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世界を超えても忠義を示すなら

登場人物一覧

クリスティアン=リクセト=エードルンド(p3p005082)
煌めきの王子
クリスティアン=リクセト=エードルンドの関係者
→ イラスト

 探しびとが居る際に、世界が無数にあるという事実を前にすれば、あなたはどう思うだろうか。
 まさか異世界に迷い込んではいなかろうと高を括るだろうか。それとも、不可能を突きつけられた絶望で崩折れてしまうだろうか。
 断っておくが、これは悲劇ではない。
 この僕が、クリスティアン=リクセト=エードルンド王子殿下と再会するまでの経緯。その一部を抜粋したものである。


「クラエスや。クラエスや」
 僕を呼ぶ主の声が聞こえたので、「ハイただいま」とよく通る音程を意識した返事をし、急ぎ足で寝室へと向かう。
 どたどたと走るような真似はしない。主人の呼びつけだからと、形振り構わず駆け出していくのは無作法者のやることだ。
 自分に声をかけるにあたり、緊急や切迫した状況であるという可能性はまず存在しない。不埒者が居たのなら護衛の騎士に向けたものになるだろうし、急を要するのであれば外様の僕に声がかかろう筈もないからだ。
 よって今この僕、クラエスに求められているのは『執事』という役割である。
 それは『貴族』という役割を形作る飾りのようなものだ。よく教育された、洗練された執事は家の格式を高め、主の地位を盤石なものとする。それは主人の声色も見抜けずにおべっかを使うことばかり考えているような二流には務まらぬことだった。
 ああ、そうそう。主人と言っても、勘違いしてはいけない。ここの家長様とは飽くまで雇用者・被雇用者の関係であり、僕が全存在をかけて忠誠を誓う王子殿下とはまったくの別人である。
 生き別れになった王子殿下を探そうにも、見知らぬ世界で先立つ物もないとくれば道半ばで行き倒れてしまうことは目に見えている。
 手っ取り早く身銭を稼ぐ為には、雇われ執事をするのが最も効率が良かったのだ。
 芸は身を助く、とはこの事を言うのだろう。王子殿下のご生活を支えるために鍛えてきた執事スキルが今、僕の生活を支えている。引いては王子殿下を探すという使命を支えている。じゃあ回り回って王子殿下を支えているじゃないか。なんということだ、僕はついに王子のお傍に居なくても王子の役に立っている!
「グッジョブ、グッジョブ僕! 王子殿下万歳!!」
 おっと、いけないいけない。殿下が好きすぎて今日も思考回路が健全に働いてしまった。思わず立ち止まって涙を堪えるなど、すれ違ったメイドも驚いていたじゃないか。流石は殿下、そこに居なくとも婦女子の心を揺り動かしている。そうだ、あんなにも見目麗しい殿下をこの世の婦女子が放っておくはずがない。もしやクリスティアン様は婦女子の大群に囲まれてなかなかのピンチング。これは絶対執事たる僕がお助けせねば。今参りましたぞ王子! クラエス、君を待っていたよ! なんと勿体無いお言葉! クラエス! クリス様! クラエス! クリス様!!
「今、今クラエスめがお助けにいいいいいいいいい――――!!」
「落ち着きなさい」
 後頭部にチョップを受けた。


 腰が入っていて、なかなか様になったチョップだった。
 大の男が初老にも差し掛かろうという女性のチョップに目眩をさせられたのだから、誇っていいものだろう。
 後頭を摩りながらチョップの主を振り返る。
 彼女こそが今の雇用主。僕を呼びつけた仮の主コト、カロリエヌ・アルバガンズ男爵夫人様である。金髪の似合う、正真正銘の貴族というやつだ。
 そう。『金髪の似合う』貴族である。
 彼女はクリス様を探す上で候補にあがった人物であった。金髪が似合う、それも紅茶を好む貴族とくればクリスティアン様の可能性高しと屋敷まで足を向けたのだが、女性であったとはこのクラエス、痛恨の不覚である。
 まさか貴族にお目通りを願って人違いでしたて済ませていい筈もなく、執事としての自分を売り込むことにしたのだ。当面の生活費が必要、というのも嘘ではなかった。
「カロリエヌ様。御婦人が男を背後から襲うとは如何なものでしょうか」
「お黙りなさいクラエス坊や。貴方の奇行で、掃除婦が怯えているのよ」
 はて、奇行とは。自分は殿下への純粋な忠愛を確認していただけで、奇行というようなそれに及んだ覚えはないのだが。
「まったく、『クリス様』のことになると、クラエス坊やは途端に『私の執事』ではなくなるのだから、困ったものだわ」
 カロリエヌ様は露骨なため息をついてみせると、何やら書簡のようなものを取り出してみせた。
「……これは?」
「貴方の為に用意したものだけれど、本当のところを言うと渡すべきか悩んだわ。貴方は『クリス様』が絡まなければ、本当に誰よりも優秀な執事だったから」
 失礼な。クリス様の前でこそ自分のパフォーマンスはフルステータスを見せるというのに。なにせ、その為だけに執事道を極めてきたのだ。茶を入れる所作から歩き方ひとつに至るまで、王子殿下と離別してからも訓練を欠かせたことはない。
「でも、優秀だったからこそそれに報いなければいけないわ。それがアルバガンズの矜持というものよ」
 そう言うと、カロリエヌ様はその書簡を僕によこしてみせる。なんだろう、開けてもよいものだろうか。
「いいえ、少し待ちなさい。開けてしまうと貴方は直ぐ様居なくなってしまうだろうから。いいこと。本当に感謝しているの。だから、貴方が最も欲しいものを用意したわ」
 最も、欲しいもの。それが意味するところはひとつしかないが。まさか。
「それは、『クリス様』の居場所が記された――」
 ばひゅん。というコメディアスなサウンドエモーションが流れたかは不明だが、僕はその言葉の言い終わりよりも早く駆け出していた。走りながら中身を開ける。大丈夫。誰にもぶつからないし道を誤りもしない。マルチタスクができてこそ執事というものだ。だが、
「――まったく、別れの挨拶くらいは済ませてから行きなさいな」
 カロリエヌ様のその言葉は、僕には届いていなかった。


「今貴方様の執事が参りますクリス様ああああああああああああ!!!!」
 手紙に記された住所を記憶すると貸し馬屋までたどり着いた僕はチップも多めに受付の懐へとふんわりとした受け取りやすい軌道を描く銅貨袋ピッチャーというこういう時の為のスキルを存分に発揮すると走りながら貸し馬の中より毛並みの一等いいやつを瞬時に見抜き走る勢いを殺さぬまま馬の首を支点に円運動を描いてその背に着地するといい感じにハイヨーシルバー的なことを叫んでごめん実際にはクリス様クリス様クリス様って連呼しながら目的地に向けて出発した。
 クリス様は一軒家を借りてそこに暮らしているという。
「なんという盲点!!!」
 てっきり溢れんばかりの王子チャームであっさりと名誉貴族の地位を獲得して大豪邸に住んでいるとばかり。そんなところにおわしたとはこのクラエス一生の不覚。
 ええい、遅いぞ馬。頑張れ馬。クリス様への思いがあればなんだってできるぞ馬。
 街にたどり着いて石畳を突き進み、角を曲がるとそこに見えたぞ一軒家。
 庭付き! 素晴らしい! 夢がわかっていらっしゃる!!
 そこに見える金髪の御仁。暑いからタオルというの名のジャボを首に巻き、麦わら帽子という名の冠を頂くその雄姿こそ、
「嗚呼、嗚呼――――!!!」
 あれこそ、まさしく。

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