特設イベント
ギルドパートⅠ
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乾いた石畳の上で、大気は放射熱に揺蕩う。
時折、頬を撫で過ぎ去る風に、吊り下げられた看板が小さな音を鳴らす――去り行く夏の午後。
書かれた文字はローレット。
言わずと知れた冒険者ギルドである。
という訳で、何かスゲーお仕事が出来ると聞いて、くーちゃんことクォリエルはここまでやって来た。
先ほどギルドの人に借り受けたホウキで、懸命にエントランスを掃除している。
これが終われば次は屋内のモップがけだ。
なんたって孤児院のエラい人も「お前は尊い仕事をするんだ、身を粉にして教えを広めなさい」って言って送り出してくれたんだから、責任ジューダイなのだ。
もちろんお掃除も大切なことだが、くーちゃん達には他にもお仕事があった。
特異運命座標。
世界に決定づけられた破滅へと立ち向かう、ただ一つの希望。
扉の前を右往左往するブランカとてその一人。
扉を開き、仲間と出会い、共に戦う。為すべきは理解すれど。
(で、でも緊張する! どうしうよう……は、入れない……っ)
入らねば始まらないとは言え、彼女を責めるのは酷だろう。
ある日突然、世界の命運を背負わされるなど、寝耳に水もいいところだ。
一方でこの世界の『普通』を知っているであろうアストレアとて、心境は似たようなものだ。
だから彼女は考える。異世界から召喚された人達など更に大きな不安を感じているのではないか。
その手を差し伸べ、ゆっくりと言葉を交わすべきではないか。
ならばまず眼前の少女へと、彼女は第一歩を踏み出したのだった。
一人の青年の姿もある。その柔和な面持ちは荒事より学徒と呼ぶに相応しい。
そんなマルクもこの日、空中庭園に召喚され、特異運命座標(イレギュラーズ)であることを知らされた。
寒村から商家へ、そして兵へ。それは大きな苦労を伴えど、ある意味ではこの世界の平凡さを体現していたのかもしれない。
だが彼は、この世界における非凡さの体現であることが証明されてしまった。
だから冒険者になることを選んだのだが。
そも。どうすれば冒険者になれるのか。
おそらくこの扉を開ける他ないのだろうが。
入りたいのだ。けれど世界を知らない『壺入り娘』にも勇気が足りない。
慣れない陸、初めての人混み、そんな全てに気後れしてしまった結果が、クーの立ち往生だ。
「はいら、ないのか」
ふとそんな声が聞こえた。
「な、何や、うちは美味しないで」
目の前には大狼。こんなん絶対びびる。触手だってうねうねしちゃう。
「獣種の、ヨキだ。怖くは無い」
もちろん怯えさせるのは彼の本意ではない。すぐさま人型を取り手を差し伸べ――
だがクーはその手を取らなかった。
ヨキの寂しげな瞳に、クーの心が痛む。
怯えたからではない。きっと嫌な夢を見せてしまうから。
「一緒に、入ろう。大丈夫」
二つのすれ違う優しさを、ヨキの言葉が繋ぎとめる。
そんな出会いが、特別な今日を予感させて。
誰にとっても、今日という日は特別なのかもしれない。
ごく単純に客観的事象だけをフォーカスしたとしても。何百人もの『関係者』が一斉に、一つの建物に向かって詰めかけるというのは尋常な事態ではないのだろう。
そして人が増えれば、いささかの問題も起こるというもの。
つい先ほどの事である。先住者同士のいざこざを、バナナ一本で沈めた伝説の男が居た。
その名をシルバーホワイト=ハイドランジアという。
「……こんなことが出来るようになるとは驚きだね」
そんなことを考えながら、さっそくバナナを一本。
「うん、空も青いしバナナも美味しいからなんとかなりそうだ」
「……ほんとに、ほんとに此処ってすごいわね!」
はしゃぐ歩羽に、紫紋が答える。
「おいおい本当すげーな、異世界だぜ異世界」
富岡高校三年B組の二人はきらきらと瞳を輝かせている。
「此処から新しい私達の課外活動が始まるのよ。お家に帰るまでが遠足だ!」
こちらの二人は、先ほどの皆は違って楽観的な様子だ。
「獣耳、機械に大きいの小さいの……ウミウシもいるな。うぉーめっちゃ楽しみだ。未知の探究頑張ろうな、歩羽!」
ぐっと強くガッツポーズ。
「ええ、紫紋。此処でもきっとやることは変わらないのだから!」
見渡せば、楽し気な様子もそこかしこに見える。
「あら、あららまぁ……なんて面白いことがたくさん落ちてそうな場所なのかしら……!」
嬉し気に目を細めるミルテ。視線の先にはモモカやハナシロ、アルーシャが歩いている。
「うへへ、ここがローレットですかぁ……」
行きかう人、物、異世界からの旅人達。
初めて見るローレットの景色、人々にうっとりと頬を染めるアルーシャ。
「すごい! あっちもこっちも人でいっぱいだぞ……」
モモカは人込みの中、目を輝かせながら流転の騒めきに心躍らせる。両親はきっとそんなモモカの背中を押してくれるだろう。
「めいいっぱいやってやるしかないぞ! な、わんちゃん!」
「ワン!」
モモカの声に応えるハナシロ。ただの大きい犬にしか見えない彼だが、実は狼のブルーブラッドだ。
召喚時に犬に間違えられノリで現在まで来てしまった。
犬として振る舞う事を決意した彼は、モモカの伏せやお手の指示に従い『犬』になりきっている。
(姿の美醜に興味はないけれど、感情には興味がありましてよ)
ミルテは目の前で繰り広げられる色彩の移ろいに微笑みを浮かべた。
暗い色も希望に満ちた色も織り交ざった、運命のつるぼ。
「ああっ! でも周りを見れば未知! 未知! 未知! ――きゃぁ!?」
躓いたアルーシャにミルテは手を差し伸べる。
「ねぇ、貴方はどんな色をしているのかしら?」
「皆さん有難うございます、精一杯活動したいと思います!」
元気の良いシエラの声が部屋の中に響く。彼女はユリーカの元へと向かいその手を取った。
「私もユリーカちゃんに会えたのが嬉しい」
「はい! よろしくなのです」
「可愛らしいあなたと一緒にこれから素敵な物語を奏でる事が出来る……私はそれだけで十分です!」
胸の高鳴りを抱いてシエラは至福の時を過ごす。
「お、おお~っ、ここがローレット、でっかいギルド!! 俺、本当になれたんだな、イレギュラーズ!」
目を輝かせてギルドの中を見渡しているランディス。その隣には衛司の姿も見えた。
「すまない、ちょっといいだろうか? 俺は家守・衛司、召喚されたばかりなんだが、この世界の事を軽く教えてはくれないだろうか?」
「俺はいい感じに冒険できそうな場所とか!」
「はい! 喜んでなのです」
世界ついて纏められた本を開いて簡単に説明するユリーカ。衛司の首に下げられたドッグタグがチリと光る。
「詳しくはオーナーから説明があるのです」
「なるほど! ありがとな!」
ランディスの朗らかな笑顔にユリーカも優しく微笑んだ。
「ね。初めまして。キミの知ってる世界のお話聞いてもいい? あと、わたしの、最初の友達になってくれたら、嬉しいな」
樹理がユリーカへと声を掛ける。一人では寂しいから。この世界での一歩を彼女なら受け入れてくれると思ったのだ。
「はじめまして。よろしくなのです!」
シスターも先生も誰も居ない。だからまずは友達つくりから。
「へぇ。ここがギルド」
アガルはギルドの人込みを縫って内部を見渡した。
覚えているのは自分の名前と『約束』だけだと思っていたが、ギルドが何かは分かる。
「なら、きっと。なんとかなるさ」
ヒャッハ――!
突如降ってわいたお約束の怒声。
「おっと、待ちな! ココを通りたければオレに挨拶の1つは常識だよな? ……んん?」
「え?」
突然降って沸いたゴロツキの如くアガルの前に立ちはだかるロースト・チキン。
「やめとくんだね」
通りすがりに一喝するオリヴィアの声に、ニワトリさんの勢いが萎む。
まあ。確かに。なんとかなったもんである。
「何故にこの様な場所に自分はいるのだろう」
空は青いが黒井の毛皮は黒い。突然の召喚に戸惑い気分が落ち込む。
「どーしたの?」
俯いていた黒井の様子を伺うように桜が顔を覗かせた。
「えっと……」
「あ、もしかして君も飛ばされてきて吃驚してたり? ボクもなんだよね。不幸な事がよく起こるけど、此処までの事は予想外だねー」
その表情は、ほんのりと苦い。
「ま、きっと何とかなるかな? かな?」
「毛皮が黒くてだな」
「ん? きっと大丈夫だよ。ほら顔を上げて」
桜の言葉に顔を上げれば、ニワトリに自分と同じような狼犬、天使、人魚。様々な姿。
ふと狐の姿をした同種と目が合う。
「ねぇ、そこのあなた、今暇かしら?」
先に声を掛けたのはキツネだ。
「私達の探検隊に入らない?」
突然の呼び出しに驚きはしたが、ここには面白そうな人が多い。
(……ふふふ。ツバメも、シャッチも……これで、仲間がたくさん増えて)
キツネは優しく微笑んだ。
この地に集った色は様々である。
新たな生活への期待に胸を躍らせる者。強い相手を求める者。はたまた国を興さんとする者。
そんな中に、濡れ衣を着せられ、まだ幼い義理の娘と共に土地を追い出されたリェルフの姿もある。
これからどうなるのだろうか。山積みの問題はあれど、一つだけ決まっていることがある。
(この愛しい娘だけは何としても護りぬく)
そのためならば、何だってするつもりだ。
リェルフの決意を籠めた掌がローレットの扉を開けた。
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「我こそが! カハァァァル・サッタァァァルなァァァり!!」
またまた扉を開け放つ音と共に、今後は大きな声が轟く。
中に見えるは、ヒト、ひと、人――異形。
大波の中をカハールが突き進む。国を興す。その野望をつかみ取らんがために。
「はーん、ここがギルド、ねぇ……実際に来んのは初めてだぜ」
興味深げに辺りを見回していた交牙が不敵な笑みを浮かべる。
「はっ、どいつもこいつも喧嘩のし甲斐がありそうじゃねぇか……」
交牙にとって世界だ、救済だといった話に興味はない。
だが強い相手と喧嘩が出来るなら大歓迎なのだ。
しかしまあ。そんなこんなでどこもかしこも、人で溢れかえっている。
老いも若きも、これまで外の世界を知らなかったペスカのような子供でさえも。可能性の獣なれば救世主たる機会は訪れる。
当然ながら、きちんと役目が果たせるだろうかという不安もよぎる訳だが。
(ダメよ、今から弱気でどうするの、ペスカ!)
勇気を奮い立たせて、冒険へと踏み出せば――きゃん!
早速こてん。と。前途多難そうではあれど。
扉が開かれるたびに、エントランスは俄な光に照らされる。
石畳の埃っぽい夏のにおいと、木材と漆喰のにおいとが入り混じる。
「えーと、ここが案内されたギルドかぁ……」
色んな人が居るんだなあと呟くねじまき式少年ルルだが、まさか自身が巷で噂の救世主になるとは思ってもみなかった。
視界には見慣れぬ機械を持った人。あれは旅人だろうか。
時刻のあっていない時計を見上げて困っている店員も居たりして、さっそく活躍のチャンス到来である。
出会いを探してギルドへーー!
今日はいつにも増して大賑わい。ギルドのメンバー達も案内でてんてこ舞いの様子だ。
よろしい。
この恋多き乙女! ミィネちゃんも皆さんのお手伝いをしちゃいましょう!
という訳で、とりあえずやってきた旅人さん達の案内を始める彼女であった。
こちらはロビーの片隅できょろきょろとしているクオン。
(驚いた。俺がとくい……運命座標? に選ばれるなんて)
美しい空中庭園に、謎の美少女ざんげ。そして地上にはこのギルド。
田舎の何倍の人が居るのだ。
目まぐるしい状況に尻尾がくるくると表情を変える。
居場所があれば良いのだが、初心者仲間は居るのだろうか。
けれど仕事も広がりそうだから、頑張ろうと誓う。
「成程。つまりここは救済を求めている者が確かに居る……そういう事か」
壁に背を預けていた牛獣人――瑞樹が口を歪める。
「なら、俺の出番か。人を助けるために動けるなら、大歓迎だ」
この世界はヒーローを求めている。彼はそれを目指し続けるのだ。
「こんにちは、大きい人」
ロビーの中。【灯】の下。何人かで話してみれば、曲水も茜も一つの共通点に気づく。
「ええ、私もここじゃないどこかから……らしいです!」
「貴方も喚ばれた系? 良かったら一緒に中を見て回ってくれないかな」
「構いませんよ! むしろこちらからお願いしたいところでした!」
異世界人は大変である。何せ同じ旅人同士であっても、互いに自分が来た世界の住人とは限らないのだ。
ここには異世界からの来訪者も居れば、サチのようなケースもある。
二度と故郷には帰れないかもしれないなどと覚悟もしたのだが。
案内された先はなぜか良く知る街だった。
けれど拍子抜けしてもいられない。
この緊急事態に対して、地元民だからこそ出来ることもある。
「あれ。ココどこ?」
初めての建物の中で茜が呟く。
未だ混乱の中にいる迷い人達へ。
「この街は初めてですよね、ご案内しましょうか?」
サチはそうして手を差し伸べた。
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「凄い! 凄い凄い凄い!!」
興奮を抑えきれぬ琳が、あちらこちらへ向けて、指の合間にフォーカスを合わせる。
「動物みたいな人や羽の生えとる人! 更には魚みたいな人までおるやん!!」
千客万来のローレットにごった返す多種多様な人々に向けて――
こっちは凶悪な牛――の仮面をつけた女の子フィオナ。
今までの自分と違う自分になれる?
世界が違えば見方も変わる?
これからは正義の味方になりたい彼女にもカシャ。
「これは天があっしにこの世界の人や風景を撮れって言ってるようなもんやん!!」
琳の軽口も、その実これは『ギフト』なのであるからして、本当にそうなのかも知れず。
こっちに笑顔をくだしゃんせ。
カシャ、っと。不思議な絵画がまた一枚。
「事件も事件の大ッッッ事件よ!」
長い耳をひょこひょこ唸らせ、白い毛並みを震わせるハニィポップ。
「だってこれだけたくさんのひとが、一斉にトリップだなんて!」
空前絶後で前代未聞。
「ああっ、これは…… 解き明かしたい!」
未曾有のビックミステリーに心躍らせる小さな体の前に現れるギルバート。
「しかし何考えてんのかね、カミサマって奴は」
生きるための要点を頭に叩き込みつつ、深くため息をついた。
「俺みてェなオジサン捕まえてこなくても、若くて元気なのがいくらでもいるだろうよ」
「貴方も異世界から召喚されたのですね」
ギルバートの溜息にレニリアが微笑む。
「アンタもそうなのか?」
「ええ。そうですね」
レニリアの前をボロボロの服で歩いて行くシンクはカウンターに手を置いた。
(何かも等しく同列として呼び出すとは。あぁ、だから世界は、面白い)
死に際に戯れで交わした約定があった。それがここでなら果たせるかもしれないとシンクは彼の人を想う。
「すまんが、ローレットとやら。服を貸してもらえるかの?」
シンクの問いかけに応えたのはレニリアの優しい声。
「それなら私が予備の服を持っていますのでお貸ししますよ」
ギルドの人の多さに挙動不審な羊一匹。ロウサだ。
「あら、あなた」
「うげっ、プルー! あー、もう! 年貢の納め時、煮るなり焼くなり好きにしろー!」
「ダブルグレーの良い色をしているわね」
予想した言葉より遥か斜め上の表現にロウサの表情が固まる。
「……えっ?」
「それでここって雑貨屋だっけ。え、ギルド?」
まあ、アトにとっては目的を満たせるならば、なんでもよかったりもする。
角灯と油壺。食料は――兵糧以外。出来ればパンが良い。
可能な限りの防具もそろえなければならないし、やることは多いのだ。
とりあえず案内されてショップのほうに向かえばいいのか。
モンスターから逃げる為のテレポート系アイテム、なんて、さすがにないのかもしれないが。
いずれ『果ての迷宮』に挑むのであれば、どんな準備だって怠らないつもりだ。
こちらの彼は傷を負っていた。
「わっ、大丈夫ですか!?」
なにせユリウスは、この世界に飛ばされる直前まで、敵と戦っていたのだから。
「ヌハハハハ!」
あからさまに狼狽えているアルテナの心配を、ユリウスは笑い飛ばす。
「まあ、なんとかなるのだろう? いや、するのか? まあ、どちらでもいい」
すぐさま空から降りてきて、こうしてアルテナに応急手当てされていたりする。
戦い。怪我したまま、即、救世主。
「こうして命があるんだ、やれることをやろうじゃないか」
とんでもない注文を付けられたものだが。
「ワッハッハ!」
当の本人は、至って剛毅そのものであるのだった。
かくして。
人の流れはエントランスから、ローレットのオーナーであるレオンの待つ部屋へと向かうのである。
リプレイ:pipi
監修:YAMIDEITEI