PandoraPartyProject

SS詳細

何時より

うわばみのもり

登場人物一覧

ランドウェラ=ロード=ロウス(p3p000788)
黄昏夢廸
タイム(p3p007854)
揺れずの聖域


 雲ひとつ無い、とはこのような空のことを言うのだろう。
 いっぱいに広がった青と、その下で生命を象徴するような草木の緑。加工された石と金属ばかりの街中では得られない光景と臭いに、タイムは思わず胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
 これだけ晴れているというのに、あの嫌になるような熱気を感じることがないのは、木々が自然の天蓋となってくれているからか、もしくは隙間風が流れ込んでくるからなのか。
 どうであれ、髪も衣服も汗でベッタリと張り付くあの不快感を味わうことがないというのは僥倖な話であった。
 木陰に腰をつけ、足元に咲いていた花を愛でる。それが何という花であるかは知らなかったが、薄紫の、小さな花だった。
 来てみて正解であったと思う。毎年のことであるとはいえ、やはり連続した猛暑というのは辛いものだ。練達で出来た空気を冷やす機械もないではなかったが、やはり自然の風の方が性に合っている。
 実のところ、この森に出かけるということを、近隣の村では勧められなかったのだ。
 風の噂で良い森があると聞き、たまたま近くまでギルドの仕事できていたものだから、せっかくなのでと足を向けた。しかし女ひとりという姿に安心できなかったのか、その村で森のことを尋ねると、口を揃えて反対されたのだった。
「あの森は夜になると化かす、だなんて。子供向けのおとぎ話じゃないんだから」
 やれ、女ひとりで森に向かうのは危ない。どのような目に合うかわからない。夜になると草木すら君を騙すだろう。
 身を案じてくれての方便だったのだろうが、思い返すとくすりと笑みが漏れてしまった。
 良い村、良い人たちなのだろう。初めて会った筈の自分のことを、心から心配してくれたのだ。ひとり旅で迷いやすいところに行ってはいけないと、善意で諭してくれたのだ。
「これでも森の人、なんだけど」
 ピンと伸びた自分の耳を指先で軽くつまみながら苦笑する。どういう森に居たのかは覚えていないが、それでもきっと、そういうところで生きてきたのではなかろうか。この森の空気を、とても心地よいと感じるのだから、きっとそうなのだろう。
 しかし、あれだけ気をかけてくれた人々を無碍にするというのも気が引ける。あれだけ、夜になったら危ないのだと言っていたのだ。日が暮れるまでには戻ろうと考えていた、その時だ。
 こん、と。頭に何か小さい物がぶつかった。虫か何かが落ちてきたのだろうか。視線を巡らせると、それは色のついた砂糖菓子であるようだった。
「こんぺいとう……?」
 小さなそれをつまみ上げると、顔の前に翳してみる。木漏れ日があたって、少しキラキラしていた。
 物珍しい、という程ではない。しかし意図せず目にすることは稀であるだろうそれを、しばらくはまじまじと見つめていたが、やがてはたと気がついて周囲を伺い始めた。
 金平糖は、自然物ではありえない。であるならば、誰かがこれを落としたはずなのだ。一瞬、「あの森は化かす」なんて怖い言葉が思い出されたが、それでもこんな砂糖菓子はないだろうと首を振って振り払った。
 右を見て、左を見て、見上げれば、いた。
 木の上、太い枝のそこに、黒い髪の青年が座っている。こちらと目が合うと、ひらひらと手を振ってきたので、なんとはなしに振り返す。
 見覚えのない男性、というのはそれだけで警戒心を湧き立てさせたが、不審者と金平糖というふたつのワードがどうしてもつながらなくて、なんだか可笑しくなってしまった。
「このこんぺいとうをくれたのはあなた? あなたはだぁれ?」
 だから、そんな風に声をかけてしまったのも、そのせいだ。
 この人はきっと問題ないだろうと、どうしてだか思ってしまったのだ。
 青年は枝から飛び降りると、ふわりと静かにタイムの前に降り立った。そうして手のひらを差し出してきて、見ればそこには幾つかの金平糖が乗せられている。
「こんぺいとう、食べる?」
「え……? あ、はい、いただきます」
 なんで頂いたんだろう。自分でも不思議だったが、噛み砕けば口いっぱいに広がる甘さがすっと入ってきて、思わず口に出していた。
「あ、美味し」
 その言葉で青年が笑む。それでなんだか気を許してしまって、お互いのことを話して、その頃には前々からの友達であったかのように、すんなりと打ち解けることが出来た。
 だから、時間を忘れてしまったのだ。


 楽しい時間ほど、あっという間に過ぎてしまうものであるけれど、屋外に居て、日が落ちるのも忘れてしまうだなんて、初めてのことではなかろうか。
 陽のある内に帰ろうと思っていたのに、すっかり暗くなってしまった。奇妙なことに、月や、星々のひとつも見当たらない。昼間はあれだけ晴れていたというのに、いつの間に雲がかかったのだろうか。
 おかげで、今しがたまで話していた青年――ランドウェラと名乗っていた――の顔すら、見えづらくなってしまっている。
「あれ、どっちに帰るんだったかな?」
 彼の言う通り、こう暗くては方角もままならない。自分がどちらから来たのかでさえ、既に自明ではなくなっていた。
 暗い。それだけで心細くなってくる。あれだけ安らぎを感じさせてくれたはずの森はどこにいったのだろう。今は寄りかかっていた木のひとつでさえ、なんだか恐ろしいもののように思えていた。
 こういう時は、動くべきなのか、留まるべきなのか。
「面白そうだしなんとかなるって!」
 逡巡していれば、こちらの悩みなどまるで共感していないという風に、ランドウェラが歩き始めた気配がした。
 この暗さで、宛もなく進むというのだろうか。しかしひとり置いていかれることを想像すると、薄ら寒いものを感じてしまう。
 びゅうりと風が吹いた。それで搖れた葉が音を立て、心をざわめかせてくる。「夜になれば、草木すら君を騙すだろう」。どうして今思いだすのか。居ても立ってもいられず、慌てて青年の後を追いかけた。
「わたしこういうの本当にちょっと……やだやだ待っておいてかないで!?」
 幸いなことに、彼はタイムが来るのを待ってくれていたようで、すぐさま手を握られた。異性にそうされるというのは、普段なら思うところもないではないが、このような状況であれば、人がいるということへの安心感が勝っていた。
 ほっと一息をついて、彼が進む方向へとついていく。足元もよく見えなかったが、彼は迷う様子もなく自分の手を引いてくれるので、そちらへと続くことは容易であった。
「あの、怖かったり、しないんですか? わたし、こういうの本当にダメで……」
 ランドウェラは答えない。ただ奥へ奥へ躊躇うこと無く進んでいく。きっと自分と同じ様に何も見えていないだろうに。どうして進むことが出来るのだろう。
「あ、あんまり無闇に歩くと、余計危ないんじゃないかなーって。あの、えと、聞いてます?」
 ランドウェラは答えない。それが、段々恐ろしくなってきた。どうして彼は進むことが出来るのだろう。前を見ても暗がりであるばかりで、何もわからないというのに。この距離に居てさえ、彼の顔すらわからないというのに。
 わからないと、いうのに。嗚呼、嫌だ。気づいてしまった。タイムは彼の顔をすら見えていないのだ。手を繋がれてからこちら、本当にそれがランドウェラであるのかさえわからないのだ。
 途端に、この握られた手さえ何か恐ろしいものであるように感じられた。そうだ、どうしてだろう。その感触は枯れ木に触れたようではないか。
「あの、も、戻りませんか? やっぱり、危ないですし。ね?」
 気づかれてはならない。気づいたことを気づかれてはならない。どうにかして逃げ出そうとしていることを、この何かに悟られてはならない。
 どこかに本物のランドウェラもいるはずだ。大声を出せば助けに来てくれるだろうか。この何かに気づかれるリスクを犯してまで、試す価値はあるのだろうか。
 進んでいる。進んでいる。早歩きのような速度であるというのに、枝にぶつかることもない。幹に足を取られることもない。当然だろう。それは知っているのだ。森がどうであるのか知っているのだ。夜になったから化かすために近づいて、今まさに連れ込まれようとしているのだ。
 握る手は、いつしか強くなっていて、痛みを感じるようになっていた。枯れ木のようなそれに、骨が悲鳴をあげるほど握りこまれている。
「ねえ、放して! 痛い、痛いから!」
 振りほどくことも出来ず、引きずられるように進んでいく。逃げなくてはならない。でも、もうその時を過ぎてしまったようだ。力が強い。足を止めたとしても、無理矢理に引きずられるだろう。
 奥へ奥へ。泣き叫びそうになった、その時だ。
 突然、体が宙を浮いた。誰かに横から抱きかかえられ、その誰かが跳び上がったのだ。
 着地したのは枝の上。自分の手を確認すると、やはり枝のようなものが絡みついていた。切り落とされたのか、腕のようにも見えるそれはぴくりとも動かない。
 明かりが灯される。そうしてやっと、自分を助けてくれた者がランドウェラであるとわかり、安堵のため息をついた。
 森の異常を感じ取り、自分のことを探してくれていたのだろう。ほっとしたら、どうしてだか憎まれ口を叩いていた。
「もう、勝手に行っちゃって、どこにいたんですか? 怖かったんですから」
 彼はきょとんとした顔をしてから、安心させるような笑みを浮かべてくる。
「ごめんね。こちらには仕事で来ていたんだけれど、もう少し早く着けばよかった」
 その言葉に違和感を感じていると、「ところで、」と、彼は続けてみせた。
「初めて会うけれど、君はだあれ?」

  • 何時より完了
  • GM名yakigote
  • 種別SS
  • 納品日2020年09月18日
  • ・ランドウェラ=ロード=ロウス(p3p000788
    ・タイム(p3p007854

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