SS詳細
身体は正直者。
登場人物一覧
●
ローレットには、様々な依頼が舞い込んでくる。
幻想に拠点を構えながらも、世界各地、各国からの要請が来るその数はかなり多い。
そして、その規模も多種多様だ。
地域のお祭りでバカ騒ぎをして欲しいという、悪ノリに勢いを付加したものもあれば、国の要人、またはそこに近しい人物の抹消をして欲しいという世界の流れを大きく変えてしまうほどの重責だってある。
大か小か、善か悪かは、ローレットというくくりにおいては関係ないのだ。
だからこそ、そこには人が集まっていく。
ただ、それならばローレットには世界中からの依頼が集まっているのかと問われれば、それは紛れもなく「NO」となる。
実際、各国の公的機関であったり、傭兵、街の何でも屋等、頼もうと思えば頼れる身近な存在が、それぞれにはあるからだ。
だからだろう。
ローレットの情報屋でありつつ、元傭兵という肩書きを持つシズクの所には、時たま、イレギュラーズ宛ではない仕事が来る。
そのほとんどは昔馴染みから来る、些細なお手伝いが殆どで、基本的に合間を縫ってはこなしていた彼女だったが。
「……ふぅ」
宿周りの雑草刈りは、流石に一人ではやりたくなかった。
しかし、大人数を集める程では無いのも事実で、実際、宿の従業員に混ざっての仕事はそこまで負担になっていない。
だから。
「悪いわね、呼んでおいてこんな感じで」
ただ目の前に居た。それだけの理由で道連れ、もとい手伝いをお願いしたラブに、彼女はそう声を掛けた。
『気にしなくてもいいの、これも皆への愛なの』
Melting・Emma・Love。上下半身で造形の違う、全身不定色のスライム。
ローレットで初めて会ったその日にこの仕事をしてもらうのは、他人に無頓着なシズクでも少しは罪悪感はあった。
「そう、ならありがたいよ」
だがまあ、本人がそう言うなら、まあいいかとも思う。
なぜそこで愛に行くのかは全く解らないが、実際、彼女(?)の功績は大きい。
二つの手だけでは足りないと、スライムの身体を変形させて、複数に増やした腕が毟り取って行く様は圧巻だった。
「……今日は帰れないな」
綺麗になった大地を眺め、その出来に比例して沈んでいく暮れの陽を、二人は見送る
幸いにして依頼は宿だ。
顔馴染みでもあるし、今日明日は休業日だと説明もあったので、1日居座る位は許されるだろう。
「それでいいかい?」
そう判断して、確認の声に頷いたラブを認め、シズクは女将の元へと歩み寄っていく。
その背中を、三日月の様な笑みを浮かべて見られているとも気付かずに。
●
丸い月が空に浮かんで、薄く白い光を地上に落とす。
見上げれば綺麗に映るそれは、街から離れた宿に取って、売りに出来る見所であり、魅力であった。
余計な明るさは無い。
障りになる音も無い。
不便と言えば交通と、それから自然がありすぎる位だ。
そしてもう一つ、宿には自慢がある。
風呂だ。
晴れの日であれば、新月時以外、露天の湯船からは月と星が見られる。
「くぁ」
それを、二人占めする。
シズクと、ラブと。仕事への感謝、または報酬として、与えられたのはそれだった。
リラックスして欠伸を噛み殺し、シズクは縁に腰掛けて脚を湯に遊ばせる。
「……どうしたの?」
ふと、そう疑問を隣へ投げ掛ける。
触れ合いそうな至近にいるラブへ向けてだ。
首を傾げて見てみれば、その緩い瞳はずっと自分を捉えている。
『べつになんでもないの』
じぃ。
と、見詰められてそう返されても説得力は無いが、しかし、害意の様な意志は感じられなかった。
……まあ、イレギュラーズなわけだし。
最悪な事は起きないだろうと、そう思う。
それに、不思議に思いつつも、不快と言うわけではな――
「っ」
ゾクリとする感覚が起きた。
首筋だ。
まるで冷たく細いモノを添えられた様な、確かな感触すらある。
『ふふふ』
驚きに振り返ると、そこにはラブの身体から伸びた触手が一本うねっていた。
『あはっ、びっくりしすぎなの』
「……いたずらっ子め」
暖まっていた素肌に、ひんやりとしたラブの温度は落差がある。
クスクスと笑う姿には多少、こやつめ、と思わなくもないシズクだ。とはいえ、そこには幼さも感じられて、やれやれという感情の方が強い。
だからだろう。
「湯冷め……はしないのか。そろそろ上がって、休むとしよう」
立ち上がり、無防備な背を晒して出口へ向かう等と、普段の彼女ならしない油断をしたのは。
『ねえ』
ゾクリとする。
今度は背面全てから、そして回り込むように前面へ、覆われる様な感覚が来て。
『愛してあげたいの』
シズクは顔面から、石造りの床へ押し倒された。
●
ラブは、捕らえた手応えを感じていた。
……暖かいの。
接した部分へ適応するように身体の組織は変じていて、全体重でのし掛かる動きをしつつも、相手を傷付けないようにと触腕を回して緩衝材にする。
そうして、押し倒した女性の背中を見る。
長く艶やかな黒髪が、水分で張り付いているので、それを優しく剥がしてから素肌を撫でる。
そうする事で、自身に溶け込んでいた色々なモノが分泌され、相手へ浸透していく。
ラブにその気はなくとも、人によっては毒とも、或いは薬とも取られるだろう。
だが、彼女からしたらそれは手段でしかない。
ただ愛してあげたいという理念を基にして行う、マッサージという名の愛撫。
気持ち良さに悶える姿は、上手に愛せた証なのだから。
だから、ラブはシズクの背筋をゆったりと撫で上げ、それから左右に分かれた触手で肩甲骨の辺りを押し込んで。
『――ぇ?』
パキリッ。
と。
小気味の良い音が鳴り響いた。
およそ人体から発する音じゃないし、今まで聞いたことの無い音だった。
想定外の事にラブは首を傾げ、再度の力みでシズクの背中を左右へと広げる。
『……かたいの』
見た目の繊細さを裏切る肉の硬さは、筋肉に起因する物、ではない。
いや、多少それもあるだろうが、ラブの手応えはそれを別のものとして認識させた。
そうだ、これは。
「んぃ~っ」
恐らく誰も聞いたことが無いだろう弛んだ女の声が、それを証明する。
確信と共に、ラブは触腕を一気に生やして噛み締めるように言う。
『シズク……肉が凝りすぎなの……!』
ラブは相手の経歴を知らない。いや、これまでの人生なんて誰も知らないだろう。
だが肉体はそれを語るのだ。
安らぎも休息も与えられなかった身体が、偶然にも今日、ラブの襲撃に合うことで叫びを上げていた。
「んぉ、く、ぅ……あっ」
ぱき。コキッ。
ハメられた音が鳴り、艶かしい女の喘ぎが夜空に昇った。
肩から始まった伸ばしは、そのまま両腕への施術へ。肉をまず揉み解し、関節を痛めない程度にゆっくりと反らしていく。
そこからは徐々に下へ。
背骨を弄らない様に左右の肉を解しながら臀部を押し込む。
なだらかな丸みに沿って這わせ、脚の付け根から太もも、ふくらはぎへと抜けて。
『……あれ、シズク?』
ふと、下にした女性からの反応が無くなっている事に気付く。
マッサージを続けながら覗き込むと、そこには穏やかに意識を失っている顔があって、ん? と思い込む事刹那。
『あ、これのぼせ――やばいやつなの』
体内に半身を取り込む様にして、ラブはぐったりとしたシズクを風呂場から連れ出した。
●
揺蕩っている。
ふわふわとした、水面の中で遊ばれる様な感覚だ。
のんびりとしていて、それでいて気持ちがいい。
まるで、重力から解放された、そんな不思議な気分。
「……ん」
夢見心地の中を、シズクは目を開ける。
視界は薄暗いが、木目調のデザインが辛うじて判別出来た。
それから、目だけを動かして辺りを確認すると、窓が見える。
ああ、ここは部屋なのか。
そう遅まきに理解して、目線を下げると、そこには蠢くモノが居る。
それは、自分の首から下を包み込む様にしていて、休むこと無く動きを持っていた。
ラブだろう。
気を失う前の事はなんとなく思い出せてきて、そして思う。
……ああ、これはあれだ、薬だな。
してやられた、という想いがある。
この手の代物には耐性が着いていて、そこまで苦しくはないのだが、それはそれとして情けなさは思うのだ。
だが、しかし、そのおかげか身体の調子はすこぶる良い。
『シズク、おこってる?』
覚醒の気配に気付いたラブが、シズクの目を覗き込んだ。
緩い瞳には、やはり害意は無い。
「……怒ってない」
『ほんと?』
「ほんと」
『じゃあ、もっと愛して、いい?』
「なぜそこで愛かわからないけれど……」
窓の外へと、シズクは視線を送る。
感覚と、月の明かりの角度から、朝までまだ時間はあるはずだ。
「夜更かしだからダメ。というか、もう十分だろう」
『まだまだたりないの。それに、ほんとはもっと欲しいでしょう?』
「大人はね、自制するものなの――というか、もしかし私の服、脱衣場に起きっぱなし?」
『てへなの』
「こやつめ」
どう事情を説明したものかと頭を悩ませるシズクは、じゃれつくラブのひやりとした感触に、ゆっくりと溜め息を吐き出した。