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さいしょのホリデイ
登場人物一覧
●マイルームと待ち合わせ
「そんなに食べたいなら、ひとついいですよ。はい、あーん」
「あ、あーん……」
プチシュークリームをつまんで突き出すアニー・メルヴィルと、顔を赤くしてそれをくわえる上谷・零。
後ろでは陽気な音楽と共に観覧車が回り、ジェットコースターが悲鳴と共に通り過ぎていく。
友達同士の二人がこうして同じベンチでシュークリームを食べさせあっている状況を不思議がる皆々様のために、すこしばかり過去に遡ってご覧頂くことにしよう。
それは今日の朝がたのこと……。
「こう、かな?」
アニーはサイドの髪をくるくると巻いていくと、白い造花のついた髪ゴムで固定した。
ちゃんとハーフアップになっているか確かめるために少し首をひねってみる。
鏡に映った部屋は白と桃色でふわふわと色づいていて、窓際の一角には綺麗な花瓶が添えられていた。
こぢんまりとしているが、優しくいい香りのする部屋だった。
窓辺に吊るしたクリスタルボールが、朝陽を反射して部屋にプリズムを散らしている。
アニーは髪のちいさな乱れをブラシで整えながら、片手でビニールクローゼットを開いた。
人がひとりやっと入れる程度の小さなクローゼットの中には、アニーが買いそろえたふわふわした色合いの服が何着も詰まっている。
全体的に白と桃色でできているのは、やはり彼女の趣味だろうか。
その中から白いワンピースとイチゴジャムみたいな色合いのボレロをハンガーごと掴むと、鏡の前に翳してみた。
「零くんはどんな服が好みなんだろう……」
ぼんやりと、今日遊びに行く予定の男子を想像する。
待ち合わせ場所で彼はどんな顔をするだろう。どんな服を着ていたら……。
想像上の服装や相手の顔がつながりの悪いパラパラ漫画のように移り変わっていく。
「って、だめだめ! 迷ってたら遅れちゃう! でも、えーっと……!」
迷いながらも、鏡の下に置いてあった『薄黄色石のブレスレッド』を掴み取った。
なんといっても、これだけは、外せない。
「こう、かな?」
零は鏡の前で難しい顔をしながら、鏡の前で前髪を指でちょいちょいと直していた。
鏡に小さく映った部屋は深い木目の箪笥とクリーム色の壁紙。そして灰色のベッドだけで構成されていた。
物を沢山もつ習慣がないのか、それとも床や棚にものを置くのを嫌がるのか、いかにも必要最低限といった風情だが、どういうわけか窓際には大きなフランスパンが立てかけられていた。
こぢんまりとはしているが、パンのいい香りがする部屋だった。
ベッドサイドで丸くなるイヌスラが陽光を乱反射して部屋をブルーに照らしている。
前髪の調子に満足したのかそれとも妥協したのか、とにかく箪笥を開いてカッターシャツを引っ張り出す。
「服はいつものでいいよな。いやまて、いいのか? これってもしかしてデートなんじゃ……いや違うのか? なら俺は一体何を着れば……」
思い切ってオシャレな服(とっておき)を引っ張り出すべきだろうか。
ぴたりと停止したまま数十秒考えて、最終的にカッターシャツをとって引き出しを押し閉じた。
「どっちだろうと、いつも通りの俺で行く!」
そう言いながらも、零は箪笥の上に唯一置かれた『薄黄色石のブレスレッド』を掴み取った。
なんといっても、これだけは、外せない。
全く同じ造形の細長い家がほぼ密着してならぶ細いロンドン式アパートメント通り。
色の異なる別々の家からほとんど同時に飛び出して、馬車やロバが行き交う表通りを抜けて、二人は約束の自然公園へと――ほとんど同時にたどり着いた。
「「あっ」」
アニーは零をつま先から頭まで、零はアニーをつま先から頭まで見てから、なんだか同時にホッとした。
●零とアニー
ギルド・ローレットの拠点が置かれている幻想王都。
そこでミニマムな暮らしをしているアニーと零。彼らの共通点を上げるときりがない。
例えば歳が同じなことだとか、寒い時期の生まれであることとか、たまたまギフト能力で取り出せるものを売ることで小さく生計を立てていることとか。
しかし最大の共通点はといえば、彼らの価値観と言えるだろう。
彼らにとって世界は人でできていて、時間はつながりでできていた。
お金は沢山なくていい。けれど友達は沢山いたらいい。
日曜日には外に出て、誰かと何かをしたらいい。
今日はそんな二人が、きっと同じ価値観と気持ちで、あてのない『遊び』に出かけるための日曜日だった。
二人はとにもかくにも、これから行く場所を決めるために手近なカフェへと入店した。
物静かな女性がガールズジャズを流すその小さな店に、窓際に深い木製テーブルが並べられていた。
そのひとつへ向かい合うように座ると、二人してメニューを開く。
「なんとなく入ってみたけど……ここってなんの店なんだ?」
「えっ、知らないで入ったんですか? この辺りだと有名だったのに」
「有名ってなんの……」
零はメニューを端から端まで斜めに見てから、ふと女性店主のすぐ上へと目をやった。
『タピオカドリンク専門店』とあった。
「……なるほど?」
「聞いたこと無い?」
「パンに合わなそうでさ」
メニューに加えるとそればっかりになっちゃいそうだろ? とパン屋目線で語り始める零に、アニーはくすりと笑った。
「飲んでみると楽しいですよ。わたしはこれっ!」
すとんとピンをさすかのようにイチゴミルクの写真を指さすアニー。
「えっ、じゃ、じゃあ俺は……!」
勢いでせかされた形になった零はすとんと抹茶ドリンクの写真を指さした。
それをなんとはなしに見ていた店主が素早く二杯分を作ってテーブルへと出してくる。
窓際ということもあって綺麗に映えたイチゴミルク。上層のミルクから下層のイチゴクラッシュまでがやんわりとしたグラデーションになっていて、底にはカラフルなタピオカボールが沈んでいる。
一方抹茶ドリンクの方はきっぱりと上層の抹茶と下層のミルク。深い灰色のタピオカボールといった具合に落ち着いた色合いにまとまっていた。
「えへへ……楽しい出だしになりましたね」
日本だったら即スマホをとりだしてSNS映えを狙うシーンである。
アニーはテーブルに両肘をついてほっこりとした顔で笑った。
「この後はどうしますか?」
その顔に見とれるやら落ち着くやらで目をぱちくりしていた零が、ハッと我に返ってドリンクを太いストローでくるくるやり始めた。混ざり行く抹茶とミルク。赤くなる頬。
「そうだなあ。パン職人に会いに行ったり、パンの試食会に行ってみたり、パンの……」
「パンに夢中ですね……!」
イチゴミルクのストローをくわえていたアニーがふわっと言って顔を上げた。
「パン屋さんに弟子入りするってことかしら?」
「アルバイトもできれば一石二鳥……ってちがうちがう」
零は慌てて両手を翳し、話を一旦遮った。
このままでは本当に職業体験会になりかねない。
アニーと一緒にパンをこねたり銀のトレーにのった沢山のどうぶつパンにほこほこするのは楽しそうだが、最初の思っていたのと違う気がした。
「今日は折角一緒に遊びに行くんだしさ、いっぱい遊ぼうぜ!」
「うん。遊びに行くならどこがいいかな……!」
再びほこほこしだすアニー。
零は窓の外に目をやってなにかいいアイデアはないものかと考えた……ところで。
トン、とテーブルに二枚のチケットが置かれた。
女性店主が黙って置いたそれは、どうやら幻想都内にある遊園地の割引券であるらしい。
「…………」
「…………」
二人して割引券を見てから、店主の顔を同時に見る。
店主は深く頷いて、サッときびすをかえした。
「決まりですね、零くん!」
「あ、ああ……それじゃあここの払いは」
「では……じゃん、けんっっっ!」
突如拳を振り上げるアニー。
慌てて拳を握る零。
アニーはチョキで、零はパー。
「くっ……!」
「あわわわ……勝っちゃいました……」
アニーは自分のチョキを見つめてちょきちょきし、零はぱちんとがま口財布を開いた。
かくして二人、遊園地。
窓口の女性がなぜかシニカルに『カップル割だぜ、楽しみな!』と言ってチケットを切ったことを覗けば二人はごく普通に、そして自然に遊園地を満喫した。
コーヒーカップをぐるぐる回し、ジェットコースターに悲鳴をあげ、お化け屋敷にうおーと言って突撃し(ガタガタしながら出て行き)、そして冒頭のようにシュークリームを食べさせあったりしてみた。
「色々遊んだなあ……まだ乗ってないものってあるかな?」
「あるといえば……あ、あれですね」
アニーは振り返り、零もつられて振り返った。
高くそびえ、大きく回る。
その名も素敵な、観覧車。
色とりどりのボックスがある中で、二人は赤いボックスにのりこんだ。
ゆっくりと上がる景色。遠ざかる地面。見えてくる海。雲が心なしか近く鳴ったところで、零がふと思い出したように言った。
「高い空って、空気が澄んでるんだったっけ」
「空を飛べなくても、こうやって空気を味わえるかもね」
アニーは観覧車の窓に手をかけ、スライドして開いた。
強い風が吹き込み、大きく靡くアニーの髪。
うーんといって目を瞑るアニーの横顔を、零はじっと見つめていた。
観覧車が止まればいいのに。
なんて、言葉にするのは野暮だろうか。