PandoraPartyProject

特設イベント

ギルドパートⅣ


 ほの昏くなったエントランスの近く。
 いささか眩しすぎる西日を潜り抜けた、その先。

「はぇ~、人が多いっすね……」
 嘆息する愛紗だが、これだけ人が居ると希望も湧いてくる。これなら己が手をこのようした相手の手がかりも掴めそうというものだ。
 と、いろいろ楽しみではあるのだが。
 いざ突撃――と意気込む前に大切なことがある。

 そう。腹が減ったのだ。

 衣食住。
 ワークライフバランス。
 生活に必要だとする考え方は様々だが、硬いだけでは息も詰まるというもの。
 何はともあれまずメシだ。

 という訳かどうかは人それぞれであるのだが。こうしてローレットの酒場には、徐々に人が増えつつあった。

「とにかくご飯くれ」
 そう。リッキーの考える通り、ここは酒場でもある。
 最近は狩猟生活だったものだから、マトモな場所でマトモなモノを食べるのは久しぶりなのである。
 願わくば旨いメシが出てくることを祈るばかりだが、気になるのは――

 お代?
 こんな日に、お代なんて頂ける訳がないだろう。
 という訳で、タダメシである。

 重ねて言うが、千人超。全員タダメシである。

 いれぎゅらーず?
 なにそれ美味しいの?
 八はとにかく、ここにくればご飯が食べられると聞いてやってきた。
「お仕事をすればご飯が食べられるんだよね!」
 親近感を感じたのだろうか。エディが力強く頷く。
「任せてよ!」
「ああ」
「ボクのことはハチって呼んで!」
「俺はエディだ」
 水色の犬耳と尻尾をふりふり満面の喜びを表す八に、どこか満更でもない様子のエディである。
 でも、でもでも。
 今日は働かなくても食べていいのだ。

 空に飛ばされようが。難しい話を聞かされようが。
 そんなことは耳にも入らず。クルリは食べ物を求めている。
「……あっ。あれ、ごはん? ねぇねぇ、クルリも食べていいかな☆?」
 もちろんです。
「えへへ、いただきまーす!」
 とりあえずローストチキンの皿を、そのままバリバリっと。
 お皿、は、仕方ないね。『惡喰』だものね。

(お腹が空いてはなんとやらです)
 この世界のあちこちを知るナハイベルだが、久しぶりの幻想王都である。
 ここで暮らしていくなら食についての調査をしたいところである。どんな料理が主流かを知るのも重要なことだ。
 ついてにギルドの人達にオススメのお店や料理が聞ければよいのだが。
「ここじゃオレは、最近はミートパイにハマってるかな」
 とはショウの弁。とりあえずそれを頼んでみようか。

 状況など最早概ね把握出来ている。
 ともかくここは異世界なのだ。
 ならばアイヒヘルヒェンのやることは一つ。命に関わる問題の解決である。
「飯だ。飯をくれ」
 そう。旅人にとってこの世界の食物が無害でないとは限らない。
 他意なんてない。世界の知識を身に着け、救世主たる為なのだ。

 さあ!
 早く!

「ねーねー、ここの食事とかどんなのあるの? とにかく寄越せー!」
 二本の角を生やしたルーダがカウンターを叩く。
「メンダコ型クッキーどうぞなのです」
 ルーダにクッキーを差し出すメンダ。
「メンダはまだまだ生きる予定なので、滅亡されちゃ困るのです」
「あらあら、賑やかね」
「あ、さっきの。こめっとぶるー? こっちじゃ空の色そんな風にいうの?」
「空の色でもあり、貴方達の”可能性の色”でもあるわ」
 要領を得ないプルーの言葉にルーダは首を傾げ、メンダはのんびりとパンケーキを食べていた。
「まあ、こんなに人が居るのですし。何とかなるのです」

 歴史、風格、そしてあたたかさ。
 雑多に人が多いながらも、どこか落ち着いた酒場の内装を眺め、津々流はレオンの人柄に想いを馳せる。
 これだけ人がいれば面白い話も耳に入ってきそうではあるが、その前に。彼もやはり空腹であった。
 召喚された影響なのかなんなのか、とにかく何か食わねば動けそうにない。

 動物であれ、人間であれ、元は影であっても腹は減る。
 今のイースはほぼ人間。この感覚は、おそらく空腹なのだ。
 久々だと感じるのは、かつて飲んだ誰かの意識か。それとも今は己そのものか。

「ねぇ、なんか酒なぁぃ?」
 酒場の片隅。同じテーブルに居合わせた琴音とプルー、彩音。
「素面じゃなくてもできる仕事とかなぃ~? あと美味い酒出してくる飲み屋も教えてほしいわぁ~」
「そうね……」
 情報が記された手帳を開いてオススメの酒場を琴音に教えるプルー。
 ちょうどトレイに飲み物を乗せたショコラが、飲み物を配ってくれる。関係者のようだが、その正体はいかに。
 ともかく礼を述べた二人であったが、彩音には試したいことがある。
「確かめておこうかしら」
 手にしたコップの水が色を帯び――赤から青へ。彼女のギフト『色彩変化』だ。
「あら、あなた素敵な力を持っているのね」
「ほんと、すごいわぁ~」
 琴音とプルーが感心したように声を上げた。

 喧噪。
 調理場から聞こえる食器の重なる音や肉汁が熱に弾ける音が、やかましくも期待を誘う。
 辺りには焼けたパンや肉の匂いが漂ってきた。

「はわ!?」
「我輩は犬のおまわりさんではないのだがね……」
 コートの裾を踏んだアルエットにバートンは困った顔を見せる。
 バートンはカウンターに座り、ミルクを頼むと少女へとサーブした。
「君に幸運アレと祈ることはしよう」
「ありがとうなの」
 アルエットはこくりとミルクを飲むと、同じくミルクを飲む翡翠へと目を向ける。
 翡翠はギルドの騒動に気にも留めない様子でミルクをのんびりと飲んでいた。
「ようやく辿り着いた! お腹が減ったなぁ……」
「面白い事なって来た、可愛い女の子居ないかな」
 ニアの呟きにティルフィングの声が重なる。ニアはユリーカに美味しいご飯を食べれる場所を聞いて酒場の方へやってきた。もちろん、ユリーカを連れてだ。


 トレラは森で父親に育てられた。
 トレラはやたらと力持ちである。
 頭にかぶっている何かの頭骨について、彼女は父の骨だと言う。
 父とは似ても似つかぬらしいが、種族は違えど父は優しかったのである。きっとこの世界は彼女にやさしかったのだろう。
 だから彼女は闘うことを誓った。この優しい世界と、そこで生きる人を守るために――

 という訳で。おかわりだ。
 力持ちは、そのぶん腹が減るのだ。

 皿に乗った大きな魚からは、香辛料と香味野菜にオリーブ。そして焼けた香ばしさが漂ってくる。
 皮の切れ目にナイフを入れれば、ほろりと白身がほぐれて――
 ぱくりと口に運ぶのはトド。北斗である。
 彼自身は以前召喚された『先行者』だが、今回はそれが一気に来たということなのだろう。

 さて。
 これだけ人が居れば情報の収集も捗ろうというもの。
 聞き出すために、お酒でも奢れれば良いと考えていたアルメルだったが、タダメシならちょうどいい。
 浮かれた上に酒でも入れば、人は饒舌になるものだ。
 世界情勢、文化、イレギュラーズの立場等、聞きたいことは山ほどあったが、いい塩梅に知ることが出来たかもしれない。
 幻想での自分達は中々に大切にされるようだから、一先ずなによりであろうか。

 テーブルに大陸地図を広げるイシュトカには、考えたいことが星の数ほどあった。
 山稜を指でなぞり、海流を考え、気候を想像してみる。
 交易はどうか。文化は。
 星の海を旅した次は、異世界ときたものだ。
 おそらく現実は想像を超えるのだろう。そんな楽しみを抱き。
「マスター、一杯だけつけで頼めないかな?」
「今日は好きなだけやってきな」
 そんな幸運と、それよりなにより。
 新たな旅の始まりに乾杯を。

「なんだ、また”誰か”来たのかい?」
 カウンターで飲んでいるネグロが肩をすくめた。
「そりゃ、特異運命座標の大規模召喚なんて起これば、連中が来る先はここしかねえだろうよ」
「旦那ァ俺がそういうの興味あるように見えるかい」
 世界の運命や、旅人になんて。そんな素振りで杯を一息に呷ると、真っ黒な耳が揺れた。
「……なぁ、”キミ”らにはこの世界はどう見えてるのさ?」
 けれど。揺れる尾に落ち着きはなく――世界の始まりに大あくびをひとつ。

「ま、よくわっかんねぇけど! 異世界に来ちゃったってんだからはしょうがないだろ!」
 カウンターに腰を下ろしたシオンは、不安がる様子もなく飄々とした態度で尋ねる。
「なぁ! この近くにも森とかってあるのか?」
「そうさなあ、バルツァーレク領に、ずっと西の新緑。おっと、先に何かいるかい?」
「異世界みたいだし、やっぱ食べ物も違うのか?」
「どうだろうな」
 矢継ぎ早の質問に酒場のマスターは苦笑しつつも酒瓶に視線を送る。
「まずは食い物か、それとも酒はいける口かい?」
「そうだ、酒! こっちの世界の酒ってどんなんだろうなぁ!」

(イレギュラーズってのはまぁよくわかんねえけどよ)
 とりあえず多少は変わるであろう生活に、慣れなければならないのだろう。
 そんなわけで己のギフトを生かした仕事を求めたエルキュールであったが、これは今日すぐ、絶対に必要な技能であることに間違いない。
「任せたぜ」
 などと、さっそくコックテールメーカーを頼られてしまった。

「……面倒よね、人って」
 つまるところ、ここでやることは、元の世界と大差ない。
 そう結論付けた詩緒は、とりあえず。
「マスター、宿のオススメと適当なお酒を一杯、頼めるかしら」
「あいよ、あの兄ちゃんのカクテルでいいかい。宿は――」
 ――死のうとは思わない。生き続けたいわけでもない。『あの人』のいない日々を過ごす惰性。

 異世界とかなんとか。そういうことは良くわからないが。そこが新天地であるならば、旅慣れたガルズがやることは一つ。
「マスター、酒をくれ、酒だ。話はそれからだろう!」
 場所が変われば酒も変わるとは、この世の真理であろう。
「あいよ、エールでいいかい」
 力強く置かれた酒を飲めば、ゴクリと喉が鳴る。
「お、旨いな。これはどこの酒だ?」
「こいつぁ近くだよ。好きモンかい? 葡萄酒でも蒸留酒でも。棚の瓶から好きなのを選びな」

「お互いこれから仲良くやろうぜ?」
 アクセルは空いた杯をカウンターに置き、増えてきた面々に声をかける。
「だな」
 近くに座ったエディとショウが頷く。
 多分。アクセルのやることは、今までとそうそう変わらない。そんな予感がする。
 傭兵として契約、或いは己が信じるもののために戦う。孤児だった彼を育ててくれたおやっさんがそうしてきたように。

 人にはいろいろな事情があるものだ。

 生意気な糞餓鬼も綺麗どころのねーちゃんも、みな札束で頬を引っ叩いて屈服させてきた大二であったが、異世界ではこんな紙幣は使えない。
 なけなしの身銭で一番安い酒を飲むのだろうと思っていた。
 のだが。
 今宵。タダザケである。とはいえ、タダより高いものもない訳で。これからどうするかという問題もあり。
 金の亡者。悲喜交交か。
 だがまだ終わった訳ではない。
 聞き耳を立て、金目の話を伺ってやる。今は雌伏の時なのだ。

「……ええい! ちっくしょう!」
 だいぶ出来上がってしまっているのか。こちらテーブルに突っ伏す和樹の手にはジョッキが握られている。
「確かに頭打ち感あったけどよぉ……まだ伸びしろはあったんだぞ」
 もう片方の手に乗るのは小さな箱庭――かつて転生魔王として君臨した世界。
「んー……難しいことはよくわかんない」
 リオライルは首を捻る。まあ二度目の異世界とか、かなり複雑な話である。
「それより、この世界だけのお花とか綺麗な石とかあるのかな!」
 天真爛漫な笑顔に、出窓に飾られた花が背を伸ばした。
「面白いこと、あればいいねー」
「……しゃーねぇ、こうなったらこの世界の知識や技術を使ってあの世界をもっと発展させてやる」

 魔王が居れば任侠も居る。それがウォーカーというもので。
 ずいぶん飲んでしまう者もいれば、飲めても適量に抑えてしまう者も居る。こちらは人それぞれか。

 異世界で名が通っていたというのも大変なものではあるが。

「まあ、しかしよ。あっちの世界じゃそれなりに名が通っていたと思っていたんだけどよ、俺は。こっちの世界に来ちゃ、そんなのは不要って事だな」
「旅人は大変だな」
 苦笑するマスターだったが。
「必要なのは腕っぷしと心意気、だろ?」
「違いねえ」
 義弘の言葉に一つ頷く。
 青い事を言った気もするが、若い頃を思い出して気分がいいというのは事実だ。
「店主さんよ、まずは酒をくれ」
「あいよ」

 後は仕事を貰うだけだ。
 気張ってやるぜ。


 一応。話は聞いたのだ。
 そして鏡を数えた。九十九にとって重要なのは、それが四枚あることだ。
 鏡が四枚あるのなら良い。残りは些末だ。

「……空」
 世界と世界の接触など――よくあることだ。
「前よりずっと、近くて遠い」

 月が見える。

 異世界に来て、夜になった。
 信じがたいが、事実だった。

 抵抗も、逃避も、無意味なのだろう。
 混乱は時間の無駄だ。
 ならば早々に受け入れ、衣食住、その為の先立つものを得るしかないのだ。
「ああ……タバコ吸いてぇ」
「行くかい?」
 空を仰いだウタゲに、ショウが二本指で返事をした。
 わかってくれる奴まで居るらしい。
 受け入れ体制は出来ていたのだから、まあ何とかなるのだろう。

「異世界からこんなにぞろぞろと……騒がしくてかなわねーよ」
 溜息混じりのアデレードだったが、ああいて酒場がにぎわっているのであれば、Bacchus Kissに賑わいをもたらすコツも見つかるかもしれない。
 それならば悪いことばかりではないだろう。
「それに、客や従業員として呼びこめりゃもっと最高だしな」
 ビラや声かけの勧誘をしてみるが。中々に順調とも言えないのは、もしかして目つきのせいだったりするのだろうか。

 怒涛のような一日が終わろうとしている。

「まずは、手紙を書かないとだよね」
 ふと夜空を見上げたイリスがぽつりとつぶやいた。
 遠く海洋に住む家族の元へ。無事を知らせて。、暫くは幻想で活動するというだけでも良いのかもしれないが。

「幻想に生活基盤を作るか、海洋ならそこそこの交易拠点に事務所があったはずですし、伺いを立てるのも……」
 そんな隣で、やはりシルフォイデアことシルフィもこれからのことを考えていた。

「ねぇ、シルフィ。『もう戻らない』っていうのもアリだと思うんだ」
 唐突な義姉の言葉に、シルフィの動きが一瞬止まる。
「って、姉様?それはどうかと思うのです」
「このままだと一族の誰かを婿養子にしてー、って規定ルート見えてたし」
「わたしにとっては、皆さん家族同然なので、捨てるような事は、したくないのですよ……」
 仲は良くとも。家族同然であっても。想いはそれぞれなのだ。
「え? ダメ? じゃあ保留ね。私は本気なんだから」
 一先ず思いとどまったように見えるが、やはり不安なシルフィであった。

「一先ず、思いとどまったみたいですけど、大丈夫なのです……?」
 ちょっと不安なのであった。

 そんな頃。一息ついた彩香は、ようやく自身の現状について深く考える時間を得ることが出来た。
 冷気が弱体化している。そして雪女である彼女には初めての感覚『寒さ』がある。
 普通に近づき、弱くなった。
 この知らない世界で、人生をやりなおせるのだろうか。
 それとも、育ての親の仇として村を滅ぼした償いを求められているのだろうか。
 この状況は罰なのか、それとも許しなのか。
 答えを出すことは出来ないままに、彼女は運命を受け入れる他なく――

 説明を受け、住居を、職を、知識を求める。
 それはリオにとって、これまでの『シナリオ』によって定められた人生とはまるで違うものだった。
「自由って、難しいな」
 機械の世界で、機械の中で、機械として生まれ、シナリオを授かって生きてきたリオにとって。
 もしかしたら、それは心からの、そして初めての自由な心だったのかもしれない。
「でも、なんだろ……少し楽しみ……かも」

 こうして少女は少しづつ混沌に、自由に溶け込んで。

『史上最大の大規模召喚』は当事者以外にも――全ての者にも影響を与える一大トピックスになる。
 彼等は誰かを救い、誰かを打倒するかも知れない。国に影響を与えるかも知れない。世界を動かすかも知れない。
 今、神殿に呼び出された者と同じく――既に運命を背負っていた彼等『先行者』の未来さえも動かす事になるのだろう。
 特異運命座標(イレギュラーズ)の物語、Pandora Party Projectはこれより始まろうとしている。
 外界から見上げた神殿で、あの厳かな空中庭園で、オーナーが不敵に勇者が出迎えるローレットで。
 もうすぐ、間もなく。全ての運命が動き出す。

 ――敢えて言おう。ようこそ、混沌へ。




 リプレイ:pipi
 監修:YAMIDEITEI

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