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明日があるせりあ!
登場人物一覧
●二人分の朝食
目蓋越しに眩しさを感じて目が覚める。
灯りを消してカーテンが閉じられていても、室内はどこか明るい。
日が昇っているようだ。
「また寝坊かー……」
いつまで寝ていようが、誰も叱る人などいない。まだ寝惚けていても、髪が乱れていても、ここは自分しか住んでいないのだから。自由なのだ。
それでも今日という日を始めるべく、起きてカーテンを開けに行く。
二度寝しないだけ偉いと思う。
「やっと起きたの? いつも思うけど、寝過ぎよ、オリジナル」
目を擦りながらカーテンを開けた所で、自分と全く同じ声に呆れられた。
ああ、そうだ――自由だったのは先日までの話。
自分を『オリジナル』と呼ぶこの少女は、声だけでなく容姿も自分と瓜二つだ。
真っ白な、戦うためだけに生み出された自分のコピー『アルベド』。
本来は、あの妖精郷の戦いで命を散らす運命だった。
「なに間の抜けた顔してるのよ。わたしにまで移るからやめてよね」
呆れを通り越して沸々と怒り始めている彼女は、こうして生きている。
生まれ変わる事を決意した彼女を、絶対に生かすと決めたのだ。
心臓であったフェアリーシードは、捕らえられた妖精を核としたもの。その妖精を逃がす代わりに、アルベドの体を安定させるオーブを埋め込んだ。
ただ、これがかなり燃費の悪いオーブで――オリジナルである自分が毎日大量の魔力を注がなければ、すぐに魔力炉としての働きを止めてしまうのだが。
それでも、生きている。
「ったく……もう昼だけど、パンとコーヒー用意してあるから。さっさと食べなさいよ」
自分の先を歩く彼女に従い、食卓へ向かう。
テーブルに並んだ二人分の食事。焼きたてのパンも、淹れ立てのコーヒーも、あの子の気持ちも。自由な一人では得られなかった温かいものだ。
共同生活を始めた当初は、色ありと色なしの全く同じ顔で街を歩くだけで、下衆な好奇心と白い目を向けられたものだが。今ではアルベドの彼女も幻想の一員として迎え入れられて、彼女としての友人も少しずつ増えているらしい。
この子が、この子としての人生を歩き始めている事が。とても喜ばしかった。
「そう言えばオリジナル」
「その呼び方やめてって」
香ばしく焼けたパンをパリッと一口。
せっかく自分の人生を得たのに、この子は自分のコピーである事にどうも拘る節がある。
「ふん。さっき、あんたのおかん来てたわよ」
「うそ!? なんで起こしてくれなかったの!?」
「いくら起こしても起きなかったじゃないの」
溜息をつきながら小言を零す様子は、むしろ彼女こそ世間的な母親像に近いのではという錯覚すら起こす。自分の母親は、まあ、あれなので。
「まぁ、あんたのおかんも来たって言うより、家の前で行き倒れてたようなもんだったけどね。ほんと親子っていうか、わたしに遺伝しなくてよかったわ」
「うるさいわね。……でも」
「どうしたのよ」
オリジナルの自分から受け継いで良かったもの、悪かったものがあるなら。自分にはひとつ、どうしても気になることがあって。
「名前、本当に『アルセリア』でよかったの? わたしに縛られないで自由にしたくない?」
「ふん。今さらね。いいわよ、別に嫌じゃないし」
「ならいいんだけど」
アルベドのセリア、略してアルセリア。
名前らしくは聞こえるが、コピーでなく一人の個人として生きるなら、『セリア』からは離れた名前の方が良かったのではと思って。
あれから他の候補も挙げはしたのだが、結局この名前に拘ったのはあの子自身だった。
それなら、無理に取り上げてしまうのも良くない。それこそ『オリジナル』のエゴだ。
「あ、そうだ。手を出して。今日のやつ」
「ん」
今日の魔力を渡そうと、差し出された白い手を握ろうとして――。
●一人の夜明け
目が覚める。
まだ薄暗い部屋は、じめじめとしてお世辞にも快適とは言えない。
二人分のパンもコーヒーも、温かいものも眩しいものも、何もない。
「……夢、か」
いつまで寝ていようが、誰も叱る人などいない。まだ寝惚けていても、髪が乱れていても、このスラムの廃墟には自分しかいないのだから。
自分が勝手に行き倒れて、誰も手など差し伸べない。差し出した手を握り返してくれない。
あの、白い手は。自分がこの手で殺した。生きてなどいない。
もうすっかり慣れた。いつもの、こと――。
(……あんたのことは、忘れないから)
温かい夢の残滓が胸を締め付けて、目元から零れる。
それを拭って、この廃墟を出ることにした。
今日も一日が始まる。生きていればいつか――きっと、いいことがあるから。
『いつか、ちょっと気持ちが寒くなった時に思い出して。
それでちょっと笑ってくれたら、わたしにも意味があるから。
……笑えなくても思い出してったら!
アルベド・セリア……アルセリアは本当に、確かにあったんだから!』