PandoraPartyProject

特設イベント

『遊楽伯爵』の祭事

●祭りの始まり
 日が暮れ始めた頃。木箱の上に腰を下ろしたシクリッドは呟く。
「ああ体に染み渡るッス……! 祭りはやっぱりコレッスねぇ」
 手にしているのは特盛焼きそばだ。
 祭りの準備、運搬の礼にと頂いたそれはまだ暖かき熱を保っていて。
「でも足りねッす! 屋台巡りと行くッすよ!」
 視線は街に。多くの人々が溢れている――喧噪の最中へと。
「さて、今日は盛大な食事が出来そうだな」
 祭りの話を聞きつけやってきたロイは呟くように。かつての仲間達とどこを巡ろうかと思案しながら。
「いやはや、拙者はここに来たばかりで空腹でござる。何かあるでござろうか?」
「がははははッ! 空牙。とにかく酒を飲まんか酒をッ! たらふく飲めるなんぞ至高の幸せぞ!」
「おぉう。拙者ひとまず肉の方がいいでござるが……」
 ともあれ、皆久しぶりでござるなと空牙は続ける。
 ロイ、ギルバルト、レナ、ライトブリンガー、ダルタニア、パティ――皆元の世界で共に旅をした勇者一行。
「ぶひぃぃん! ぶるるるッ!」
「と。ライトブリンガーに野菜をあげてきますわね。流石に彼も空腹みたいで」
 レナが立ち上がる。後方、馬車馬が立ち止まっている所へと先程買った野菜を手に。
 口元へと運ぶ。ライトブリンガー……仲間の一体にして馬の彼の口へと。
 さすれば彼は。ありがとうレナ、とばかりに顔を摺り寄せて。
「普通の馬だと思っていたんだけどね。ライトブリンガー」
 いつの間に明確なる意思を持ったのか。
 苦笑し、されどまぁよいかとレナは野菜を与え続けて。
「さてはて……ここは流石に騒がしいですね」
「ちゅー でもこういうのは毎日やって欲ちいでち。楽ちいでち」
 ダルタニアとパティ。喧噪を眺めながら、ダルタニアは呟いた。
 パティは買ったお菓子を正にネズミの如く。軽快な音を立てて食べながら。
「多種多様というか。パティ達もまだ目立たない部類ですねこれは」
 ふぅ。と一息。目立たぬのが果たして良い事か悪い事か。
「祭りかぁ人が沢山いるってのはやっぱいいよな!」
 紅信は言う。良きものだ、と。
 彼女には記憶が抜け落ちているが――それでもなお、楽しめそうだと心躍らせ。
「お、これ美味そーじゃん。俺も同席してみていいか?」
「あぁ構わんよ。来たまえ来たまえ」
 そう返答するはバートンだ。彼は丸焼きにされている肉と、酒を片手に飲んでおり。
「代わりに若い者よ。なんでもいいから話でも聞かせてくれんかな。
 年になっても肉は好きであるし――それをつまみに数多の話を聞くのも良くてな」
「あらぁおじさま渋っーい! アタシもお肉と一緒にいーい?」
 と、言うはモモである。ガッツリ行きたい気分の彼女はあらゆる肉を皿に乗せている。
 折角の祭り。豪勢に楽しもうという心算で――ついでにイケメンも見つけられればいいなと――
「ピーマン! ピーマンだけは勘弁してくれ!」
 その時。後方で洸汰が叫んだ。彼も肉を頼んだのだが、それはピーマンの肉詰めであって。
「美味しいのは歓迎だよ! 肉も魚も生でも焼いても!! でもダメだ! その緑色の悪魔だけは!!」
 苦手なのであろうか。それにしてはテンションが高い。祭り自体は楽しめているようで何よりだ。
「うまうまうまうま……うーん食べきれない!」
 買い過ぎた。しかし後悔はないとメリルは両手一杯の食べ物を見ながら思う。
 たこ焼きは熱く。舌も焼けそうだが。
「次はリンゴ飴のお店だ……! レッツゴー!」
 と元気よく真っすぐ進む。すると視界の横には『出張喫茶』なる看板の店があって。
「ルアナはジュースを飲んでいると良い……勝手に歩き回られては迷子になりかねん」
 なっては困る、のでグレイシアはミックスジュースをルアナへと手渡す。
 さすればコップに注がれたソレに目を輝かせた、のも束の間。一口目でルアナは気付く。
「えっ? ……それってひょっとしてルアナは見てるだけ?」
 グレイシアは視線を逸らした。明確な答えを渡す意味はなく――というか接客が入ったので。
「いやだ――!! ルアナもお手伝いす」
 る。という言葉が続く前に、足が石畳の段差に躓く方が早かった。
 激しい音が鳴り響く。
「何をやっているのだ……どうだ。立てるか?」
 手を差し伸べ、起こした――と同時。
「おやおやお嬢さん如何なされた! もしかして満腹で歩くのもお苦しい?」
 彼は黒猫亭 平助。ふぇ? と視線を上に向けたルアナに対して。
「そんな時はこの一杯! アッシの淹れるお茶で一休みしてはどうでニャンす? 緑茶が苦手なら紅茶風も!」
 幸せの一杯をさぁどうぞ――
「……苦い! ジュースの方がいい!」
「あいやそれは残念!」
 わざとらしく頭をはたき、やむなしとばかりに天を仰ぐ。
「わぁ! それってもしかしてお茶!? ねぇ梅昆布茶とかある!?」
 出来れば和菓子とかもあればもっといいなぁ――と声を掛けたのはフェスタ。
「ねぇこれ祭事以外でも買えるの!? まっさか露店でこんなのがあるなんて……!」
 思わずテンションが上がる。まさか発見できるとは思っていなかったが故か。
 そのまま会話は弾んで――さてはて。
 と、視界の片隅。ベンチでは人形が動いていた。
「ふむ。これも美味なり。次はあちらの物を食べてみるかの?」
 傍からは大道芸か? とも見える光景。誰ぞが人形の方が本体と思いつこうか。
 彼女は喜ぶ。食の楽しみを――飢え無き今を。
「くるみ亭バーガーいかがですか! 美味しいですよ! 自慢のパンは如何ですか――!
 熱々なのでそこだけはお気をつけて――!」
 張り上げる声はミミの物。『出張くるみ亭』からは照り焼きの匂いが充満していて。
 忠告を聞かず即座に口に放り込んだ客が悶えている。どうやら盛況の様だ。
「店員さん! ピザ! ピザはこの店ないんッスか!?」
 と、そこへ『美味』なる物として『ピザ』記憶していたマキノがやってくる。
 丸っこい感じで色んな具材が乗ってるんッス――と手ぶり身振りでピザの特徴を説明する、が。
「……うーんごめんなさい。取り扱ってないかな……」
 肩を落とす。あちこち探しているのだが中々に見つからず、さすれば。
「……うん? どうしたのー君。なにか探しているのー?」
 ルルだ。困っていたマキノの様子が視界に入り声をかけてみれば。
「ああ、それなら向こうでさっき見かけたよー案内しようか」
「ホントッスか!! お願いします!! あ、俺マキノって言うッス!」
 軽い自己紹介。喜ばれれば店の手伝いから抜け出した甲斐があったものだとルルは思い。
 解決した様子にミミもほっと一息。さぁ店の宣伝に戻るとしよう。
「ふんふふーん♪」
 鼻歌交じりに蘇芳が展開するのは、クレープ屋だ。
 季節のフルーツを交えた物も。ハムとチーズのクレープ・サレもなんのその。
「きゃは! ボク、甘い物大好きなんだ――! クレープ一つ!」
「ふふっ、はいはい。何をお巻きしましょうかー?」
 そこへ甘味を探していた季楽鈴が訪れる。
 彼は探す。只管に只管に甘味の極致を。飽きは来ない。次の甘味はどこにあろうか。
「はぁ……いいなぁ。あの喰い物うめぇのかなぁ……」
 しかしさてはて。誰も彼もが笑顔ではないようだ。
 イリシアだ。彼女は頼まれ、機材の運搬調整に奔走しており暇がない。
「次は、と綿菓子機材の修理……」
 立ち上がり。自らのローブを踏んづけて。転びて直撃、機材修復。
 帰りてぇ……そう思い。立ち上がる気力すらなかった。
 そして些か種類は違えども。ここにも一人、馴染めぬ者がいる。
 闇夜に佇む真白だ。アレには混じれない。楽しいのかもしれないと思うが。
「……少なくとも、今はまだ」
 己はアレの外にしかいれないだろうと――思案を、天に。
 一方で戦の時間だと思う者がいる。アイヒヘルヒェンだ。
 特異運命座標が混じり、世界の食がこの地に集っているのなら。
「行くぞ遊楽伯爵――食材の貯蔵は十分か?」
 天国と見間違う様なこの一瞬に己が手腕を振るわぬ――理由無しッ!
 炎の様な熱意が舞う。と、その近くを
「様々な料理が味わえて中々楽しい催しだが……少し疲れたな」
 桃まんを一つ、続けるのは芙遥だ。己が店の横に敷かれた簡易な休憩所に座り饅頭を一齧りすれば。
「むっ。桃まんはどうだ? そなたも休んでゆかぬか」
 絶品であるぞ。と興味ありげに視線を向けていた者へと手渡す――

 わたあめを口に運びながらロージーは待ちわびる。
「ちょっとそこの悪党面のあなた! お祭りなのに喧嘩をしないのですの? 作法がなっていません事ね!」
 えぇ? と困惑気味に、リンゴ飴を売っていた店員の手が止まる。
 あぁ――早く成敗がしたい! ロージーは待ちわびる。
「……色々あるな……どれを買おうか……」
 己の知己にどれを買っていこうかと悩んでいるのはラルドだ。
 熱心に眉を潜めて吟味している様は店員が若干恐れているがそれはそれ。
「伯爵領の名物――ってのを聞いてはみたが」
 ギークは訝し気に眺める。
 手に持つ串。グロテスクな……生き物の。一部民の間で大人気とか言ってたが本当か?
「まぁゲテモノも一興か」
 一気に一口――おや。存外いけるようだ。
 しかし祭りとなれば食べ物だけではない。それがメインではあるが、他にも催し物は存在する。
 そう、例えば――

●豪華賞品あるよー!
「輪投げの達人であるボクの実力見せてあげるよ! とぉ!」
 セララがチャレンジしている輪投げ、などであろうか。
 己を達人と自称した彼女は、片手に輪を持ち投げて――外した。
「おや? 達人ではなかったのですか?」
「け、結構難しかったんだよ! なんならやってみてよ!」
 私ですか? と返事を返したのはヘイゼルだ。
「私は主兵装が投擲武器ですよ? ――如何なる理由で外す理由がありましょうか?」
 外した。あれー? という声が聞こえた気もしたが、南無。
「希望の未来へ飛べ! 円月輪――!! あっ」
 右と左。二つの指で回した輪をシエラが放れば、なんと見事な投擲か。後方へと一直線。
 甲高い音を響かせて霧誘の額に激突す。
「わ! ご、ごめん大丈夫だった!?」
「ふふ。ええ、大丈夫ですのよ」
 額を軽く押さえながらも霧誘の顔は笑顔だ。痛みなど実際ほとんどない。
 それよりも楽しい。祭りに出かけるのが初めてな彼女には何もかもが新鮮。
「皆と出かけるって……楽しいですの」
 肩に乗る、彼女のギフトで動く人形も同調するように。
「ほう。輪投げか。ならば私も」
 そぉれとジークは軽く指を振る。飛ぶ輪。それは軽くふら付きながら……
 手元で急に曲がって見事に落着した。
「呵々――なんだ。存外、簡単だの」
「今なんか軌道が変じゃなかった?」
 ハッハッハと笑うジークは答えない。何かしたかもしれないし、していないやも。
「皆、楽しそうですね……しかし油断はなりません」
 こういう場にも悪は潜んでいるのです、とカーラは誓いを立てた……丁度そのタイミングで。
「美の化身たるこの桜小路公麿! 露店を出そうじゃあないか!」
 大きな声が響き渡った。
 周囲の人間の注目が集まったと同時。彼の『露店』が開かれて――
「さぁ……どうだい僕の露店は? 自慢の一品、美体盛さ。
 よぉく見てくれたまえよ、この美しき僕の裸体――待て! 君達何をする!!」
「見つけたでありますよ! 祭りの中に潜む悪をッ!!」
「悪って何さ――!?」
 瞬時。閉店させられた。取り押さえられている。
「ありゃあ凄いな……旅人の世界には、ああいう食い物もマジであるのか?」
 一連の騒ぎをロアンは見据えて。な訳はいくら何でもないかと心中で解決。
 と、すれば視界の端にて……
「おぉなんぞ!? そっちにはまた別の食事があると!?」
 エメリアが物に釣られて怪しげな人影に誘われている。食べ物の好き嫌いが無く、須らく胃の中に吸い込んでいた彼女はまだ満足しておらず。警戒が薄れていた所に声をかけていたようで――
「やぁれやれ。ご苦労なことだ……こんな時に馬鹿なおいたをする輩がいるかね」
 旅人主催の店で購入した見慣れぬ食べ物を喉の奥へ押し込んで、口の端を親指で拭う。
 さすれば立ち上がり、無作法な輩の首根っこを掴み祭りの外へと。
「ん、ゃあ~いい商品だねこれ」
 と。そんな片隅で店主を褒めちぎるのはカムイ。
 ギフトを用い、記憶を手繰って。真に良き商品を探しながら祭りを楽しむ。
「ふむ。これは砂糖が多めですね……しかしどことなく玉葱の甘味に近いような……」
 その背後を、メモを取りながら歩くのは明美だ。
 世界を知るには食から。様々な食物を少量購入し食文化を探る。辛い物だけは視覚情報のみに頼るが。
「どっちが多く掬えるか勝負しよリヴ! 勝負!!」
 負けねーからなと! と言うはマリネ。その隣には幼馴染のオリヴァーがいて。
 手を引き連れ出す祭りの中へと。握る手の強さが、想いの強さでもあるならば。
「――リネ」
 オリヴァーが言う。はぐらかされようと、きっと伝わるから。
「ありがと。お祭り、楽しかった」
「お礼? なんで? 意味わかんないし、まじウケるー」
 掬う金魚。逃げんとせんべく天を舞う――

「キョンシー店長の作る本格派ラーメンは如何ですかー? 食べるともう離れられないぐらい病みつきになりますよ!」
 後可愛いマスコットガール紫乃ちゃんも愛でられます! と、客兼サクラの紫乃を宣伝に姫月は祭りの中を練り歩く。時折ピアニカでチャルメラ音を吹きながら。
「あー、やばいのー。ラーメンやばいのー。お酒の〆としてラーメンぱないのー
 絶品なのー食べれてしまうのー最高なのー紫乃お酒飲めないけど――!」
「サクラ頼んでおいて何だけど、食べ過ぎたら体に悪いアルからほどほどにしとくヨロシ」
 ラーメンを最後の一杯まで飲む紫乃。旨い! もう一杯! とか酒みたいな事言っているが本当に大丈夫なのか。キョンシー風の店長、朱は悩みながらも調理を続け。
「さぁさ皆さん御覧ください我が社自慢の作物を!」
 サクラに負けじとこちらでも客を呼んでいるは曲水だ。
「我が社の作物は副作用もありますが健康になれますよ! なぁにご安心ください!
 ――マイナスよりプラスの方がきっと多いので!!」
 声を張り上げる。隙があれば貴族の目に留まらせようと商売根性逞しく。
「ありゃあ一応屋台の枠組みでいいのかね? うーむツッコミ所に迷うぜ」
 だがまぁいいか! とゴリョウは言う。ギリセーフと判断し。
「まずはなにしろ食ってからじゃなきゃなぁ! 脳が働かねぇや!」
 腹を揺らして露店を巡る。かつての世界とは比較にならぬ多様さに期待をしながら。
「全制覇は基本だよね」
 コハクが言う。屋台は全て巡ってこそだと。
 巡った店には天衣無縫・酒池肉林……様々な四字熟語を進呈。
「これが僕のお祭り道――さぁ次はどこかな」
 数々の店を巡った彼には数多の匂いが付いていた。その匂いが蜜姫の鼻へと届いて。
「おいしそうな匂い……がする」
 釣られるように店へと入っていく。前の世界では体験できなかった感覚だ。
 故に思う。世界は――とても素敵な物で満ち溢れていると。
「これ、レシピを頂くことは? 出来ますか?」
 と、そう尋ねるはヘルモルトだ。食べ歩きと共に気になった物はレシピを問う。
 場合によってはギルドの面々に振舞えるやも、と思考しながら。
「この簪、鳴さんにとってもよく似合うわ」
「そぉ!? えへへ、あっちの髪飾りなんてイーリスさんに似合いそうっ!!」
 祭りの中を二人が歩いている。鳴とイーリスである。
 しかし二人は知己という訳ではない。いやむしろ『つい先程』出会ったばかりだ。
 偶々に街を歩いて。偶々に同じ方向を進んで。偶々に――視線が合って。
「可愛い狐さんね、なんて思っちゃったんだもの」
「ん? どうかしたイーリスさん?」
 いいえなんでも。とイーリスは心の中で呟いて。
 ともあれ。これから更に仲良くなれれば良いなと――どちらともなく思考は巡る。

 その時。どこかで動物の鳴き声が聞こえた。
 皆の視線に映るのは。石畳を走る――看板に非常に雑に括りつけられた――
 鶏。
 もとい、トリーネである。この鬼! 猫でなし――!! という罵詈雑言を叫びながら。
「宣伝に目立つからって酷いわ! ていうか焼き鳥って何!? 私何も聞いてないわよ!?」
「ああ――ビックリしただろ?」
「そういう事じゃな――いッ!!」
 抵抗する度に羽毛が舞う……インパクトはバッチリだぜ!
 ランディスは目を光らせ、看板を振り回し声を張り上げれば。
「ちょー旨いッ神鶏の焼鳥屋っ! この鶏様が目に入らぬかー! 店はすぐそこッ――!」
 丁度近かったので親指で指し示す。そこでは二人、調理をしている者が既にいて。
「わぁ……トリーネさんが体張った宣伝するってこういう事だったんだ……!」
「宣伝組は中々楽しそうだな。こっちは任せて欲しい……本格地鶏炭火焼き。絶品を御覧にいれよう」
 二人とも助けてー! という鶏声は遠くへ響いていく。
 凄い宣伝になりそうだ。と、緋呂斗並びにメートヒェンは、去り行く看板と絶好調気味に親指を立てていくランディスに手を振る。
「負けてはいられないな、こちらもちゃんと仕事をしなくては」
「うん。そうだね!」
 緋呂斗は焼き鳥を具にしたおにぎりを。例え綺麗に握れずとも、込める思いは誰にも劣らぬ。
 全ては食べてくれる人の事を想って――
「いやはや賑やかで活気があっていいですわね――あぁ故郷を思い出します」
 アイナの故郷は海洋王国。居住していた時の事をふと思い出し。
「やぁそこの方。どうかな時間があるなら飲んでいってみないかい?」
「はて、それは一体……」
 そんなアイナを呼び止めたのはアルバートだ。
 彼の店は様々なドリンクを用意したサーバー。フルーツや柑橘。酒も見える。
「どれも冷やしておいたからね。美味しいよ――お代はちょっと頂くけどね」
 さぁ如何かな。と言葉を続けて。
「ふむ。運命得意座標の方々の出店も、多いですね」
 そんな様子を見ていれば、アルティアは気づく。領民だけの出店ばかりではないと。
 すれ違う者達も実に多様で……縁の様なハーモニアも多い。
「ああ。いいな。こういう空間は、好きだなぁ」
 幽かに揺れて練り歩く。誰ぞの隣に縁はいるのか。誰ぞの後ろに縁はいるのか。
 紛れるが容易きこの一時は至福だ。幽かに笑って、食べ歩きを続けていく。
「エリちゃんセリカちゃんお待たせ! お祭りいこっか!」
 元気のいい声が響き渡る。ユーリエの視線の先にはエリザベートとセリカの二人がいて。
 巡る、祭りの中を三人で。やがてジェラート屋が目に入り。
「大体知ってる料理があるって何故……あっ。トリプルベリーで」
「私はオレンジ味――!」
 お一つくださいな、とオレンジ味をセリカは受け取り、一口。
「んーっ! ひえひえあまあまで……逆にこっちが溶けちゃいそうッ」
「美味しいね~……あの。セリカちゃん」
 苺味を楽しんでいたユーリエの視線の意味をセリカは察する。
 勿論! とばかりに己のオレンジを手渡し。そうして恐る恐る舐める様はセリカの鼓動をどこか早めて。
「あら、頬についていますよ? 舐めてあげます」
 瞬時。エリザベートの舌が頬を一舐め。そのまま首筋の血を――と思いもするが。さてはて。

「綿菓子を花みたいに形成して売るんだ。そうだな……店名は……」
 大輪の華。コットンキャンディー・ボックス、なんてどうだろうかと。
 言ったのはリチャードだ。ああこれは良い。ギャンブルの軍資金がまた――
「しっかり客を呼んできてくれよ? 聞いているか?」
 晴明、と声を掛ける。また碌でも無い事を考えているなと勘付けば。
「あいよ任せな! さぁさ祭りをご観覧の皆様。夏の思い出に、甘くとろける一輪はいかが?」
 爽やかに。晴明は接客を心がけて。
「へぇ? これは珍しい。形にも拘った綿菓子とは」
 そんな接客にマルベートは足を止める。
 イレギュラーズの屋台を中心に巡ろうと思っていたがこんな店もあるとは。
「さてしかし舌は満足するかな? 一つ、頂こう」
 人混みは好きではないが。偶には良いと――思考は巡る。
「ふむ、祭りか! 私の世界でも祭り自体はあったがやはり異世界だな!」
 未知なる物が多い! と驟雨が積極的に食らうは珍味系だ。
 ノクトバーン傭兵団。彼らが足を止めたのは串物の店で。
「これもまた一種の知識と言うべきか。学ぶべき事は舌からもあるようだ」
 舌の中で蕩け感じる『味』。その味を推理し、素材を逆算による解析を試みるはシグだ。
 彼にとっては祭りすら知識収集に格好の場であった。思考の奔流は止まらない。
「おぉリウハ嬢。どうだ? 楽しめているのか?」
「――うん、団長」
 と、驟雨がリウハへと声を。彼女は無表情である事が多い。
 故に祭りを楽しめているか些かの不安はあったのだが――
「美味、しい」
 緩む頬を横顔から見て。杞憂であったと思う。
「驟雨ちゃん、リウハちゃん、シグちゃん、いこういこう! 祭りはまだまだこれからよ!」
「待てもう少し。店主の動きを解析してな……」
 言うシグを。皆を。梔子は手を引いて祭りの真っただ中へと。
「ンフフ、皆で楽しくこれからも過ごしましょ――ネ!」
 振り向き笑顔で。楽しき楽しき未来を見据える。

 指鳴りが響いた。
 瞬間。祭りの一角にて突如――寿司のセットが顕現する。大草のギフトである。
「宇宙寿司はいかがですか? そこのお嬢――いや、少年君?」
「前者で正しいですよ。しかし魚を生で……!?」
 ラナティアは目を丸くする。彼女は生の魚を食したことなく、故に戸惑い。
 しかし勇気を振り絞って一つ。口の中に放り込んでみれば。
「……美味しい! これはどういう調理を……!」
「でしょう? そちらの仲よさそうなお二人も、ここで食べなきゃ後悔しますよ!」
 と、続け様に声を掛けたのは幼馴染で祭りを巡っていた、ひかるとひかりの二人だ。
「なら、玉子の物を……お魚さんはちょっと苦手なので」
「ならあたしはこっちのマグロの方を!」
 あいよ! と慣れた手つきで用意すれば再びそちらも笑顔が広がる。
 その光景はわさびよりも目に沁みるモノである。
 あぁ。目に沁みる――となれば奈那子もそうであった。
 祭り。その単語に惹かれて訪れた奈那子が出会ったのは、たこ焼き屋。
「わぁ……懐かしい……」
 よもや出会うことが出来ようとは。幼き頃を思い出し、目尻が熱く。
 ぐっと堪えて『大人』なる味を噛み締める。

「フツーに食い物出すんじゃ芸がねぇからな!」
 マグナだ。彼の出している露店には『海の幸たっぷり☆ペスカトーレ』『ハバネロたっぷり★激辛大盛ペスカトーレ(完食無料!)』と言ったメニューが並んでおり。
「どーせならこーゆうのが面白いだろ? 誰か挑戦しないか!?」
「――辛さがあると言ったかな」
 その時マグナに声を掛けた者がいる。ブラックボックスだ。
「頂こう。赤さはパンドラの根源に繋がる……」
 赤は辛く、辛みは味が強く、味が強いのは力であり、力はパンドラである。
 これすなわち完璧な理論。とばかりに激辛ペスカトーレを空洞に流し込んでいき――
 炎を吐いた。
「流石は伯爵様の催しだ。何処を見ても盛況だな――炎を吐く箱もあるとは」
 目を閉じたまま、しかし周囲の気配は感じながらメニアは歩く。
 すると己の鼻に香ばしい匂いが届く。肉か。頼んでみようと振り向いた、瞬間。
「あっ、ごめんなさーいッ! 服、汚しちゃった……」
「何、私の服も味わってみたかったのだろう」
 クルシェンヌと激突してしまう。厳密には彼女の持っていた肉の汁と、だ。
 軽く拭いていれば彼女らの頭上を、大きな手が横切って。
「……コレ、一つくれ……せっかくの、機会……」
 ウォリアだ。ふと、下から視線を感じた彼は肉を取る手を止め。
「うわー大きな人? かな? おっきいね」
「……ン? オマエ、たち、もコレ、欲しいのか?」
 ひょ、っとし、て。とばかりに言葉を紡ぐ。
 メニア。クルシェンヌ。ウォリア。この邂逅が――三人にとって初の出会いであった。

「――あ、すまない。そこのトング貸してくれ」
「む、創殿、その身体で料理は問題なく……取れるのだな」
「いやぁ器用ですねぇ。私なんてこう、お箸は特に苦手で……」
 創とフィアナとエリシル。工房のメンバー三人で祭りを巡っていた。
 箸が苦手と言うはエリシル。代わりにとフォークを突き刺せばそのまま口の中へと。
「ほらほら、エリシルさんももっとたべまふぉふぉぉ」
「……その。お気持ちは有り難いが、先に飲みこんでからだな」
 ハッお行儀が悪かった! と後悔するも既に遅し。ひとまず口の中の物を飲み込もうと。
 した、その時。
 領民の誰かが声を発した。

 ――伯爵様だ、と。

●『遊楽伯爵』
 盛況だ。盛況だと。祭りを視察しながら『遊楽伯爵』はそう思う。
 以前の時よりも人が多いように感じるのは『彼ら』の存在だろうか。
 特異運命座標。彼らの大規模召喚。
「伯爵様」
 思考をしていれば――創だ。
「領内に僕の工房を置かせていてくれて……どうもありがとうございます」
「礼には及びません。貴方の工房……またお邪魔させていただきます」
 その挨拶を皮切りに次々と訪れる。伯爵様、今宵は――と。挨拶の波が。
「――とっ?」
 その時、軽い衝突がガブリエルへと。ショコラだ。彼女が抱き着いていて。
「楽しいの有難う! 私ね! ガレットの作り方を教えてもらったんだ!」
 大好きな人達のお土産に! と彼女は笑顔一杯に。
「そうですか……何よりです。是非お友達へ振舞ってあげてくださいね」
 と、続いて近付いてきたのは感情の見えぬ微笑みを携えた――みつるだ。
 彼女もまた言葉を掛ける。幻想の情勢。それら全てを口に含めた上で。
「伯爵様? ふふふ『これから』愉しくなりそうですね?」
 どうとも解釈できる、言葉を伯爵へ。さすれば困った様な笑みを浮かべて。
「……意地の悪い、お方だ」
「あらあら何のことでしょう?」
 どうとも答えない。さすれば。
『言葉の出ない宿主に代わりに失礼致します』
 ふと、後ろから少女――否。少女と共にある別の何か。カウダから声を掛けられた。
『素晴らしい催しと出会いに感謝を。また訪れたくなる一夜でした』
 それだけ伝えてカウダは往く。少女と共に会話を交えながら、祭りの中へと。 
「卿、珍本、何処在也? 喰欲也」
「……むっ? 本、ですか? ならばこの先に古本屋ならありますが」
 感謝、と伝えて蟲は往く。
 ――この後その古本屋から何冊か本が消えて店主が騒ぐのだが、理由は深くは語るまい。
「伯爵、良いだろうか。味噌を食べた事は、あるかな?」
 リュスラスが振るわんとしているのは味噌だ。
 腕力で精米し麹に変えた手抜き無しのソレはまごう事なき絶品で。
「出来うるなら茶と共に。それが最上の組み合わせなれば」
「これは、感謝を。頂きます」
 今は視察の途中故、後程にはなるだろうが……と、していれば次はオフェリアが語り掛けて。
「ガブリエル様は美食家だとお伺いしましたが――今宵の祭り。お勧めはございますか?」
 その言。目的としてはガブリエルの人物を探る事だ。
 今はまだでも、今後仕事を受ける事があるやもしれない為に。
「難しい所ですね。今回は『色々な方』が増えておりますから」
 答えはまだ見いだせず、と。すればヘンゼルが。
「ではガブリエル様の舌を唸らせる様な物も、まだ?」
「残念ながら。まだ何も口にしていないので……これより、と思ってはいるのですが」
「そうですか……」
 では、私のギフトで――と思いはするが。なんとなく躊躇もする。礼を失せぬかと。
 その時だ。一歩前に進んだのは雪之丞。

 祭りは良いモノだ。食べど食べど底を着かぬ美味の数々。
 催しを開いてくれたガブリエルには感謝を伝えたいと思っていた――故に、
「今は一時」
 この時間を。
「一緒に楽しんでは、頂けませんか?」
 雪之丞が手を差し出す。これは、純粋な好意だろう。本来ならば有難く――と言いたいが。
「……いえ」
 己は『遊楽伯爵』であり今宵の催しの主催側。楽しませる側であると、雪之丞の手はそっと断り。
 代わりに高らかに、宣言する。
 どうぞ皆様。
「我が領の祭事を――お楽しみください」
 ごゆるりと。

 夏の夜に。花火が、上がった。


writing:茶零四

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