PandoraPartyProject

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軋轢紛れに夜も更けて、早々

登場人物一覧

二(p3p008693)
もうまけない

●秋淵、染まるはくれなゐの紅葉
 軽快な足音。慣らして、鳴らして。歩むモノがひとつ。
 球体関節人形。人と呼ぶには不完全で、玩具と呼ぶにはあまりにもヒトに近い。
 がしゃ。がしゃ。重量感のある音を躰から小さく響かせて、二は歩いていた。
 絶望の青の、その向こう。二のみならず、だれもが越えたいと願い、そして越えた先にあった。そんなこの街は。この国。
 名を、神威神楽。
 其の地を踏み、街を眺め、空気を吸い、文化に触れた旅人の一人の眼を今でも覚えている。
『嗚呼。此処は、おれの故郷のようだ。和の世界――嗚呼、嗚呼! なんと懐かしい。うれしいなあ』
 潤んだ瞳は微かに涙を含み、然しその声は柔らかに、あたたかに。最も、秘宝種レガシーゼロであり、永久にも思えるような長い、長い時間を眠っていた二に、彼の男の心情や胸中が理解に及んだかは、解らないけれど。
 けれども今日、二が此の地を踏んだのは。子供のままにも、子供のようでもありながら、然し乍ら冷静な部分も併せ持つ――そんな己の心に従って、だ。
 己も『識りたい』のだ、と。理解した其の時、二の足は、手は。活動を開始していた。

 世界のことはわからないし、自分がなんのためにあるのかもしらないけどーー手足は動くから。
 だから。この不可思議な世界で、生きてみよう。

 そう、思ったあの日の如く。

●只、眠れぬと云うのならば
 最初は不可解で不可思議で、理解し難かった人々の喧騒にも慣れた、そんな二。
 神威神楽でも人々の賑やかさは勿論のこと、特異運命座標イレギュラーズ――或いは。神威神楽の言葉を借りるならば、神使。特異運命座標イレギュラーズが神威神楽に到達した事により、世界との『縁』が出来たのだと。そうして二をはじめとする、様々な特異運命座標イレギュラーズが此の神威神楽を訪れるのだと聞いた。
 特異運命座標イレギュラーズとして活動していく内に、空中庭園を通ってワープをすることにも慣れたものだ。この此岸ノ辺ワープポイントから先へと広がる景色は最も新しく、見慣れず、新鮮だけれど。
 がしゃ。がしゃ。
 歩む。進む。
 己を隠すように。
 己を見られるように。
 屹度。己は見られぬ方が、良いから。
 がしゃ。がしゃ。
 そうして進んでいくと、一層人々が騒ぐ喧騒の中心へと辿り着く。
 きゃあきゃあと聞こえた言葉は、『きれい』だとか、『素晴らしい』だとか『獄人でなければ』だとか、そういった、感嘆と同情交じりの誉め言葉。
「不明。あの中。何、起こる、してる?」
「おお、こりゃあ石神の神使さまかい。此処からじゃあ、ちと遠いねえ。ついておいで」
 近くに佇んでいた男に手を引かれる儘に其の背を追った。どうせ二が静止の声を挙げようとも進んでいただろうけど。
「あの獄人が美しい舞を見せるのさ。いやぁ、本当に。獄人でなければ――厭、欲を云うならば八百万であればねえ。更に高みを目指せただろうに。天晴とは云えんが、堪能するくらいならば……許されるだろうね。
 大したものじゃあないが、神使さまも楽しんでいっておくれよ」
 屈託なく笑う男の言葉の隅々から溢れる奢りや嘲笑の念に、思わず二は首を傾げた。この神威神楽くにでは其れが当たり前なのかもしれないけれど。
 巫女姫の影響を大きく受けているのであろう、人々の『此れが善である』とでも云いたげな其の振る舞い。覚えた疑問、ちくりと痛む胸は故障でもしたのだろうかと、幾重にも首を傾けた。
「にい。みる。不可能。にい。あきらめる。かえる」
「嗚呼、一寸お待ちよ。その大きな手を足にすればよいではないか」
「……たしか、に。『手』なら。にい、わかる、しなかった。やる、する」
 片の掌の上に乗ればあら不思議。人間で例えるならば人形遊びのように、ひょいと持ち上がってしまった。
「流石、神使さまだねえ……よおく見えるかい?」
「……」
 見える。
 そう告げる心算だった。
 けれど。
 そこから見えた景色は。その舞は。
 目を逸らすには、あまりにも惜しかった。
「~♪」
 流麗に。絢爛に。繊細に。
 儚げな男が舞っていた。
 其の手に握るは七つの扇。赤、橙、黄、緑、青、紫、桃に、其々染められている。
 手に握り、くるくる回り。或いは宙へと放り投げ、地を蹴り躰を捻り受け止めて。
 武と美を兼ね備えた、そんな舞だった。観客は皆、彼の虜だった。
 きらきらと輝く光が舞う。彼を中心にして世界が煌めいているようにすら思われた。そして。

 刹那。

「!」
「……?」

 柔く朗らかで、繊細な笑みを携えた男の、半ばぼんやりとした表情が、二と視線を交えたことで、とまる。
 ぱん、ぱん、ぱん、ぱん、と鳴りやまぬ手拍子を振り切りキリよく――と云えば聞こえは良いだろうが、殆ど無理やりに終えたようなものだった。其れに気が付くものは、二以外には誰一人として居なかった。
「おや、終わりか。それじゃあまた何時か、神使さま」
「……」
(にいが。みる、したから? 理解、不可能。にい、こわがる、させた? 理解、不可能)
 ずき、ずき。
 酷く、痛む。
 胸の奥が、苦しい。
 其の理由は、解らないけれど。
 只。美しいものを識りたいと思っただけだったのに。
 不快にさせてしまったのだろう。己は、異質で不気味な。人には快く思われないナニか、だから。

 けれど。其れは、違った。

「守神サマッ!!!」
 大声で叫び、此方へとかけてくるのは先ほどの舞手ではないか。
「……? にいは、にい。にばんめの、にい。
 “もりがみ”、ちがう。にいは、神使」
 首を横に振り。そして歩き去ろうとした二の其の『手』を、男は掴んだ。
「……でも、見た目とか似てるんだよな。俺の一族に伝わる、守り神に。
 嗚呼。俺の名前は曇華と云う。ところで、なぁ、お前さん。本当に守り神じゃ――、」
「おい坊主」
「あっ」
 人相の悪い獄人――ゼノポルタの、恐らくはヤクザの男達が、曇華と名乗った男と二を取り囲む。
「曇華ァ……お前、未だショバ代返ってきてねえぞ? 水無月に貸して、今はもう長月だ……金、耳そろえてきっちり返してもらおうか」
「おいおい、そりゃあないんじゃないかい? 俺はきっちり返したはずだ。それも先々月、文月に!」
「ったく、これだから頭の緩い奴は困るんだ。利子が残ってるだろうが。トイチっつっただろ?」
 男達が言い争っている。此れ幸いと少しずつ喧騒へ、その姿をくらませようとした二の『手』を、再び、曇華は掴む。
「おいおい、お前さんはどこに行くつもりだよッ……逃げるぞ!!」
「? にい、ちがう。たんか、しらない。なに、する」
「石神の神使サンも巻き込んでのか……とっ捕まえてバラして売っちまうかな。追え、お前ら!」
「「ウッス!!」」
「にい、しる、しない。ちがう。はなす、しろ」
「ニイってえのか……? 命が惜しかったら俺についてこい! じゃないと分解されちまうぞ!!」
「……理解。ひと、いる、不可。たたかう。即実行。たんか、たたかう、できる?」
「此れでも少々武術の心得は有ってな……こっちへ右だ、ニイ!」
 手招き。駆ける。駆ける。
 追手が逃がしてくれるはずもなく、誘い呼ばれる儘に人気の無い森へと抜けた。
 其れは追手も同じ。暗い暗い森の中。奥まで入れば、聴衆への助けの声も届かない。
 ヤクザである以上は戦闘も幾分かは嗜んでいる様子。懐に携えていた刀が其の刀身を煌めかせた。
 二は『手』を慣らし、曇華は二振りの短刀を逆手に持ち、構えた。

 ぴりりと迸る緊張感。

 ――地を、蹴る。
 真っ先に狙われたのは曇華だった。薄氷の髪が風に揺れ――否。動いたのは彼も同じ。
 己が首を狙うならば、同じように返すのが礼儀。そう云わんばかりに身を屈め、『嗚呼、月が綺麗だな』と遠くを眺めるように舞うが如く、短剣を首へと宛がった。
「ぐッ……」
「へぇ……なら、そっちはどうかな?」
 恐らくは一番の実力者である男が二を狙う。豪快に握られた拳が地へと打ち付けられる。
 二は飛んだ。後方へ。然し其れを逃さんと男も二の元へと飛ぶ。距離が、縮まる。
「……本当。残念。にいの『手』、つよい。なめる。まちがい」
 得意なことは、少しだけ呪うこと。
 ぱぁん。デコピンにしては恐ろしい破裂音。
 額を弾かれた男は勢いよく後方へと其の立派な躰を飛ばす。
「が、ハッ……」
「あ、兄貴ィ……お、覚えてろよ曇華!! 次は殺して内臓を売り捌いてやる!!」
 捨て台詞にも聞こえるそんな台詞を残して、連中は走り去っていった。

 静寂。

「……そういえば名前。聞いてなかった。にい、であってるかい?」
「名答。にい。にばんめの、にい。できること。なぐる。ける。あと。ちょっと、のろう」
「はは、さっきも見せてもらったな。助かった。……で。俺の一族の守神サマじゃあ、ないのかい?」
「屹度。にい、ねむる、してた。記憶、残る、していない。証拠、なし。だから、にい、ちがう、すると、おもう」
「そうか……巻き込んで悪かったな、ニイ。……さてと、此処から出るかねえ。そしたら、お別れだ」
 ふぅ、と刀を収め。一歩先を歩き出した曇華の腕を。
「?!」
「まつ、して」
 二が、掴む。
「ど、どうしたニイ……俺も日銭を稼がねえと生きていけねえ身だ。小遣い稼ぎは得意だが奢るのは苦手だぜ?」
「ちがう。たんか、めんどう。だから、ろぉれっと、つれてく」
「ろぉれっと……?」
 すたすたと歩み始めたのは二の方。
 其れを追うのは曇華。
 二人の出会いは運命と呼ぶにはあまりにも些細な出来事で――けれど、これからの日々を一層楽しいものにしてくれるのだろう。
 眠れない夜は散歩をして、月を眺めよう。
 苦しいときは声をあげて。
 嗚呼、ほら。こんなにも。
 近しいところに、縁は、あるのだから。

  • 軋轢紛れに夜も更けて、早々完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2020年09月20日
  • ・二(p3p008693

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