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憧れのショッピング -麻衣とンクルスの休日-
登場人物一覧
●お買い物は波乱万丈!?
女友達とショッピング。
その秘密の花園めいた甘美な響きは乙女達の憧れであり、宝石めいた輝きのある素敵な響きである。
だからこそ『秒速の女騎士』中野 麻衣(p3p007753)は声を大にして言いたい。
「少なくともこれはっ……想像してたのと違うっすーー!!」
「~ッたく、五月蠅ぇな。二日酔いの胃に響くだろーが」
据わった目で麻衣に迫る白衣の巨女。ぎこちなく微笑む『鋼のシスター』ンクルス・クー(p3p007660)。
通路の左右にガラクタめいた機械のパーツが山と積まれており、乙女の「お」の字を掠りもしない店である。体よく言えば『雑貨屋』だが、積まれている物の価値が分からない麻衣にとってはスクラップ屋という表現が一番しっくり来た。
「ごめんね、麻衣さん。先に私の用事に付き合ってもらう事になっちゃって……迷惑、だったかな?」
「とんでもない! お買い物に誘ってくれて嬉しかったっすよ。ただ、店主が想定外だっただけで――ひっ!?」
がしっ。ンクルスに気が逸れている隙に背後から白衣の女が麻衣に抱きついて来る。
「へっへへ……悪かったね想定外で。でもアンタらだって
「酒臭っ! この店主さん飲みすぎっす……っひゃん! ていうか、どこ触ってッ!?」
「どこか言葉にしろって? いやー今時の若いのって大胆だねぇ」
「言わなくていいから止めて欲しいっ、て、あっ! ちょ、ホント、ゃ、そこはダメっすうぅうぅぅ♡」
麻衣の絶叫が木霊する、ここは練達・電気街。マニアックなパーツを多く販売するスクラップ通りと呼ばれる場所にその店はあった。常人には縁遠い場所ではあるが、ンクルスのような秘宝種や鉄騎種などには大切なライフラインだ。数多の店がある中で、ンクルスはこの店に多く立ち寄っていた。その理由は単純なものだ。
「あっ、店主さん。お店のポスター新しくしたんだね! 新練達女子プロレスのレジェンドリーグ……かっこいい……」
「いつもながら、興味を持ってくれるのはンクルスだけだ。……さて、こんなモンか」
キラキラ目を輝かせるンクルスの隣に、ぐったりした麻衣が座らされる。はへ……はへっ…。と不規則に呼吸を繰り返す彼女から店主は手を離し――両手の擬態を解き、機械の腕を露わにした。カウンター奥のパソコンに接続し、データを転送し始める。
「あーやっぱりだわ。ンクルス、身体の反応が悪いって言ってたが、単に内部の循環液が古いからじゃねーぞ」
「違うの? 少し前に麻衣さんとダンジョンに行った後から、身体がギチギチ言うなって……」
「触診とスキャンでお前のツレを調べたが、出て来た魔力の痕跡や粘液の成分から察するに、触手っぽいのと戦っただろ」
「確かにそうだった気がするけど……そんな事まで分かるんだ?」
「あたしの事はいいんだよ。んで、その触手の粘液、成分がお前の関節パーツと相性最悪で。手入れで直しにくい部分もありそうだから、一部新しいのに取り換えた方が良さそうだぞ」
(げ……原因を調べる為の触診ならそうと、早く言って欲しかったっす……)
言われたところで何か対策出来たかといえばそうでも無いが、心持ちが違えば敏感に感じずに済んだかもしれない。……多分。
ぼんやりと熱に浮かされたまま思う麻衣だったが、目の前に肌色が見えてハッと我に返る。
気づけば目の前でンクルスが大胆にメイド服を脱ごうとしていた。
「わー! ンクルスさんっ!?」
「え?」
「お店の外から見えちゃうっすよ!!」
飛び起き両手を広げ、外からの視線をシャットアウトしようとする麻衣。ぱちぱちと目を瞬くンクルス。
「やっぱり人というのは難しいね」
使用済みのパンツに価値が生まれる事も不思議だったが、他にもまだンクルスの知らない人の世ならではのお約束事があるらしい。秘宝種の己にはまだまだ知らない事だらけのようだ。
(今日のお買い物……思っていた以上に波乱万丈っす!)
それでも友達として、真人間(?)代表として、ンクルスを導いてあげなければ。妙な責任感に燃える麻衣が彼女を連れて向かった先は――。
●彩りに迷う乙女達
「うわぁ、人がいっぱいだね」
「これでもセールの時期よりは空いてる方っすよ」
練達の若い女の子達が休みの日にこぞって向かうという、巨大なアウトレットモール。ここに来れば流石に電気街より乙女らしい店が多いだろうと踏んだのだが、麻衣自身も訪れるのは初めてだ。あか抜けた空気に最初は踏み出すのを躊躇うものの、ンクルスのためだと勇気を持って奥へ進む。
「そういえばンクルスさん、今日もシスターの服で来たんすね。お仕事じゃない日もそんな感じなんすか?」
「うん。ずっと一緒だったトラクスも同じ服を着てたし、それに……」
「それに?」
ほわ、と頬を染めて手を組みながら、ンクルスが彼方へと視線を送る。
「憧れのあの人も似た服を着てるから」
夢見るようなその瞳に、麻衣もつられてドキドキしながら頬を染めた。
(軽い話題振りのつもりだったんスけど、これはもしかして恋ば――)
「いや、男でシスター服ってどういう事っすか?!」
「? オレーシャさんはお胸があるよ?」
よくよく話を聞いてみると、どうやらオレーシャ=カラチュリンという格闘漫画の主人公なんだそうな。
「と、とにかく! オレーシャさんに憧れてるのは分かったっすけど……プライベートの時くらい、戦いを考えなくていい私服を用意してもいいと思うんすよ!」
「そっか。だから今日の麻衣さんは可愛い服なんだね」
「――っ!?」
「すごく似合ってるなって思ってたんだ」
不意打ちのように褒められて頬が熱くなる。そう、今日の麻衣は完全に余所行きの服。
涼し気な藍色のフレンチスリーブシャツと紐飾りが可愛いリネンのズボン。足元は麻紐で彩りを添えたサンダルで、暑い日にぴったりの装いだ。
「これは……裏技を使っただけっす」
「裏技?」
「そうっす。裏技……秘儀『このマネキンが着てるやつ全部ください』!」
安易なようで意外と手堅い、マネキンコーデフルセット買い。なるほどとンクルスが手を叩く。
「店員さんのオススメファッションなら、まず間違いないよね。麻衣さん頭いい!」
「自分の背丈にあってるかとか、単純に好みかとか、色々使えるタイミングは限られるっすけど」
いつもは一人で服に迷いがちな麻衣だったが、今日はンクルスの感性も借りる事が出来るのだ。マネキンコーデを脱却し、自分だけの可愛い服を手に入れたい。
「今日は2人でいい服を選ぶために、事前にお勉強してきたっすよ!」
取り出したるは一冊の参考書。本当にあれこれ調べたのだろう。何か所か付箋が貼られている。
「直感で全部選ぶと失敗しそうな気がするっす、まずは色だけでも方向性を決めるっすよ」
「ぱーそなるからー? 目とか髪の色で似あう色が違うんだ」
互いに似合いそうな色が決まったら、いよいよウインドウショッピングだ。雰囲気のよさそうなお店にフラリと入った後、良さそうな物を探していく。
「サマータイプはライラックとスカイブルー、後は……あ。麻衣さんこの服どうかな?」
ンクルスがラックから出してきたのはスモーキーピンクのトップスだった。鏡の前で胸に当て、麻衣は目をぱちくりさせる。
「普段は青い服が多いから新鮮っす。……でもこれ、ちょっと胸元空きすぎじゃないっすか?」
「そうかな? 麻衣さんくらいスタイル良かったら似合うと思うけど」
さり気ない言葉にまたしても麻衣の頬が赤くなる。このままショッピングが終わる頃には茹でダコになってるんじゃなかろうか。そう錯覚するくらい、ンクルスは褒め上手だ。
「ピンクがダメなら、こっちは? 綺麗なスカイブルーだよ」
「いいっすね! ンクルスさんセンスがいいっす!」
「えへへ、気に入ってもらえて良かった。オススメ出来るのは麻衣さんが調べておいてくれたからだよ?」
普段は「同じ物を」でさっくり済ませがちなンクルスにとって、少しでも指針があったのが良かったのだろう。服を選ぶ横顔はとても楽しそうだ。
「ンクルスさんはこの花柄とかどうっすか? 柄物は上級者な感じするけど、これくらいなら派手すぎないと思うんすよ」
「わっ、可愛い! 時々お花畑の中から猫さんが覗いてるところもいいね」
1~2着買ってしまえば、後はそれに合うズボンや小物、全身のコーディネートを考え始める。あれもいいこれもいい、きゃあきゃあと盛り上がる姿はまさに"女友達とショッピング"であった。
(なんか、不安に思ってたのも全部、杞憂だったっすねぇ)
「このシャツに合わせて腕パーツを換装しようかな? 最初のお店でドリルアーム買えばよかったな」
(――前言撤回。ンクルスさんの可愛さは私が守るっす!!)
●
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。気付けば日は沈み切り、星が瞬く夜空の下、2人は帰路についていた。
「いっぱい買ったね。上下どの組み合わせのつもりで買ったか覚えてるかな?」
「覚えてなくても最後はやっぱり、自分が似合うと思ったので着るのが一番っスよ!」
余談ではあるが、麻衣は下着もごっそり買った。これでいくら闇市に流される事になっても安心である。
「麻衣さん」
「なんスか?」
ててて、とンクルスが小走りに麻衣の前へ出る。くるりと振り向き、月明かりの下でふんわりと優しく微笑んだ。
「今日はお買い物に付き合ってくれてありがとう。私だけじゃ知らなかった事も沢山あって、麻衣さ――、……麻衣ちゃんのおかげで新しい世界を知れて、すっごくすごく楽しかったよ!」
「――! はいっす!」
次に一緒に遊ぶ時は今日買った服を着て遊びに行こう。未来に続く約束をして、ンクルスと麻衣は笑い合う。
2人に流れる優しい時間を月とお星さまがそっと見守って、迷わないよう帰り道を照らしてくれたとか。