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SS詳細

混沌剣豪七番勝負:三番目

登場人物一覧

久住・舞花(p3p005056)
氷月玲瓏
すずな(p3p005307)
信ず刄

 鳥の鳴く音が宙に響く、長閑な昼下がりのことだ。
 小広く開けた短い芝の野原にて、正対する二人の剣鬼があった。暢気なのは木の上で歌う鳥ばかり、既に両者の間にはぴりりと舌がひりつくような、戦闘前独特の緊迫感が漂っている。
 狐耳に尻尾をゆらゆら揺らし、大太刀を霞に構えた少女が、かすか、唇を湿らす程度に舌でなぞった。いやまったく、一度打ち合い味を知り、二度断ち合って味を占め、三度遣り合や癖になる。まことこの混沌は、刃閃く逢瀬の相手に事欠かぬ。
 すう――と、丹田に氣を行き渡らせるよう、少女――『血雨斬り』すずな(p3p005307)は息を吸った。ぴたり、腹で呼吸を止めれば、三尺五寸の長物の切っ先がぴたり、止まる。
「では――一手お付き合いいただけますか、舞花さん」
「ええ、いつでも。始めましょう、すずなさん」
 応ずるは長くつややかな髪を長いリボンで纏めた、青眼の女性だ。『月下美人』久住・舞花(p3p005056)。こちらは身長相応の打刀――刃渡りおよそ二尺二寸五分、すずなのものと比べればかなり射程リーチで劣る――を脇構えにして、やや腰を落として相対する。
 すずなは舞花の答えににこりと笑って頷くと、すぐに表情を引き締めた。早く刃にて語りたくて仕方が無い。――しかし、刀の尺を捉えさせぬようにと完成された脇構え、間合いが掴みにくいことこの上ない。すずなもまた霞の構えにより刀身長を捉えづらくするよう構えてはいるが、あの青き淨眼の前に、如何ほど隠し果せていることか。


 すずなは呼吸を一つ継ぐ。
 縁とは奇妙なものだ。二人は、すずなの姉弟子たる『蛇剣』伊東時雨、そして死神――『一菱流』死牡丹梅泉との三つ巴の戦いにて共闘した仲である。かの戦いにて、攻守とも高水準に纏まった隙のない剣筋を見て以来、すずなはずっと何時か相見えたい、と希望を燻らせていた。――それが果たし状の形を取るまではそうは掛からなかったのである。過去に既に二度、同じような戦いを同輩たる特異運命座標に仕掛けているすずなの事だ、まだ味を占める前の躊躇など疾うに忘れてしまった。
 過去二回とは異なり、空の陽はまだ高く、互いの姿がはっきりと見える。闇に紛れることは出来ず、夜目に訴えて奇襲を効かせることも出来ない。そもそも今回は端から両者抜刀しての立ち合いはじめセットアップだ。奇襲など掛けようもない。
 ――故に、その試合の始まりはただただ静かであった。


 混 沌 剣 豪 七 番 勝 負

      勝負 三番目


    血雨斬り すずな

        対

    月下美人 久住・舞花


 ――いざ、尋常に、勝負!!


 沈黙の内のにらみ合いが始まって既に一分あまり。『来ないのですか?』などという挑発めいた遣り取りもない。――当然だ。余人にそう見えずともとっくの昔に、彼女ら二人の戦は始まっている。先だって行われた一番目、二番目と比較すれば、その幕開けは無音のようなものだ。……しかし静かなのは表面上だけ。
 すずなと舞花は、互いの一挙手一投足、それどころか瞳の位置と瞳孔の収縮、視界の焦点を探るように対手を睨みながら、位置取りを優位にすべく芝を踏んで半歩すり足右。しかし相互の位置関係変わらず。すり足の歩幅、タイミングにいたるまで、まるで鏡に映したような対称移動だ。
 鳥の鳴き声が美しく響く中、すずなはどこから切り込むべきかを観察する。しかし、隙がない。少ないどころか、『無い』。今まで相対してきた二人は、双方卓抜した剣士ではあったが、技能的に尖り、特化していた。特化しているということは、万能ではなく――狙うべき間隙があるということだとすずなは捉えている。
 しかし、舞花は違う。攻めてよし、守ってよし。
 迂闊に踏み込めば、剣翻り打つこと激流さながら。
 守れば月花咲き乱れること水鏡の如く、一度攻めれば心速かなること水月鏡像の如し。
 後の先を断ち動きを縛る『裏水鏡』に襲われれば、足の止まったところを膾切り。
 さりとてこのまま睨み合いを続けて舞花が打って出たとすれば、刀身に紫電纏いて敵を打つ『閃雷』が来る。いつまでも攻め倦ねるのもまた、良手とは言えぬ。
 おお、考えに考え抜いたとも。どのようにすればこの三番目に打ち克てるものかと! しかし結論は一つきり。――どのようにすれど、際疾きわどい攻防となるのなら。打ち合いたくてたまらない自分は、前に出るほかないのだ。
 一分三十秒。剣先揺らしての視線誘導と眼の動きのブラフを重ねながら、じりじりと間合いを計るすずな、ひゅ、と僅かに息を吸う。
「!」
 予感を覚えたように、舞花の動きが身構えるように止まる。――すずなはそれより半拍遅れ、かさりと梢の葉の落ちた瞬間に、タイミングをずらして踏み出した。
「はあぁっ!!」
 裂帛の気勢! 半拍ずらしての打ち込みに対応し、舞花は脇構えとした刃を返して下段より振り上げる。剣戟響き、火花散る! 頑健なる両者の剣、長太刀と打刀が刃音を立てて弾け合う!
 派手な剣戟に、今更気付いたように鳥たちが梢から飛び立っていく。
「まだまだ!!」
 すずなは弾け合うことで押された刀を勢いに逆らわず引き、腰のひねりと腕の速度を合一させもう一撃を放つ。舞花がそれを流す。攻撃を流したその隙に斬り返そうとするが、しかし舞花は目を見開いた。
 なんという速度。斬撃を流された次の瞬間にはすずなは独楽めいて一転、透かされた斬撃が次の斬撃の予備動作となる! 回転の勢いを乗せての斬撃は強力無比、受けた舞花が僅か表情を歪め蹈鞴を踏む。そこにねじ込むように、袈裟、胴打ち、面打ち、突きッ!! 窮すること無き、呼吸さえ挟まぬ連続斬撃。それを字して、『無窮』! すずなの十八番、超高速の連続攻撃である!
 しかし舞花、その連続攻撃を受ける、受ける、受ける! 斬撃が、突きが来るたび、その一撃の撃力が流しきれるかどうかを見定め、流せるなら流し、無理ならば手首のひねりと体捌きを使って弾く。――守りに振るう刃に派手さはない。しかし、ただひたすらに精密、そして魔技と呼んで差し支えない防御技術。刃が返る動きと、コンパクトながらに充分に体重の乗った受け太刀が、すずなの打ち込みの悉くを弾き、流し、止める!
 なんという技巧か。
 すずなとて歴戦の剣士である。それが、己の強みを十二分に生かした、小柄さから来る敏捷性を活かし――手数で圧倒する、最も得意な戦闘スタイルで挑んでいる。
 ――だというのにも関わらず、尚、舞花の防御が崩せぬ!
「遠目にしても鮮やかだった剣ですが、相対すると尚恐ろしい冴えですね。水鏡、恐るべしというところですかっ」
 剣戟の狭間にすずなが捻じ込む声に、舞花の弾む声が応じた。
「ふふ。お褒めにあずかり恐悦至極、けれど極みは未だ遠く。――この試合で今一歩、極みへ近づけるといいのですが」
 絶えず打ち合う刀の音を背景バックに、涼やかに、しかし確かに高揚した調子で舞花が応える。
 すずなも、舞花も、根からの戦闘狂。強者とみれば技比べをせずにはいられぬすずな、死の危険さえある白刃での打ち合いに生の実感を感じる舞花。両者ともに、只人ただひとの常識にあっては異常者とされかねぬ価値観だ。しかし、彼女らの中ではそれが。それこそが、存在意義にして生きる意味だ。
 上がり続けるすずなの速度。上限などないとばかりに加速し続ける剣速。しかしそれに待ったを掛けるように、舞花が刃に氣を込めた。打刀の表面に紫電が走り、っぢっ、ばぢぃっ!! 舌が痺れるような空気の爆ぜる音!
「……!」
 反射的に気を張るすずな。警戒に剣筋が硬くなった瞬間、舞花の剣が飛燕の如くに撓った。否、撓ったかに見える程の速度で振るわれた。最早銀光一条としてしか捉えられぬ一閃を、すずなが始めて守りに回り受ける!
 ッぱ、ぁぁんっ!!
「くうっ!」
 思わず呻きも漏れる。すずなの手に重い斬撃の衝撃インパクトと同時に、剣が帯びた紫電の威力が襲う。魔剣、『閃雷』! 氣を雷に転化し敵を断つ、舞花の必殺の一撃である。僅か一瞬刃噛み合う間に、刃を走る雷が伝い、すずなの身体をびりりと打った。受け太刀してさえ御覧の通り、すずなの動きが確かに鈍る! 気を張って備えていなければ、僅か一瞬とは言え動きを止めてしまうところだ。
 すずなの攻勢一転、今度は舞花が打って出た。攻守交代の様相である。閃雷には反動がある故乱用は出来ぬというところまではすずなとて知っていたが、しかしその情報優位をものともしないのが舞花の剣技だ。ぶれぬ体幹に極めて小さな予備動作。挙げ句、あまりに初動が自然すぎ、振り始めでは閃雷と通常の斬撃の区別が付かぬというほど。来るぞと備えようにも難しい。結果常に気を張らねばならなくなる。――僅かな思考リソースの差が勝敗を分けることもある達人同士の戦闘に於いて、それは想像以上に大きな枷だ。
 踏み袈裟、胴打ち、面打ち、首突き、身体を廻しての下段斬り、続いて胴打ち――火花、ぢ、りぃッ!
(閃雷!!)
 後手に回った不利を、しかしてすずな、ほとんど第六感的な予測でカバーする! 閃雷だけは直接受けるのを回避し、その他の斬撃と突きを長太刀の重さに体捌きを乗せ、弾く、弾く、弾く!
 しかし第六感に頼る回避など、それこそ長く続くものではない。破れかぶれに勘働き任せの剣を振るえば、その隙を剣鬼舞花が逃すわけもない!
 が、ッギンッ!!!
 凄まじい音を立て二刀ぶつかり合い、弾け合う。その抗力に乗って、蜘蛛めいて跳び下がるすずな。……破れかぶれの長期戦など愚の骨頂。ならば仕掛ける。すずなは眼光隠しもせず眦決するなり、渾身の力で地を踏んだ。
 すずなの踏み込みの場所から、同心円状に衝撃広がる。芝が捲れて千切れ浮き、すずなは弾丸めいて前に跳ぶ。あまりの速度に、舞花と言えども目を見開いた。
 避けられるものならば避けてみよ。これこそは天剣の極み。如何に逃げようとも追い縋り、必ず獲物を仕留める、餓獣の牙。 天を覇するとあざなした、四にして一の連続突き!!

  ――穿光、『覇天四段』!!

 剣先が分かれて四打の突きが同時に炸裂するかにすら感じる、流星めいた軌跡の多段突きを、しかし。ぎらり瞳を輝かせ、舞花が真っ向迎え撃つ!!


 その剣の名をすずなが識ることはない。
 ただの試合でそこまで見せることになろうとは、舞花自身が思いもよらぬ。
 しかして見せよう。放たれた突きには、『今までの速度では』対応出来ぬ。
 故に位階ギアを一段上げる。かの絶剣、四閃同時の連続突きを、払えるだけの速度を手に入れる!
 後の先。舞花が踏み出したのはすずなの後だ。しかしすずなに比肩せんばかりの速度で、距離を詰めるように疾った。
 天を穿つ四条の煌めき、覇天四段を、すずなより後に動いて迎撃するだと?
 そんなことが可能なのか。
 ――出来る。出来るのだ。後の先、先の先、およそありとあらゆる交差法カウンターに覚えのある舞花にならば!!
 淨眼雷に煌めき、刃紫電纏って尚眩く。

 ――迅雷、『鳴神月』!!

 真正面から、両者の奥義が激突する!
 雷明滅し、神速で疾った鳴神月の斬閃により、覇天四段の内三条が弾かれ逸れる。一撃が舞花の脇腹を掠め薄衣を裂き、血の牡丹を咲かせるも、しかして舞花の剣もまたすずなを捉え、その肩口から血を飛沫かせる。両者擦れ違うようにして行き違う。
 互いの剣、一撃がそれぞれその身に刻まれた。審判がいるならば一度試合を止めた頃合いだろうか。
 ……だが。ここにはそんな気の利いた者はない。
 互いに必殺の技を放ちぶつけ合い、それでも仕留めきれぬと知って、相振り向く、二匹の修羅がいるだけだ。
 視線交わる。もはや、言葉無くとも、互いの声が雄弁に聞こえる気さえした。

(続けましょう)(無論のこと)

 淨眼光り、蒼眼応ずる。刃合わせた修羅達には、ただそれだけで充分だった。
 必殺の技でなお斃せぬ相手を、如何にすれば斃せるか、そう考え食い下がるこの時間こそが刃修羅を鍛え上げるもの。彼女ら二人に共に否無し、ならば第二幕は必定である!
 舞花が地面に脚を叩きつけ杭打ち制動、芝を蹴散らして地面に轍を刻み反転、踏み込む!
 同時、すずなは手近な木に両足蹴りドロップキックめいて跳躍着地、反射!!
 両者ともに手傷は一つ、ならば技比べに支障なし。熱の入った二人の動きは、最初のそれよりいや速い。
 晴天、陽の注ぐ下で、では今しばらく――流星と霹靂、刃鳴らして歌い合おう!
 惹き合うように二匹の修羅が、地を蹴り踏み込み牙を剥く。
 混沌剣豪七番勝負、三番目、二幕。

 いざやいざいざ尋常に、

「「――――勝負ッ!!!!」」

  • 混沌剣豪七番勝負:三番目完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2020年09月16日
  • ・久住・舞花(p3p005056
    ・すずな(p3p005307

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