PandoraPartyProject

特設イベント

先行者パートⅠ


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 アリスは坂を転げ落ち、赤ずきんは狼の腹の中。
 塔の上でラプンツェルは歌謡い、眠り姫が起きる頃。
 世界は流転し、絶えず激動を与え踊り続ける。
 故に『混沌』。全てを飲み込み、自身の一部にせんとする暴食家。そして、これから終わりゆく世界の名前だ。神の観測を運命と呼ぶならば、物語の終わりはとうの昔に決まっているのだが――
「決まってねー方が面白いに決まってますよ。決まってたら困りますし」
 否、だと。少女は告げた。
 在り来たりな物語を終わらせて、『可能性』を蒐集しようと云う。
「可能性(パンドラ)による、混沌(パーティー)って呼べば愉快な感じじゃねーですか?」
 カミサマがいるならば、そんな言葉を掛けたに違いないと少女は言った。
 適当だ、と詰る者がいれば、そうだと納得するものもいた事だろう。
「……え?」
 リオネルは瞬いた。経験したことのない感覚、いつもと違った世界の転移の仕方。
 傍には仲間もなく、戻る事すらできない。只、手探りに『放り出された』感覚だけが包み込む。
「ここは混沌世界。世界の終焉を回避して欲しーのです。
 カミサマのイタズラか、それとも『そうなる事さえ運命だった』のかは存じあげねーですが」
「ちょ――」
 リオネルは眼前の少女に聞いた。自分は『どうなってしまった』のか。
 彼女は笑う。パーツの整った人形のような少女は、只、笑う。
「皆さんは『可能性』。世界の終焉を防ぐ、この世界にとっての救世主になり得る存在です」
 それが正義と言われる行動であろうとも。
 それが悪と言われる行動であろうとも。
「ようこそ、混沌世界へ。ようこそ、可能性(イレギュラーズ)の皆さん。
 本当、言えた義理でも何でもねーですが、心から感謝反省歓迎しますですよ。この、私は」

 ……思い起こされたシーンは一週間前の話だ。
 かくて理不尽にも幕は上がり、今もう一度リオネルは空中庭園に立っていた。
 彼が今一度、この場所を訪れた意味は明白だ。
 それは今日という日がどれだけ特別であるかを何より雄弁に物語る。
 得てして――運命を背負う者は、新たな運命さえも知り、惹かれあうものだから。
(この世界はまだ崩壊したくないのではないか――?)
 世界が終わる前に、新たに世界を始めるその時を感じながらカコは少女を見つめていた。
 急な光に目を瞑ってしまうように、火に触ったら手を引っ込めてしまう様に。
 ばちり、ばちりと、痛みを感じさせる体の如く――世界の『防衛本能』が己を引き寄せた。
(カコさん達はそのサイクルの一部なのかも……?)
 そして、目の前には『新たに召喚された可能性の塊』が立っている。
 カコ達は『過去に召喚された可能性の塊』だ。
 少しずつ世界は流転し変わり移ろっていた筈なのに。
 今はどうか、大規模の一言で済ませてしまうには余りにも派手すぎる今日という日は。
 ああ、怖い――世界は、明らかに動き出したのだ。
「ヒッヒッヒッ……世界が混ざる……!」
 小柄な少女は両の手を天へと上げる。毒の収集が為、訪れた空中庭園。
 今、その場に『新たな毒への知識』を齎す存在が大量に訪れたのだ!
「世界が混ざり続ける……、強く、濃く……まさに混沌……ヒヒヒッ……それは薬か……はたまた毒か……ヒヒヒッ!」
 ロザリーは瞳を輝かせる。首傾ぐ神託の少女、ざんげの傍らで少女は万歳をするように手を上げた。
「サヨナラ、世界……ようこそ、世界……ヒーヒッヒッヒッヒ……!」

『大規模召喚と呼ぶに相応しいですね。
 空中庭園も満員御礼、新しい風が吹くとはまさにこの事。後は幸か不幸かの幸である事を祈るばかり!』



 この物語には今この瞬間に召喚された者は出てこない。
 混沌世界が連綿と続けてきた召喚なる出来事に巻き込まれつつも、それが『今』ではない――大規模召喚なる世界のトピックスをその外側から眺める『主人公達』の時間を描いたものである。
 大いなる大召喚がやがて来るという神託の破滅の日の前触れか、はたまた混沌世界の与えたもうた福音なのかはこの世界に先住し、運命の根を張った彼等にも分からない不明だが、少なくとも彼等はこの世界を知っている。
 言ってしまえば、この世界に住んでいる、この世界の一員たるのだから――見える風景も多かれ少なかれ違うのだ。

 ♪――

 鼻歌交じりに過ごす蘇芳は幻想の街、バルツァーレク領にて穏やかに日々を過ごす。
 何事もなかったように買い物を済ませ、何事もなかったように掃除をし、何事もなかったように料理をして皿を洗う。そう、何気ない毎日が其処にあった――はずだった。
 バリン。
「……やっぱり」
 声を震わせる蘇芳はカーテンを煽る風に顔を上げる。
「駄目なのかしらねぇ……」
 穏やかな日常が、変わり始めたのだ。『先行者』として訪れた日々が急激に、彩を変えて。
 その風がいつもと違う事にアルビレオは気付いていた。
 森が騒がしい。大人しい動物たちはいっせいに騒めき、姿を隠す。
「……」
 息を飲み、左右、色違いの瞳を瞬かせてアルビレオは尻尾を揺らす。
 悪いことではない。それを確信する能力を所有しているからこそ理解できる。けれど――
「……まずは情報収集、かな」
 心躍っているのはどうしてだろうか。足早に走り出す。
 その両眼にはしっかりと『空中庭園』が映されていた。
 その傍ら、きょろりと周囲を見回した長耳のピュイは栗色の瞳をぱちりと瞬かす。
「あら……?」
 ギルド『ローレット』への道程で迷った事など彼女は『気づかぬままに』ロマンに溢れた直感を働かせる。
「あそこに素敵な事があるに違いないわ」
 思い込みは乙女を動かして。目指すは彼方の空中庭園。走り出す歩みは止まらない。
 彼女の背を押すように強く、風は吹いた。
「……っ、これは、また」
 何でも屋としての職務を全うしている最中にマーロウはバルコニーから吹き込みカーテンを翻すほどの強い風に目を細める。
 乱れた前髪を整えて、どうかしましたかと問うた柔和な笑みの女性をくるりと振り返る。
「……いえ、また盛大に仲間が増えたようでね。仕事も色々と増えそうだよ」
 ざ――と風凪ぐ。心地よさに目を伏せてロウシュエは何時もの通り森にて座した。
 暖かな空気と心地よい風は彼に僅かな眠気を齎した。
(……ああ、平和だ。とても)
 ハンモックに揺られながら、微睡を満喫している。
 世界の異変を運ぶ風は少しずつ彼の元へと届き始める。
 パーカーがばさりと音立て壱花の頭に被さった。道路標識を大岩に置いてごろりと転がれば暖かな太陽が降り注ぐ。
「あー……」
 世界は澱む。澱み停滞し、歩みを止める。
 世界は軋む。軋み流転し、歩み始める。
 劇的な幕開けを感じさせるに違いないその中で『太陽パイセン』を浴びながら壱花は欠伸を一つ。
「俺ちゃんは、優雅に微睡むコトに忙しいのであった。まる」
 吹く風を感じながら顔を上げたユーリーは「運命が訪れる日、と呼ぶべきでしょうか」と一人ごちる。
 守護の騎士として。守るべき新たな子供たちの来訪をその四肢と魂が感じ取っていると彼は天を見上げた。
「これはなんと僥倖か……!」
 信じる騎士道が間違いなかったと彼は風に背を押される様に、守護待つ者の場所へと向かう。
 それが守護待つものか、それとも迷い子であるのかは分からない。
 ただ、一つ分かるのは『運命を嘆く者』がいるであろうという事だ。
「うちにも来るんだろうなぁ」
 その咽喉から発されるのは毒含む美声。生ある『モノ』は皆罪人。悔い改める偏屈者が来るのだろうと彼は一つ伸びをした。
「おお神よ、神父ジョシュアに永遠の休息を与えたまえ……なーんてな」



「さーて、それじゃあ、一仕事するのだね」
 ゆっくりと立ち上がり三本角の三花はにんまりと笑みを浮かべる。
「おじさんにも言われてたし。ローレットの方針に準拠するなら、問題ないのだよね?」
「おじさん……」
 三花の言葉にぽそりと呟くユリーカはこくりと頷く。ギルドから仕事を斡旋される以上、護らねばならないルールが存在しているのは三花も知ってのことだ。
「OK、それじゃあ、準備してくるのだね」
 これからここに訪れる事になるだろう『旅人』達――独自の交通網と流通網の拡張、キャラバンの編成を彼女は仕事と位置付けた。
 これから訪れる旅人たちの生活基盤の提供。重要ミッションに胸高鳴らせ彼女は小さく笑う。
「キャラバン、どんな所になるんでしょう……?」
 三花の手伝いを行いながらなずなは小さく首を傾ぐ。大規模召喚で賑わうかもしれないと、椅子と珈琲、お茶の買い出しをしなくちゃいけないかと意気込めば三花は嬉しそうに笑みを溢した。
「こんにちはー」
 ひょこ、と顔を出したポテトは野菜と果物を抱えローレットへと訪れていた。
「新しい旅人が来るのー?」
 はいなのです、と頷くユリーカにポテトは「おおー」と笑みを溢す。
「だったらみんなローレットに来るだろうし、野菜持ってくるから食べさせてあげてねー?」
 にこにこと笑って差し出された野菜と果物。
 これからこの場所も大忙しだろう。折角のものだから、と張り切るユリーカに「うんうん」とポテトは嬉しそうに頷いた。
「みゃ」
 別段普段と変わり無くマキリは過ごしていた。感じる『大勢』の気配の意味は分からず、特に知った事もないと小さく欠伸を一つ。
 猫の尻尾はゆらりと揺れ、風を感じ取る。
 もしかすると食べ物をくれるような者がいるかもしれない――その期待を胸に伸びを一つ。
 新しい出会いと、飯を求めて。
「どうもにゃす」
 ローレットでのやり取りを見つめていたRemoraは何処か疲れ顔で息を吐く。
 主候補を探してあちらこちらへ行ったり来たり……それもお疲れの様子だ。
(大規模召喚……?)
 つまり。考えられるのは一つだ。
「主候補が大幅に増えたってことですね!?」
 利己的に考えればこれは大チャンスだ。目深に被ったマリンキャップの鍔を抑えてRemoraは立ち上がる。
「待っていてください、未来のマスター……!」
 ――続く言葉は、「私のお金!」

 古びた家屋を改造したアンティークの道具屋『七曜堂』。日によって店舗員は変わるようだが、全員が旅人(いせかいからきた)であることには違いないようだ。
 珍しく9人全員が揃い、店の準備をしていた頃だ。どこかでかたり、と音鳴らした『何か』を察知したようにオルクスが僅かに顔上げる。
「……?」
 何が起きた、と口にしたのは彼女だけではない。
「あら……?」
「なんでしょうね、この感覚……」
 アーラの言葉にコルは首を傾いで周囲を見回した。胸騒ぎにも似た奇妙な感覚を感じながらもサングィスは『銀髪の少女』へと問い掛ける。
『我々は宿主には何も強要しないが行動を吟味するように忠告しよう』
 楽しくなりそうな気配だと胸躍らせるコルヌに対照的にげんなりとしたように肩落としたカウダは己に語り掛ける存在にむ、としたように「何でそんなことを言われなきゃいけないの?」と呟いた。
『我々と宿主の間には契約があり、それがすべての根幹であることは認めよう』
 9人は同じように『寄生』せし存在に問いかけているのだろう。それで、と瞬くレーグラに『彼女ら』は答えたのだった。
『……ただのお節介である。死なれると目覚めが悪い』
 違いない! そう笑ったブラキウム。
 ぱちりと瞬くストマクスは「そうですか……」と契約だけの関係だと思っていた存在を意外そうに首を傾いだ。



 喧騒の中を行くルッカは菓子を眺めてどれにするかと迷い続ける。瞳を輝かせるロッタは保護者達の問答の好きにこっそりと菓子をかごへとぶち込んだ。
「多分、今ならばれない……!」
「ばれない!」
 ロッタとルッカの考えも知らぬままクルトはオスカーが「巨大マグロの頭、値打ものだなァ」と笑う事に頭を抱えていた。
「駄目」
「いいじゃねェか」
「駄目だ」
 押し問答の末、出た答えは――空中庭園の『大規模召喚』の噂。
「……ざんげのネーチャンのボケじゃ無かったわけだ……」
 ぼそりと呟かれたオスカーの言葉。クルトは大事な家族が失われてしまう不安を胸に過らせる。
「―――……」
 空を見上げるクルトの見ぬうちに、籠に放り込まれた鮪の頭とお菓子たち。
「やった!」
「やったあ!」
 ロッタとルッカの声にはっとしたようにクルトは肩を竦めた。
「あいつのボケで、実はこの先一生平和なんですならよかったのになァ」
「……世界よりお前らから籠を護る方が大変だけどな。今のところは」

 外の喧騒とは離れ、酒場でテーブルを囲んだロイ一行はパーティーの中で一人だけ取り残した仲間を心配するように口々に「大丈夫だろうか」と口にした。
 何の因果か全員が揃って混沌に呼ばれた勇者一行――その話題はと言えば。
「なんで、あちしたちが飛ばちゃれたのかでちね」
 ぽりぽりと枝豆を食べ続けるパティ。馬車馬ことライトブリンガーは軽く首を振ってパティの手元から枝豆を奪った。
「あーー!! ライトブリンガー! ちょれはあちしのでちー!」
 ふんす、とお怒りモードのパティに「ぶひん」と尻尾を揺らすライトブリンガー。
 楽し気な二匹(?)の様子にレナは小さく笑みを浮かべ「まぁ、それなりに仕事はいただいておりますけれど」と近状を報告する。
「まぁ、報酬はそれなりだが、人助けで金が入るなら、わしゃ、酒を食いっぱぐれる事はないって事じゃな」
 がはは、と大口開けて笑ったギルバルドにレナはくすりと笑みを浮かべる。
 ライトブリンガーに「駄馬!」としかるダルタニアは酒場に広がり始めた噂に顔を上げた。
「ここの『ざんげ』さんって方の恣意は兎も角、あの世界の事は心配ですよ」
 ダルタニアの言葉にロイは小さく頷く。召喚されるのは無差別の存在だ。
「あの『大魔王』ってのが召喚されたら、運命以外の何物でもないと思うんじゃ。わしらについてきたって感じじゃし」
「大魔王ですか……」
 勇者一行の因縁の敵がもしも、召喚されたとしたならば――
 ギルバルドにレナとダルタニアは意味深に大きく頷く。
 ロイは大魔王と口にしてゆっくりと目を伏せた。ぐらりと何か傾く感覚がしたからだ。

 ころりと転がった林檎を見下ろしてセレナーデは「あら」と小さく呟く。
 空中に浮かんだ庭園で何事かが起こった事は風の噂で耳にしていた。
「いろんな方が召喚されるんだぁ……と言う事は色んな人と友達が増えるかも……楽しみ♪」
 街の人々に笑み浮かべ語ったセレナーデ。しかし、心は裏腹、どうでもいいわ、とと呟くそれは隠した儘で。
 その喧騒から隠れる様に歩いていたシュバルツは何事かと空を見上げる。
「ふん、騒がしくなってきやがったな……」
 運命の歯車が動き出す。
 かちりと何かが咬み合ったことを感じ取りながら彼は「面白くなってきたぜ」と小さく呟いた。
 路地の裏へとふらりと踏み出し、背を押す風に流されるままに彼は歩き出す。
 大規模召喚! 大規模召喚!
 その言葉に胸躍らせ表情を明るくしたエンヤスはギルド『ローレット』へと向かう準備を整える。
 先ずは髪型だ。しっかりとキメて行かねば何も始まらぬ。
 次に服装だ。貴族だという証左は服装からも滲み出るはずだ。
 そして、威厳だ。これは常に持ち合わせてるが――昔ほどではないかもしれない。磨かねば。
「これは変転の兆し、つまり我がドゥルダーカ家の復興の大・チャン・ス! であるな!」
 威厳があれば大丈夫だ。貴族のプライドも曇はしない――さあ、一歩踏み出そうぞ。
「……おや」
 大規模召喚の発生を知りレイヴンは、街行く人々の喧騒の中に混ざる。
「……やれ、遂に訪れたかの」
 空を見上げたミレリアにつられてレイヴンもゆっくりと顔を上げる。
 特異運命座標として召喚された過去を持つ彼らは『大規模召喚』の発生に何事か思う事もある。
(――……どうやら、その時は近いようだ)
 名門の次男と言う立場を棄てて世界をめぐると決めたレイヴン。
 永きを過ごし、ゆったりとした時の中を生きるミレリア。
 誰もがの歴史の中で『はじめて』がこの日に訪れる。
「騒がしくなるか、賑やかになるか……楽しみであるな、今後のことが」
 心配性で世話焼きなミレリアはこの地に訪れたばかりの『彼ら』の事に思いを馳せる。
 楽しめればいいか、と呟き期待感を胸にしたレイヴンは始まりの日に唇をゆるりと緩めた。
 鼻歌交じりに雑踏の中で、買い物を楽しんでいたリプルは首を僅かに傾ぐ。
(誰かが来たのかもしれない? いよいよ、世界に危機が迫ってきているのかな?)
 籠を抱えたリプルはくるりと周囲を見回した。ざわめき、誰もが空中庭園へと視線を向けている。
(わたしも、もっとみんなを守れるように頑張らないと……)
 掴んだ林檎。騒めきに転がる食材を拾い上げながらリプルの唇には笑みが浮かんでいた。
 先ずは衣食住。きっと見知らぬ場所に召喚されて困っていることだろう。
 美味しい食事を用意して、心が安らぐ様に――リプルはゆっくりと立ち上がった。

 キャリー喫茶店でラテアートの練習を行うパーセルは喧騒に顔を上げる。
「……?」
 手帳に混沌世界の事を整理ながら珈琲とケーキを楽しんでいたアリシアは何が起こったのだろうかと周囲を見回し首を傾いだ。
 フィッシュ&チップスを齧っていた清十郎は「おやァ?」と小さく呟く。どうやら、大規模召喚が発生したようだと来店したばかりの客たちは話し込んでいた。
「また御同郷の登場かねェ。しかしまた随分と規模がでかくないかい、なぁ?」
 けらりと笑った彼にヘルマンは大きく頷く。キャリー喫茶店には『変わり者』が集まると認識しているヘルマンにとっても此度の召喚は楽しみで堪らない。
「今後も、変わった連中が増えるのかねぇ。まぁ、楽しそうな連中なら大歓迎さ」
 ――失せ物は何もかも置き去りにしてからからと骨は笑った。
 そのからからとした音に「賑やかなのです」とサーシャは楽し気に笑みを浮かべる。
「個性的な方多くてとっても、と~っても興味深いのです!」
 飲み物を手に清十郎とヘルマンの元へと混ざったサーシャはどの様な異邦人たちがいるのだろうと胸躍らせる。
「なんてこった!」
 大仰に驚いて見せたブリキロボット、クラカは意味もなく首をぐるぐると回す。
 楽しみだと全身から表せる彼にサーシャがころこと楽し気に笑った。
「ワオ! これからもっと増えるってのかい!? ボブもびっくりだ」
「ボブ?」
「OK、これは心の中のフレンドだった」
 楽し気なクラカにベアトリクスは小さく笑みを溢し、「いよいよ本格的に動き出したって事ね」と喫茶店内の客へと向き直る。
「はてさて、始まったのは滅亡へのカウントダウンか、世界を救う者たちへの英雄譚か」
 楽しみだと告げたベアトリクスに零は小さく頷いた。
 耳を傾け聞こえる言葉は確かに理解できる――それでも、別の世界の人々だという事が離している言葉から理解されるから。
(勉強が必要だってことだ……)
 一週間もたてばその現実も理解された。カフェラテ、美味しいと呟く零にパーセルは得意げに頭を下げる。
「へえ、面白そうなことも起こった事だな。神託だかなんだかわからねえけど、俺がやることは変わらねぇ。喫茶店で客を待って、たまに客の荷物を運ぶだけさ」
 パーセルの言葉にアリシアはふんふん、とうなづきながら脳裏に裏切ったものの嗤う顔を浮かべて複雑な心境でコーヒーを飲みほした。
(死んだと思ったら見知らぬ世界に飛ばされたんだ……どうしたものかな……?)



(大規模召喚……? 何それ?)
 悠々自適に旅する命にとって余りに突拍子もない話題だっただろう。幻想の街で偶然出会ったカルネにぱちりと瞬いて見せた。
「うん、沢山の人が召喚されたそうだよ」
「へー、そういうのあるんだ。あっ、すみませーん、お水くださーい」
 食堂で水を飲み続ける命にカルネは首傾ぐ。食べないの、とその目が語っていることに気づき「へへへ」と小さく笑った。
「お金なくて……」
「……ローレットにでも、いってみない?」
 そうだね、と命は立ち上がる。召喚された人々にも会える絶好のチャンスだ。
「れっつごー!」
 ぼんやりと耽りながらフレイは碧空色の瞳に『神託の少女』のいる空中庭園を映す。
「大規模召喚ね、いい女が来てくれればそれでいいや」
 大規模召喚――強制的に混沌世界や異世界からの転移を行われた『新たな可能性』達――によって喧騒に包まれるであろうその場所を思い浮かべながら彼は小さく息ついた。
「ざんげもなかなか可愛かったなあ……」
 彼の手にした釣り糸には餌なんてついてないけれど。
 混沌世界には森もあれば海もある。喧騒に包まれる海洋王国から足を延ばした自称『全ての女性の味方』ルドルフは鉄帝国の酒場に入り浸る。話題は大規模召喚の事だらけ……小さな領土の次期領主の側近としてすべてを犠牲にした自分の快楽のため、彼は瞳をきらりと輝かす。
「わ、 ビッツさーん!」
「チャオ! 応援ありがとね」
 ――彼の耳にはまだ『噂』は入っていない。
 一人きりの池でのんびりとくつろぐエリアルは「大規模召喚、ね」と小さく呟いた。
(……『お仲間』が沢山増えたみたい)
 ぱしゃり、と手を伸ばすエリアルはきらりと瞳を輝かして「いいじゃない!」と声を上げた。
「私のやりたいことがどんどん増えそうね! 楽しみ!」
 ぱしゃぱしゃと腕を動かすエリアルは「あっ」と体を固まらせた。
「足攣っ――――」
 ゆっくりとそのまま、池に沈んでいく……。
 鉄騎種が多く住まう地にて、バーシュはいつも通りの日常を数えきれないほどのルーティンをこなしながら過ごしている。
 ……しかし、日常を違えたのは突拍子もない『出来事』で。
 12番目の機械は確かにその両眼で来訪者の訪れを捉えていた。本人自身も『特異運命座標』として召喚された身だ。何が起きているかはよく理解できる。
「―――」
 錆び付いた思考は、日々の変化を確かに感じ取っていた。
 何も変わらない日常に、神に祈りを捧げ、民の話を聞き、教会を清め、猫たちの世話をする。
 日々のルーティンは変わりなく、いつもと同じ筈だった。
「……これは?」
 騒めく胸にクラリーチェは顔を上げる。
 これから何か始まるのか、それともすでに始まっていて激動の波に流されるのか。
 運命は未だ分からない。分からないことだらけだからこそ、その胸は騒めいた。
「……はい」
 秘密結社オリュンポス。聖女ピュティアは一つの『神託』を賜った。
 彼女の信じる大いなる存在は、彼女に一つの助言を与えた事だろう。
 きらりと瞳を輝かせピュティアは「はい、はい」と幾度も頷く。
「聖女ピュティア、主のご拝命承りました。これより結社は、世界平和の為に、世界征服活動を開始します!」
 きっと、内容は大いに勘違いされている――
 誰かが世界征服を願う一方で、誰かは世界の平和を願う事だろうか。
 正義の味方(ヒーロー)だった誰か。勇者だった誰か。誰もが『何か』を抱えた儘この世界には訪れる。
 狂介はくつくつと喉を鳴らす。ギルド『ローレット』に彼らは向かって仕事をするのだろう。
「楽しみだな」
 誰に言うでもなく、口にした言葉は青い空へと吸い込まれる――吹く風に彼の笑みは飲み込まれた。
「ま、せいぜい頑張るんだな」
 こん、とコルクが床に落ちた。
 拾い上げる勇司は呆然と空を見上げた。巷で話題となった大規模召喚――自身が召喚されたのは何時の話だろうか。
(これで何も起こらないってことはねーよな)
 見知らぬ土地、見知らぬ世界。そろそろ動き始めるかね、と誰に言うでもなく背を伸ばし勇司は武器を取る。
(俺はヒーローにはなれないかもしれない。――それでも、誰かを護れる男にはなりたいんだ)
 囀る鳥の声、穏やかな海洋の風に交じる気配にみつるは「あら?」と首を傾ぐ。
 長い髪は風に揺れ、唇に乗せた柔和な笑みは只、穏やかなままで。
「あらあらまぁまぁ……」
 海洋王国の何所かの庭で彼女は新たな始まりの予感に胸を躍らせた。
 世界は流転する。
 ならば、言の葉を舞わせよう。一つ、言祝ごう。
「ようこそ、混沌へ。新たな座標たち―――」



 リプレイ:夏あかね
 監修:YAMIDEITEI

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