PandoraPartyProject

特設イベント

ムーンリット・カフェ

●旬かおる秋のひととき
 月が満ちている。美しく、潤沢な光を夜に零して遠く遠く空から水面を照らしている。その美しさには思わず溜息さえ漏れるほど。夜の気配にさらわれることなく、今宵の月は一層輝きに満ちていた。
「言われてみたら、のんびり空を見る余裕もなかったわね」
 Nero・Mirelesが溜息混じりに言葉を落とす。大規模召喚から幾日。慌ただしく過ぎていく日常のなかで、空を見上げる余裕も無かった。ユリーカの誘いでそれを思い出し、ようやくこうして一息つけた。
「あそこのパンプキン・パイは甘すぎないのに濃厚で美味しいのよね!」
 そう言うと、ユキヒョウの尻尾をピンと立てた。ユリーカがそれを見て、嬉しそうに笑って頷く。
「はい! 絶品なのですよ!」
 そう言って、カフェへと向かっていく。
 カフェの中はそれなりに繁盛しているらしく、多くの人々が楽しそうに談笑を繰り広げていた。ある者は月を肴に、ある者は食べ物に舌鼓を、ある者は仲間と談笑を。各々がそれぞれの過ごし方で、夜のひとときを満喫していた。
「着いた、寝よう」
 オルクス・アケディアが呟く。それに答えたのは少女を宿主とするモノだった。
『時間通りにつけたのになぜ寝る』
「……夜は寝ないと無理」
『せっかくの風情くらい楽しんだらどうだ?』
「……道中だけで満足」
『道中もほぼ寝ていただろうに……』
 そうして、少女はうつらうつらとしたかと思うと、夢の世界へと旅立った。
 ユリーカが不思議そうに近寄ると、その主たるモノが話し掛けてきた。ユリーカもこれには驚いたらしく、少し身体をびくつかせた。
『……宿主が寝ていて失礼する』
 風情はゆるりと楽しませていただいている、とそのモノは言う。そして、合わせて感謝の言葉も口にした。その礼儀正しい様に、ユリーカもにっこり笑って、どういたしまして、と頷いた。
「ユリーカちゃん、楽しんでるぅ?」
 カムイ・シロガネがユリーカに向かって楽しげに声を上げた。すっかり出来上がっているようで、その声は上ずっており足取りはふらふらとおぼつかない。それでもまだ楽しみはこれからだというかのように。
「ここの紅茶、とても美味しいですね。
 私、紅茶が大好物なんですの……。この前も美味しい紅茶が手に入りまして、お気に入りがまたひとつ増えました。それに、アイス・ティーもいいですけれどそろそろ温かいものも美味しく飲める季節になりましたし……」
 ユリーカに話しかけるつもりが、思わず紅茶談義に熱を持ってしまったのは一之瀬 花凛。大好きな紅茶が美味しく飲めるこのカフェが、彼女もお気に召したらしい。
「ユリーカさんは、よくここに来るのでしょうか」
 オススメされたパイを口に入れつつ、ワインを傾けて那木口・葵がユリーカに問いかける。ユリーカは、たまに息抜きに来ることがある、と答えた。そう頻繁に来るわけではないようだが、しかし、お気に入りのお店ではあるようだ。他の季節にもシーズナル・メニューがあるのだろうか、とメニュー表に目をやると、やはり、秋限定、といった文字列が見受けられるので、他の季節にも限定品があるに違いない。
「絶品の、パンプキン・パイ……! くぅー! 絶対、私も食べる!」
 リオライル=ファーフォートがぐっと小さな拳を握る。するとユリーカが自分のパイをひとかけら、彼女に分けてくれた。小さな彼女の身体では、これくらいのサイズがぴったりだ。
「……まんまるの、月。別の世界でも見ることができるんだねー」
 そのパイをもぐもぐと口にしながら、彼女は呟く。見上げた月は彼女の言うとおりまん丸で、まるでそこだけ夜が切り取られたかのようだった。
「んー! スイーツ美味しい! ユリカさん、教えてくれてアリガトー!」
「どういたしまして!」
 感激した様子でそう言ったのは、ミレン・ノーライフだった。お月見も悪くないが、彼女の狙いはスイーツだ。みなと同じようにパンプキン・パイを食べて、感極まる様子でユリーカに礼を言う。それに加えてスイート・ポテトのタルトもひとくち食べて、やはりその甘い誘惑に舌鼓をうった。
「ユリーカ、はい、あーん」
「えっ!? あ、あーん……!」
 みなの様子を眺めてにこにこと満足気に笑っているユリーカに向かって、伊吹 樹理がパイをひとくち、あーん、と差し出す。ユリーカは少し照れながらも、そのパイをぱくりと食べた。
 美味しいものを食べるのも、美味しく食べる子を見るのも好きだと語る彼女に、ユリーカは戸惑いながらも、ありがとうです、と答えた。それ聞いて、それはこちらの台詞だ、と彼女は苦笑しながら返事をする。
「ユリーカちゃん! オススメはある?」
「ええと、そうですね……。やっぱり、パンプキン・パイです!」
 メルナの問いかけに、ユリーカは意気込んで答える。
「これ、自分で作ってみたいな……。レシピ教えてもらえないか、聞いてみようっと!」
 オーダしたパイを口にしながら、その美味しさに自分でも挑戦したみたいという気持ちが沸き起こる。亡き兄に食べさせてあげたい。そんな叶わぬ願いをそっと胸に秘めながらも、彼女は前を向く。きっと、その心の中のささやかな願いだけは、兄にも届くだろう。

「なんか酔ってきちゃった……。ちょっとー周太郎ー、宿まで送りなさいよー」
 村山 薫がぐたりとしながら紡駈 周太郎に絡んでいく。
 缶ビールが飲みたかったようだが、生憎カフェに缶ビールは置いていない。適当なアルコール飲料を頼むと、それだけで酔いが回ってしまった。潰れないように安い果実酒を飲んでいた周太郎は呆れた様子でそれを迎い入れた。相変わらずの絡み酒でも、彼は悪い顔ひとつせずに付き合っている。
「んじゃあちゃんと掴まれ運んでやるから」
「はーい」
 そんな2人を他所に、ラバン・ロイシュナーとリノ・ガルシアは軽い音を立てて乾杯をする。ウイスキーをゆるりとグラスの中で踊らせれば、その香りで気分は高揚した。美人と酒が飲めるのは光栄だ、と彼は言う。その様子が可笑しくて、彼女はくすくすと笑った、
「甘味もあるらしいですが、リノさんは甘味は好きですか?」
「そうね、じゃあパンプキン・パイを頂くわ」
 甘いものとアルコール。何て贅沢な取り合わせだろうと彼女は笑う。
 この月夜に、一杯。
 キン、とグラス同士が軽い音を立ててぶつかりあった。
 その奥の席。あまり人目につかない席で、キコ・デトロイト・ベルナールドとアラクがオーダする。アラクが周囲を気にせずともよいように、キコが敢えてその席を選んだのだ。
「すいませーん。きのこパスタ1つ。あとお冷」
「あ、じゃあ自分はモンブランで」
 そして緩やかにギターの音色が始まった。キコのギフトによりギターが姿を現し、それを雰囲気もよく穏やかなメロディ・ラインで弾いてみせる。こんな夜も悪くない、と2人は同じ感想を抱いていた。
 そして、ここには兄妹で訪れた者もいる。それが四ノ宮 紅蓮と四ノ宮 碧月だ。2人でこうして出かけることは久々だ。噂のカフェに向かうことになったとき、とても嬉しかった。
「兄さん、また時間があれば……その……2人でここに来ませんか?」
 妹のおずおずとした願い。それを口にするのにもほんの少しの勇気が必要だった。そして帰ってきた答えは……。
「はい、喜んで」
 こうして妹に優しく微笑むと、もう一度月を見上げて珈琲を啜った。

●風なびく海のひととき
 みなより一息早く、夕方から姿を見せる者もいた。グレイル・テンペスタ、その人物である。夕方あたりからパンプキン・パイとミルク・ティーを堪能し、いまは夜の景色とともにキノコのパスタを食べながら月をのんびり見上げている。
「迷うなぁ。お薦めは何かあるかい?」
「……パイじゃないか?」
 ロウギュスト=リトラ=アーカーシュタが彼に語りかけると、言葉少なに返事が戻ってきた。しかしやはりパイが名物である以上、食べなければならないだろうと決意を決める。
「パンプキン・パイ、それじゃあ、それとコーヒーをひとつ」
 オーダしてからパイとコーヒーがテーブルに届くまで、そう時間はかからなかった。
 ひとくち食べると、しつこくない優しい自然の甘みが口いっぱいに広がった。
「ん! うまい! いやぁこういうのもたまにはいいなぁ」
 そのすぐ隣のテーブルにはゲオルグ=レオンハートがいた。自身はウィスキーを頼み、ギフトで呼び出したふわふわの羊、ジークにはフレンチ・トーストを食べさせている。
 大規模召喚から幾日が過ぎた。本格的に仕事が始まる前に、こういった休息も必要だろうと考える。いずれこういった時間が貴重になるかも知れない。そう考えながら、ウィスキーを傾けた。
 そして、ハイゼル=フォージは考え込んでいた。何処にでもあるようなコーヒーやパイが、こうして普通に販売されていることにさえ、深く考えていた。世界の正体を、その全容を知ることはいまだ出来ることではない。まして、駆け出しの自身らでは情報が少なすぎる。そんなことを考えながら、コーヒーをひとくち啜った。
「……まぁ時間ならある、腰を据えて、今はゆっくり休むかなぁ」
 二藍 百花はパンプキン・パイを食べていた。温かい紅茶を共にして。
「だれか、なにか話してくれないかい?」
「私の話でもしようか」
 その声に答えたのは、ジェームズ・バーンド・ワイズマンだ。
「私の産まれた国では月は狂気の象徴とされていたけれど、こうやってただ満月を眺めながらゆっくりするのも悪くない物だね。」
 月は狂気の象徴。確かに、月には不思議なパワーがある。それが狂気に発展するとなると、なるほど確かに一大事だ。だが、今はそれはない。ただ美しいだけの月が、こうしてみなを迎えている。
「わぁぃ! ミルク! ヨーグルト!
 ……お酒? なにこれ、どんな味なんだろう…?」
 ミルク・ココナッツ・ヨーグルトがアルコールの入ったカップにふんふんと鼻を鳴らす。ひとくち飲むのにじっくり様子を、いや、観察していた。そしてそれをえいっと勢い良く飲んでみた。
「……不味い、なにこれー。なんで皆こんなの楽しそうに飲んでるのー……?」
 飲んだ結果は、これだった。身体自体はアルコールに強くとも、その舌にはまだまだアルコールは早いらしい。大好きなココナッツ・ミルクを飲んで、苦い口腔を清めていた。
「おっ月見♪ おっ月見♪ ンフフー、世界は違ってもお月様は綺麗ー」
 上機嫌にも、因 千波はテラス席で月を眺めていた。口に咥えたストローをぴこぴこと揺らしていた。月の模様眺めては、月かウサギかと楽しそうに呟いている。この世界の月の模様が何であれ、その輝きは変わらない。そのことを思うと、ニシシ、と彼女は笑った。
 その裏の席。マブー・モドバーチがパイにそっとナイフを入れていた。パイの断面と、りんご酒、それから満月。どれが一番美しい黄色であるか、見極めようとしていた。月夜の晩は心も踊る。こうして海辺のカフェにいて、美味しいものが食べられるのなら、なおさらのこと。月見と食事を楽しむには、やはりこのカフェは最高かもしれない。どれがキレイな黄色はどれが一番だなんて決められない。それぞれがそれぞれに、美しい色合いをしていたからだ。
「はろうぃん……ってなんだかよく分かんないけど……これは美味しいな……」
 カフェに来ること自体が初体験なA 01にとって、ここは不思議な場所だった。みながそれぞれの楽しみを満喫し、自分もここにいていいのかと少し不安もあった。けれど、パンプキン・パイの美味しさがそれを凌駕する。こんなに美味しいものがあっただなんて。研究所に居たときには味わえない、そんな一夜になった。
 そんな折、テラス席の隅から何やら声が聞こえた。
「ふぁ。美味しいすぎるでにゃんス!」
 ティー・カップを握り締め、わなわなと震える白衣の男。一度みなの視線を集めたが、本人は全く気にしていないようで、外野も彼に関わることはしなかった。
「んん。栗の甘い風味と香り……。栗茶は秋がくれた至高の贈り物でにゃんスよぉ」
 カップに入ったフレーバ・ティーを感動しながら飲み干していく。ゆっくりとゆっくりと。身体全体に染み渡るように、その美味しさを味わっていた。
「月の光は神秘的ですわ」
 ロージー・メイプルがうっとりした調子で言う。月の光は美しい。それだけで人を惹き付ける。特に今夜のような満月は、狂気さえ孕みそうなほど美しい。
「で・す・が! 眺めてるだけなんてツマラナイですわ! わたくし、いつか月に行きますわ!」
 固い決意をする。それが実現するか否かはわからない。しかしやがては彼女ならばやり遂げるかもしれんない。そのときは、この美味しいコーヒーとともに。そんな固い決心だった。
 そんな彼女の近くで、彼は叫んでいた。
「がはは、このビールもパスタも相当な上物だなぁ! 特にこのパイ、今まで食ったどのパイより美味いぜ!!」
 エリック=マグナムがその褐色の肌を惜しみなく晒しながら数々の料理を貪っていた。月より団子、そんな言葉が相応しい。その中でもパイを特に気にったらしく、すでに2枚目をオーダしている。ビールのおかわりももうすぐ行われるだろう。
 そしてそこから離れた席。そこでシエル・ミシェル・アジュールはひとり読書をしていた。カフェに来て空いた席に座り、彼がオーダしたのは月見団子。もちもちの団子は中につぶあんがたっぷり入っていて、これもカフェでは人気が高い。
「……まあ、煩くても喧騒を音楽替わりにするから構わんが」
「はあー、お月見ねぇ」
 そんな彼の近くで、五十嵐・心は月を見上げて笑っていた。元いた世界にもこういった月を愛でる習慣があること。それを思い出して、突然放り出された不安が少しずつ溶けていった。ここでもイマドキJKがやっていける。そんな気がしたのだ。
 そして、目に入ったのは読書をする男性。
「ねえねえ、何読んでるの? こんなところまで来て読書はないっしょー。あ、パイ食べない? すっごく美味しいんだからさ!」
「……では、いただこう」
 読書に対する批判はあったが、パイの香りの誘惑には勝てなかった。
「文化的な行動には、興味があります。月をみる……風情というものを、理解したい」
 クライド=P=ヴィクターは喧騒から少し離れた位置にいた。テラスの片隅で、月を見ている。この美しい満月を見るのを、人は風情があると言った。その行為に対しての理解を深めようと、周囲の様子を観察する。歓談する者も、喧騒する者も、静かにしている者も。みな一様に月をみていた。月に魔力があるのなら、こうした人々を楽しくさせる何かだろう。この情緒的な感情を、ひとつ、頭のなかに詰め込んだ。
「海なんて見飽きたと思っていたけれど、見えないとそれはそれで恋しくなってしまうらしい」
 リョウブ=イサが目を細めて海とともに月を眺める。水面にも月が写っており、揺らめく波とともに月の輪郭が揺らいだ。浅く、響き、照らす。それを見て静かに目蓋を閉じてから、もう一度開いた。そして、近くにいた人物に話をかける。
「人の話を聞くのは好きなんだ。もし話したい、吐き出したい何かがあるのなら、この老い耄れに聞かせてくれないかな?」
「わたし、ですか?」
 声に答えたのは、はぐるま姫。突然話題を振られて戸惑ってしまったが、彼女は少し考えたのち、静かに心情を語った。
「お話でしか聞いたことのなかった、『お月様』。そのまあるい輝きに、あれが『美しい』ということなのだと学んだわ」
 月はキレイで、パイも美味しくて。学んだことは多くは無いけれど、けれど、大切なものとして彼女のなかに残るだろう。
「月を見ながら食べるご飯もたまにはいいねー」
 モニカがもぐもぐと口を動かしながら言う。決して無理しているようには見えないが、それでもその小さな身体のどこにそんな量が入るのか。ウェイターも驚いたようだった。
 そして、一通り食べ終わったころ、ふと故郷について思い出す。
 あの世界では、月が、こんなにキレイだっただろうか。
 思いにとらわれそうになったとき、彼女の身体から空腹を訴える音が鳴った。
「考え事してたらお腹すいてきちゃった。すいませーん、おかわり下さーい」
「いつになったら俺ちゃんはまた、あのクラスの物を断ち切れるくらいに戻れるかな?」
 ふと言葉を落としたのはエリオットだ。主人と同化した剣。それがいまの姿だった。使われる側であることを嫌い、主人のモノとして生きていたい。何より、食事がいらなかった以前の姿とは違い、この身体は三大欲求を充分に求めてくる。空腹や眠気といった欲求を満たさなければならない。なので、食事はしっかりと。パスタを口に入れて、そんなことを考えた。
「どこの世界でもやる事は同じなのね。折角だし、参加させてもらおうかしら」
 考えることはみな似通ってくる。カズラ・シノ・カーディナルもまた、自身の世界の月へと思いを馳せていた。度数の高いアルコールをオーダして、それで唇を濡らす。見上げた月は煌々と満ちていて、酒もぐいぐいと進んだ。
「……流石に飲みすぎたみたいね……」
 ふらり、と覚束ない足取り。どうやら酒も進みすぎたようだ。彼女自身、それがわからぬほど子供ではない。飲み過ぎを自覚すると、代金を置いて他のみなより先に店を後にした。
「おかーさま、おとーさまに付いて、何か分かると良いんですけど……」
 そう思いながら思い切ってカフェにやってきたナコ・ユミール・ベルナールド。今日は兄姉と一緒ではない。ひとりでこのカフェにやってきた。両親のことについて、何か少しでも情報が無いかと、単身、カフェにやってきたのだ。
「あ、レアチーズケーキ……」
 思わず零した言葉はメニューにある、それ。オーダしてそれが運ばれてくると、最初の任務はどこへやら、そのケーキの美味しさに考えが吹き飛んでいる。美味しいケーキと美味しいけれど少し苦いコーヒー。それがあるだけで満たされた。
 Bernhard=Alternは気合十分でカフェにやってきていた。甘いものとあれば見逃すことは出来ない。そんな意気込みでカフェに来た。お目当ては勿論、パンプキン・パイ。じっくり食べられるように、あらかじめ人間の姿をとっておいた。しかし、メニューを眺めるとどれも美味しそうで捨てがたい。
「追加でオーダお願いするっす!」
 大量に料理を追加したが、残すことなんてありえない。その全てが、その胃の中に押し込まれていく。
 その姿に声をかけたのは、南 幽だった。
「その……晴れて、良かった……ですね」
「そうっすね! 料理も美味しいし、言うことなしっす!」
「月見、だと……月見団子、とかもある……らしい、です、けど……団子……、あるかな…?」
「あるみたいっすよ! あ、これも美味しそうっすね! 一緒に食べるっす!」
「え……あ、はい……」
 半ば流されるままにオーダされてしまい、少し戸惑ったものの、美味しい食事をともに出来るとなれば感情も高く浮かんでくるというものだ。
「これがこの世界のカフェなのですね。良い雰囲気ですわ」
 ザビーネ=シュペーアがカフェの内装を眺めながら言う。木製のロッジを改造したらしき店内は、落ち着いた雰囲気で彼ら彼女らを迎えていた。喧騒が巻き上がる場もあれば、比較的静かに時を過ごしたいものたちが集まった場所もあった。その少し落ち着いた場所に座って、読書を嗜む。ふと、ページをめくる手を止めた。月を見上げる。満月だ。元の世界のことを思い出す。緩りと、溜息がこぼれた。
「月の見え方は、この世界でも変わりませんのね」
 その声を聞いた者は、いなかった。けれど確かに、その声は月が聴いていた。
 叢雲・一縷もまた、静寂を好んだ。月見酒として、アルコールを飲んでいる。これからどんなことが起きるのかはわからない。けれど、その前にこうしてゆっくりとした時間を大切にしていきたい。そんな思いが胸中にあった。またとない機会、いまのうちに少しでもこの世界を愛しておきたい。そんな気分だった。
「たまにはこうやって月を見ながら食べるのも良いものですね……」
 ナハイベル・バーンスタインが月に笑う。パンプキン・パイを始め、季節のメニューで舌を満足させていた。
「まあ、たまにやるから良いものなんでしょうけど……くすくす」
 その笑みはどこか上の空で、月の美しさに心奪われていた。それに食べ物も充分に美味しい。これで何かを起こすほど野暮ではない。こういったことは、たまに、であると自身でも自覚している。次に月を見上げるのはいつになるだろうか。イレギュラーズの活動の中で、もう一度、この美しい月夜に戻ってこれるだろうか。そんなことを含んだ笑みだった。
「……頭を使うと甘いものが欲しくなる。これは必要な行為なの」
『そりゃ別にいいんだけどよ……テメェのんな小せぇ身体のどこに入ってってんだよそのパイの山ァよォ!?』
 ヴェイルがぱくぱくと食を進める。パイをオーダしては食べ、食べてはオーダした。その様子に、相棒である魔道書が思わずツッコミをいれていた。
「……甘い物は別腹」
『限度があるわ!!』
 少女のなかに消えていくパイの量は尋常ではない。だが、それでも残さず食べきってしまった。一体この小さな身体のどこに収納されたのか。それは謎のままだった。
「……おかわり、いいですか?」
 その横でリオ・セリアンも追加オーダをする。ユリーカの説明で気になっていたパンプキン・パイ。今宵の月の如くまんまるなパイを1ピース。その美味しさに、少しばかり頬を紅潮させながら、ぱくっとひとくち。その蕩けるような甘さを堪能しつつ、周囲に視線を配る。誰しもがみな楽しそうだ。こんな風景が見られるのであれば、またこのカフェに足を運ぶのもよいかもしれない。そう思った。
 こそり、と音が鳴る。アスミー・アレグローネ・アミスフィアの足音だ。蜘蛛型の彼女に、カフェは居心地がよいとは言えなかった。ここにいてもいいのだろうか。そればかりが気になって、不安になる。きょろきょろと店内を見渡すも、しかし、彼女を拒む者はいなかった。ほっとひといきついて、椅子によりかかる。見上げた月は美しい。それだけで、すべてが許されるような気分になった。
 琴葉・結は紅茶を嗜んでいる。ゆっくりとした時間の流れ。美味しい紅茶と美しい月。これで隣に恋人のひとりやふたりいれば最高なのに。
「なんで隣にいるのが喋る魔剣なのかしらね?」
『イッヒヒヒ。月見してる暇があったら元の身体に戻る手掛りの一つでも探した方が良いんじゃないか?』
 魔剣であるズィーガーが彼女の言葉を封鎖する。離れることなく傍にいなければならないこの身体。元の身体に戻る情報は、成程確かに喉から手が出るほど欲しいものだ。けれど、いまはそれを考えない。今日は月を愛でる日だ。情報収集は明日から始めても遅くはないだろう。
 ウィスタリア・M・バートリーは、甘味を楽しんでいた。
「あんみつって言うらしいわ、お団子を月に見立てているとか」
 まん丸の月にちなんで、まん丸なお団子が添えられているあんみつは、甘さも控えめで食べやすい。横に乗ったあんこも、量が多すぎず少なすぎず、丁度よい。思わず舌鼓を打った。
 そして、遠吠え。
 ジュアがケモノらしく、満月に向かって吠えていた。思い出されるのは故郷での日々。面倒ではあったが、なんだかんだと愛着があったその場所。いまは思いを馳せることしか出来ない。
 もう一度、その遠吠えが月夜に響いた。

●月みちる夜のひととき
 その場所には、工房・きつねの樹の面々が揃っていた。
 生方・創がブランデー入りの紅茶を飲みながら、ゆっくりと月を見上げている。
「それにしても、ここはなかなかいいお酒置いてるねぇ。次はもっと強いの行こうかな?」
「酒は判断力が鈍らない程度に嗜むのが俺のやり方だが……次は強いのを、か。その時は俺も付き合おう」
 アルコール入りのコーヒーを嗜みながら、ブラスト・ラディウスがそれに乗る。月夜に仲間と飲む酒は最高だ。それもこの様な月夜では尚のこと。
 そしてそれを見ていた詩緒・フェンリス・ランシールが、自身もちびちびと静かに飲みながら溜息混じりに言葉を送る。
「強い酒行くのはいいけど……2人とも、飲みすぎない程度にね。フィアナちゃん送るから、潰れたら置いてけぼりよ?」
 そんなフィアナ=デ=ヴァレラはアルコールは大人の飲み物だと自身はカフェオレを注文していた。そして全メニューを制覇せんとしているのか、ここからここまで、と大雑把にオーダをする。そして、みんなで食べよう、と笑顔で言った。
「お月様にも、はい一口、なんてね♪」
 伸ばした手の先には、フォークに刺さったパイのひとくち。月が一層美しく輝いた気がした。

 その輝く月を見ながら、のんびりしている集団がある。
「改めまして。クラリーチェと申します」
「えっと……私はエンヴィ=グレノール……よ。改めて、よろしく……ね?」
 クラリーチェ・カヴァッツァとエンヴィ=グレノールが挨拶をする。これも何かの、折角の縁だ。繋がった縁は大切にしていきたい。そう彼女たちは考えていた。
「どうぞ。パンプキン・パイだ」
 オーダした品を取りに行っていたグレイ=アッシュが、パイを手に戻ってきた。普段、クラリーチェに世話になっているせめてもの恩返しとばかりに、パイを切り分けて彼女たちに配っていく。その手つきは慣れたもので、まるで店員のようでさえあった。
「……あら、本当。このパイ、凄く美味しい……妬ましいわ」
「パンプキンパイ。美味しいです……! 私にも作れるでしょうか。ユリーカさんも宜しければどうぞ」
 口々にパイの感想が零れる。誘われたユリーカも、ありがとうございますっ、と元気に返事をしてくれた。自分ももうお腹いっぱいだ、と語るユリーカを見て、シフト・シフター・シフティングが冷静に状況を分析する。自身は食事行為を必要としないため、パイに手を伸ばすこととはなかった。しかし、頭の上に乗せているぶちねこをテーブルに乗せ、猫の用のミルクをオーダしてみた。するとカフェのマスタが快く猫用ミルクを出してくれた。猫は嬉しそうにひと鳴きし、ミルクをぴちゃぴちゃと舐め始める。
「本機は月光浴も好む、思考が落ち着くからである」
「そうだな。月の光は不思議だ」
 グレイがその言葉に答える。ここまで不気味なほど美しい月の光は、きっと明日には少しずつ陰っていくであろう。今宵しか楽しめない満月。それを堪能しようと彼はパイに手を伸ばした。

 ギルド・唯一之座の面々も見かけられた。
「えへへー、月も綺麗だし甘いものは美味しいし最高だねぇ」
 そう言って笑ったのはルゥルゥ・ヘルゥだ。甘いものをシェアしながら、色んなものを食べるというのが彼女の作戦だ。
 カザン・ストーオーディンはまずは紅茶で喉を潤している。パンプキン・パイには興味があるようで、ルゥルゥがオーダしたものを1ピースわけてもらった。口に含むと優しいかぼちゃの味が広がっていく。今宵の月は美しい。詩を詠めるような言葉は持ち合わせていないけど、せめて心に刻んでおこう、と感じた。いつでもみんなと思い出せるように、と。 
「あのね、ワタシ秋のお月さまって、まんまるで美味しそうだと思っていたの」
 ポシェティケト・フルートゥフルが空を支配する月光を見ながら、ぼんやりと呟く。美味しいものを食べながら見る月。それはまるで、月を食べているような感覚に陥る。そんな不思議な気分で、パイをつついた。
 訫宮は、そんなみなを見ながらお茶を飲んでいる。見上げた月は、元いた世界と変わらないはずなのに、何故か心が高揚している。それはきっと、みながこの場に集っているから。温かいお茶を飲んだからだろうか。それとも別の何かだろうか。胸が切なくて、とても心地よく、そしてほんの少しだけ切なくて……。
「嗚呼、なんて贅沢で、幸福な――」
 僧侶は再びお茶を啜ると、月に向かって丁寧に掌を合わせた。

「依頼帰りの一服というのはどうかしら?」
 セレナ=スノーミストが提案したのをきっかけに、合計4人の者たちが集まった。大した仕事じゃなかったけどな、とトラオムがぼやく。
「トラオム君にルミリアちゃんはまあ、見知った顔だけども……アルプス君、貴方は初めましてね。よろしく」
「月の下ゆっくりするのは久しく感じます。旅をしている間は、夜に気が休まることはなかなかありませんから」
 セレナの挨拶のあと、Lumilia=Sherwoodが言葉をもらす。そして、こんな質問を投げかけた。
「そうでした、お差し支えなければ、みなさんの旅路も、お伺いできますでしょうか?」
「旅の話か? だったら前に……」
「…僕の今までの旅路ですか? この世界の…今天上にあるような月と同じように月を月と呼ぶ世界で冒険と、苦難と、踏破を繰り返しました。」
 トラオムとアルプスが口々にこれまでの旅路を言葉にする。それは心高鳴る冒険譚で、月光のもとでよく映えた。語る方も熱が入り、聞く方もまた心躍らせる。新たな冒険が待つであろう混沌で、過去を振り返るのも一興だった。

 みながそれぞれ楽しんでいる様子を見て、ユリーカは笑顔でそれを見守った。
「息抜きになったなら、よかったです」
 自身もまたほっとひといきついて、名前が呼ばれた方へと駆けていく。
 その小さな背中を、大きな月が照らしていた。

 今宵の月は美しい。
 それはまるで、物語の1ページのような。
 これから始まるであろうさまざまな出来事。
 その第一歩を踏み出す前の、一呼吸。
 イレギュラーズへの、労いの宴。

 嗚呼、本当に。
 月はなんて、優しいのだろうか――……。



writing:久部ありん

PAGETOPPAGEBOTTOM