PandoraPartyProject

特設イベント

飴色ストリート

●fountain
 青く澄んだ空に涼しい風がそよぎ、眼下の街を見下ろす鳶が黒い瞳で瞬きをする。
 ルミネル広場の中央に置かれた噴水の雫は、規則的に中空へ吹き上がり、陽の光を浴びてスペクトルに色づいていた。

 琥珀色の紅茶に舌鼓を打ちつつ、噴水の縁に腰かけて白支は行き交う人々を観察していた。
 視線の先では、吹き上がる水柱の向こうからコルマの歌声が聞こえて来る。
「さあ、君達。僕の歌に酔いしれな」
 楽器を奏でる美丈夫は町の人々を魅了し、妙齢の女性の歓声に弾く弦が躍る。
(さてさて、今日は何人お持ち帰り出来るだろうか? 今から楽しみだ)
 内に秘めるは不純なれど、コルマの歌声は綺麗なもので。
 ――されば歌わん君のため。
「ようよう、いいぞお! おひねりを弾んでみようかねぇ」
 その音色に快活な笑顔を向けるのはガンスキだ。広場に木霊する吟遊詩人の歌と語りに、心を澄ませる。
 噴水の縁に腰かけて、流れる歌声を聴いているラクタが、ガンスキの投げるおひねりを見つめていた。
 ラクタは無表情で拍手をし、ゆっくりとコルマに近づい行く。
「わたしは物語が好きなのだ。小さき者の編む複雑さがな。次の物語にも期待しているぞ」
「おや、ありがとう。綺麗なお嬢さん。この後お茶でもどうだい?」
 息をするように声を掛けるコルマにラクタは対価である硬貨を彼の手に落とした。

 待ち人が来るまでの時間はとても長く切ない気持ちで溢れてしまうけれど。
 相手が現れた瞬間に、これまでの思いなどどうでも良くなってしまうのは、それだけ相手の事を好きだという事なのだろう。
 フィリーネは人込みの中、現れたノエルの姿にほっと一息ついた。
「今日はどこに行きましょうか?」
「――何処へなりともお供しますよ、お姫様」
 触れ合った指先にお互いの温もりを感じて、心が調子を速めて行く。
「ねえ、これってデートになるのかしら?」
 見上げたフィリーネの瞳に少しの恥じらいと期待する眼差しが見えて、ノエルの胸に戸惑いと愛おしさが込み上げた。
「勿論、俺はそのつもりで来たけれど?」
 きっと、今日は二人にとって――『特別な時間』

 グレゴドールは陽気な店員の露店で買った、黒パンを手に広場を歩いている。
 一口頬張ると腸詰の肉がプツリと切れて肉の旨味が溢れ出した。
「この……なんだ? パンに腸詰肉を挟んだやつ。なかなか美味くていいな」
 プリマヴェーラ通りに向かっていた足が、広場の中央へと踵を返す。
 そんな彼の食べるソーセージを挟んだ黒パンが美味しそうに見えたので、スイは同じ露店で同じものを手に入れ、緑色のベンチに腰を降ろした。
 足元に落ちたパンくずを小鳥がつつく姿に目を見遣り、『平凡な日常』を観察する。
 それは少しの幸せと――少しの寂しさで構成されているのだろう。
「おいしい、かぼちゃパイ……いかがですか。ほくほくで……甘いですよ」
 ウィリアの繊細な声が飴色の石畳の上を撫でて行く。

 路銀稼ぎに広場へ来ていた【行商】の二人は南瓜パイを売る露店の前で行き交う人々に声を掛けていた。
 馴染みも記憶も無いけれど。秋の賑わいに、人々の笑顔に、アイスブルーの瞳を輝かせる。
「かぼちゃ♪ かぼちゃ♪ おいしいかぼちゃ♪ おひとつどうぞと、ゆら揺れる♪ ジャックオランタンゆら揺れる♪」
 得意の歌声で楽し気に呼び込みをするユエナはウィリアと目が合うとにこりと微笑んだ。
「いっしょに、旅……いこうね、お姉ちゃん。がんばろ、おー」
「ありがとう、ございます……ユエナさん。いっぱい稼いで、行きたいところに……旅、行きましょうね」

 リオネルは露店で手に入れた簡素なパンを口に咥えながら、広場を散策していた。
 アジュール・ブルーの空と飴色の石畳。どこか故郷を思わせる風景に、目を細める。
「ご機嫌よう! 実は私は占いをしていてね。暇潰しに如何かな?」
 郷愁の思いに浸っていたリオネルを呼び止めたのは白支の爽やかな笑顔。
 その瞳には緑青色と丹色の色彩を宿していた。
「へえ、占いか。何を占ってくれるんだ?」
 占いの事はよく分からないが、話しかけられたのなら相手をしなければと律儀な性格のリオネルは白支に向き直る。
(街中調査、と言う訳ではないけど)
 彩音は飲み物片手に広場をゆったりと歩いていた。視線はすれ違う人の様相や、大道芸の衣装に注がれる。
 神の祝福は彼女に色彩の加護を与えたからだろうか。
 自身を取り巻く様に彩られた世界の色をこの目で確かめたいと願うのだ。

●Elegance
 吟遊詩人の歌声が響く広場から、飴色の石畳がシルバプラッツ通りへと伸びている。
「あっ! エリちゃん、セリカちゃーん!」
 15分も前から集合場所で待機していたユーリエが、現れたエリザベートとセリカに手を振る。
 それに応えるように小さく手を振るセリカの頬を、柔らかな木漏れ日が優しく撫でた。
【秋のお茶女子会】の3人は連れ立って、シルバプラッツ通りにあるお洒落な喫茶店へ歩を進める。
 店内には優雅なクラシックが流れ、柔らかいワインレッドの絨毯が敷き詰められていた。
「店員さん私はカフェオレをお願いしますね!」
「わたしはカプチーノ」
「私は紅茶なのです」
 赤系のストレートならば、やはり『キャンディ』だろうか。渋みが少なく飲みやすい。
 テーブルに置かれたカップはそれぞれ異なった意匠が施され、コーヒーと紅茶の香りが鼻孔を擽る。
「それじゃ、お茶会はじめよーっ!」
 ユーリエの声にエリザベートとセリカも頷いた。
 白い陶器に入っている、星の形をした甘い砂糖菓子を口に含めば、自然と笑みが零れる。
 これは、魔法の様な夢のひと時のお話。

 ヴォルペと商人は七色の輝きを煌かせる宝石店へ足を運ぶ。
 宝石(レディ)たちとの良縁の為なら、いくらでもお金を積み上げるつもりであった。
「どの子も可憐で麗しく、輝かしいばかりで迷うな……あ、このレディは君の髪を彩るのに素晴らしいね!」
「ン? 髪飾りかぃ? ちょっとしたお守りにはなるかナ。帽子にでも付けようか」
 民族衣装にミニシルクハットの出立で、ヴォルペが選び取った飾りを商人は帽子に宛がってみる。
 宝石店の向いには、質の良い布地を扱う店があった。
「あら、素敵なお店」
 ウィンドウから垣間見えた店内の様子に恭介は目を細める。
「仕立て屋があるって事は、布屋さんもあると思ってたけど、当たりね」
 きっと、このドアを開ければリン――と綺麗な音色のカウベルが鳴り、店長が上品な笑顔で迎えてくれるだろう。そんな期待を込めて恭介は金のドアノブをゆっくりと回した。

 綺麗な植木に囲まれた質の良いゆったりとした椅子に座りながら、Suviaは秋風に紅茶の香りを乗せる。
 このお店の茶葉はブレンドティーだろうか。彼女は茶葉本来の香りとフラワー、フルーツ系のほのかな甘みを感じとる事が出来る。
 Suviaの向いに座るのはブラックダガーとアルエット。
「この世界はステキです。自分の世界でしていた普段の食事と言えば、くすんだ色の四角い固形物か、栄養強化ゼリーばかりでしたし……」
「あら、そうなんですか? ここのお茶はオススメですよ」
 Suviaの飲んでいるお茶はきっと美味しいに違いないと納得するブラックダガー。
「良さそうですね」
 お茶が運ばれてくる間、ブラックダガーはアルエットに郷土の料理を訪ねる。
「どんなものがあったんですか?」
「アルエットはママが作ってくれる料理が好きよ」
 彼女にとって郷土とは住んでいたお屋敷の中だけなのだろう。

 ちろちろとした灯りに合わせ、バーカウンターの上で影が躍る。
 今夜は強いお酒を飲もうと考えるロウ。
「お強いんですね」
 マスターに提供されたのはスモモの蒸留酒で洗い、熟成させたというチーズ。
 それから果物の蒸留酒である。
 ショットグラスから一気に飲み干すと、揮発するアルコールに乗せて芳醇な香りが広がり、体の中心に向けて熱が降りてゆく。
 そう簡単に酔う訳にはいかない。たっぷり堪能するのだ。

●briskness
 ラドクリフ通りでは活気の溢れる声がそこかしこから聞こえていた。
 オレンジ色のエプロンをした陽気な女性がパンを差し出して「どうだい、美味しいよ!」と声を掛ければ、「こっちも見てってくれやぁ!」なんて応酬が繰り広げられる。
 ウェールはお目当てのマグカップを探してラドクリフ通りを歩いていた。傍らに居るレーゲンとグリュックが迷子にならないように気を付けてゆっくりとした足取りで進んでいる。
 息子をいつでも思い出せる様にと、黒犬が描かれたマグカップを手に取るウェール。
「レーさんはグリュックと飲み回せるような大きなマグカップを買うっキュ」
「一つずつあった方が良いんじゃないのか?」
「でも、お金が……」
「心配するな。多めに持ってきたからよ」
 子供がそんな事で遠慮するなと云わんばかりにウェールは二人に笑って見せる。

「やあアルエットちゃん」
 アクセサリー選びにと少女に声を掛けたのは夏子だ。
 田舎暮らしで都会に出る事など滅多に無かったからと露店の前で悩んでいたのだ。
「そうね、こういうのが好きかも」
 手に取ったのは陽の光でクリア・ブルーに輝く石がついた髪飾り。
「へぇなるほど。こういうのが喜ばれるんだね……じゃあ、これをアルエットちゃんに」
「え? 良いのかな?」
 小首を傾げる少女に夏子は頷いて。
「今日は付き合ってくれてありがとね」
 二人の横を「機械の魔法少女が装備したら映えるもの」を探して一〇五号が通り過ぎて行く。
 リボンや小道具など興味があるものを発見すると、色々な角度から観察を始める仕草。
 表情こそ無いが、行動の表現は豊かであった。
 ジュネッサが雑貨の露店で診療所に必要な食器やコップを手に取り吟味していると、ベテルジューズが悪態をつきながら横に並ぶ。
「この私が雑事をせねばならぬとは、まったく忌々しい」

「ヘイッそこのお兄さん! 恋人に素敵なアクセサリーはいかが? 今なら幸運を呼び寄せるパワー的なものも宿ってるよ!」
 ルネは露店に並べた商品の中から一つ摘み上げて、前を通りかかった晃央に差し出した。
「綺麗だな。これなら……」
 買って行けば喜ぶ【誰】かの顔が見れるだろうか。否、こういう物が嫌いだった人だったのかもしれない。
 思い浮かべようとするほど、霞がかかった様に分からなくなってしまう。
 ふらりとした足取りでその場を後にする晃央を見送ったルネは、露店を覗き込んだ奈那子に向きを変えた。
「どうですか? この辺りオススメですよ!」
 ルネに勧められてヴァイオレットブラックの瞳を移せば、故郷のものとは違った意匠のアクセサリーが写り込む。
 桜の花によく似たブローチを手に取って、微笑みを浮かべた奈那子。
「可愛いし、デザインが気にいったわ」
 握手を求める奈那子に快く応じるルネ。今日は幸運の女神の加護で何か良い事があるのかもしれない。
 露店の柱に掛けてある鏡で位置を整えて、新しい『花』と共に通りの人込みに消えて行った。

 二人で経営する店舗の備品調達に奔走するのは、リインとリンネの二人。
 リインは可愛いお皿を手に取り、リンネは幻想特有の茶葉袋から香りの良いものを探す。
 在り合わせの茶葉を店舗に置いてはいるが、きちんとしたものを用意したいのだ。
「はー……世界が違うと物も違うから、大変だよ」
 覚えなおしだと呟くリンネに、リインの元気な声が届く。
「リンネ、これ見て見てっ! すごーいー♪」
 キラキラとした遊色の加工がされた小箱を手にした無垢な瞳がこちらを向いていた。
 そんな彼女を見ていると、少しの疲れも吹き飛ぶ様な気がして。
 ふわりとした笑顔を返してしまうのだ。

 ミルキーホワイトのノースリーブワンピースを揺らすアリアは、ルシウスと通りを歩いていた。
 人が多いのは苦手らしい彼女に視線を移すルシウス。
 白い襟巻で口元を隠す彼女の表情は読み取りづらいが、嫌では無さそうだと安心する。
「ここの職人は腕良いらしいぜ? 頑固者だって噂だが」
 小さな工房の前で立ち止まる二人。
「あ、あの工房……覗いていい? アリアも、将来、何か作りたい、から」
 アリアが真剣に職人の手元を見ている間に、露店で買ったステーションブレスレットを一日の終わりに手渡す。
「やるよ。安物だが……中々悪くねぇ見立てだろ?」
 陽の光を受けてブルーサファイアが美しく光っていた。

 ラザレフ兄弟は武器工房を覗き込む。
「いつも使ってる小刀がいい加減刃毀れしちまってるから新調してぇんだよな」
 新調するならば、刃先のしっかりした長く使えるものがいいだろう。
「おいジギー、お前どういうのがいいと思う?」
「……別に、何だっていいだろう。何にしたって、すぐ駄目にしてしまうんだから」
 エストの問いかけに肩を落とすジギー。
「やっぱ柄は樫の木が……」
 兄の背を見つめながら、力加減を知らぬ彼が壊してきた武器道具の数々を思い返す。兄の拘りは正直言うと理解が出来ない。
 ジギーは目の前に並んでいるものと、エストが手に取り吟味しているものを見比べて溜息を吐いた。

【風蝶花】の三人は人込みの隙間を縫って散策をしていた。
 友人と街を歩く機会の無かったアルクは緊張した様子だったが、手作り品の露店に差し掛かった所で顔を綻ばせて二人を手招きする。
 手芸の事となると饒舌になるアルク。それに相槌をうつマリアを後ろから見つめるウィリアム。
 友人が好きなものに触れている時の表情というものは、見ているこちらまで優しい気持ちになるのだ。
 しかし、二人会話はとても女子力が高く着いて行けそうにない。
「あら、このブレスレット、とても可愛いですのー♪」
 マリアは並べられたアクセサリーの中から、繊細な装飾のされた銀細工を手にする。
 彼女にとても良く似合っているとアルクとウィリアムが頷いた。
 少しお腹が空いてくれば、美味しそうなパンの香りが漂ってくる。
「俺はミルクと肉を挟んだパンかな」
「旨そうだな。俺もそれと林檎ジュースにしよう。マリアも何か食べるか?」
「果実が入ったパンとジュースをいただきますのー」
 仲良く一緒に食べれば、露店のパンもとびきりのご馳走になるに違いない。

「皆、好きなものを買うといいよ、今日は僕の奢りだから」
 ギルドの娘たちに優しい声を掛けるシャロンは【陽樹】の保護者だ。
「おや、奢りなんて言っていいのかい? 容赦しないよ?」
「え、シャロンさんが奢ってくれるんですか?」
 不敵に笑う鼎とフードを被ったティミ。既に果物の露店でさくらんぼを手にしているトモエ。
「遠慮せずとも、僕から皆へお礼だよ」
 一人では寂しい家も、三人の子供たちが居れば暖かさと鈴の様な笑い声が聞こえて来るから。
「えっと、じゃあこの小さいキャンディを」
 ティミが甘いお菓子を買えば、トモエはさくらんぼををちびちびと食べ始めた。
 鼎は大きめのふわふわ焼き菓子を買い、一口食べてみる。
「口の中に甘みが広がっていいね。……シャロンは何を買ったのかな?」 
「ん? 僕は」
 手にはしっかりとクッキーの袋が握られているのを見て鼎は目を細める。
「これもいい味だよ。……ほらね?」
 ふわふわ焼き菓子を口に入れられるシャロン。
「これが医者の不養生……」
 ぼそりと呟いたトモエ。鋭いツッコミが保護者であるシャロンに突き刺さる。
「何、甘いものには皆弱いものだよ。そんなに気にしなくてもね?」
 言いながら、鼎はトモエやティミの口にも焼き菓子を詰め込んだ。

【破壊村】の面々は皆で助け合い自給自足の生活している。
 ラドクリフ通りの露店を回るのは日和の役目なのだろう。食器や掃除用具、頑丈そうな日用品などを次々に買い足していく。
「おばさん、林檎を二つ下さいな」
 果物露店の女性に笑顔を向けて。
 通りかかったアルエットを呼び止め、少女の手に林檎を落とした。
「きっと美味しいよ」
 こんなにも赤く熟れているのだから。

 人込みを行き交う人々に心の中で悪態をつくリドツキ。黒い感情に染まる彼の視界の端にアルエットを捉えた。――ってあれはもしや天使!?
「ああああのそこの……お嬢さん、良ければ……その僕とも、お茶」
「えっと、あなたもお茶する? ここ空いてるよ」
 席を空ける為にアルエットは自分の鞄を避ける。その時見えた絵本の中に見覚えのある表紙を見た気がしてリドツキの心臓が跳ねた。
 しばらく歓談に花を咲かせた後、クッキー渡してその場を後にする。

 お茶を手にユールはアルエットに声を掛ける。
「相席いいかな?」
「どうぞなの」
 誰も居ないタイミングで良かったとユールは胸を撫でおろした。
「ここは初めてなんだよ。どんな焼き菓子がいいかな?」
「もうすぐ収穫祭だからパンプキンクッキーとかおすすめよ。ここのお菓子は全部美味しいの」
「それじゃあ、私もそれを頂こうかな」
 秋風が優しく吹いてふんわりとしたティータイムが過ぎて行く。

「アルエットちゃんのオススメのケーキはどれ?」
 夜千瑠は向いの席に座っている少女に笑顔を向ける。
「えっとね、いちごのケーキは好きよ」
 甘酸っぱい果実とクリームのほんのりとした甘さが絶妙だと力説するアルエット。
 運ばれてきたケーキの苺を取ってあーんと少女の口元に寄せれば、嬉し気にぱくりと口の中に転がす様子を見て微笑みを浮かべる夜千瑠。背中の翼も相まって、まるで雛鳥の様である。

 アルエットに二つ目のクッキーを差し出されナインは首を振った。
「私は小さいから一個で充分ですよ。残りは貴女へのお土産でどうです?」
「良いのかな? 嬉しい」
 少女特有の屈託のない笑顔をナインに返す。
 ――幸せな人を見てると、心が和むなあ……ええ、殺したい位に。
 漏れ出た衝動に気づきもしない少女に、言葉に出来ない何かが一滴落ちて透明な染みを作った。

「やぁ可愛いお嬢さん!」
 アルエットに声を掛けた拓馬は少女に小説のモデルになって欲しいと頼み込んで、少女の姿を文字に起こし読み上げる。
 一方、文音は片手一杯に露店で買った食べ物を携えて、端から口へと運んでいた。
 どこからともなく聞こえて来る、変態の声を文音が聞き逃すはずもなく。
 戦々恐々とするアルエットと拓馬の姿を見つけ、その背後へ走り込む。
「吐息。乙女のすべらかな肌に仄かな桃色の――」
「通りすがり无二打(にのうちいらず)!」
「あべし!」
 問答無用で放った背後からのボディーブローは見事に拓馬の横脇腹に食い込んだ。
 高らかに勝利の拳を上げる文音に周囲から盛大な拍手が送られたのは言うまでもない。
 その様子を遠巻きに見ていたリックは声を上げて笑う。
「やるなぁ」
「すごい」
 隣に居合わせたアクアと視線が合い、目の前で起こった寸劇に笑い合った。
 リックは露店で売っていたパンをアクアに奢り、同じ味を共有する。
「私のいた世界は、植物があまり育たなかったから。ちゃんとしたパンとかって、そんなに食べた事ないのよね」
「それは大変だな」
 元の世界に帰り、この味を家族や師匠にも食べさせてやりたいとアクアは思いながら、露店でクッキーを手にした。

「この街も賑わってますねぇ」
 雑貨店を回り荷物を抱えたハイドが小さな宿の食堂へ入ってくる。荷物の中身は食器や生活用品。
 小さな食堂は賑わっているようで、空いている椅子をようやく見つけて腰を下ろす。
 同じテーブルには、グノとキョウ、それにアンタレスが座っていた。
「食事は悪くないが、ここは少しばかり騒々しいな」
 小さな声でグノが呟けば、アンタレスが大きな声で笑う。
「そんなに言うならジルバプラッツ通りの喫茶店に行けばよかろう?」
「その通りだが……喫茶店は私の肌にはどうも合わないのだよ」
 キョウはサンドイッチとコーヒーが運ばれてくる間に荷物から本を取り出して読み始めた。周囲の騒がしさなど気にも留めていないようにページを捲る。
 ミートパイとエール、具沢山のスープとパンに追加のコーヒーが届けば、アンタレスが木製のコップを掲げた。
「がっはっは! では、乾杯っ!」
 何の運命か、同じテーブルに着いたならば、きっとそれは仲間なのだ。
 素朴な香りのコーヒーを一口啜り、賑やかな仲間たちに視線を送るキョウ。
「……うん、皆楽しそう。いつも通り、だね」
 琥珀色の瞳を細めて優しく微笑み。
 活気に溢れた小さな食堂に皆の笑い声が木霊する。

●fascination
 秋の陽光は夕焼けの彼方に消え去り、閑散としていたプリマヴェーラ通りが動き出す。

 アメリアは店々から零れる仄かな灯りを頼りに靴音を鳴らす。慣れた足取りだ。
 ここが自分のジェラテリアへ向かう近道ということもあるが、実はこの空気に馴染みがあるというのは、彼女を良く知らない者からすれば俄には想像出来ないだろう。
 今夜は幸い売られた喧嘩を買わされるようなこともなかった訳で。いや、極力穏便に済ませたいとは、誰かに向けた彼女の弁である。

 ラドクリフ通りを目指していたブーケだが、路地裏に迷い込んでしまったのか、気付けばここに居たのである。
 一転してガラの悪そうな空気に怯えを感じるも、すぐに気を取り直して観光にシフトチェンジしたのは無頓着な気質所以であろうか。
 ウサギ――に見えなくもない髪飾りを手にしてぼったくられるのも、またその性格に起因するのかもしれない。
 とはいえ当人が大満足なら問題はないのだろう。

「好々、旦那ー。いいモノあるヨー。見ていくネー」
 胡散臭い壺や雑貨を売りさばくチュンの商売は上々に見える。
 こんな場所での名物と言えば、ぼったくりではあるのだが。
 こういう所でこそ掘り出し物も見つかるという事があるのも、また事実である。

 という訳で冥利が手にとったのは、そんなアクセサリーの一つだった。
 良いものなのか。ぼったくりなのか。
 売る側、買う側の火花は購入という結末を迎え――両者は満足する結果を得たのだろう。

 実はこの取引でチュンが大損していたというのはまた別の話で、皮肉なギフト『悪銭』が所以か。はたまた怠惰な悪魔の囁きか。
 まあ。誰かの服が灰にならなくて良かったのかもしれない。

 目深にフードを被ったエンアート・データ。
 その表情をうかがい知る事は出来ないが、目的もまた同様であろうか。
 この世界の底辺の社会。住人の様子、身なり。この通りだけのルールは、互いに余り目を合わせない事だろうか。それとも――
 下層の治安は国の良し悪しに大きく関係する。
 この場所は考えていたよりも良い様である。
 おそらく、より低い場所が必ず存在する筈だが。さて。

 一方でこちらはそろそろ、彼女にとっての必要なデータ収集を終えたソフィーヤである。
 食料の供給が十分ではない。
「え、なんだって?」
 痩せぎすの男が聞き返す。怪しげな薬を売りさばくたちの悪い露天商だ。
「『アムブロシア』は安全に配慮された極めて理想的な完全食品です。ご安心ください」
 嗚呼、彼女のアホ毛が立っている。

 ここはこれまでリゼが経験してきた場所とは随分異なっているが、だからこそ買うことが出来るものもある。
 購入した色とりどりの植物や種子は、どれも貴重な実験材料だ。
 最後にはどうしても欲しかったもの。
「……店主さん。深緑の大樹ファルカウの枝葉はあるかしら?」
「んー、これかい?」
 取り出されたのは怪しげな枝葉。果たして、正か偽か。彼女の鑑定眼がモノを言うが。果たして。

 得体のしれないものばかり売っている露店にやってきたものの、アイナとアインスが求めているものは見つかっていなかった。
 そう、二人の愛を深めるような。
「……あら? 何かしら、アレは」
「アイナ、なんでそんなものに興味を持ってるの?」
 なぜここにあるのかはさておいて。危ない刺激、震えるアレ。
「これなら色々できるわ」
「色々使える?」
「買いましょう」
 即答。
「あ、買うんだ……何に使うんだろう?」
 一体何に使われてしまうのか。

 咥え煙草でブラブラと散歩する狼姫にとって、露店に並ぶガラクタは、ある意味では宝の山なのかもしれない。
 大半の住人には理解出来ないであろう不思議な機械類も、ジャンク屋(かのじょ)にかかれば立派な部品になるのだ。
 今日の収穫はいかほどだろう。

 得体の知れない商品をじっと見つめる小さな少女はOphelia。
 購入はしない。会話もしない。
 少女の瞳には何が映り、何が心を動かすのか。
 胡乱な店主の視線が刺さるであろう直前、彼女は漂う様に姿を消した。

 こちらはプリマヴェーラ通りへ出かけた【破壊村】の面々。
 露店で農具や面白い物品を覗いているアイリスは言葉巧みに値引き交渉をしていた。
「まけろとは言いませんが、特異運命座標に『配慮』はあっても良いでしょう?」
 今後の活躍次第で何かこの店にとって得をする事があるかもしれないと、チラつかせてみる。
「先行投資というものですね」
「しゃあねえな……」
 名乗りが効いたのか。
 ともかく彼女等には各々確固たる目的がある。
 エマが終えたくすねた貴金属の換金に、物資の調達というのもその手段である。
 それにしてもやはりこういう場所では、知り合いとすれ違う。
 R.R.(包帯のお兄さん)もここに来るとはちょっと思っていなかった訳だが。
 そんな包帯のお兄さんが向かった先。
 今宵も賭場の灯りは怪しく揺らめき、踏み入れた者を奈落へと突き落とそうと蠱惑の笑みを浮かべる。

 賭博は時に身の破滅を招く。だがギフトの『雑音』は敗北の予兆を教えてくれる。 
 負けがないなら資金調達にも適していようというものだ。

 告げられたのはこの場か、己が身か。
「稼ぎは十分だ、俺はこれで上がる。これ以上やってこの場を破滅させる気は無い」

 色が渦巻く。酒と女の香りがする通りを晴明とリチャードは連れ立って歩いていた。
 旨い飯と酒があれば行幸と話していれば、晴明が賭場の前から動かなくなる。
「ハル。絶対賭場とか賭場とか、それから賭場にはいくなよ?」
 袖口を引くリチャードの手を逆に掴み、そのまま魅惑の賭場へ駆け込んだ。
「全チップをベットだ。震え上がりな!」
 威勢の良い啖呵を切った晴明だったが、ここ一番の勝負で派手に負け込み恋人に泣きつく。
 染みついたバニラの香りに仕方がないと溜息をついてリチャードが代わりにカードを取れば、揃う役に晴明は息を飲んだ。
 お陰で借金はチャラ。旨い飯代も稼げてほっと胸を撫でおろす。

 はてさて、奥まった場所から喧噪が聞こえる。
「成程、この世界もオレのいた世界とそう変わらねぇな」
「なんだか懐かしいぜ」
 ダウンタウンやスラム街、なるほどこういう場所はどこにでもあるものだ。
 風とギーク、続けて賭場に入って行く胸裏にはどこか郷愁が滲んでいた。

 適度に勝ち、適度に負け。イカサマは許さず賭博そのものを楽しんでいる風。
 また別の席ではイカサマありきの勝負で、いざとなっても逃げれば勝ちのギーク。
 二人の楽しみ方は対照的だが、どちらもこの場に相応しいやり方だろう。

 槍を振るうだけしか脳が無いとはいえ、夏に続いて明かる気な催しばかりが続いている状態では体が鈍ってしまうとガルヴァントは肩を落とす。
 通りかかった賭場を見遣れば、ゴロツキに変な絡まれ方をしているエメリアを見つける。
 既に散々負けた後か。如何わしい店に出る事を強要されている様に見えた。
 酒場で踊り子の真似事をすれば金を回してやると聞こえて来る。
 この際理由などどうでも良い。大義名分上等で、ガルヴァントは賭場に駆け込んだ

「こっちに飛ばされてから、こういう猥雑な所はとんとご無沙汰だったんでな」
 落ち着くと口の端を上げるフアンは胡散臭い男相手にイカサマを仕掛けていた。
 手っ取り早く稼ぐにはこれが一番良い。相手もこっちも陽の光が眩しい者同士。
 勝負は大詰め。このまま勝ち越してトンズラこけば大儲けだろう。そこへ、ガルヴァントの巨体が流れ込んで来る。
(……ん、何? 喧嘩だ? 面白いじゃねえか)
「おい! 俺も混ぜてくれや!」

 とある客の用心棒として雇われたゲンリー。
 いくら客がイカサマの現場を押さえようと画策したところで、胴元側の用心棒に凄まれれば腰も引ける。
 その対策として腕っぷしの強い彼に話が回ってきたらしい。
 胸倉を掴むゴロツキに、ゲンリーは腕を捲った。
「殴るな、とは言われとらんぞ?」
 制止する間も無く下段からの拳を叩き込んだ彼に、客は竦み上がる。
「久々の喧嘩じゃ。せいぜい、高く買わせて貰おうかの」

 負けた腹いせに暴れる男は関係の無いコウに食って掛かった。
 一見細身な彼が怒りに我を忘れた男には弱そうに見えたのだろうか。その実、コウの身体は程よく引き締まっており、しなやかに動く。
 男が繰り出す拳を難なく交わし足払いを掛ければ、相手は床に顔面を叩きつけた。
 それでも怒りが収まらない男は執拗にコウを殴りにかかる。既に怒っていた理由も失われている様子だ。
「……おい、そこのお前」
 男に挑発的な声色で話しかけるのはスレイル。
「負けた腹いせに暴れるのは結構だが、関係ない客まで巻き込むのは頂けないな」
「あぁ!?」
「喧嘩なら自分が買おう……どうだ?」
 スレイルは右腕の袖を捲り、手でチョイチョイと扇動してみせる。
 今度はスレイルへと怒りの矛先を向け掴みかかる男を、余裕の表情で紅蓮の赤瞳が見据えていた。

「いいねいいね」
 どこか懐かしい臭いを感じ取ったキドーが賭場へと足を踏み入れる。 最も彼が前に居た場所は、ここよりずっと酷い有り様だったのだが。
 さて賭ける。賭ければ勝てる。勝てば続き、最後に負ける。
 こういう古典的なやり口には慣れている。
 そして喧嘩騒ぎに乗じて盗賊の仕事が捗る訳である。差し引き若干の黒。これなら問題ない。
 どうせ誰もがイカサマなのだ。

 散策の後はふらりと見知らぬ食堂へ。
 孤独にグルメを楽しむアルメルは、質素だが良く煮込まれたスジ肉のスープを口に運ぶ。
(こういうのでいいのであります。こういうので)
 こころの中で呟いた頃、近くの客は残った汁に、チーズと共に焼いた硬パンを浸して。
 そういうのもあるのか。

 ならば、追加だ。

 ――さて、今日も行きますか。
 畑で取れた野菜を牽いて酒場に現れた霞は、店主にいつものストロベリーサンデーを頼み一息つく。雑然としたこの酒場では少年に見える彼の姿も溶け込んでしまうだろう。
「ほい、何時もの野菜だ。取引成立だな……また頼むぞ? マスター」
 馴染みの店主に一礼して、酔っ払いに絡まれないうちにと霞は帰路へついた。

「……で、ここはどこ?」
『さぁ? 明るい場所から逃げた先ではあるな』
 独り言ではない、そこに居るのは少女と――尻尾である。実はかなり厄介な状態ではあるが、さておき。
「……皆、楽しそうだったし」
 まあ、落ち着いた店が探せたと思えば良いと尻尾(ほんたい)が述べる。
 しかしなぜここにしたのか。
「食事の風景に嫉妬しなくていいかなって……」
 そういう雰囲気ではあるのだ。ここは。
 そんなカウダが開いた扉の先。出不精の隆賢が行く先といえば大抵はこの店になる。

 耳にする話はキナ臭いものばかりだが、故に世相が良く表れる。
 コネも縁もない身の上のこと、そんな収集も大切になる訳で。

 今日はどんな噂が流れてくるのだろう。

 あえてこの場に身を置くには、大抵の場合は理由がある。
 大二にせよ、かつてのように金を得るには裏社会との繋がりの重要性は身に染みている。
 こんな場所があったことは僥倖であろう。

 出来ればこの界隈の支配者層にも会っておきたいが、はてさて。
 くだらない武勇伝や愚痴の中で。盗賊ギルドに、門閥貴族。隠語を塗布された情報を巧みに嗅ぎ取りながら、彼は――

「あーあ」
 賭場の外。散財した大男が裏路地に座り込んで酒を飲み下していた。名をグドルフと言う。
「なあ、おめえさん。ちっとばかしカネ恵んでくれよ」
 通りかかる人に金をせびっては、無視されて悪態をついていた。
「なんでえ」
 舌打ちをして安酒の瓶を傾ければ、落ちて来るのは雫のみ。
 金にも酒にも見放され、がっくりと肩を落とす大男。

 そんな背と埃っぽい石畳を月だけが照らし、ヘレニック・ブルーの夜は更け往く。



 writing:もみじ

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