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どっちのシュークリーム?

登場人物一覧

烏谷 トカ(p3p008868)
夜霧
烏谷 トカの関係者
→ イラスト
烏谷 トカの関係者
→ イラスト

●それは午後のこと
 烏谷トカは午後の訪れを待っていた。
 森の丸太小屋、そこで静かに過ごしている。
 都会の喧騒を離れて自然の静寂に包まれる――なんてことはない。
 自然というのは、案外うるさいものである。
 虫は鳴く、小鳥は囀る、木々はそよぐし、小川の流れる音は空気が済んだ夜になると眠りを妨げるくらいにはうるさい。
 生き物は生きている以上、何かしらの音を立てる。
 草木も例外ではないのだ。
 ミミズクのブルーブラッドであるトカにとって、それはあたり前のことであった。
 森の中で静かな午後というのは、最初から期待していない。
 紅茶を淹れて、その香りを楽しみつつうららかな午後を過ごしたい。ただ、それだけでいいのだ。
 そんなささやかな楽しみを望むには、ちょっと騒がしすぎるのだ。

「トカ! トカ! ねえ聞いてる? おやつの時間なんだけど」
 ラウラの声はよく響いた。
 子供らしい高いソプラノがかった声は、耳に届く。
 それがにぎやかに騒ぐのだから、余計に気を引いてしまう。
 だが、耳障りというわけではない。
 ラウラは、11歳。この年頃の子供は元気がいいほうが好ましい。
 フェネックのブルーブラットのラウラには、大きな耳と尻尾がある。
 それが忙しそうにもふもふと動いている。
「ねえ、聞いてる?」
「ああ、聞こえているよ」
「聞こえてるならお返事してよね。トカってばいっつも黙ってるんだから」
 ラウラが直ぐに返事がか返ってこないのを咎めている。
 いつものことである。
 トカは、無口なタイプだ。
 しゃべることに抵抗があるわけではない、
 何か考えているうちに、しゃべるタイミングを逸してしまう。
 それが面倒になって結局黙ってしまう。
 黙っていても気持ちが伝わるもあるので、まあいいかと結局沈黙を続ける。
 要するに、分析すると無口と言うより、よく言えば会話という無駄を省いている、悪く言えばしゃべる手間を惜しんでいるだけの物草なのだ。
 そんなトカを咎めるラウラは、どこか嬉しそうでもあった。
 駄目な大人を叱って教育する、自分が世話を焼いてあげなくちゃと確認できるのは、少女にとって背伸びして対等に並べる瞬だ。
 大人に並んだというのは、嬉しい瞬間である。
「おやつの時間でしょ? 何が食べたいのか言ってみて。あたしが作ってあげる」
「今から作るのって大変だろう? いいよ、そんなに気を使わなくても」
「もう! 気を使ってなんかいないわ。はやく言ってみて」
「じゃあ、簡単なもので……」
「簡単なものなんてないわ! それ、一番よくない答えよ? 大丈夫、手の込んだものでも、ぱぱっと作ってあげる」
「そうだね。だったら、アイスクリームとか」
「アイスは設備がないし、すぐできないから別のものにして」
「んー、ならクッキーかな?」
「クッキーはすぐ焼けるけど。どうせなら、もう少し腕の振るい甲斐があるのにして」
「そう言われてもなぁ。僕はお菓子の作り方とかよくわからないし」
 トカは困っていた。
 一方のラウラは張り切っている。
 きっと美味しいお菓子を作って、トカに褒めてもらいたいのだ。
 何を作っても褒めるつもりでいるのだが、それではラウラは満足しない。
 驚くほど美味しく、うんと手間のかかるお菓子を作って、トカをあっと言わせたいのだろう。
「ラウラ、トカさんが困ってるじゃないですか」
 この山小屋のもうひとり、ユーリである。
 なぜかトカを慕って山小屋までやってきた。
 ラウラより年上、15歳の少年である。
 気の弱そうに見える少年だが、ラウラに対してはちょっとだけ強気になる。
 強気にならないとトカをずっと取られるんじゃないかという気持ちもあるのだろう。
 トカを巡って取り合いみたいになるのは、子供らしくて微笑ましいところもある。
「あら、困ってないわよねえ? トカ」
「ああ、うん。困ってはないかな?」
「ほら見なさい、トカだって困ってないって言ってるじゃない!」
 ふふんと勝ち誇ったように言うラウラ。
 だが、呆れてみせるユーリである。
「それは、ラウラに気を使っているんですよ。トカさんはラウラには優し過ぎますから」
「そうかな……?」
 ユーリからすると、トカの気を惹こうとするラウラは時にライバルである。
 子供扱いすると怒るくせに、子供の特権を使ってトカに構ってもらおうとしているのは、ずるいと感じるのだ。
 好意には、やはり絶対量がある。
 誰かに構っている間は、他の誰かは構ってもらえないのである。
「僕だったら、もっと美味しいおやつを用意しますよ」
 だから、ユーリもつい意地を張ってしまうのだ。
 そうすると今度は、ラウラも意地を張る。
「ふーん、じゃあ何を作るのかしら?」
「そうですね……。シュークリームとかどうですか?」
「……!?」
 シュークリーム! スイーツの中でもワンランク難易度が上がるお菓子である。
 何が難しいかと言うと、シュー皮をパリッとサクッと仕上げるのはオーブンの温度管理などの技術が必要で、手作りだと失敗しやすいのだ。
 一度焼いてモコモコにならなかったら、やり直しが利かない。
「シュークリームかぁ。いいね」
 そして気軽に言ってしまうトカ。
 シュークリームの難易度をよくわかってないからこそ言えるのだ。
「ラウラにはまだ難しいですから、ボクに任せて待っていてください」
「むー! そんなことないもん」
 対抗意識を燃やさずにはいられないラウラである。
 ユーリが精一杯勝ち誇って言っているのがわかるだけに、ここは引き下がれない。
 そんなふたりに、トカは決定的なひと言を放つのであった。
「うーん。ふたりで仲良く作ってくれたら、嬉しいんだけどな」

●対決と協力
「じゃあいいですね? お互いにシュークリームを作って、より食べてもらったほうが価値ですからね」
「わかったわ。受けて立ちましょう」
 そんなわけで、ユーリとラウラのシュークリームバトルが勃発したのだ。
 しかし、トカの「仲良く作ってくれたら」というセリフによって協力せざるを得ない。
 ここで仲良くできなかったら、トカを失望させてしまう。
 それは二人とも避けたい。しかし、作るものが一緒なら、協力は可能だ。
「じゃあ……シュー皮をふたりで作りましょう」
「そうね。そのユー皮の生地を作って、焼くところからお互い勝負よ」
 ユーリとラウラの間で、密かな協定が結ばれる。
 後は焼き加減とクリームでの対決となる。
 まずは、バターと塩、薄力粉と卵を用意する。
 バターと塩、これに水を加えて中火で溶かす。
「ここで沸騰したら、薄力粉よ」
 ふつふつと沸騰したバターと水に、ダマにならないように振るった薄力粉をさっと入れて、木べらでさっくりと混ぜ合わせる。こねるようにじっくり混ぜ合わせると、グルテンの粘りが出てしまってよくない。
「ええっと、木べらでさっくり、と」
「混ぜ合わせるというよりは、折りたたむようにね」
 シュー皮の出来が完成を左右するのは、先に述べたとおり。
 ユーリもラウラも慎重になる。
 次の手順は、これに溶き卵を混ぜ入れる番だ。
 一度に混ぜると、これもシュー皮に層ができない。シュークリームの“シュー”はキャベツのような葉が折り重なる植物全体を指す。たとえば、白菜やレタスなんかもシューに含まれる。
 そのようにパリッと焼き上がり、皮が膨らませるためのコツはここからなのだ。
「いいですか、ラウラ_ 卵は数回に分けて入れるのがコツですよ」
「そんなこと知ってたもん。常識よね」
 ユーリから教えてもらうままだと、ラウラが生徒になってしまう。
 ここで妹に対してお兄ちゃんぶるという優位を許してはならない。
 ユーリもユーリで、ここで牽制したい気持ちはある。
 しかし、そんな二人の内心を知ってか知らずか、トカが様子を覗きに来てこんな事を言う。
「二人とも、仲良くやってるみたいだね」
 むっとお互いに視線を合わせつつも、
「もちろんよ! あたし、いい子だもん」
「ラウラはボクの妹みたいなものですからね」
 と同時に答える。
 双方、トカの印章を悪くしないよう気を使い合いながらシュー皮を焼き、中に詰めるクリームを作りに入る。
「ほらほら、トカはちゃんと待っててね」
「そうですよ、ボクたちが美味しいシュークリームを作りますからね」
 ラウラとユーリが二人してトカを押し戻す。
「ああ、邪魔しちゃ悪いね」

●いよいよ実食
 キッチンから追い出されて小一時間ほど。
 トカは紅茶を一杯だけ飲み干し、ちょっとした読書で時間を潰した。
 おやつの時間を少し過ぎた頃だ。
「できたわよー!」
「はい、できましたー!」
 ラウラとユーリが、お互いのシュークリームを持ってやってくる。
「二人とも、うまくできているね。美味しそうだよ」
 ラウラもユーリも、その言葉でぱあっと笑顔になる。
 しかし、勝負はこれからなのだ。
「ねえねえ、あたしのを食べてみてよ」
 ラウラが差し出したのは、パウダーシュガーのかかったシュークリーム。もちろん数個焼き上がっており、スワン型のものもある。シュー皮の上辺を切って」、カスタードクリームと生クリームのコンボで仕立てた逸品だ。中には 、パインアップルやストロベリーのフルーツも入っている。
「待ってください。まずはボクのも見てもらわないと」
 一方のユーリの品は、長細く焼き上げてチョコレートを上からコーティングしたエクレアである。
 さらには、中のクリームも生チョコ、コーヒークリーム、キャラメルクリームとビターテイストの味わいのものを仕上げてきた。
「どちらも美味しそうだね」
「そんなことないわ。食べてみればあたしのほうが美味しいから!」
「ラウラにとっては、そのシュークリームは最高かもしれませんが、トカさんの好みはボクの方のはず」
「ええっと……」
 これは困ったとばかりに、トカはぽりぽりと頭をかいた。
 いや、きっとどっちも美味しいだろう。
 というよりも、そんなに味に頓着しないのかもしれない。
「早く召し上がれ」
「そうですよ、紅茶が冷めないうちに」
「じゃあ、いただくよ」
 どっちにトカが手を伸ばすかを、ラウラとユーリも見守っている。
 どっちも自分のシュークリームが選ばれると信じつつも、二割くらいは相手が選ばれるんじゃないかという不安がある。
 いや、性格的にユーリはもう一割増しの不安があるだろうか。
 トカは迷いながらも、両方に手を伸ばし、同時に頬張る。
「あーーーーっ!?」
「それじゃ、味が混ざっちゃいますよ!?」
「こうして食べると、美味しさは二倍だね」
 何気なく言うトカに、二人は不満なようなホッとしたようなそんな表情になる。
 結局、勝負はお預けになってしまった。
「仕方ありませんね。トカさん、今日はパスタにしますから、食べすぎないようにしてください」
「いいえ、今日はオムライスなんだから!」
 どうやら、第二ラウンドは夕食に持ち越されたらしい。


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