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Beautiful dissonance

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アベリア・クォーツ・バルツァーレク(p3p004937)
願いの先

 幻想、バルツァーク領が一角、クォーツ修道院。
 シスター・アザレアの切り盛りする其処は数人の子供たちが引き取られ、健やかに育ち、羽ばたくための巣立ちの地である。
 森の奥より響く子供たちの楽し気な笑い声と、美しいヴァイオリンの音色。心安らぐ音で溢れる其の地を、人々は旋律境界と呼んでいた。

 此れは、そんな旋律境界で日常を送る一人の娘の物語である。

●陽光のプレリュード
 流るるは清廉なる祝音。
 尊き命から零れる命のぬくもり、温かな旋律。
 カーテンの隙間より降り注ぐは、柔らかな日の光。
「……ん、んぅ」


 嗚呼、あと二分。いや、欲を云うならば三時間程は眠っていたい。けれども、そんなことをシスターが許してくれるがあるはずもない。
 柔らかなシルクを、それ以上に柔らかい柔肌から滑らせ、そうして白磁の肌に照り付ける陽光。裸で眠る彼女は恐らく気付いていないだろうが、大分無防備である。けれど耳の『良い』彼女にとって、肌で心地の良い、愛おしい旋律に包まれることは心身に大きな影響を及ぼすのだ。
 頭を枕に擦り付け、もう少し眠っていようと決意する。けれども嗚呼、そう上手くはいかないのが人生である。
 ちゅんちゅんと、薄ら開いた窓を叩く小鳥たちは気まぐれに飛び去って行き――風が吹く。
 ふわり、揺れたカーテン。風の精霊が耳朶を擽るように、リアの目覚めを乞う。その旋律が聴こえる。
「嗚呼、もう……ふぁぁ、寝すぎたかしら」
 時刻は朝五時半になろうとしているところ。秒針はメトロノームのように等間隔にリズムを刻む。

 さあ、一日を始めよう。

 ぐい、と伸びをし、真白いリネンをかき集めて、丁寧に折り畳む。ほったらかしにしておくとシスターの拳骨が降ってくるのだから、竜の逆鱗に触れないようにするのと同じである。
 修道院の子供たちの中でも最年長の彼女が手際よくこなせないはずもない。何度目かの欠伸交じりに手際よく畳んだ其れを薄桃の枕の隣に置いてベッドを整えたら、次は身支度を整える番だ。
 散々寝返りをうち、枕に頭をこすりつけることで癖のついた檳榔子黒のロングヘアを、丁寧にブラシで整えて。
 下着を着け、修道服を身に纏い、ヴェールを被る前に顔を洗って。そうしてから、漸く漆黒のヴェールを被り、そうしてクォーツ院を出る。
 まずは日課を果たさねばならない。
 美しい湖沼に隣接する形で建てられたクォーツ院の隣。白鳥の名を冠する湖『オデットレイク』へと、リアは躊躇いなく足を進めた。

 ――いいかい、リア。自然には魂が……精霊が宿っているんだ。
 ――せい、れい?
 ――そう、精霊だ。お前が精霊を愛するならば、屹度。精霊も隣人たるお前を愛してくれるだろうさ。

 アザレアの声が何処か遠くで響く。
 その日からリアは、病弱で、旋律に怯えるだけの少女では無くなった。
 何度も何度も湖に通い、身を清め、祈りを捧げ。
 其れを繰り返すことで、何時しか湖に住まう水霊は、リアへと加護と寵愛、祝福を与えた。
 水面に映るサフィールの瞳が煌めいた。水霊達は其れを合図に、リアの元へと近寄るのだ。
 纏った修道服を脱ぎ、髪を一つに結い。そうして、ちゃぷ、と身体を澄んだ水へと浸していく。
 精霊の加護は絶大である。透明度の高い、美しい湖の冷たい水を、其の温度を、リアの身体へと伝えることはないのだから。
 跪き、祈りを捧げ。
 そうして幾許か、水に祈りを解かして。湖から上がり、また修道服を纏って、もう一つの日課を果たすのだ。

 サピロス森林の緑を掻き分け。翠を潜って。
 其処にあるのは、小さな小さなお墓。
 小さな少女が眠る、それだけの地。鮮やかに咲いた紫苑は、逞しく、其の淡い紫を誇らしげに、風に揺れる。
 その、花言葉は。
「……うん。今日も平和になるはずよ、だから安心して、今日も眠っていいのよ」
 魔犬には聞こえているだろうか。厭、屹度聞こえているだろう。此の墓に眠る少女と共に此方へと来、そして今や修道院を護る、立派な家族なのだから。
 風が吹いた。リアの髪を攫うように。
 紫苑の花が、くすくすと笑うようにその花弁を空へと舞わせた。

●夕刻のトロメライ
「リア! 遅いではないか、少し案件が溜まっておるぞ」
「げっ……流石にその量は洒落になんないんですけど、オクターヴさん」
 続いて、自分自身で管理する領地への視察、それから発展を目指しての公共事業の計画を練るために、リアはセキエイの街を訪れた。
 変わらぬ風景があると思っていたリアに舞い込んでくるのは大量の書類。執務室に居るのももどかしいと待ちくたびれた様子のオクターヴは、リアにその案件の中身を話し出す。
「それがじゃのう、ちと石材資源が足りてないようなのじゃ」
「はぁ?! あれは十分にあったはずでしょう?!」
「だからのう、出たんじゃよ。盗賊が」
「……はぁ、これだから頭痛が止まんないんだわ。あたし、ちょっと強盗捕まえてきます」
「うむ、気を付けてのう」
 銀に輝く美しい長剣、Tyrfingを手に、タイトスカートと白のブラウスでびしっと決めたリアは、其の長剣へと魔力を満たす。零れ落ちるメロディ。
 これがセキエイの日常。厄介者は逃がさず捕らえ、更生させる。ついでに仕事も。
 帰るところもなく、人を襲うばかりだった悪党は大抵リアに成敗され、このセキエイへと移住していた。その為、セキエイにはガタイの良い男達が多く、しかもリアのことを姉御と呼ぶのだが。
「姉御、何かあったんですかい……?」
「姉御じゃないって……まぁたあなた達みたいな山賊やら盗賊やらが出たので捕まえて道路工事を手伝ってもらおうと思って」
「……ウッス」
「ご苦労さんです、姉御」
「緑の兄さんも屹度喜ばれるでしょうなぁ」
「あなた達、仕事増やすわよ」
「「さ、サーセンッシタァ!!」」
 心地の良い旋律。少しずつ乱れ始めていることを、リアは知らない。
 セキエイの為に。クォーツ院の為に。ドーレを始めとする、まだ守らねばならない子供の為に。
 誰かの為に、魔法を、力を奮うことが、案外悪い気はしなかった。

 ◇

「あ! リアねーちゃんだ!」
「おかえりなさあい」
「リア姉、お帰り。ご飯できてるぜ」
 くたくたになって帰る頃には夕も満ち、空には琥珀の色が滲む。
「お帰り、リア。今日は疲れたろう、荷物を置いて手を洗ったらご飯にしよう」
 にかっと笑みを浮かべるアザレア。それから、それぞれのお皿を持って列に並んだ子供たち。
 柔らかなシンフォニー。安らぎの音色達。
 さぁさ、手を合わせて。
「「いただきます!」」

●月光のフィナーレ
 濃紺の天球。窓越しに広がるは、美しいミルキィ・ウェイ。
 時期を外れても見られる天の川は、時期を外れてもその星屑のミルクを零してくれる。
 騒がしいけれど、楽しい一日だった。
 一糸纏わず、その肌を惜しげもなく晒したリアは、ほう、と安堵の息を吐く。リアの病弱な身体に、クオリア――ギフトが齎すのは多大な負荷である。だからこそ、家族の旋律をより近くで感じる為に取った策が此れである。
「さぁて……寝ましょうか」
 瞼を閉じる。
 意識しないようにしては居たものの、頭が痛い。
 屹度。依頼を張り切って受けすぎたのだろう。それか、今日は少し頑張って悪党に天誅を下したからかもしれない。
 痛みに目を伏せたリアは、数分後には、眠りの世界へと落ちていた。

 夜のサピロスには、優しい子守唄が響いていた。

  • Beautiful dissonance完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2020年09月26日
  • ・アベリア・クォーツ・バルツァーレク(p3p004937

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