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『トラモント家に仕えるメイドの回想録』後編

登場人物一覧

フラーゴラ・トラモント(p3p008825)
星月を掬うひと
フラーゴラ・トラモントの関係者
→ イラスト

1.
 最近、フラーゴラ様が父親であるグラーノ様に抱く感情が敬愛以上ではないかと感じています。
 それは私が彼女の身だしなみを整えていた時の事です。

「メイドリーさん。ワタシ、綺麗かな」
 フラーゴラ様は鏡を見つめながら、悩んでいる様子でした。この年齢の女の子なら、そういう不安を抱くのは至極当然の事でしょう。
 浮浪児だった時期ならいざ知らず、今の彼女は贔屓目に見なくとも可愛らしいお姿をしておりました。真っ白で、ふわふわな耳や尻尾。子供特有の細くて艶のある髪の毛。そしてなんといっても、心を惹かれるのは彼女の両目であるハチミツ色と海色のオッドアイ。
 外へ出かける際、街の人々が感心したように彼女の姿へ振り返るものですから、付き人の私でさえ自慢に感じているほどです。
 とはいえ、「不気味に思われていないか心配なの」と不安がっているのはそれが原因でもありましょう。私はそう判断し、この時ばかりは正直な意見を申し上げました。
「えぇ、フラーゴラ様は綺麗でございます。だから、人々は貴方の姿を一目見ておこうと振り返るのですよ」
 しかしフラーゴラ様は私の答えに、可愛らしく――不満げに頬を膨らませます。
「街の人にはどう思われたっていいの。パパがワタシを綺麗に思ってくれるかどうかって事」

 フラーゴラ様の父親に対する想いは、男性に対するソレではないでしょうか。
 父親と他の男性に対する感情の区別が付かない未成熟なエレクトラコンプレックスと断じてしまえばそれまでなのですが、フラーゴラ様の言動は日に日に変わっていきました。
「パパは……優しくしてくれるから、好き」
 フラーゴラ様はそのような事を、グラーノ様の面と向かって口にするようになったのです。
 グラーノ様は「私も愛しているよ。フラーゴラ」とあくまで父親として微笑ましそうに受け答えしていましたが、フラーゴラ様がそう口にする頻度が増していくばかりです。
 無論、グラーノ様のお言葉は父親としてなのでしょうが――女性の私からいわせてもらえば――あれではフラーゴラ様の幼心は燃え上がるばかりです。
 いえ、グラーノ様の人柄を考えれば、間違いを起こすようなことはないでしょう。ですが、フラーゴラ様の熱を帯びた眼差しは、まるでいっときのマルガレータ様のような……。

2.
 私の予想は的中していたようです。

「花言葉ってなぁに?」
 始まりは、そんな些細な疑問からだったと思います。
 花言葉――起源は何処かの貴族が草花を象徴する言葉を当てはめただとか、学術的に細かい事までは私によく分かりませぬ。フラーゴラ様においてもその辺りに関心があるわけでもなさそうでしたので、『相手への言葉や文字の代わりになるもの』と簡潔にお伝えしました。
「なら、恋愛に関する花言葉があるお花ってどれかな?」
 好きな男の子でも出来たのでしょうか。私は深く考えず、ただその通りに植物図鑑を開いて彼女に教え込みました。

薔薇:
 赤『あなたを愛してます』
 ピンク『愛の誓い』
 白『私はあなたにふさわしい』『相思相愛』

 エトセトラエトセトラ。薔薇といっても、色合いによって恋に関するものはとてもたくさんございます。
 特に、フラーゴラ様は白い薔薇を自分の髪色と重ねたのもあってか『相思相愛』という言葉をいたく気に入ったようで、この白バラがある植物園へパパと行きたいとしきりにせがまれました。
 私は「もしや」と思い、彼女へ意中の相手を率直に尋ねたのです。
「ワタシは、パパの事を愛してる……将来、結婚したい」
 そのように純粋無垢な笑顔で言うものだから、私は道理を説くなど到底出来ずじまいで……。

3.
 ……今日、私は無礼を承知でグラーノ様に事の次第を打ち明けました。
 初めの内は「考えすぎだろう」と仰っていましたが、『一人の女性個人からの意見』という前置きにようやくご理解を示してくださいました。
「確かに。そうなると私の態度はフラーゴラを弄んでいるようなものだな」
 話が一段落ついた折に、フラーゴラ様が扉の前で息を潜めるようにして私達のお話を聞いていたのです。
 私は、フラーゴラ様に恨まれる事も怒られる事も覚悟の上でした。しかし――謝罪を述べる私に、彼女はむしろ「父に私の想いを気付かせてくれてありがとう」とでも言いたげな微笑みを返しながら部屋に入ってきました。
 私はその態度に唖然としました。彼女はすでに感情に振り回される見た目相応のそれではなく……十代後半といった淑女の振る舞いではないでしょうか。
 恋愛というのは、少女を乙女に変身させるとは耳にした事があります。ならばフラーゴラ様のそれは父への敬愛を取り違えたものではなく、本当に異性に対する愛情だったのでは……。
「パパ。ワタシ、今度のお出かけは白バラを見に行きたいな」
 私は、おそらくグラーノ様も、「彼女に酷い事をしてしまった」という後悔の念から、その場で何か諫めるなど不可能だったのです。

4.
「フラーゴラ。白バラ庭園に遊びに行こう」
 グラーノ様は、急に休暇を取ってフラーゴラ様をそう誘いました。
 フラーゴラ様はあり日しのマルガレータ様のように喜びの笑顔を浮かべましたが、それを向けられたグラーノ様は何処か悲しい顔をしていたのは、きっと私の思い違いではなかったでしょう。

 お二人が夫妻といった関係なら二人きりにすべきですが、お二人は親子の関係です。グラーノ様は、暗にそれを強調するように私を付き人として同行させました。
「楽しみね。パパ」
 鈴の鳴るようなお声を弾ませる度に、罪悪感で胸が締め付けられます。
 恋心が息吹いたその時に、芽を摘んでおけば花は咲かなかったのでございましょう。
 しかしフラーゴラ様の中にある純白の蕾は花びらを開かせております。傍から見ればその花は歪であると気付かずに。
 歪な花びらを無理に引っこ抜けば、やがて傷ついた部分から花全体が腐り落ちてしまいます。
 トラモントに咲く花が腐り落ちてしまうのを、私はもう二度目は見たくはありませんでした。

 白バラ庭園へ辿り着きますと、フラーゴラ様は両の目を白黒させて驚きの表情を浮かべていました。……それもそのはず、今現在は白薔薇の開花時期にないのです。
 周囲の何処を見回しても、形のパッとしない閉じた蕾ばかり。
「違うわ。ワタシがパパに見せたかったのは……」
 フラーゴラ様は、手掴み無理矢理蕾を開いて花の体裁を整えようとしました。されど、その時期にない花を開こうとしても千切れて、萎んだ歪な形になり果ててしまうだけ。
「そういえばメイドリーと花言葉を勉強していたそうだね、白い薔薇はなんていうんだい?」
 フラーゴラ様は、花をいじめた事を咎められたと思って肩を強張らせました。
 グラーノ様はそれ以上何も言わず彼女の答えを待っています。
「『私はあなたにふさわしい』、『相思相愛』……」
 フラーゴラ様は自信なさげに、小さな声で答えます。彼女の歪に咲いた白薔薇には、とてもそのような象徴は不似合いでした。

 ――白薔薇の蕾の花言葉は、『恋をするには若すぎる』


 聡明な彼女は、暗に私達が言いたい事柄を悟ったのでしょう。ぐすぐすと涙を流して、花や私達に「ごめんなさい、ごめんなさい」と繰り返し口にします。
 ……私達は、そんな彼女の手をそっと撫でて、彼女が握りしめた歪な花を蕾に戻したのです。

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