とセレイリィアは一つ伸びをする。
「ふふ、大丈夫、だわ。リィはわたしが守るから」
 笑顔、出来てるかしら、と首傾ぐシェーラにセレイリィアは頼もしいと広くて楽しい世界を仰いだ。
 いつも通りの日常をのんびりだらだらと過ごすのも一興だが、「お客さん来ないですねー」と葵は腕に顔を埋めた。
「大体立地のせいなんですけどー」
 ぼそぼそと呟く葵の背に走ったのは不思議な感覚。そして、記憶に新しいのは情報屋と名乗ったプルーの姿。
「レオンさんもいますし、ローレットに行ってみれば何かわかるかな」
 起き上がり、ローレットに向かおうと葵は店じまいを始める。その向こう――空中庭園での出来事を今はまだ知らない。

「んむ?」
 リィンは僅かに首を傾ぐ。荷物配達の帰り道、神殿の方面に騒がしさを感じ民家の屋根へと着地する。
「あー……」
 これから忙しくなりそうだと神殿を見つめながらもう一度跳躍し……。
 リィンの足は『何か』につるりと滑ったまま地面を目掛けて行ったのだった。
 どすり、と何処からか音が聞こえる。
 目線をゆるりと動かしてチャイカは視界に映る民達の様子が僅かに賑わっていることを感じながらも『貴族主義』のお国柄に奥歯を噛み締める。
(……事を成すには爵位を得なければ)
 それだけでは足りないのだろうか――穏健なバルツァーレク伯爵は留守にしているというが出会える機会があれば高らかに一つ口にしようではないか。
『革命を始めよう』、と。
 街角の図書館で大規模召喚を感じ取ったアイロネはきょろりと周囲を見回し、特異運命座標となった自分のことを調べる様に読書に耽る。
「大規模召喚……どんなものなのでしょうか……」
 今まさに起こっている召喚は本で学べるものではなかったが、特異運命座標についてならば幾らでも調べられたことだろう。指先がページをめくり、視線を下したアイロネの上に影が差す。
「おやまァ、こんなトコで何してるんだい?」
「……何をすればいいのか、判らなくて。でも、知りたいのです」
 アイロネを見下ろしていたオリヴィアは楽し気に大きく頷き手を差し出す。
 まずは、ギルド『ローレット』へと行ってみようじゃないか。



「……あぁ? 今なんて?」
 紫苑は顔を上げ、周囲を見渡す。大規模召喚によって新たに能力を所有する者たちが増えたのだという。馬鹿か、と呟く紫苑は「ッて言う、俺の先祖も異世界者だったか……」と頬を掻く。
 世界は力が全てだ。力には責任――責務がある。それを理解しているからこそ強者であるならば認めようと紫苑は唇を歪めた。
「めんどくせーが、先輩風でも吹かして根性見定めるか」
 人々が口々に話し始める『召喚』の噂。
 アトリは「なんだか懐かしい」と目を細める。ギフトで気苦労が多かった彼女にとって召喚以後は過ぎた時間以上に長く感じたものだ。
「仲間……というか似たような人たちが増えて賑やかになりそうだね」
 それでも、自分はふらふらと風の様に歩くだけだと、彼女は軽やかに歩き出す。
「それにしても、大量召喚と言う話は本当か?」
「ああ、本当みたいだよ」
 慌ただしくなるローレットでアレクサンダーに答えたのはショウだった。
 これからどうなるのか見物だと笑うアレクサンダーにスリーは視線をうろうろとさせながら頷く。
「大規模、召喚……」
 生活基盤を整えるにはまずローレットで仕事の斡旋を受けに来るだろう。
 新しく召喚されたのは多岐にわたる世界の住民たちのはずだ。
「……知識を教えていただける機会も、あるかもしれません」
 出来るだけコネクションを作らねば、と言う者の人付き合い下手なスリーは動揺した様にぴしりと固まってしまった。
「仮に異常事態じゃなくても、この増え方だとうかうかしてられないかもッすよ? さえない自分なんかは特に」
 手助けも必要だろうかと慌ただしく動くシクリッドは本日の予定を変更。
 釣りではなく、新しくこの世界に登場した人々の案内をやって見せると彼は大きく頷いた。
(大規模召喚……?)
 耳をそばだてていたアルティアは成程、と小さく頷く。旅を続けてローレットに辿り着いた刹那の出来事だ。
 どうやら旅人も多数召喚されているらしい。アルティアはぱちりと瞬き周囲を見回す。
「アルティアです。色々大変になってしまいましたが、どうぞよしなに宜しくお願いいたしますね」
「ええ、大変そうだわ。ご一緒にどうかしら?」
 レオンに手伝いを申し出ていたシズカは柔らかに笑みを溢す。練った魚肉で作った腸詰に製菓用の緩い記事を絡ませ油で揚げたおやつを差し出すシズカにレオンは軽い礼を言う。
「おやつも折角だからどうかしら。たしか……メリケンドグといったかしら?」
「へえ! 一個貰うぜ!」
 楽しげに笑ったカインは『特異運命なんとかなった皆』を見回す。アルティアに小さく会釈を返し、相方を探すぞと行き込むカインはローレットの中をゆっくりと歩く。
 目指すは『世界に認められる有名な存在になりたいような相方』だ。
 一方では、特異運命座標となって少ししかたっていないキリエの様に『特異運命なんとか』とは何かという説明を受けている者もいる。
「だから――こういった感じなの」
 色を織り交ぜた『多彩な説明』を受け乍ら「そう、その力を持っている人が沢山……」とキリエは納得したように頷く。
「私が必要とされているなら人助けの為にこの力を使いたいわ。新しい私に、頼れる私になりたいから」
 意気込むキリエにプルーは大きく頷いて見せた。
「特異点持ちの急増。これが示す事は……まぁ、そういうことなんだろうな」
 アッシュにとって世界の存続に興味はないが、先に進めば『何かがある』と信じることが出来るから戦う理由がそこにはある。
「なぁ、俺は何色だ?」
「そうね――ヴォルテールのアナタ。素敵な彩になることを期待しているわ」
 冗句めかすプルーの言葉にアッシュは小さく頷いてみせる。
 傍らでは〆切に追われながらも新たな『可能性』の発生にミスティルテインは手帳を取り出していた。
(ネタになる……)
 作家というのは身を削り、心も削り、ネタ探しに無心になるものだ。古今東西、『そんな事なかった』と言える作家は存在しないだろう――なぜならば、締め切りという深い崖が目の前に存在しておりじりじりと縁へ追いやられる生き物なのだから。
 ミスティルテインは歴史に埋もれていくかもしれない『ホットなトピックス』を手帳に書き綴る――それがいつの日か読者に届くことを信じながら。
「吾ももう少し遅く召喚されていればあのような目に会わずに済んだのであろうな」
 ニアライトの言葉には確かな深みが感じられる。大規模召喚よりも数週間早く召喚され、街道のはずれで行き倒れているところをミセリアに拾われた。それは偶然のことだったのだろう。
 曰く『仕事帰りなのに乗り合い馬車も欠便。挙句に財布もスられてツイてない。クソ神様の額に風穴開けたい所に行き倒れが居た』のだそうだ。それでも紘愛気てくれたミセリアには感謝の念しかないとニアライトは告げていた。
「わーったよ」
 頭を掻いたミセリアにニアライトは大きく頷いた。
「ひーふーみー……んー、いっぱい来てるね!」
 特徴的な声音で歌謡ったリヴはきょろりと周囲を見渡した。指折り数えた反響。
 これだけの人に『歌声』を届けたのは初めてだとリヴは胸を躍らせる。
「みんなの思いで、この世界を満たしてほしいなぁ」
 ローレットの慌ただしい様子を眺めながらもヘンゼルが感じていたのは大きな不安。
(ローレットがい場所だと思いたかった……かな)
 ストローを咥えた儘に新顔たちを眺めるヘンゼルは家の事は全て任せきりだった。
 居場所は与えられたりしない――誰かが自分の居場所に立つのかもしれないと思うたびにヘンゼルの漠然とした不安は大きくなった。
(僕も頑張らないと……ね)
 ざあ、と強く吹いた風がカーテンを揺らす。ギルド『ローレット』の一室で鳴の尻尾はぴくりと動いた。
 午後の眠りから起こされるように感じた気配。尻尾と耳をゆらりと揺らし「『来た』感じなの!」と楽し気にぱちりと瞬く。
「これから忙しくなりそうだけど、楽しくなりそうな気もするのー!」

 朽ちた古き工房にある三つの墓石。その前で永い時を祈り続けたNoelはその時を知った。墓守たるNoelは大切なものが眠る世界に迫る驚異に気づき顔を上げる。
 底に立っていたのは桜花。退屈な日々を退屈だと笑う一人の少女だ。
「どうした?」
 遺跡で拾い上げた自動人形。退屈なしの毎日を特異運命座標として――マスターとして過ごすのだと手を伸ばす。
 歩み出せば、それはすぐの出会いだったのだろう。木の上で眠っていたシオンが目を覚ましたのは明るい桜花の声がしたからだ。
「ん……楽しそう……俺もついて、く……」
 くあ、と欠伸をしたと思えば立ったまま眠りに入る。その様子を桜花はからからと笑いNoelは只、見つめていた。
 三人は先ずは空中庭園を目指そうと決めていた。激動の一日に、波乱の日に、立ち止まることを桜花が良しとはしなかったからだ。
 三人の背中は随分小さく見えたのだろうか。放浪者とし適当に愉快毎日を送っていたと自負するバクルドの目には確かに『頼りなく』見えたのかもしれない――若しくは、『ただの気まぐれ』であったのかもしれない。
「よお、お前さんら。露払いは必要か?」
 それが愉快で痛烈な毎日となる最初の一日だとは彼らは知らない――ただ、普段の通りの日常に一寸したスパイスを与えたかっただけだ。



 喧騒の中で少しお高い食事を頬張る篝はリザシェの奢りを全力で楽しんでいる――が「これも入れておくかえ~?」と胸の蓋を開き皿に残った魚の骨を入れる意地悪にギャアと悲鳴を上げる。
 くす、と別テーブルに座っていたラーシアが笑ったことに気づき篝は慌てリザシェが笑う。
「そういえば……大規模召喚が起こったそうなのですよ」
「え~? そうなのかえ~? はぁ……こりゃあ仕事が増えてしまいそうじゃの~」
 悲し気に溜息を吐くリザシェに曖昧にラーシアが笑えば瞳を煌めかせた篝は対照的に万歳。
「何言ッてンだい、良い事じゃアないか。詰まりは新しい宝石も増えるンだよゥ!」
「なんか、起こったんかぁ」
 三人の会話に首を傾いだうどんは「よくわからんなぁ」と瞬いて見せる。
「うどんなぁ、食べ物食べてたんよぉ、だからなぁ……あんま先輩って感じはしんよなぁ」
 訛り調子に喋るうどんは「でも、頑張ってみよぉかなぁ」と分からないと言いながらも気合は十分だ。
「お、おい聞いたかよ、各地で人が消えたって噂!」
 慌ただしく飛び込むオクトにうどんは「消えたてこわいなぁ」とぱちりと瞬く。
 それが召喚であると予測はついているがこれほど大規模となると『何かの予兆』を感じずにはいられないとオクトは意気込んだ。
「じー……」
 きょろりと周囲を見回すデメは「今日はなんだか慌ただしいわね」とオクトに問い掛ける。
「大規模召喚だ! どんな儲け話が生まれるかねぇ」
 ラム酒を煽り、名を馳せ一獲千金のチャンスだと言うオクトをじっと見つめていたデメは「大規模召喚」と幾度も繰り返す。
 面白そうね、とぱちりと瞬けば観察者は「観察させてもらうわ」と大仰に頷いた。
「じー………」
 周囲を見回すデメの近くではジギスヴァルトとシュルヴェストが兄弟で食事を楽しんでいる。
 血が滾る様に熱く、盛り上がるシュルヴェストはハイテンションになりながら酒を煽り続けていた。
「戦いが始まるぞ、ジギー!」
 何かの気配を感じ、ジギスヴァルトの背をばしばしと叩くシュルヴェスト。
 如何した、と問い掛けようとした弟は背に飛び込んだ一撃に息を飲む。
「っ―――!? 何だ、急に! あ、危ないだろう!」
 咽ながらも抗議を上げたジギスヴァルトは兄の真意も世界の異変も知らぬまま、只、眉を顰めるだけだった。
「へーぇ、随分お仲間が増えたのね。仕事の取り合いになるのかしら?」
 カラン。グラスを揺らしたリノは「やぁねぇ」と唇に笑みを乗せる。
「遊んでる暇なくなっちゃったわねぇ、そろそろまたギルドに顔売り込みに行かなきゃ」
 強い人――いるかしら?
 折角だから遊びたいと妖艶に笑ったリノの手元でグラスの氷が僅かに溶けた。
 代り映えしない日々の中、その日暮らしのクリーズにとっては青天の霹靂。
 空気がぴりりとしびれるように感じたのは喧騒の中に紛れる事ない『可能性』の気配だろうか。
「……大規模召喚か」
 呟く言葉に胸騒ぎが隠せずにクリーズは目を伏せる。
 大規模召喚、とエルドが勢いよく立ち上がる。ミルクは一先ず机の上に、「ついに俺の出番が来たみたいだな!」と彼は豪快に笑って見せる。
 剣を携え、扉へと走るエルドは「アルティメットドアオープン!」と叫び出ていくが――ーすぐにミルクの代金を携えて戻ってくるのであった。
 安酒を煽りながら鄙陋は「なにやら、クルクル回り始めたそうやないか」と意味ありげに微笑んだ。
「それこそ運命の女神の車輪の様に……ええよええよ、その車輪に糸引っ掻けて、グイグイと糸手繰られようやないの。吾の意図を引いた車輪の主の、その意図が吾は知りたい!」
 な、と冒険者を振り仰ぐ鄙陋――その隣はいつの間にか空席に。
 周囲の喧騒を感じ取るクロニアはギルドの周辺が『いつも以上に騒がしい理由』を理解し、成程とグラスを揺らす。
(昔から時折あったらしいが、どんな奴が来たのであれ、楽しんでもらいたいものだな……)
 ――この賑やかで面白いクソッタレな世界に、ようこそ、だ。




 リプレイ:夏あかね
 監修:YAMIDEITEI

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