PandoraPartyProject

SS詳細

マルクの話~『君』と過ごした冬~

登場人物一覧

マルク・シリング(p3p001309)
軍師

 敵を倒した後の大広間はまだまだ冬が色濃く残っていた。だが鋭い冷気が、幾分やわらいだ気がする。冬を制したのだ。犠牲と引き換えに。それはマルクにとって、重く苦いものだった。ソウルリンカーを唇へ押し当てると、冷えきったそれが暖かくなっていく。
「……の……シチュー……つくろうと……」
 気が付くとマルクは子守唄を口ずさんでいた。サビの部分しか覚えていない色褪せた唄。あの冬を思い起こさせる。いつしかマルクの耳は吹雪の音で埋まっていた。

 寒くないかいマルベド。ここはあの村を思い出す冷え込みだね。幻想の辺境、鉄帝との端境にあった『僕たち』の村を。
 なんにもなかった。それでも春と秋にはキャラバンが通ってくれて、その日は村をあげてのお祭り騒ぎだったな。お金なんてないから、薬草を家族総出で集めて交換してたっけ。
 寒かった、いつも。真夏でも上着と手袋が欠かせなかった。ひもじかった、いつも。父さんと母さんは交代で食事を抜いて食べさせてくれたけれど、成長途上の体はとてもそれだけでは足りなくて、空きっ腹を草の根を噛んでごまかしてた。
 十の誕生日を迎えた時、よくぞここまで育ってくれたと、村中の大人からハグされたっけ。七つまでは神の子。成人すれば万々歳。子どもは貴重だった。大人たちの心のよりどころだった。どこの家の子というよりも、みんなの子だった。
 だけど悪いことばかりじゃなかったよな、クレアと遊ぶ時だけはつらいことを忘れられた。
 クレア、今どこで何をしてるんだい。折に触れて思い出すよ。はちみつ色のウェーブロング、実りの秋空のように深い青の瞳、すこし勝気で、年下たちの面倒をよく見ていた、野兎の足跡を見つけるのが得意な子。
 一緒に荒野を駆けまわったね。鈴なりのベリーを見つけた時の生き生きした君の顔。野兎の通り道へ罠を仕掛けるときの期待した表情、覚えてるよ。病も寒さも君が笑うとどこかへ行ってしまう、そう信じられた。冬がどんなに長く寒くったって、君に会えれば平気だった。リスの毛皮のイヤマフがよく似合っていたよ。春になれば荒野にも色彩が戻ってくる。雪の下からあふれだす花々。命。それを摘んで花冠を作った。僕はゆっくり丁寧に、君は手早く慣れた手つきで。そうして余った時間は「まだ?」なんて言いながら僕の肩に頭を預けていたね。僕はそれがうれしくてことさらのんびりとクローバーをより合わせた。
 初恋ほど自然に始まる事象はないと書物で読んだよ。振り返ってみれば、あれはたしかに恋だった。
 短い夏を精いっぱい楽しんだね。小川で釣りをしたっけ。どっちが多く獲るかなんて競争してさ。でも結局は仲良く半分こ。それでも余る日は近所に配った。
 食糧を得ることが何よりも優先される荒んだ生活で、『僕たち』が笑顔を忘れなかったのはクレアのおかげだね。いつしか春の花冠作りは恒例行事に。できあがったそれをうれしげに戴く君はとてもきれいだったよ。だけど幸せと言うものは過ぎ去ってから気づくんだ。クレア、本当に、君は今どこにいるんだろう。そろそろ恋しい人の一人もできる頃だろうか。もう一度会いたい。子どものように戯れたい。だけど思い出の最後は、すべてを塗りつぶすあの冬。
 あの年は花も咲かなかった。
 花冠作りはお預け、君はしょんぼりしていたね。思えばあげた花冠を、君はドライフラワーにして居間の壁へ飾っていたっけ。成長の証だと君の両親は誇らしげに、年々増えていく花冠を自慢してた。なのに「今年は無理かしら」、僕も少し残念だったよ。
 異変は夏になっても続いた。いつまでたっても土地を覆う氷が解けない。耕作に入れない。毎晩大人たちは村長宅へ集まり、種もみを食いつぶすか否かで喧々囂々。このまま冬が来れば間違いなく全員が餓死すると、自然の脅威を知り尽くした大人たちは血眼になって言い争っていた。一方で来年への期待が捨てきれず、議論は平行線。やがて秋が来て、ようやく芽を出したばかりの作物は皆枯れ果てた。雑穀を似たおかゆはすぐにスープに変わった。やがてはっきりとわかるほどに、例年にない寒さが襲ってきた。
 地鳴りを立てる吹雪。灯りにしかならない暖炉。最初に倒れたのは父さんだった。毎日雪の中を駆けずり回り、慣れない狩りに専念していた体に限界が来た。僕はクレアの両親に頼み込み、小さく歪な卵を一つ分けてもらった。もう村で鶏を飼ってるのはクレアの家だけだったから。これできっと父さんの具合はよくなる、僕はそう思って両手で卵を抱えて家へ帰った。だけど父さんは口にしなかった。「マルクはいい子だな。父さんは嬉しいぞ」それだけ言ってくれた。もう覚悟を決めていたんだと思う。卵のスープは僕のものになった。とてもおいしくて、おいしくて悔しくて、泣きながら食べた。父さん、誉めるくらいなら、一口でいいからこれを食べてほしかったよ。
 父さんが召されたのを皮切りに、一人、また一人、飢えと寒さに取られていった。吹雪はひどくなる一方だった。薪を取りに行ったらそのまま凍死するほどに。暖炉から火の気は絶え、僕は一日の大半を母さんの腕の中で過ごした。
 そんなある日、吹雪が一時的に止み、扉が乱暴にノックされた。あれが運命の動き出す音だったんだろう。やってきた村長と母さんは長い間話し込んでいた。そして母さんは扉を閉めると、やおら鉈を掴み父さんのベッドを叩き壊しだした。幼い僕には母さんが狂乱に飲まれたとしか見えず、腰に縋り付いて止めようとした。母さんは泣きながら僕を抱きしめ、バスケットへ乾ききったパンとしなびたジャガイモを入れて持たせた。「村長の家へお行き、母さんは必ずあとから行くからね」。
 一歩外へ出ると、どこも皆同じようなものだった。大人たちは血走った目で家や納屋を壊し続けていた。村長の家につくと、村の子どもたちが全員集められていた。周りには日持ちしそうな食糧、毛布と布団。暖炉には久しぶりに見る炎が。そこへ大人たちがやってきて、打ち壊した木切れを火へくべた。ぱっと火の粉が上がり、ようやく『僕たち』は悟った。もはやなりふり構わず、子どもだけでも生かそうとしているのだと。
 母さんは結局、約束を守らなかった……。
 悪夢のような吹雪は、またすぐに襲ってきた。みんなで小さく固まり、頭から布団をかぶってくっついていた。幸いにも燃やすものだけはたくさんあったから、暖を取るのに不自由はしなかったけれど、子どもゆえの無計画さで食糧はすぐに食べつくしてしまった。飢えにやられて、最初に赤子のトムソンが死んだ。そしてフィニック、オリーブと、体力のない小さな子から次々と。墓を作ることもできないから、台所の冷たい床に寝かせて、ひたすら春が来るのを待った。あれほど自分の無力を呪ったことはない。水だけでしのいで、交代で眠ったねクレア。目を閉じると、君はいつも子守唄を歌ってくれたっけ。君自身もサビしか覚えてない、優しい子守唄を。
 偶然通りかかったキャラバンがいなければ、僕もクレアも助からなかっただろう。そして僕はシリング家の養子となり、クレアも貴族へ引き取られていったきり……今は幸せ? それだけ聞きたい。

 覚えてるかいマルベド。いや君が僕の『弟』なら、忘れられないはず。助け出されたあの日、振り返った先、村長の家の扉に、母さんの大きな字で。
『子どもをお願いします』。

  • マルクの話~『君』と過ごした冬~完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別SS
  • 納品日2020年09月10日
  • ・マルク・シリング(p3p001309

PAGETOPPAGEBOTTOM