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むかしむかし、ゆうやけこやけ

登場人物一覧

二(p3p008693)
もうまけない
二の関係者
→ イラスト

●ある創造主の話
 むかし、むかし。
 そのまたむかしの、ずうっとむかしのお話。

 『彼』は異なる世界からやってきた旅人でした。
 初めは右も左もわからなかったけれど、幸いなことに『彼』を拾った人々がありました。
「ありがとうございます、本当に助かりました! このご恩は必ず!」
 実は、『彼』はそんなに義理堅い人間ではなかったのだけれど。
 根無し草よりは、拠点がある方が良いし。
 『彼』は、『人がいる場所』が良かったのです。
 何より、そこでは『彼』がいっとう興味を引くものが作られていたのです。

 秘宝種。
 現在の混沌世界では失われた技術で生み出された、人間体を模した機械生命。
 『彼』が辿り着いた場所では、不思議な事にその技術が生きていました。
 そして『彼』は、この『人型をしているが人ではない』秘宝種に可能性を見出したのです。
「元の世界でも魔法の人形を作っていたのです。きっとお力になれると思います」
 どうにか頼みこんで、『彼』は失われかけていた技術を継承したのでした。

 ――『彼』は、『ヒトガタ』を使う呪術師だったのです。

 『ヒトガタ』とは、人の災いを肩代わりしてくれる依り代の人形です。
 この『生きた』秘宝種なら、元の世界の『ヒトガタ』よりも、より『人』に近いものができるだろう、と『彼』は考えたのです。
 『命』を宿した、限りなく『人』に近い、けれど決して『人』ではない秘宝種。
 その方が、依り代としての役をより確実に果たせるだろう、と。
 呪術師の『彼』は、そういうものを作ろうと決めたのでした。

●いちとにい
 むかし、むかし。そのまたむかし。
 空と地、ふたつをみまもるヒトガタがふたつ。
 なかむつまじく、ありましたとさ。

「いち」
「にい」
 一(いち)には二(にい)があって。
 二(にい)には一(いち)がありました。
 二人とも人型をしていたけれど、その躰には異形のものが繋がっていました。

 一には、蟲毒の残骸が寄り集まったような、歪で巨大な骨が。
 二には、先が一対の手になった巨大な蛇骨が。
 それはどこか妖(あやかし)じみた恐ろしい姿ではありましたが、それで二人が恐れられることはありませんでした。
 秘宝種である二人を作ったのは、今や人々に先生と慕われる『彼』だったからです。
「にい、何つくってる?」
「ととさま、おなか、すく。にい、おにぎり、つくれる」
「お前はばかだなぁ。おにぎり、見たことあるの?」
 一が笑って尋ねると、二はしっかりと頷きます。ほかほかのご飯を、ぎゅっとして、固めたもの。それを作ってる、と答えました。
「にいの手で、ぎゅっとしたら、潰れてしまうだろ?」
「……。驚愕。いち、えらい」
 一も二も、人型をしていたけれど。人の手は、長い袖から出せないのでした。
 二人は、依り代の『ヒトガタ』。『人』ではなかったのです。
 それでも一は、力が強かったから。人々の警護をしていました。
 二も力は強かったのですが、一よりは弱かったので、『彼』の子として身の回りの世話をしていました。それでも、異形の手で細かいことをするのは、どうにも苦手でした。
「こんな時、どうすればいいか。できそこないでもわかるだろ?」
 一は、常に穏やかな笑顔をしているけれど。二への言葉は、あまり穏やかではないのです。
 怒りとか、妬みとか、そのような感情ではありません。事実を並べるだけなのです。
 作られた時から、一の心はがらんどうでした。
「ひとに、きく。おしえて、もらう」
 二も、一の言葉に傷付く様子はありません。二は、泣くことも、笑うこともありません。
 作られた時から、二の顔はお人形でした。
 二の心は少しだけ、ほんの少しだけ、小さなものを感じるけれど。

 そのように作られた二人は、よりたくさんの人に触れて、よりたくさんの災いを肩代わりして。『彼』がそう望む通りに、これまで生きていました。
 どちらの作り方が、より『人』に近く成長できるか――ただそれを見てみたかった『彼』の試みであることも理解した上で。

「でも、二は父上の傍を離れられないじゃないか」
「ん。ととさま、心配。よくない」
「仕方ないな。おれがひとつ聞いてきてやろう」
 一はにこやかに笑んだまま、骨の翼を蜻蛉のように羽ばたかせて飛んでいきました。
 空へと飛び去る一を、二は地上から大きな手を振って見送りました。

 『彼』にどんな思惑や、企みがあろうと。
 一と二にとって『彼』は作り主で、父と言える存在には変わりなく。
 大切な作り主が望むように在ることが、作られたものの役目。
 それを上手にこなせることが、二人にとっては大事なのです。
 その点、力でも、能力でも。二は少しだけ、一より不器用でした。
(にい、とべない。いちみたいに、とべない。あっち、こっち、おはなしにいけない)
「二、来てくれないか。探し物を手伝ってくれ」
「……! 了解。ととさま、てつだう」
 二は飛べないけれど、二つの大きな手があるのです。
 『彼』の傍で、少し遠くのものや、少し高い場所のものを取ったり。たくさんのものをどかしたり。そういうことは、得意でした。
 得意なことで役に立って、褒められることは。少しだけ、心がうずうずする気持ちになりました。
 そのことを言うと、『彼』は更に満足そうに笑ってくれたのです。
 『彼』が、笑ってくれると。二は、ますますうずうずしました。

●うれしいと、かなしい
 心がうずうずすることは、故障ではない、と『彼』は教えてくれました。
 うれしい、という気持ちだと教わりました。
 それを知ったことが、またうれしかったので。二は一にも教えてあげました。
「ととさま、わらう。にい、うれしい。いち、うれしい、しってる?」
「知ってるよ。人は、望みが叶うと嬉しいらしい。父上も、お前が『嬉しい』を知ったから、嬉しくて笑ったんだろう」
「……。いちの、うれしい、なに?」
 こんな、おにぎりのようにほかほかで。子供のように軽々として、跳ねまわる気持ち。
 一は、『うれしい』を知っていました。一はいつも、笑っているから。がらんどうの心にも『うれしい』があるのかと思って、聞いてみました。
「うーん、おれには無いなぁ。嬉しいも、悲しいも無い」
 いつもと同じ笑み。けれど少し考えるような声の後、やはり無いのだと言われました。
 人と同じくらい、それ以上に色々な顔をするのに、一の心はどこまでもがらんどうなのです。
「嬉しいも、悲しいも無いけど。良いと、悪いはある。お前が嬉しくて、父上が嬉しいなら、それは良いことだ」
「にいの、うれしい、は。いちの、いいこと」
「そうだ。だからもっと、父上が嬉しいことをたくさんしよう。父上が嬉しいのは、おれにとって良いことだ。お前にとっても、嬉しいことだろ?」
 『彼』と二が嬉しくて、『嬉しい』が一にとっても良い事なら、それがたくさんある方がいいと思いました。二はしっかりと頷いて、少し考えました。
「ととさま。なにすると、わらう? ととさまの、のぞみ。どうしたら、たくさんかなう? いちみたいに、そら、とぶ?」
「にいは、おれとは違う。おれと同じことをお前がしても、喜ばれないんじゃないか? 役目が違うんだよ」
「……」
 二は、黙ってしまいました。
 役目が違うと言われれば、確かにその通りで。二が一のように強くないことは、二がよくわかっていたのです。
「にい、おにぎりは、つくれない……」
「またその話か」
「いち、つくれる?」
おれはそういうものじゃない。武器で作ったおにぎり、食べたいと思うか?」
「……ぶきで」
 一は、「戦う道具である自分に料理は作れない」と伝えたかったのです。
 しかし二は、真剣に考え込んでしまいました。
「よろい、とか。たて、とかで。ぎゅっぎゅ、できるとおもう」
「父上は食べてくださらないと思うな。嬉しくない」
「うれしくない、だめ……」
 しょんぼり。
 二が背を丸めて目を伏せると、巨大な手も連動して項垂れます。
「……にい。そんなに悲しいのか?」
「かなしい? かなしい、なに?」
「にいは、『悲しい』も知らないのか。ヒトガタの部分はおれとそっくりなのになぁ」
 どうにも上向きになれない、心が晴れない、曇りか雨の空のような気持ち。
 一は、『望みが叶うと嬉しい』と言っていました。ならば、この下向きの気持ちは、『望みが叶わないから悲しい』という気持ちなのかと、二は考えました。
「お前が新しい感情を知れば、父上は喜ばれるだろう。今の気持ちを、伝えてくるといいさ」
「にい、いま、うれしくない……ととさま、よろこぶ?」
「お前はそういうものだから。ほら、行った行った」
 一に背を押されて、二はとぼとぼと『彼』の元へ向かいました。
 二が悲しいことを知ると、一の言う通り『彼』は笑って喜んでくれました。
 『彼』が笑うと、二は嬉しくなって、悲しみはどこかへ飛んでいったのでした。

●ひとがたの面、がらんどうの心
 一は、顔に感情を並べる事で多くの人に接し、己に共感のないまま災いを受け取ろうとしました。
 二は、感情を学びながら『彼』と共に多くの人に接し、共感する事で災いを受け取ろうとしました。
 緩やかに過ぎていく日常の中でそれは行われ、一と二の中に積もってゆくものに、『彼』は満足げでした。

 年月が経って、二が学んだ感情が増えてくると、不思議なことがありました。
「いち、そこ。ふむの、だめ」
「なんで?」
「きのう、むし、しんだ。にい、うめた。ふむと、むし、いたい」
「死んでるならもう痛くないよ」
 気にせずそのまま通ろうとする一の進路を、二が阻んで地面の一か所を守ろうとしました。二の手で覆われたそこは、少し土が盛り上がっただけの場所です。
「……父上がそうしろと?」
「ちがう。むらの、こども。きれいなはねの、むし、だったから。かわいそうだから、うめよう、って」
 二が、そこまで一生懸命守ろうとするものを。一は壊そうとは思いませんでした。
「踏まないから、手どけなよ」
「ん」
 二が手をどけた土のふくらみに、一が近くにあった小枝を軽く挿しました。
「あ」
「虫の墓なんだろ? 目印だ。墓だってわからないと、おれみたいに踏んでしまう」
「……納得。いち、えらい。めじるし、感謝」
 二の顔は相変わらずお人形で、表情は出ませんが、声は嬉しそうでした。
「いち。はか、なに?」
「父上から聞いてないのか? 死んだ者を葬った場所だよ」
「ほうむる、なに?」
「にいと、子供達がしたことだよ。死んだ者が可哀想だとか、悲しいとか。人はそういう気持ちで、死んだ者を埋めたりするらしい。おれは父上から聞いた」
 二は、実の所。死んだ虫には、最初はそこまで気を引かれませんでした。しかし、周囲に子供達が集まって憐れんでいたから、何かしてあげたいと思ったのです。
 この、子供達の悲しい気持ちを。自分が引き受けなければいけない、と。
「ほうむる、いいこと?」
「死んだ体は、放っておくと鳥とか獣とか、虫にも食われるらしい。臭いもひどいみたいだ。己は、良いことだと思う」
「ととさまも、うれしい?」
「怒ることはないんじゃないか? 気になるなら聞いてこいよ」
 それもそうかもしれません。
 一の言うことを聞いて、二は『彼』に葬る事について尋ねに行こうとしました。
「……ほうむる、したら。ずっと、きれいなまま?」
「この墓、掘り返したらわかるんじゃないか?」
 一が気軽に掘り返そうとするのを、二が慌てて大きな手で止めました。悲しそうだった子供達の顔を思い出したからです。
「はか、ほる。よくない、とおもう。こどもたち、かなしむ」
「そう思うか。……お前がそう思うなら、そうなのかな。おれにはわからないけど」
 一は、感情を知っていても。その心は、相変わらずがらんどうで。
 それでも近頃は、二が抱いた感情を大事にしてくれるようになりました。
 『彼』が、喜ぶからです。

「いち。いっしょ、いく?」
「いいよ。行こうか、にい」
 蟲毒の寄せ集めを背負った一が飛び、一対の手を背負った二が夕暮れの家路を歩く。
 仲睦まじい、むかし、むかし。
 そのまたむかしの景色でした。

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