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再現性東京2010:只の平凡な一日

登場人物一覧

ロト(p3p008480)
精霊教師

 非常勤の新任教師たるロトの一日は早い。まだ希望ヶ浜学園にも慣れていないからと静まりかえった校舎を歩き、職員室へと入る。一先ずは、と席に着いていた職員に挨拶をしてから自身に割り当てられた準備室の鍵を手に取った。希望ヶ浜は広く、教員の中にはこうして準備室を割り当てて貰えるパターンがある。ローレットよりやってきた彼にもそうして居室が一つ当てはめられていた。
「おや」
 背中五指に声を掛けてきたのは音呂木ひよの――長い黒髪を三つ編みにし、空のような明るい眸を瞬かせた少女だ。希望ヶ浜学園では高等部の生徒として自宅通学をして居る生徒だ。
「やあ、おはよう。音呂木さん。今日は早いね?」
「おはようございます、ロト先生。ええ、今日は日直なもので……」
 ちら、とひよのの視線がロトが手にしていた袋へと向けられる。職員室で良ければとお裾分けされたコーヒー豆だ。遣わなくなったと社会科教師がお下がりでくれた全自動コーヒーメーカーで挽いて見て欲しいと押し付けられたものだ。
「ああ、珈琲だよ。まだまだ始業には時間があるから音呂木さん、飲む?」
「良いんですか? なら一杯頂きます。先生に珈琲を入れて貰えるなんて得した気分ですね」
 悪戯めいて微笑んだひよのにロトはにんまりと微笑んだ。ほんわかとした空気感を与える彼は希望ヶ浜の生徒たちには「先生ってぼーっとしてるからなあ」と良く揶揄われている。教師としての役割は徹底し、授業もしっかりと行えているが休み時間やそれ以外の場になれば頼りなく感じさせるのだ。
 彼の隣をすいすいと歩むひよのは学園では一癖ある優等生であるそうだ。つんとした態度である彼女は希望ヶ浜に古くからある音呂木神社の一人娘としての職務を行う側面が強く度たび授業を抜けている。それ故に、少し浮いた雰囲気もあるが――ロトはそんな生徒にも分け隔てなく接したいと考えていた。……勿論、彼女とは『放課後』出会う方が多いのだが。
「……先生?」
 つい、考え事をしていたとロトはずれた眼鏡の位置を正す。びくりと肩を跳ねさせればくすくすと小さく笑う声がした。
「珈琲、出来たみたいですけど」
 準備室の丸椅子に座っていたひよのが「私が注ぎますね」とマグカップを手に珈琲を準備する背中を眺めている。こうして背中を見て居れば普通の女生徒に見えるが――放課後に出会えば嬉々として怪異の情報を口にするのだから違和感も存在している。
「はい」とマグカップが差し出された。
「あ、ああ。有難う。音呂木さんか珈琲を淹れるのは慣れているんだっけ?」
「ええ。カフェでアルバイトもしてますし……そういえば、先生は珈琲にミルクやシュガーは?」
「あ、必要なら冷蔵庫に牛乳があるよ。一緒に砂糖も貰ってきたから……僕はね、これにするよ」
 これ、とひよのはぱちりと瞬いた。買い物袋の中から取り出したのは鰯の塩焼きだ。どう見たって珈琲とは合わない食材だ。ロトはマグカップに塩焼きを突き刺して「うん」と大きく頷いた。
 ……どうやらジョークではない。
「それ、お好きなんですか?」
「うん、そうだよ。明太子と生クリームもおいしかったかな。他のフレーバーも試してみたいと思っているよ」
「……はあ。其れはフレーバーと呼ばない気がしますが……まあ、お好きなら止めることもしません」
 ひよのの大きな水色の瞳が困惑に染まるがロトは気にする素振りはない。それが彼にとっては一番おいしいコーヒーのの味方なのだ。ひよのはそろそろと立ち上がり自分の珈琲に鰯が突き刺されること無き様にと警戒した儘に砂糖を二つ、ミルクを少しと準備する。
 授業の前に甘い物が欲しいのですと小さな言い訳を添えてからひよのが珈琲を手にした様子にロトは小さく笑みを浮かべた。何も無理強いはしないさ、と告げればひよのはそっとテーブルの上にマグカップを置いて安心した素振りを見せた。
「そういえば、変わった事ってあるかい?」
「学校でですか? ……そうですね、やっぱりローレットの皆さんが来てから一気に騒がしくなりました」
「はは、それは面倒を掛けたかな?」
「いいえ、嫌いじゃないですよ。この騒がしさも、賑やかさも、トラブルだらけの毎日だって。
 私にとっては非日常です。ロト先生こそ、こうした日常には飽き飽きしてしまうのでは? 貴方は――」
 非日常の側でしょう、と確かめるようなその声音にロトは「そうでもないさ」と小さく笑った。机の上には生徒の課題や教育方針が並んでいる。こうして教鞭をもう一度取れるというだけでも喜ばしい。
「さ、音呂木さん。そろそろ授業の時間だ。忘れ物はないようにね」
「ええ。それでは、また『放課後』にでも。先生こそ、お忘れ物はないように。
 ……テーブルの上に置きっぱなしにしていると、aPhoneも忘れてしまいますよ」
 揶揄うひよのの声に「あ」とロトは小さく声を漏らした肩を竦めた。

 放課後、カフェ・ローレットにてひよのは「お待ちしていました」と特異運命座標達を招き入れる。その中の一人にロトは立っていた。
「今日の怪異はオーソドックスです。トイレの花子さんと呼ばれる召喚型ですね。
 女子トイレとは言えども、廃校になった小学校ですのであまり気にする事はないと思います」
 今日は私もご一緒しましょう、と。ひよのは巫女服に身を包み、護符等を用意していた。コスプレにも見えるその服装を着こなすのだから本物の巫女――という事なのだろうか。
「音呂木さん、今日は一緒に行ってくれるのかい?」
「ええ。お邪魔でなければ」
 揶揄うように彼女はそう言った。弁の立つ彼女は何時だって特異運命座標の一枚上手に立って居ようという姿勢を貫くのだ。ロトが教師であろうとも、彼がぼんやりとして見せればその隙をつんつん、と揶揄う様に突いてくる。
 それでも、夜妖の前では彼女の方が一枚上手だ。常に彼女は夜妖のプロフェッショナルとして――そして、ローレットの特異運命座標を危機に晒さぬためにと細心の注意を行っている。だからこそ、安全に仕事が行えるのだろうかとロトは小さく笑った。
「……先生、何を笑っていらっしゃるので?」
「いや、音呂木さんは、今日も頑張っているなとおもって。花丸をプレゼントしようか?」
「まあ。ふふ、花丸を頂けるのでしたら、帰りに缶コーヒーの一つでも奢ってくださいな。
 私は鰯も明太子も、勿論のことですがケチャップも入れませんのでそのあたりだけはお忘れなく」
 勿論、とロトは頷いた。魔術を用いての夜妖の討伐の為に「君は下がっていて」とひよのに後方待機をお願いする。こうした戦いはパンドラを所持する自分の仕事だ――生徒を危険な目に遭わせるわけには行かない。
「では、先生。頑張ってくださいね」
 揶揄うその声に「勿論」とロトは目を細めて小さく笑った。

  • 再現性東京2010:只の平凡な一日完了
  • GM名夏あかね
  • 種別SS
  • 納品日2020年10月02日
  • ・ロト(p3p008480
    ・音呂木・ひよの

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