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武器商人とヨタカとベネラーの話~舞台~
登場人物一覧
「ベネラー、キミにいいものをあげよう」
そう言って武器商人が差し出したのは一回り小さな封筒。白地に朱で手書きの花が描かれ、香が焚きしめられている。ぱりぱりと封を開けると、出てきたのは一枚のチケット。
楽しい歌、綺麗な踊り、楽しませるのが我らの仕事!
さぁ、旋律を奏でながら色んな場所へ!
何億光年離れたあの煌めきのように、笑って泣いて、輝こう!
紳士淑女、お嬢ちゃんも坊ちゃんも。
皆でおいで!
旅一座【Leuchten】
「これは招待状でしょうか」
「当たり」
「僕にはもったいないです」
武器商人はうんうんと機嫌よくうなずいた。
「言うと思っていたよ。けれどねベネラー、よく考えてごらん。キミ、趣味はあるのかい?」
ベネラーはちょっと黙ったあと自信なさそうに、読書です、と答えた。
「ちなみに好きなジャンルは?」
「百科事典です」
「どうしてそれが好きなんだい?」
「シスターや他の子に呼ばれたとき、いつでも読むのをやめられるから」
「堂に入ったパシリ気質だね」
「……恐れ入ります」
「いまのは突っ込むところだよ、からかったんだからさァ」
「そうだったんですね」
ヒヒと、武器商人は声を殺した。
「キミもローレットに出入りするようになった以上、見聞を広めておいて損はないよ。リリコなんてすごいだろう?」
「そうですね。最近は海の向こうまで出張してますし」
「かたやキミときたら守秘義務をしゃべっちゃったと聞いたよ」
「……あ、はい……練達で、ちょっとやらかしてしまって……」
ベネラーは落ち込んでいるようだ。その肩をポンポン叩き、武器商人はチケットを指先でつついた。
「ま、そんなわけで、気分転換がてら旅一座の公演を見においで。何か感じるものがあってもいいし、ただのショーだと眺めるもよし。でも、小鳥の演奏は聴いて損はないよ?」
「小鳥……ヨタカ・アストラルノヴァさんですね」
「今回はキミくらいの子は無料の特別公演だよ、行かない手はないと思うね」
「そこまでおっしゃるなら、お邪魔させていただきます」
「ところで」
「はい」
「そんなに堅苦しくなくていいんだよ?」
「……僕にはこれが普通なので」
当日、きっちり開演一時間前にやってきたベネラーは入り口で客へ挨拶しているヨタカから距離をおいて立ち止まった。客が途切れるのを見計らい、ヨタカに近づく。
「はじめまして、ベネラーと申します。本日はご招待ありがとうございました」
こちら、楽団の皆さんでどうぞと、花束と箱を差し出す。
「…はじめましてベネラー、ヨタカだよ…。…お土産どうもありがとう…。…仲良くしてくれるとうれしいな…。…こっちの箱は…?」
「チョコレートクッキーです。孤児院のみんなで用意しましたけど、お口に合わなかったら……」
「…ありがとう、甘いものは好きだよ…。…疲れた体に染み渡るしね…。」
ヨタカはチケットを確認すると、おとなしい少年を見つめた。周りの子どもたちは親を引き連れ頬を期待で林檎みたいにしてるのに、少年は緊張しているようだ。
「…知らないところは苦手…?」
「いいえ、こうして僕だけで出歩くのはとても久しぶりだから、すこし落ち着かないです。仕事だとスイッチがはいるのでいいのですけれど」
「…仕事は別カウント…?」
「そうですね」
「…ふふ、俺と同じだね…。…俺も旅一座に出演する時は…普段と違う自分だよ…。」
不敵に微笑んだヨタカは着ぐるみを手招きしてベネラーにキャラメルポップコーンをプレゼントした。
「…さあ、いい席を用意したんだ…。…たっぷり楽しんで…。」
「ありがとうございます。あの、これの代金は?」
「…ポップコーン…? …いい、いい、俺のおごりだよ…。…ドリンクもつけるかい…?」
「いいえ、お気持ちだけで十分です。ありがとうございます」
律儀に頭を下げてベネラーはテントの中へ入っていった。横からひょっこりと武器商人が顔を出す。
「どうだい、ベネラーは」
「…礼儀正しい子だね…。…でも若干気になるかな…。」
「どこが?」
「…なんというか、良い子の行動をなぞっていると言うか…。…昔の俺を思い出させるよ…。」
すり鉢状に並ぶ椅子の先には大きな舞台。天井には丈夫なザイルが一本通されている。
何事が始まるのかとお客たちはドキドキしっぱなし。連れや隣の客とせわしなく期待をしゃべりあっている。そんな中ベネラーは時折ポップコーンを口に運ぶ以外は微動だにしない。なんとかしてあの鉄面皮を破ることができないものかとヨタカは対抗心を燃やした。
「団長、どうしました?」
仲間から声がかかる。
「……今日は手強いお客がいるぞ…。…みんな、心の準備はいいか…?」
「ああ、あの子ですね。一人で来てる、ちょっと浮いてる感じの」
「…そうだ…。…絶対あの子に…拍手をさせてみせる…。」
おお団長が燃えている。旅一座の面々は気合を入れて準備を始めた。やがて開演のベルが鳴り、緞帳がしずしずとあがっていく。
パッとスポットライトが灯され、暗闇にピエロが浮かび上がった。
「レディースエンドジェントルメン、キュートガール&リトルボーイ、ようこそいらっしゃいました旅一座【Leuchten】へ! まずは当一座の誇る舞姫の踊りをご覧あれ!」
黒髪をポニーテールにした美しくも妖しい娘が壇上に映し出される。鳴り出す音楽、最前列につめたヨタカたち楽団員が織りなす心浮き立つような旋律。娘はしなやかな体を存分に見せつけ、躍動感と静寂、動と静、両方を表現しきって踊り終えた。一斉に喝采が飛ぶ。ブラボーと叫びが飛び交い、観客は早くも興奮の坩堝にあった。ベネラーはぺちぺちとお義理丸出しの拍手をしている。その瞳はどこか別のところを見ているようだった。
「ぬぐぐ、姫の踊りが通用しないとは。わかってないな。よし、次は俺の番だ! 目にものを見せてやる!」
少々物騒なセリフを吐きながら次の演目の主役が飛び出していく。結果から言うと撃沈。演目が進むにつれてベネラーは何か考え事をしているのか上の空。拍手もどんどんなおざりになっていく。けれど彼の周りのお客は拍手と大歓声を止めない。そのせいで余計ベネラーが浮いて見えるのだった。
「…よし…トリ、往くぞ…。」
「がんばってください団長!」
「今日の成功はあなたにかかっている!」
団員たちの激励を受け、ヨタカはステージへ立った。それだけで場の雰囲気が変わり、客席がしんと静まり返る。
「Die Bremer Stadtmusikanten。…本日お見せする最後の夢は…動物たちの奇想天外、数奇未知数な物語…。」
ヨタカはヴィオラを奏で始めた。ふくいくとした物悲しい音色が客席を包む。やがて舞台の下手から大型犬のマイラが現れた。ふらりふらりと舞台を一周し、疲れ切った様子で中央へ座る。コーラス隊が歌い出した。
『ああよかれと思いこの年までニンゲンに仕えるも、老いたこの身に番犬はつらすぎる。晩飯抜きはさらにつらい。ブレーメンへ行って音楽隊へ入ろう。麗しき第二の人生を』
そこへ上手から子ロリババアのアルカが突っ込んできた。アルカは足を真っ直ぐにしてぴょんぴょん辺りを跳ね回る。
『食べられるのはゴメンだよ。毎日楽しく暮らしていたのに。お肉になるのはゴメンだよ。毎日遊んで暮らしていたのに。ブレーメンへ行こう、音楽隊へ入ろう!』
同じように子カピブタのピアニーが、最後にハチワレ猫のジェロームが登場しては音楽隊へ入りたいと歌った。そして四匹の動物たちは舞台上へきれいに整列した。
『音楽隊へ入るためにはやっぱり歌がうまくなきゃ、それ、1・2・3』
動物たちが順番に鳴き声をあげる。右から左、左から右、途中で重なってこんがらがって、もう一度やり直す。その下りに客席から笑い声が起こった。拍手に加えて口笛が聞こえる。ベネラーはというと固まったように舞台を見つめている。
(……集中しているのか…? …この調子で最後まで押し切るぞ…。)
『音楽隊へ入るためにはやっぱり一芸がなくちゃ、それ、1・2・3』
舞台上へ用意された火の輪は迫力満点、燃え盛る炎に動じもせず四匹は飛び込んでいく。はらはらどきどきしていた観客たちは、火の輪くぐりが終わると爆発したように拍手喝采を届けた。ベネラーは……首を傾げている。
(…よくわからない子だな…。…とはいえ舞台に夢中のようだし、ここまでは順調…。…最後の出し物を見たらさすがに驚くだろう…。)
舞台の上では動物たちが、森の中の一軒家に到着したところ。そこでは泥棒たちがたらふくごちそうを食いながら金貨を数えている。動物たちは機転を利かせ、マイラの上にアルカが、アルカの上にピアニーが、ピアニーの上にジェロームがのっかり、はしごを駆け上って天井のザイルの上へ。四匹重なっての綱渡りだ。観客はもう大興奮、食べかけのポップコーンまで宙に舞う。ところがベネラーは、綱渡りをする動物たちではなく、からっぽの舞台をながめていた。
(……え、すべった……? …俺の渾身の出し物が…!)
しかしここで動揺を顔に出さないのが舞台芸人というもの。ヨタカは仮面の下で微笑を貫き、すばらしい喝采の下、幕を下ろした。
「…ベネラー…。…今日の公演は、何点だった…?」
「えっ、僕なんかが点数をつけるなんて」
「…いいから…率直なところを聞かせてほしい…。」
舞台がはけた後、ヨタカは覚悟を決めて客席にいたベネラーへ話しかけた。正直なところ半分も点が貰えればいいかななどと思っていたのだが……。
「100点満点でした!」
えっ。
この答えには舞台袖でこっそり反応を聞いていた団員たちも固まった。よく見るとベネラーは目をキラキラさせていた。
「ライトってあんなにぴったり当たるんですね。役者さんが必ず中央の定位置に立つのも不思議だったし、ほら普通は誤差が出ませんか? でもみんなぴったり等間隔できれいに並んでいたりして、どうしてそんなことができるんだろうって謎でした。それから大道具の並べ方とか、裏方さんの動きも見れて新鮮でしたし!」
「…もしかしてベネラーは…ひたすら舞台の分析をしていたのかな…。」
「……あ、えっと、はい、ごめんなさい。一度気になりだすとどうしてもそっちのほうが」
思い返してみればベネラーが特に集中していたのは、演目の最中ではなく、その幕間。役者が入れ替わったり、大道具小道具が設置されているときだった。どおりで拍手のタイミングがずれているはずだ。
武器商人が腹を抑えてヒイヒイ言っている。
「ね? 変わった子だろぅ?」
…そうだね、紫月…。と言葉に出さず目で返事し、ヨタカはベネラーの頭をなでた。
「…100点をくれたお礼に…我が旅一座の舞台裏を見せようか…。」
ヨタカはベネラーを舞台の上へ連れてあがった。そこには目立たないよう数々の印がつけられている。
「…これはバミ…。…バミるとも言うね…。…これでポジションを決めてるんだよ…。」
「わあ、すごい!」
ベネラーは人が変わったように喜んでいる。工場見学とか好きそうだなあこの子、とヨタカは思った。とはいえ、喜ばれると悪い気はしない。
「スポットライトってけっこう暑いんですね」
「…そうだね…。…照明が多いほど暑くなるよ…。…化粧直しが楽なように舞台メイクは専用の化粧品を使ってるんだ…。」
「鉛の入ったおしろいとかですか?」
「…一昔前はそうだったね…。…今でも昔気質の役者さんは使ってるよ…。…こっちにおいで…彼が舞台の照明係…、…この紐をひっぱってオンオフや角度調整をしてくれる…。…ジャストのタイミングでないといけないからけっこうシビア…。」
ヨタカは裏方たちへ次々とベネラーを会わせた。聞き上手な少年が目を輝かせながら黒子に徹する縁の下の力持ちたちへインタビューする、これでプライドをくすぐられないやつはいない。普段は寡黙な裏方たちがいつのまにか雄弁に持論を語りだす。ベネラーはめちゃくちゃかわいがられ、たくさんお土産を持たされた。団長のヨタカはそんな様子にくすりと笑う。
「…うん…たまにはこんなお客様もいいね…次は出し物で感動させてみせるよ…。」
「やる気だね、小鳥」
「…もちろん…演者には演者のプライドがある…。」
ヨタカはそう言うと、やるぞ、と拳を握り込んだ。