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恋は盲目

登場人物一覧

カイト(p3p007128)
雨夜の映し身

 ーーいつの頃からか、こんな生き方をしていた。どこからか湧いてくる『役』を生ききる、そんな人生。ーー
 秋雨が降りしきる夜9時40分頃、一人の女が寂しい路地を歩いていた。
 白乳色の街灯に照らされたその姿には、不気味な帰路を焦る様はなく、実にゆったりとしたものだった。
 そのすぐ近くに気配が生まれ、白く無防備な首が残忍な黒い手に圧迫される。
 女の手から傘が滑り落ち、けれども反対の手が持ち上がって黒い手の主の足、その爪先をーー
 刺した。『何か』で。
「!? いってェ!!?」
 手の主、カイト(p3p007128)が驚いて手を放す。女は軽く咳き込みながらも凛と立つ。
 白檀だろうか。甘いのに儚く消える香りがした。
 横から襲ったカイトからは傘で見えなかっただけで、女は白杖を持っていた。
 それに一瞬、良心が咎めたがすぐさま『役』を思い出して女の首へ手を伸ばす。
「ねえ、なぜなの?」
 刹那、女の静かな声が雨音越しに響いた。恐れるでもなく、怒るでもない、あまりにも静かで純粋な声。
 それがカイトにとっては堪らない何かで、気付いた時には宵闇を駆けていた。

 それから幾つの夜を越えたのか、大粒の雨が降る夜。
 やはり女は落ち着いた足取りで歩いていた。カイトは女の前に立ち、やがて無言の対峙を果たした。
(ああ、やっぱりそうだ。)
 あれからもカイトは『雨の夜、ひとりで帰る人間を締め殺す黒い手』という都市伝説の『役』を無感動に演じ続けていた。
 幾夜の中で何人も絞め殺しているし、この女にも数度、会って絞めている。
 それが今回の『役』だから。そういうものだと認識していたから。
 にもかかわらず、この女と対峙した自分はどうだ。
 女の盲した目が合わないのが腹立たしいと感じる。
 自分という害意に遭遇しても動じない女の姿が気に食わない。
 この女を前にすると脈が早くなり、カラカラに乾燥する喉奥が不愉快だ。
 そんな気持ち悪く、不可解な夜をカイトと女は繰り返していた。
「ねえ、何を怖れているの?」
 気が付くと女の肩に片手を這わしていた。そんな意識は全くなかったのに。
 ーー怖れている? 何を?
 ゾワゾワと落ち着かず、なんとも気持ち悪い感覚がカイトの背を通って全身に這い回った。
(怖れている、のか……? 俺が、この女を?)
 そんな馬鹿なと鼻で笑ってしまいたかったのに、どういうわけだか上手く笑える自信がない。
 女はただの女であるのに、ただの愚かな女であるのに。
 暴漢に襲われたというのに、逃げるどころかなぜと聞き返す純粋で哀れな女であるのに。
 だのに呼吸が端から奪われていくような、 胸を圧迫するような苦しみを、
 ーー彼女はなぜ、俺に与えるのだろう。
 分からない。苦しい。吐きそうだ。
 嗚呼、調子を乱されることはこんなにも不快でどうしようもないのか。
「ッ、気持ち悪ィんだよ……!」
 こんな手の付けようのない気持ち悪い怖さ、受け入れられない。
 女の肩に置いた手を首へ伸ばして力を込める。
 怖い。気持ち悪い。怖い。気持ち悪い。怖い。気持ち悪い。
 顔も名前も知らない暴漢に襲われてもなお、ブレることもなく人を慈しむ女が何より怖かった。
 ーー『役』を奪い、『俺自身』を見て抱きしめんとする女が、震えるほど怖い。
(そんなことッ、望んじゃいねえよ! いねえんだよ!!)

「く、うふふ……ふふっ」

 篠突く雨の中、女の場違いな笑い声が響いた。
 まるで首なんて絞められていないかのように、柔らかく笑っていた。
 カイトの手に女の手が重なり、その暖かさに身体が強張る。
「ッ……!? 何が可笑しいッ?」
 喉奥が勝手に窄まり、掠れた声しか出てこない。
 それでも飛び出した問い掛けはカイトの本心だった。初めて出逢った時から感じていた疑問だ。
 どうして、どうしてそんな風に、人を信じられるんだ。
 怖くないのか、誰の姿も見えない中で他人ヒトが怖くないのか。
 現にこんな害意に晒されて、穏やかに慈しむことが。なあ、どうして出来るんだ。
「だって、こんなにも大きな手をした男の人がただの女を怖がっているのよ」
 力もない、白杖がなければ歩けない女に怯えているのよと穏やかな声がカイトの耳を通る。
 女はただの女である。中肉中背の女はしかし、他人よりも懐の許容が広く深かった。それだけである。
「どうしてあなたがこんなことをするのかは分からないけれど、でも苦しいなら辞めても良いんじゃないかしら?」
 堪らなかった。怖くて気持ち悪くて、痛くて堪らなかった。
 私、あなたが好きよと、力になりたいと歌う様に告げる様が気に入らない。
 カイトの内側を、本質を見抜かんとするその姿が。まるごと包まんとする姿勢が。
 ーー『今の』カイトを、壊す抱擁力が。
「やめろぉおおおああああー!!」

 星ばかりが瞬く雨空の下、女の身が力なく横たわっていた。

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