SS詳細
ゴブリンに囚われて
登場人物一覧
●ゴブリンという種族
よくファンタジー小説やゲームに登場する小鬼、ゴブリン。
身長は人間種の半分ほど。世界にもよるが、多くは緑色の肌と牙を突き出した醜悪な顔を持つ邪悪な生き物とされる。
ゴブリン共は知能こそ低いが、決して頭は悪くない。
ずる賢い知恵に関しては人間よりも長けており、悪戯好きな面がクローズアップされた話は混沌だけでなく多数の世界で紡がれている。
一概に言えない部分もあるが、ゴブリンという種族は往々にして最弱種族のモンスターとして扱われることも多い。
ただ、それは地上、日の当たる場所で活動する小規模集団であることがほとんどだ。
ゴブリンどもはさほど大きな群れを編成せず、棍棒など適当な武装で殴り掛かってくる為、冒険者達のカモとなることも珍しくない。
しかし、それは群れを統率する者のいない烏合の衆であることが多い。
まれに往来に出ているゴブリンであっても、力ある者もいないことはない。
被害者の返り血で真っ赤になった帽子を被るレッドキャップなどが有名だが、人間種と同様にナイト、ローグといった職に就いている者もいる。
だが、力あるずる賢いゴブリンは安易に単体で外へと姿は現さない。
例えば、通常種の数倍の体躯、力を持つホブゴブリンなどは、群れを統率する力を持つ。
霊を操る力を持つシャーマンは知能に優れており、ホブとは違った形でゴブリンどもを従える。
群れによっては、さらに強力なリーダー、ジャイアント、キングなども存在する。
それらは個体の力もさることながら、彼らのカリスマ、統率力が脅威となる。
強力な個体によって統率された群れは、並みの冒険者など軽々と返り討ちにしてしまい、近辺の人間種の集落を我が物顔で襲うほどにまで勢力を伸ばすこともあるという。
ゴブリンどもは食料や家畜を奪い、襲った人々の中で男、老人などは気に入らなければ殺し、女性は攫うか蹂躙し、子供にはマウントをとって己が力を見せつける。
この時、人々は初めて群れを成したゴブリンを恐怖し、畏怖する。
たかがゴブリンと侮っていると、とんでもないしっぺ返しを受けてしまうのだ。
●ゴブリンに敗北せし少女達
これは、ありえたかもしれない、ifの話。
もし、洞穴にいたゴブリンが依頼以上の強敵で、編成メンバーも異なっていたなら。
正史ではないことを予め、断っておきたい。
ある時、ローレットに張り出された依頼。
それは、傭兵……ラサ傭兵商会連合の北にある山岳地帯へと差し掛かる辺りの洞穴を根城としたゴブリン達の討伐依頼だった。
一部の敵の詳細は不明。通常種の他に強力な個体がいるという。
ゴブリンどもは、傭兵内の集落から、若い女性を中心に人攫いを行い、自分達の巣穴へと連れ去ってしまうのだそうだ。
ゴブリンどもが人々を襲い、その中で女性に目をつけて連れ去る事件は決してないわけではないが、それらの事件は基本的には手早く片付けられることが多い。
何せ、この国はその名の通り、傭兵がメインで活動する国だ。
わざわざ力ある者達が集うこの地で好き勝手に暴れるゴブリンなんぞ、傭兵達の敵ではないだろう。
そして、最近では幻想のローレットに所属するイレギュラーズ達。
各地で様々な依頼を解決していることもあって、悪行三昧のゴブリン共を撃破しようと参加メンバー達の士気は高い。
「魔法少女参上! です!」
赤髪ボーイッシュな格闘少女、『体育会系魔法少女』秋嶋 渓(p3p002692)は強く拳を握りしめて。
「悪いゴブリンさんたちですね! さらわれた女性を助けなきゃ! です!」
怒りを漲らせ、渓はやる気満々の様子だ。
「……純粋に怒りを覚える所業ではありますね」
こちらは弱気そうな儚げな人間種の少女、『氷晶の盾』冬葵 D 悠凪(p3p000885)もまた、ゴブリン達に対する怒りを燃え上がらせる。
この場にいるのは心強い仲間達であり、十分すぎる戦力だと皆疑いもしなかった。
現地に到着したイレギュラーズ一行は、一応敵の巣穴に突入とあって、最低限の探索スキルを発動させつつ、奥へと進む。
「はっ、やっ!!」
「ブッ!」
「グゲエッ!」
渓は両手の手袋より光の集積で形成される大戦斧『フォトンブレイク』でゴブリンの頭をかち割り、そいつの身体を両断する。
鮮血をぶち撒け、倒れていくゴブリン達。
「この程度なら、楽勝だね!」
思いっきりガッツポーズをとる渓。
途中、出てくる通常種は大した相手ではなかった。
棍棒やナイフを振りかざしてくる敵を、渓は仲間と共に倒していく。
ゴブリンどもには、同族に対する情というものはないのだろう。
別段怒りを見せることもなく、ただ、侵入者を倒すべく、力任せに突撃してくる。
そいつら目掛け、悠凪もまた、曲刀『ドレイクの尻尾』を振るって牽制した。
虚弱な彼女だが、鉄帝国の防御力を象徴する大盾『ゼシュテルの壁』でゴブリン共の攻撃を受け止め、そのまま殴りかかっていく。
「はっ!」
小さな掛け声と上げ、悠凪はゴブリンを殴り倒す。
断続的に襲い来るゴブリン達の攻撃は短調にも思え、一行は順調に奥へと進んでいく。
「…………」
だが、心配性すぎる悠凪は謎の勘が働き、この探索に一抹の不安が拭えずにいた。
毒矢、落とし穴、隠し扉……。
奥へと進む最中、発動するトラップ。
通常種に、それらを張るだけの知能はない。間違いなく上位種がいると思われる状況だ。
イレギュラーズ達もその程度のトラップは想定済みであり、難なく進んでいたのだが……、徒党を組んだゴブリンの強さを侮っていた。
この洞穴には、せいぜいいてもホブゴブリン、ゴブリンシャーマン程度だとイレギュラーズ達も高を括っていたのだ。
ところが、数も想定以上が奥に潜んでいた他、事前情報以上の強敵がこの巣穴にはいた。
一瞬の隙を突き、現れるゴブリン達。
現れたのが、事前情報通りの類であれば、イレギュラーズ達も多少油断しても対処はできたかもしれない。
後方から現れたのは、ゴブリン達の王、ゴブリンキング。一部では小鬼王、ゴブリンロードとも言われる存在だ。
「人間どもよ、我らを愚かと侮ったな……?」
言葉すらも巧みに操るそいつは強力なカリスマを持ち、ゴブリン達の士気を高め、的確な指示を与えてくる。
自らの巣穴で戦う術を熟知し、長けていた彼らの前に、イレギュラーズ達はあっという間に追い詰められてしまう。
しかも、ゴブリンキングはさらなる隠し玉を持っていた。
「お前達、出番だ。存分に暴れてくるがいい」
洞窟の奥底に潜んでいた、屈強な肉体を持つ個体2体。
そいつらは、身長4mはあろうかという巨躯を持っていた。
「グルルルル……」
「まさか、出番がくるとはな……」
人間ではあり得ぬほどに筋肉が発達したそいつらはゴブリンチャンピオンと呼ばれ、並みの傭兵が束になってもあっさりと壊滅させるほどの強さを単騎で持つ。
そのチャンピオン2体を前に、歴戦のイレギュラーズ達でさえ苦戦を強いられてしまう。
1人、また1人、メンバーが倒れていく。
運命の力に頼って立ち上がるが、それでも、そいつらは反撃の暇すら与えずにイレギュラーズを攻め立てる。
「ああっ……!」
奮戦していた渓も力尽き、その場へと倒れてしまう。
「逃げてください。ここは私達が……!」
悠凪が身を張り、仲間達へと逃げるよう呼びかける。
それを受け、なんとか、離脱を試みるメンバー達。
入口へと逃げていく仲間を見送った悠凪は、僅かに安堵の表情を見せるが……。
「終わりだ……!」
チャンピオンの振り下ろす鉄の棒で後頭部を殴られ、悠凪は渓に折り重なるように倒れてしまったのだった。
●我欲を満たす小鬼ども
イレギュラーズ達が討伐依頼を失敗してから、何日経っただろうか。
ゴブリン達の巣穴の奥。そこには、傭兵中から攫われた集落の女性達の姿がある。
申し訳程度に、襤褸を纏わされた彼女達の中に、武装を剥がされた渓と悠凪もいた。
「大丈夫だよ。きっと逃げ出すチャンスを作るから……!」
正義の魔法少女として、渓はこの場の女性達を元気づけようとする。
「「…………」」
だが、女性達の反応は重い。
助けに来てくれたと思ったイレギュラーズまで歯が立たぬ相手。
女性達は渓の言葉にもこの状況を打開する未来が見えないのか、うな垂れたまま。
「もう、いいの……」
また、すでに心を壊してしまい、全く感情を見せなくなってしまった者も……。
「あ……」
前向きな渓も、これにはさすがに言葉を失ってしまう。
「…………」
そんな女性達を護ることができなかった。
恐怖だけでなく、自らの力の無さも強く実感して身を小さく悠凪は震わせる。
(今、この状況で自分に何ができるのでしょうか……)
思い悩む悠凪は、さらに考える。女性達を救う為に。
そこに近づいてくる複数の足音。今日もまた始まると、囚われの女性達は絶望の表情を浮かべる。
「ハダラゲハダタゲェッ!」
鞭をしならせ、叩きつけるゴブリン。
「は、はい……」
命が惜しい女性達は牢から出て、ゴブリン達の為に尽くすことになる。
女性達が強いられているのは、ゴブリン達の様々な世話。
思う存分外で暴れたそいつらへと、彼女達は食事を作る。
雑食な彼らは作ればなんでも食べる。どこからか奪い取ってきた家畜がメインだが、すでに殺されていることも多く、それらを使って肉料理を主に作っていく。
数が多いゴブリン。チャンピオンなどはその大きさもあり、かなりの量を要求されはする。
それでも、さほど献立など考える必要もなく、適当な料理を作ればゴブリン達はなんでも食べる為、仕事としては楽な部類だろう。
住処では、ゴブリン達は自分達がやりたい放題に振舞う。
「ノベ、クエ、ウタエエエエ!!」
「グハハハハハ!!」
さらなる食べ物を要求するゴブリン共。
「……はい」
悠凪はこくりと頷き、炊事場から作った食べ物を運んできた。
「モッドクイモノモッデゴイ!」
その後処理まで、そいつらは女性達へと丸投げする。
「掃除、やるよー!」
渓は前向きに、掃除を行う。
飲み放題、食い放題で散らかした広場に、今なお酒に酔って眠りこけるゴブリンを移動させる。
「グゴー、グゴー、ギギギギギ……」
歯ぎしりのうるさいそいつを移動させながら、渓は掃除を進めていく。
地べたは土や岩場なので、掃除にも限界はある。
風呂など体を綺麗にする習慣がないゴブリンども。ただでさえ不衛生な彼らだが、そいつらの汚物処理まで強いられていた。
「うっ……」
えづき、戻してしまいながらも、女性達はなんでこんなことをやらなければならないのかと涙しながら作業を進めていく。
そして、ゴブリン達の要求は下の世話まで及ぶ。
「今日はどいつにしようか……」
にやりと笑うチャンピオンの周りには、多数のゴブリン達。
女性達は近づいてくるゴブリンの顔から目を背けながらも、肌を重ねる。
――う、ううっ。
――うっく、ひっく……。
ゴブリン達に要求され、女性達はなすがままに……。
「ハムガウナヨ……」
嫌がれば、それだけでゴブリンどもは女性達を強く殴りつけ、刃物を胸部に突き付ける。
実際、それで歯向かったことで、命を奪われた者を見ていたこと。そして、ゴブリンどもに絶対服従を強いられていることもあって、彼女達は抵抗もしない。
なすがままにぶたれ、痣だらけになる身体。
女性達はゴブリン達の欲の限りに肌を触られ、全身をなぶりつくされる。
「う、うう……」
人間としての尊厳を奪われる感覚。これだけで、心を壊してしまう女性は珍しくない。
「ガハハハハハハハ!!」
「いいぞ、もっと俺を楽しませてみせろ!」
気を良くするゴブリンどもは、一層大声で笑う。
「負けない……負けるもんか!」
「…………」
その様子を悔しそうに見続ける渓。
悠凪もまた言葉なく注視し、血が出るほど拳を握りしめていた。
●今度は、今度こそは
さらに数日。
女性達はゴブリン達から家畜以下の扱いを受け、人間としての尊厳を失いかけていた。
どんな苦境にあっても、明るく振舞い続けていた渓。
「大丈夫、大丈夫……」
しかしながら、度重なるゴブリンどもの仕打ちに、その明るさにも陰りが見え始める。
この間にも、新しく連れ去られてきた若い娘がいた。
彼女達にも渓は声をかけ続けるのだが、やがてその娘も徐々に精神が病んで目が澱んでしまう。
「…………」
すでに、悠凪は女性達と共に脱走を2回企て、洞穴の入り口を目指したのだが……入口はあまりにも遠い。
彼女はパンドラの力もあって、なんとか生き長らえているが、一緒に脱走しようとしたものはすでにこの場にいない。
蹂躙されてしまったのか、最悪、この世にはもういないかもしれない。
「どうすれば、どうすればいいの……?」
悠凪もまた精神的に追い詰められ、そんな言葉を繰り返す。
いくら考えても、ゴブリン共から逃れる術はない。
2度も脱走を失敗してしまったこともあり、ゴブリンキングは入口付近の護りとトラップを強固なものにしてしまっている。
――もう逃れられないのではないか。
そう考える悠凪もまた、壊れかけ始めていた。
「大丈夫、大丈夫……」
一緒に依頼へと臨んだ仲間へと、渓もまた病的な程に明るく振舞おうと努める。
救いがいないなら、いっそ……。
舌を噛んで死んでしまおうか。
「ダメだよ、奴らは必ず私達の代わりを補充しようとするよ……!」
渓がそこで、悠凪へと叫びかける。
ゴブリンどもはまた女性達を襲い、ここへ連れてくることだろう。
「……そう、ですね」
悠凪は思う。やはり、このゴブリンどもを殲滅しないと、みんなを護ることができない……と。
その時、外が騒がしくなる。
「敵が来るぞ、襲撃に備えろ!」
洞穴に響くゴブリンキングの声。
目につく範囲にいたゴブリン達が揃って動き出し、チャンピオンも地響きを立てて動き出す。
おそらくは傭兵か、ローレットが今度こそゴブリンどもを殲滅しようと攻め込んできたのだ。
その数は、渓と悠凪が組んでいたチームの数倍の人員だと思われる。
「皆、今度は……今度こそは……!」
渓がこの場の女性達に呼びかけ、素手で牢を破壊していく。
悠凪も思いっきり体当たりをして、鍵を壊して。
「もう嫌です……」
悠凪もまた本音を呟く。
女性達は思う。こんなところにいるのは彼女も嫌なのだろうと。
しかしながら、悠凪の想いは別のところにあって。
「これ以上、皆が傷つくのを見るのは……命を奪われるのは嫌なんです……!」
ここにきて、本音を思いっきり叫ぶ悠凪。
「もういや、嫌!」
「早く逃げたい、ここから出たい!」
この場の女性達も、感情を爆発させる。
近場に転がる鉄の棒や鈍器を手に、女性達は入口へと駆け出していくのだった。