PandoraPartyProject

特設イベント

空中庭園パートⅢ

●XXX In WonderLandⅢ
(本当に申し訳なく思っている。お互い不運だったのだ――)
 不幸な出来事は何処にでも転がっているものだ。
 君の横にも、私の横にも、誰の横にも。当然、このフィンゲルの横にだって。
 灰は灰、塵は塵に。
 敗北者は歴史の闇に呑まれるもの。
 連綿と続く記録は些か勝者に都合の良い軌跡を描き続けるのみ。『史実』は時に残酷で、無慈悲なものだが――産み落とされた結果そのものは受け入れるべきものである。
 決まる前に絶望に抗うのは自由。それは或いは尊い事だ。されど、修正主義は破滅に到る願望である。決まった事をリバーシし続ければ全ての未来(さき)は看過されまい。
「……」
 由貴は刀剣の付喪神達を相棒に不可逆の事実に抗う諦めの悪い連中との戦いに身を投じる者であった。その仕事中、職場――と呼んでいいものかは知れないが――からここに来てしまった、それが全ての事情の顛末である。
「……違う。確かに、違います。それだけが現実なのですね」
 酷く冴えた頭は由貴に狼狽を赦さなかった。
 全くもって彼女は直感してしまったのである。理屈より先に、ここは違う、と。
「成る程、『違う』ってのは言い得て妙だ。確かに世界の匂いが違う。
 戦乱が明けて以来、焦がれてやまなかった闘争の匂いがする」
「あぁ、道理で生徒達が居なくなったはずだ。
 これが異世界召喚というやつなのですねぇ。生徒達が時々そういう物語の話をしていましたよ」
 そしてよくよく周囲を見回し、情報を探せば。そして、目の前の光景を受け入れる事さえ出来れば。「まず俺がやるべき事は美味い酒と楽しい職場の在り処を聞く事、かな」と一人ごちたウィリウムや先程までの授業風景そのままにチョークを片手に兎に角合点のいったカーティスと同じように、その結論に到るのは難しくは無いだろう。先のトゥエルの『召喚』という言葉然り、この不明瞭過ぎる事態を少なからず読み解くヒントのようなものは転がっているのである。
「おい、アンタ。ここは一体なんだ?」
「ここは……ふむ? 一先ずは推論多分にはなりますが」
 彼は只々執着する少女の元へ帰りたいだけ――焦燥感に駆られ、幾ばくか余裕の無い銀髪のアルブムに応えたアデレードの明晰な頭脳が導き出した結論も同じである。
 そうでなければ、この場の『異様な多様性』の説明等、つけようもない。
 結論から言えば、犯人が潜んでいないと仮定した場合、この場には二種類の人間が居る。
 即ち元から居た人間と、外から来た人間――厳密に言えば元から居た人間も空中庭園の外からの来客だが、彼等の居た場所はこの庭園の延長線上にあるという事だ。
 故にハッキリしている事の一つ目は『この場所がゲストを召喚した』事実。
 そして、二つ目は彼等、実に多様な世界から現れた無軌道なる者達が、ある一定のくびきに繋がれているらしいという事実である。先程、エルエリーゼが叫んでいたのも同じ。
(兎に角情報を集めない事には話しが進まないわね。
 気が乗らないけど周りの連中と話して情報の整理をするとしましょうか)
「やれやれ」と肩を竦めたユウが重い腰を上げる。
「交神も降神も使えない。導の加護は使える(?)けど反応しない……?」
「……確か昨日は神社でいつものようにゆっくりしていたはずなのですが……
 ははーん、さては夢ですね、ギン、知ってますとも。やたら力出ないのも夢だからですね」
「クハッ、なんぞ分らんが、愉快な事が起こっていることは間違いないようであるな!」
『何が何だか分からない』事態が本来非常に少ない――無いと言っても過言では無い――ユーイリアの反応、自分の頬を抓ってみて軽く憮然とした凪の表情が、『熟練の美少女にしては体が筋張りすぎている事に気付き』豪放磊落に笑った百合子の不敵な笑みが物語る所も同じ。
 ……いや、まぁ。他は兎も角、百合子の歴戦になる程、強靭無敵に(ついでに美しく)なる美少女(種族)とか、素面で書いてて正直何言ってるか自分でも良く分からなくなるのだが、尊い。好き。それは多分そういうモンなので置いといて。
「レベル1!? 馬鹿な――ッ!?」
 偉大、そして強大なる魔の体現者たる我が身に降り掛かった災難に声を上げるフィオレンツァの言葉が、彼等が一様に抱える事態を実に的確に示していた。

 ――レベル1。より正確に表現するなら『混沌法則・LV1』。

 知る者とそうでない者が居るが、知る知らないはこの場合の問題ではない。最終的かつ不可逆な結論として、それは用意されたルールである。多種多様な世界からこの世界に呼び寄せられた旅人達は、自覚の有無に拠らず、元の力の大小にも拠らず。既にこの世界の法則に捉えられているのである。今、この空中庭園に居る人間は例外なく『この世界の許容する形』に自身のあり方の一部を書き換えられているという事だ。
「不遜にも余を呼び付けた。だと? あまつさえこの余を抑えつけん等と。
 冗句にも不快、冗句にも愚かよ。余は戯言に興味はない。この神殿、跡形もなく吹き飛ばしてやろう」
 中には『当然のように』状況に不快を示す魔王――サマエルもいるが、
「ヴァーミリオン・カタストロフ!! ……ん?
 イグヴァイス・コキュートスッ!!! ……おや?」
 かなりの自信と無駄にカッコいい詠唱が注目を集めかなり可哀想な状況である。
「……う、う、嘘じゃないのに……」
 この状況を理解する前は「召喚? このアテナ様にかかれば何の問題も問題じゃないわ」位のノリとテンションだった天々奈と併せてちょっと気の毒な状態になっている。
 俯瞰視点でモノを言えば、現状へのギャップは元が強大な存在であった程、大きくなっていた。世界を滅ぼす魔王だの、それを統べる神だの、伝説の勇者だの……『特異運命座標』の存在とその目的を考えれば特段不思議ではないのだが、そういう連中も数多い。
 所謂『人智を超えた存在』は人の身よりも早くこの事態に順応しているケースが多いが、同時に『自分の力ならば何があっても大丈夫』という認識を改めるのは難しかろう。
 だが、混沌法則なるくびきは必ずしもマイナスにだけ働く訳では無い。
「えっ、どこ此処? て言うか……身体が、崩れない?
 ……いや、ううん、崩れそうな感覚はある。そりゃそうよね最近補充足りてなかったし。
 でもなんだろう…身体がしっかりしてる。多少の構造破綻なら押え込める位。
 まるで、身体そのものの強さを『何か』が補強してくれてるみたいな……」
 一人独白めいた千波は、その実、その体の維持に定期・継続的に人の形質――DNAのようなものと言えばいいか――を取り込む必要がある魔道の徒であるが、そのマイナスの部分の特徴が少なからず緩和されている。ギンや百合子、フィオレンツァ、天々奈のような『用意された枠』より強大な存在が明確な弱体化を受ける一方で、千波はその性質に確かな補強を受けているのだ。
 故に『混沌法則・LV1』は搾取では無く、均等化と言う方が正しい。
 一方的搾取と押し付けの方は――未だに「何故魔法が発動せぬ!」と憤慨するサマエルを根本的に阻害している『混沌法則・不在証明』の方であろう。
 こちらは文字通り都合の悪いものを無効化するこの世界の意志とされている。
「ふむ、何故このようなことになってしまったのか」
 ジークフリートは顎に手を当てて考えた。
 これまでの情報を総合すれば、自身を含めた存在はこの場所に突然呼び出された。
 何故か文明や形質も違うであろう全員が奇妙な程スムーズに意思疎通をする事が出来る。
 一方で、強大な力や特殊な能力を持ち合わせる一部の存在はその行使が不可能になっているようである。
 どうやら『特異運命座標』という単語がその謎を解決する鍵らしい――
 ……クールで明晰な彼がもっふもふのプリティな事実は置いといて。
 彼の見立ては概ねの部分で正解であった。そして、結論から言えば状況はようやく不明と混乱を助ける――救世主を今この場に送り届けようとしていた。
(確かさっきまで、買い物に出かけてて……ココはどこだろう?)
「よぉ、憐れな子羊チャンよ。アンタも喚ばれたクチかい?」
 キョロキョロと辺りを見回したつばめに、気易い声が呼びかけた。
 振り向き、少し小首を傾げたつばめに少し大仰なポーズをして害意がない事をアピールしたリチャードが減らない宝石箱(キャンディー・ボックス)の飴を一つ差し出した。
「お近付きの印と、今日の日に」
「どうも」「つばめです」「ここどこですか」。
 手にしたメモに書いては渡し、破って書いて……矢継ぎ早にメッセージを書き込んだ彼女は声を出す事が出来ない。しかして、彼女の『ペーパーランゲージ』は生来の才能(ギフト)である。声を出す事が出来なくても、メモは彼女の気分や意志を会話と遜色ないレベルで伝えてくれるのだ。
「すみません、わたし星玲奈って言います。ここどこかご存じですか?」
 やり取りに同じように困り顔の玲奈が加わった。
「ほうほう、成る程ね。
 つばめも玲奈も見た所、純種だが――訳が分からんのは一緒だよな。
 あー、俺は怪しいもんじゃねぇ。リチャードってんだ。おひとつキャンディをどうぞ。
 ああ、どうも、これから何か状況が動くんじゃねえかって思ってよ、ほれ。そこ――」
 あくまで気さくなリチャードはつばめの一風変わった意思疎通にも全く動じる様子は無く、顎でくいっと彼方を指し示した。そこには……
「――共に召喚された方々に告げる! これは貴方の世界の敵の悪意ある罠ではない!」
 凛と声を張る響生の姿があった。ディープシーたる彼は特徴的で、ともすればコミカルと言われる事もあるかも知れない姿の持ち主だが、皮肉めいた口調も忘れて今は真剣そのものだ。
「説明あるまで待たれよ! 納得いかなくばこの首を持って気を静めていただきたい!」
 この混沌の場所で『特異運命座標』なる存在が何故ここに居るのか――その解を持つ者は彼だけではないのだが、この場において彼が『救世主』と成り得た最大の理由は『彼が一際熱心に(そして多数に対して)この状況を解決しようと試みた純種』だったからである。
 彼以外にも晴人がこの世界に伝わる召喚の話を混乱の中に伝えようと尽力をしている。
(……作ってたおでんの鍋大丈夫だろうか。火事とかなっていなければ良いけれど)
 彼は彼で別の心配事を持ち合わせてはいるのだが。
 ただ、まぁ。彼等の存在が覿面に効き始めたのは紛れもない事実である。
「ほおう、不遜にもこの世界が我を呼んだか。
 なに、安心せよ。我とて無価値な虐殺はせん。
 ふむ、何の戯れかは知らんが我を呼んだのだ、つまらぬ物語であれば役割に則った上で滅ぼすまでよ………うむ、前振りとしてはこんなもんでどうかね! そこの君! どうも親切をありがとう!」
 割とガチ目な魔王の方々に比べ、魔王検定1級を持つ派遣魔王的なドミナイトは案外ノリが良い人物だった。と言うより、ノリが良くない魔王は病む。業界的に重要なのだ。
「老若男女、誰もが狐に抓まれた様な顔をして見知らぬ土地に建つ……
 まるで推理小説(ミステリー)の導入の様と思ったけれど!
 今回に限れば犯人の正体は、早々に語って貰えそうなのね?」
 大切な人を食らった――幻想を食らいの怪物、即ちエトは何処か艷やかに微笑んだ。
「なになになに? 一斉召喚?
 よく分からないけど、つまりここは新しい儀ってことだよね! え、ちがう?まあいいや!」
「召喚か。突拍子もないが……面白そうだな。
 いいね、どうせなら踊った方がマシってもんだ。俺はな、ハプニングは好きなんだよ」
 元から細かい事は気にしない性質のアル・カマル、非常に強靭なメンタルの持ち主である周太郎辺りは至極軽い反応だが、アナウンスする意図で発せられた響生の呼びかけは状況を知りたかった周囲にとっては非常に重要な情報で、並々ならぬ注目を集めていた。身の証や事の真偽を証明する術は持たない現状の彼が一人では場の全員に応える事は難しかっただろうが、
(折しも大道芸の真っ最中、消失手品を披露してしまったな……投げ銭取り忘れたぞ!
 んー。純種側は特異運命座標になったって言っても大して変わらんなあ。
 ……とりあえずその辺の旅人っぽいの案内して手数料取ろうかなあ)
 響生の声に――漠然とそんな事を考えたルーティエのように動機こそ様々だが――「ならば」と考えた純種も集まり始めていた。
「……ああ、選ばれたのですね。運命は意地悪なのです」
 小さな声で独白めいたEldeは、しかし歓迎の言葉を口にする。
「混沌へようこそ、なのです」
「もし……そこの方。もう少し事情等をお聞きしても?」
 一つ目に生まれつき、そういう種族の中で暮らしてきた真奈子にとってこの場所に居る大半を占める『二つ目』は奇異に映るものだったが、そう邪悪なものではないと判断していた。
「ええ、分かる事ならば」
「……まぁ、すごい理不尽だし。語れる事なんて多くは無いけどね」
 同様に混沌に慣れていれば、見慣れない種族に出会う事も少なくない。
 肯定とも否定ともつかない調子で返したEldeやルーティエは、全く動じていない。
(……んー、んー? 何となく状況は分かったが……
 ……うん、やっぱりまず自分の事がわかんねえ! あれか、プラス記憶喪失ってワケか!
 一応名前は覚えてるな……うん、なら大丈夫。何とかなる)
 超ポジティブシンキングを発揮した紅信の「おーい、そこの人ー」という声に栗色の髪をした冒険者風の少女――アルテナが応じた。
「おねーちゃん、クーを一人にしないでメェ……!」
「大丈夫よ。さっきのあの人が、場を収めてくれる気みたいだから――手伝うだけ」
 その中には必死で服の裾を掴むクロッシュに面倒見のいいアルテナは優しく微笑んだ。
 些かの余談ではあるが、この本当に面倒見のいい彼女はこの後、多くの旅人達の――最後に出会った月原亮の面倒までもを見た後に、ローレットに到るという訳だ。
「びっくりしたんです、本当に……!」
 人型の女性ならば、と話しかける相手は重々に選んだ珠もようやく人心地ついた感がある。
「ほら、な」とつばめにウィンクを一つしたリチャードに横合いから「成る程ねぇ」と恭介が応じた。
「アタシもいきなり飛ばされてきた口だけど……ここにいるのはお仲間って訳ね。
 あ、アタシは夕凪恭介よ。気軽にきょーちゃんとか好きに呼んでいーわよ!」
「はいよ、宜しくな。きょーちゃん」
 コミュ力が非常に高いとはまさに彼等の事を呼ぶのだろう。人好きのするリチャードとオネエな恭介のやり取りは、周囲の警戒を和らげる意味があった。
「あの、大丈夫ですか?」
「特異運命座標……わたしたちは選ばれた、仲間……みんな、わたしと同じ……仲間」
 心臓は動悸を早めている。怖い気持ちも無い訳では無かった。しかし、ラヴは自身も『案内の出来るうさぎさん』になりたかった。頷いて応えたエステルの声色から不安は隠せないが、不安だけでは無い――希望の色もある。
(うん、どうあれ……他の人と一緒の方が身の安全ってものっすよね)
 出来れば純種の同行者を――と考えていたBernhardにとってこれはいい展開だった。純種以外も集まってきてはいるが、多い事それそのものは心強くもある。
「あの、ちょっといいかな?」
「こんにちはそこのひとー! ええ、よければお話させてください!」
 今までと違うことをしてみよう。誰かに、話しかけてみよう――そう考えた清にフリーズしてても仕方ないとポジティブに割り切った天十里が応えた。
「ははは、困ったな」
「よくわかんねえが……強い奴がいて暴れられるんだろ? ならそれでいいじゃねえか!」
 言葉とは裏腹にそんな雰囲気を持たない誉の肩を不敵に笑った明菜がどやす。
「うわあ凄いですっ、凄いのです!
 世界を守る為の力を得たという事なのですよ! 一緒に頑張りましょうです!」
「まぁ、実のところわくわくが止まらなくてね。
 全員が特別な事情なら、全員が凡人とも言えるワケだ。対等な関係ならきっと、上手くやっていけるだろうと思うし――」
「私が、イレギュラーズに……? 正直不安デいっぱいですガ……
 よウしッ、がんば、ルッ! えイおっ!」
 興奮を隠せないルアミィに応じた誉の言葉を受けて、深呼吸した睡憐が気合を入れ直した。
「私は私を鍛え上げる事にしか興味は無いけれど、私と言う剣を振り下ろす先が見つかるのは喜ばしい。
『神託』だったか――結果的に、世界は救ってみせよう」
「……なんと、まさか世界の危機とは……ですが、これもひとえに我が神のお導き。
 神よ、王よ。騎士コンラッド、異国の地にて、『神託』を賜りまして申します。
 一片の曇り無く、貴方に騎士が忠節と結果を示しましょう――」
 質実剛健なる鋼の刃を思わせる――クラウには元より一切の迷いが無い。
 クラウのその一言に、瞑目するコンラッドは敬虔に祈りを捧げるようにそう言った。
「しかし、よい体の方が多い……素晴らしい場所ですね。ええ」
 当然ながらシリアスな所なので『健康体マニア』の誤解を招きそうな台詞は聞こえなかった事にしておく。この掛け値無く立派な神聖騎士の玉に瑕である。こんなもん。
「実際の所、訳が分からな過ぎて、逆に変に冷静になっちゃった自分がいるのよね。
 まぁ、説明されても意味が分からないんだけれど……
 これを疑えないくらいには、私は素直すぎるんだと思う」
「ええと、怪我人の方はおりませんか? 大丈夫ですの、こちらで治癒出来ますのー」
 アクアが溜息を吐いた他方では、まだ完全に状況は飲み込めないながらも、怪我人等のトラブルが出ているかも知れないと考えたマリアは己が耽溺する『回復』を行うチャンスだと考えていた。まぁ、元の世界では『死の聖女』なる不名誉な呼び名で語られた彼女の性質を表す『心壊治癒術』が真っ当なものかどうかはさて置いて。
「迷子もここまで来りゃあ芸にできちゃーう、ってえ、思ってたんだけど。
 これってやっぱり……違うのーん?」
 首を傾げていたはりがこの期に及んでアクロバティックな迷子では無かった事を完全に自覚した事も含めて……どうあれ、一連をきっかけに個人で混乱していた人々が認識に纏まりを見せ始め、無秩序に秩序が生まれ始めたのは間違いない事実である。
 混乱から立ち直ったリュリュミールがようやく色々を思い出し両手を握った。
「特異運命座標……イレギュラーズ……カッコイイ響きなのです!
 私もこれからかっこよく活躍できるチャンスなのです! 頑張ります!!」

 ――まさにこれら全ては所謂一つの『流れ変わったな』という奴だ。
 今俺の頭の中には例のあの壮大な一角獣のヤツが鳴り響いている。
 ありがとう、ありがとう、本当にありがとう!

 ……盛大に話を戻そう。
「ふむ……まずは一杯、落ち着くか」
 状況は大体把握出来た――実感をもって受け入れられているかどうかは別問題だが――『掃除屋』のリックが何時もの通りスキットルの酒をごくりとやった。
「選ばれることは憂鬱、私はもっと優雅で素敵なのんびりライフをおくるはずだったのにぃ。
 選ばれることは憧れ、私はもっとフルパワーでハイパーテンションな人生に迷い込んでしまうのでしょうか? 誰か私の傘になって下さい。沈没船私号を曳航して下さい!
 ひ、ひぃいいいい! やってやる、やってやるなのですよぉ!」
「まぁ……これ全部ならボクどころかローレットでも前例ない大規模承だよねー」
 色々キャパシティをオーバーしたらしく、軽く錯乱しているように見えるユーセシルを傍目に「オーナー死ぬんじゃない?」と他人事のように言ったクロジンデは、一般人としてローレットに関わる仕事をしていた人物である。熱心な職員かどうかは置いといて。
「あっ、でも飄々としてるやつを発見ですぅ! なんか知ってたら教えろですぅ!」
「ボクの事かよ」とヴィルヘルミーネを見たクロジンデは「戦慄の歌姫さんね」と呟いた。
「何で知ってるですぅ!」
「まぁ、何でと言われても……大丈夫、事情は分かるから力にはなれるよ」
 彼女に与えられた特異な才能は、視認した相手の特異能力(ギフト)を表面的に理解するだけ。彼女が他人の事を呼ぶ際、二人称がギフト名になりがちなのもそれに起因する。把握は表面的なものに過ぎないが、成る程。混沌でギルド関係の仕事をするには最適とも言える。
「それは幸いだ。どうか教えてはくれないか、僕……いや、僕等に何が起こったのか」
 言葉を聞きつけたイオンはまさに騎士団を率いての戦争中だった身の上である。
「ふっふーんっ つまり別世界に召喚されたのでしょう!
 そしてこの世界のお宝をすべてルルに集めてほしいというわけですねっ!」
「人間共と宿命を背負わねばならんのか……本当に、面倒なことになったな」
「なるほど、全くもって状況はわからんでありますが」
 あくまで端的で断片的なものに留まるが――ようやく待望の情報を得た面々の反応は様々だった。義賊としての活動の末、『触れてはいけないもの』に触れ。処刑寸前でこの場に召喚された幸運にドヤ顔をするルルリア、対照的に渋い顔のクリストフォロの一方で、口笛は小さくこくりと頷き、
「ひとつだけ理解できたであります。つまり、『頑張れ』ということでありますな。
 ならば、口笛の為せることを為すだけであります」
 適当なようでいて、見事に正鵠を撃ち抜いた見事な一言で状況をまとめ上げた。
(何故だろう。不安なのは確かなのに何処か、わくわくとした気持ちもある……
 私は、この見知らぬ土地で、一体何をするんだろうか……?)
 まだおっかなびっくりといった風だが、楓の気持ちも昂揚を始めている。
「おばあちゃん不安だから、一緒になんでこうなったか聞きに言ってくれる?」
「俺と行動をするか?」
「申し訳ないが、一緒に連れて行ってはくれないだろうか」
「いいよ。とにかくさ。あそこ、調べてみない? 大丈夫、何かあっても私が守るから!」
 頼りになりそうな者は頼られるものである。周囲の子供(に見える)を心配しながらも、自身もやはり困っているスガラムルディにシマが水を向けた。まだ途方に暮れていた感覚が残る太子に、実に明瞭に頼り甲斐のあるシャルレィスが胸を張り、「何なら一緒に行こう」と話はすぐに四人で纏まった。
「ええ、ええ。ともあれ、あちらに詳しい方がいるそうなので参りましょうや」
 他人事だが、旅人の困窮も分からないでもない。
 幻想の下級貴族の家に生まれ――そんなに良い食い扶持が与えられる訳でも無く。これまでの人生で処世術と事勿れ主義だけは十分に研鑽してきたディエゴだが、彼等の疑問や現状を他人(しんでん)に丸投げする位の親切心と年齢相応の余裕ばかりは持ち合わせていた。
 神殿に皆で行こう、という流れは次々と参加人数を増やし続けている。
「近くに、ご飯食べれる場所、ないかな?」
「食事が出るかは兎も角、あそこで何か分かる事もあるでしょう、恐らくは」
「……ま、なんにしても、まずは召喚された理由を確かめる必要があるわね」
「神殿は……あれか」
 ライターに応じたディエゴの言葉に「やれやれ」と嘆息したリアン、祖母から聞いた『特異運命座標』の話を改めて思い出した夕陽が、この庭園の中でも一際立派に見える彼方、中央エリアの建物に視線をやる。
「元凶の居場所って訳っすね」
 純情可憐なプレデター、つまりヴェノムにとっての問題、そして関心事は――「果たしてそいつは喰えるのか喰えないのか。強いのか弱いのか」だけである。
 レックはと言えば、もう『つい先程、ドラゴンに押し潰されて死んだ(?)』事すら頭に無い。
 目の前にあるものへの好奇心、それが彼の行動原理の全てなのだ。
 ――最初に目に映ったのは空。綺麗な大空。
 歌声を好きだと言った大切な人を探すためにここまできた。
 会えるかはわからない。でも、どうしてももう一度会いたかったから。
(図書館の外には、どんな本があるんだろう…?)
 図書館に閉じ込められて生きてきたルカがまずそれを考えてしまったのは、呪いというべき事実なのだろう。しかして、今――少年の前には確かな道が開かれている。
 前途を祈るように、届かない誰かに届けとシウの唇が癒しの歌を紡いだ。
「海中庭園であれば良かったものを……」
 海種の芙遥の恨み節は可愛げにも聞こえるもの。
「ひとまずあそこへ行きましょうか……」
「どうせなんとかなるでしょ~。大丈夫、大丈夫」
 シエルの足取りは軽やかで、葉月はあくまで気楽なままだった。
「ええ。今は神殿に足を進めましょうか。答えは、きっとあの場にある筈だから……ね」
 付き纏う違和感は消える事は無かったが、一先ず道は示されたのだ。鬼が出るか蛇が出るか――出来ればそういうものは出ないで欲しいが――どうあれ、フィーリエは神殿にある何者かが、確かな『答え』を持っている事を願わずにはいられなかった。
 ミスティカは、罪が必ず罰で贖われると幼く信じてはいなかった。
 しかし、理由はどうあれ数多の力ある者の欲望を叶える為だけに力を振るってきた彼女が、最後に無力な少女の身体に行き着いたのは必然の運命にも思えていた。
「丁度シスターさんもいるみたいだし、お祈りでもしていこうかしら」
 あら……? 落とし物……?」
 自嘲ではなく冗句めいたミスティカが――少女の視線が持ち主の居ないバッグを捉えた。「懺悔のついでね。良い事をしておきましょう」とそう決めた彼女は、バッグを持ち上げた。人の居そうな神殿にそれを預けてやる為だ。
 彼女は神殿で待つシスターの名前が『ざんげ』である事も、抵抗なく運ばれるバッグが眠っているマフレナ・キャリル――やどかりのような種族である事をまだ知らない。



 リプレイ:YAMIDEITEI

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