PandoraPartyProject

特設イベント

空中庭園パートⅡ

●XXX In WonderLandⅠ
 レム=マッドが一歩踏み出した先は、見知らぬ土地だった。
 それは当然の事だった。生まれてこの方、彼女の世界は常に閉じ切っていた。
 外界を知らず、認識せず。人混みも、荘厳な神殿の風景も知らない。
「ああ……」
 故に、彼女は「見たままの世界を世界とはこういう有り様なのか」と錯覚する。

 ――私は何だろう?
 思えば自分が何なのか。どうしてここにいるのか。よくわからない。
 只々気になるのは、回りにいるどこぞの誰かが、とても楽しそうだということ。

 ……自意識とは自己への主観的認識の集合体でもある。
 そういう意味では事ここに到るまで――ミルクのそれは希薄だったと言える。乳白色のスライムに宿った周囲への確かな憧れは、それを変え得る第一歩だったと言えるのかも知れない。
 ……実際の所『楽しそう』なのかどうかは意見が分かれる部分もあると思うけど。
「長年使われたものには魂が宿る、日本には確かそういった思想があったわね」
 だから都子は恐らくは本来『物』である筈の自身が自意識を、それ以上の自由を得たのは時間と、自身を大切に伝え続けた誰かのお陰なのだろうと結論付けた。この場所が彼女の『住む』劇場で無い事は問うまでもない愚問で、同時に彼女の存在がこれまでと別のものに変わっているのは余りにも明白過ぎた。

 ……つまる所、繰り返しにはなる。
 一部は理解を進めていたり、別の一部は全く不明のままだったりするが。
 話は要約すれば以下である――

「ここはどこだああああああ!!!」
「って言うか、なんじゃこりゃ――――ッ!?」
 ――今回に限ってばかりは、今更とか言うなかれ。今まさに待ち受けた冒険者相手にぶっちゃけ物騒事とかあんま好きじゃないから非暴力・平和的提案をしようとしていたホロウと、一般的女子大生・月見ヶ原 積希が渾身の力で振り絞ったその大声は、全く不明瞭で、全く何の情報性も持ち合わせず、非建設的で意味の無い全力ではあったが、どちらも彼等が突然に放り込まれた今回の数奇な運命をこの上なく完璧に表す一声なのだった。
 えれぇ目立ったホロウの叫びに切迫の願いを感じたのか、願望機たるアルビノの少女――即ちDesireが意識を向ける。
「……まーた、随分面白いことになったわねぇ」
 愛用の煙管が手元に残っている事に安堵して――胡蝶は溜息代わりの紫煙を吐き出した。
「はて、事情は未だ掴みかねますが、どうやら僕達は選ばれし者、みたいですよ」
「ココ? どこカナー? カナ? お山? お空?」
 持ち前の好奇心の賜物か、魔王より余程落ち着いたメドがそう言い、彼等に興味を持ったのか近寄ってきたミミは独特な調子でケラケラと笑い出した。
「場所ヲ 特定シマス! 場所ヲ 特定シマス!
 混沌の――高い、高い、空の上! 空の上! ココはつまり空中庭園!」
「ちょ、ちょ、ちょ……」
 余り深くない深呼吸を繰り返し、努めて冷静に、努めて落ち着こうと努力する積希の見回した周囲には彼等を含めて沢山の『他人』が居る。彼女の認識が殊更に『他人』なる単語を強く意識するのは、その『他人様』の有様が彼女の常識の中でノータイムに『人』に分類されるものでなかった事に起因する。
「んー……ナーちゃん、確かすごく熱かったはずなんだけど……」
 筋骨隆々で古傷まみれ、荒々しい長髪に蛇のような眼、裂けた口――そんなビジュアルからは信じられない位にのんびりと可愛らしい口調のナーガも、
「……何故この変な剣から離れると途中から動けなくなるのかしら?」
『ヒヒヒ、変な剣とは言ってくれるじゃねぇか』
「け、剣が喋ったぁ!?」
 ふとしたキッカケで『剣』と共生する羽目に陥った結も、
「此処は……否。驚きは不要。我が精神の奥底は変動せず、神『恐怖』を造り続けるのみ。如何なる空間で在れ、我は信仰を貫くのだ。試練。芸術性を高める為の糧と成す。総ては『制作』への未知導!  愉快に往く!」
 人型に非ぬ痩身巨躯の影といういでたちに似合わず饒舌極まるオラボナも、
「……、……、………」
 濡れた全身鎧をギチギチと鳴らして周囲の視線を避けるようにしたオラトリオも、『自身の四肢の動きを確認する等身大人形』のスギも、
「んー、驚きですよ。あのガチガチの封印が解けるなんて。誰の力なのですよ?」
 自身にしか見えない『何か』にも視線をやり、愉快気に言う† †も。
「管制機からの通信途絶……
 再接続実行、エラー。座標特定不能。
 周辺の観測結果から当該機は87・6%の確率で強制転移を受けたものと推測……
 結論、当該機は、あれ、私生きてる……? 状態だと断定」
 周囲に「もし、そこの方。この状況に何かご存知ですか? はい、かイエスで応えて頂けると本機は大いに助かります」と水を向ける発言も見た目も如何にもロボなDexM001型 7810番機 SpiegelⅡも然り、
「座標不明。現在地不明。当躯体のコンディションは良好。
 此処が何処だかさっぱりわかりません。しかしながら、此処には悪の気配がします」
 躯体型式番号SMG-1984。『スーパーマイティガール』こと龍胆カーラも然り、
「なんだよ、これ……
 オイラはあいつと戦ってたはずなのに、どういうこと……
 通信不能、出力低下、おまけに擬態機能まで使えなくなってるし……」
 人型サイボーグといった趣の外見であるチャロロも然り、
「なんじゃ此処は! 月齢儀式級の時空魔術か!?」
 歳寒松柏 マスターデコイもそうだった。雰囲気だったりビジュアルだったりディティールだったりその全てだったり、色々な部分が常軌を逸しまくっている。
 彼に到ってはロボや人造人間すら飛び越えて『絵師に頼むのは忍びない』とまで自認する程の――漫画的表現で言う所の棒人間なのだから別格だ。
「……ここは、エイド星ではない。空の星も既存と違う。まるで――」
 言葉の半分「異世界のようだ」を飲み込んだジュネッサは地球人類からする所の、所謂一つの(医療に長けた善良な)宇宙人のようなもの。
 それに普通の日本人っぽくても油断は出来ない。
「いやぁ、ここに来る前は着替えの途中でしてね。
大丈夫、ちゃんとモザイクが掛かってるのでKENZENですぜ!」
 世界に与えられたギフト――モザイクのテクスチャをややこしい辺りに張り付けた全裸の修一郎も然り、
(僕は確かにあの洞窟に入った筈なのに……周りに怖がられたりしないかな?)
 身長は二メートルを数え、精悍な鬼を連想する外見からは想像がつかぬ程穏やかな気質を持ち、人口密度に戸惑う緋呂斗も然り、
「く、く、く……くははははははは! よくぞ、我を呼び出した!
 我が名はシャーロット! シャーロット・アーロイレ・ベルベリィ!
 万事万物の理の上に君臨せし、偉大なる魔王にして災厄の一よ!」
 自称スゲー魔王様であるシャーロットも然り、
「目が覚めたらそこは雪国でもなんでもないではないか! どこだここは! 魔王城でもないぞ!」
「……落ち着け、落ち着けって。とにかく、泣くな、グズるな、魔王だろ。
 ……ったく、この分じゃ報酬は当分貰えねぇな……」
 涙目で狼狽する元魔王様のルキウスも然り、よりにもよってそんな彼に泣きつかれてしまった『まさに現役魔王討伐帰りである』アランも然り、
「自己紹介が遅れた、私は驟雨。よろしくたの――」
「貴様――吸血鬼かッ!?」
「――――! 何をする! ……っ!?」
 平和な挨拶から、期せずして物騒な出会いをする事になった驟雨と夢駆遺も然り。
「……此処は…」
 魔王や勇者が居るなら、天使が居てもおかしくないという事か――胸元に十字の輝きを宿したティア然り……
「こけこっこー!!!」
 周りが騒がしくても、事態が不明であっても、取り敢えず日差しが朝となればする事は一つ、とこの上無く自己主張激しい一声で鳴いておく鶏(しんちょう)のトリーネ然り!
 ぶっちゃけこんだけ紹介しても一部としか言いようがない、そんな現場はまさに阿鼻叫喚。超人・奇人・奇物に神聖、邪悪に神秘でオーパーツの見本市であった。
「人型は勿論の事……人外、異形……多様なる系統、色が渦巻き、全く目が眩みそうだ」
 零したクルフェナの言葉は多くの人間(そんざい)の代弁になった事だろう。
 然りに然りに然りに然りである所の然り、兎に角数が一杯何だよ、幾つ重ねるんだコレなわやくちゃでべらんめえな程のごった煮である。言われんでも分かっておりますが、もうこの状況を何とかするには手持ちのスペルブック『然り』を総動員するしかないと判断して現状に到る訳でこれでも何とか楔を打ちまくってうんたらかんたら以下省略!
 ……確かに彼等を地球人類及びそれに類する価値観の持ち主が、一目で疑いなく「さあ、他人様です」と称するのは難易度が高すぎると言えるだろう。間違いなく。
「はぅ……ありがとう、なの」
「大丈夫だ。体力不足でも問題ない、いざとなればこうすれば運べる」
 台詞を聞くだけならば男女の気の利いたやり取りにも聞こえる蜜姫とシグのやり取りも、シグの姿が剣から長身の青年に変わっているのだから異変である。
「あっ……」
「む……?」
「病気なの? 大丈夫……なの?」
「ああ、これは老化でな。自然劣化故に治らないぞ?」
 一目見て分かる骸骨体のジークも、今度は持ち前の能力(ギフト)助けようとする側に回った蜜姫とのやり取りがどうにもこうにも聞き慣れない。
(こんな状況では下手に動けん。まずは状況を知りたいが……さて……)
 全身黒ずくめに黒いペストマスク――鴉のように、ビジュアルは(そこそこ)大人しいが返り血(オプション)でぐっと存在感を強めているテクニカルな者も居る。
「……」
 油断無く周りをねめつけ『見知った敵』が潜んでいないかに注視する式部(もの)も居る。
「確か私、変なクリオネみたいな生き物に……ってあいつどこ行った!?
 えーっと、落ち着け私。一個ずつ思い出していこう。
 私はシルク、夜中に家の庭に降ってきた変な生き物を捕まえてそれで……
 何だっけ魔法少女がどうとか……んー、何だか良くわからない!」
 本人の至極雑な述懐で大体ここに到るストーリーは分かった気もするが、素数でも数えた方が良さそうな魔法少女(シルク)も居れば、
「クロノメーター組織は十三人もいて……ここに居るのは俺と、煩いテメェかよアイン!」
「まあまあ! 選ばれたのは喜ばしいことです!
 なんてったって僕がこんな世界を揺るがしかねないものも、記録することができるんですから!」
 周囲の人間は一人で現れた者が多かったが、中には毒づいたノインと、赤い目を糸のように細めてニコニコと笑ってみせたアインのように強い関わりがある者も居た。
 もう一度舌打ちをしたノインを精々が少年の容貌であるアインは息子と称している。
「ここどこ!? なにこれ? こわいよー!!!」
「……不安なのはわかるが、泣くでない」
「う、うっ、うぅ……」
「……吾輩の事を、覚えているか?」
「おじさま、さっき…いっしょにいた、ひと? ルアナは……」
「……良い。今は、吾輩と居れば問題ない」
 やり取りを見るだけでは全くもって分かる筈も無いのだが、泣きじゃくる幼い少女――ルアナと、安心させるように小さな頭に手を置いたモノクルの渋い『おじさま』ことグレイシアは、その実、同郷より現れ、いつかの決戦を宿命付けられた勇者と魔王だったりする。
「ここはどこ?」
「そのお姿、狼神様!?」
「私は世界樹の9番目の女神、フレイア・ノイン。
 あなたは信者の子? こんなとこでふらふらしてたら兄様と姉様に怒られるわ」
「はい、アーミエル・リィタ、此処に……!」
「ねえ、ところでお腹がペコってしてるの。限界……」
「お食事ですねお待ちくださああああ神様!!?」
 召喚された者同士、勘違いが綺麗に噛み合ってしまったのはフレイアとアーミエル。
「リンネ……、どうしよ……?」
「大丈夫だよー、どうせやることはいつも通りじゃない!」
 ルアナとグレイシアのように同郷から転移したのはへたり込んだリインと、それを励ますリンネの二人も同じ。こちらは元の世界のシステムの一環ともされる『死神』だ。
(私がしっかりしないと……私まで不安そうなのを見せたら、リインはきっと……)
 そんなリンネは上目遣いで自身を見つめたリインにもう一度「大丈夫」と。努めて優しく微笑んでいる。
 魔王が居て、勇者が居て、神様に信徒、死神が居て、それでいて。
「――ねえ、キミ。その躯って死後幾つ経ってる?」
「いくつだっけ……数えたことなかった!
 ……ちょっと待って、それを聞くって事は!」
「おそろい。一目見て判ったよ、“おんなじ”だって――」
 偶然の出会いに意気投合する呪とヨミ、リビングデッドの二人が居て、
「全く、時と場合、状況位は考えて欲しいものであるな――」
「……いや、服を渡されても、その、わたい着方を知らないのじゃが。
 一度も服とやらを着た事が無いんじゃよ。ぶっちゃけ、こうして動いて会話するのも初めてじゃし……だってわたい樹じゃもん」
 趣味の溶岩風呂の真っ最中に呼び出され顰め面を隠せないガーグムドと、裸のねえちゃん……じゃなく悠久を生きる世界樹が居る。
 まぁ、ガーグムドの場合、服を着ていない事に憮然としているというよりは、身体のサイズが大幅に縮み、明らかな程の弱体化を理解しているが故の反応といった方が正しいのだが。
「もう……寝かせてくれても、良いじゃないか」
 自分がここに――生きて在る事に絶望する者が居る。
 潰れた筈の心臓に穏やかな炎を灯して、世界の美しさに涙したミリィが居る。
「……んー……」
 いつも通りに家を出てあくびをした→目を開けた時にはここに居た二グラが居たり、本物の猫耳をぴこぴこと動かす猫少女のカーライルが居たりする。
「……余りにも迂闊な失態ですね。
 星が違うのか? 地脈が把握できない、いや在るには在る以上は……しかし……」
 年齢性別不詳の軍服ゴスロリ――エリアが『それっぽい事』を呟いているのも当然ながらポイントが高い。こういった場合のお約束の一つで、技術点は十分といった所。
「あ、蘭! 蘭も一緒だったのですね良かった!
 ここはどこでいったい何があったのでしょう? 私達どこにいたんでしたっけ……?」
「良かった、姉さんも。
 でも、何かの影響を受けているのかも、私にも分からないわ……
 神託なら何かわかるかしら? 『この世界について』では、断片的すぎるわね……」
 混乱の中に見知った顔、それも頼りになる妹を見つけた狐巫女姉こと鈴だったが、妹の蘭も今回に限っては難しい顔をしたままだ。特に鈴は己が神の託宣を聞く事が出来る霊験あらたかな存在ではあるが、この場所で与えられた能力(ギフト)は断片的で、現在の情報から知り得る精度はインターネットでPPPを検索するが如しである。
 試して頂ければ分かるが、頭の方にはパブリック・プライベート・パートナーシップとか、かわいいどうぶつさんのあれこれとかしか出てこない。←自虐
 状況は混沌、周囲は混沌、不明、不明、大いに不明。
 されど、その有様はまるで全く何処かで見たような展開とも言える。
 厳密に言えば決して見る事は無いのだが、良く見ている。有り得ない事象は、現代(日本)のサブカルにとっての隣人である。人間の想像力は大いなる昔より、その翼を羽ばたかせ続けていたし、昨今はニトロエンジンでも搭載したかのようにカッ飛んでいるのだからさもありなん。当然過ぎる程に当然である。
『ちょっと、ここ何!? 遺跡……って、身体動かないし!?』
 頭の中で声がする――
『ちょっと! どういう事よ! 答えなさい、誰か!』
「……なに、この状況……」
 頭の中で抗議されても、ミハルは何が何だか分からない。
「ぶぇえぇええ゛え゛え゛……きーくぅん、なんでぇ、なんれわたしのこと……
 あんなたくさんつくしたのにぃ、ひどいよぉぉぉ……」
 え、ええと……
「しょーかぁん? ナニわけのわかんらいこといってれらるろ……あっヤバっ……
 う゛お゛っ、え゛え゛ぇぇええ゛っ! ……っ、っ……ゔぇ……っ!」
 画像処理的意味で考える虹のアーチが普段は頼れるお姉さん――村山 薫に描かれた。
 ……嗚呼。如何に無意味と分かっていても状況整理の楔は打たねばなるまい。
 何度でも、何度でも――
「ふぁあ……まあいいや、寝よ......」
 ――斑鳩が寝ても醒めても、何度でも、何度でも!
「次回! 日本軍人小早川大尉! 俺が一番混沌! この次も任せてもらおうか!」
 うーん、この闇鍋よ。

●XXX In WonderLandⅡ
 さて、天国では無いようだった。
 どうも夢でも無いらしい。
 次に来るのは何だ。所謂一つの現実か。きっと現実なのだろう、この世界は――

 ――そう、この世界に、我は求められたのか?
 全ては、星と風の廻るままに___紡がれる、物語の始まり、か……
 願わくば、我が名に恥じぬ大いなる戦いを…求めるは、強者との命を掛けた大勝負!

「見知らぬお人であるな!」
「意味が無いさと言われながらも、それでもやるのよー♪」
 雰囲気だけは十分なウォリアのモノローグを、観光気分全開で周りにフレンドリーさを散布するマルゴットと、健太郎の調子っ外れな歌が見事にぶっ壊す。気分良く歌いながら新型ロケット『デュノワ』をトンカンしていた彼はその状況のまま召喚された格好だ。
「ついでにここは何処なのさー♪」
 ついでにもう一節位即興しておく。
「ええと……状況が混迷極まりますね……泣き止んでいただけるとありがたいのですが」
「んにゃ!? ……え、え……あ、はい……ごめんなさい?」
 鍛錬をしていたら、見ず知らずの場所に出た――質実剛健に正拳突きを繰り返していたオリヴィアの拳の先には、丁度ヴァイスの顔があった。
 ……本来ならば、尚更号泣案件にもなろう所だが、既に泣いていたヴァイスにとっては逆に驚きで涙が引っ込んだような所があった。
「なあお前ら! ここが何か皆知らねェんだろ!?
 じゃあよ、一緒にこの世界を知りにいこうぜ! 誰でも来いよ!
 俺は納だ、納・正純! お前らの名前、教えてくれよ!」
 屈託無く、同時に力強い――正純の声に人心地ついた者は多かっただろう。
 オリヴィアはどう見ても心細そうにするヴァイスを保護してくれそうな彼に注意を向けたし、
「ふん! おめえみたいなデカ人間言われなくても! ウィンは頭脳明晰ですから!
 丁度、人と行動した方が効率が良いって思った所です!」
「どしたんだ……どこだろな、ここ。俺も知らんぞ! ま、俺はカイトだ。宜しくな!」
 三十センチ程の妖精めいた姿から、子供位の背格好に姿を変えたウィンチェスターや、海の上を飛んでいた筈のカイトは空から地面に舞い降りてその呼びかけに応じていた。
「もし? ここの方でしょうか? 綺麗な羽! その飾りは? まあっ……」
 そこへ飛行種に並々ならぬ興味を持つ瑠璃篭が注意を向ける。
「まずは、現状の整理から、か」
 周囲の喧騒を他所に手にした手帳をぱたんと閉じて正は呟く。
 そう、整理は重要だ。人は叡智のみによって生き残る。今までも、これからも。
 あー、テステス。只今マイクのテスト中!
 ……と、言う訳で……
 世界とか以前にこのリプレイが混沌なのは言うに及ばぬが、繰り返す。

 美少女おりゅ。
 歴戦のおっさんみたいなのおりゅ。
 モンスターおりゅ。
 ロボおりゅ。
 良く分かんないのいっぱいおりゅ。

「これは凄いなあ…この手触り、匂い、音、もの凄くリアルだよ。
 技術の進歩を感じるね――さあ、ゲームの始まりさ」
『現状を体験型ゲームだと信じ込んでいる』カインはこの後、驚く事になるだろう。
 混沌のスープを注げ、魔女の大釜は開かれた。
 全ては世界を内包した不可逆の運命は彼等がここにある事を望んだのだ。
 そうなれば当然の事、所謂一つの二次元的展開に憧れを禁じ得ない積希としては――
「――るあああああ! ここは理想郷か何かですか、そうですか!?」
 ……異常な程に早々と状況を理解し、溢れ出る鼻血を止める術を持たなかった。
(これ、最近はやりの異世界召喚……よね? どこからどう見てもそういう……
 数年前に結婚し、平穏な生活をしていたけど、心のどこかで刺激を求めていたのかな?)
 自身は確か妊娠していた筈なのだが――兆候の全く無い自身の腹部に手を当てたアリカは現実感の無い光景にぼんやりとそう思った。
 そう、この事態に名前を付けるならば『異世界転移』――それが相応しいだろう。
(……この状況には覚えがある……強制集団異世界転移……)
 ここでは無い場所、今でない別の時――実を言えば今回は彼女の思うより一層特別なものだが――確かに鼎には覚えのある出来事だった。
「『また』か……」

 たかが、異世界転移。
 されど、異世界転移。
 なかなかどうして、異世界転移。
 ついでに言えば、異世界でなくても転移は転移なのである。

「……日本には無い景色、見た事の無い外見の人達……」
「んで、結局! 一体全体しっちゃかめっちゃかなんなのよ。
 この、ラノベの設定鍋に詰め込んで煮込んだみたいな状況は!
 あっちでは何かツークールアニメの一話みたいなパーティが結成されつつあるし!」
 ルキフェールの派手なツッコミは志津音の連想とほぼ全く一緒のものだった。
 ……もっとも、思わずツッコミを入れたルキフェールが『300年の眠りから目覚めた時代遅れのツンデレ魔王が世界とヒロインの覇権を取り戻す』なるネット小説の主人公(が何か良く分からんが実体化したもの)なのだから、もう笑い話にもならない所である。
「なんで幼女になってるんだ!! いや、確かについさっきまでオレは友人と話していた!
 お前が幼女だったらとか友人に言われた!
 だからって幼女になって異世界転移とかどんなラノベだよ!!」
 ……ルキフェールといい、茜の説明的な台詞(あらすじ)といい。それ自体がもう、ラノベか二次元の采配っていうものだろう?
「ま、どうせ元の世界でやることもなかったし、別にイイけど。
 アタシみたいな創作物はいつか忘れ去られるのが運命だしね。
 ……ひょっとすると、もう皆に忘れられたから、こんな所に喚ばれたのかな……」
 寂しげに呟く彼女は、成る程――創作物らしいヒロインの魅力を備えている。
「……な、何よ」
 いえ、別に? 彼女の外伝は忘れじの君へのソリューション。
 閑話休題。
「しかし、困りましたね」
「現実問題として」とルル家が呟く。
 意外にも彼女の中では『異世界転移なる』現象はさほどの混乱を覚えるものではなかった。それは彼女の世界においては科学的に証明され、起こり得る事象として登録されているものだからだ。それより何より任務を終えて食事を摂ろうとした瞬間――そのタイミングでの召喚の方が問題だった。今ならば、非常に評判の悪い宇宙警察印のインスタントカロリーでも満足が出来る位には。
 因果関係や詳細事情は分からねど、状況は明白である。
 鼎のような『経験』があるか、ルル家のような『立証』を持つか、
「拙者は、あの時、敵に『異界追放呪文』をかけられ、『遙か彼方の絶望』とかいう世界に飛ばされた……のでござるが。はて、関わりがあるならば……勇者殿達は何処に」
 この空牙のようなトリガーとなったような『覚え』があるが、積希や凜のように『その手の創作物への知識』があるかでも無ければ、
(えー……ここ、どこ?
 何だか知らない人がたくさんいるし、呆けた顔している人も多いし……
 いや、それは私もか。遅くなるとお父さんが心配するから早く帰りたいけど、何も知らないまま動き回るのは危険よね……)
 フェリシアの感ずる所は至極当然だった。
 彼女は純種のスカイウェザー。幻想が王都メフ・メフィートの薬屋の娘――つまり、この世界の住人であるから、異世界人程の衝撃は無かろうが、『突然、違う場所に飛ばされたと思ったら周りは御覧の有様だよ』は同じである。
 ……まぁ、純種の場合、この場に居る何人かのように事態に対しての明確な解さえ持ち合わせていれば、混乱は最も小さくなると言えるのだが。
「……さよなら現実! エンジョイ異世界!」←一人だと思ってる時
「実に愉しそうだなリン。俺も混ぜてくんない?」
「さよならエンジョイ! こんにちは、リアルリアリティ!
 ……ではなく。私達は別の世界に来たようです。
 蒼也様にも努力頂く必要も出て参りますでしょう。まずは……」←何だ主人居るじゃん
(うーん、面白い)
 使用人の意外と面白い一面を目の当たりにして笑顔の蒼也と案外オタクであるらしい凜の鷺宮家主従ショートコント(嫌いじゃない)は置いといて。
 上記のように現代日本のサブカルに詳しい人物ならば、かのモンスタージャンルが良くも悪くも大いに流行を生み出した事を知っている。どういう導入を持ち、どれだけ理不尽で適当に(さりとて面白いモンは面白く)話を猛スピードで転がすものなのかを知っている。
 ……しかしながら、出身世界が違えば常識も違う。
 AIが全てを管理するディストピア出身ならばそんな娯楽はありえまいし、戦い以外を求めない世界の住人はそれを知らないし、スペースファンタジーに首までどっぷり浸かった何とか歴何百光年(誤用)の世界の住人ならば、流行ったのは相当昔で理解には古典知識が必要かも知れない。
「……ふぅん、良い眺めね」
 純種のアヴィナは敢えて余裕を見せる事で、見ず知らずの異形(も含む)に危害を加えられないよう先手を打った部分もあった。確かに純種ならばこの状況への知識も持ち合わせるケースもあるのだが、それも全員が現状と繋げて考えるのを期待するのは難しかろう。このアヴィナの場合は態度とは裏腹に『分かっていない方』であり、平静に見えるのはどちらかと言えば虚勢と処世術と演技力の賜である。
(見知らぬ場所、見知らぬ人……怖い……怖い……!)
 リニが庭園から逃げ出そうとしたのは無理もない話だ。
 それにそういう反応を示したのは彼女だけではない。
(な、なななになになんなのここは!?
 ととというか! 見渡す限り、明らかに人間じゃない人? ばっかりで何が何だか……!)
「助けてください! 許して、僕はまだ死にたくな――」
「――ひぃぃぃぃこわい! こわいですぅ! いじめないで、いじめないでぇぇぇッ!!!」
「お父様……? お母様……? ど……こ……?
 や……だ……怖い、よ……なんで……」
 猛烈な勢いでパニックを生じて逃げの一手を打つ雅、ここに来る前、まさに狩猟者から逃げ惑っていたムスティスラーフの恐慌――そして他人の悲鳴さえ途中で遮るような、他人慣れしていないかっぱの尖ったリアクション、迷子になった小動物のように震える神影、見たこともない光景、そして『ぼく』と『あなた』以外のいる世界に恐慌し、逃げ出した自分・僕……と明確な怯えをみせる被召喚者は決して少なくなかった。
「いやぁ、しかし…デュフフ、人がたくさんいるわ。
 早速、私の能力でみんなの性の目覚めをすっぱ抜いてあげなきゃ……」
 更にはやたらに素早く状況に順応して、良からぬ事を企む靴ベラ・ビンビン丸等は極端な例と言えるが、この状況を想起し得ない当事者達は、多かれ少なかれ混乱を隠せていない。
(ここは主の言っていた事のある異世界、でしょうか……
 敵の前で主を殺し、その敵に封印されたはずの私が自由にしてるはずがありませんもの)
(……混乱してる人、多い…みたい。みんな、アリアと同じ事態……?
 何が起きたのか、わからない、けど……帰りたいなあ……帰れない、のかな……
 もう、人と関わるのは、嫌なのに……)
 冷静さを欠いてはいないが、不自然な状況を整理するヘルモルトに、伏し目がちに人の居ない方に逃げ出したアリア――本来の名であるヨルムと称する方が適切だが――の向こうでは、
「ハハハハ! 僕の今日のスケジュールに仮装大会はあったかな? いやない! ハハハハ!」
 成る程、逃げられるのも確かだ……もとい、異様な程のバラエティ適性をお持ちになっている天下のんがんぐ事務所なスーパーアイドルこと公麿が胸元を開けたりポーズを取ったり、周りにアピールをしながら笑っている。
「わー、絶景だねーって、ここどこーっ!?」
「と、お豆腐……」
「ここは……何処ですか……?」
「ここどこだよ。お家に帰りたいのです……」
「不安だなぁ……ここ、お菓子あるかな……ケーキ食べたいな……」
「……少なくともガッコーには間に合いそうもねーなコレ」
 至極まっとうな驚きの声を上げ腰を抜かしたのは文、藤原豆腐店とか何かそんな感じの看板娘である兔玲乃、家に帰ったら空中庭園にいた――衝撃の展開にかけていた眼鏡を思わず直す素振りをしたのはナイト、突然の事態に悲嘆して座り込んだのはシュヴァルツ、夢中でびっくり箱を作っていたら何故かここに居たユーリエ、胡座をかく不良女子高生の純白とあちこちにバラエティが溢れている。
「全く何だって古代ローマみてーな場所で映画みたいな連中に囲まれてんだか」
 潰してしまった愛用の竹刀袋――木刀に溜息を吐いた彼女はかなり肝が座っている。
「おーいおいおい、何処だよ、ここは……っつ、つつつ……!」
 肝が座っていると言えば、幼馴染の光一と共にここに『飛ばされた』準一の「何でか筋肉痛だから、取り敢えずはドラッグストアを探そう」という発想も結構なものなのだが。
「どうして、わたくしが……」
「え? どこ? ここどこ?
 人を未知の世界に案内するのは御伽噺で言う私たちの役割だけどその私が未知に呼ばれるってどうなのよ……!?」
 対照的に気持ちの線が細く見えるのは身体を抱きしめるように抱え、静かな涙を零したのは念願の歌姫としてのデビューを直前に控えたフィーアだ。そして、一般的な認知で妖精と呼ぶにふさわしい外見をしたオデットはそんな風に言いながら地団駄を踏んでいる。
(あ、でも、他の人も多いのは安心したかも……)
 そこは偽らざるオデットの本音である。
「……ここは、俺の生まれた世界ではない……のか?」
「ゴメン! 許せ! この通り! 頼む――
 ……って、流石にこのタイミングは無いだろ、このタイミングは!」
「おかしい。私が体験中のホロプログラム、ファイナルクエスト11には勇者が神殿に召喚されるという設定はないはず。コンピュータ、ホログラムを停止してちょうだい。
 ……えっ? これ現実? 現実なの!?」
 変わり種での反応では、本来は武器の形状を取る自身に人間の体がある事にまず驚く董夜、流れるようなラッキースケベ(?)から土下座中にこの場に呼ばれたツカサ、台詞だけで大体事情が呑み込めるハヅキといった辺りも居る。
 そう。一言で纏めるならばぶっちゃけかなりの地獄絵図である。
 改めて言うまでも無く、現実は何時だって残酷で都合が悪いものなのだ。
 如何に事態が酷い方向にアクセラレーションしても、車は急には止まれない。始まってしまったからにはこれもまた宿命であり、予測値200から程度の神殿に440名余とか殺到したのは、語る意味もない蛇足に過ぎまい。
 閑話休題。
「……こんな事言うのも何だけどよ」
 罰が悪そうにそう前置きしたジェイクの目は心なしか潤んでいた。
「どこかで俺と会った事があるかい?不思議と初めてって気がしないんだよ」
「きっと夢でお会いしたのでしょう」
 強面の獣人に似つかわしくない表情を浮かべたジェイクは「そうか」と一つ頷いた。
 夜乃 幻の言う通り――夢とも現とも分からぬ邂逅はこの場所と同じだけの不思議だ。
「願わくば――今が現であることを祈って」
 瞑目し、そう結んだ男装の幻は美しい。
「うーん……急に見知らぬ場所へ呼びつけられたようだ。
 見たところ周りの人たちもそのようだし、これは困った。
 困ったが……取り敢えず散策でもするとしよう。
 せっかく空中庭園なんて趣味のいい建物にお呼ばれしたわけだしね!」
 性格の為す所か言葉の割には十分な余裕を感じさせるのはグレイだ。
「と言うか僕は死んだ筈じゃ……あー、あれですか。死後の世界って奴。
 そんなの本当にあったんですねぇ。いや、驚きました」
「……あぁそうか、ここが噂に聞く天国ってヤツか?」
 変にポジティブでのんびりした調子で言うジオにシュクルが問いかける。
「うーん、どうでしょうねぇ」
 首を捻るジオに、事態が今一つ呑み込めていないシュクルは「確か俺は食われる寸前で城から逃げた筈だったんだが」と呟いた。
「どっちでもいいか。折角逃げ延びたみたいなんだ、とにかく俺は生きてやるぜ!」
 決意を新たにしたこのシュクルは人間の姿を取っているが、その髪には飴色の光沢があり――驚くべきか、転移前食われそうになった彼は『生きている砂糖菓子』である!
「……どういうことなの」
「もし、そこの小さなお嬢さん、僕で良ければエスコート致しましょうか?」
 恐らくは大半の者の代弁になるであろう余りにか細い呟きに、優しく温和な紳士の声が応えた。振り向いた星良の見た顔は、声のイメージを裏切らないダリルの顔である。
 ノブレス・オブリージュと言おうか、年端ゆかぬ少女を気遣う彼は貴族の鏡であろう。
「マスター! ナビ子はナビ子って言うです!
 これからマスターのお手伝いをさせてもらうのでよろしくお願いするです!」
「ええと、つまり……ボクがゲームの主人公の姿でここにいるのは、ここクリアすべきグランドクエストがあるからなんだね?」
『主人公らしく』唐突な展開にも非常に物分りのいい主人=公とナビ子のやり取りを見ても分かる通り、部分的には多少なりともどうにかなりそうな気配は無い訳では無いのだが、ここまでで「よっしゃ、十把一絡にまとめて神殿に放り込んでやるぜ、パートヒャッハー! みてぇな暴力的試みがどれだけ無謀であったかは十分理解して貰えた事と思われます。
「……」
 取り乱さず冷静に周りの人間を観察するゲッカをしても、状況は不明瞭のままだった。
 ……否。この現場を完全に把握し、確定的に整理するのは恐らく誰にも不可能だろう。周囲の発する断片的な情報に耳をそばだてていれば、彼等が『同時多発的に全く事情や存在の異なる世界からこの場所に転移させられた』のは分かるのだが、所詮はそれまでだ。
 同時多発的に案内も無く引っ張り込まれた彼等は常識もルーツも各々の事情も異なる訳であるから、それぞれがかなり無軌道である。
 当事者が落ち着いていても、落ち着いていなくてもそれは変わらない。
(周りを見るに、どうやら戦士達が集まってるらしいな。
 そうじゃない者もいるようだが。つまり、どこかに戦いがあるはずだ……)
 黒色主体の重厚な甲冑姿――つまりイミルを見やったフージ・ロゥはそう考えたが、
「……」
 戦士と認められた当の身の丈三メートル――つまりイミルはと言えば、只ならぬ雰囲気を醸しながら、その実内心では「え? え? なに? これなに? どうしよう、困った、わかんないよ。なに!」状態であったし、
「知らないところ! 見たこともない姿の人!
 こんなのワクワクするに決まってるよ! ああ、夢ならずっと醒めないでいて欲しい!」
 喜色満面、この事態に歓喜の色が隠せない非常にポジティブなユーロニーも居れば、
「大丈夫……大丈夫だから」
 呆然と立ち尽くしながらも、守らなければならない者をその胸に抱き、気丈に呟いた美月も居る。
「ここは何処、なの……?」
「あ、あれ……? 何か違和感が有る気がする……ような……うん?」
「ふふふ。なんとかのアヤツから逃れたれたようだな……おのれ勇者め。
 ……ってなんだか視線が低いぞおい……ってなんじゃこりゃ! 余の身体がぁ!」
「おや、私にも自由に動かせる肉体が与えられるとはね。しかも声まで出せる」
(傷が――消えた……? これは異常な再生能力という事でしょうか……?)
「……って、もしかして! これもしかして……! 体がユウキになってるーッ!?」
「体が軽い。力が入らねぇ。体のバランスもおかしい。
 あれ、なんでスカートなんか履いてんだ? ってか、なんで胸が膨らんでんだ!?
 髪は……短いまま? っつーか顔はそのまま? おいおいおいおい!」
 更には、今回の事件との因果関係はそれぞれだが、例えば『最初で最後の記憶はあの子と別れた時』――こうなる前の記憶が無いシャロンや自身の手を見つめて呟く利香のように記憶の混濁、喪失。或いは龍丹悪(幼女ver)やブラックボックス、杯子、挙げ句の果てには一緒に居た恋人の姿が無いと思ったら、文字通り『一緒になってしまった』夢麻 結城や、『首から下の体だけ妹のものになってしまった会社員』……字面からしてもう壮絶なみつきのように身体に好悪問わず劇的変化がある者も少なくないのだから尚更だ。
(まるでよく知る物語に入り込んだかのような……
 ……どうやら私と同じような方々もたくさんいらっしゃるみたいです?
 ど、どうしましょう……)
 心底弱り果て、取り敢えず休める所は無いかと周囲を探すのはマナ。
「く、ふふ、ふふふ……!
 ここはどこでしょう? と、言いますか……過去の記憶もないですね。
 困ったものです、はっはっは」
 他方で困ったと言いながら到底困ったように見えない珠輝である。偶然に目が合った純白に「おや。可愛いお嬢さん。良い目つきですね、どうぞ私を踏んでください……!」等とのたまう辺りは非常にアレだが、現状を表す一端と言えなくはない。
「結末は変えられないのか? それ以前にどうして僕はここに居る!?」
(ここは何処だ? 僕は何処に立っているんだ?
 周りの人達は誰だ? 人間……なのか? 亜人に獣人、魔物……動く鉄の鎧?
 どうする? どうすればいい?)
 祖国を守る為の戦争、叶わなかった目標に慟哭するブライト、思考の迷路に迷い込み、足を竦ませるトレフ……
 所謂一つの『ガヤガヤ』としたごった煮は方向性を持たず、あっちこっちに状況を広げつつあった。喧噪と混乱は伝播する。一頻り落ち着くまでは暴れる竜のようなものなのだ。
「……なんだ、ここは。
 戦地で槍を振るおうと駆けていた筈だったのだがな………
 まあいい。場所が変わっただけだ。なあ、おい。そこのお前」
「はい!?」
「今度は何と闘えばいいんだ。槍を刺したら殺せるような相手か?」
「あばばばばばばば……」
 やたらに物騒な事を問うプロミネンスに文が面白い声を上げる一方で、
「あれ……? 説明されてたのと雰囲気が違う……!?」
「今度は何処の電脳に入り込んだのかなって思ったら――これ、現実だね」
「……ど、どうしましょう」
「ところで、お腹すいてない?」
「あ、あの、その、は、はいっ! ありがとうございますっ!」
 世界線こそ全く違えど、偶然の隣り合わせにニッと笑ったリオとひまり、
「君も死んだの?」
「!? 死ん――ッ!?」
「……っと、危ない」
 転びかけた桔梗の手を取り「……よかった。生きてる」と微笑んだ信紀のように展開早目なガール・ミーツ・ガールを果たす者も居る。
「ふぅ、なんだかか厄介なことに巻き込まれたか?
 無事に元に戻るためにはどうしたら……うーん」
「よく分からないけど来ちゃったからには行動あるのみ!
 この場所も気になるけど、その前にお腹も減ったね。
 ええと、パンは手で適当に四分割にして具材を挟んで完成! 修ちゃん、出来たよ!」
「あ、姉さんありがと、いただくね……って……」
「……?」
「姉さん、このパンいったいどこから持ってきた!?」
 そんな様子を見てか、のんびりした調子の真尋と修也の姉弟もいる。
『鞄を漁ってサンドイッチを作れた事実』に真尋は「あれれ?」と首を傾げた。
「家を出ればそこは異世界でした――それはいいが、これはどうしたものか」
 ここに転移した影響なのか元の世界の何かなのか、常に定型を安定して保つ事が難しくなっている自身の右腕を眺めたレイが嘆息していると、
「あらあら、これは大変ね。助けてあげないといけませんわ」
 そんな彼女を目ざとく見つけた芽依が口元に手を当てて駆け寄ってくる。ちなみにこちらの彼女の事情は花の手入れをしていて顔を上げたらここに居た、である。
「本棚が倒れてきて――本に埋もれて危うく死ぬ所でしたが召喚とは!
 それにその腕! なんという禍々しさ! 見せてもらわなくては!」
 ……更にそこにそういう事情でここに居るトゥエルが現れて、レイは「何だ、厄日か」と最短で今日の概要を理解した。
「……」
「……そう、私は喚ばれたのね」
(何処か犯人か……少なくとも事情を知るものがいるだろう)
 言葉を発する事は無いが周囲への警戒を怠らないアカツキや、周りの景観から何となく『それ』を察したアルチェロ、車椅子を回す手に少しだけ力を込め、しかし表情一つ変えずに冷静を保つアルルのような者も居る。
 もっとも今回の場合、寡黙なアカツキに関しては目が口よりもモノを言う、である。彼は腹芸がさして得意ではないのだろう。決して油断をするまいと構えながらも、現状を解明する為の情報は喉から手が出る位に欲しい――と、その意思は透けている。
「あぁ、またですか。前の世界ではまだ死んだ覚えはないのですが。
 とは言え、この人数が集まっているなら人為的に集められているのでしょう。
 待っていれば説明の一つでもあるのでは」
「紅茶でも飲んで待てば良いのです」と述べたシェリーにアカツキは「そうか」とだけ応えた。
(察するにここは神殿で、ざんげ様に呼ばれたんだろう。
 まぁ、暫く回りの人々を観察していようか。きっと面白い物が見られるはずだし――)
 平然そのものといった者も少数は存在しているが、少し意地悪に考えた政宗の視界の中では、成る程、大勢が右往左往を繰り返している。
 程度の差は大きいが、多かれ少なかれ困っていない者は居ない。
 されど、シェリーの言葉は非常に正しい。
 彼等が幸か不幸か運命に愛される者である以上――その顛末の全てには意味がある。
 今は分からなかったとしても、分かりたくない事実が待っていたとしても……確かに彼等は意味があってここに居る。それを全員が知るのが、もう少し後になるというだけの話で。
 賽はとっくに投げられているのだ。少なくともスタート地点には立っている。
「案外、外でも変わらないのね」
 小さく呟いたセレナは薄い唇に微かな笑みを乗せていた。
「世界にすくい上げられた感覚は初めてだったけど――悪くないわ」
 彼女は泡沫の夢を贈る者。不思議と、嫌な気分はしていなかった。



 リプレイ:YAMIDEITEI

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