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蜂蜜に溺れたような
登場人物一覧
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鎖骨から首筋にかけて舌を這わせられると、腰が跳ねた。
思わず声が出そうになるのを必死に堪えていたのに、指で唇をこじ開けられればそれも叶わない。
自分のものとは思えない音が喉から断続的に溢れていく。
せめてもの抵抗にと、舌で相手の指を退けようとしたら、それを了承とでも受け取ったのか、口の中まで二本のそれらを捩じ込まれた。
喉が塞がっているわけでもないのに息苦しさを感じて、不自由さから逃れようと舌が動く。それが結果的に指を舐めることとなり、その感触が心地よかったのか、相手が「あは」と笑みを零した。
口の中が指に犯されている。擦れて、開いて、掻き回して。それに舌を絡めることは、抵抗だろうか。それとも、もっとという懇願だろうか。
数分にも数時間にも思えるそれがようやっと終わって、人差し指と中指が自分の口から引き抜かれた。唇と指とを繋ぐ涎がねっとりと尾を引いていて、まるで別の何かのようだ。
どろりとしたそれを、彼女が口に運ぶ。さして味もないだろうに、まるで極上のミードを含んだかのように、陶酔したそれでゆっくりと、ゆっくりと舐め取っていく。
その間、自分は一人だ。こうして彼女と肌を重ね合っているというのに、彼女は自分と離れていった、口の中の分泌液と仲良くしている。
それがなんだか腹立たしくて、身体を跳ね上げ、上になっていた彼女を逆に押し倒した。
目が合うと微笑まれる。そんなわけがないのに、そのように淫らなものを例えて良いはずがないのに、まるで母のようだと感じてしまう。
そのまま彼女の胸に顔を落とした。
どうしてこうなったのだっけと、今日を振り返りながら。
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掘った地面に物を隠す際、ある程度土をかぶせ直してから異なる高さでまた別のものを埋めておくと、本当に隠したい前者は見つからないらしい。
何かあると掘り返されたとしても、掘った先で見つけた以上に掘り進めることなどしないからだとか。
チェルシーは顔の前に翳した鍵を見つめながら、そんなことを思い出していた。
戻ってきたばかりで宿のアテがないという自分に、あの人は自分の家を利用することをいともあっさりと提案してきたのだ。
不用心にも程があるのではなかろうかと思う。。見知らぬ女、でもないか。親しいわけでも、いや普通に親しいか。そもそも男女が、あれ、男女だっけ?
じゃあいいんだろうか。
「そもそも、私がそれを心配するのもおかしな話よね」
入ることを許諾したのは向こうで、じゃあ手を出さないほど信頼されているかと言えば、どうとも言えなかった。
前科がないわけでもない。最後まで及んだわけではないが。
「まあ無理やりって気にはならないけど。一応、信頼されているわけだし。されてるわよね?」
独り言が過ぎると、チェルシーは鍵を置いてソファに横になった。これを聞いてくれる家主は出かけている。ギルドの仕事であるのだから、数日は帰ってこないだろう。
その間、自分は一人だ。
そのような感想を抱く自分がなんだか恥ずかしくて、寝返りをうち、うつ伏せになって布地に顔をうずめた。誰が見ているわけでもないが、たぶん今の顔は赤いだろう。
ざらざらした表面と柔らかい感触が頬に擦れて気持ちが良い。
「あ、おんなじ匂い」
家主のことを身近に感じ取れるように思えて、しばらく頬をソファにぐりぐり、ぐりぐり。
その時だ。
「ヘイヘーイ、見てよ栗だよ栗!! 小さい秋を見つけたハッピーさんがまさかの壁からダイレクトログインだぜ!! 鍵を開けず窓も壊さず完璧な不法・侵・入!! 良い子は真似しちゃ、ダメだぞ!!!ミ☆」
壁から幽霊が現れた。えらく騒がしい幽霊だが、見覚えのある幽霊だった。
思わずポカンとしてしまう。そんな、突然他人の家に上がり込むような子だっただろうか。いや、他人ではないのかもしれない。なくなっているのかもしれない。そう考えれば、なんだか納得できるような気がした。
表情はまだ、意識についていけなかったけれど。
「は、ハッピー? ハッピー・クラッカー?」
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家には先客がいた。完全なサプライズタイミングとポジションであったのに、あの人の自室には先客しか無いなかったのである。
顔が驚きようをありありと浮かべているため、幽霊の所業としては大成功と言えるのだが、ターゲットには回避されているので目論見として大失敗だ。
先客は女性であった。そのことに若干、胸のなかで何か重く黒いものが渦巻いた気がしたが、ともかく女性だった。
小柄で、ともすれば幼い少女のようだが、服装は夜の仕事の住人もかくやと言うべくでもっと隠さないととってもアレだ。つまり。
「―――痴女!!」
「誰がよ!?」
指差して宣言したそれにようやく意識が追いついたようで、その女性は裏拳気味に自分の指を払い除けた。
「あはは、うそうそ、久しぶりだねチェルシーさん。どうしてここにいるの?」
なんだか、周囲の気温が下がった気がした。
「……あの、ハッピー?」
「どうしてここにいるの?」
「いや、あのね?」
「どうしてここにいるの?」
「……か、鍵をもらったから、です」
「ほーん、ふーん……」
じとー。
ハッピーは自分が半目になっていることを自覚していた。なんだ、鍵って。あったのか合鍵。なんだそれ欲しい。とっても欲しいぞ。言ったらくれるだろうか。くれそうな気がする。よし、今度ねだってみよう。
しかし、自分より先にもらっていた女性がいたわけだ。もらっていた『女性』がいたわけだ。
半目にもなろうものである。じとーってするのも無理がないと思う。
「そ、その、こっち戻ってきたばかりで、アテがなかったというか、その、ね?」
そんな言い訳で納得できるわけが、いや、できるな。あの人ならあり得る。
深呼吸を一回。落ち着こう。大丈夫、私はクールだ。クールクール。もう一回深呼吸。クールクールクール。こみ上げた衝動は手にした毬栗を握り破裂させたことで解消する。クールだ、クール。
「い、痛くないの、それ?」
「大丈夫、もう死んでるから」
「幽霊ジョークって笑えないわね!?」
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ハッピーと話をしていると、納得はいつしか確信に変わっていた。
ああ、この子なのだ、あの人に影響を与えたのは。
そう思うと、こうやって知らぬ間に家にまで転がり込んでいたことに、抜け駆けをしたような、不意打ちをあてたような罪悪感が生まれてくる。
同時に、それだけの努力を積み重ねてきた彼女のことも、愛おしく感じるようになっていた。
「私も家が全焼したら合鍵くれるかな?」
保険詐欺か。
「普通にほしいって言えば、くれるんじゃない……?」
我ながら当たり障りのない意見だとは思うが、間違ってはいないだろうと思う。それともこの幽霊の少女のことを意識してしまって、鍵を渡すか渡すまいか、あの人は葛藤をしたりするんだろうか。
あの少し表情に乏しい顔を赤らめてみたり、するんだろうか。
嗚呼、それはとても良い光景のように思えた。この二人が仲睦まじく、一歩ずつ進んでいくところを見ていたいと思った。
同時に、自分もそこにいたいとも感じていた。ふたりとも、抱きしめてしまいたかった。
だから、目の前で悩み、作戦を立てる彼女のことをそっと抱きしめた。
「チェルシー、さん……?」
頭を撫でて、頬を擦り寄せる。愛情を目一杯に表現してみせたつもりだ。
撫でていた手は背に、腰に、手のひらを使わず、指先だけで触れるか触れないか、それくらいの距離でゆっくりとなぞり、また戻ってくる。
「んっ……」
腕の中で身じろぎをする感覚。手付きが少し、そういう方向なのは許して欲しい。魅惑の魔剣なのだ。愛情とはそういうものに繋がっていくものだろう。
抵抗はすぐになくなった。むしろ体温を確かめるように、擦り寄せた頬を、抱きしめた身体をより押し付けてくる。
「突然、あの人の家にいるものだから、びっくりいたわよね。でも、私とも仲良くしてくれる?」
目を見つめて言う。鼻が触れるほどの距離で、息遣いもわかるほどの距離で。
既にとろりと潤み始めた瞳が可愛らしくて、返事を待つ前に口づけた。
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肌を押し合わせると、孤独が安らぐ気がする。
互いの身体に触れ合うと、心を繋げている気がする。
唇を重ね合うと、魂を分け合っている気がする。
だから丹念に、丹念に、ハッピーはチェルシーの肌を舌でなぞっていく。愛情を確かめるように、二人でいることを確信するように。ゆっくりと、丁寧に、顔から足の爪先まで、余すところ無く。
嬉しそうな、恥ずかしそうな悲鳴が聞こえる。それだけで、汗と何がしかで塩みを感じる筈のそれが、なんだかとても甘いもののように感じられた。
反応が面白くて、楽しくて、可愛らしくて。そうであれば、もっと虐めてしまいたくなるのも仕方がない。勢いを増せば、自分にしがみつく彼女の手にも力が入るもので、ともすれば食い込みそうになる爪に痛みを覚えたが、それすらも愛情のお返しのように感じていた。
互いに傷を残すのだ。この日が忘れられないように。互いの愛しさをこの瞬間だけにしないように。
歯を立ててやる。びくりと震えたチェルシー。指の力はさらにましたが、構うものか。快楽と、少しの痛みを覚えるようにしてやるのだ。その方が、彼女はきっと喜ぶから。
触れた身体の先に彼女の心があるのだろう。どこに触れてほしいのか、どこを穿ってほしいのか、どこを痛めつけてほしいのか。それらが手にとるようにわかった。そのとおりに答えてやれば、彼女もまた喜びの声で返してくれる。そうすればお互いにわかりあえるようで、夢中になっていた。
顔を見る。幼く見える顔。しかし高級な遊女のようでもあると思える顔。その目尻に涙が浮かんでいる。痛いのだろうか。怖いのだろうか。嬉しいのだろうか。愛おしいのだろうか。
気になって、そうすればわかる気がして、舌を伸ばしてそのしょっぱい水を舐め上げた。
顔を近づけたからだろう。舐めとった直後に、唇を合わせられた。
拒む理由はない。突き出して、絡めあってくる彼女を受け入れていると、気がつけばまた自分が下になっている。
チェルシーもまた、ハッピーの肌を口の中にある柔らかい肉でなぞっていくが、それはより献身的なものだ。
短時間とは言え触れ合って、重ね合って、それで理解したのだろう。それで通じ合ったのだろう。チェルシーはハッピーがより喜ぶように体を動かしていく。
また唇を固く結んで我慢しようとするものだから、指先でそれをこじ開けようとしたら、ハッピーは自分からそれを咥えこんできた。
水の音が聞こえる。必死にお互いを共有しようとする彼女にまた愛情を感じる。愛情を覚える。もっと、欲しくなってしまう。たまらなくなってしまう。
指を増やす。増やしていく。彼女の声が少しだけ苦しそうなものに変わったが、問題はない。まだ受け入れてくれる。彼女も喜んでくれる。それをお互いに理解している。苦しみを分け合い、喜びに昇華できるものが愛情だ。少なくとも、貪るといえるものであれば。
仰向けになった彼女の腹の上に座り、上から顔を見下ろしてやると、水の音が大きくなった。見られていることに興奮したのか、それとも、「もっとやれ」という命令だと受け取ったのか。きっとどちらもであるのだろう。
その懸命さはぶるりと何かを震わせるものがあり、思わず指と指で蠢く肉を摘み捕らえていた。柔らかい、ぬるりとした感触が伝わってくる。力加減が難しい。弱めればぬめりですぐに離れてしまうが、きつくすれば今度は彼女が痛みを訴えるだろう。そのとき、どんな顔をするだろうか。
不意にそれを、実行してみたい誘惑にかられた。引っ張って、千切って、自分のものにして。言葉を作ることができなくなった彼女はどのようであるのだろう。
強引に奪え、惹きつけて捕らえろ。何かが耳元で囁くようだ。それは決して行ってはいけない、誰にも幸福をもたらさない魔の甘美。向かう先は破滅でしか無いのに、どうしようもなく、甘い池に見えて仕方がないのだ。
「ひぇる、ひい……?」
摘んだまま動かない自分のことを不思議に思ったのだろう。自分の体の下で、ハッピーが目だけで心配げに問うてくる。
首を振って、安心させるために笑ってみせた。
そのまま顔を近づけて、自分のそれと、彼女のそれを重ね合わせる。なぞる。唾液を交換する。絡めあっていく。
深く深く、お互いを確認するように。溶け合うように。奥へ、奥へ。
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何時間経ったっけ。
お互い、体力はとっくのとうに限界を迎えていたけれど、何故だかやめる気にはなれなかった。
寂しいから求め合って、愛したいからまぐわいあって、それでも満たされないから続けることにした。いつ満たされたか覚えていないけれど、互いに尽き果てるまで愛し合うことにしたのだ。
荒い息を整えている。全身が気だるくてたまらないが、充足感は非常に大きい。
ふと、先程までは夢ではないかと何かが囁いた。誰かと一緒にいて、誰かと肌を重ねて、誰かとお互いを共有し合ったなど、嘘ではなかろうかと。
バカバカしいと、その考えを鼻で笑う。だってほら、私の右手はまだ、彼女の左手を握っている。お互いに指を絡めて、握り合っている。
「ねえ、チェルシーさん」
顔は天井に向けたまま、口を開いた。返事はないが、聞いているはずだ。手を重ねていれば、それくらいはわかる。わかっているから、彼女も返事をしないのだろう。
何かの確信がって、体を横に向けると、彼女と目があった。わかっていた、こちらを向いていることは。
今さながら、それを伝えることにする。どうにも遅れてしまって、どうにもあれこれすっ飛ばした後だったけれど。それを言うことで、心が晴れることもあるだろうから。
「おかえりなさい」
彼女はキョトンとした後すぐに笑顔でいっぱいになり。
そうしてまた、どちらからともなく唇を重ねた。手を握りあい、お互いを引き寄せて、また尽き果てるまで―――と。
ガチャリ。鍵の開く音。玄関の扉が開いた音。ぎーばたん。
「ただいまー」
やっべえ。