PandoraPartyProject

特設イベント

揺光と星影の森

●陽射しと森の風
 それは、穏やかな秋の或る日のこと。
 揺れる光、木々の合間をやさしく吹き抜ける風。空気は澄み渡り、光を反射する湖の水面は輝き、美しい緑が溢れる森は今、心地好い季節の彩に満ちていた。
 明るい森の中、三日月と新月は傷に効く薬草を探しに緑の路をゆく。
「薬草が見つかったら、帰ったら煎じて薬を作らなければな」
「あんまり採っても悪いから、要る分だけな」
 新月が薬草を探している途中、三日月は偶然に見つけた木の実を口の中に放り込んだ。美味い、と呟く声に気付いた新月はじっと三日月を見つめる。
「おい、三日月。真面目に薬草を探せ」
「いやいや、サボってないぞ! 今後のための腹ごしらえだぞ!」
「……俺にも木の実を寄こせ」
「何だ、そんなことならお安いご用だ!」
 新月にも木の実を渡した三日月は明るい笑みを浮かべ、薬草探しへの気合いを入れた。
 何かに誘われるように、蜜姫はひとりで森の奥へ向かう。
「あれは――」
 自らの依代だった桜に似た大樹の下、これまで誰にも見せなかった寂しさが溢れた。零れ落ちる涙を拭うことも忘れ、蜜姫は幹に寄り添う。
 いつの間にか泣き疲れて眠ってしまった蜜姫に暖かな木漏れ日が降りそそぐ。そよ風がその頬を優しく撫でる様はまるで、蜜姫を慰めているかのようだった。
 光合成に適した場所に立ち、マイアはじっと太陽の光を浴びる。
「……」
 何も語らずにいるが、マイアは平和な心地を感じていた。すると其処にラーシアが通り掛かった。樹だと思ったら少女であったことに気付き、ラーシアはごめんなさい、と頭を下げる。
 其処から始まるのはきっと、偶然が導いた不思議な縁。
 マイ釣り竿を構えたゼグルドは浮きを湖面に向けて投げ、釣りに興じる。
 しかと集中して魚を待つ彼だったが、ぽかぽかとした陽射しはとても気持ち良かった。いつの間にか瞼がゆるりと落ち、集中の糸が切れる。
「いぃ天気だなぁ……こう天気が良いとぉ眠くなるなぁ」
 やがてゼグルドは心地良い眠りへと落ちた。
 その後、ぐっすりと睡眠を楽しんだ彼の釣果は勿論、言わずもがなである。
 同じく湖の畔で釣り糸を垂らし、マッドは暫しの時を過ごす。
 元の世界では経験したことがなかった釣りだが、じっと待ちながら景色を楽しむのも悪くない。彼が眼帯をしていない方の片目を眇めた、そのとき。糸が張り詰め、魚の到来を知らせる。
「おっ、こいつは良い。慣れてない俺でも釣れるもんなんだな」
 良い調子で魚を釣り上げたマッドは片手でそれを持ち、バケツの中に放り込んだ。後で焼いて食べようと考えながら、マッドは穏やかな心地を感じていた。
 一方、キャッチアンドリリースの精神を胸に懐いた冴弓も釣りを楽しむ。
 だが――。
「おや、野良猫っすかね。って駄目っす! リリースする魚っす、食べちゃだめっす!」
 いつの間にか集って来た猫に魚を奪われ、冴弓は慌てた。それから暫しの間、湖畔では彼女と猫が対峙する声が響いていたという。
 散歩は楽しい。なのに何故、まだ足が震えるのだろう。
 イーリスは儘ならぬ気持ちを抱えて立ち止まる。しかし、視線の先に紅い葉が見えたことで不思議な安堵を覚え、思わず心のままに呟いた。
「美しい、ですね……」
 こうして眺めているだけでも落ち着く。素敵な物を見つけたと感じ、イーリスは双眸を細めた。
「ティル、全員で食べれるぐらいな大物任せたのだ!」
 湖畔に響くのは魔剣ティルフィングを釣竿の先に括り付け、湖へと放り投げたゲシュテルンの声。その隣ではSolumが初めての釣りに四苦八苦しながら、水面に糸を垂らしていた。
 魚がかかるまで待つ間、ふと思い立ったSolumはゲシュテルンに贈り物を渡す。
「……これ。私からの、プレゼント」
 差し出されたのは綺麗な石がついた指輪。自分の誕生日に勘違いで二つ買ってしまったのだというSolumは、これをゲシュテルンとの絆の証にしたいと告げた。
 心地良い木漏れ日の中、和やかな時が流れる。
 釣りに興じる二人を眺めたバクルドは焚き火の用意を始めた。二人が仲睦まじく頑張っているというのに、大人がただ呆けて待っているだけなのも格好がつかない。
(いつも独りだったがこういうのも良いものだな)
 そして、バクルドは娘のような少女達を見守り、ささやかな期待が籠った眼差しを向ける。
 きっと二人は大物を釣り上げて戻ってくる。そんな予感を覚えながら――。

●鮮やかな季節に
 のんびりと釣り糸を垂らし、本を読む。
「偶には書庫を離れ、風光明媚な自然を楽しむのも良いものだな」
「ああ、たまにはこうしてゆっくりとした時間を過ごすのも悪くは無いね」
 本から顔をあげたヴィノは周囲の景色に目を向け、陽光が射す森に感心した。その隣に座るノワも頷き、スイートポテトを食べながら微笑む。
 ニーニアは初心者向けの釣り入門書を開きながら、書かれた通りに釣り糸を投げ込む。
「どんなお魚が釣れるか楽しみだね~」
  ええ、とニーニアの言葉に同意を示した鷹墨は周辺の植物をスケッチしていた。そのとき、仲間達の間をやわらかな風が吹き抜けていく。ノワとヴィノは心地良さそうに視線を交わしあい、鷹墨も季節の巡りを感じ取った。
「そよぐ秋風も気持ちよくて癒されますね」
 こんな時間がずっと続けばいい。
 ちいさな願いと共に、仲間と過ごすかけがえのない時が流れてゆく。
「くっくっく、素晴らしい! 美しい景色だ!」
 ディエは高らかに笑い、辺りを見渡す。ディエの経験上、大自然の中では天然の魔力に満ちた素材がよく見つかる。ピクニックついでに探してみようと決め、ディエは意気揚々と歩き出した。
 その姿を見つけ、謎の対抗心を燃やし始めたのはリリーだ。
「フハハハ、我が鍛錬に愛用していた森を思い出すな!」
 この自然の美しさが、我が筋肉美に還元されるのが実感できる。ぐっと拳を握ったリリーの声にディエも気付き、二人の視線が交差した。
 タイプは違えど、高らかな笑い声には何処か似たものが感じられる。
 じりじりと距離を詰める二人。その後、ディエとリリーがどうなったかは本人達のみぞ知ることだ。
 木漏れ日の森の中、用意してきた弁当を広げる。
 グレイシアはルアナに食器を渡そうとしたが、はたとして動きを止めた。
「おじさま。あーん!」
「……何をしてる」
 まるで餌を待つ雛鳥のように口をあけて待つルアナは知っている。おじさまは文句を言いながらもご飯をくれる、と。軽い溜息を吐いて呆れた彼はその思惑通り、卵焼きをルアナの口に放り込んだ。
「おいしい……! じゃあね、ルアナもお返ししたい!」
「そういう話ではない」
「ひゃぁ。じゃあたくさん食べさせてもらうもん!」
 しかしお返しは出来ず、代わりに額が小突かれる。それでもめげないと意気込むルアナ。
「美味しそうに食べてもらえるのは、嬉しい事だがな」
 まったく手のかかる勇者だ、と呟いたグレイシアの口許には笑みが浮かんでいた。
 見知らぬ森に疲れ、マナは木陰に座り込む。
「少し、休憩を……」
「子供はすぐに疲れるのだな。仕方ない、我も休むとしよう」
 しかし、今は信頼できるリュグナーが傍にいる。
 秋めいた心地好い風と隣に座る彼が居てくれることに安心し、マナはいつしか眠ってしまう。すると彼女の身体が突然、幽体に変わった。
 その様子に僅かに驚いたリュグナーだったが、すぐに原因に気付く。
「む? クハハハハ! これが貴様のギフトというやつか!」
 どうにか触れられぬかと手を伸ばしたリュグナーは興味深くマナを見つめた。それを知ってか知らずか、マナはすやすやと木陰で眠り続けていた。
 穏やかに過ごす森の中、何だか妙なくすぐったさを感じる。
 セレイリィアがふと手首を見下ろすと、あむあむと鱗を食む野生の兔がいた。はっとしたシェーラは慌てて兔を抱き上げ、一人と一匹をそっと引き剥がす。
「だいじょうぶ、リィ。いたくなかった?」
「びっくりしたけど大丈夫。あの……食べられないよ?」
 腕の中の兔に話しかけるセレイリィアに怪我がないことを知り、シェーラは安堵した。同時にその姿が可愛らしいと感じたシェーラは兔と鼻をつき合わせて笑う。
「ね、わたしの大事なひとはきれいでしょ?」
 そんな少女こそ可愛いと思い、セレイリィアも口許を綻ばせた。
 その表情を見られただけでも来た甲斐がある。和やかな心地が、緑の森に巡った。
 光射す森の中、布静達は薬草探しの探索を行う。
「チッ、なんでオレが」
「……これ。合ってる、だろうか?」
 舌打ちをするサイードは見つけた薬草を籠に放り込み、レムは布静お手製の薬草の絵を見ながら識別に悩む。そんな中、レムは八千夜が小動物に囲まれていることに気付いた。
 肩に栗鼠、頭に小鳥、傍に狐。
 動物達は集ってくるが、この世界に来てからは彼等の声は分からなくなった。
「うっわホントに声聞こえねぇ! 変なの!」
 八千代が再認識している傍ら、動物達は寛ぎ始める。薬草探しに飽き飽きしていたプティピエも八千夜達に近付き、人差し指の腹で栗鼠の頬を撫でる。
「ほら! 可愛いわよ」
 此方を気にしている様子のサイードに掌ごと栗鼠を差し出すプティピエ。頬が綻びそうになるもグッと仏頂面を貫いた彼は手に乗せられた栗鼠を真顔で見つめる。
 必死に耐えるサイードに微笑ましさを覚え、布静は薬草籠から雑草を抜き取る。
「そろそろ終いにしましょ。皆さんお疲れさんですわ」
 すると、気紛れに拾った団栗を見つめる動物がいた。レムと布静が手招きすると尻尾を揺らした栗鼠がぴょこぴょこと此方に駆けて来た。
 触ってみたら、と勧めるプティピエにレムが頷く。そうして、触れる手。
 ふわりとした感覚に笑みを浮かべ、仲間達は森の動物と過ごすひとときを暫し楽しんだ。
「静かなものだ……」
 湖畔にて釣り糸を垂らすフェルディン。その隣にうとうとしながら、舟をこぐまいちの姿がある。
 暫し後、不意にはっとしたまいちが顔をあげた。
「あっ、もう夜ご飯ですか?」
「……いや」
 まだ釣れてはいないし昼間だと告げて竿を軽く上げるフェルディンの様子を見て、まいちはご飯の夢を見ていたのだと気が付く。なんてはしたない、と顔を真っ赤にするまいちに彼は告げた。
「さて、今夜の晩御飯はどうなるかな……?」
 気負わず、夢でも見ながらゆっくりと待てばいい。
 和やかな時間に故郷を思い出した彼は、薄く微笑んでいた。
 自然豊かな場所に来ると里の事を思い出す。
 水卯は山菜採りや狩りに出かけた日々のことを懐かしく感じ、湖の前で大きく伸びをした。
「折角だから素潜りで捕ってこようかなっ♪」
 よし、と意気込んだ水卯は勢いよく湖に飛び込む。跳ねた飛沫はきらきらと光り、陽光を映し出す。そして――水卯が様々な魚を捕って来る光景が見られるのは、もう少し後のこと。
 此処でなら良い絵が描けそうだ、とメートヒェンは湖畔を眺める。
「どこも美しくていい風景だけど、そうだね」
 光を反射する湖と緑の森を前にメートヒェンは筆を取った。合間に昼食として持ってきたサンドイッチを手に取りながら、絵を描くひととき。
 日が暮れるまで一人の時間を楽しむ彼の眼差しは、快さを映し出していた。
「ねぇラーシア、こういうところでは何をするのがいいのかしら?」
「そうですね、例えば――」
 シュゼットからの問いにラーシアは散歩が良いと答えた。
 森を歩き、空や木々を眺め、裸足で大地を感じること。ふかふかで気持ちいい感覚、キラキラ光る水面の眩しさ、そして色んな人の楽しそうな声を聞くこと。
 深呼吸したシュゼットが辺りを見渡すと、湖畔に佇む樹里の姿が見えた。
 釣りをする人々の様子をにこにこと見守っていた樹里も此方に気付き、隣にラーシア達を招く。
 自分が祈りを捧げた後の人々の表情のように、或いはおいしい物を食べた後のように頬を綻ばせる人達の光景はとても素敵だと思えた。
「何だか、心がほっこりしますね」
「はい、本当に」
「見ていると、もっと楽しいことを探したくなるわ」
 樹里が微笑むとラーシアとシュゼットも頷く。
 きっと、幸せは新たな倖せを呼ぶ。其々に楽しむ仲間達の笑顔を見ているとそう思えた。

●夜のはじまり
 やがて陽は落ち、辺りに宵の色が滲みはじめた。
 夜ともなれば輝きに満ちていた森の様相も変わり、透き通った静けさが宿る。
 水面に映る星々と月。
 祝は湖に反射する光を見つめた。こんな静かな夜は、兄と語り合ったことが思い浮かぶ。
 兄の想いや生き様は、太陽のように光輝き眩いものだった。自分もいつか隣に並べるだろうか、と俯いた祝。その瞳には未だちいさな星の煌めきしか映っていない。
「もう少し、俺はこの世界で居場所を探してみるよ」
 それが見つかるまでは、きっと――。祝はゆるりと眸を閉じ、掌を握った。
 コハクは大きな木に登り、夜空を見上げる。
 枝に寝転がりながら視る星の瞬きは美しく思えた。コハクは流れ星が出ないかと天を見つめ続け、双眸を細める。願い事はもう、決まっていた。
(様々な困難があれど――その先にまだこの世界があるように)
 笑い合える日々があるように、と祈るように抱いた思いは星の輝きと共に胸の奥でひかる。
 湖面の星を見つめ、葵は思う。
 この世界に召喚された理由。そして――己の存在理由を。
「これから先、私はどうあるべき、いや……どうありたいのだろうな」
 呟いた思いに答えてくれる者はいない。だが、星の煌きは何故だかとても懐かしい気持ちにさせてくれる。仄かに感じた思いを胸に抱き、葵は静かに目を閉じた。
 前の世界では生きるのに必死で、星を見る余裕なんてなかった。
「星空というのは綺麗だな……」
 けれど今は違う、と振り仰いだ空はとても尊いもののように思える。前の世界の星も綺麗だったのだろうかと思考したサイズだったが、以前より今が大事だと考え直した。
 そうしてサイズは熱い抹茶を飲み、残りを本体である鎌にそっと流す。抹茶うまい、と呟いた言葉には穏やかさが宿っていた。
 森の中、コルヌは暗い道を歩いていた。
「……で、また逸れてるわけだな?」
『帰れば顔を合わせるのだから気にするな』
「まぁ、探すのも面倒だしこのまま楽しむか」
『そうするといい』
 呪具と宿主が交わす会話が聞こえ、ラーシアは振り向く。するとコルヌは手を振り、過日は世話になった、と告げた。そして、其処から巡るのは静かな夜の時間――。
 透き通ったハーブの果実酒で杯を満たせば、滲んだ夜空に星が浮かぶ。
 ふふ、と幽かに笑んだシーヴァは空に片手を掲げた後、景色が映った水面を軽く飲み干した。
「心地良い風が吹くときはどうにも気が緩んでしまうわね」
 星と梢のささめきを揺籃歌に今日は此のまま眠ってしまおう。そう考えたシーヴァは樹の幹に背を預け、瞳を閉じた。たまにはこんな夜も悪くない。
 瞳をあけたら、きっと――せわしない日々がはじまるだろうから。
 湖の傍、エリアスとラーシアは夜空を眺める。
 そんな中、ふと思い立ったエリアスは傍らの彼女に森について問いかけてみる。
「この辺りには夜にしか咲かない花や薬草なんかはあるでしょうか」
「どうでしょうか、私はまだ見つけていませんが……」
 探せばきっと何処かにあるかもしれないと微笑んだラーシアにエリアスも静かな笑みを向ける。
 二人でぼんやりと星を見つめる時間はとても心地良かった。
 星空を映す湖を掬おうとも、光は指の隙間から零れ落ちてしまう。
 不思議そうに、それでいて楽しそうに水と戯れる幻を見つめ、ジェイクは己が抱く想いを伝えようと決めた。彼女が居ると心に温かい物が宿る。
 だから、とジェイクは降り向いた彼女に身を寄せ、そっと囁いた。
「初めて会った時一目惚れをした。君は夜の星座より美しい。俺でよければ――」
 恋人として付きあいたい、と告げた彼に幻の頬が熱くなる。
「好き? 恋人? 付き合う?」
 未だ解らない概念に幻は疑問符を浮かべた。けれど、煩い程に高鳴る心臓の音は悪いものではない気がする。駄目かと問う彼から伝わる温もりを感じながら、幻は胸を押さえた。
 星降る湖にて――その後に交わす言葉は、ふたりだけが知ること。
 ブランシュは大樹の枝に立ち、空を振り仰ぐ。
「空気が綺麗だから、きっと空も……と思っておりましたが……感動する風景ですね」
 けれどきっと素敵な場所だから人が来てしまうだろう。人気のない所に行きたいと考える自分に気付いたブランシュは悪い癖だと肩を落とす。
 いつか直せると良いと考えながらブランシュは琴を奏でてゆく。
 森の動物さんたちが休めるように、と静かに紡がれる音は笛の音と響きあった。
 何処かで、やさしい音楽が響いている。
 不思議な心地を覚えたミスティカは夜空に瞬く星を映した水辺の鏡を見つめた。それは天と地が交わり生み落とされた幻想的な世界。
 湖面に煌めく星の光に誘われて、水面に手を伸ばす。星を掬い上げてみようとしてみても水は掌から零れ落ちるのみ。その輝きは、人の手には届かない場所にあると改めて思い知った。
「――だからこそ、人はいつまでも叶わぬ夢を見続けるものね」
 星の光は美しく、遠きものに夢を視る。
 そして、瞳を閉じたミスティカは誰かが奏でる笛と琴の奏に耳を澄ませた。
「こうしていればお星様に手が届きそうな気がするのです」
 木の上に登って星に手を伸ばし、エリノアは淡い金色の瞳を細めた。けれど背伸びをしても、ジャンプしてみても猫の手は届かず、星との距離は遠いまま。
 懸命に星を掴もうとする少女を樹の下から見守るのはラーシア。気を付けてください、と告げて案じるラーシアだが、同時にエリノアの無邪気な姿に和やかさを覚えていた。
 アドレスは眠りやすい木を見つけ、寝息を立てて眠っていた。
 そんな中、 夜空を楽しむ凛は穏やかに過ごす。
「今宵は、良い夜じゃのぅ」
 辺りの静けさを感じ取った凛は愛用の横笛を取り出し、景色に相応しい音色を奏ではじめた。
 夜の光を受け、空も湖もキラキラに輝いている。
 すごい、と瞳を輝かせたシャルレィスは眼帯を装備して巴に森の景色を見せてやる。
「ね、綺麗だよね、巴!」
(……別に、私は星など興味はないが)
「迷惑、だった?」
(……。まぁ、悪くはないな。綺麗なのは認めよう)
 脳裏で交わす会話の中、シャルレィスは巴の声が僅かに柔らかくなったと感じる。そんな気がしただけなのだが、何故だかそれが少しだけ嬉しく思えた。

●星空と樹
「お手伝い致しましょうか」
 木登りに苦戦していたスティアに差し伸べられたのは、IN/AS・Ia Ⅱtypeの腕。
 その手を借り、スティアはやっと樹の上に登った。そして、礼を告げたスティアは、IN/AS・Ia Ⅱtypeと一緒に枝の上に腰を下ろした。
「わぁ、綺麗だね。お昼には見れない一面にこそ惹かれちゃうよね」
「はい、美しい景色です。不思議と、落ち着くような気が致します」
 スティアにIN/AS・Ia Ⅱtypeが応え、二人は暫し夜空を眺める。
 樹から見下ろす湖。其処に映る星々の煌めきがとても素敵な光景だと感じ、スティアはそっと虹彩異色の瞳を細めた。
 夜のしじまに語られるのは愛の言葉。
「今宵の俺はあなたという輝く星の傍にいられてとても幸せだよ」
「まあ……」
 マリオの甘い台詞にラーシアは驚いた様子を見せたが、これが彼のいつもの調子。綺麗な女性が他に居れば口説きに向かうのだ。しかし、綺麗な女性と見上げる星空は素晴らしいと感じるマリオに偽りはなく、其処には心からの思いが宿っていた。
 水面に足を浸し、ちゃぷちゃぷと揺らすエリアル。
「……手の届かない高いところにあるものだと思ってたけど、身近なとこにもあるものね、星」
 手を伸ばしても触れられないことは分かっている。けれど今だけは星の光が近くにあるように思えた。
 さあ、明日はどの方角へ行こうか。
 星が示す先に行くのも良いと感じ、エリアルは爪先で水と戯れた。
 森の奥、星がよく見える大きな樹の上。
「ここをキャンプ地とする」
 ラァトは丈夫な枝を見つけ幹に背を預けた。
 用意した温かい紅茶を飲み、ラァトは星を見上げる。次は誰かに、たとえばお菓子を持ってきてくれる人と出会えればいいと感じながら夜を楽しんだ。
 そのとき、ラァトは樹の下に誰かの気配を感じる。
「数多の星達よ、共に戯れようぞ。さぁさ此方へ、余興も楽しんで行かれよの」
 甘く響いたのは踊り子、フランの声。興味をひかれたラァトが下に降りるとフランは観客が来たと笑んだ。その声を聞き付け、狐の姿になっていた初春も樹の傍に辿り着く。
「狐の君よ、妾が魅せて賜ふ」
 フランは観客達を前にして舞うように踊った。
 しゃん、しゃんと金の腕輪や耳飾りが揺れ、髪飾りは星の光を反射する。
 それまで星空に思いを馳せていた初春だったが、見事な舞に思わず尻尾を揺らした。ラァトも拍手を重ね、フランの踊りに喝采を送る。
「すごい……」
「おぬしらの貴重な時間を妾にくれたこと、心から感謝の意をば」
 そして、一礼したフランは淡く微笑む。その姿は星の踊り子と称するに相応しい美しさだった。
 星が映る湖の畔。
 エステルがスカートが汚れるのも構わずに湖を覗き込むと、ジェルソミアがそっと肩に手を置いた。胸の内は明かさぬまま、また、その手に頼もしさを感じながら、ふたりは水面を見つめる。
「見て、ジェルさん。星が……」
「ほんとだ、流れ星!」
 示された先を見れば一筋の光が流れる光景が見えた。
 この流星は幸いと災い、どちらの兆しだろう。星詠む力を失ったエステルには分らなかったが、想いを願うことは忘れていなかった。
(――この穏やかな時がずっと続きますように)
 静かに祈るエステルを見守り、ジェルソミアは空と水面の光を交互に眺める。
「ねえ、エストちゃん。あそこの星をつなげるとイチゴみたいじゃない?」
「本当、周りの星屑のお陰で苺ミルクみたい」
 そうして言葉を交わす二人の間に、ちいさな微笑みの星が煌めいた。
 きっと、夜空に瞬く星が美しいのは何処の世界でも同じ。
 ケイデンスは天涯に過去を重ね、ふと呟く。
「彼らは今も見れているだろうか、あの星々を、ここにいる彼らのように寄り添いながら……私のいない世界で、何もかも無かったことにして……」
 様々な考えが巡ったが、この世界に感じることもある。
 それは――この彼らの物語はどんなものになるのだろうか、という期待にも似た思いだった。
 星は謳い、夜は囁く。
 夜は嫌いじゃない。静かで落ち着いて、なにより星が綺麗だから。
「ほら、星を捕まえたぞ」
 そう嘯いて湖の水を手で掬ったラノールの捕えた星は水面に揺れて溶けていく。その様子を見遣った後、エーリカは空から射す淡い光を示した。
「ねえ、あのいろ。やっぱり、ニコにそっくり」
「そう、でしょうか」
 夜空に特別な思いを持ったことはないが、この瞳と似ていると言われて悪い気はしない。ニコとエーリカのやりとりを欠伸をしながら見守り、ギリアスはふと思い立つ。
「あ、そうだ。お前ら、こっち見てみろよ」
 その声に皆が振り向いた瞬間、左掌から放たれる閃き。まるでそれは流れ星のよう。
 本物とは文字通り天と地の差があるが、遠い星より俺に願った方が御利益があるかもしれない。戯れに笑ってみせたギリアスにニコが首を傾げる。
「ではギリアス様が願いを叶えて下さるのですね」
「じゃあ……みんなと、もっとおはなしできるように、なれ、ます……よう、に」
 するとエーリカが恥ずかしそうに俯いて願った。その様子が何故だか微笑ましく感じられ、ラノールは可笑しそうに笑う。ギリアスとニコも頷き、視線をを交わしあう。
 そして、ラノールが掌の星に願うは未来のこと。
 ――願わくば、またこうして皆と星が見れますように、と。
 ノインの腕に抱きつき、アインは幽閉されていた時計塔を思い返す。
「外って、すてきなところ、なんだね?」
「風邪をひいてはいけませんからどうかそのままで」
 上着をかけるノインに大丈夫、と告げたアインはそっと微笑んだ。
 僕はなんで小さな世界にいたのだろうかと考えたアインは。外の世界へ攫ってくれたノインのことを大切に思っている。
「ずっと好きだよ。傍にいて」
「俺もあんたのこと好きだと思います。……家族として」
 ノインは小さく呟いた。自分は貴方の執事だから、好意を持たれるのは烏滸がましい。
 それでも、告げられた言葉が嬉しくないわけではない。好きだという至極真っ直ぐな思い、或いは複雑な思いを抱きながら、二人は暫し共に星を見上げた。
「これはすごい! 大自然ですね!」
 空に光る星が人工灯ではないことに感動し、ルル家はめいっぱいにはしゃぐ。その姿に目を細めながら塁は昔を思い出し、ふと呟いた。
「こちらに星座というのはあるのでしょうか?」
「星座……? よかったら私に、教えて欲しい」
 するとセレンが首を傾げて問う。なずなは自分が居た地球の話で良ければ、と告げてセレン達に星座について説明してゆく。
「数多の星の位置によって、星を繋いで見える形を、昔の人が蠍とか色んな物に例えてて……」
「星座にはいろんな物語があってですね」
 更に塁が故郷の星空の話を語ると、ルル家が興味深そうに何度も頷いた。
「ほほー、そのようなものが。それにしても湖に星の光が反射して美しいですなぁ。とー!」
 次の瞬間、謎の勢いに乗ったルル家は湖に飛び込む。
「夢見さん!?」
「ひゃー! 冷たい! 気持ちいい!」
「か、風邪引かないで下さいね……」
 いきなりの騒動に驚く塁となずな。だが、塁はこんなこともあろうかと着替えやタオルの用意をしてきていた。皆様もいかがですか、と誘うルル家に手だけなら、と湖に近付くなずな。
 騒がしくも賑やかな光景を見守りながら、セレンは先ほど聞いた星座の話を思い返す。
「星を見るのが、もっと好きになりそうな気がする……」
 そうして、そっとセレンが囁いた言の葉には静かな穏やかさが宿っていた。
 リェルフは樹の上に登り、星を見上げた。
 披露するのは娘に格好をつけたくて、こっそり勉強した星の話。いつかの未来、これが彼女の将来の道を広げられる手助けになればいいと願い、リェルフは双眸をやさしく緩めた。
 親として、それこそが光栄なこと。そんな風に思えた。
 そうして、星々の物語は紡がれていく。
 白衣の裾を手繰り寄せながら、ヴィルヘルムは湖面を見下ろす。
 静かに景色を眺め続ける彼の口から、不意に零れ落ちたのは不思議な異国の歌。
「――……」
 どこの言葉ともわからぬ詩を紡ぎ、ヴィルヘルムは目を閉じた。記憶を失い、寄る辺のない気持ちに晒されている彼も、今この瞬間だけは安らぎを覚えていた。
 空できらきらと光る星の輝きに眸を瞬き、ナーガは感動に打ち震える。
「とっても、とってもキレイだなぁ……!」
 人より大きな身体を気にして樹に背を預けるだけに留めたナーガは、樹の上に登れなかったことを少しだけ残念に思った。
 けれど、この風情を壊したくない。そう願った心は今、穏やかな夜の中で優しく揺れていた。
 懸命に樹に登るニコは一番上の枝を目指す。
「木に登って星を見るのはきっと綺麗じゃしのう……よいしょ、と」
 その後に続いたエフは初めての体験に期待を寄せた。記憶が無い自分には何もかもが新鮮で、こうしてニコと過ごす時間も興味深い。
 そして、二人が目的の枝に辿り着いた瞬間。
「わぁ……!」
「わ……」
 同時に驚きの声があがり、二人は目の前の光景を暫し見つめる。
 夜空に見えた光と森のさざめき。その景色を綺麗だと感じ、ニコとエフはそっと頷きあった。

●星影は謳う
 湖の波紋の中に淡く輝く光。
 これが星なのだと知った都子は触れてみようと手を伸ばした。だが、脳裏に或る言葉が過ったことでその腕は途中で止まる。
「――高嶺の花にこそ、浪漫がある」
 自分を作った傀儡子の言葉を口にした都子は頭を振った。ならば、こうして眺めるだけでも満たされる理由がある。そんな風に思え、都子は星の輝きをそっと見つめ続けた。
 星を眺め、指先で星座をなぞる。
「これがあの星、か……?」
 アルブムが知る星は元いた世界のもの。此方でも綺麗に瞬く星に自身が知る星図を重ね合わせ、アルブムはひとつずつ星を数えていく。
 ルクスリアとラーシアも彼と同じ樹の別の枝に座り、煌めく光に目を細めた。
「今宵もこの世界の天文を学ぼうかしら。……あら?」
「何でしょう?」
 そんなとき、樹の下から誰かの声が響いた。
「星影の森か。イイ名前じゃあないか、ステキだね。しかぁしッ!」
 まるで背景に薔薇を背負ったかのようなポーズを決めた公麿は言い放つ。
「桜小路公麿という名の方がステキでッ! 星よりも光り輝くのが桜小路公麿さッ☆」
 ハハハ、と高らかに笑う彼の姿をやさしく見下ろし、ルクスリア達は微笑ましさを覚える。アルブムも肩の力を抜き、地上と空を交互に見遣った。
 星を知る以上に、この世界の人々についても知っていかなければ。そんな思いが満ちた。
 静かな森の中、ユウは落ち着いた気持ちを覚える。
 星も綺麗で心地好い風が通り抜ける、此処はそんな場所。だが、ユウは隣でそわそわと周りを眺める少女に問いかけた。
「……で、セシリア。何であなたまでついて来てるのよ?」
「来ても楽しい事がないって言いたい? そんなことないわよ!」
 ユウが一緒なら大丈夫、と何でも楽しいと胸を張ったセシリア。其処にあるのはすぐに一人になろうとするユウへの気遣いだ。
「はぁ……本当にお節介なんだから」
 溜息を吐いたユウはもう一度、森の穏やかな景色を見つめる。その傍らに寄り添うように、しっかりとセシリアがついていた。
 水に映る星が綺麗で、睡憐は両手で水を掬いあげる。
「水がキラキラしテいまス、なのっ」
 星の煌めきと戯れる睡憐はふと思い立ち、いつかオーロラを見てみたいと零す。本で見たと語る睡憐
の言葉に頷き、剣蓮はその頭を撫でてやった。
「オーロラ、か……。見るのは難しいらしいが、いつか機会があればチャレンジしてみようか」
「ほんト?いつか、いつか、絶対デすなのよ。おやくそく!」
 そして、差し出されたのは小指。
 指切りげんまん、と重ねられた指先には仄かな温もりが宿っていた。
 夜空に浮かぶ淡い光。
 静寂と神秘が満ちる最中、我那覇は果てしない天涯を振り仰いだ。
「我輩もかようにありたいものである」
 他者の光を宿す者。我輩を照らす光はまだ不在であるが、と呟いた我那覇。その途端、異形の影は闇にとけるように消えた。
 鏡面めいた湖に映る夜空と星。綺麗だと瞳を瞬かせた水桜は嘗て住んでいた森を思い出す。
「……みんな元気にしてるかな」
 胸の奥がうずうずするような感覚を抱き、水桜は歌を紡ぎはじめる。
 美しいこの世界が、どうか穏やかで在りますように――。そうっと願った想いは歌に乗り、夜の森にやさしく響いていった。
 こうして星を見上げる事が出来たのはいつぶりだろう。
 星空を見渡せる樹の上に降り立ち、アルクスは腕を天に向けて伸ばした。あの星まで飛んでいけないだろうか、と口にしたアルクスは其処でふと気付く。
「あぁ……俺は自由なんだ」
 これから何をすればいいのかはまだ分からない。でも、今この時はずっと星を見ていたい。
 胸に満ちる思いを噛み締め、アルクスは星を振り仰いだ。
 揺れる水面に輝く星々。
 深海じゃ見れない景色だと独り言ち、ヴィナは足の蛇に問いかける。
「お前たちもどう? ……入りたい?」
 気持ちは分からないでもないけれど、と零したヴィナは蛇に水面を濁すのはやめておきなさいと告げた。こんな静かな夜だからこそ誰かの時を邪魔したくはないから、と。
「星と星を線で結んでいくと、絵が出来るんだってさ」
 旅人から聞いた話を語り、ジョゼは指先を空に向ける。ラデリはジョゼが紡ぐ星座の話に耳を傾けながら深い夜の色を瞳に映した。
「その話も興味深いが……俺は、空の向こうが見たい」
 混沌は本当に無限なんだろうか。
 どこかを境にして別の世界に続いていたりはしないのだろうか。考えるラデリはいつの間にか眠くなり、目を閉じる。
「あの星一個ずつにも、オイラ達みてーなヤツが住んでるのかな?」
 ジョゼの声が次第に遠くなることを感じながら、ラデリは穏やかな心地に身を委ねた。
 ――どんなに遠く離れても、星の輝きはいつもそこに。
 ――どんなに遠い誰かでも、同じ星をいま見てる。
 ミシニカは故郷で流行った歌をうたい、湖の畔で星を見上げた。この歌のように、違う世界の星を見ていた人達、旅人も同じ星を見ている。
 そのことが何だか嬉しく思え、ミシニカは口許を緩めた。
 湖面で揺れ動く光、星の影を映した森。
 森の名前を聞いた時から思い浮かべていた光景が今、アリーシャの目の前にあった。ラーシアの手を借り、アリーシャは湖畔を見渡せる樹に登る。
「この光景に映える美人がいれば、より美しく見えそうだね。水辺に立って貰えるかな」
「構いませんよ。ですが……」
 アリーシャさんも一緒に、と手を差し伸べたラーシアは淡い微笑みを浮かべていた。
 ティアは星を眺め、ありのままの感想を口にする。
「この世界の星も綺麗だね。元いた世界よりは見にくいけど」
『元の世界では住んでいる高度が違い過ぎるからな』
 魂と会話を交わすティアは湖と空をゆっくり眺めながら、今という時間に感謝する。こちらに来れたこと、そして美しい景色を見られたことへの思いは夜のしじまに巡ってゆく。
 独りは怖い。
 けれどそんな思いを忘れさせてくれるほど、一面に輝く星は美しい。咲良は胸を押さえ、心に焼き付けるようにこの光景を見つめた。
 これからも、この世界で生きていく為に。
 頑張りたい、と誓った咲良は星々の光を瞳に映し続けた。
 湖の傍、奏でる音楽は夜の夢を誘う。
 Violenzaの紡ぐ音色に拍手を送り、ザジは賛辞の言葉を贈った。
「音楽というものにきちんと耳を傾けるのは初めてだよ。ありがとうね」
「al fine! 終わるまで付き合ってもらうわよ。終わりは夜が明けるまで!」
 気を良くしたViolenzaはもっとお話しようと告げてから、夢魔ってなぁに、とザジに問いかけた。するとザジは片目を瞑り、敢えて質問をはぐらかす。
「ははは。ミステリアスというやつさ」
 その笑みに隠された奥が知りたくなり、Violenzaはじっとザジを見つめた。
 二人の夜は穏やかに、ゆっくりと流れていく。
 世界は変われど星はある。
 行人は秋色の葉をくるくると掌の上で回し、星空を見上げた。見慣れた空ではあるが同時に見慣れない空でもある。
 この世界が何を見せてくれるのかを考え、行人は歩き出す。
 森の奥、進みゆく先で彼がラーシアと出会うまで、あと少し。その出逢いは例えるならば、そう――星の導きのようだった。
「たまには家に帰らなくたって、いいよね」
 樹の上でぼんやりと夜を過ごすヘンゼルは煌めく星を眺めた。何だか今の状況は自分が物語の中に入り込んだかのようだ。
「星に願ったら本当に叶うのかな?」
 いつか読んだ物語の主人公のように両掌を組んだヘンゼルは願う。
 その思いはそっと、胸の中に沈んでいった。
 綺麗な星の光。それは戦火の煌きなどではない。
 このまま何もせずに平和なままでいられたらいいとリトスは思う。でも、何もしなければこの世界は崩壊してしまう。相反する考えに挟まれたリトスは膝を抱える。
「やらなきゃ、駄目なんですよねぇ……」
 そして、リトスはゆっくりと顔をあげ揺らぎそうな決意を胸に懐いた。
 真夜中の静けさを感じ、スリーは星空を観察する。
 星の位置も貴重な知識。眼差しを天空に向けた後、スリーは少しだけ俯いた。
「……もう、随分と霞んでしまいましたが」
 途切れがちに紡ぐ言の葉に込めたのは、感傷めいた幽かな思い。これも、『思い出』というものになるかもしれません。期待にも似た、言葉に出来ぬ感情がスリーの裡にあった。
 今宵、巡りゆくのは大人たちには内緒の夜更かし。
「ね、みてみて! こうしたら、ほら。そらを歩いてるみたいだよ」
 靴を放り投げ、湖に足を浸したサンティールは足元と空に広がる星々を示した。続いたメテオラも裸足で駆け、ラズワルドも恐る恐る浅瀬へ足を浸す。
「凄い、夜空を飛んでるみたいだ!」
「こういうのも、悪くねえな」
 夜鷹になった気分だと感じたラズワルドの表情が途端に輝き、メテオラも優しく微笑んだ。
 シャンゼリゼも皆に倣って水面の星空を歩き、足元を見遣る。
「星間を征く渡り鳥でありますか。……確かに、大人に言っても信じてくれない光景でありますな」
「みんなでいっしょだね。なんだか、僕たちが星になったみたい!」
 サンティールが両手を広げれば、シャンゼリゼがその通りだと頷いた。その表情は崩さぬままだが、そのこころは確かに歳相応の童心に戻っている。
 そうして、ラズワルド達は夜の心地を楽しんでいく。
「メテオ、頼んでた御飯は?」
「サンドイッチとスープだ。皆で食べるといい」
「ありがとう、いただきます!」
「ご相伴に与るであります」
 それは静かな夜の賑やかな一幕。皆を淡く照らし出すように星は瞬き続ける。
 明るい仲間達の笑顔や声を聞き、メテオラはふと思う。
 きっと、そうだ。
 未来は常に自分たちの手の中にあるのだ、と――。



 writing:犬塚ひなこ

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