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長耳は持つより観る方が良い
登場人物一覧
●続・幸運の長い耳
これはあの一件の後日談である。
あの一件――それは即ち、ハーモニアの子供を攫ってその長い耳を刈り取ろうという依頼の件だ。
件の依頼は悪属性も厭わないイレギュラーズの見事な手際によって、それはそれは良い具合の長耳が取れたと、依頼者もご満悦。依頼としては十分な成功と言えるものだった。
さて、そんな人によっては目を背けたくなる残虐非道な依頼を経て、一つ思い至った者がいる。
『黄昏夢廸』ランドウェラ=ロード=ロウス(p3p000788)。件の依頼では主に耳を切り落とされた子供達の治療に回っていた。
初めての深緑の依頼にありながら、初めて悪道に手を染める。そんな一件に彼は実に様々な刺激と共に考えを巡らせて――ああ、そうか。と、てを叩いた。
幸運の長い耳。
長い耳は幸運を呼び込むベストアイテムであり、それの産出元であるハーモニアはいずれ長耳を切除される運命にあるのだと。
大きな勘違いではあるのだが、ランドウェラにとってそれが普通だと認識した以上、目に付く長耳に暗い感情が浮かぶ。
即ち――あれもいずれお守りとなるのか、と。いつ取るのだろう、と。
そこで傍と気づく。
ああ、そう言えば……身近な所にも美しい長耳を持つ者がいたではないか。
いつも忙しそうにローレットを出入りする緑と黒のハーモニアの二人、その一人。
情報屋リリィ・クロハネ。その人である。
***
その日、ローレットにランドウェラが足を運ぶと、珍しく暇そうにカウンターのイスに腰掛けたリリィを見つけた。
これは何とも好都合と、ランドウェラは緩やかに近づいていく。
その瞳は黒く長い髪から生える真白な長耳に注がれて。
視線に気づきリリィが振り返る。
「あら、ランドウェラちゃん。お一人かしら? 依頼を探しに来たの?」
「やあ、リリィ。今日は暇そうにしているんだね」
左手を上げ答えるランドウェラ。その視線は変わらず耳を捉えて。さりげない挙動でゆるりと隣に座った。
「依頼と言えば……先日の依頼では案内ご苦労さま。おかげさまで依頼は無事に終了したよ」
「ランドウェラちゃんに担当してもらった依頼って言うと……あー……あの依頼ね」
依頼内容を思い出し、リリィは眉根を寄せて僅かに困った表情を見せる。当時から気乗りはしていないことは見て取れていた。やはり同じハーモニアが被害に遭うというのは気分の良い物ではないことを、ランドウェラは持ち前のスキルを発揮しなくても読み取ることが出来た。
「大丈夫かい?」
「……仕事に個人的感情は持ち込まない主義なのだけれどね。
やっぱりどうしても……こんな見た目でも被害にあった子達とそう変わらない年齢だもの。
ちょっと考えちゃうわよね」
「ああ、そうか」
と、リリィが十七歳になったくらいだと思い出し納得する。依頼で耳を奪った子供達はもう一回りは小さいが、そう大きな差があった訳ではない。
「イヤだわ……思い出したら背筋が凍りそう。
依頼に参加した特異運命座標ちゃん達をイヤだとは思わないけれど……やっぱりちょっと現場を想像すると、うぅ……いやだわぁ」
と言って両手で両耳を押さえるリリィ。ずっと凝視していた耳が見えなくなったところで、ランドウェラはポケットから小瓶を取り出した。
「あら? なにかしら?」
目を奪われたリリィが尋ねると、
「こんぺいとう。食べる?」
ランドウェラが小瓶のコルクを外して瓶を振るう。色とりどりの金平糖が音を鳴らして揺れた。
「それじゃ一つもらおうかしら。
……ん、甘くて美味しいわね。けどなんでこんぺいとう?」
「美味しいでしょ? もっとこの美味しさをいろんな人に布教したくてね」
「布教だなんて、ふふっ面白いわねランドウェラちゃんは」
「それに綺麗でしょ? ほら」
手にした小瓶を回して見せる。色とりどり凹凸の金平糖は細工された芸術品のようでもある。
その大柄なら姿ながら子供であるところのリリィはテーブルに置かれた小瓶と金平糖を目を輝かせて眺め見る。仕事中は妖艶な雰囲気すら見せるリリィだが、こういう所はまさに子供そのものだ。
「ほんと、とっても綺麗ね……」
リリィが髪を掻き上げ耳に掛ける。そうその長い耳に掛ける仕草をランドウェラは変わらぬ表情で見つめた。
もしもリリィにガチ恋しちゃっているような男の子であれば、その仕草に色っぽさでも感じてドキドキしちゃうかもしれないが、平常心を持つランドウェラは、表面内面問わずして焦燥感を覚えることはない。
それどころか、まるでその視線は丸裸になったリリィの長耳をどこから刃物を入れれば美しいお守りになるか品定めをするかのようで――
「……あら、そんな見つめて。ふふ、なにかしら?」
視線に気づいたリリィがまるで慣れたように悪戯顔で挑戦的な目つきのままに問いかける。それにランドウェラも爽やかな笑顔で言葉を返した。
「いや、そういえばリリィって綺麗だなって思ってね。髪も目も……耳も」
「あら、嬉しいわ。ふふ、お世辞でもありがとう、と言っておこうかしら」
「お世辞じゃないさ、本当に綺麗だと思ってね……うん、そんなリリィの耳なら身につけててもそう悪いものではないか」
ランドウェラの表情に変わりはない。子供のように純真なまるで当たり前のようにそう口にする。
「身につけるって……もう、あの依頼の話をしたからってそんな冗談を……」
「冗談……? いいや、冗談なんかじゃないさ。
その耳、そのうち取られてしまうのだろう?
なら早い内に取ってしまう方が良いんじゃないか?」
「ごめんなさい、ランドウェラちゃん、貴方なにを言って――」
「なあリリィ――」
――それは、その耳はいつまで必要だ?
***
「いやぁー! 耳はだめよぉぉ!」
ガバッと飛び起きて、リリィは絶叫しながら両耳を押さえた。
そうして自分が夢を見ていたのだと自覚した。
リリィの見る夢は、その身に宿したギフトによって予知夢と言って差し支えのないものだ。
で、あれば、今見た夢は――
「これは……説明が必要ね……!」
手帳に夢の内容を書き記したリリィが闘志を燃やして黒いパジャマを脱ぎ捨てた。
その日、ローレットにランドウェラが足を運ぶと、リリィが仁王立ちで待ち構えていた。気さくに声を掛けて……長耳へと目を向けたところでジロリと睨まれ指摘を受けた。
「私が調べたところランドウェラちゃんは大きな勘違いをしているようだからね! その誤解が解けるまで耳を見るの禁止よー!」
そうして、リリィが長耳のお守りの非合法かつ悪道であり一般的でないことをとつと語る。ランドウェラは小一時間説明を受けて、漸く自分の考えがズレていたことを理解した。
「!! なるほど、そうなのか……不安にさせてしまったらすまな、あ、いや、これは、認めているわけではなく……申し訳ない。しかしよく僕が思ってることを見抜けたね」
「ふふ、情報屋は全ておみとーしよ! それとポケットの中のを一つもらおうかしら!」
「おっと、そんなところまでお見通しなのかい」
これは敵わないなと、ランドウェラはポケットから小瓶を取り出しコルクを抜いた。
カラフルな金平糖を一つ口に放り入れ、リリィは少女まるだしな笑顔を見せた。
ランドウェラは思う。
やっぱり長耳だけを持ち歩くより、自然のままで眺める方が幸せではないかと――