特設イベント
花と泉の森に出掛けましょう?
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先導するラーシアを追いかけアルプスは走っていた。背に他の参加者たちの荷物を。奏でるエンジン音は控えめに。森に住まう動物たちを驚かせないようにという配慮だ。暇つぶしがてらに測量も熟しながら、確かに楽しんでいた。
「ラーシアさん、これから向かう森には御神木とかあるんでしょうか?」
積希は隣を歩くラーシアに問いかけた。
「どうでしょう……もしかしたらあるかもしれませんね……」
「それならお参りでもしましょうかね! お供え用のプリンも持ってきましたし」
願い事はただ一つ。もちろん、大魔王になれますように!
「ふふふ、森の中へ散歩だなんて素敵ね」
舞姫は柔らかな笑みを浮かべていた。
「花畑とかもあるのかしら。ねぇ、ラーシアさん、案内してくださいますか?」
「ええ。お誘いしたのはこちらですからもちろんです」
柔らかくラーシアも笑い返す。
「私、これでも喫茶店兼花屋の店主なのです。着いたら一緒にお食事でもいかがですか?」
「ピクニックと言えば、お弁当ですよね。ふふっ、せっかくですし、私も色々な方とご一緒にお食事を楽しみたいです。お食事も出されるお店の店主さんのお味であれば、町が居なさそうですし」
舞姫と笑いあいながら、ゆったりとラーシアは歩みを進めていく。
暁蕾はラーシアの会話がひと段落した頃合いを見計らって、ラーシアに近づいた。
「これはお土産のマカロンよ。受け取ってくれる?」
「あ、これはご丁寧に……ありがとうございます」
少し目を輝かせているように見える彼女を見て、掴みが問題ない事を悟り、暁蕾は少し親睦を深めようと言葉を交わしていく。
「――それで、私の記憶喪失を治せる手掛かりがないかと探していて」
「なるほど……うーん、今すぐにお力になれないかもしれません……申し訳ございません」
やや目を伏せがちに申し訳なさそうにラーシアは答えた。
「ぴく、にっく。ピクニック。しって、る、よ。みん、なで、たのしい、あれ、、だねー」
一人でうろうろと歩きながら、会う人たちに飴を配っていた舞香は、列の先頭まで歩いて来ていた。
「たの、しい? あーげるー」
「頂けるのすか? ありがとうございます。……不思議なお味ですね。何だか懐かしいような、切ないような……」
ラーシアは受け取った飴玉を口に含むと、ほふっと息を吐く。
それを見て、舞香は嬉しそうに笑った。
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「あの、作りすぎちゃって……良かったら、これも一緒にどうですか?」
泉に足を浸し、その冷たさに一息をついた珠は、お弁当を広げる集団へと勇気を出して声をかけた。
たくさんのバスケットに、たくさんのサンドイッチ。あわよくば、友人をつくれたら、そんな気持ちもある。
「それでは、食べ物ばかりですし、良かったらお茶もいかがですか?」
Suviaはいつものメイド服を着込み、周囲の様子を確かめ問いかけつつ、いれたてのハーブティを配っていく。花々の香りにあせぬ心地よいハーブティの香りが漂う。
「美味しいです……」
「それは良かったです。おかわりはありますから、遠慮なくどうぞ?」
「あ、あの! でしたら私のサンドイッチもどうぞ」
お礼に差し出されたサンドイッチをSuviaが受け取り、頬張って、美味しそうに笑みを浮かべた。
エリアスはサンドイッチのバスケットの上にクッキーを広げていた。
「こちらのクッキー、紅茶で作られているのですね……とても美味しいです」
ひとつを租借し、ラーシアが目を輝かせる。
「それは良かった。ああ、そうだ……ラーシア君。誘ってくれてありがとう。静かにのんびりできそうな雰囲気でいいね」
「ふふふ。楽しんでいただけたなら、幸いです」
にっこりと笑って、ラーシアが言う。エリアスはその後も静かな時間を楽しんでいく。
「こんな場所があったのねぇ、素敵だわぁ~」
スガルムディはほっこりしながら、一面に咲く小花に囲まれる中で作ってきた食べ物を食していた。
「世界が変わっても、こういうのを愛でる気持ちは変わらないのかもね……スガおばあちゃん頑張らないとね~」
密かに、確かな決意を胸に秘めながら、頂いたハーブティに舌鼓を打った。
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たまには外でお茶でもしようかと着いて来たヴェイルは、その道中に半身ともいえる魔道書を落とし、それを拾ってくれた女性をお茶会に誘っていた。
「いい匂いがすると思ってふらふらと歩いてたが……お茶会か? せっかくだから一緒してもいいか?」
「可愛らしい女の子達と、生真面目そうな男の人。お茶会、私もお邪魔してもよろしいかしら?」
ひょっこりと現れた女性が問う。
「人数が増えたわね。まずは自己紹介にしましょうか。私はヴェイルよ」
「ルミリア=シャーウッドです。よろしくお願いします」
本を秘撮ってくれた女性が笑みを浮かべて続く。
「私はセレナ=スノーミストよ、よろしくね」
「トラオムだ」
最後に現れた女性が笑みを浮かべ、それに続くように、男性が申し訳なさそうな表情を浮かべながら言う。
「セレナさんとヴェイルさんは旅人さんなのですね……もしよければお話をお聞かせいただけませんか?」
「過去? 内緒よ」
お茶会を楽しんでいると、ふとルミリアが言う。ヴェイルは小さく笑って答える。
「以前の世界ねぇ……ふふ、夢はご存知よね。そこからやってきたわ。だから……こんな力もあるわ」
セレナが少し蠱惑的に笑み、何かを念じるような雰囲気を見せる。
「今夜、良い夢が見れると良いわね? ふふっ……」
薬屋ドクダミの面々は目的地にたどり着くと、具合のよさそうな木陰を見つけて集まっていた。
「ああ、いい天気だね。こんな日は木陰で読書するのが一番だよ!」
レンジーは空を見上げながら目を細め、その事実を心に飲み込むように深く頷く。
「たしかに今日はピクニック日和ですね。こんな天気だと昼寝をしたくなります」
荷物を下ろしながら、隣にいたシアンが答え、近くにある花を見て、何やら興味深そうに見定め始める。
「んぁー……もう一歩も歩けないよ」
持ち歩いているクッションを敷いてリリはぺたんと座りこみ、ひざ掛けをして、持ち込んできた塩の入った水を飲む。
その隣には同じように座り込んだリザシェが干し魚をツマミに酒を浴び始める。
「来るのは面倒じゃが、酒が美味いのう」
ぷはぁと一息つきながら、からりと笑う。
レンジーはそれを見て微笑みをこぼした後、木を背もたれに読書を始めた。
「木陰で読書! そしてお弁当! 楽しみです」
トゥエルは鼻歌でも歌うかのような陽気な面持ちで隣にいる芽依に笑いかける。
「私も楽しみすぎてお弁当作りすぎてしまったわ」
芽依はそう答えながら、大きなバスケットを両手で持って隣を歩く。
どこか座る場所でもと探していたトゥエルは、木陰で休む少女を見止め、そちらへと歩み寄る。
「こんにちは、よかったら一緒に食事でもどうですか?」
「……こんにちは」
ラーシアへ後でお礼を言わないと、なんてことを考えながらぼうっとしていたレイはその問いかけに少し驚いた様子を見せる。
「……そうだね。ご一緒させてもらおうかな?」
顔を上げて、答える。二人が木陰に入れるように場所を開け、レイは昼食を楽しもうと心を切り替えた。
ヴァルゴはシルバーホワイトとの交友を深めるために今回のピクニックに参加していた。
目の前にはシルバーホワイトがいる。ただし、なぜかナックルウォークをしながら。
「ナニコレ!? ピクニックて何だっけ!?」
「まぁまぁ、折角ですし練習しておきましょう。明日に向かって……ナックルウォークを!」
こちらを振り返り、晴れ晴れとした笑顔で言われ、押し負けるようにヴァルゴも構えを取る。すると不思議なことにすがすがしい気持ちになってきた。
自然との一体感を感じ、気づけば二人で幻想的な動物たちと共に、自然の中を走り抜けていった。
マナは水辺で足を浸しながら、のんびりと読書にいそしんでいた。冷たい川の流れの心地よさが、読んでいる本の場面と合致して想像を掻きたてられる。
視線を上げれば、裸足で浅瀬に入り、大はしゃぎするシフォリィが見える。
「捕まえちゃいますよ~!」
「食べないでよ!?」
肴に混ざって追いかけられていた鯛焼きもとい、ベークが悲鳴を上げる。
何処となく微笑ましい光景のように見えて、マナは笑みを浮かべた。
「食事にするぞ!」
そんな声がして振り返ると、全身が機会で出来た男、アンタレスがこちらを見ていた。機械だからか水の中に入ろうとせず、保護者のように様子を見ている。
「はーい」
シフォリィが水辺から上がり、マナも続く。
シートの上にはシフォリィが持参したほうれん草のキッシュにバゲット、レバーのパテ。マナが作ってきたサンドイッチ、アンタレスが買ってきたフライドチキンと握り飯が並ぶ。
エルキュールは持ってきたお酒やジュースでドリンクを作り、面々へ配っていく。
ベークは水辺で一休みしていた。
「うん……旅人がきてから賑やかになったよね……疲れる」
ぽつりとそう零す。しかし、そんな日常が嫌いではなかった。
「く~! どれもおいしいのう!」
お酒を飲み、豪快に肉を喰らって、アンタレスが笑う。
一同は賑やかに、楽しく食事を進めていく。
「なぁ……ところで鍋ってなんだ?」
昼食が進む中で、エルキュールはふと根本的な事を問いかけた。
明らかに、これは鍋ではない。鍋とは、なんなのだろうか。それは誰もが感じながら、何となく触れてこなかった話題だった。
イミルはツバメと共にほどほどに遊んだあと、ゆっくりと草原に寝転がって日向ぼっこを始めていた。
ぽすっ、とお腹あたりに何かが乗る感触があり、見ればツバメが寝転がっていた。
愛らしくも微笑ましいその様子に、イミルはほおを緩ませ、ツバメをこちょこちょと弄る。
ごろごろ転がりながら、二人はほのぼのとした一時を過ごしていく。
Chessは水に素足を付け、木陰でのんびりと読書をしていた。
「自然の中って気持ちいーよなぁ! 野生の漢が研ぎ澄まされるっていうか?」
「僕も煩いのはきらいだから、こういった静かなところは好きだよ」
Wasaviがぴくぴくと耳と髭を動かし辺りを観察しているのが見える。ぴくぴく、ゆらゆらと動く耳と尾は、どこか愛くるしい。
「チェスは相変わらず小難しい本読んでんのか……一緒に遊べばいーのに?」
小首を傾げ不思議そうにした後、wasaviは泉の魚を興味津々に眺めたかと思うと、少しして、欠伸を漏らし、ぐぐっと身体を伸ばした後、Chessの隣に丸くなった。
「君は自由でいいなぁ」
すやすやと寝息が聞こえ始め、Chessはそう呟き、再び文字の世界へと入って行く。
小さな人形のような姿をした少女、楓を肩の上に乗せ、桜花は森の中をのんびりと散策していた。日傘と木々のおかげで、さほどの暑さは感じられない。
時折、動物を見つけてはギフトの力で会話を始める楓を見て、微笑ましく思う。
「桜花、そろそろご飯にしませんか?」
木漏れ日に満ちた木々の合間で、楓が言う。桜花は一つの木に腰を下ろして、弁当を広げた。
「いただきます」
どこからか現れた小動物達や楓と分け合いながら、二人は穏やかな時間を過ごしていった。
レッドはスケッチブックを片手に泉のほとりで腰を下ろし、人々や景色の様子をスケッチしながら、ふと、見覚えのある顔を見つけた。
「クレメンティーナさん? 海はどうしたのです?」
クレメンティーナは悪戯っぽく笑う。
「やぁ、レッドさん。海にいる思た? 僕は船にいること多いけど、常に海にいるとは限らんのやよ!」
「絵を描いてるの?」
背後に回り、スケッチブックを覗きこむようにして、問いかけられる。
「此処に来た思い出を形にして残してます」
「なるほどねえ。おや、あそこにいるのは……おーい!」
クレメンティーナが顔を上げる。続くようにしてみると、そこにはここに招待してくれた人物が、のんびりと歩いていた。彼女はこちらに気づいたのかそのままゆっくりと歩み寄ってきた。
「こんにちは。おふたりは……何かをしてらっしゃったのでしょうか」
「ええ、少し絵をかいてました。ラーシアさんは此処の一番のお気に入りは何です?」
「お気に入りですか……そうですね……ああ、そうだ。もう少ししたら、夕日が泉に映りこんでとてもきれいですよ?」
「初めましてやね! ボクはクベリアとでも呼んでほしいんやよ! そうや、どうせならラーシアさんも描いて貰ったらどう?」
「あ、自己紹介がまだでした。ボクはレッドです。そうですね。ラーシアさんを描いてもいいです?」
「あら……よろしいのですか? では、お願いしましょうか……」
ラーシアの背景に泉を映すようにして、レッドは筆を走らせていった。
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食事をする人々がまばらになり、自由時間ともいえる時間が始まりつつあった。
リェルフは一面の花畑での中に腰を下ろし、花冠を作っていた。完成したそれを見て娘が喜ぶ顔を想像して、深く頷いた。
昼食も終わった頃合い、ラーシアが散歩でもするのかふらふらと歩き始めたのを見て、アクアは彼女を追った。
「初めまして。ラーシア。私はアクア・サンシャイン。よろしくね」
手を伸ばし、笑みを向ける。一瞬きょとんとしたラーシアが、嬉しそうに笑みを浮かべてその手を取った。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
アリスターは目を輝かせていた。コンクリと曇天とネオンばかりの土地の出身である彼にとって、この森はそれだけで十分に素晴らしいモノだった。
「すごいねえ、草も木もいっぱいあって全部本物だねえ」
摘むのを躊躇して、しげしげと眺め、泉へと走っていくと、透明に透ける水面に思わず声を上げる。少し遠くにいる人が、泉の水を掬って飲むのを見て、何となくそれを真似て、冷たさに驚いた。
「……それにしても、ピクニックなんて、いつぶりだ?」
ぽつりと独り言を漏らして、顔を上げる。たくさんの人が各々の友人たちと遊んだり、自分のやりたい事をやって楽しんでいる姿が目に留まる。
「あぁ、でも、こうして見てるだけでも、意外と楽しいかもしれないな」
ぼうっと見つめながら、再び本へと視線を落とし、文字を追っていく。
ふわりとスカートが舞う。しかし、決してめくれ上がることはなかった。
花畑の中で、踊るように戯れるアヤメは、しかし、その実、修行の真っただ中だった。 全方位から舞い散る花瓶。それを掴みとらんと手を伸ばす。しかし、花弁はふわりと空気に押されて舞い上がり、なかなか取れなかった。
簡単にはいかない。それが逆に燃えて、アヤメはさらに熱中していく。
アリシアは店で出すパイの材料に出来そうな果実を捜し歩いていた。
「……そろそろひと休みしましょうか」
籠の中の果実を見て新しいメニューを考えながら、木陰に座る。心地よい温かさに鳥のさえずり。他の人々が戯れる様子を見ながら、アリシアの眼は落ちていく。
幸せそうに眠る彼女の周りで、どこからか現れた動物たちが共に眠りについて行く。
「ああ……人が多いですねェ。いえ、このような場所に来る方々の声がワタシに届く事はないのですがァ」
バルドゥインはふらふらと歩いてはしゃがみ、足元の花を見る。
「もちょっと毒々しい方が好みなのですよ、ワタシ。おや、失礼、ああ、美しくもアナタの音には毒がありましたね、実によろしい」
熱を帯びながら、彼は次の花、次の花へと声をかけていく。
広場に訪れたスレインは、どこからか現れた小動物達に、珍しげに囲まれていた。
動物達と触れ合いたいそれは今回此処に来た理由だった。いつか、ここに住まう者達を守るために武器を取ることもあるかもしれないと。
「自分はスレイル……良ければ、お母いておいてくれ。いずれまた、会うかもしれないからな」
語りながら、穏やかに動物達へと意識を向けて、温かな日差しの恵みに目を細めた。
「特に用も無かったから参加したけど……一人で来たのは……」
やっぱり寂しい。そう口には出さず、少し溜め息を吐く。こういう時、誰かと仲良くなれると良いのだろうけれど。そう考えながら、何となく視線を泳がせる。
ふと目に止まったのは、ハーブや花を片っ端から掴んではポケットに入れていた少女だ。入らなくなったのか、座って何やら作り始めている。
「こんにちは……私はエルヴィ。何を作ってるの?」
「夕凪 こるりだよ。取ったのは良いけど入りきらなったから、何か作ろうかなって」
そう言いながら、少女――こるりは一つ、ブーケにしてまとめていく。
「綺麗ね」
漏らした言葉に、こるりが嬉しそうに笑っていた。
リオは綺麗な景色を目に焼き付けながら、ラーシアに大丈夫だと言われたこともあって、押し花に良さそうな花を探していた。そこにラーシアが現れ、少しだけ立ち止まる。
「ああ、そうでした。ラーシアさん、素敵なところへのご招待、ありがとうございます」
立ち上がったラーシアに対し、顔を挙げてそう告げると微笑を返された。
「綺麗な花たちが咲いてますわね」
「ええ。素敵ですよね」
フィオレンツィアは一面の花を見渡して、感嘆の息を漏らす。花屋を開く者としては、それを眺めているだけでも楽しいものだ。
散歩をしていたらしいラーシアを呼びとめると、そんなな答えが返ってくる。
「せっかくですから、わたしのギフトでもう少し咲かせてあげたいところですね。……ピクニックなら、楽しい感情を貸していただけないか尋ねてみましょうか」
「それは、いいかもしれませんね」
「ラーシアさんもおひとつ、咲かせてみませんか?」
柔らかく笑って言うと、ラーシアは目を輝かせて頷いていた。その表情に、フィオレンツィアも笑みをこぼす。
ほんの一瞬、ぼうっとした顔になったラーシアが、美しい花を咲かせるとともに再び目を輝かせた。
グレイルは泉のほど近く、寄りかかるのに良い木の根元に座って他の人々の活動を眺めていた。
近くにあった林檎をもぎ取ってそれを口にしながら、寄ってきた小動物と戯れる。なんてこともない、のんびりとした空気。それがとても心地よかった。
Neroはダグウッドサンドイッチの一部を出てきた小動物にやりながら、まったりとそのもふもふを堪能していた。ユキヒョウの尻尾がゆらり、ゆらりと動いてリラックスしていることを知らせている。
「素敵な一日ね……」
数匹のもふもふとした小動物に頬を緩め、参加して良かったと心の底から実感していた。
のんびりと散歩をしていたラーシアは木陰で眠るコルヌを見つけていた。
『申し訳ないが、宿主は眠っている』
幼げな少女といった風貌から想像できない、重く渋い声。
『ただ、この度の招待には感謝を。これからの交友が深まる事を願っている』
「ふふ、そうですか……では、この度は静かに立ち去らせていただきましょうか」
笑って、ラーシアはそっとその場を後にした。
「なるほど、話し通りに美しい場所だな空気も美味しいし水も綺麗だ。こういう場所ならば、動物達もたくさんいるに違いない」
できれば、同じ狼がいてくれたらいいと考えては見るものの、ヒトを襲う可能性があるような中型、大型の肉食や雑食の動物はいないと言われては、仕方がない。
木陰でやや丸くなるようにして眠りについていると、どこからか現れた小鳥が肩や頭へと乗っかり、鳴いている。その音色にのどかな気持ちになりながら、ラノールは目を閉じた。
微睡から一時、目を覚ましたリトスは、思わずビクンと身体を躍らせた。
眠っている間に、股の間や腕、肩なんかに、小動物達が乗っかっていたのだ。震えた衝撃に驚いたのか、肩の重みがすっきりする。
忌々しきかつての世界とは違う、広大で壮大でありながらも、のんびりとした暖かくも心地よい異世界の空気に、リトスは再びうつらうつらと夢の中へと戻っていった。
木に背中を預けて座り、ジョージは得意の歌を口ずさんでいた。それに誘われたのか、小鳥たちが集まっている。
しかし、小鳥たちはある程度の位置を保って近づこうとしない。
「おや、微笑まし……いや、心がこもってないのがバレてるのか。まったく、芸術がわかる鳥さんたちだなぁ」
笑みをこぼして、再び歌いだす。すると、数匹が翼の先端にぴたりと止まった。
「あ、でも翼には止まるんだ?」
そんなところも、微笑ましい。歌はまだ終わらない。
シエルは探し人を見つけに参加していた。
「大人しい彼女のことだ。きっとこういう静かな場所に来るに違いない……と思ったのだが。……ふむ。いないな」
見渡してみても、彼女らしき人物は見当たらない。
「……仕方あるまい、彼女の生きそうな場所を考えながら修行でもするとしよう」
ふうと溜め息を吐いて心を入れ替え、木の根元で座禅を組む。
これ幸いと小動物がひょっこり現れ、股の間や乗っかれそうなところに乗ってくるのを感じながら、それを無視することも修行と、シエルは意識を集中させた。
ザビーネは木陰に座って一人、読書に一心でいた。足元には町で手に入れた本が積まれてある。
「やはり、こういった場所の方が肌にあいますわね」
背中を幹に預けて、本を読もうとページを開く。まだまだ、この世界には学ばねばならないことは多い。自然の多い場所の方が読む手も進む気がしていた。
「質問、アナタの読んでいる本はどのような本ですか?」
活字に目を落としていくら時間がかかっただろう。そんな声を聞いて視線を上げる。
「私ですか?」
周囲を見渡して、他に人がいないことを確かめて問いかける。青年から帰ってきたのは肯首だった。
「これは――」
「なるほど。興味深いですね。私はクライド。アナタは?」
「ザビーネと申しますわ」
「こういうところでの経験は非常に有用なものです。もしよければ私も隣で本を読んでよろしいですか?」
「え、ええ……構いませんよ」
答えを聞いたクライドは頷くと、自分の本を取り出し、読み始めた。それを確認し、ザビーネは再び活字の世界へと意識を向ける。
オズウェルはぼんやりと岸辺の木陰に座って涼を取っていた。
本当は、参加するかぎりぎりまで悩んでいた。けれど、折角、自由に好きなことが出来るようになったのだ。何かしたかった。
ぼうっと座っているだけで参加していると言えるのだろうか。そんなことも考えてはいたけれど、今はそんなこと気にしていない。
自分と同じように、ただぼうっとしている者が、こんなにもいる。
「……慣れてるんだな」
軽快する様子も見せず、肩やひざの上に乗ってきた小動物達に、心を癒されながら、穏やかな一日を過ごしていく。
咲良は日の当たらない場所に移動してそこで読書を始めていた。
「本当に。この世界の本はどれも元いた世界よりも楽しい……」
一冊、既に読み終えた。寂寥と感傷に数秒、ぼうっと目の前の木を眺める。
まだ、人と交流するのは怖くて。こんなところで本を読んでいる。
「私がラーシアさんみたいにみんなから好かれそうな性格なら良かったのだけど……人と話すコツを聞いてみようかな」
「コツなんてあるのでしょうか?」
「ふえ!?」
「こんなに暗いところで読んでいたら、目を悪くしてしまわれるかもしれませんよ?」
あると思わなかった返答にぎょっとして顔を上げると、おっとりとした笑みを浮かべて、ラーシアがこちらを覗くように見ていた。
「ラ、ラーシアさん」
「せめて明るいところで読まれた方が……」
「う、うん……」
心配そうにいうラーシアに、咲良は思わずそう頷いていた。
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「うん。森は良いね。とても心地よい」
リアンは頷いて森を眺めていた。軽食は既に他の参加者から恵んでもらっている。
森に通る声にしみじみと頷きながら水辺へと足を運び、何となく足元を見た。
「これは……休息と調和のクリソコラに似た輝き……ふふ、素敵なイシに出会えた」
手に取って、その深緑のような色を眺め、リアンはほうと至福の息を漏らした。
テテスは車いすを押しながら、森の中を行き、植物を集めて回っていた。
「こんにちは、何をされてるのでしょう?」
振り返ると、ラーシアを含む数人の人々がいた。
『錬金術の素材に使えるものが無いか探している』
「錬金術、ですか……」
さらさらと筆を進めてみせると、ラーシアは不思議そうに言う。
『みたこともないしょくぶつばかり』
『じつにきょうみぶかい』
「ふふふ、それは良かったです」
柔らかく笑うラーシアに頷き、視線を再び植物へと移していく。
暇。只管に暇だった。周囲に流されるまま、この森に辿り着いたアイラだったが、何をしていいのか分からなかった。
その結果、こうして森の中でその場にある葉や枝に触れてはギフトを発動させて積み重ねていく。
「出来ましたぁ!」
ごちゃごちゃとした謎のオブジェを見上げ、思わず叫ぶ。数時間をかけて作り上げたソレが一体なんなのかは、正直、アイラにも分からなかった。ただ、謎の達成感に嬉しくなって、アイラはしばし、そのオブジェを眺めていた。
クラサフカは森の中で野草の採取に勤しんでいた。
「雑草という名の草が無いように、身近な森の中でも、役に立つ草花は数多く存在致します」
見回りなのか、単に自分も楽しんでいるのか、偶然現れたラーシアにそう説明しながら、見つけた毒が無い草花を幾つか摘んでいく。
「なるほど……」
「あとでハーブティーとして皆様に振る舞うのも悪くありませんわね」
「それは、良いかもしれませんね」
頷きながらいうラーシアに、クラサフカも笑みを返した。
咲き誇る花たちや揺れる木々、動物たちの鳴き声に鳥のさえずり。
それらはリオライルにとってはどんな派手な催し物よりも喜ばしいモノだ。
「ふふ、元気いっぱいだねー。幸せそう」
偶然見つけた見た事のない花に小さくを笑みを向ける。気分が高揚して、抑えきれず、空を舞う。
「とっても落ち着く……最高の気分! 良い場所教えて貰っちゃった!」
会ったらもう一度お礼を言おう。そんなことを考えながら、しばらくの間、空を楽しんでいく。
「あ、こんな所に珍しい薬草が……これも頂いていこう……」
言うや、カノンは薬草を摘み、ぱくりと食べた。
「んー……やっぱり日光浴、気持ちいい……」
のんびりと歩く彼女の身体には、新しく一本の植物が生えている。
「ふぁ……ふぅ……」
暖かい日差しの照らす木陰を見つけ、カノンは腰を下ろして日光浴を始めた。心地よい風が通り、目がうつらうつらと落ちていく。抗うつもりはなかった。
アトリはふらりと当てもなく始めていた散策を一区切りさせて、何となく広場の方へと足を向けていた。一人旅は慣れている。自然に満ちた静かで穏やかな森の中で独りというのは、どこか落ち着かなかった。
「あ、ラーシア」
「広場に帰られるところですか?」
「うん、そのつもりだったんだけど。ちょうどいいや。聞きたかったことがあるんだ」
「聞きたかったことですか?」
「そう。この素敵な場所を選んだ理由を教えてほしいなってね」
きょとんとした様子を見せたラーシアは、少し悩んだ様子を見せる。
「……特に思い当たらないですね。ああ、でも、同時期に海水浴があるらしいとの事でしたので、森林浴を用意したら楽しんでいただけるかなと、思ったりはしました」
少しお茶目な様子を見せて、ラーシアが笑う。
「あはは、なるほどね」
「私はもうちょっとお散歩をするので……」
そう言って、ぺこりと頭を下げて去っていく。それを少し見送ろうとして、アトリは何となく彼女について行くことにした。
ブランシュは森の中間あたりまで進んだところで、何となく空を見上げた。
静かで、落ち着いていて、恐ろしくも穏やかで優しいその雰囲気は、故郷を思い出させた。
信用できる人は増えてきてはいるが、未だに人への恐怖は拭えない。だから、こうしてのんびりと過ごせる場所というのは、ブランシュも探し求めていた場所だった。
「お誘いして下さったラーシアさんには感謝ですね……もし会えましたら、お礼を言いたいところです」
心地よい森の空気に、鼻歌を歌いながら、動物を見つけてはそれを眺めて心を安らげていく。
「はぅ~、緑がたくさんですね~♪」
森の木々に圧倒されながら、ちらりと下を見て、腰ほどの位置に咲く花を見つけ、しゃがみこむ。小さく、愛らしい綺麗な花。
それに暫し見とれていると、花の奥からひょっこりと野兎が合われる。野兎はじーっとシュテアを見つめ、ぴょんと跳ねながら近づいてきた。
「少し、触ってもいいですか……?」
恐る恐る手を伸ばす。もふっとした、柔らかい頭部を撫で、ふにふにとした耳にも触れる。野兎は嫌がることなくそれを受け入れていた。
それに対して、シュテアは自然と笑みをこぼしていた。
リリルは森に入る前に会ったラーシア、Astrumと共に森を探索していた。
「あれは何て言うお花なのかしら! あっちの可愛い小鳥さんは!? 知らない者に触れるって、こんなにドキドキする物なのですわね!……」
外に出た事のなかったリリルにとって、森の中の毛色素の全てが新鮮だった。現れた小動物におっかなびっくり触ったり、ほぼ絶えることなく目が輝いている。
そんな彼女を見つめながら、散歩に合流している者達はそれが何なのか説明したり、微笑ましげに見つめていた。
「そなたはこの花が好きなの?」
見つけた花の名前を問いかけたAstrumに聞かれて、リリルは頷く。鮮やかな桃色の花は、とても可愛らしい。
「すごく良い匂いがして、ここは雰囲気が素敵ですね」
森の空気をいっぱいに吸い込んだAstrumが言う。同じように深呼吸をした面々が、同意するように頷いた。
紅下は森のかなり奥深いところにまで進んでいた。
もぐもぐと花を喰らうと、その場で呆然と佇んでいた。
少しして、すぅっと口が開き、小さな謡が紡がれていく。
周囲の骨が、森の音と歌声に混ざり、きぃきぃと声をあげていた。
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長くも短い、ほんの一瞬のようにさえ感じられる一日が終わりに近づきつつあった。その最後、参加者たちは各々がギフトで最後の彩りを思い出に添えていた。
何処からともなく現れた花弁が、天へと舞い上がる。それが、本当の最後を告げるギフトだった。
writing:春野紅葉