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画家はしばしば高揚す

登場人物一覧

グレモリー・グレモリー(p3n000074)
ベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941)
アネモネの花束


「あれだけ情熱的に筆を執るアンタが、どうして評価されないんだろうなあ! 俺はこの社会に、絵画という世界に疑問を覚えてたまらない!!」

 だむ、と水の入ったグラスを置いた相手は、上品な皿の上に行儀よく並んでいるチョコを一粒取って口に入れた。
 向かいにいる男は、彼を此処に連れてきたことを少しだけ後悔した。
 だって、だってまさか。ウィスキーボンボンを食べただけでここまで酔っ払うとか、思わないじゃないか。


 グレモリーはローレットの情報屋である。一応は。
 あくまで本職は画家だと彼は自負している。ローレットでの情報の取りまとめは、リアリティの追及のためだと。
 そんな中出会った特異運命座標の一人、ベルナルド=ヴァレンティーノ。かつて絵の道を進んでいた彼との交流は、グレモリーにとっても非常に有意義なものであった。
 それから彼らは時折言葉を交わし、ベルナルドのアトリエには画材が増えた。曰く「自分のアトリエは遠いからめんどくさい」というグレモリーが入り浸り、絵を描くだけ描いて帰る事が増えたからだ。
 絵画以外での交流も増えた気がする。ある時は「差し入れをもらったから君も食べなよ」と、グレモリーがケーキを一切れベルナルドに渡した。皿に置かれたままのものである。画家は往々にして常識というものを投げ捨てる事が多いけれども、彼もなのだなあ。と、フォークを要求しながらベルナルドは心中で苦笑したものだ。

 今回もそうだった。
 珍しくグレモリーが「菓子屋に行きたいのでついてきてくれ」と言ったのだ。
「…俺でいいのか?」
「2人からしか入店できない。僕にも一応友達がいるけれども、全員断られた」
「それはまた」
 淡々と告げるグレモリーは、けれどどこか寂しそうに見えた。彼の無表情も、観察していると微細な感情を帯びていることが多々ある。ベルナルドは画家特有の感性で、其れを見抜いていた。嬉しい、悲しい、寂しい。グレモリーの絵には感情がある。ベルナルドはそれを絵に描いて証明して見せた。だから、彼自身にも感情はある。絵を描いている途中の真剣な顔、描き上げた時の笑顔。それは紛れもなく、グレモリー・グレモリー自身から発露した感情だ。
 さておき。
 この誘いを断る理由は、特にベルナルドにはなかった。急ぎの依頼もなく、甘いものも嫌いではない。集中したいときにはよく小さな菓子を傍に置いていたものだ。
「すぐに行きたいんだけどいいかな」
 返事を待たずに身の回りを片づけ始めるグレモリーのマイペースさには、少しだけ苦笑したけれども。



 かくしてたどり着いた菓子屋は、かわいらしいピンクの壁に白いクリームのような装飾が施され、まるでお菓子の家のようなファンシーなたたずまいを見せていた。
 ――ああ、これは人数制限などなくても行きづらいだろう。
 僅かに居心地の悪さを感じながらも、ベルナルドは納得する。グレモリーは入り口の看板を見て「ビュッフェ形式だって。すごいね」と言っていた。
「事前に調べなかったのか?」
「日によって出し方が違うようだ。僕が通りがかったときはビュッフェとは書いていなかったように思う」
「成程」
「じゃあ入ろう。僕はチョコが食べたい。君は?」
「俺も……そうだな。チョコがいい」
「お揃いだ」

 扉を開くとかろんかろん、軽やかに真鍮の鐘がなる。いらっしゃいませ、と愛らしい女性の声がして、ピンク色を基調とした服装のウェイトレスがやってきた。
 彼女は少しだけ不思議そうに男二人を交互に見たが、すぐに「2名様ですか?」と笑顔を作った。ウェイトレスとしては及第点。
「うん、2人」
「空いてるお席にご案内します!」
 案内されるがままに、2人は奥まった一隻に腰を落ち着ける。ベルナルドは正直ありがたかった。男二人が菓子屋にいる様を窓越しに見られるのは気持ちのいいものではない。
「奥の方でよかったね。僕はチョコを取ってくる。君の分も取ってこようか?」
「ああ、頼む」
 ――そういってベルナルドは、いつものようにスキットルを取り出した。
 今思えば、其処で問うべきだったのだろう。「酒入りのものがいい?」とか、何とか。それを聞かなかったグレモリーに落ち度があったのか。スキットルの中身を言わなかったベルナルドが悪いのか。
 其れは最早、語るべきことではないけれども――


「あの時のお前には確かに情熱があった! 俺はそう思ったからこそ描いた! あの時のお前はなぁ、いつものお前とは全然違った! 目は輝いて、筆に迷いがない。何より色の作り方が巧い! なあ、あれはお前のギフトなのか?」
「うん。僕は何故だか、作りたい色を明確に作ることが出来るよ。失敗した事はないから、多分ギフトだね。というか君、お酒に弱いのかな」
「酒? 今は酒なんて飲んでないだろう。此処は菓子屋だぞ、バーじゃない! ははは」
「いや、君、明らかに酔っているから」
 そうして冒頭の悲劇が起こった。
 適当に見繕ったチョコの中にウィスキーボンボンが入っていた。グレモリーはベルナルドがスキットルを持っていたのを思い出し、きっと酒も大丈夫だろうと思ってぽいと皿の上に置いた。……置いてしまったのだ。
 そうして疑いもせずベルナルドはチョコを食した。最初はよかった。くどくなく、しかしとろりと甘いチョコに2人で舌鼓を打ち、最近出た画材の事について話していた……ように思う。しかし次第にベルナルドの様子がおかしくなった。饒舌になり、笑顔が増えた。同じことを何度も繰り返すようになった。
 流石のグレモリーもこれはおかしいと思ったが、時すでに遅し。
「俺は酔ってない。酔ったとしたら、先日のアンタの絵を思い出して酔っているんだ」
「そんな言い回しをする君を見たことないよ、ベルナルド。……いつもスキットルを持っているから、てっきり平気なんだと思っていたけど」
「スキットルぅ? あぁ~……これの事か?」
 ほら、飲んでみろ。
 そう言って渡されたスキットルの蓋をグレモリーが開けると――甘い香りがした。中身を飲んでみる。…甘い。酒特有の焼けるような感じはしない。
「……紅茶?」
「おう、そうだ! びっくりしたか? ははは!」
「うん、正直びっくりした。君、お酒飲めないの、もしかして」
「そうだと言ったら? ……言ってもこのツラじゃあ信じてくれないかな」
「いや、信じる」
 だって目の前でめちゃめちゃに酔ってらっしゃるからね。
 しかし其の呆れ交じりの返答は、相手の気分を良くしたらしい。先日の絵が、グレモリーの姿勢がどれだけ良かったかをまたベルナルドは語り始めた。
「……俺は正直嬉しかったんだ。こんな俺を画家として見てくれるアンタに見合う俺になりたいと思った。俺はもう宮廷画家にはなれないが……だが、普通の画家でいる事は出来る」
「……」
「せめてアンタの画家友達でいたいと思ったんだ。アンタは絵に真っ直ぐだ。ローレットの仕事だって、絵のためにやっているんだろう?」
「うん。僕の絵には、リアリティがない。それが欲しい」
「そんな事はない。あの時アンタが描いた絵は確かに幻想的だったけれども、それでも俺の胸を打つものがあった。……今でも探してるんだ。あの感情をなんと呼べばいいのか判らない。判らないのに伝えるのはいささか失礼かとも思ったが」
「……あれは、君の青に感銘を受けたから。僕も青を使ってみたいと思った」
 スキットルを投げて返しながら、グレモリーはぽつりぽつり、語る。
「僕の絵には自慢できるところが何もない。色を正確に混ぜることが出来ても、それは逆に平坦な絵を生み出すだけだ。君の青は現実に虚構を混ぜ込んで、絵画の世界を作る。正直言うと羨ましい」
 恥ずかしいことを言っている自覚はあった。
 けれど、正直に思ったことを言わねば気が済まないのが、グレモリーという男だった。今のベルナルドなら忘れてくれるんじゃないかという期待も、少しは……あるけれど。
 ベルナルドはチョコを――ああ、それもウィスキーボンボンなんだけどな――一口含む。
「あの時アンタが描いた絵も、負けないくらい幻想的だったよ。グレモリーは絶対に筆を折っちゃいけない画家だって俺は思った」

 こんなに真摯に絵を描く男が、筆を折ってはいけない。
 自分のようになってはいけない。
 そして叶うなら、彼に見合う自分でいたい。志を共にする、画家の友達としていたい。

 そう語るベルナルドを、グレモリーはじっと見ていた。
 其れは絵の題材を見るより真剣な瞳だった。それは間違いなく、敬愛すべき友人に向けたもの。
 彼が語りに語り、水を飲んで酔いがさめるまで聞いていよう。そうグレモリーは思う。全部覚えていよう。忘れてくれと言われても、嫌だと返そう。
 "友人"の本音など、めったに聞けるものではないのだから。

  • 画家はしばしば高揚す完了
  • GM名奇古譚
  • 種別SS
  • 納品日2020年09月17日
  • ・ベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941
    ・グレモリー・グレモリー(p3n000074

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