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望まないYES
登場人物一覧
ねえ、イルミナちゃん。
おねがい。
……ううん。おねがいじゃだめ。
これは、『命令』、だよ。
私のこと――、
●2020/8/8
「そ、それがイルミナに対する依頼、ッスか?」
「うん。あのね、私身体が弱くって……だから、あんまりお友達がいなくって。
だから、私の次の入院まで、お友達として守ってもらえないかな……」
「それは全然大丈夫なんッスけど! そんな依頼にお金なんて貰えないッス。
友達なら、それくらい簡単に引き受けたいッスよ!」
「ううん、これは主従の契約なの。私たちがお友達の前に……『マスター』と、『イルミナ』として」
「そ、そこまでやる必要があるんッスか?」
「うん……私のギフトは不幸を呼び寄せちゃう類の見たいでね。それも命まで脅かされる。
だから、身体を張って守ってほしいんだ……すごく難しいお願いだってわかってるんだけど。頼める?」
「……成程。そういうことならお任せあれ、ッス! イルミナにぴったりの依頼ッスよ。
それじゃあ改めて。宜しくお願いするッス、『マスター』!」
「うん。よろしくね、『イルミナ』」
契約開始。
その日の帰り道、頭上へと鉄柵が落下してきた。
●2020/817
彼女――ベルフェゴール・ペオルは虚弱な少女であった。
金髪茶色の目。白磁の肌と華奢すぎる四肢。
イルミナに依頼を頼むほどである、誰の目から見ても彼女はひ弱な娘であった。
普段は保健室登校も儘ならずほとんど休学状態。けれども突然体調が良好になったため、予定されていた入院を先延ばしに、少しだけ学園生活を楽しむことにしたのだ。
体調が回復した理由は不明だが、しかし。彼女やその両親にとっては奇跡とも言える事実である。
学校に通うこともできなかった娘の願いをかなえたいと願うのは仕方のないことだろう。
無論、イルミナも断るはずはなく、そうして先日の依頼は見事に受理されたのだった。
そうして今、ベルフェゴールは車椅子で学園に通っている。
その椅子を押すのはイルミナ。
「あ、ねえねえイルミナちゃん。私のことはベルって呼んでほしいの」
「ベル? わかったッス! でもマスターにそんなに馴れ馴れしくっていいんッスか?」
「気になるなら、命令ってことにしておこうかな?」
「そ、そんなことしなくてもいいッスよ、ぜんぜん嬉しいお願いだったッス、ベル!」
「……えへへ。あ、そうだ。今日のお昼は何にしようか」
「今日は日替わり定食にしようッス。今日は唐マヨ丼らしいッス!」
「な、なんだろうそれ……おいしそう! 楽しみだなあ。ようし、イルミナちゃん、飛ばそう!」
「え、ええ?! シートベルトしたッスか?」
「うん! さあ飛ばして! 命令だよ!」
「うっ! 『飛ばして!』了解ッス……いくッスよ!!」
「うんっ! きゃー♪」
その日の通学途中、車にはねかけられた。
●2020/8/20
悪性怪異……新たな夜妖<ヨル>が学園内に潜んでいる、と。
イルミナや他の
「イルミナちゃん? どうしたの、お腹すいた?」
「違うっすよ! 今日は課題やりわすれてたッス、いつ内職しようかな悩んでたッす!」
「……つ、次のLHRで集めるって言ってたような」
「写させてほしいッス……」
「ふふ、うん。頑張ってね!」
ベルフェゴールにも変わった様子はなかった。
急激に体調が良好になっている、その事実がうれしかった。
その日の調理実習中、他の班の使っていた包丁がベルへと飛んできた。
●2020/8/22
夜妖<ヨル>の情報を得た。
金髪の娘だという。その事実がひどく恐ろしいものに思えた。
「ねえ、イルミナちゃん。私もうすぐ、薬もいらなくなるかもしれないって!」
「……」
「イルミナちゃん?」
「あ、えーっと、お祝いにパンケーキでも食べに行くッス!」
「わぁ、いいね! 私この間のお店行きたいな~」
その日の放課後、食べに行ったパンケーキに大量の洗剤が含まれていた。
●2020/9/10
その夜妖<ヨル>は、人の命を喰らい笑うのだと。
その夜妖<ヨル>は、身体の持ち主に意識を保ったまま狩りをさせるのだと。
その夜妖<ヨル>は、ベルと呼ばれているのだと。
信じられるはずがなかった。
「イルミナ。倒せるか?」
「……」
「イルミナ。あのな、あいつはお前を――、」
「ちょっと、一人にしておいて欲しいッス」
その日の帰宅後、突然金縛りにあい動くことができなかった。
●2020/9/13
「……話って何?」
「……ベルちゃん。歩けるようになったんッスね」
「そうだよ。だからもっとイルミナちゃんと色んなところに行ってみたいな!
あ、そうだ。これからプリクラ取りに行こうよ。そのあとはタピオカ飲みに行って、それからお洋服を見にいこっか!」
「ベル」
「晩御飯はこの間のどんぶりのお店がいいな。イルミナちゃんはどこか――」
「ベル」
「……うん」
「今からみっつ。質問をするッス。解答次第では……」
「……ううん。そっかぁ、もうわかったんだね。はやいなぁ……」
「ひと、つめ。ベルは生まれつき夜妖<ヨル>ッスか?」
「ううん、人間だよ。人間だったの。それなのに、もう、今は違うんだ」
「……ふたつ、め。イルミナのこと、だましてたッスか?」
「そ、そんなつもりじゃなかったの……って、言っても。信じてもらえないよね、ごめん。
最初は、ほんとに。護衛してもらうだけのつもりだったの」
「そう、ッスめ。それじゃあ、みっつめ。……ベルを倒せば。その夜妖<ヨル>は、退治できたことになるっすか? 治療法は?」
「……うん。なるよ。治療法はあったとしても、私が一気に衰弱して死んじゃうから……だから」
「……そんなのって、あんまりッスよぉ……!!」
「うん。うん。ごめんね、イルミナちゃん」
「イルミナ、なんとかベルに憑りついてる夜妖<ヨル>を引っぺがす方法を探してみせるから、だから……!」
「ううん。だめ、なの。一日にひとり殺さないと。私が、死んじゃうんだ。
でもね、もうだめなんだ。私、殺したくないの。だからね、イルミナちゃん、お願い」
「いやッス。聞きたくないッス」
「じゃあ、命令。命令する」
「もっといやッス!!」
「ねえ、イルミナちゃん。
おねがい。
……ううん。おねがいじゃだめ」
●××××/×/×
その日は美しい快晴であった。
澄み切った空。限りない平和の色。
そして、友。
ベルフェゴールは笑っていた。
「……これは、『命令』、だよ。
私のこと――、」
「殺して」
その笑顔に曇りはなかった。
今までで一番の笑顔だった。
憑りついていた夜妖<ヨル>がひどく残酷な結末を用意していただけの、ありふれた物語だ。
鮮血が空を赤く染めた。
手の中で。ベルは、笑みを浮かべて消えていった。
「……依頼完了ッスね、マスター……」
その日の帰り道。何も起こることはなかった。