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こんなに月のキレイな日には

登場人物一覧

鏡(p3p008705)

 とある街の公園にて、男と女が仲睦まじく愛を語っている。どうせ自分たち以外に誰もいないから――2人は人目に憚られるほど大胆に、艶めかしいぐらいに愛し合っている。
「愛してるよ」
「本当に?」
「本当さ。何があっても君を守るし、ずっとずっと変わらないからね」
 いっそ陳腐で軽い浮ついた言葉。しかし構う事なく盛り上がり男の手が女の服にかかる。

「こんばんはぁ」

 声がした。間延びして、甘ったるくて薄気味悪い女の声。当然カップルの女の方ではない。不躾な乱入者に対して、カップルは少し苛立っている様子だった。――こんな夜更けに刀を帯びて歩いている女に恐怖が湧かないぐらいに。
 眉間に皺を立てながら部外者を睨みつける。部外者の正体は若い女だった。髪が左右で黒と白で対称に塗り分けられ、やたらと露出の高い服装をしていた。奇妙な女は両掌を顔の前で合わせながら貼り付いたような笑顔を浮かべている。
 流石に冷静になったのか男は部外者に気味の悪さを感じ始めていた。
「何だ、お前は」
「名乗るほどの名前もありませぇん。ただぁ、ちょっとぉ、お二人が楽しそうだからゲームをしたくなったんですよぉ」
「お前に付き合う理由がないし、そもそも質問の答え……」

 ずどん。

 一瞬、何が起こったか理解できなかった。気づいた時には既に地面に尻餅をついて転がっていたのだから。2人を別つようにしてベンチが真っ二つに切られていた。

 なぜ? どうやった? どうして?
 女を見る。女は手に刀を持っていた。あの腰に帯びていた刀だ。いつの間にか抜かれていた……2人の気づかない内に……。

 その事に気づいた瞬間、2人は恐怖の叫び声を上げた。上げようとした。遅れて声が出ていない事に気づく。それほどまで、眼前に迫っていた死に怯えてた。
「お静かにぃ。話を聞いてくださぁい」
 その言葉に2人の口が閉じる。本能的な生存欲求がカップルを無意識に、無理矢理黙らせた。
 あの女は本気だ。もし言いなりにならなかったら確実にあの刀で殺されるだろう。「戦って勝つ」のも現実的ではない。だってあの女の剣閃は見えなかったから。もし抵抗してもむざむざ殺されるだけだろう。それならば僅かでもこの女の話をよく聞いて殺されない可能性に縋るしかない。
 女は薄気味悪い笑みを浮かべたまま、言葉を続ける。
 カップルは黙ったまま女の思い通りに動かされるしかなかった。どうして、いったいなぜこんな事に。胸中に疑問の言葉がぐるぐるぐるぐる渦巻く。誰も答えてくれる人はいない。ただ、このような理不尽に巻き込まれた不幸を嘆くしかなった。

「ゲームのルールは簡単ですぅ。どっちが生き残るかぁ、殺されるかぁ、相談して決めてください」

 まず、2人の頭に浮かんだ感情は絶望だった。
 その次に脳裏に駆け巡ったのは「こうなったのはこいつのせいだ」「こいつがこんな夜中にこんな場所に誘ったから」「こいつが早く帰ろうと言っていれば」――相手に責を求める言葉だった。
 ああなんて哀れな事。さっきまで語っていた愛の言葉はどこへ遣ったのか、愛し合っていたはずの2人は醜い言い争いを始めた。
 責任転嫁、難癖、後悔、誹り、批難、不満不満不満。
 ぶちまけられた鬱憤を、女はお気に入りのレコードでも聞いてるかのようにうっとりとした顔で眺めていた。

 それから幾度不毛な掛け合いが続いた頃だろうか、精神に限界を迎えた女が逃げ出した。
 こんなのは嫌だ、私は死にたくない、愛してるなら私のためにし――言い切る前に女の身体は二つになった。

 血の付いた刀を見て、彼女は舌なめずりをする。どうやら満足のいく“歯応え”だったらしい。
 突如として目の前で行われた惨劇に男は呆気に取られていた。彼女はまたにやりと嗤って、
「せっかくのゲームが御破算になってしまいましたぁ。なので追加のゲームをしまねぇ。左に逃げたら殺しますがぁ、右に逃げたら見逃しますぅ」
 男は別の意味で放心した。彼女は「見逃す」と言ったのだ。つまり助かる。『右』にさえ逃げれば。「ざまぁ見ろあの女」とかつて恋人だったものに毒づきながら、当然男は『右』に逃げた。男から見て右側に。

「あ、すみませぇん」

 男の心臓が跳ね上がる。振り返って見れば到底申し訳ないと思ってなさそうな笑顔で、

「『私からみて』というのを忘れていましたぁ」

 実質的な死刑宣告。しかし男が死の恐怖を完全に理解するよりも早く、身体は胴でキレイに別たれていた。



「んっ……はぁ、とてもよかったですよぉ二人共ぉ」
 残った女の、艶めかしい声。
 男の身体が血の海に沈んだのを確認してから、目撃者が出る前に彼女は鼻歌まじりで帰って行く。
 悦楽にかまけてローレットに張り出されるお尋ね者になってしまうほどに、彼女は愚かではない。

 とても月が綺麗なある日の事。若いカップルに起きた悲劇の真相は月と鏡(p3p008705)以外、誰も知らない 。

  • こんなに月のキレイな日には完了
  • NM名樫木間黒
  • 種別SS
  • 納品日2020年09月26日
  • ・鏡(p3p008705

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