特設イベント
高原の一日
●幻想の高原で
かくして、イレーヌ・アルエの誘いを受けた特異運命座標たちは、幻想でも避暑地として名高い高原地帯へとやってきた。
実際に来てみた分かった事だが、確かに暑さが残る城下町とは異なり、涼しく、心地よい風が吹いている。なるほど、イレーヌがリゾートの地として選んだ理由にも納得がいくというものだ。
さて、イレーヌの話によれば、この高原には、大まかに、森林を主としたスポット、大きな湖を主としたスポット、穏やかな川を主としたスポット、この3つが観光に最適であるという。
特異運命座標たちは、早速、思い思いの場所で、休暇を楽しむことにしたのだった。
●森林にて――緑の風と穏やかな時間
「もふもふはいるのかな~? い~っぱいいるのかな~? もふもふがいたら、もふもふさせてもらおうね~」
と、のんきに歌など歌いつつ、ピュイは林道を行く。ピュイの目的は、牧場でもふもふな牧畜をもふもふさせてもらう事なのだ。
「もっふもふ~♪ もっふもふ~♪」
さて、林道では、ピュイの他にも特異運命座標たちが思い思いに散策している。
「わぁ! すっごい広いんなぁ!」
うどんが林道を、思いっきり駆け抜けていった。このような広い場所、しかも自然の中は久しぶりなのだろう。思い思いに走り回り、自由を満喫する姿は微笑ましい。
「うわぁっ」
と、うどんが悲鳴をあげた。躓いて、そのまま勢いよく転んでしまった。
うどんが転んだのは、アルブムの目の前である。アルブムはどうしたものか、と思案したが、
「あははは、失敗、失敗!」
と、うどんは笑うと、再び駆け出した。
アルブムは、ふぅ、と一息吐くと、近くの木の陰に腰かける。少々騒がしいか。まぁ、だが、この森林の空気は悪くはない。こすれあう葉の音と、清涼な風に包まれながら、アルブムは今後の事について、少々物思いにふける。元の世界に変える方法。今はまだ確立されていない以上、焦ったところで仕方はない。今はこうして、落ち着くのも悪くはあるまい。
初春は森の空気を一杯に吸い込んだ。懐かしい、緑の香りが、故郷の森を思い出させる。
ふと周囲に目をやると、同じように、緑を堪能しているティノー、ミレンの姿が目に入った。視線に気づいたのか、三人、目が合い、なんだか気恥ずかしくなってしまう。
「やっほー! ハジメマシテ、だよね」
ひらひらと手を振りながら、ミレンが二人に声をかけた。
「なんつーか、こういう所で自然を感じるとさ、生き返るー、ってかんじよね! まぁ、あーし、死んでるんだけど!」
けたけたと笑うミレンに、ティノーと初春は思わず吹き出した。
「実は私、これからどんな果物がなっていたりするのか、探そうと思っていたのです。よかったら、ご一緒しませんか?」
ティノーの提案に、
「それは良い。妾も是非」
「いーね! なんか珍しいの見たい!」
初春とミレンは同意する。三人の探索が始まった。
「すごい……召喚されたのはちょっと前だけど、こんなの見たことないです」
正春は、空中で、眼下に広がる広大な森林地帯を眺めながら呟いた。
そう、空中、である。正春は空にいた。
「気に入ってもらえたのなら、何より」
そう言うのは、正春を抱えて飛ぶ、ジェニーである。
「もっと外に出ないと。正直、痛感してしまいますけど……今は、それ以上に楽しまなきゃ」
正春の言葉に、
「そう。じゃあ、次はちょっとスピード上げて飛んでみる? 楽しいよ」
と、言うが早いが、ばさり、と翼を羽ばたかせ、ジェニーはスピードを上げて飛翔する。
正春の叫び声を後に残して。
夕陽はがさがさと、足元の落ち葉を散らした。虫か、きのこか、そう言うのがあったら、面白いな、と思って。
ぴぴぴ、と小鳥たちが鳴いていた。思わず、口笛で返事をする。ぴぴぴぴ。すぐに返事が返ってきた。それでも、なんだか気恥ずかしくて、顔を赤くしてしまった所に。
がさがさ、と大きな音とともに、草をかき分け、何かが現れた。
思わず、目を丸くする夕陽。現れたのは、黒羽である。
「お? 悪いな、驚かせちまったか」
笑いながら、黒羽。
「さっき親とはぐれちまったうりぼうを親元に返してきたところでな。で、まぁ、次は何しようと考えてたら、鳥の声が聞こえてくる。バードウォッチングでもしゃれ込むか、と思ったら、おめえが居たわけだ」
ちちち。鳥たちの声が聞こえる。
「お、どの辺かなぁ? おめえさんも一緒にどうだ、探さねぇか?」
黒羽の言葉に、夕陽は一瞬だけ悩んだ後、頷いた。
「私の故郷では、このような緑豊かな風景は貴重でな。魅力的な誘いだった」
ジョセフは、隣で歩くイレーヌへ向けて言った。ダメ元で、という気持ちで誘った散歩であったが、意外にも、イレーヌはすんなりと了承してくれた。
「お気に召していただけたのなら、幸いです」
たおやかに、イレーヌは言う。
「いや、異教徒にしては……いや、これは失礼だったかな」
ジョセフの言葉に、イレーヌは微笑んで返した。
「確かに、ジョセフ様から見たら、私は異教徒ですね。元々の世界で培った認識です。すぐにこの世界に順応しろ、とは言いませんわ」
イレーヌは、微笑みながら続ける。
「よければ、あなたの世界の神や教義について、お話してくださいませんか? 世界は違えど神に仕える者同士、どこか通じる事もあると思います」
イレーヌの言葉に、ジョセフは自身の世界について語り始めた。
大きな木の枝の上で読書をしていた鷹墨が、軽く伸びをした。一冊読み切ってしまおうと思っていたが、過ごしやすい陽気である、睡魔がじわじわと襲ってくる。
「平和が一番だねぇ。……おれの言えた義理じゃあないか?」
鷹墨のいる木の根元から声が聞こえる。ニヤリと笑いながら、独り言のように、鷹墨に語り掛けるようにそう言うのは、グドルフだ。
「いえ……言う通りかと」
鷹墨の言葉に笑いながら、グドルフは寝転がった。この周囲は日差しが心地よい。見れば、何人かの特異運命座標たちがは昼寝としゃれこんでいる。
「……こんにちは。あなたたちのお家に、少しだけ、お邪魔しています」
小さな森の住人達に囲まれたセレネが、ぺこり、と頭を下げた。
セレネの友好的な態度を感じ取ったのか、小動物たちはセレネの周りで、思い思いにくつろぎ始める。それを眺めながら。セレネは次第にうとうととし始めるのだった。
ミーティアもまた、伸びをしながら、ばたん、と地面に横たわった。緑の香りと、優しい日差し。心地よい風がすぐに眠気を誘って、うとうととし始める。
「むー……ダメだよ、それはボクのおにぎり……ええっ、そんなのが具に入ってる……むむ」
妙な寝言を、大声で言うのは、ココ。その寝言に、ミーティアはびっくりしたが、
「……何が入っていたの?」
思わず尋ねる。だが、当然、ココはむにゃむにゃと言うだけで、答えは帰ってこない。
起きたら聞いてみようかなぁ、と思いつつ、再び睡魔に身をゆだねるのであった。
「チェストォォツ! あ、そっれチェーストォォッ!」
さて、そんな昼寝の場からは少々離れた所では、何やら気合の声と共に、槍を振りかぶる忠元の姿が見えた。曰く、これが忠元なりの避暑行為らしい。
とは言え、なんだか落ち着かないのか、同じようにトレーニングに興じるものもいる。
マドカはあたりをランニングしていたし、灰も剣の素振りなどをしている。
しみついた習慣というのは、そう簡単には抜けないのかもしれない。
「皆、そろそろ休憩しない? お弁当、たくさん作ってきたの」
そんなトレーニング組に声をかけたのは、アリカだ。その誘いに、
「おお、有難い! 実は某も弁当を用意していたのだ。皆も是非、食べてくれ」
言いながら、自前の薩摩芋弁当を広げる忠元。
「ありがとー! 丁度お腹が減ってたんだ! ……うわぁ、おいしそう!」
胸を揺らしつつ、マドカが喜びの声をあげる。
「いっぱいあるから、遠慮せず食べてね」
微笑むアリカに、
「やぁ、これは有難い。では、いただきます」
灰も笑顔を浮かべ、サンドイッチを手に取った。
さて、時刻もちょうど昼時だ。ピクニックという事で、ぼちぼち弁当を広げるものたちもいる。
「あんちゃん、ゆうべ俺ちゃんとお手伝いしたよね?」
と、ロッタが、兄、クルトに言う。
「だから、約束の! ハンバーグとカラアゲとコロッケとたまごやき入れてくれた?」
「そうそう、約束したハンバーグとカラアゲとコロッケとたまごやきとピーマンの肉詰めとタコさんウインナーと……あとはー……えっとー」
ロッタの言葉に便乗して、ルッカ。
「ん? ……コロッケ? 肉詰め? 今言っても入らねーっての!」
苦笑しつつ、クルトが弁当箱を開けると、ロッタとルッカが目を輝かせ、「うわー!」と歓喜の声をあげる。
そんな二人の様子に、満足げに頷くクルトが顔をあげると、両手のばんそうこうを見せびらかすように、手をひらひらさせたオスカーが、
「クルちゃぁん、俺も手伝い頑張ったんだからビールの1つや2つあるよなあ?」
と言うものだから、クルトは苦笑しつつ、
「おつかれさん」
と、ビールを取り出し、オスカーへと手渡すのだった。
「保護者さん、保護者さん! この辺がいいキュー!」
「保護者じゃないっての。まぁ、確かにこのあたりは日差しも程々で休むのによさそうだ」
レーゲンの言葉を一部訂正しつつ、ウェールは頷いて、腰かけた。
荷物から弁当を取り出して、レーゲンとグリュック、二人に手渡す。
たくさんのサンドイッチや手作りのパンが、一杯に詰められた弁当箱を、レーゲンは嬉しそうに見つめていた。
「よく噛んで食うんだぞ」
「キュー!」
嬉しそうにレーゲンが頷く。
「食べ過ぎはダメですよ」
そんなレーゲンに、グリュックが釘を刺した。
「ま、食べ過ぎない程度に食べてくれ」
そんな二人を見ながら、苦笑しつつ、ウェ-ルが言った。
「今日は一日読書にいそしむつもりでしたが……」
「あなたはいつも引き籠ってばかりいるからね、それでは不健康だ。偶には、こういうのもいいんじゃないかな」
シートに腰かけ、ドラマとイオンが談笑している。
シートの上には、ドラマが作ったお弁当。手作りのサンドイッチを一つ、イオンはほおばった。
「うん、美味しいよ。よくできてる」
「私だって、サンドイッチくらい作れるのですよ」
二人の間を、爽やかな風が駆け抜けていった。
「……たまには、こう言うのも良いですね」
ドラマの呟きに、イオンは笑顔を返した。
Mikaはサンドイッチを片手に、周囲を見渡しながら、のんびりとした時間を過ごしていた。
元居た世界では、白銀の雪つもる大地にいたせいか、こういった、過ごしやすい気候は珍しく感じる。
目に映るものすべてが新鮮で、楽しい。
Mikaはサンドイッチをかじると、微笑を浮かべるのだった
●湖にて――澄んだ湖面と釣り師たちの戦い
湖畔にたたずむ風が、すぅ、と息を吸い込んだ。
次の瞬間、紡ぎ出されたのは、美しい旋律の歌である。
初めての湖。あまりにも広く、大きなそれに出会った風が選んだのは、趣味である歌う事。
ただ、彼女は知っているのだろうか。彼女が紡ぐその歌は、とある宗教の祈りを元にした物である。それは、聖母と呼ばれるものへの祈り。
知っていても、知らなくても。
美しいその旋律は、大きな幻想の湖を駆け抜けて――。
「む、歌か。良いのう」
かか、と笑いつつ、凛が言った。手にするのは釣り竿である。
周囲では、多くの特異運命座標たちが太公望と洒落こんでいる。
「楽しめる所であれば……わらわにとって住めば都というからのぅ」
ぴっ、と水面に浮かぶ浮きが沈む。むっ、と唸ると、凛は釣り竿を振り上げた。
大当たりだ。見事の大きさの魚が、彼女の手に収まる。
「うむうむ、今日は、コヤツがおかずじゃな!」
「いやー大量ね! 干して食料にして、一部は金銭にするかな。いやー良いわね釣りって!」
釣り具も武器の一つという事だろうか? 天性の才能か、或いはギフトか、初めての釣り竿も容易に使いこなした命が、楽し気に魚を釣り上げる。
「おお、やるのう。ここはひとつ、競争と行かんか?」
声をかける凛に、
「いいわよ! 勝負と来たら負けないわ! どんどん釣るわよ!」
笑いながら、命が釣竿を振るう。
「闇よ」
一縷が呟いて、目を閉じる。一縷のギフトは、視覚を犠牲に、その他の感覚を鋭敏にするものである。もともとギフトは封じ、のんびりと釣るつもりであったのだが。
こう、隣で沢山魚を釣られると。
「お腹空いたぁ……」
食欲には勝てないのである。調理器具は持ってきているし……沢山釣って、皆におすそ分けしつつ、食べるのが良いだろう。
一縷は神経を集中した。
一方、足元の石をひっくり返し、小さな虫を見つけたのがガルズである。
「見たことない虫だが、まぁ、いけるだろ」
ウォーカーであるガルズから見れば、幻想の生物の殆どは、まだ見慣れたものではあるまい。さておき、その虫を釣り針に括り付け、釣り糸を垂らす。
「さて、釣れるといいんだが」
しばらくするとあたりが来た。釣りあげてみれば、中々のサイズだ。
「よしよし、餌はこいつで大丈夫か。美味そうな奴が釣れたな」
魚籠に魚を放り込むと、次の餌を取り上げ、再び釣り糸を垂らす。
「魚は、言うなれば美しい御婦人と同じだ。手前勝手に押せば当然、逃げる」
Jはニヤリ、と笑いながら釣り糸を垂らした。
「ほうほう、タイコーボの風情でありますな」
くんくんと麦わら帽子の臭いをかぎつつ、Jの横から手元を覗くは、ケーナである。
「だから待つのさ。相手の心がこちらを向くのを只管待って……そしてここぞと言う時……!」
気合と共に振り上げられる釣り竿。水しぶき煌いて、水上に顔を出した釣り針には。
特に何も、かかってはいなかった。
「……こう言う事もある」
口笛なんぞを吹きつつ、Jが目をそらした。
「むむ、では不肖、ケーナが助太刀致しましょう! とりあえず釣竿を探してまいります!」
と、走り去っていくケーナであった。
「ヌシじゃ! 湖のヌシを釣りあげるのじゃ~!!」
意気揚々、世界樹が釣竿を振り上げる。
釣り糸を垂らしてからは真剣勝負。
精神を集中し、獲物をかかるのを待つ。
「…………湖のヌシよ、わたいと勝負じゃ」
呟いた刹那。
突如水しぶきと共に、何かが湖面へと躍り出た。
中に大量の水をまき散らし、キラキラと乱反射する美しい鱗を持った巨大な魚が宙を舞う。
その背中では。
三面六臂の亜人が、6本の腕で、今にも銛を突き立てんと構えている!
我那覇である。
ばしゃん。
再び水しぶきをあげて、巨大魚は我那覇と共に水中へと消えた。
呆然とそれを見送った世界樹が、
「そ、それは反則なのじゃ~~~~っ!!」
思わず叫んだ。
「んー。日差しも暖かく、風も心地よく凪いでいて、いい感じだねぇ」
そんな騒ぎも何のその。穏やかな心地で釣り糸を垂らすのは、ロウギュストだ。
「釣果がない様だが」
暁が言う。
「んー……なんというか、あまり結果には興味がなくてね」
「そうか。奇遇だな」
ロウギュストの釣りの目的は、その時間。待つことで訪れる、思考の為の時間、或いはのんびりとした時間そのものが目的なのだ。
方や、暁の目的は、純粋に釣りそのもの。魚を相手にした戦いともいうべき時間。その為、倒した相手には興味がない。
「お前はどうだ」
「……それなり、だろうか」
暁の問いに、ソフィアは小首をかしげながら答える。
「欲しければくれてやるが」
「……いや、自分で釣る」
ふむん、と暁は頷き、自身の釣りへと集中した。
「……楽しいものだ」
ソフィアが呟く。三人の静かな釣りは、まだまだ続くのだった。
一方、釣り以外でも、湖を堪能する者たちはいる。
レックは湖の水を手ですくってみた。程よい冷たさが、手のひらを冷やす感覚を楽しむ。
「綺麗なところだね」
レックの言う通り、辺りは――先ほどは少々騒がしかったが――穏やかで、水はガラスのように透き通っている。ここで座っているだけでも、気持ちがリフレッシュされそうだ。
とは言え、ただ湖を眺めていて満足するような、レックの好奇心ではない。すぐに別の物興味を引かれると、其方へ向かって走っていくのだ。
と、その先で。
「ふぅ」
と、九十九が水面から顔を出した。水中へ潜っていたわけではない。九十九のギフトは、鏡の中に作られた部屋へと入ることができるという物。それが水鏡であっても、鏡は鏡。
九十九は濡れないように、上手く岸へと上がると、
「……うむ」
と、呟くラクタと目が合った。
ラクタの手には、ガラス玉のような石。ラクタのギフトで圧縮された水で作られたものだ。
「ほう、綺麗な物じゃな」
ざばり、と湖から現れた潮が声をあげた。手には、水中で拾ったのだろう、丸く、綺麗な石がいくつか握られていた。
「すごい、きらきらだね……触ってみてもいい?」
レックの問いに、
「構わぬが、脆いもの。丁重にな」
ラクタがガラス石を手渡す。レックは物珍し気に、それを太陽に透かしてみたりした。
「さて、わしはもうひと泳ぎしてこよう。お前さん方は?」
湖の問いに、
「わたしは此処で、今しばし遊んでいる」
「私も、少し、休憩」
ラクタと九十九はそう答えた。九十九は両足を湖につけて、水の感覚を味わった。
その少し離れた所で、霧緒と海々は水遊びをしていた。
本格的な物ではなく、少し水際ではしゃぐ程度。とは言え、健全な青少年である海々の目は、ついつい、霧緒の胸に見とれてしまったりしている。
霧緒も当然、それに気づかないわけもなく。
「……大きいなぁ……」
などと思わず漏れた海々の呟きを聞き逃す霧緒ではない。
「んん~? なぁーにを見ておるのじゃ坊主ぅ? オナゴの身体をじろじろと無遠慮にみるものではないぞ?」
と、笑いながらからかうのへ、
「み、見てないですし!」
と、顔を赤くしながら反論するのだが、視線は些か正直ではある。
と――。
「ぶべはぁ!??!」
と、悲鳴に近い呼吸と共に、二人の近くの岸辺へと、ざばりと顔を出したのは、びしょぬれになった壱花。
「ごっふ! げふっ! いやぁ、泳げると思ったけど泳ぎ方わかんなかったよね! 水底歩くの疲れたってか、もーーー限界! って時に岸についてよかったっ!」
びしょ濡れの服からぼたぼたと水を垂らしつつ、一方的に壱花がまくしたてる。
呆然と見つめる二人に気付くと、
「あ、デート中? ごめんね?? 丁度湖だし、ほら、水に流しちゃって?」
と、言うや否や、てくてくと、濡れた服のままいずこかへと去っていった。
そんな後姿を、二人は呆然と眺めていた。
自分の視線について、いい感じに誤魔化せたので、海々にとってはラッキーなハプニングだったかもしれない。
「……帰りたくない」
ぐで、とした様子で、メランコリアが言う。
湖にのほとりの草むらである。メランコリアはそこで横になっている。もう、梃子でも動かない、といった様子だ。
『出る前は来たくなかったといってなかったか?』
コルの言葉に、
「動きたくないだけ」
『まぁ、構わないが。同胞とははぐれた様だがどうする?』
「帰りまでここで寝てる」
と、本当に目をつぶって眠ってしまった。
「……まぁ。心地よさそうですね」
と、そんな二人に声をかけたのはイレーヌである。
『申し訳ないが宿主は睡眠中で、帰りの便まで起きないだろう』
眠ってしまったメランコリアに変わり、コルが答えた。イレーヌは、
「ふふ。それでメランコリア様が良いのでしたら。まだ時間はあります。ごゆるりと」
たおやかな笑顔で返す。
『そう言ってもらえると有難い。それと、外出の機会をいただけたことは感謝する』
その言葉に、イレーヌは優雅に一礼をして返すのだった。
「イレーヌさん、良かったら少し、世間話に付き合ってもらえないかな?」
と、そんなイレーヌへ声をかけたのは、レオナである。
「ええ、構いませんよ。どんなことがよろしいでしょうか……」
小首をかしげるイレーヌへ、
「なんでもいいんだ。普段イレーヌさんがどんなことしてるのか、とか。僕らも、色々とわからないことだらけだからね!」
笑顔で、そう言いつつ。
(こうしてイレーヌさんが直々に声を掛けるのは、イレギュラーズがそれなりの勢力になるのを見越してなのだろうね……なんてね。直接聞くほど野暮じゃあないさ。良い関係を築きたいのは僕も同じ、ってね)
と胸中で呟くレオナであった。
●川にて――川のせせらぎとこれからの事
「フハハハ、まさに輝かんばかりの美しい自然だな! その輝きを受けて我の筋肉(美)もさらに輝こうというものよ!」
と、川の流れに逆らうように、川のど真ん中に立ちながら、筋肉! と叫んでいるのがリリーである。リリーにとっては、一に筋肉二に筋肉。大自然でも筋肉、川でも筋肉。
川の流れに逆らいながら、筋肉に負荷をかけ、河原の石を持ち上げては、遠投して筋肉。兎に角筋肉であった。
「ふっ……イレーヌ殿も気が利く。このような静かな場で瞑想を行う機会をいただけるとはな……」
と、総次郎は良い感じの石の上で、川のせせらぎを感じながら瞑想を続ける。常在戦場、常に戦いの中にあった彼にとって、適度に修行している方が、心が落ち着くのである。
と、まぁ、多少、浮いてる人も、居るにはいるが。
大体の特異運命座標たちは、概ね、バカンスらしいバカンスを楽しんでいる。
「あー……冷たい……」
マカライトは川に足を付けつつ、ごろん、と横になった。他の人の遊ぶ姿を眺めつつ、ゆったりとした時間を過ごす。次第に瞼は重くなり、身体からも力が抜けていく。その心地よい感覚に身をゆだねて、マカライトは夢の世界へと落ちて行った。
水の精霊とは、水より生まれし水を内包する幻想生物である。
(――だから久しぶりに訪れた川を前にして、年甲斐も無くはしゃいでしまっても可笑しく無いのである。私は何も悪くない)
と、胸中で自分に言い訳しつつ、スラックスの裾をまくり上げ、心地よい川の冷たさに浸るのは、ヴィルヘルムである。どこかぼうっとしているヴィルヘルムであったが、今この時は、少々浮かれている様子だ。
リューンは川辺の涼しげな風に、目を細める。
「川だ……ここならゆっくり涼めそう、ね? 鳥サン」
そう言って、手にした鳥かごに話しかける。そのまま、鳥かごをあけ放った。
「鳥サン、気持ちよさそうに水浴びしてるね。えへへ、冷たくて気持ちいい」
足で川の水をパシャパシャとやりながら、嬉しそうにリューンは言った。
「何で水が流れてるんだろう」
A 01が不思議そうに小首をかしげる。
「知らないのか?」
シュクルが言う。頷くA 01に、シュクルは得意げに、
「水がな、山とかの高いとこからずーっと流れてくるんだ」
「山から流れて、川は、何処へ行くんだろう?」
なおも尋ねるA 01に答えたのは、はじめだ。
「川はずっと流れて、海にたどり着くの」
「海……見てみたいな」
「そんな事より! 今は川に来てるんだから、川で遊ばなきゃ!」
じれったいように言うシュクルに、A 01は、
「どうやって、遊ぶの?」
尋ねると、シュクルはにんまりと笑い、
「こうやって、だ!」
と、勢いをつけて川に飛び込んだ。水しぶきが、A 01とはじめにかかる。
「水に濡れても溶けない身体、サイコー!」
あはは、と笑うシュクル。
「冷たい……これが、川の、水?」
ビックリした様子のA 01。
「二人も早く来いよ! ……あ、えーと、名前! 俺、シュクル!」
「えっと、はじめ……明空はじめ、です。はじまりの意味の、名前なんです」
「ボクは……アオイ。よろしく」
三人は自己紹介を済ませると、川辺で遊び始めたのだった。
「なんでボクがこんなとこ……」
とぼやきながらも、表情と尻尾では楽し気な感情を隠せないのが香流だ。クロム、Terentiaに連れられてやってきたのだが、当の二人は川の中で遊んでいる。香流はあまり水が得意ではないので、足をつける程度にとどめているのだが、それはそれで十分楽しんでいたりする。
「よっしゃ! 1匹ゲット」
クロムは魚のつかみ取りを試しているらしい。早速一匹ゲットしたようだ。さて、Terentia、香流の分も取らなきゃな、と思案しているクロムの目の前を、当のTerentiaが流れてきたので、クロムは思わず声をあげてしまった。
「ティア!? だ、大丈夫か!?」
と、慌てて近づくクロムに、ひらひらと手を振って、
「大丈夫、大丈夫……暑いのよ。泳ぐにはちょっと浅いし」
と、あくまで自主的に流れているのだと主張するTerentiaである。
そんな様子を眺めながら、
(たまには、こんな時間もいいのかな……)
と、思う香流だった。
三人の時間は、まだまだ続く。
「ああ、大漁だな」
火を起こしていた城士が、ナルミの持ってきた魚を見て声をあげた。
「いやぁ、高原の川は冷たくて気持ちようございますなぁ! おまけに、美味そうな川魚も大漁で御座ります!」
笑いながら、ナルミは釣果を城士に差し出した。
「ぼちぼち、皆も腹が減るころだろう。適当に焼いて、振舞うとするか」
「プロミネンス殿! 其方は如何かな?」
近くで釣りをしていたプロミネンスに、ナルミは声をかけた。
「ああ、余っている分は持って行っていいぞ……俺の目的は釣り、もっと言えば時間つぶしだからな……魚自体にあまり興味はない」
「かたじけない!」
と、ナルミは頭を下げ、魚を受け取った。
ナルミと城士が魚に串をさし、起こした火で焼いていく。
ほどなくして、香ばしい香りが、あたりに漂い始めた。
「ああ、コイツは美味そうだ」
城士の言葉に、
「新鮮、焼き立てで御座るからな!」
と、頷くナルミであった。
「冷たい…気持ちいい…」
川縁に腰かけ、両足をちゃぷちゃぷと川につけて遊んでいたミィが、ふと顔をあげる。
近くにイレーヌがいることに気付き、ミィはイレーヌへと声をかけた。
「今日はありがと……」
その表情は変わらず無表情のままであったが、感謝の気持ちは確かに存在する。
「いいえ。皆さまが息抜きできたのなら、私も嬉しく存じます」
と、イレーヌは返した。それから、傍らに控えるシグラムに視線を移し、
「シグラム様? あなたも、休まれた方が……」
「いえ、如何に危険のない地であろうとも、もしもの時には備えなければなりません」
「供は他にも居りますから、休むことも仕事のうちとお考えになっては」
イレーヌの言葉に、シグラムは頭を振った。
「いえ……僕は、僕のやれることをやっているだけの事。どうか、お気になさらないでください」
かたくなな態度に、折れたのはイレーヌの方である。
少々困ったような笑顔で、シグラムの同行を許したのだった。
「イレーヌ様、良ければ、お話をさせていただいてもよろしいでしょうか」
ブラフマガージャが、イレーヌに声をかける。イレーヌが了承すると、ブラフマガージャは続けた。
「これからの世界はどうなっていくのでしょうか。今はまだまだ表面上は平穏至極、波風はあまり立っていないように思えます。ですが、旅人が大勢現れたというのに、静かすぎるのではないか……と、私は思うのです。何かの前触れなのでは、と」
ブラフマガージャの言葉に、イレーヌが微笑んで答えた。
「嵐の前の静けさ、という事でしょうか。ある旅人の世界には、そう言った言葉があると聞きます。……確かに、世界は大きな動きに飲み込まれる……私もそう思います。ですが、その時、その中心に居るのは、きっと特異運命座標であるあなた達。それだけは、忘れないでくださいね」
●休日の終わりに
かくして、特異運命座標たちの休日は過ぎていく。
これから訪れるであろう、本格的な冒険の日々。
その始まりに向けて、今はただ、ゆっくりと休んでもらいたい。
冒険の始まりはきっと、もうすぐ訪れるのだから。
writing:洗井落雲