PandoraPartyProject

特設イベント

街角に秋を探して


 ひんやりと湿った空気の中に足を踏み出して、春鳴湖は一路、中央教会前のオータムフェスティバル会場へ向かった。
 朝の日差しに目を細め、時には市に店を出す人々と挨拶を交わしつつ、徐々に市が立っていく様子をわくわくしながらつぶさに観察したのち、報告のため大階段を軽やかに駆け上がる。
「やきいも! だいすき!!」
「おはようございます、一番乗りですね」
 はい、と『幻想大司教』イレーヌ・アルエから直々に焼きイモを手渡される。
「あ~、残念なのです。ちょっぴりくやしいのです」
 春鳴湖に一歩先を越されて悔しがるのはリザレキュアだ。
 リザレキュアは秋の印にと、色とりどりの紅葉した葉を細い枝を編んだカゴいっぱいに入れて持って来ていた。
「まあ、素敵!」
「秋らしいものといえば、綺麗な落ち葉なのですよ!」
 頬をほんのり赤く染めて胸を張り、イレーヌから焼きイモを受けとった。
「でも、いっぱい集めるには、ちょっとカゴが小さすぎたのですよ……残念なのです」
 はむ、と焼きイモを頬張ったイレーヌの上から、ぬっと影が覆いかぶさった。
「……かぶっちまったか。みんな同じことを考えるんだな」
 パンはちょっぴり眉を下げ、おずおずと一枚の赤い葉をイレーヌに差し出した。
「おはようございます、大司教さま。小さな秋の収穫物を捧げに参りました。毎朝、皿の飾りを森で採るんですが、そのうちの最高に美しい一枚です」
「ありがとう、パン。同じに見えて同じではない……素敵な秋の印ですよ。ああ、そうだ。いいことを思いつきました」
 イレーヌは秋の印の報告を記す台帳を広げた。見開きの左側に二人がもってきた紅葉の葉を張り、右側に秋の印の報告内容を美しい文字で書き込む。空白部分にちょっとした絵を描き添えて。

 三人が台帳に落ち葉張りの手伝いをしている頃、ライナスは【ローレン】で出す秋の新作メニューに相応しい料理を思案しながら、新鮮な食材を求めて賑わい始めた会場を歩いていた。
(「ふむ……秋と言えばやっぱり南瓜と薩摩芋だな」)
 店の前で立ち止まり、ずしりと重い南瓜を手にする。
(「何にしても美味しいはずだ。ああ、きのこでスープやパスタを作るのもいい」)
 市には幻想国各地から旬の野菜が集まっている。見て回るだけでいろんな料理のアイデアが次々と浮かんできた。
 ――と、その時、ライナスのすぐ隣で可愛い声が。
「こんなふうに食べ歩きをするのって、特別な日って感じでわくわくするわ……!」
「君もお祭りを楽しみに?」
 ほかほかのアップルパイを手にした少女に気さくに声をかける。
「ええ、スイーツの食べ歩きをするの」
「そうか。素敵な一日になるといいな」
 二人はにっこり微笑みあって別れた。
(「いまのって、もしかして……ギフト、オーディナリーの効果なのかしら?」)
 風変わりで奇抜な衣装に身を包んだ少女――あんずは小さな秋の出会いにちょっぴりドキドキしながら、甘い匂いの風を追ってオータムフェスティバルの中心へと向かった。
 あんずの横を、マヘルがすれ違う。
(「こういった青空市こそ、旗師の腕の見せ所よね」)
 たまには幌馬車を降りて、街の中心で掘り出し物をさがすのも悪くない。焼き栗の入った紙袋を手に、古道具を並べた店をゆっくり巡り歩く。
 マヘルはある店先で水彩画道具入れに目を引かれた。折りたためばポケットの中に納まりそうな、それでいて飴色に変色した牛皮と金の飾りがお洒落な一品。留め具が錆びているのがやや難か。
 吹き始めた秋の風に交渉の邪魔されないよう、マヘルは上着の前をしっかりと合わせた。
「……寒っ」
 ランベールは風の冷たさに震えた。
 事務所の掃除をサボって逃げだしたとき、うっかり上着を羽織り忘れたのだ。煙草はちゃっかり持って来ていたが。
(「そういえば、雁が渡ってくる頃の北風を『雁渡し』と言うんだっけ」)
 美しく晴れた秋の空を滑るように飛ぶ一羽の鳥から目を離し、肩をすくめ、シャツの襟をたてて首筋にある『真珠色の鱗』を隠す。
 大聖堂の階段前を銀色の影とともに歩けば、サボりの後ろ暗い気持ちもたちまち消え去り、記憶がなくとも市を訪れる人々にも好意を感じることができた。

 ジョセフは階段に腰掛けて煙草を吹かす男に片手で応えると、そのまま階段を上がった。
(「ふん……幻想大司教イレーヌ・アルエ、か。異教の神への捧げ物など本来許されることではないが、個人的に彼女に興味がある。挨拶ついでに付き合ってやろう」)
 細かな浮き彫りの装飾がびっしりとなされている中央大扉を押し開く。バラ窓から差し込む光に導かれるようにして、信徒席の間を進んだ。
「べっ、別に芋が欲しいわけではないぞ」
 神々しいイレーヌの微笑みに、ジョセフは思わず狼狽えてしまう。
「秋を感じた瞬間は……そうだな、秋らしい爽やかな風に吹かれた時……かな」
 ――と、その時、責め具を入れたトランクが動かされた。
 シンプルな聖職者風の装束をぴったりと体に張りつけた修道女が、物珍しそうにトランクを触っているではないか。
「んん~。このトランク、もしや中身は信仰を試す道具?」
 エロい。そしてなかなかのスイーツボイスである。
 ジョセフは、そうだ、とかろうじて答えた。
「わーい、当たり。ところで、秋を神に捧げるなんてとても素敵です!」
 私も報告しましょう。信じる神は違うけど、この際それは置いといて。
「私の秋は、穀物が実る秋。黄金色に染まる畑の光景。元の世界もこっちも、農業文化を持つ人間の原風景でさあね」
 さて、ここでもう一人。異教の神に使える神官が加わった。姿も異形、イガグリまみれの全身トゲトゲだ。
「わぉ」と、コーネリア。
「自ら責め苦を……」とジョセフは絶句した。
「ち、違いますよ。外すの、手伝ってください」
 冒険神に仕えるネムは、生まれた時からの大冒険体質。
 秋の印を見つけるために「この世界の神よ、私にちょっとした幸せをください」、そう呟いただけで突然、突風に吹かれ、飛んできたイガグリに埋もれてしまったのだという。
 なんともかんとも――。

 神に使える三人が、それぞれの神について熱く語りながら去って数分後。黒い鳥の四肢を持つジェニーが、秋風とともにイレーヌの元へやって来た。
 奇遇にも、ネムの災難を近くで見ていたらしい。
(「何か見つけてやろうって思って探すと、ピンと来ないわね」)
 無理に探すこともないか、とジェニーは秋の朝の光の輝く草地に寝転がった。
 高く澄んだ空に浮かぶ儚げな雲を見たとき、ああ、そうか、と思った。
 私の秋は、きっとこれなのだ、と。
 目蓋を閉じてまどろみ始めた直後に、突風が吹き、近くで悲鳴が上がった。
「――で、イガグリちゃんに興味をひかれて後をついてきたら、ここに来ていたってわけ」
 ジェニーが飛び去った秋の空の下で、コルは中央教会の階段を上がった。
『先日は失礼いたしました。捧げものとして適格かはわかりませんが、これを』
 コルは、イレーヌに一枚の絵を手渡した。ただの絵ではない、魔法の道具で景色を切写し取った『写真』と呼ばれるものだ。
部屋の中から撮られ『写真』には、緑から黄色に色づいていく街の街路樹が写っていた。
 契約で結ばれた宿体の少女に報酬の焼きイモを受け取らせると、コルは『幾度の機会にも感謝します』、と礼を言って、イレーヌの前を辞す。
「……帰ろ…う」、と胸に手を置いた少女に、焼きイモを食べるまでが報告だ、とコルはいう。
「…コルはまじめすぎない?」
 真面目? そうだろうか。
 心臓を模した異世界の儀式呪具は、足元に落ちた少女の影を見つめてしばし思案した。


「昨日、森へ行ってきたよ。そこここに動物の堅い毛が落ちていたから、きっと冬毛に生え変わるんだね」
 短い秋の間に動物たちは冬を越す準備を始める。ピュイの報告を聞き、森の住民の営みに思いをはせながら、イレーヌは紙の上に羽ペンを走らせた。
 つづられていく小さな冒険の記録を、ピュイは鼻歌を歌いながら眺める。
「そうそう、栗がた~くさん落ちてたの」
 カゴ一杯拾ってきたから、ここで貰ったお芋と一緒に焼いてみんなで一緒に食べよう。
 やってきた少女に「お先に」と声をかけてピュイは帰っていった。
「こんにちは」
「こんにちは、どうぞお座りください」
 積希は勧められた席に腰をかけた。
「街角を散歩してたんですよ。すると鼻にですね、空気の匂い……夏ほど湿ってなく、冬ほどカラカラでなく……」
 ふと、あげた目に飛び込んできたのは一面の青!
「深くて高くて……昔、近所の丘で見た空を思い出しました」
 立つ世界は異なろうとも、けっして変わらぬものがある、と。
 ある日突然、異世界に召還された積希は、この世界で胸に感じた『秋』を語った。
「次はボクの番ですね」
 ラナティアは、黄色いイチョウを指で回しながら、積希の横に座った。
「赤や黄に染まった街路樹を見ながらお昼にしようと、木のベンチに腰をかけました。本を広げながらサンドイッチを食べているとき、頁に緑の葉が挟まっているのを見つけたんです」
 本を閉じたのはほんの数日前、まだ夏の名残を感じる頃。
 そのころはイチョウの木も緑色だったんだなぁと思い出しながら、枝を離れて舞い落ちてくる黄色いイチョウに目を細めた。
 いま手にしているのは、その時の落葉だ。
「いい栞が作れそうだなぁと思いつつ、頁を閉じました」

「落ち葉の栞……とてもいいですね。素敵です」
 台帳に書き込まれたラナティアの報告を見て、微笑むのは舞姫だ。
「秋……私も勿論、紅葉ですね」
 笑うとほんのり、紅茶の香りがあたりに漂った。
「草花が装いを変えて、冬を待つ。私たち人もまた装いを変えて、冬を待つ。人も花も同じかもしれません」
 そうですね、とイレーヌも羽ペンを止めて微笑みを返す。
「ふふふ。皆さんを見ていたら秋の限定商品の考えもまとまりました」
 舞姫は秋をイメージしたケーキを作りに、小さな花屋へ戻っていった。
「秋かあ……」
 腰掛けた信徒席から舞姫を見送って、メリルは独りごちた。二本の足で――便宜上、いまは人型をとっている――イレーヌの前へ進み出る。
「海が落ち着いたのを見ると秋を感じるかな。幻想の人達にとっての秋は、この収穫祭なんだろうね」
「そうですね。このあとは国王陛下が直々に主催される収穫祭に続きます。国民の多くが、思い思いの奇抜な衣装に身を包んで楽しむ――メリルさんも今年は是非、ご参加ください」
 イレーヌから焼きイモを受け取ったメリルは、「いーしやーきいもー、お芋ー♪」と歌いながら秋の味覚を頬張った。

 教会の前で。
 アリスターは召喚されて以来、途絶えることのない感情のざわめきが、時計仕掛けの心臓機械部分に忍び込み、ケーブルの中を極微動しながら静かに肢体の隅々へ広がっていくのを感じていた。
 カーボン素材の肌に感じる風に冷気を感じ、瞬きに乏しい電子色の菫瞳で夏よりも青く澄ん高くなった空を見る。
「あ……!?」
 コートの襟を開いて手を首の後ろに差し込む。端が僅かに黄色く染まった楓の葉っぱがとれた。
「これが秋かあ」
「こんにちはー。『やきいも』美味しいね」
 横から声を掛けられて振り向けば、中央教会の大階段を金色の目をキラキラと輝かせた女の子が降りてきていた。報告を済ませた後らしく、手に焼きイモを持っている。
「わたしが見つけた『秋』はこれ。これから報告にいくところなんだ」
 楓の葉を手に笑みを零すアリスターの遥か後ろ、黒羽は大木の枝の下に寝転がっていた。
 葉の隙間から零れ落ちる日差しは柔らかく、赤や黄色のまだら模様を黒羽のお腹の上に広げる。顔のすぐ横では、リスたちがどんぐりを拾い集めている。
(「俺だけの秋か」)
 腕枕をといて体を起こす。
「そういや、最近はうだるような暑さとは打って変わって、かなり涼しくなってきてるな」
 秋風は急に吹いてきて、一朝にして季節の感じを変えてしまう。ゆるりとたなびく草を眺めているうちにあくびがあがってきた。
「紅葉に囲まれながら一眠りってのもいいんじゃねぇか? てなわけで、俺からは『眠りの秋』だ」
 響き渡る鐘の音。
 黒羽は報告は済んだとばかりにまた体を横たえた。

「ナナキ様、ナナキ様!」
 フクロウは、何事かと白燕を振り返った。
 視線は、首をちょこんと傾げてこちらを見下す蒼穹の瞳に行き当たる。ちょうど、大司教に『秋の印』を報告して教会から出て来たところだった。
「どうした?」
 つぶらな瞳をくりくりさせて、優しい声で白燕に問う。
「ものすごい人でございますね。建物もみな立派で……どれも見た事無いものばかり。眩暈がします」
 それはいかん、とフクロウは白燕の手を取って階段をくだった。
 髪をオールバックにした大柄な男が眠る樹をさけ、レンガ道の脇に据えられたベンチに腰を下ろす。
「ここで一休みしよう。イレーヌさまから頂いた焼き芋でも食べるか」
 はい、と頷いて。白燕は、ナナキ様が食べやすいようにと芋に息を吹きつけて冷まし、細かくほぐして差し出した。
「こうしていると……過去、主様と紅葉を見上げながら共に食べた日を思い出します。焼きイモを食すのは初めてですが」
 呟きを耳にして、フクロウは焼き芋をついばむ嘴の動きを止めた。面の下でほふほふと、焼きイモを頬張る様をじっと見守る。おもむろに――。
「美味いか?」
「はい、とても美味しいです」
「うむ。今年はとても、よい秋だ」
 
 仲良く焼きイモを食べる師弟(?)コンビの前を、まとまりのない三人組が通り過ぎていく。三人に共通しているのは女性ということだけ、あとは種族も雰囲気もバラバラ。しかし、とても仲がよさそうだ。
 トゥエルは七色インコの翼で片メガネを押し上げた。
 ここまで来ればいやでも目につく大聖堂の鐘楼を見上げながら、連れの二人に問いかける。
「諸君、秋を感じますか? 最近、気温が低くなってるとか?」
 液状化した手のひらをヒラヒラさせつつ、レイが答えた。
「秋を感じるとき? セミの声が聞こえなくなったと気づいたとき」
「レイ君の秋の見つけた方は切ないですね……」
 それでは芽依君はどうですか、と今度は横を歩くレディに聞いてみた。
「秋は感じますねぇ。だって最近秋の匂いがしますもの」
「秋の匂いって何? 秋の薫りって詩的ね」、とすかさずレイが突っ込こめば、「秋の匂い?深呼吸してみたら分かりますよ」と素早く芽依が切り返す。
「私も秋の匂い気になります!」
 トゥエルはペンを取りだすと、分厚い手帳を開いた。
 秋の匂い。それは人さまざまであろう。ではあるが、三人で感じた今年の秋の匂いは、記録するに値する。
 すると。
 ふあり、秋風にのって鼻をくすぐるよい香りが運ばれて来た。
「金木犀ですね。あそこに――」
 花が好きな芽依が、黄金色の金木犀をみつけて二人に教える。
「秋の匂いを感じたことだし、教会へ報告に行こうか」
「ええ。素敵な秋を見つけましたし、教会へ報告に行きましょう」
 三人で歩きだした途端、今度は美味しそうな料理の匂いがフェスティバル会場の市から漂ってきた。
 正午を知らせる教会の鐘をきいたのは、もう一時間ほど前の事だ。
 そういえば、お昼まだでした、とレイが平らなお腹を押さえる。
「報告の前に少し寄り道しませんか?」
 トゥエルの提案に、レイと芽依はすぐさま頷き返した。


 建物の影が長く伸び始めた頃、ピスクレアとクィニーの二人が連れ立って教会を訪れ、ギルドで行われた歓迎会の様子を語った。
 かくして、イレーヌの心は幻想国の浜辺へ飛ぶ。
 波の上でも、秋の気配が雲の色に、日の光りに潜んでいた。

「ささ、たっぷり味わってくれたまえよ」
 ピスクレアは落ち葉の灰の中へイモを押し込んだ。隣から程よく焼けたイモを掘り取りだして手早く古紙で包み、ギルド仲間に手渡す。
 本日は歓迎会第二弾、秋らしく浜辺で焼き芋パーティ。
 主役はクィニーである。
「秋を感じるといえば、やっぱ、落ち葉で焚き火を起こして焼き芋だよねぇ」
 でも、とクィニーは、半分に割られたほくほくの焼き芋を受け取りながら首を傾げた。
「どうして火が消えた灰の中なの?」
 にやり、と笑ったピスクレアの後ろで、波が静かに寄せては返す。
 ギルドの仲間たちも口を閉じ、耳を澄ませた。
「教えて進ぜよう! 燃える火の中ではなく、おき火のなかに入れてじっくり熱を通す……これが『ホクホク、甘々』のコツなのだよ」
 燃え盛る炎の中に入れて焼くと、皮は黒焦げ、芯は生という残念なことがよくあるのだ。
「ささ、たっぷり味わってくれたまえよ」
 海から吹く風はすでに冬をはらんでいて、夕暮れともなると寒さを感じる。
 ピスクレアとクィニーたちは焚き火で暖を取りながら、焼きイモを堪能した。

「はい、それではこれが報告のお礼……『焼きイモ』です」
 【海辺の止まり木】のメンバー二人が複雑な顔をして報酬を受け取るその横で、一足先に報告を済ませていたルッカとロッタの義兄弟は、あつあつの焼きイモを口いっぱいに頬張っていた。
「すげえあまくてウンメェ~」
 ルッカは満面の笑顔だ。
 美味を味わう幸せに頬を染め、両手にもった大きな焼きイモを交互に頬張る。
「おいしい、おいしいねえ」
 義兄に負けじとラックも二刀流、焼きイモの大きさは……ほんの少し大きいか……な?
 大きな分だけ美味しいはず、と心の中でにんまりしながらルッカに話しかけた。
「ルッカ、ルッカ、今日ってば夜まで二人で遊んできてもいいんだよね」
「オータモヘスティバルな。あんちゃんが良いって言ってたぞ!」
 今日は特別、お掃除を兼ねた船の修復はお休みだ。
「夜更かししていいなんて、大人みたいだ!」
 大きな焼きイモを二本も平らげて、それでもまだ食べたりなくて。
 二人は仲良くオータムフェスティバルの会場へ向かった。
 教会の片隅で、カセイはゆるゆると首を振った。
(「ヤレヤレ ナニモ ワカッチャイナイ。アキノウミノミカク ト イエバ キマッテオルデハナイカ!」)
 自称神の末裔は帽子をかぶり直すと、触手のような足をまろやかに動かし、重力を無視したような動きで祭壇の前へ進み出た。
「フフフ… アキ カ。ソレハモチロン サンマ ガ オイシイキセツニナッタ トイウコトダ」
 栗やさつまいも、松茸など色々と山の幸は思いつくが、海の幸であるさんまもまた秋に旬を迎える魚だ。
「脂がたっぷり乗った秋刀魚は、まさしく秋の恵みですね」
 イレーヌは台帳にさらさらと網で焼かれる秋刀魚の絵を描いた。――と、目の前にカセイの触手が差し出される。
「サア アキノハナシハ コレデイイダロウ。ワガハイニ ヤキイモ ヲ ヨコスノデアル」
 
 イレーヌが苦笑しながらセカイに報酬を与えている頃、フェスティバル会場ではアイラが焼きイモの屋台で衝動買いをしていた。
 ほくほくと湯気をあげる焼き芋を手に教会へ向かう。
(「ん、あれれ? いまのタコ……ううん、人、焼きイモを持っていました?」)
 もしかしたら、同じ屋台で買ったイモかもしれない。
 そう軽く流してイレーヌに『秋の印』を報告すると、すでに『焼きイモ』に関する報告がいくつか上がっていた。
 アイラは知らなかったのだ。報告のお礼が焼きイモであることを。
 そういえば、しおから亭のオーナーがそんなことを言っていたような……。
「あの……要りませんか?」
 イレーヌに首を振られては仕方がない。焼きイモはギルドへのお土産にしよう。

 アイラがどこへお土産を持っていこうか、と悩んでいる頃。しおから亭の居候、一悟は走って街に向かっていた。
 長く伸びた影法師を追いかけて、森を抜け、草原の道を走って石畳の街へ。目指すゴールは『焼きイモ』が待つ中央教会だ。
(「影が……夏と違って薄いなぁ」)
 突然、この世界に呼ばれたのは夏の盛り。まだ半袖だった。いまは長袖――こちらで買い求めたものを着て走っている。こちらに来てからも毎日欠かさず走っているので、そのうちスニーカーも買い替えることになるだろう。
(「オレのいた世界も、もう秋になってんのかなぁ」)
 しんみりする一悟の傍らを白いわんこが追い抜いて行く。
 クオンは四足になって全力疾走で野原を走った。
 風が気持ちいい。
(「あ! ドングリ!」)
 表面がキラキラ光ってキレイなやつを見つけた。
「わふわふ」
 犬から人の姿へ。
 風呂敷を背から降ろし、拾ったドングリを包む。
(「いっぱい拾って、首飾りにしたいな」)
 誰かに頼みたいけど……。
「おっ、ドングリじゃん。形のいいやつ、いっぱいあるな」
 赤毛の少年が追いついてきた。
「首飾りでも作って教会にもってくか」
 これ幸い。クオンは少年に自分の首飾りも作って欲しいとお願いした。
 気持ちよく引き受けてくれた少年の横で、一休み。
 赤とんぼもクオンの鼻の上で一休み。

 夕日に照らされて、草原のすべてが黄金のように輝いていた。
 笑顔は青く陰る林の中から祈りを込めて、紅葉に縁取られた草原に沈む夕日を眺める。
 どこにいようと、来年は同じ日の繰り返しではありませんように。
 この世界でループを解くカギが見つかりますように。
(「ふふ、あそこでたたずんでいる人に来年はここへ来ないで、なんていったら変な顔をされるでしょうか」)
 秋の風が、長く黒い髪を揺らした。
「秋といえば、食だな」
 夕日の端で佇む人物、忠元は唸った。黒髪の少女に後ろから見られているとも知らずに。
(「……が、困ったものだ。この世界の秋の味覚が分からぬ)
 甲冑のような装甲板をカチャリと震わせる。
(「芋でもあれば、秋を堪能できるのだが」)
 芋は教会でゲットできるのだが、手に入れるためには『秋』を見つけなくてはならない。その『秋』を見つけるには芋が必要……。さっきからループを繰り返している。
「ふむ、何よりも見てみるか。この世の秋はどういったものなのか」
 考えていても仕方がない。
 忠元はおもむろに真鍮製の矢立と短冊を取り出した。
 筆に墨をつけ、一句読む。

 ―― 茜空 朽葉の大地 踊る人

「秋は郷愁を感じさせるけど……綺麗だよね」
「わっ?」
 忠元が横向くと、まるっこい緑の瞳がニコニコと笑っていた。
 ステファンは素敵な句を聞かせてもらったお礼に、とスケッチブックを広げて忠元に見せた。
 そこには散り落ちる桐の一葉から、林の中に舞い落ちる無数の木の葉、裾を桃色に染め始めた空を飛ぶ無数のトンボに至るまで、たくさんの秋の景色が描かれていた。
「上手いな」
「ありがとう。最後に一枚、夜と夕陽の境目の風景の絵を描いて大教会に報告しにいこうと思っているんだ」
 後の林の中、鹿を連れて自転車を押して歩く人描き入れて。
「ちょっと待っていて。描き終わったら一緒に教会に行こうよ」
 かさかさと鳴る落葉を踏んで、ステファンはゴリ車――Amazo⌒nの文字が入った自転車を押しながら、林中の小径を歩いていた。
 傍らを森の友、鹿が並び歩く。
 中央教会へ向かう途中で黒髪の少女と出会い、挨拶を交わす。
 頭の上からやさしく降り落ちる秋色の葉たち。森が紫陽花の髪飾りの横に、落ち葉を添えるなかで、ステファンは赤く色づいた葉だけを取り上げた。
(「イレーヌ大司教様には、秋の印に一番キレイだと思った赤い葉を送ろう」)
 街が近づくにつれ、手にした葉と同じ色に空が染まっていった。
 
「落ち葉がなくなったところでした。素敵な届け物をありがとうございます」
 イレーヌはステファンから落ち葉を受け取ると、さっそく台帳の左側に張り始めた。
 もちろん、右側に秋の印の報告を書き記すことも忘れてはいない。
「主に奉納し、豊穣を祈ること」
 人々のざわめきを通し、凛と響いた声にはっとして、イレーヌは顔をあげる。
 森の美丈夫の姿はすでになく、代わりに色白の少女が立っていた。
「似たような祭事は行われておりましたし、よく理解できます」
 ユーイリアは大聖堂の中を見回した。
「この時期は雨が降り、豊穣をもたらすと同時に氾濫も起こりますし、なので、やはり私にとって秋というのは収穫を前にした穀物ということになるのでしょうか」
 数多ある魔法の燭台が次々と光り始め、大聖堂は昼とは違った荘厳さに満ちている。中は夜のミサに訪れた人々で混雑していた。
 黄金色の光に思い出すは故郷の秋。


 透き通るような秋の宵。夜空に浮かぶ月に大聖堂が照らし出されると、カブやカボチャを繰り抜いて作られたランタンに次々と明かりが灯され始めた。
 フェスティバル会場の賑わいも最高潮だ。
 報告を済ませたシグは、驟雨や梔子とともに夜店を冷かして歩いていた。
「ここでも季節は四季であったか。いや、一季やら八季やら八十一季とかならば面白いと思ったのだがな?」
「ああ、この世界にも四季があった事にまず驚いたが、ここでの「秋」はどのようなものか……楽しみである! まずは頂いた焼きイモを存分に味わうとするか」
 驟雨が生を受けた「大正鬼幽殿」世界では、焼きイモはいわゆる「庶民の味」であり、貴族が口にすることは滅多にないらしい。
 ちなみに、男装の麗人が報告した秋の印は「冷たい風」だ。
「……これは……良いな!」
「良い? ただ良いでは解らん。吸血鬼にとって焼きイモの味はどのように良いのか、もっと詳しく聞かせてくれ」
 ジグの研究者としての血が騒ぐ。もっとも本体は帯剣する「ローデッド」なので、血は流れていないのだが。
「焼きイモは焼きイモなのだよ」
 梔子は狐の尻尾を一振りすると、ほかほかの焼きイモを食べた。
「焼っきイモ、焼っきイモ、うれしいな♪」
 二人の真ん中に割り込んで、腕を絡ませる。
 誰が食べても美味しいものは美味しい。ホカホカな美味しいものがあると身も心もじんわりしてくるのだよ。
 音も色も匂いも。梔子にとって、『外』で感じるなにもかもが新鮮で、楽しい。なによりも――。
「ふふふん、皆と一緒だと楽しいのだよ」
 これから迎える冬も、そして新しい年の春やその先の季節も、みんなで仲良く迎えよう。

 三人が秋の味覚を味わいながら足を止めた夜店の裏では、チックと秋の虫たちが演奏会を開いていた。
 独特の間で鳴く虫たちの鈴のような声に合わせ、即興で詩をつけながら、しっとりとした声で歌う。  セッションを終えると、チックは虫たちに礼を言って歩き出した。
「『「秋を感じた瞬間』……、俺も一つ、見つけたから。報告、するね。俺は夜に、色んな虫達の音が……聞こえる様になった事が、秋を感じた瞬間……かな」
 先ほどの演奏会を思い出し、チックは微笑んだ。
 リアは、純白の翼をもつ青年が大司教と話す隣で、大聖堂の中を見回していた。
 生業から普段、リアが教会を訪れることはない。
 神を信じていないわけではないのだが……形ばかりの祈りをささげ、イレーヌの前へ。
「そうね。夜、星を眺めながらコーヒーを飲む時、ひざ掛けが欲しくなったわね。震えるほどではじゃないにしても、ささやかな温もりが欲しくって」
 報酬の受け取り断って、教会を出る。
 ――ただ、なんとなく。
 秋は生と死が入り混じる季節。教会を訪れる気になったのは、体に染みついた死の匂いを払いたくなったからかもしれない。
 疼く胸の傷に指を這わせ、義弘は満月を見上げた。
 今日は朝から屋台の組み立てに始まって、商品の陳列、客の呼び込みまで、祭りの手伝いで働きどうしだ。
「まあよ、こういう祭りは俺も好きだぜ。むこうでも祭の手伝いをしたもんだ。……いやな、俺がいねぇと、若ぇのが働かねえからな……」
 とは客に言ったものの、そろそろ引き上げ時か。晴天に恵まれたおかげで、各店の売り上げもよい。店じまいを若い者たちに任せて、自分はそろそろ退散しよう。
「しかし、本当に良い天気だぜ。夜空に月が綺麗で、風は爽やかでよ。酒もあったけぇのが旨くなるし、この世界ならワインも旨いのがありそうだ」
 誰かを誘って――。
「よう、そこのお前さん、俺と一杯やらねぇか?」
 義弘は、隣で同じように満月を見上げていた褐色の女性に声をかけた。
「……たまにはいいわね。私はリア」
「義弘だ」

 途中、アダルトな雰囲気の二人ずれとすれ違い、美味しそうな焼きイモの匂いを辿って石畳の路を進む。やがてラズワルドはどっしりした鉄の扉の前に行き着いた。
 薄く扉を押し開き、教会の中へ滑り込んだ。
 イレーヌを見つけてひっそりと歩み寄る。
「最近お腹がよく空くんだよねぇ。冬に向けて蓄えなきゃいけないからさぁ。毛もいっぱい抜けるかなぁ。あとちょっと人恋しいかも。これって報告になる?」
 ふるり、白くふわふわの毛を震わせて、茶目っ気たっぷりに琥珀色と空色の瞳を細める。
 かくしてラズワルドは『タダご飯』、もとい報酬の焼きイモを手に入れた。
 貧乏放浪猫がイレーヌに見守られながら程よく冷ました焼き芋を食べていると、高所の窓から一匹の、小柄なコウモリが大聖堂の中へ飛び込んできた。
 大司教イレーヌの姿を見つけて急降下――。
「大司教 サマ! 罪人 捧げます 首を! 収穫の秋!」
 ミミが持ってきたのは罪人の頭蓋骨。すでに肉は落ち、きれいに磨かれた骨は大聖堂内の明かりを弾いて白く輝いている。
 イレーヌは神聖な面持ちで頭蓋骨を受け取った。
「神の審判を受けさせにきたのですね。とてもよい行いです、ミミ。この罪人に代わってお礼をいいますよ」
 これからも宜しくお願いします、といってイレーヌは報酬の焼きイモをミミに手渡した。
 焼きイモを掴んで窓から飛び出していくコウモリを見送ったイレーヌは、司祭たちに花火の打ち上げ準備を命じた。残っている焼イモをカゴに入れて、教会の外へ出る。
 扉の前で、落ち葉と襤褸切れでミノムシみたいになった幼子と出会った。
「のうぇむ…… あき…?」
「ええ、とってもシックで素敵な秋の装いですね、のうぇむ」
 モコモコした奇妙な被り物の下で9が小さく笑うと、頭に乗っていた葉が一枚、落ちた。
「焼……イモ……」
 カゴから取りだされた焼きイモを、小さな手を差し出して受け取る。
「あき、あつあつ、いい、におい」
 イレーヌは、布の中に焼きイモをくるんでご満悦の9にそっと手を伸ばし、綿に絡まっていた鈴虫を助けてやった。
 リーン、リーンと涼しげな虫の声を合図に、最初の花火が打ちあがる。
「花火、きれい……」
「おう、きれいだな。わざわざ出て来たか甲斐があったってもんだ。夏の花火もいいが、名月を彩る秋の花火もいい」
 幹夫はとんとん、と大階段を駆け上がると、猫背を伸ばしてイレーヌと9に挨拶した。
 フェスティバル会場で、美味い秋の味覚をこれでもか、というぐらい食べた後なので、報酬の焼きイモは辞退する。
「とはいえ……せっかくだしな、俺の分も食べるか?」
 幹夫にほくほくの焼きイモを差し出されて、こくこくと頷く9。
「収穫祭ももう終わりか。この祭りの後、国王主催の収穫祭もあるわけだが……」
 ちらり、と視線をイレーヌに送る。
「教会の収穫祭は神の恵みに感謝して、神に来年の豊穣を祈るもの。国が行う収穫祭とは少し趣旨が違いますよ」
 今年行われる国王主催の収穫祭は、運命特異座標たちがたくさん集まるだろう。ここで見つからなかった何かを、そこで見つけられるかもしれない。
 丸まった幹夫の肩に降り注ぐ、大輪の花光。
 ドーン……。ドドーン……。鼓膜を擽る花火の音を聞きながら、イレーヌに促され、9とともに大階段を降りる。
「どこ、へ……?」
 イレーヌが指を上げて示した先に、秋桜で飾られた蔓葉のソファに座るスカイウェザーの女性がいた。蝶の羽が、音とともに変わる色に染まっている。
「ご一緒してもいいでしょうか?」
 一人でぼーっと花火を見ながら焼きイモを食べていたセティアは、イレーヌから声を掛けられて驚いた。
「もちろんです」
 残念ながら蔓葉のソファは一人かけ。しかし、イレーヌも連れの二人もまったく気にする様子はなく草の上に腰を下ろした。
 しばし、みんなで黙って焼きイモを食べながら花火を鑑賞する。
 ふと、思いたち、セティアはモコモコの幼子に声をかけた。
「ほくほく派ですか? ねっとり派ですか?」
 ん~、と考え込む9。
「イレーヌさんは、どっち派ですか?」
 私は甲乙つけがたし、と聞かれる前に応えて、焼きイモを一口。
「あ、おいしい」
 幹夫はセティアの一言に食欲を刺激された。
「やっぱり……俺も焼きイモ、貰おうかな?」
 カボチャランタンの灯りに照らされて、打ちあがる花火の音に負けない、明るい笑い声が響き渡った。



writing:そうすけ

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