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赤黒い刃の、絶たれた思ひ
登場人物一覧
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ずっと、ずっとその手を拭くけれど、綺麗に上手くその汚れが拭えない。ああ、どうして、どうしてこんなにも汚れはしつこいのだろうか。
ゴシゴシ
ゴシゴシ
ゴシゴシ──
──どうして……
──どうしてこの黒は消えないの……?
──どうしてよ……っ!!
ゴシゴシ
ゴシゴシ──
黒く染み付いた彼女の腕に残る呪いの
●
ここ
中心部の
「今回もカナ、大活躍出来ちゃったかな〜!」
そんな街を依頼帰りの通り道として訪れたのは『二律背反』カナメ(p3p007960)だった。
「カナだってやれば出来るんだから! 帰ったらお姉ちゃんにいっぱい自慢して……いーっぱい褒めてもらおー☆」
カナメと言う少女は基本的には明るく元気な性格で、少しばかり他人の困り顔が好きで、少しばかり物理的痛覚に快感を覚えてしまっていたりするが
何よりも双子の姉の事がとても大好きな普通の
そんなカナメが少しずつ変化してきたのはいつ頃だったのだろうか。
──否、きっと少女の腰元に備える赤黒い刃……『緋桜』を手にしてからだろうか。
だがどんな夢かと問われれば、まるでぽっかり引き抜かれてしまったかのように思い出せずにいた。
何か意味があるのかもしれない少女は悩んでいたが、彼女は
考え過ぎてもきっと疲れてしまうだろうから。
「お姉ちゃんにお土産買って帰ろうかなぁ! この街は王都とはまた違う感じするし、面白そうなお土産あるといーなー!」
──そうだ、いつまでも下向きな考えは疲れてしまう。
だから、大好きな大好きなお姉ちゃんの為に、何か良いものを見つけたい。だってほら、お姉ちゃんの喜ぶ顔を思い浮かべたら……きっとやな事も忘れられるでしょ?
カナメはそう適当な土産物屋に立ち寄ってみる。
この砂糖菓子はどうかな、この装飾品は綺麗かも……あ、このジュース美味しい! 激推しすべき大好きな大好きなお姉ちゃんへの贈り物だ、食べ物試食し装飾品は手に取ってみたり等、少女はうきうきとした様子で店内を見て回る。
「これがいいかな!」
カナメはこれだ! と思えるものに出会えたようで、足早にお店のレジへ駆け込んだ。
お姉ちゃんは今、とっても大事な戦いが控えている……だから、だから少しでも、ちょっとだけでも……心休まれる瞬間があったなら。
カナメはそう強く願っていた。
「あれ……」
──カナメは土産物屋を出てすぐ、目を奪われた。心を奪われた。
それは目の前にある鍛冶屋だった面影のある廃屋。少女がこの街に来たのは初めてだったのに、何故かその廃屋を見た瞬間懐かしさを感じて……同時に、頭の片隅で嫌な予感も感じていた。
行きたくない。何故かそんな言葉が浮かんでは消えて。
それでも身体はその方向へ向かう、足が止まらない、止まってくれない。この感覚は
少女は冷や汗を滴らせ、心の奥底で感じる冷えたものに怯えながらその廃屋の前に立った。
「……やな感じがするのに、なんで懐かしいのかな……」
だいぶ昔に終わりを告げたであろうその廃屋に不安げなカナメ。けれどこの足はまた勝手に歩き出して、少女はもう無理矢理にでも意を決さなければならなかった。
●
「!!!!」
──その廃屋に足を踏み入れた瞬間だ。
カナメは目を見開いていた。その小さな身体に一気に情報が流れ込んできたのだ。
──渡したかったのに
──渡したかったのに……!!
カナメは腰元に備えた緋桜に目を向ける。この刀は
「緋桜……これは緋桜を作った人の記憶……なのかな……」
その女性が焦がれた男の為に作った刀、それが緋桜──。
だがその鍛刀者の女性はそれを贈る道中で殺された、そういう記憶だった。……ならばその男の人に緋桜を渡す事が出来たら、彼女も報われるだろうか? カナメはどこかに緋桜の発注書が無いかと奥を進んでみる。
──けれど。
「このカレンダー……日付が……百年以上も前だ……」
壁にかかっていたカレンダーの日付で、カナメはこれがどう言う事なのかを知る。
それは人間種が真っ当に生きてても寿命でとうに死んでる年数だ。
この鍛冶屋が百年以上も前に廃れたのであれば、その男の人も当然……それよりも前に生きていた人だと言う事。
「ならこの刀は一体誰に……うっ、くっ!」
カナメがこの刀は誰に辿り着けばいいのか……そう考えた瞬間、突然脳が押しつぶされそうな激しい頭痛や内臓全部出してしまいそうな嘔吐が襲いかかり、少女はそのまま倒れ意識を手放した。
──ああ、なんて事
──こんな、こんな酷い事が許されるの……?
意識を失ったはずのカナメの口から、少女の声と女性の声が混じって聞こえる。次にカナメはゆっくりと身体を起こし立ち上がる。……それはまるで倒れたカナメの身体を
──あの人がもう居ないなんて
──あの人ともう逢えないなんて
──酷い
──酷いわ
──あんまりだわ……!
カナメを操る
──ああ、遅すぎた。
──遅すぎた
──遅すぎた
「遅すぎた!!」
「遅すぎた!!!!」
彼女は苦しそうに屈んで顔を両手で覆う。眉頭に当たる指が力んでどうしようもない。
これは、これは、どうしようもない憎しみ、怒り、悲しみ。もう叶う事のない思いの行き場を失った亡霊のさまだ。苦しくて苦しくて仕方がない。
ああ、どうして、どうして、どうして!!
そう憎悪の苦しみで悶えた彼女はカナメの身体を使い、ゆっくりとこの廃屋を出る。その表情はもう何かを決めた表情だった。
「ここで終わらせよう。この少女と共に海の底に消えてしまおう……」
幻想には海はない。海洋まで少し長い度になるだろうか、けれどももうこれ以上この世を漂う意味を失ってしまった。
もう希望は絶たれてしまった。
思いは、思いは──尽きてしまった。
「海に解けて……もう、楽になってしまいたい……」
あの時、あの男をもっと痛めつけておくべきだったかもしれない。……いや、そもそもあの男に殺された事が屈辱この上ないのだが。
あの時は寝ずに駆け出してしまって、注意力怠慢だった。そこはどうしようもなく自分のせいではある。わかってはいるのだ。
──それでも、それでもだ。
あの男さえ居なければ、私を殺したあの男さえ居なければ。そう思わざるを得ない。
生きていれば強力な魔種として暴れ回っていたかもしれない。この魂はそれ程に忌々しくどんよりと闇に堕ちてしまっていた。
「ああ、もう一度……もう一度会いたかった」
──会ってこの刀を『緋桜』を渡したかった。
彼女の思いはそれからで。それ以上の未来は望んでいた結末は──それで絶たれてしまった。
涙を流す彼女の心は、どうしようもなく酷く黒々と穢れてしまったのだ。