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『あの日』

登場人物一覧

イグナート・エゴロヴィチ・レスキンの関係者
→ イラスト
イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)
黒撃


 ――きっと。あの赤毛の少女から全ては始まったのだ。



 鉄帝。
 多くの時期を寒気に包まれ――冬場は特に極寒へと至る国だ。
 されど力こそ良しとするかの風潮は民にすら強靭な体を宿し、全てを乗り越える。
 そんな国のとある街にて。
「全く――まさか肩を掴みながら窓から飛び降りる奴がいるかい普通?」
「ハハハ! ビックリしたかい? 部屋に缶詰め状態のヤツにはいい刺激だったろう!」
 二人組の男が歩いていた。
 交わす会話は片方が文句の様に。しかしその表情は決して悪いモノではない。いや別段笑顔かと言われるとそうではないし、どちらかと言うと呆れているかのような表情だが……それでもなんとなく、迷惑ではなさそうな。
 彼の名はミハイロ。ミハイロ・アウロフ。
 白き衣に身を包み、白き翼を携えた――イグナートの幼馴染である。
 アウロフ家は鉄帝の中でも良家と呼べるような立ち位置にあり、そこの息子であるミハイロは――彼自身の生真面目な気質も手伝ってか、家で自らの才覚を伸ばす事に勤勉。しかしそれでは『オモシロくないだろう』とイグナートが部屋に侵入しては無理やり連れだす事あぁ何度目か。
 今日も『ソレ』である。
 二階の書斎で勉学をしていたミハイロを拘束し飛び降り街の方へと至れば。
「はぁ……まぁいいけどね。偶にはこういう機会も必要だと分からないでもないし」
 ついにミハイロも諦めるものである。
 一度外の空気を吸えばなんとなしそういう気分にもなり……であればと暫く外を歩くのも悪くはない。出店にあった林檎を一つ、買えばそのまま丸かじりして。
「相変わらずマジメだなぁ。やっぱり将来のタメかい?」
「当然だろ――いずれはお互い成人さ。イグナート、キミもぼんやりとは考えてるんじゃないか?」
「いやぁ、オレはオトコなら最強を目指すっきゃないよねとしか考えてないよ」
 互いに。買い食いしながら言うは未来の事。
 今は良い。二人にとって今日明日の事ではない――が。いずれは互いに大人となる。
 その折に一体どのような道を歩んでいるか……生真面目かつ責任感のあるミハイロの方は家を継ぐ事を常に考えているのだろう。一方で奔放というかなんというべきか、イグナートの方は顎に手を当てうーんとうねり。
 出てきた未来像はこのまま武の道を突き走る姿。
 それしかイメージ出来なかった。まだ見ぬ天へと向かって精進する、それが全て。
「つまり――正にこの国の色通りに進んで、国を治めるつもりだってことかな?」
「いやー、あんまりソコは深く考えてないかな。メンドそうだしね」
 だが、と思うものだ。強さを目指した末に政治や権力に雁字搦めになるなど御免である。
 この国の良い所というか悪い所というか……実力さえあれば国の政治中枢に立つ事は決して夢ではない。しかしそんな国がどうだのと言う事には興味がないのだ。彼が、彼らが磨いている『武』とはもっと純粋。
 拳に、五指に込める力が固くなる事。砕くモノが石から岩と成る事。
 自らの研鑽――言うなれば求道者。他に染まるよりも我が道だけを走る……
「ハァ……ちょっとは将来について真面目に考えて生きちゃどうかなイグナート・エゴロヴィチ・レスキン?」
 しかし予想の範疇にしてミハイロとは違う、ざっくらばんとした将来像に、思わず出てくるのはため息だ。もう十何年となる付き合いだが……イグナートはどこまでも変わらない。
「おっと、またセッキョウだ。そういうミハイロの将来のユメはフウキ委員長ってヤツなのかい?」
「フウキ……? その時折出てくる妙な言葉はどこから覚えてくるんだい?」
「マンガってヤツだよ。面白いよ。フウキ委員は廊下を走ってるとチュウイしてくる役職なんだ」
 役職……? 官公省庁の中の部門の一つかな……?
 真面目に悩みだしたミハイロ。やれやれ、頭の固いヤツだなぁ。
 しかめっ面のミハイロ。空を仰いで笑顔を零すイグナート。
 お互いが宿す性質は対極でありながら……幼馴染だから、という以上の親和性が彼らの間にはあった。風来坊ともいえるイグナートと実直たるミハイロ。水と油にもなろう筈が水魚の交わりの様に。
 不思議と馬が合うのだ。
 ……人と人との交流には分からぬ何かがある。理屈でいえば多く違う点がある二人の仲が良かろうはずがない。それでもイグナートとミハイロは幼馴染であり親友であり、共に武を高め合う仲であった。
 きっと魂が、同じ所を向いていたのだ。
「ミハイロはもうちょっと娯楽のホンも読むべきだね。アタマを柔らかくするのもダイジさ」
「そう言うならイグナートも偶には教養本も読んだらどうかな? この間貸したジョン・カールウェズの『正義論』まだ一ページも開いてないよね?」
 いやぁ~どうだったかな~? あははとまるで話を逸らす様に。
 ああ楽しい。
 緩やかな空気がずっと流れている。気心の知れた仲である故か、掛け合う言葉に棘も無く。
 本当に、楽しかった。
 きっとこんな日常がいつまでも――

 と、その時。

 二人の耳に声が届く。それは少し先より……少女が焦っているような声だ。
 見れば一人の男が少女の腕を掴んでいる。屈強な腕が細腕を掴んで、強引に腕の内に退かんとしている図……あぁ傍目に見ても友好的な間柄に見えそうになく。というかあの男は。
「おっ、そんなことよりもゲオルギーのヤツが女の子に絡んでるぞ。アイツ最近子分みたいなレンチュウを増やして調子に乗ってるみたいだからこのキカイにワカラセテやろうぜ!」
「おい! そのどちらがチンピラなのか分からない物言いはどうにかしろ!」
 駆け出す。正義感か、それとも男が気に入らなかった方か。
 どちらであろうと今日、この日。二つの魂は同じ所を見ていた。
 少女を困らせるゲオルギーに拳が届けば。直後に響くは男の怒号と、それに対して余裕を見せる二人の武。
 この後ゲオルギーの子分も駆けつけ混ざり、てんやわんやの大立ち回り。周囲では突然始まった喧嘩に武闘好きの鉄帝の民が囃し立て……されど警邏が訪れれば流石にまずいとばかりに。
 絡まれていた少女を連れて、今度は大逃亡の大立ち回り。
「あああもう! イグナート、キミの所為だからな!!」
「アッハッハ! いやいや偶にはこんな刺激も――イイものだろう!」
 駆け抜ける路地。交わされる二人の所作。それに思わず少女がくすりと笑みを零せば――

 ああきっと、それがきっと始まりだったのだ。

 その時救った少女の名はスヴェトラーナ。
 赤毛が特徴的な、とても可愛らしい少女であった。
 後にミハイロと恋仲になる人物であり――そして。

 永遠に失われる人物でもある。

 その温もりを感じる機会は、もう永劫に訪れない。
 彼女の手を握った、あの日の温もりは。
 あぁそうだ、きっと……
 きっと。
 あの赤毛の少女から全ては始まったのだ。

 二人が歩む、これからの総ては。

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