PandoraPartyProject

SS詳細

武器商人とヨタカの話~ある朝~

登場人物一覧

ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155)
楔断ちし者
武器商人(p3p001107)
闇之雲

 沈まぬ月のものになった。俺の、俺にだけ輝く紫の月だ。紫月と番になれた時、世界が変わった。俺は少しだけ、俺を好きになれた。俺が紫月に触れる、紫月が俺に触れてくれる、その時だけは胸を焼く業火に慈雨が降る。優しい雨が炎の荒野へ降り注ぐ。どこまでも広がる荒野が俺の胸にある。その荒野は草木の代わりに炎が這っている。俺を、俺自身を、焼きつくさんとする炎だ。炎は折に触れて俺へ囁く。シンデシマエシンデシマエミニクイオマエ……。眠れぬ夜は決まって炎が俺を包む。体の芯を焼く熱を忘れたくて琥珀を口にしても喉仏が鳴るだけの夜を、紫月は鎮めてくれた。ああ、荒野へと注がれるあの甘露よ。沈む焔の平穏よ。乱れ咲く赤がおとなしくなっていく。それは紫月のおかげだ。かげろうがゆらめくだけのからっぽの空に、ぽっかりと紫月が。しゃなりしゃなりと宇宙を歩いて、ぴかぴかのニッケルの如雨露を傾けてくれる。大地へ落ちる銀は雨露の艶やかさ。両目を焼く炎が俺から剥がれ落ちて、俺はようやく空を見上げることができるのだ。焦熱の地獄の底から手を伸ばす俺のもとへ、紫月、紫月は降りてきてくれる。かわいいかわいい小鳥、どうして泣いているんだい。紫月、俺は泣いているのか鳴いているのか啼いているのか。もう自分でもわからないんだ。炎は変わらず足元を焦がすが、紫月の胸に頬を寄せればすべては解決だ。その汲めども尽きぬ慈愛はどこから湧いてくるんだ紫月、天の甘露の味を知ってしまった俺はもう地の清水では満足できないんだ。どうか傍へ置いて、人形のように愛して。鳥籠の入り口を閉じて。無音の安寧を餌箱へ入れて。この撚れた醜い翼を見ないで済むように、俺は千の羽で俺自身を飾り付けよう。ヴィオラの澄んだ音こそが俺の声。窓際へ置いてくれ。いつまでも奏でよう、紫月へのセレナーデ。だから代わりに、その淡い皐月の夜空に似た光で俺を照らしてくれ紫月。お願いだ紫月、深海のような夜の底へ俺を導いてくれ。荒野の炎も深海までは追ってはこないんだ。紫月、手をつないでいて。紫月、呼吸を絡めていて。紫月、同じベッドで共に眠ろう。昼の喧騒から離れ、深夜の冷気を胸いっぱいに吸い込もう。紫月、紫月、俺の番よ。一線を踏み越えたこと、いまでも後悔はないよ。紫月、俺を奪ってくれてありがとう。染み入るほど凍える夜のわずかな温もり、紫月の灯り、それがあれば俺は何も迷うことはない。だから紫月、紫月、紫月、どうかその如雨露で雨を降らせて。今宵も焔に燃え盛る俺を紫月の透徹なる光で凍らせて。

 小さな星が手に入った。我(アタシ)の、我(アタシ)にだけ懐く小鳥のような星。とんでもない寝ぐずの愛しい星。両手の中、小さな宇宙。閉じ込めたら何をしようね。歌を歌ってあげようか、子守唄が好きなんだろう。寝かしてつけてあげようね。おまえはいつも眠たげだから。獏の代わりに食べてあげよう。いい夢も悪い夢も、おまえの眠りを脅かすものはすべてすべて。しゃくりあげるほど窮屈なら、いつでも手放してあげるけれど、不思議にもおまえはいつも掌の上。くるくると踊っては、我(アタシ)の顔色をうかがう。そんな目をするものじゃないよ。食べてしまいたくなるだろう。お前の色違いの瞳は月光を反射するとうっすらと濡れるね。誰にも魅せたくはないのさ、とっておきの我(アタシ)の秘密。この世に星は数あれど、我(アタシ)の手元に居てくれるのは小鳥だけ。いっしょに天の河を渡ろう。アンドロメダの流星を、今夜のデザートにしようか。ひんやりした甘いキャンディ。小さく割って、召し上がれ。からころと口の中で鳴らしながら、見上げた空にカシオペアを見よう。ティコは今日もひっそりと輝いている。ああ、小鳥によく似ているね。その控えめな輝きも、まなこにかすむ煌めきも。そうだよ小鳥、おまえは美しい。我(アタシ)が魅せられるほどに。…そんなことない…と、今日もお言いだねぇ。この頑固者め。その頬をつつきたくなるから、よしておくれ。さあ千年か万年か、共に歩いておくれはしないか。鳥籠は開けておくから、疲れたらすぐに飛んでおいき。もしそうなっても我(アタシ)は、何も恨みはしないよ。小鳥と過ごせた芳醇を、噛みしめてまた行くだけなのさ。薄情でごめんよ。どうにも性分でね、ヒヒヒ。惑わして惑わされて今夜も待とう。小鳥の寝息が聞こえる瞬間を。そうしたら我(アタシ)も安心して、すこし眠るふりなどしてみるのさァ。日ごと吐く息が熱くなっていくのは、おまえの炎とやらが我(アタシ)にも移ったかね。溶けて燃え落ちるのもまた一興だけれど、それは小鳥おまえが消えてしまってからにしよう。ヒヒ、何も恐れなどしないと自負していたつもりだけれど、存外我(アタシ)も怖がりだ。小鳥の前でだけは、我(アタシ)は満月でいよう。おまえの顔が失望に染まる、それだけは見たくはないのさ。だからあの皐月の夜空に似た光で、小鳥の毛づくろいをさせておくれ。そしてこれから起こるすべての『最初』と『初めて』を、我(アタシ)にもついばませておくれよ。


 透き通った朝の光のなかで、ヨタカは目を覚ました。
 夏の日差しが白い窓辺を透かして部屋へ入ってくる。今日も暑くなりそうだ。すぐ隣では真っ白で清潔なシーツへ埋もれるように、武器商人が眠っている。
(…寝顔…きれいだな……。)
 美を愛でてしまうのは芸術家の感性だ。けれど、その寝顔がふたつとなく尊いものに見えるのは、きっと別に理由がある。深井詮索は打ち切りにして、ヨタカは武器商人の寝顔を覗き見ることにした。紫月にとって眠りは必要がないはずのものだけれど、まだまだ人間の感覚を引きずっている自分に合わせて一緒に眠ってくれる。同じベッドで、子守唄など歌ってくれて。ヨタカはそれを耳にしながら、武器商人の胸に耳を押し付け、どこか嘘っぽい心音を聞いている。そうしていると嫌な事や辛い事は潮が引くように収まって、深海へ沈むように深く深く暗闇へと落ちていけるのだ。
 そして迎える朝の心地よいこと。心も体も毒気を抜かれて、生まれたての子羊のようにシンプルな心地。血潮はきっと澄んだ赤。瞳に映るのは見慣れた、大事な景色。白で統一された底はすこしだけ病室を思わせる。と、すると、隣で眠る紫月はさしずめ病人? 自分の想像にヨタカは軽くふきだした。ありえない。そもそも紫月が風邪などひくことあるのだろうか。噂に聞いた花吐き病になら……いや、やっぱりなるのは自分の方だろうな……。そうなったら紫月にたくさん甘えようか。
「…ふふ…紫月のパジャマ、はだけちゃってる…。」
 ヨタカは小さく笑う。武器商人には一回り大きなパジャマ。眠るなんて久しぶりだからお試しと、適当なものを選んだ。本人的には体を締め付けなくて寝心地がいいらしいのだけれど。はたして本当だろうか。そうだ、今日はパジャマを買いに行こう。紫月にぴったりの、ガーゼの、汗をよく吸ってくれる、夏にちょうどいい柔らかな生地の。きっと真っ白なそれは紫月によく似合うだろう。
 手をつないだままの姿勢で体を起こす。そのせいだろうか、武器商人がかるくうめいた。唇をかみ、半開きになる。その濡れた唇の艶めきに、ヨタカの心臓は途方もなく高鳴った。
(…少しくらいなら、いいかな…。)
 眠り姫へそうするように。その唇へ触れることができたなら。
(…おはようのキスくらい…いいよな…。)
 というか。あまりにも寝息が静かすぎて、不安になる。へたをすると息をしてないんじゃなかろうか。
(…紫月だからな、ありえる…。)
 だからといってどうということはないのだと知っている、だが不安が鎌首をもたげ、ヨタカの胸を締め付けた。このまま目覚めないのかな。いいや、そんな、ことはない、と思うけれど……そうであってほしい。
 ヨタカは武器商人の顔へそっと近づいた。とてもきれいな、死人のようだ。ガラス細工のドールに色を足したらこうなるんだろうか。目を閉じているその顔は、近づけば近づくほど潔癖なまでの完璧さ。吐息をかけないよう気を付け、息をひそめる。そんなことをしたらこのモノはしゃりんと音を立てて壊れてしまいそうで、そのしゃりんという音までくっきりと想像がついた。ぼやけるほどにすぐ近くまで近づいたのに行動が起こせない。ヨタカはがんじがらめ。これで息の音でも聞こえてきたなら、自分はほっとしてキスの一つでもできるのに。「おはよう」と何気ない声で言えるのに。
「…紫月…。」


「ん?」
 突然目の前に宵闇が現れた。武器商人が目を開いたのだ。
「…紫月…起きて…いつから…?」
「ついさっき。接吻でもしてくれるのかと期待して待っていたんだけどね、朝からお預けを喰らってしまったじゃないか」
 あふ、とあくびをする武器商人。その人間くさい動きがヨタカを心から安堵させた。
「もうひと眠りさせておくれ。こんな気持ちのいい朝は……」
 言葉が途切れた。
 やわらかな唇同士が溶けあい、誘い出された舌が絡む。灯った熱は一点へ集中したかと思うと野火のように広がりゆく。吐息を飲み込んで、そのたしかな熱量に胸をなでおろす。小さな水場から潤いを漁るようにして、ヨタカは口づけを終えた。
「朝から大胆だねぇ」
「…眠ってる紫月が、遠くへ行ってしまいそうで…怖かった…。」
「そうかい」
 もう一度あくびをし、瞬きを繰り返しながら武器商人は呟いた。ヨタカにだけ聞こえる声で。
「……おはよう、我(アタシ)の小鳥」
「おはよう…俺の月……。」
 そのまま二度寝に入りかけた武器商人をヨタカはくすぐった。
「…起きて、パジャマを買いに行こう…。…ほら…胸元はだけてる…。」
「二度寝を……」
「…だぁめ…。…起きて…髪を梳いてあげるから…。」
「そんなら起きようか」
 現金だとヨタカは笑った。窓辺では新しい一日を祝福するように小鳥が鳴いている。

  • 武器商人とヨタカの話~ある朝~完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別SS
  • 納品日2020年08月21日
  • ・ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155
    ・武器商人(p3p001107

PAGETOPPAGEBOTTOM