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キミが見た夢は
登場人物一覧
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ある所に、大きな大きな島がありました。
島に住むひとびとやけものたちはたくさんおり、ひとは農作をし、けものは果物や植物を食べて暮らしていました。
それはもう、平和に、仲良く。
ーーそこから、空が廻りゆくことを何度も何度も繰り返して。
ひとびととけものたちはゆるやかに日々を過ごし、次の世代を産み、老いて死にを繰り返します。
そしてそんな穏やかな、変わらない日常のとある日。
白い毛並みにいくばくかの黒い体毛が混じった猫の姿をしたけものが、今日も今日とて「やらかし」をして、数人のひとに追いかけられていました。
そのけものは、てちてちとてとてと気ままに歩んではいたずらをしでかし、ニ˝ャンと鳴いてはあちこちを駆け回り。
そんなことを毎日のようにしていたので、島の中ではそこそこ知られている方でした。
「待て、こら! 椰子の実置いてけえ!」
「うちの壁に落書きするなあ!」
「ブニ”ャ“ー!!」
ーーそんな風に、自分を発端に追いかけっこをしてはされて。
島中を縦横無尽と言わんばかりの勢いで走り回った後、疲れ果ててしまえば捕まって。
同じく疲れ果てたひと達に多少は怒られたら、そのけものの一日はその場で眠って終わることが多いのです。
けれどたまには、ひと味違っていることもあり。きょうは、そんなひと味違った日でした。
疲れ果てたけものは自分の寝床であるぼろぼろの家に戻ると、小さな壺に収められた秘蔵のはちみつをちびちび舐めて、にこにことした顔になりました。
けものは、あまいものがなによりも大好きだからです。
それも、ひとびとが最近つくる「おかし」なるものを味見させてもらおうと機会を窺うほどに。
……とはいえ、それはまさしくいたずらのように行われる味見だということは、けものはあまり気にしていませんでした。
だってひとのする物々交換なんて、けものにとっては必要がない上に絞ャ來なのですから。
そうしてあまいあまいはちみつを堪能し切った後は、無造作に敷き詰めた藁の上で目を閉じて。
ぐっすり、すやすや。夢見るままに。
とぷんとぷんとーー■い
そのけものは、ひとりぼっちの夜を越える為に眠りました。
おやすみなさい。幸せな、夢を。
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夢に見る。
からから、からから。
真っ赤な鳥居の周囲で数えきれない程に立てられた黒い
夢に見る。
ざわざわ、ざわざわ。
風に揺れる緑色の樹々の中で立ちながら、何十何百と年を経ただろう焦げ茶色の樹皮に触れる誰かを。
夢に見る。
さらさら、さらさら。
らくだ色が金色にさえ思えるような砂漠の中で、ぎらぎらと照り付ける橙色の夕日を。
夢に見る。
があがあ、があがあ。
澄んだ青空を飛びながら無遠慮に鳴く白い鴎と、どこまでも透き通った水色の海を。
夢に見る。
ごうごう、ごうごう。
無機質な鋼色の戦車が、車体を軋ませながら曇った白氷と荒れ果てた黒土混じりの荒野を走った軌道の跡を。
夢に見る。
ばたばた、ばたばた。
あちらこちらを駆け回る雑多な色のひとびとと、街がつくる灰色を蛍光色のネオンが照らしている光景を。
夢に見る。
こんこん、こんこん。
赤と茶色の煉瓦の街の何処かで、周りよりもひと回り大きな建物の扉を叩く誰かの声を。
ーー■に■る。
げらげら、げらげら。
遠クデ聞コエル、誰カノ嗤イ声。
アナタハ、ソレヲ識ラ無イ。
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べしべしべし。
そんな感触と共に、ランドウェラは目が覚めて。
つい数秒前まで枕代わりになっていた左腕の痛みがじわじわと襲ってくる。
「ああー……なんか、いい夢見てたよう、な?」
そう独り言を呟きながら、さっきまでどうしてたっけと周囲と近くの時計を見遣る。
ああ、そうだ。思い返せば数時間前。
いつも通りの私室で、ちょっと気取って紅茶にはちみつを垂らして飲んでいたのだと。
そしてテーブルの上には一冊の絵本とすっかり冷めたマグカップ。どうやらコレを読むうちに寝ていたらしい。
昨日くらいに本屋で見つけて、気になったからと買った絵本だ。
まだ読みかけのーー本の三分の一ほどを読んだところ、けものが眠ったシーンで止まっている。
「…………にしても、面白そうな夢だったような気がするんだよなぁ」
思い返したくても思い返せない、最早朧げな光景となった夢に思いを馳せて。
そう思ったらちょっと腹が立ってきた。何に? 自分のギフトに。
「お前なあ、もう少し安全とか僕の意向とか考えてくれよ」
足元と右腕へと器用に愚痴を吐きながら、すっかり実体を失くした影へと恨みが募る。ギフトが悪いんだよギフトが。
けれど、思い返せないなら仕方ない。彼はそう思った。
ーー嗚呼、夢見た場所は何処だったのだろう?