PandoraPartyProject

特設イベント

絢爛なりし我が幻想よ!

●王宮
「イレギュラーズなんて役得もいい所だな。
 商人である以上、イイモノは何でも知っておかないと――」
 コルは馬鹿馬鹿しい程に豪奢な王宮を前に思わず一人ごちていた。
 人生何が起きるかは分からない――
 そんな言葉を嫌という程実感したイレギュラーズは多かっただろう。
 異世界転移なる良く聞くイベントがまず第一。
 第二は本当に臆面も無く今日から世界を救って下さいとお願いされてしまった事だ。
 ライトノベルも真っ青なジェット・コースター展開は何となく状況を受け入れる他無かった彼等を未だ解放してはいない。

 ――要約。僕が楽しいから顔を出したまえ!

 以上! な王様からの招待状をコル達が受け取ったのはつい暫く前の話だった。

「王宮に入れるフラグが立ったのか。何かアイテムが手に入るかもしれないな」
「うんうん、折角の王様のおうちだし、探険しないと!」
 特に頷いたランディスのおたから☆サーチ(ギフト)は希少物品に反応する事もあるのだから、これはかなり楽しいかも知れない。
 持って出ていいかどうかは別問題だが、案外最初の城のややこしいポイントに重要アイテムは隠されていたりするものである。
「目と鼻の先のラスボスに到達出来たりね」
 あくまでゲーム感覚のカインの調子は気楽なものだったが、思えば、たった数週間で彼等の人生は随分と様変わりしてしまったものだ。
 勿論、元からこういったファンタジーな文化圏だの王宮舞踏会に参加する身分だの――暮らしをしていた者も居るのだが、全体からすれば一部である。
「うーん、ボクってばどう考えても場違いな気がする……
 見た目ジャージだし! 主食はカツ丼とハンバーガーだし!」
「折角の“人間サマ”の王の御呼ビダ。得れるもんは得ねぇトナ」
 全身ジャージに身を包んだマドカは正装(フォーマル)からは何処までも縁遠かったし、皮肉気を滲ませてそんな風に呟いたズルドは短躯で骨の浮いた痩身、猫背、その肌は鉄が湿気に触れ黒ずんだような鼠色――と来れば、王国の招待を受けてしっくり来ると言うよりは討伐の対象にでもされそうな『ナリ』である。
 招待客の多くにズルドのような旅人を含むイレギュラーズ達の姿は実にバラエティに富んでいた。実を言えばジャージのマドカやこのズルド辺りは文化圏的に特に問題は無い位。ふと城門の方へ目をやれば、

 ――ふむ、王冠とマントは外すべきだったか。
   ここは余の王国ではないのだからな、他国の王族への配慮も必要か――

「着ろ」と言うのに更に『脱ごうとした』ゼン(・ラ・ヌーディ)が衛兵と喧々囂々のやり取りを続けている。
 フォルデルマンの細かい事に頓着しない性格は王宮舞踏会なるイベントにさえドレスコードを要求していないが、流石に全裸は問題である。
 もっとも、彼女の場合、大抵何故かややこしい所は光の関係で見えなかったりするのだが。まぁ、そういうものである。
「しかしあれだな、家ってのは雨風を凌ぐにはいいと思うんだが、こんなにでかくする必要あるのか?」
 首を傾げたルーは王宮と庭園のあちこちを眺めながら一人呟く。
「人は多いが、それにしたって過剰すぎる気がするんだが……いや、それを理解するのが文化なのか」
「少なくとも、幽世でも現世でも、このような景色、拙は見たことがありませぬ……」
 文化理解に努めるルーの感想はさて置いて。
 数多くの職人によって完璧に整えられた庭園は、雪之丞にそんな感嘆の言葉を吐かせるだけの素晴らしさを持っていた。
(しかし、だから、でしょうか。拙でも、不安になるのでございます。
 拙は鬼です。人を斬り、鬼を斬り、屍山血河を歩いてきました。そんな拙に、かの王は、何を望むのでしょうか――)
 疲れた王都の姿、そして幻想らしく『幻想的なまでの』庭園、白亜の宮殿。
「如何にも王族って感じね。一体ここまでの庭園にするのに何年かかったのかしら」
 何とは無しに肩を竦めたドレス姿のリカナの言う通り。
 国王はとんでもない人物だという評判は聞いていたが、まがりにもこれだけの城と国を治める人物には違いない。
 未知が不安を生むのならば、成る程――雪之丞の不安も尤もだった。
 国王には何か狙いがあるのか。果たしてこの招待には、友好と興味以外の、或いは以上の意味があるのか――
「その辺り、教えて貰えると嬉しいんだけど」
 生け垣の向こうから顔を出したシャルロッテを認めてリカナが続けた。
 彼女の言葉は額面通りに受け取れば庭園の事。穿って聞けばそれ以外も、である。
 確かに今日、この場にイレギュラーズを招待した国王のメッセンジャーである彼女ならば何れも知っている事になろう。
「さすが王宮! お庭も豪華ね!
 陽当たりも良さそうだし……ああ、これはお昼寝するしかないわ……昼間にも来たい」
「ええ、いつか。でも虫にはお気をつけて」
「虫っ!?」
 トリーネの言葉にシャルロッテはクスリと笑う。
「この庭は六代前の国王が作られたと聞いております。
 歴代の王は、英雄と呼ばれるかの王を偲び、王の愛した庭園をとても大切になさっています。
 本日は、陛下のお誘いに――ご足労をありがとうございます」
 頭を下げたシャルロッテにリカナは「成る程」と言葉を返した。
「良い所に」
 そんな彼女にリカナ以上の興味を示したのはヴェノムだった。
「如何すか。先輩。この後、僕と散歩でも。息抜きに」
「私と……ですか?」
 親衛騎士という立場柄、シャルロッテは謂わば裏方である。
 立場上、招待客と関わる事は少ないと踏んでいたのだろう。怪訝そうに尋ねた彼女にヴェノムはうんうんと頷いた。
「何か笑ってる奴も居るでしょうし、嗤ってる奴も居るんでしょうけど。
 先輩は何か違う感じだったすから。ままならなさで仕方なく笑う感じ? っすか?
 大変すよね。騎士って。守りたいモノと守るモノが必ずしも一致しない。これから楽しくなると良いっすね。先輩!」
 まさに文字通り『苦笑させた』ヴェノムに続き、
「私も少しお話が出来ればと。例えば――そうですね、服飾の話等如何でしょうか?」
「ええ。あなたの人となりには興味があるわ」
 今は未だ仕えるべき主を探すオフェリア、そして「あなたはこの国の現実が見えているようだから――」という言葉の後半を飲み込んだ凛々が言葉を続けた。
「ポウッ! ダンスは得意だよ! オゥ! そちらの花の様に刺々しい愛の戦士!? シャル・ウィーーーダーーーンス?」
 流石に宇宙服でムーンウォークをキメたマイキーには面食らった様子のシャルロッテは、賓客の興味が自身に向く事は予想外だったようで暫し逡巡の色を見せていたが、やがて「私で宜しければ、後ほど」と頷いた。参考までに言えばこの「後ほど」にはマイキーの誘いも内包している辺り、彼女の生真面目さが良く分かる。
「さあ、陛下も宴も皆様をお待ちです。是非、王宮の夜をお楽しみ頂ければと思います」
 イレギュラーズ一行はそんな彼女に導かれ、王宮の荘厳な内門を潜り抜ける。
 悪徳と貴族主義に支配された幻想という伏魔殿、その中心地――果たして鬼が出るか蛇が出るか――
「――しかし、お忘れなく。陛下は困った方ですが、この宮殿の中では特別お優しい方である事は紛れもない事実なのです」
 イレギュラーズを見送るシャルロッテの言葉が、一抹の不穏さを帯びている事は間違い無かった。

●饗宴
「ボクは傭兵出身だしローレットでは下っ端だったから、実は王宮って入ったことなかったんだよねー。
 イレギュラーズなんて外の存在になった方が簡単に来られるだなんてねー」
 クロジンデの言う通り、全く人生とは分からないものである。
 真っ当な方法ではまぁ、そう簡単に訪れる事が出来ない場所もご覧の通り。
 重く閉ざされた扉さえ、時に運命なる魔法の鍵は開けてしまう。
 成る程、その理由が『選ばれているから』ならば――これ以上無い位にしっくり来る理屈付けである。勿論、皮肉めいた話だが。
 それはそれとして。
「贅の限りを尽くした宴席とは……実に素晴らしい!」
 非常に単刀直入に述べられたマルベートのその言葉は、実際の所かなり正鵠を射抜いたものだった。
 イレギュラーズ達が案内されたその広間には眼も眩まんばかりに贅沢品の集められた宴席が設えられていた。
(領袖どもの顔色より料理のほうが気になるのじゃが……これはどうして……)
 適当にその場の相手に合わせて値の張る品でも褒めてやるか、と考えていたナナルカだったが、想像以上の状況に幾らか呆気に取られていた。
「一言で言えば見事と呼ぶ他無いのう!」
 彼女の『黄金の瞳』は視界に入った物品の金銭的価値を大まかに知ることが出来る――鑑定の魔眼である。その彼女をして軽い頭痛を覚える程の高価の海。
 何かの彫刻、絵画、立派なテーブルの上には肉の丸焼きやら古いラベルの貼られた洋酒やら……実際の所、旅人連中には馴染みのないものもあったのだが、ナナルカならずとも純種ならずとも殆ど直感的に分かるのは、部屋といい調度品といい料理といい……この部屋は何から何まで高級品のみで構成されているという圧倒的事実ばかりであった。
「皆、粗相の無いようにな」
「ふふん、妾とてマナーくらい弁えておるのじゃ!」
「ちょっと緊張するなぁ。でも、メイドさんとして腕のみせどころ! ちゃんとお仕事しちゃうよ!」
 リチャードの念押しに【IB】の二人、ナナルカとクランベルが頷いた。
 このクランベルは賓客の筈が何故か給仕をする気満々なのだが――まぁ、それも良いだろう。
 その辺りはロウサやヘルモルトも同じである。
(ご飯は食べたいけど、貴族に顔覚えられたくないから……メイドに紛れ込んでつまみ食い!)
 ……いや、ロウサの場合は少し違うかも知れない。
 結果的にメイドと間違われてめっちゃ働かされる嫌気な結末は先に明言しておくが、それは不可避の想定外というものだ。
 一方のヘルモント曰く「給仕として動くのはなんと言うか、メイドとしての本能と言いますか……まあ、仕方がないですね。そう造られてるんですから」
 同じくそう造られているからか何なのか、彼女を造物した狂える魔術師の偉業は彼女に混沌でのラッキースケベを与え給うた。
 本人は引っ掻き回せれば良さげ故に特に気にしていないだろうが、もし発動した日には何人かの関係者が頭を痛めるのは確実である。
「わくわくですね」
 わくわくですよ。
 閑話休題。
「お初にお目に掛かります。皆様方。私リチャード・ロウと申します」
 仲間内を代表するように丁寧に頭を下げたリチャードの向こうには煌びやかな空間の中でも一際豪奢な四人が居た。
 国王フォルデルマン三世、大公爵レイガルテ・フォン・フィッツバルディ、侯爵名代リーゼロッテ・アーベントロート、遊楽伯爵ガブリエル・ロウ・バルツァーレク……この幻想においては間違いなくTOP4と呼べる錚々たる面々である。
「フォルデルマン閣下におきましてはご機嫌麗しゅう。貴国の礼儀にそぐわぬ挨拶であったならば、どうか寛大な御心でご容赦願いたい」
 丁寧に礼をしたリチャードと上品でありながら子供らしい愛らしさを感じさせる所作で述べたエクスマリアに四人は小さく頷いた。
 リチャードにしてもエクスマリアにしても当面の活動がこの幻想付近になる以上、彼等は高い確率で雇い主なり何なりに成り得る人物という計算があった。折角の晴れの場に、信頼出来る部分や実力をアピールしておきたいという意図は小さくない。
「気苦労の絶えない日々でしょうが、俺の世界の話を、慰みにでも。
 こうして召喚されたのも何かの縁。更なる縁があればまた、仕事も出来れば尚良し、ですな」
 見知らぬ爺さんが蜜を差し出そうが苦い薬を差し出そうが、毒薬にしか見えなかろう――内心で今日をそう評するアートは飄々と言う。
『宿主は……夢見心地のようで申し訳ありません。
 斯様に絢爛なひと時を過ごす機会をいただけたこと感謝いたします』
「おや、君は……宿主? ふむ、面白い者もいるんだね」
「うおお! メシ! 豪華なメシっすよ! あーしゃこんなん絵本の中でしか見た事ねーっすよ!
 ……ホントに喰っていいんすか?」
 アーラより丁寧な挨拶を受け、まさに快哉を上げたクォリエルに宴席と城の主たるフォルデルマンが満足そうに頷いている。
「……あ、大好きついでにこの料理、ちょっと持ち帰っていいすかね?
 孤児院のちびすけ達にも是非食わせてやりたいなーって……その、品がない事はじゅーぶん分かってるっすけど……」
「好きにするといい。元々、諸君の為のパーティだ。君も、ええと宿主君も、本体君も是非楽しんでくれたまえ」
「やったー王様大好きー!」
 飛び跳ねんばかりのクォリエルの調子にフォルデルマンは一層満悦を深め、彼の左隣に立つ老貴族はピクピクと口元を震わせていた。
「うふふ、楽しい方々ですこと。そう思いません事? 陛下――公爵閣下」
 フォルデルマンの右手に立つ美貌の貴族令嬢が煽るようにそう言った。
 リーゼロッテの言葉を額面通りにしか受け取らないフォルデルマンは笑顔のままそれに同意し、その彼の様子を確認したフィッツバルディ公爵の方はと言えば、『分かっていながらそう言った』リーゼロッテに厳しい視線を投げた後、「大変、結構でございますな」と乾いた声で述べるのが精一杯だった。
(……これは、やはり少々付け焼き刃では難しいかも知れませんね……)
 ネオ・フロンティア海洋王国の名門に生まれついたクラサフカはこういった集まりにもある程度慣れている。
 旅人を含め、かなりの数を数える『王宮晩餐会何て人生に欠片も経験していない』イレギュラーズに――それを確認する意思を持っていた者に最低限の手ほどきはした彼女だが、それはあくまで気休めのようなものだった。
(見るに、侯爵令嬢の方は面白がっているだけ。公爵閣下の方は取り敢えずは我慢の一手の御様子で)
 幸いにしてこの席を設けた国王がマナー何てものを全く気にしている素振りが無いのが救いではあるのだが。
「ともあれ、この席は我が名にかけて諸君等を満足させる事であろう! 好きに過ごしてくれたまえ!」
「きゃー☆ 王様、すってきぃ~!」
 オーバーアクションに大きな胸を揺らした千春が――相当あざとく――黄色い声を上げれば国王は一層機嫌良く手を振っている。
 リーゼロッテは「あらあら、流石は陛下。ねぇ? 公爵閣下」。フィッツバルディは引き攣って「結構ですな」。
「成る程、王族、貴族の集まる宴は腹の探り合いにもならぁな」
「面白いねぇ」
 耳をそば立ててさえいれば、些細なやり取りからも人間関係が見えてくる。
 呵々と笑ったオクトに応じるように呟き、「唯の趣味だよ」と嘯いたバートンだが、その実、情報収集には余念が無い。
 同様にこの場を唯の遊び場と考えていないのは、
(何百、何千年と鍛錬を積んだこの身が、この世界という枠の中でどこまで抑え込まれているか、それを見定めたい――)
(むしろ王族を見れたのはいい機会である。まぁ特異運命座標として呼ばれたのだからコチラの思惑なんて問題ないだろう)
 万が一国王に害する者等がこの場に居ないかを警戒するアカツキや、イレギュラーズであるより先に鉄帝軍人である事を自認するハイデマリーも同じだ。
 持ち前の次元多重思考(ギフト)で状況を思索するハイデマリーの一方で、
「はじめまして。私はジュディス・バルヒェットと申します。以後、お見知りおきを」
 主立った有力者に華やかな笑顔と愛想で顔を売るジュディスの立ち居振る舞いも中々どうしてしたたかである。
「かかっ、だからと言って、宴を楽しまない理由にはならねぇな」
 オクトはもう一度嗤う。慣れれば刺々しい貴族達のやり取りも酒の肴に良い――かも知れない。
 特に彼のように『人の悪い』者にとっては、だ。
「うふふ。『結構ですな』としか仰いませんのね――他の言葉を忘れてしまったかのよう」
「これだから旅人(ウォーカー)風情は、とでも言わせたいのか、小娘が」
「あら、とんでもない誤解ですわ。そも、アーベントロート家は元々旅人の出ですものね」
「それも含めてだ」
 目を覆いたくなるようなやり取りは、刺々しく毒々しいが――致命的破滅を回避しているのは幻想の難しい政情が良い方向に作用している為だ。
(さて、この国の病巣が集うこの場、観察するには良い機会ですが……一目瞭然ですね)
 如才ない挨拶を済ませたシェリーは横目でチラリと大貴族達の様子を伺い、分析するまでもなく合点した。
 彼等を辛うじて『結束』させているのは、皮肉な話、外敵の存在に違いない。恐らくレイガルテはリーゼロッテを国政の表舞台から排除する事が出来るが、リーゼロッテ――と言うより軍閥アーベントロート派の存在無くしては外敵――主にはゼシュテル鉄帝国への対応が難しい。貴族としての家格、権力を比すれば圧倒的に風下にある筈の暗殺令嬢が一歩も退却の素振りを見せないのはキャスティングボードを握っているという自覚故だろう。
 しかして、やはり危険なゲームである。二人の抜き差しならぬ関係は、レイガルテの背後に控える甲冑の大男の放つ殺気が何より物語っていた。
(何れにせよ為政者があの有様、この先どうなる事やら)
「お会い出来て光栄です、陛下。とても華美な宴ですね。わたくし、驚いてしまいましたわ」
「ハッハッハ、そうだろう。そうだろう!」
 シェリーが視線を移した先で、みつるに柔和に微笑みかけられ、露骨に相好を崩したバカ殿様が居る。
 真意の読み難い彼女の神秘性をまるで読めていないのは逆に安心する程に彼らしい。
「……陛下の会なのです。お二方ともゆめお忘れなきように」
 全く頓着していないフォルデルマンを挟み、小声で火花を散らす派閥領袖二人に釘を刺すようにガブリエル伯爵が言った。
 端正な顔を(´・ω・`)な感じにした彼の気苦労は非常に分かり易い。丁度、似たような顔を良くする花の騎士様も居る。
「大変結構な席にお招き頂きありがとうございます。この世界に未だ不慣れなもので……今後もご支援お願いしますね」
「ああ、そうだな。元凡人には縁の無かった話だが――乗りかかった船だ。俺にやれる事ぁ何でもやらせてくれ。アンタにゃ期待してるから」
 みつきが、ロアンが溜息を吐いたガブリエルにそう声をかけたのは、彼がハッキリと憂いていたからだ。
「ありがとう」と言葉を返した彼が二人の真意をどう受け取ったかは分からないが、彼がこの国の貴族らしからぬ温和な誠実さを持ち合わせている事は良く分かった。二人は短い関わりだが彼の人となりが理解出来た気がしたし――それは恐らく間違っていないだろう。
「色々と――有意義なお話も出来そうですわよね。是非、伯とはお話をしてみたかったのです」
 対照的に涼やかな顔でそう乗っかった瑠璃篭には、この廃滅する国への冷ややかな感情が存在していたが、当然それを表に出すような彼女では無い。
「幻想の未来と、この夜に」
 乾杯を。
「……いや、本当に絢爛豪華だな。
 国王陛下は……招待状と言いこの宴と言い、それだけ見ればただ……あー、平和な人柄に見えるが」
 J・Dは苦笑い半分に言葉の後半――あの手のタイプは、実態は一筋縄では行かない御仁だったりもするが――を飲み込んだ。
 閑話休題。主催、それも一国の王が宴を楽しめと言う以上は、お付き合いでも何でも楽しむ義務は生じていると言える。
 実際の所、供される料理も酒も極上には違いないのだから――様々な心配事はさて置いて、これが素晴らしい時間なのは事実だった。
「全く持って――いちいち感動的だね!
 異邦の民たる私にとっては文字通り『新世界』の葡萄酒だ。料理とのマリアージュも含めて存分に堪能させてもらおうかな」
「おしゃけ! 飲みます!! 私の星では十七歳が成人なのでして!!!」
 マルベートに応じた自称・永遠の十七歳――らむねは実際多分十七歳じゃないのでまぁ、そういう事だ。問題無い事はデータベースで確認した。
「豪華なパーティ、そいつはヘビィだ。酒と食事と音楽があれば、乗らない手は無いね」
 俄仕込みとは言え、商売(バーテンダー)柄、特に酒の種類に興味があるのはエリスも同じだ。
「幸いボクは二日酔いとは縁が無いからね。ご好意に甘えて大いに飲ませてもらおうじゃないか!」
 彼女の『ざる』はこの世界に約束された祝福(ギフト)である。たとえ工業用アルコールを一気飲みした所で、栗栖・エリスには二日酔いの文字は無い。
 尤も、そんな暴挙を果たした場合の二日酔い以外の健康被害の方は、流石の混沌世界も保証しかねる所だろうが……
(ごはん……ごはんッ!!!
 まて落ち着け、ここは王宮。いつもの大衆食堂みたいにガツガツと遠慮なく食すのはマズイってことくらい理解(ワカ)る。
 やれやれ、いつものとは別格の御メシにタダでありつけるとあらば相応の代償というかやり辛さもあるってことなんねー……)
 最早、リッキーの思考は猛烈に回転し過ぎて制御を失いつつあった。
 目前に並ぶ珠玉のご馳走の数々は決して逃げはしないだろう。しかし、お預けにも限度がある。
 時には女子も虎にならねばならぬ。彼女は虎だ。本能は、獲物を目の前にそう長い猶予を与えてはくれないのだ。
「とにかく! お上品にいただきま……うまい! 上手い!!!」
 当然ながらその手は物凄い勢いで動き始めている。
 そんなリッキーの反応にくすりと笑い「獣のように貪欲に、品性も忘れずにね」と冗句めいたマルベートは目を細めて暗色のたゆたう酒瓶を指先で弾く。
「見たことない食べ物やお酒がいっぱい。どれから食べようか迷うね。料理がわかる人に聞いてみたら――どんな味がするのか教えてもらえるかな?」
「シェフ!」
 緋呂斗の何気ない一言に指を鳴らしたフォルデルマンに応じてコック服に身を包んだ大柄な男が現れた。
 立板に水を流すように料理や酒の説明を始めた彼に、緋呂斗は軽く戸惑いながらも、まずはと軽くグラスに口を付けた。
「シェフもいいけどよ、陛下に聞きたいことがある……陛下の一番のオススメ料理ってどれだ?」
 説明を受けてもどれから手を付けるか――どれを中心に攻めるかを決めかねたヘレンローザがそう問うた。
 彼一流の理屈によるならば、『一番えらいやつに一番美味いモンを聞いた方が早い。どれも滅多に食えないんだから』である。
「そうだね、私はその――鳥の丸焼きが好きだね。香草を詰め、王宮秘伝のソースで仕上げている。毎日でも飽きないよ」
 フォルデルマンの言葉に神妙に頷いたのは見事な料理のその技を盗まんと慎重に味わう景だった。
 兎に角、旨いものが食べたい――という直情径行とは対照的だが、これはこれで貴重な機会である。
「サンキュー! 敬語は次の機会までに勉強しとく!」
 ヘレンローザの攻めるは決まった、後は走るのみである。
「……あ」
 そんなヘレンローザの目の前を鳥の丸焼きが飛んで行く。
 無表情で幸せにモグモグやっていたティルティシアが要らん冒険譚(ギフト)を発揮したからに違いない。
「……うむ、うむ。流石に味は悪くないのう。この子羊のロースト、ソースに良いものを使っておる。
 細かい所に行き届いた仕事じゃ。褒めて遣わす――む、キッシュの皿が空になってしもうたか」
「なんとも豪勢でありますなあ。我が故郷にも高貴な血筋と家柄は残されてはおりましたが……
 しかし、このご馳走! いっそ王宮の警備要員にでも雇って貰えますまいか……」
「カレー美味しい! カレー最高!」
 デイジーが論評述べつつ舌鼓を打ち、ケーナが感嘆混じりに呟く向こうで、何処と無く既視感を覚える声を上げ、小梢がカレー鍋を抱えている。
 更にその向こうには歓談する【勇者ロイ一行】の姿もある。
「さて、ギル、酒は無限にあると思うなよ。大酒飲みは他にもいる可能性があるしな」
「なに、心配することではなかろう。コレを用意したのは国王陛下じゃ。それぐらい、認識しておると思うのじゃ」
 ロイの言葉にギルバルドが豪快に応えた。確かにこの席を用意した国王はもてなし足りぬ、を許すような人物には見えない。
 例えこの席が幻想の窮状を生み出している一因だとしても――恐らく彼にそれは『関係ない』だろう。
「まぁ、招待預かった身だ。楽しむか、程々に――落ち着いて」
「普通に行動していれば、目に着くことはないと思います。
 今回はここで静かに……は無理でしょうけどね。流石に、人種どころが、それ以外もごった煮な状況ですし。
 まぁ、私達、然程目立たないかと思いますから、ゆっくり食事でもしておきましょう」
 ロイに応じたダルタニアが頷いた。
「たしかに、色々と集まっているフシはありますけどね。見たこと無いものまでいますし。とは言え――」
 軽く嘆息したレナの視線の先には服を着た鼠(パティ)と、黒豹(空牙)と、馬(ライトブリンガー)が居る。
「拙者は、とりあえず、ある程度はいただくで御座る」
「ちゅー、色々と視線(ちちぇん)が痛いでち」
「ぶひひひひひぃぃぃんっ! ぶるるるるるぅっ!!!」
 パティはチーズが御気に召しているようだ。空牙は主に肉を喰らい、ライトブリンガーは空牙が見向きもしない野菜を貪っている。
【勇者ロイ一行】も様々だ。人型を取るロイ、レナ、ギルバルド、ダルタニア辺りは余り目立たないが残りの彼等は結構人目を引く。
 まぁ、とは言っても――旅人は種族の坩堝だ。
「ふぅ、熊は、そこら辺の木の実を喰ってれば生きられるんだしな。俺らは獲物を喰ってこその猛獣なんだがな」
 ハイイロオオカミの外見をしたロビが傍らの義兄弟――熊のワーブに呟いた。
「俺的には、肉がありゃいい。血沸き肉踊るって言うが、まぁ、ここには死んだ獲物の肉だけだしな」
「おいら的にはぁ、果物やぁ、蜂蜜やぁ、魚があればいけるんですよぅ」
 いまいち盛り上がらない調子のロビにのんびりと応じたワーブの前には給仕が気を利かせているのか、山のような果物が積み上げられている。
 シートン兄弟は一見してオオカミや熊なのだから、一見して鼠や馬程度ならば問題になろう筈も無いのも当然だ。
「偉大なる百獣王になるため、わしもたっぷり栄養を取らせていただくとしよう」
 オオカミが居て熊が居るなら百獣の王――アレクサンダーが居るも道理である。
「ヒャッハー! 水だ水だー!!!」
 トドメに鶏肉を(知らずに)つまみながら何故か水に歓喜しているロースト・チキンを置いておこう。
「いやぁ、まったく。いっぱい食べれるのはァ、幸せだと思うんですよぅ」
「まぁ、それは否定しないけどよ」
 野生の鉄則は食える時に食っておけ、である。
 高次知的生命体である彼等は野生に支配されてはいないが、先のロビの言を聞く限り本能は別腹といった所だろうか。
 まぁ、しかしながら王宮という舞台に対しての違和感は(彼等だけではないが)かなりのものである。
 主催者がむしろそれを面白がっている以上はいいのだ、それで。
「今回は静かな事を願いましょうか……しかし、傍目にも叶うとは思えませんね」
 食事と酒を楽しむ晴人は一人ごちたが……余り本気で期待している台詞では無かった。
 旅人という存在、イレギュラーズという存在そのものがそうさせる部分はある。
 それ以上に厄介な喜劇中の道化(ギフト)は概ねの局面で彼を放っておいてはくれないのだ。
「……ほら」
 案の定、「人の話を聞けー!」と声を上げながらメイドと間違われ続けているロウサから飛んできた皿が面白い形で彼の頭の上に乗った。南無。
「んーっ♪ おにくおいしー!」
 少女らしくストレートな表情でご機嫌にフォークを動かしていたクルシェンヌの視線が一箇所で止まった。
「あ、ウォリアー! ウォリアも来てたんだねー!」
 皿を片手に見知った顔に歩み寄る彼女は、
「ああ、なんと絢爛(ごうまん)で、幻想(きょげん)の如き空間か。
 此度は特異運命座標として赴いたが、やはりこのままでは……む……」
 前を見ずにメニアにぶつかり、見事に自分の服を汚してしまった。
「……やっぱり、肉ばっかり取ってるヤツがいると思ったらクルシェンヌか……で、メニアも居ると……」
 見知った顔が突然集まり始めたのも【縁】か。ウォリアはやれやれと肩を竦めるがすぐに思い直した。
「えへへー。どうかな? 似合うー?」
「ああ、深みのある青が可憐でよく似合っているとも。
 だが、クルシェンヌ君はもう少し落ち着こう」
 ギフトで衣装を変えたクルシェンヌにメニアがやんわり釘を刺す。
 饗宴も意味を為さない我が身である。相変わらずの二人が居れば退屈は随分紛れそうなのだ。
「皆食べたい物とかある? あったら取ってくるよー」
 元気に走り回る姿はまるで小間使いの真似事だ。
「では、肉料理とフルーツジュースを頼む」
「はーい。でも僕ってこの世界の出自なんだけど……いいのかな? 別世界なのは確かだけどね」
 エリシスに応えた比からすればこの状況が異世界そのものである。
「なるほど、これは確かに豪華絢爛。料理も上等。故郷世界の王城を思い起こさせる」
 一方でエリシスにとってこの絢爛な光景は懐かしき場所を思い出させるに十分なものだった。
 平素の鎧と篭手を外し、ドレスに身を包んだ彼女は全く様になっている。
「やれ、こういう所に来ることはもう無いと思っていたんだがなぁ」
 そしてそれは「なぁに、昔の話だよ」と枯れた笑いを見せたユリウスにとっても同じだったらしい。
「とりあえず基本は肉料理よね。うん。大事だわ。
 ……やだ、なにコレ美味しいじゃない。是非他の皆も食べるべきだわ」
【武闘派無銘堂】の仲間達の顔を思い浮かべ、しみじみと――力強くルアナが断言した。
「ああ、全くだ。供された料理を楽しまぬは失礼というものだ」
「ましてやこれだけ手間暇をかけたものを」と続けた雷霆は、
「む、雷霆殿。そう召し上がってばかりでは喉も乾こう。飲み物のリクエストがあれば聞くが」
 そう水を向けたエリシスに「どうだ、一緒に酒でも」とグラスを掲げる仕草を見せた。
 その間も、
「待ってぇ! ちょっとは残してよう!」
 お姫様のお人形のように豪奢で愛らしい格好をしたプティの視線が向いた先から皿を平らげ、軽い意地悪をしていたりする。器用である。
「私は大喰だけど食べるの遅いから! 遅いから!」
 騒然と、しかし楽しいやり取りをする面々は実に仲良しといった風である。
 マイペースに歓談をするのは【眼鏡】の二人も同じだ。
「食欲の秋、眼鏡の秋……
 ああ、眼鏡の文学少女や文系男子が一生懸命蟹を剥いている姿が見たいと、"彼"は言っています」
「蟹を食う気が失せる……新手の変態ですか?」
「おや、闇金さん 共食いですか?」
「ほう、海産物を食うディープシーは共食いサイコパスだと? 夜の海に気を付ける事ですね」
 000369(miroku)とダンデライオンのやり取りは実に刺々しくも丁々発止としており、いい掛け合いになっている。
 このmirokuはと言えば、本体は眼鏡の方でイケメンは唯の暇人なのだから最早愉快の領域である。
「本当に様々な種族の、色々な方がいらしているのね。ふふ、こうして眺めているだけでも面白いわ」
『やはり、王宮主催の宴会なだけはある。どの料理もおいしそうだ』
「これだけのお呼ばれだし――せっかくの豪華さを満喫しようか」
 口元を綻ばせたイーリスに筆談で応じたテテスやリオンが相槌を打つ。
『お酒も貰おう……成人してるかだと? 私の世界では十五で成人……何? 絶対駄目だと』
 テテスさん、駄目です。
「そちらさんも」
「え、はい!? 私ですか!?」
 突然に水を向けられたリコリスがつい背筋をピンと伸ばして弾かれたように応えた。
 国王の招待を無碍にするのも……と思案して参加した彼女だったが、居場所に困っていた所だった。
(き、緊張しますが……)
 一人で参加してジュースを飲んでいた彼女だが、連れ合いのいない同士の談笑も良いものである。
 一方でリィズは人との交流が苦手だった。
 苦手な自分がどうしてこんな場所を訪れてしまったのか――それ自体彼女自身にも分からなかったが。
 忘れ去った記憶の名残からなのか定かでは無いが、人を怖いと思う感情があるのは事実である。
 そして同時に。
(……寂しいな)
 歓談の中、一人きり。別次元に取り残されてしまったような感覚は、何とも言えない不安感そのものだった。
 しかし、事実としてリィズは別次元の存在では無い。そこに居て、触れる事が出来る――この世界の住人であった。
「あの、その……私は、お酒に釣られて参加しただけなのですけど……こうしているのもどうかと思いまして……」
「――――」
 同様に端でポツンと飲んでいたシーザが非常な勇気を持って彼女に話しかけたのは、何かのキッカケになるだろうか。それとも。
「……たくさんの人がいると、つい、探してしまうの。
 ずうっと昔に、私を助けてくれたあの人を。いるわけがないと思っているのに、不思議ね。
 ……だって、人間種ならもうとっくにお爺ちゃんになっているはずだわ」
 幻想種のイーリスは少し寂しい笑みを浮かべて言う。
 当然ながら人間種とは時間の流れが違うから――それは良くある話ではあるのだが。普遍的に胸を打つ。
「成る程のぅ……それは、哀しい……とも違うか。複雑じゃ」
 料理と酒を堪能しながら色気たっぷりのミカエラがしきりにうんうんと頷いている。
 押し出しが強そうなキャラクターにおっぱいだが、案外聞き役の上手い良い子である。
 宴が進み、場が温まってくると我の強そうな貴族連中もイレギュラーズの面々と会話を始めていた。貴族も今後のキャスティングボードを握る可能性を持つイレギュラーズが気になるのか、傲岸不遜な彼等からすれば信じられない位に『歓迎』しているとも言える。元々(非常に癖はあるが)社交的なリーゼロッテは兎も角、それが貴族主義が服を着て歩いているようなレイガルテ等になれば、『何処の誰とも知らない相手』との会話に応じる時点で最早希少価値である。
 ギルバート・クロロックにとって、これは千載一遇の好機と言えた。
「……我ら【梟の瞳】。私の魔眼は病を写し、この身は医学の心得が御座います。この力で……是非とも公へお力添えしたく存じます。どうぞ、お見知り置きを」
「お初にお目にかかります、閣下。【梟の瞳】、堕眠のモルフェウスと申します。
 我らマジックギルドの存在理由は、あらゆる魔術的遺物を探し求める為……必ずや閣下のお役に立つ存在となるでしょう」
 レイチェル、モルフェウスの礼に続き、ギルドマスターたるギルバートが歩み出た。
「この者達の所属するギルドの長、クロロックと申します。
 我等、国家を真に支える貴族、特に閣下のような方のために是非尽力させて頂きたく――
 この場の者達と行動を共にし、鮮度の高い情報を多く集めていきます故。表・裏の依頼に関わらずお役に立てるかと」
 彼と彼の率いるマジックギルド【梟の瞳】は、この国の影の支配者とも言えるレイガルテと接触を図りたいと考えていたからだ。
 そしてそれは主に足る人物を探すガレインも同じくである。
「フィッツバルディ卿は理想の主とお見受けする。もし許されるならば、お話をさせて頂く光栄に預かりたいと」
 不測の『謁見』にレイガルテの信頼厚いザーズウォルカは僅かな怒りを見せた。
 幻想最強と称される黄金騎士を予想外に「良い」と制したのはその主たるレイガルテだった。
「中々見る目のある――物事の筋を理解した連中では無いか。言葉が事実かは知らぬがな」
 フン、と鼻を鳴らしたレイガルテの機嫌は悪くないように見えた。
 政敵たるリーゼロッテがイレギュラーズと早々に関わり合いを深めつつある事を彼も知っているからだろう。そういったフットワークの軽さは厳粛なレイガルテには無いが、相手から来てくれれば応じようはあるという事か。その辺りの体面を立てるのがギルバート等の行った『自身からの拝謁』である事は間違いない。そして、レイガルテ曰くの「物事の筋を理解した連中」という高評価の最大要因だろう。
「先に関わる事があるかも知れんな。一応、梟の名前は覚えておいてやろう。
 それと貴様は――何と言ったか?」
 水を向けられたガレインが「ガレイン・レイゼンバーン」の名乗りをするとレイガルテは一つ小さく頷いた。
 レイガルテの言葉は神の言にも等しいのだろう。ザーズウォルカも先程とは打って変わって四人を認めたように「覚えておこう」と追従した。
 一方もう一人の花形――この国の最大問題点の一つは、相変わらず楽しそうに社交を楽しんでいる。
「あ、リーゼロッテ……はっ!? 待ておいギフト止まれうおおおお止まらねぇー!?
 つかさっきから発動しっぱなしかー! おおおおう会えて嬉しいわ、チクショウ!!!」
「あらあら、楽しいお方。私の事を好いて下さっておいでですのね。
 ……怖がられるなら兎も角、これはなかなか面映いものですわね、ふふ」
 この騒ぎは灰人のハートブレイカー(ギフト)が自身の本音を確定的な真実として周りに伝えまくってしまう、という不幸な出来事に起因する。
 混沌を、幻想を、リーゼロッテを良く知る人間からすればそれは俄には信じ難い見方だろうが……
 灰人が彼女を気に入った理由が彼女の面立ちかどうかは知れないが、暗殺令嬢は、まぁ、確かに美少女の類である。それも極上の。
 ある意味で挑戦者であり、ある意味でその恐ろしい噂を噂半分でしか知らないが故にか。彼女との歓談を希望する人間は少なくない。
 人が多いと言えば、一番多いのはフォルデルマンの周辺だった。
「初めまして、偉大なる王様。僕はアト・サイン。しがない観光客です。今回お会い出来て至極光栄。で、早速だけど果ての迷宮行きたいんで許可下さい」
 この直言には、多少空気がざわめいた。
『果ての迷宮』は幻想の建国王が踏破を夢見た最大迷宮である。
 アトとしてはこれが何より気になる項目で、欲望にかなりストレートにモノを言っただけなのだが、建国以来の悲願であり、貴族の名誉レースの場と化している重要な場所へのアクセスを『初めましての国王に直談判する』というのは冷静に考えなくてもかなり不躾である。
 思わず気色ばみ、モルフェウスから視線を外したイガルテが何かを言いかけたのだが、フォルデルマンの言葉はそれより早かった。
「観光で行くには危ないと思うぞ、あの迷宮は」
 ……言うまでも無く惚けた訳では無い。フォルデルマンは率直にそう述べている。
(少なくとも安全な場所ではないって事か。分かり切った話だが)
 アトと同じように少なからず迷宮に興味を持っていたライネルが苦笑した。
(迷宮探索ってのは冒険の中でも博打の最たるもんだが……盤外もややこしいかも知れん。
 パトロン選びは精々慎重にせんとな)
『果ての迷宮』が有力貴族派閥の占有物だと考えるならば、一にフォルデルマン王党派、二にレイガルテ派、三にアーベントロート派、四にバルツァーレク派位は想定される所である。ライネルが一先ず興味を持っているのは武闘派だというアーベントロート派か、比較的まともだと聞くバルツァーレク派である。
 機先を制された形になり、少しやり難くはあったが――ドラマとしてはそれでも是非尋ねたい事があった。
 綺羅びやかな宴も彼女にとって見るも初めての経験。楽しいには違いなかったが、彼女はどうしたって本の虫である。
「ええと、実はこの国の、書庫の閲覧許可を頂きたく思うのです。
 個人的な興味が大半を占めるのですが……これから仕事をするに当たってこの国のことをもっと、もっと知りたいなと」
「書庫? ああ、埃を被っているような場所だけど――興味があるのなら案内させようか」
「……まぁ、宜しいかと。要らぬトラブルも減りましょう。娘、案内をさせる故――待っておれ」
 フォルデルマンの言葉にレイガルテが応じた。
 フォルデルマンは単純な安請け合いと好意から、レイガルテの方は『果ての迷宮』の話と合わせれば「歴史を学べ」というニュアンスか。
(この国は貴族もギルドも好意的だけど。いつまでもイレギュラーズが絶対安全である保証はどこにもないし……)
 部屋の片隅でちびりと酒を舐め、文は考える。
 文がこれまでの観察から見た所、レイガルテは分かり易く神経質で貴族主義的だ。傲慢が服を着ているようだが、相手次第では多少の柔軟さはあるか。
 リーゼロッテは物腰こそ社交的だが、実際の所、会話相手をどれだけ対等に見ているか疑問符が付く。ついでに言えば間違いなく本性を見せていない。
 ガブリエルは一般に理解出来る範囲の価値観と良識を持ち合わせた人物だが、苦労性といった風。
 しかし、フォルデルマン三世という王はいよいよもって特殊である。
 良く言えば『気さく』。悪く言えば『能天気』。良くも悪くも浮世離れした彼は他人に対しても比較的寛容だ。
 自身に対して最も発揮されるその寛容さの問題は――この場では見極めようもないのだが。
「陛下、お初にお目にかかりまする。この度はご招待に預かり光栄の極み。
 微力ながらも全力をもって世のため人の為に働く所存で御座りまする」
「うむうむ、知り合えて私も嬉しいぞ」
 ナルミの丁寧な挨拶にフォルデルマンは満足そうに頷いた。
「召喚されたばかりで何もわからなかった我々への厚遇、お礼申し上げます。
 お陰でこうして日々過ごせております。お許し頂ければ、一つだけお聞かせ願いたいのですが――
 陛下は我々(イレギュラーズ)に何をお求めでしょうか?」
「君達が巻き起こす愉快で――そして素晴らしい物語は私の退屈を慰めるのだ」
 少女の姿で尋ねた主人=公にフォルデルマンは応える。
 その言葉の通りだろう。例えば彼女が彼に変わってみせたなら――王は未知に驚き、快哉を上げるのかも知れない。
「勿論でございます。流石陛下、全て御慧眼でございますな!
 このような素晴らしき会に招かれれば、幻想国民は元より、多くの外国人も旅人も陛下のお人柄と御威光を理解する事でしょう!
 僭越ながらこの幻想の貴族に列するこの私もこちらのイコ嬢も特異運命座標に選ばれておりまして。
 幻想出身の貴族として、より陛下の意に沿うような動きができるかと。このエンヤスの名をお覚え下さいませ!」
「は、はひ!? あ、えと……ドゥルダーカ様はご立派な方なのでよろしくお願いします、王様!」
 特異運命座標(こうなる)前は、フォルデルマンと言葉を交わす等、難しかった没落貴族のエンヤスが奉公人のイコと共にここぞと名前を売っている。
 エンヤスの言葉はかなり軽薄なおべっかも混ざるが、そこは流石にこの国の下位貴族である。処世術の一つとして立板に水を流すが如く上位の相手を褒め称える言葉が沸いて出る辺りは一つの能力であると言っても過言ではないだろう。
「アタクシたちにまでお呼びがかかるだなんて、相当なスキモノと見えますわ……」
「これだけの数の好奇の視線に晒される、というのも中々……」
「さて、そろそろ王様にお目通りしておきませんこと?」
「良い頃合いでございますね、参りましょう」
 今回の一騒ぎを企画した張本人であるフォルデルマンも千客万来といった風で話し相手が尽きない様子だ。
 場も温まり、これ以上遅れて機会を逸しても面白くないとイロハ、エイベック。
 特別な夜である。このパーティも、この後の舞踏会も。
 騒がしくなるだろう。どうしたって。
「僕も召喚される前は警備関係の仕事だったんだ。イレギュラーズの対応は大変だろう、お疲れ様」
 だから、今日はドレスでめかし込んだレオナは何とも奇妙なパーティを見守る衛兵に礼を言った。
 末端から見えてくる事もある。聞きたい事もある。
 王宮勤めに滅多な事は言えまいが――何にせよ。楽しまなければ、動かなければ始まらない夜であった。

●揺時
「こういう衣装も悪く無いのぅ」
 馬子にも衣装とは言うが、形から入るのは案外効果的な場合もある。
「一曲よろしいかな、お嬢さん?」
 からかうように笑ったカレンは長い髪を纏め、口調も平素より男性らしく演じている。
 それこそ何千、何万、数え切れない位に使い古された歯の浮くような台詞だが――シチュエーションを加味すればお釣りは十分。
「よしなに」
 戯れにそう応え、手を取ったMashaは踊りに自信が無かったが、ゴシック調のドレスは彼女に良く似合い、その魅力を引き立てている。
 事これに到るまで仕事に連なる観察は十分に済ませていた。
「――では、アリシス。私と踊って頂けますか?」
 長身を礼服に包んだアレフはその美貌に自信家の表情を乗せて傍らの『月光』に問い掛けた。
「はい。お付き合い致しましょう、アレフ様」
 柔らかく応じたアリシスは芝居がかった所作で差し出されたアレフの手を取って小さく一歩を踏み出した。
 二人の本来の目的はある種の下見に近かったが、些事に思いを馳せるに、この時間は少々贅沢過ぎた。
 高い天井からぶら下がった宝石のシャンデリアが揺れる人々の時間を照らしている。
 大型の弦楽器を奏でる奏者の腕前は見事で、

 ――生憎、ダンスの心得がありませんので踊る事は出来ませんが、せめてもの感謝の印として、この場に歌を捧げたいと思います――

 フォルデルマンにそう伝え、薄い唇から氷想歌(ギフト)を紡いだ沙夜のお陰もあり。
 広々としたダンスホールは、何とも華やいだ空気に満ちていた。
「今夜は豪華絢爛の一言に尽きるね。さて、踊ろうかお嬢さん達」
【勇者一行】――カタリナの美貌は舞踏会の補正が乗りに乗って最早キラッキラで眩しく、正視が厳しいレベルである。
 勿論、誰にも等しく届く光ではないが、少なくとも彼と同道した少女二人には余りに的確に突き刺さっている。
「……ダンス初めて……けっこう、むずかしそう……」
(大好きなカタリナさんと王宮で踊れるなんて夢みたい……♪
 でも……き、緊張しちゃいます……うまく踊れるかな……
 うぅ……こんなんじゃダメ! 折角の機会、カタリナさんとの時間を楽しまないと!
 私は今、お姫様。カタリナさんだけのお姫様!)
 無表情なミィはうっすらと頬を染め、大分分かり易いセレステは思考が暴走して赤くなったり目がぐるぐるだったり忙しない。
「舞踏会は華やかに演出しなきゃ!  団長一緒に踊ろう!」
「ボクは初心者だけど、楽しく踊れればそれでいいよねっ!」
 シエラに誘われそう応えたのはセララ。
(さて、舞踏会に来はしましたが、ダンスは良くは知らないのですよね……)
「ふむ」と周りを眺めたヘイゼルは、自身の中で「まぁ、旅人を多くを招いた時点でマナーの類は求められはしないでしょう」と納得をする。
 幸いに早速「いぇい!」と体をリズムに乗せているセララを含め、この場には【聖剣騎士団】の見知った面々が居る。
「そういう訳でローラントさんとダンスっちまうのです」
「私の世界のものと同じ作法かは保障しかねるがね。
 ここは君の流儀に従おう。可能な限り――それとも、私がリードしたほうがよろしいかな、お嬢さん?」
「良いように。ShallWeダンスと参りませうか――」
 ヘイゼルの考えは恐らく正解であろう。
「この我がファイアーダンスとやらを披露しよう! 付け焼き刃であるが炎なら我に任せておけ!」
 ガーグムドの宣言は些か不穏で、これは誰かが止めないと火事になりそうでアレだが、兎も角。
(フォルデルマン三世や貴族の方に顔を覚えてもらいたいので、頑張ってみないと。
 踊りは専門分野じゃないけれど……まあ悪くはない、はず)
 うん、と一つ頷いたルティアニスが軽く気合を入れた。
 そう、どうあれ楽しんでくれる筈なのだ。顔を売りたいならばそれが一番いい。
 先の宴席もそうだが、この夜会を開催したフォルデルマンはイレギュラーズの無軌道にこそ期待を向けている部分が大きい。
「最高に可愛いボクのダンス、見せちゃうゾ☆」
 魔法少女(男)――何を言っているか分からない――こと季楽鈴が意気軒昂にかなりあざといポーズをキメた。
 鬱蒼とした森林の奥深く、辺鄙な村出身の彼は実際の所、社交ダンスは欠片も理解しては居ない。
 まぁ、余程『そういう生活』をしていれば別だが、参加者の多くは舞踏会には元より然程の馴染みはあるまい。
 グラスの水を空にするように貴酒を空け、放蕩の悦楽に身を委ねているようなこの国の貴族連中とは――どうしたって違う。
「動きにくいし……こんな格好じゃいざという時戦えねぇし……」
「戦う心算だったの? ……折角なんだし、一曲踊らない? 難しければゆっくり教えるから」
 真っ赤なドレスの裾をつまみ、口元をへの字にしたwasaviにホワイトタイの正装のChessは一つ咳払いをした。
「それに、女性なんだから裾は上げないように」
「こういう社交ダンスっつーのは如何せん慣れねぇな」
「ふふ、きっとすぐに上手に踊れるようになりますよ」
「せめて――っと、足に止まらないようにはしないとな」
『リードされて』少しだけ罰が悪そうにしたアランにルミが悪戯気な笑みを投げた。
 足に止めるのは男の甲斐性だと誰かが言っていた気がする――
 ダンスホールでは既に幾つもの組み合わせ(カップル)が出来ていた。
 元々踊る心算で参加した者も多いが、そうでない者も居る。
「あー、ざんげちゃんも居れば良かったのにー!」
 奏にとって痛恨なのは神託の少女がこの場に居ない事だ。
 彼女は神殿から出れないのか出ないのか知らないが、どうもかなりの引き篭もり。
 仮にこの場に居たなら誘えば無表情でダンスに応じる(そして思い切り足を踏む)位はしてみせたのかも知れないが。
「やっぱり、こうゆうのは夢よねぇ」
『踊りたいのか?』
「相手はいなしドレスもないけど……そうねぇ」
『まぁ、いつか叶えばいいな』
「王様をお誘いしてみようかしら」
『本体』である儀式呪具とそんなやり取りをするルクセリアと同じように、フォルデルマンや貴族達と踊りたいと考えている者は多かったし、一期一会もやはりこういう場の魅力の一つである。実際の所、余り品の宜しくない幾人かの貴族がこの菫髪の少女に誘いをかけていたりする。
 まぁ、王子様と言わずとも、相手はもう少し選びたいといった所だ。
「お城での舞踏会だって? まるで絵本の中の事のようだねぇ」
「歳も歳だから」と自身は踊る心算は余り無いてふの言葉に紅信が頷く。
「実際の所、見てるだけで楽しいよな」
「そうですね。でも踊りましょう」
 一人ごちた紅信は予想外に返った相槌に隣を見た。
「チャンドラ=チャンドラーと申します。どうぞ、おみしりおきを……♪」
 そこにはニコニコと柔和な笑顔を浮かべたチャンドラが立っていた。
「宜しければダンスのパートナー等如何でしょうか」
 森のろうそく屋さんとしては、全く商売っ気が無いとは言わなかったが、色々な相手と社交を楽しもうと考えていたのも本当である。
「あらあら。やっぱり若いのはいいわねぇ。いってらっしゃい」
 てふは楽しそうに笑っている。
 真白いドレスに身を包み、壁の花を決め込んでいたアルファードだったが、彼女は壁の花を気取るには少しばかり可憐過ぎた。
「上流階級といえば舞踏会! こんな日の為にダンスを嗜んでおいてよかったですわ!
 そこの方、お暇ならば是非一曲お付き合い下さいませな!」
「あ! あのっ! そこの御方、もしよろしければ一曲踊ってくださらないですか……?」
「あ、はい。私で宜しければ――」
 気合一杯のエイカと、思い切って誘ってみたメアリーの言葉は全く同時にアルファードに向いていた。
 ちなみに三人とも実に可憐な女性達である。
「……」
「……………」
「ダンスか。踊りなら、潜入の時のために軽くたたき込まれたが……この際、教えて貰えるか?」
 そこにロクが加わって。
「大丈夫! 纒めて次々と踊りましょう! このエイカにお任せなさい!」
 素晴らしい。話は見事に纏まった。
「おや、思いの外うまいもんじゃないか。ドレスも似合ってる」
「うるせぇ。顎の下撫でてやろうか、子猫ちゃん」
 手持ち無沙汰の酒飲み――ミセリアは同じく時間を持て余したヴィンス誘われ応じてみてはみたものの……
 悪態を吐いたヴィンスに笑みを見せているミセリアの方がこの場では随分余裕があった。
 黒猫をモチーフにしたドレスは彼女の悪戯気な表情に良く似合う。
「っと!?」
「え、え――!?」
 からかったはいいが、見事にミセリアに尻尾を踏まれ、パンツをサービスしたその顛末の方は置いといて。
 絢爛な場所で、少し子供っぽいドレスを纏って――カレンは問う。
「ミリィさんはこういう所、来たことある?」
「王宮舞踏会となると、私も初めて……ですね。
 それでも、ええ――私が一緒に居ますから。だから、大丈夫ですよ」
「わたしと――おどってくれませんか?」
 まるで言葉遊びのような可憐さに少しだけはにかんで、それからミリィは穏やかに言った。
「ええ、私でよければ喜んで」
【灰蝶】が幻想の夜に舞う。
 ひらひら、ひらひらと。
 愛らしく、幾らか優雅に、何処か切なく。
 既にあった事のような、遠い未来のような――既視感はこの幻想の魔法なのだろうか。
 詮無い考えを頭から追いやったミリィは必死で慣れないステップを踏む少女をリードして。
「たのしいね」と笑いかけるカレンに『余り見せない――忘れてしまった笑顔を返した』。
 見慣れた人物さえ思わず見違える雰囲気はかなり強めの魔法である。
「ダンスなんて何年ぶりかしら? こうしていると、うぶな少女に戻った気分ね」
「それとも、本当にそんな魔法にかかっているのかしら」と冗句めいたメリンダにエスコートする紳士――イシュトカは言った。
「ブランクの長さは私も同じだから、どうぞお手柔らかに……それに、まるで美女と野獣だ」
 成る程、人身獣頭のイシュトカと小柄なメリンダは身長差も大きく、その組み合わせは『普遍的な童話』のワン・シーンを思わせた。しかしながら、童話にも負けぬ紳士は謙虚に述べたその言葉の中に「魔法等無くとも、少女で無くとも君は美しい」と今夜に似合いな意味合いを含ませている。
 彼の腕の中に揺られ、メリンダはふと思う。
(ここでは無い世界。遠い何時か。あれは何時の事だったかしら――)
(君が夢を見るならば、自分は揺り篭になろう)
 そういう時間。
「誰も誘ってくれないのかと思ったわ」
「見る目が無いんじゃねぇの?」
 嘯いた暁蕾は実際の所『誰かに誘って欲しかった訳では無い』。
 嘯いたレオンは、容易く軽薄にそれを言える――それで居て逃げ水のような男である。
(記憶のない私だけど、貴方とどこかで会った事がある……?
 夢の中で私を呼んだのは貴方? 繋いだ手、重ねた身体、体温、吐息……懐かしい感覚……だけど……)
 低くゆっくりと響く弦楽の調べに乗り、嫌味な位に慣れたリードをする男に暁蕾は伝える言葉を持たない。上手く言う事は出来なかった。
「……ねぇ」
 唯、不器用に――馬鹿げた言葉が宙に舞う。
「貴方は眼鏡をかけた事がある?」
 結論から言えば、幻想の有力貴族達は今夜は引く手数多であった。
 健康上の理由もあり、踊る事をしないレイガルテは兎も角、フォルデルマンとリーゼロッテへの誘いの数はとんでもなく多い。
「お久しぶりでございます、レイヴンです。以前の宴以来ですね」
「……あら、お会いした事はありましたかしら。言われてみれば――あったかも分かりませんね。失礼を」
 海洋王国の貴族風衣装を身に纏い、堂々と挨拶したレイヴンは実際の所、彼女と初対面である。
 あるのは初対面をそうでないように感じさせる彼のギフトだが――リーゼロッテの場合、本当に忘れている事も多そうでこちらの効果はどれ程出たかは分かり難い。
「リーゼロッテ嬢、禍月さんと一曲お相手願えませんか?」
「私は幻想――ひいては貴方に興味を持っている。良ければ私と踊ってくださいませんか?」
「御機嫌ようアーベントロートのお嬢様。我(わたし)はレジーナ・カームバンクル。一曲お相手願えますか?」
「お仲間さんですね。まぁ、骨の腕と踊るのに興味があれば、ですけれど――」
「ふふ、今夜は随分沢山の方にお誘い頂けるのね! 私、少し目移りしてしまいそう!」
 目を丸くしたリーゼロッテが一人一人にじっと視線を送る。
 値踏みしているような、好意を伝えようとしているような――それから、捕食者のような。
 和装の鴉――翼に、一言で言えばリッチのような外見をしたジーク、男装の麗人然としたレジーナに、背中に折りたたんだ骨の腕をからからと鳴らす四音……
 素晴らしくバラエティに富んだ面々は奇しくも大体同じタイミングで勝負に出たのだ。
 ……と言うより翼の言葉が呼び水となったといった所だ。
「しがない魔導師の身ですが、お見知り置き頂けたら幸いです」
「アーベントロートも元は旅人の出だったと伝わりますの。ですから、旅人の方の事情は幾ばくか分かります。
 お近づきになれて、私の方も嬉しく存じますわ」
 軍服のエリアの挨拶に応じて頷く。
 誰にでもにこやかな事が多いフォルデルマンは社交の人気者だが、或る幻想貴族をして「ダンスに誘う位ならば戦争に行く方がマシ」とまで言わしめたという噂を持つ『壁の毒花』(リーゼロッテ)に多くの人間が集まるのは下位貴族連中にとってはざわめきを生む位の珍事であった。
「王宮の宴とはこれ程に華美なるもの。その中で貴女と踊る栄誉に与れば、それは天上の福音にも勝る幸運でしょうね」
「誰にでも、そう仰るんでしょう? 貴方は誘って下さらないのだから」
 リーゼロッテはジョーの言葉に淡く微笑む。
 拗ねたような事を言ってみせた彼女の仕草、声色は完璧な令嬢の完璧な所作だが、内心は全く読めない。これに限った話ではないが、上等のビスク・ドールのような彼女は余りに出来過ぎていて作り物めいている。嘘が上手すぎて嘘にしか見えない、聞こえないのは皮肉な話と言えるのだが。
「私が貴女の横に立つにふさわしい男になれば、改めてお誘いしますよ」
 こちらは本気だったが上手くかわしたジョーに令嬢は鈴の音を転がしたような笑い声を上げた。
 これまた「嬉しい。期待しております」にも「まさか本気で出来るとお思いで?」にも取れる何とも微妙な声だった。
 果たして踊る心算があるのか、無いのか――
 気を持たせ、小悪魔的に上手くはぐらかしている部分も散見されるリーゼロッテとは対照的に、同じ人気者でもフォルデルマンの方は至極単純明快だった。
「お招きいただきありがとうございます。食べ物も凄く美味しいです。ぜひダンスをしたいです」
「うむ!」
「本日はお招き下さり有難うございますなのです!
 お役に立てるよう頑張るのです! もし良ければ、私とも一曲踊って頂けますか?
 ひとときの夢を共有出来れば光栄なのですっ!」
「舞踏会? は、おどるもの? んと、それなら王さまも一緒におどる?」
「ああ! 踊るぞ! 楽しいぞ、ダンスは!」
「これはなんという光栄でしょうか。こんな機会を得るなんて」
「美しいものを愛でるのは私も嬉しいよ。もう少し胸はあってもいいように感じるが!」
 彼はピンクのドレスを着て、何処からどう見ても少女にしか見えない少年――トートの誘いに大きく頷き、無邪気に可憐に、大きな瞳をきらきらと輝かせたルアミィの誘いに大きく頷き、小首を傾げながらそんな風に言ったラズライトの言葉に大きく頷き、体型を隠さない程度のスーツを纏ったシュライファに余計な事を言った。
「お初にお目にかかります、フォルデルマン国王陛下。
 ルーティエ・ルリムと申します。以後お見知りおきを。よろしければ一曲踊っていただけませんか」
「君は中々慣れていそうだね」
「フォルデルマン三世陛下に、舞踏会の開催と招待への感謝を。有難うございますわ。お厭でなければ、ぜひ、ご一曲、私と踊っていただけますか?」
「嫌な筈も無い。足も踏ませぬ私のリード力を見せてやろうではないか」
「美しき《幻想》を抱く国王様のその腕、一時だけ私にお許し頂けませんかしら?」
「勿論。私のこの夜を楽しんでくれたまえ」
 実はダンスは得意なルーティエにも、丁寧な言葉を紡ぐ由貴にも、蠱惑的な魅力を見せるカタリヤにも、彼は分け隔てなく頷いた。
 それ所か……
「そこの君!」
「え、あ、はい!? 私っ!?」
「そうだ! 隅に居ないで君も踊ろうではないか!」
 不慣れな雰囲気に動きかねていた壁の花――アリアに自分から声をかけた位である。
 国王という商売(?)柄、こういう社交は得意なのだろうが、これだけの数を一人も袖にする気は無く全員と踊ろうというのだから彼は大概貴人らしくは無い。
 今夜の相手がたまたまイレギュラーズで、政治的事情を持たないという部分も無くはないが、彼の本質は『そういう男』なのである。
「……驚かれましたか?」
「あ、いえ……はい」
 優雅なワルツの調べにステップを踏みながら顔の近くでそう言ったガブリエルに小声でアリシアは頷いた。
「ああいう方なのです。決して悪い御方では無い。私は――嫌いではありません」
 距離感に頬を染めたアリシアは彼の顔を見ずに「……はい」とだけ応じた。
 盛り上がりを見せる王の宴は、実に華やかに過ぎていく。
 問題だけを抱えながら、その片鱗すら王宮の中に見せる事は無く。

●静寂 
「ふむ、素晴らしい庭だね。フフフ……」
 散策するアルルの笑みは少し怪しく、小さな笑い声は静寂の中に良く響く。
 人酔いをしたクライムは夜の庭園の冷たい空気を肺一杯に吸い込んだ。
(こういった集まりです。何かあれば事ですからね)
 王宮の庭園にはこのカーラのように無味乾燥に警戒に務める者、
「私はああいう無駄に騒がしいの好きじゃないしなーっと。
 んー、ここも吹き飛ばしたら楽しそうだけどなー、生憎こっちに来るとき落としてきちゃったしー」
 一人が好きなアミーリアのような者。発言自体が不穏当でカーラ案件な気もするが。
「迷っちゃったなの……でも、素敵な場所に来れて良かったのかも」
「ホールはにぎやかで少し疲れてしまったけど……見事な庭だね。
 まるで満天の星空まで計算の内に入ったかのような設計だ」
「王宮だけあって数多の花が咲いているわね。
 お礼が言いたいわ……この美しさに心惹かれるのもまた素敵だと思いますの」
 更には成り行き上、或いは単純に庭園を楽しむ葉月、アガルや奈々子等、幾らかの人影があった。
「美しい」
『残酷』
「何が」
『束の間の幸』
「楽しめば勝ち。所で」
『何』
「誰」
 ランドウェラは他人格との会話も忘れ、夜の庭園を眺める。
「まるで、別世界みたいだな」
 王宮から漏れる明かりの目を細めた悠が呟く。
 この世界も、範囲を狭めて今いる宮廷も、自分自身の身体も知らないもので――まるで物語の登場人物に入り込んだ気分だった。
 現実感は乏しい、しかし――間違いない現実がここに在る。
「出来れば放蕩王か、遊楽伯爵にでも話を伺いたいところだったけれど。人、とても多いから――まぁ、ここでもいいかしら」
 月光の中、ティシェは舞う。
 悪徳の都の趣味の悪い宴は――実際には中々楽しい場所だった。
 しかし、緩やかに地を蹴り、光を浴びる様に踊るこの瞬間も又、格別だった。
 退屈しのぎとは言いながら、それは何処までも心地良く。
 噴水の縁に腰掛け、パティ・クロムウェルは空を仰いだ。
(――絢爛な、光の当たる場所は私の近寄るべき場所ではありませんから)
 父祖の時代には栄光の溢れを預かる事もあったかも知れない。
 例えば、王家やあの薔薇十字の仕事を請ける事もあったのだろう。
 しかしながら、『クロムウェル』は今は何者でも無く。
 パティが何かを望むのならば、それは『パティ・クロムウェル』である他はない。
「……今後も職務を果たすのみです」
 静かな呟きは決意であり、運命である。
 そう遠くない未来に始まる大きな変化に対しての――少女一流の宣誓であった。

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